2泊3日の山口・福岡・大分城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:萩城
・2日目:大内氏館・高嶺城、小倉城
・3日目:角牟礼城、中津城
をめぐる予定です。
熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:34の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8時前に到着。羽田から9:15発北九州行きのスターフライヤー便(出発10分遅れ)に乗り、11:10北九州に到着。北九州空港からは日産レンタカー、今回も相棒はノートで、萩城へ向かいました。
■ 萩城 ■
萩城は、山口県萩市にあり、別名は、指月城(しづきじょう)、城跡は国指定史跡、日本100名城の75番です。さらに「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の1つとして登録されています。
三方が日本海に囲まれ、指月山山頂の詰丸(要害)と、山麓に梯郭式に本丸・二の丸・三の丸を配した平山城です。毛利輝元により築かれました。
13:15ごろ三の丸にある指月第一駐車場に到着、ここから登城します。
■二の丸
駐車場から北側に伸びる道を進むとすぐ中堀跡がありますが埋め立てられています。近くに毛利輝元公銅像があり右方向に枡形虎口となっている二の丸南門跡。そこから二の丸で虎口出るところに塩矢倉跡があります。
道に沿って進むと内堀と極楽橋に出ます。左を見るとテレビ等で見覚えのある天守台が見えます。
■本丸
極楽橋を渡った先は本丸門跡で、指月公園料金所があります。内堀より城内側は有料(220円)で、スタンプと御城印(500円)はここで入手できます。
本丸に入り天守台を目指して進むと左側に城壁跡、その先に天守付櫓台と天守台があります。萩城の天守や櫓などの建物は廃城令により壊されましたが、天守は5層5階で、その礎石が残っています。
天守台の北側には五十間長屋跡や花江茶亭、梨羽家茶室が移築された庭園があります。本丸散策はひとまず中断し、西へ進んで詰丸を目指します。
■詰丸(要害)
詰丸登城口から指月山山頂(標高145m)にある詰丸(要害)跡までは730mで、急坂を登って約20分で着きました。枡形虎口になった要害門矢倉跡を抜けると二の丸で、監視役の執務場所である番所と宿所で居小屋があったそうです。二の丸には要害門矢倉以外に瀬戸崎矢倉と八間矢倉がありました。
二の丸の東側の一段高くなったところは本丸で藩主のための茶屋があったとされています。二の丸と本丸は石垣と塀で仕切られて棟門で繋がれていました。拾間矢倉、北国矢倉、辰巳矢倉、大将矢倉が本丸にあります。本丸には埋門跡、石切場跡、貯水池跡もあります。
■本丸
下山し本丸散策再開です。東側に進むと北側に萩藩校明倫館より移築された太鼓橋である万歳橋、その先に初代から12代までの萩藩歴代藩主が祀られている志都岐山神社があります。本丸の東側には御台所門跡、北東隅には井上矢倉台があります。
■二の丸
井上矢倉台の北側の庭園は東園でここは二の丸になります。指月公園の出口から再度二の丸へ。南北に伸びる道をずっと北へ進んでたどり着いたのは北矢倉跡でした。途中にいくつか矢倉跡があるようですが、確認できず。北矢倉跡を抜けると海です。
南方向に戻って潮入門跡。門の外は海浜で門の石垣上には復元された二の丸土塀(銀眼土塀)がずっと伸びています。さらに南には紙矢倉跡があり、そのあたりから内堀が南へ伸びています。華矢倉跡、東矢倉・東門・時打矢倉跡と進みました。東門の外は三の丸です。
内堀に戻り西へ進んでいくと内堀の西側、岡崎矢倉跡、西門跡、西門跡から本丸に続いています。岡崎矢倉跡脇から西に進む道があり、少し行った右側に洞春寺跡があります。洞春寺は毛利元就の菩提寺でここに移され、のちに山口へ移されたそうです。さらに北西へしばらく進んでいった先に毛利元就の正室、妙玖の菩提寺だった妙玖寺跡があります。その奥は一段下がって妙玖寺兵倉跡があり、眺望がとてもよいです。最後は西門跡、本丸を経由して二の丸を少し散策後、16:40ごろ駐車場に戻りました。
今日の宿は、長門市にある湯免観光ホテル ゆめの郷さん17:20すぎに到着。夕飯はふく刺とむつみ豚しゃぶしゃぶ付会席。ふくとはふぐで、刺身やてんぷら、釜飯でふぐを楽しめました。
明日は大内氏館・高嶺城、小倉城の予定で旅程を確認していて大変なことに気づきました。萩城で予定していた外堀跡・北の総門、三の丸隅矢倉に行くのを忘れてしまってた!行かないという選択肢はないので明朝行くことにしましたが、旅程は大幅に変更です。城めぐりを優先し行きたいけれど計画から外していた秋芳洞に行き、代わりに角牟礼城は次回以降に回すことで小倉城は夜と昼に2回行くようにしました。まぁ、おかげで時間的余裕ができたかな。
ということで明日は再度萩城からです。
