京都・大阪・和歌山城めぐりの旅 #2 和歌山城

京都・大阪・和歌山城めぐりの旅の二日目、今日は和歌山城をめぐります。7:40ごろ宿を出て、大阪メトロでなんばへ。南海のなんば駅では斬新なかたちの特急ラピートがあったのでパチリ。やっぱりこのデザインはすごいです、なんか銀河鉄道999を思い起こしました。8:15発の特急サザンで和歌山市までいきますが、空いていたので自由席で。この特急、指定席はちゃんとした特急車両、自由席は普通の通勤車両なんですね。なんばではガラガラだったのに、次の駅からどんどん人が乗ってきたので帰りは指定席にしようと決めたのでした。

和歌山市駅に9:14着。ここから南へ歩いて和歌山城へ。

■ 和歌山城 ■

和歌山城は和歌山市にあり本丸の北側に二の丸、その外に三の丸が配置された梯郭式平山城です。国の指定史跡、日本100名城の62番です。紀州を平定した秀吉が、弟の秀長に命じて城を築かせたのが和歌山城の始まりで、秀長の家臣の桑山重晴が和歌山城代となり、浅野家、徳川御三家である紀州徳川家と続きます。

駅から南へずっと進んでいくと和歌山城城跡の北西隅の西外堀に出ました。ここの交差点の歩道橋からは天守や乾櫓がよく見えるのでいい写真スポットですね。

さて、どのようなコースで散策しようかと考えるとき、今配布されているパンフレットの案内図では正直物足りないです。公式HPでPDF配布されている旧パンフレットはみどころがちゃんと記載されていたので、これを頼りに西の丸、二の丸、蔵の丸、松の丸、本丸、天守曲輪、砂の丸、南の丸の順に散策しました。

西外堀の東側は埋め立てられていますが、ここに吹上橋と吹上御門があったようです。その左奥に勘定門跡が見えるので、そこへ寄ってから、わかやま歴史館をすぎたところにある西の丸へ。西の丸は能舞台や茶室などが建てられ、藩主が風雅を楽しむ場所です。西之丸庭園(紅葉渓庭園)は国の名勝にも指定された江戸時代初期に作庭された池泉回遊式の庭園です。

西の丸東側には二の丸へと通じる御橋廊下が西内堀に架かっています。御橋廊下は靴を脱いで渡ります。渡った先は二の丸の大奥跡で、御橋廊下を出てすぐ右側に穴蔵状遺構があり何かを収納する施設だったとのこと。二の丸は東へ大奥、中奥、表と続いていて二の丸広場として整備されていますが、みたところ普通の公園という感じ。

東に進んでいくと右側に裏坂がありますが、天守方面へは表坂から行くことにします。この辺りは天守の写真スポットとのことですが、電線が邪魔ですね。さらに進むと右側に伏虎像、和歌山城がたつ山は伏せた虎の姿に似ていることから伏虎山と呼ばれています。左側には一中門跡があり、門の先の一番奥に大手門が見えます。大手門へ進んでいくと門の手前左側の石垣の上には県指定天然記念物の一の橋の樟樹、推定樹齢450年だそうです。和歌山城の大手門は、豊臣時代には岡口門でしたが、浅野時代途中からここになりました。内堀に架かる橋は一の橋です。大手門の近くには江戸時代から残る井戸屋形があります。

一中門跡に戻り、ここから岡中門までは蔵の丸で、東側の堀沿いに雁木が続いています。岡中門手前右側の表坂から天守方面へ向かいます。表坂を登ったところは松の丸で、ここからは動物園のある南の丸を見下ろせます。松の丸をずっと進み、石段を登った正面に本丸御殿跡、後ろ側は天守曲輪です。正面階段を登ると天守の写真スポットになっています。本丸御殿跡で入れるのはこのスポット付近のみで、中心部は塀で囲まれています。

天守曲輪に入ると、手前から大天守、多聞、天守二の門、二の門櫓が並びます。忍者が写真を撮ってくれました。とてもいいサービスですね。一人旅だととても助かります。

さていよいよ天守へ。天守前券売所で御城印(2月限定版:300円)をゲット、入場料は410円です。天守二の門から入ります。天守は、大天守から時計回りに南多門、天守二の門、二の門櫓、西多門、乾櫓、北多門、御台所、小天守へと続く連立式で、小天守から入り、ぐるり一周して御台所が出口になっています。内部は史料館になっています。最上階は外に出られて、360度見渡せます。西側は淡路島や四国まで見渡せ、東側では先ほど見られなかった本丸御殿跡もよく見えます。

天守を出て西側の新裏坂から天守北側の埋門への小道があるようなので行ってみましたが通行禁止でした。天守曲輪から今度は裏坂で下ります。裏坂の途中には銀名水と呼ばれる井戸があります。その先ではナニコレ珍百景でMV珍に選ばれたという、階段をよじ登っている人型のように見える根っこを発見。確かに見えます。

二の丸に下りて西方向。二の丸南西隅の切手門跡から山吹渓、西之丸庭園入口、鶴の渓と進み、奥階段を登ると砂の丸です。砂の丸は勘定御門から不明門まで続いています。砂の丸を南に進んでいくと途中右側に追廻門があります。西から和歌山城に入る高麗門形式の朱色に塗られた門です。戻って砂の丸をさらに南へ進むと現在は護国神社があり、新裏坂登り口、その先は駐車場となっていて、駐車場入口が不明門跡となっています。不明門跡を出て左側は南堀です。駐車場の北東奥部分から南の丸へ続きます。南の丸は和歌山城動物園になっています。

南の丸の東側に出ると右側に岡口門、左側に岡中門跡。岡口門に進みます。岡口門は築城当時の大手門でした。空襲でも焼けずに残った数少ない遺構で、北側の土塀とともに重要文化財に指定されています。岡口門を出たところには東内堀が広がっています。岡中門跡をとおり、二の丸、御橋廊下、勘定御門を通って13時半前、約三時間半の散策終了です。

さてせっかく和歌山にきてのお昼ということで、事前に調べておいた和歌山ラーメンを食べてきました。伺ったのは、まるイ 十二番丁店さんです。一番ベーシックなラーメン950円をいただきました。山盛りしゃきしゃきのねぎがたくさんのった豚骨醤油ラーメンで、こってりしているのかと思いきや、意外にあっさりしていて最後まで食べ飽きずにおいしくいただけました。

14:30和歌山市発特急サザンで今度は指定席でゆったりと戻ってきました。いったん宿に戻り、夜はいとこと飲みに梅田で待ち合わせて飲んできました。飲んだ後は静かなところでコーヒーということで淀屋橋まで歩いたんですが、知らなかった中之島図書館や中央公会堂、水晶橋など、いとこが案内してくれました。

さて明日は法事なので観光はなしです。

京都・大阪・和歌山城めぐりの旅 #1 二条城

伯母の満中陰法要に合わせて計画した2泊3日京都・大阪・和歌山城めぐりの旅、二条城大阪城和歌山城をめぐる予定です。

6:46熊谷発の上越新幹線、7:48東京発ののぞみ、京都市営地下鉄と乗り継いで二条城前駅についたのは10:30ごろ。改札出たところのコインロッカーに荷物預けて地上に出ると目の前は二条城でした。

■ 二条城 ■

二条城は京都市街にある平城で、天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするために徳川家康が築城し、正式名称は元離宮二条城。15代将軍慶喜が二の丸御殿で「大政奉還」の意思を表明したことでも有名です。国指定史跡、世界文化遺産、二の丸は国宝に指定され、日本100名城の53番となっています。

地上に出ると南東隅櫓と外堀が見えます。南東隅櫓は重要文化財です。かつて外堀の内側の四隅に隅櫓が建てられていましたが今残っているのは東南隅櫓と西南隅櫓です。

外堀に沿って少し北へ行くと重要文化財の東大手門があります。券売所で入城券+二の丸御殿観覧券(1,300円)を買って中へ。

東大手門入ってすぐ右にあるのは番所です。9つあった番所のうちただ1つ残っている建物だそうです。番所の北方向にある大休憩所で通常版と限定版の御城印をまずゲット、番所の南方向にある総合案内所で100名城スタンプをゲットしました。二条城は来たことがありスタンプは入手済みですが、2冊目のスタンプ帳にはないので。その奥には先ほどの南東隅櫓があります。

さてここからは公式HPにあった観覧モデルコースのよくばりコース(2時間30分)に沿って散策です。煌びやかな唐門は重要文化財で、二の丸御殿の正門です。門を入ると正面に国宝の二の丸御殿。二の丸御殿の中は撮影禁止なのが残念です。以前来たときは確か撮影できたと思うのですが。面白かったのが、廊下です。歩くと鳥の鳴き声のような音がきゅいきゅいとなり、鶯張りと呼ぶそうですがこれがなんか心地よい。

御殿内部見学後、特別名勝の二の丸庭園を見ながら東側に出ると内堀、東橋と本丸櫓門があります。本丸櫓門は重要文化財

門を入ると正面に本丸御殿の御常御殿が見えます。本丸庭園を見ながら重要文化財の本丸御殿へ。本丸御殿は、明治時代に桂宮御殿の玄関、御書院、御常御殿、台所、雁の間が移築されたものです。本丸御殿内部も残念ながら撮影禁止です。本丸御殿内部見学は11:50枠を予約済み(1,000円)。最初にビデオを見てからその後は自由見学でした。

本丸庭園の南西隅には天守閣跡があります。二条城に五重の天守閣があったんですね、知りませんでした。落雷で焼失したそうです。天守台からは御殿と庭園が見降ろせます。

本丸御殿の西側から坂を下り、内堀にかかる西橋を渡ると休憩所があるので、そこでしばし休憩。ここはよくばりコースの分岐点となっていて、北へ進むか南へ進むかというところなんですが、まずは南へ。内堀沿いに進んでいくと内堀の南西隅に重要文化財の西南土蔵(米蔵)があります。本丸西橋を挟んで北の西北土蔵と対になっています。土蔵はかつて10つあり、現在は3つ残っています。城に土蔵が残るのは二条城だけだそうです。進むと右側に重要文化財の西南隅櫓。

内堀沿いに東方向には梅林があり、梅が少し咲き始めていました。梅林の先には重要文化財の南中仕切門があり、内堀の北側にある北中仕切門と対になっています。門をくぐって右側は桜の園ですが、春には桜が咲いてきれいなんでしょうね。

内堀南東隅には重要文化財の桃山門があり、北の鳴子門と対になっています。内堀に沿って北上して、再度本丸櫓門から本丸御殿・庭園を経由して西橋の分岐点に戻ってきました。ここからは北上します。内堀の北西隅に重要文化財の西北土蔵(米蔵)があります。土蔵の西側奥には重要文化財の西門があるのですが、そこまでは立ち入りできず、遠くから眺めるのみです。土蔵を過ぎて内堀沿いに東へ進むと重要文化財の北中仕切門。門の先は清流園のエリアです。清流園は昭和に作られた庭園です。西側は書院・香雲亭と茶室・和楽庵が建つ日本庭園、東側は洋風の芝庭という、和洋折衷の造りです。

内堀に沿って少し南下し重要文化財の鳴子門を見てから来た道を戻ります。東へ進んでいくと左側奥に重要文化財の北大手門が見えます。東大手門に対する控えの門です。右側には重要文化財の土蔵があります。土蔵の南側には重要文化財の二の丸御殿台所・御清所があるのですが、このエリアには入れなくて殿台所の北端部をちらり見できる程度でした。

これで見るべきものは全部見たと思っていましたが、よかったです。南門をすっ飛ばしていたことに気づいて。唐門くぐる前に南門を見てから進むコースになっていたんですね。南門は大正時代に天皇の入城口として建てられたそうです。

さて時刻は13:50、旅程上ほぼ予定どおりで次の大阪城へ向かうことにしていたのですが、大阪城の規模からするとここと同じ予定所要時間3時間では到底回り切れないと思われるのと、正直疲れてきたので、急遽大阪城は今回の旅程から外すことにしました。次回たっぷり時間取っていこうと思います。

時間が急にできてしまったので、ゆっくり約2kmの外堀外周一周することにしました。北東隅を曲がると北大手門、北西隅付近には堀や石垣などの文化財に親しんでもらえるようにと設置された散策路がありました。西側では西門。中からの西門はほとんど何も見えないので、外周一周は大正解、結構立派な門でした。南西隅では外側からの西南隅櫓、南側では外側からの南門を見て東南隅櫓まで戻ってきました。時刻は14:30ごろ、ゆっくり歩いて大体40分で一周です。

ということで今日の散策は終了、京都市営地下鉄、阪急電車と乗りついて今日の宿、新大阪クライトンホテルに16時ごろチェックイン。夕飯は事前に目星をつけた居酒屋のつもりが、駅前でぎょうざの満州を発見!行ったことなかったし宿から近いのでそこに決定。ビールと塩ゆで秘伝豆(ハーフ)、小松菜と玉子炒めセット(焼き餃子・ライス・スープ・漬物つき)と日本酒。しめて2,260円なり、安い!大変満足でした。

さて明日は和歌山城です。

鳥取・島根城めぐりの旅 #3-3 米子城

松江城の次は米子城です。先に米子市立山陰歴史館に立ち寄ります。13:15ごろクルマを米子市役所駐車場にとめて徒歩で向かいました。

米子市立山陰歴史館
米子市立山陰歴史館

#169 米子城スタンプ米子城御城印

米子市立山陰歴史館でスタンプと御城印を入手しました。歴史館を利用すると駐車料金は2時間無料になります。米子城の散策には米子城跡三の丸駐車場にとめました。ここにもスタンプが設置されています。

■ 米子城 ■

(作成中)

鳥取・島根城めぐりの旅 #3-2 松江城

出雲大社のあとは、松江城です。10:40ごろ、土日祝のおもてなし駐車場となっていて無料の、島根県庁職員駐車場に到着しました。計画より50分遅れです。

■■ 松江城 ■■


松江城は島根県松江市にある江戸時代の日本の城で別名千鳥城(ちどりじょう)といいます。現存天守は国宝、城跡は国指定史跡で、日本100名城の64番です。月山富田城に入城した堀尾忠が城の移転を計画後死去、忠の父、堀尾吉晴が6歳で当主となった孫・忠晴の後見役となり、松江城を築城したそうです。

千鳥橋
千鳥橋

南門
南門

駐車場から堀の橋を渡り、現在島根県庁がある三之丸を内堀沿いに進みり、内堀にかかる千鳥橋から城跡に入ります。千鳥橋はかつては屋根付きの廊下橋でした。橋を渡り右の坂を登ると南門に出て、その先は二之丸です。

■二之丸

南櫓
南櫓

南櫓一階
南櫓一階

南櫓二階
南櫓二階

右側、二之丸南東隅にある二階建ての南櫓は内部公開されています。

中櫓 (御具足蔵)中櫓 (御具足蔵)
中櫓 (御具足蔵)

太鼓櫓太鼓櫓
太鼓櫓

番所跡
番所跡

井戸跡
井戸跡

二之丸
二之丸

続いて中櫓 (御具足蔵)、太鼓櫓、番所跡、井戸跡と順にまわりました。南櫓、中櫓、太鼓櫓は平成に復元されたものです。

三ノ門跡
三ノ門跡

定番所跡
定番所跡

二ノ門跡
二ノ門跡

二ノ丸の北端に三ノ門跡と定番所跡、その南西側に二ノ門跡があります。

■本丸

一ノ門・南多聞櫓
一ノ門・南多聞櫓

天守天守天守
天守

本丸販売窓口
本丸販売窓口

一ノ門
一ノ門

南多聞櫓
南多聞櫓

多聞跡多聞跡
多聞跡

鉄砲櫓跡
鉄砲櫓跡

二ノ門跡から少し石段を上って右側石段を上ると正面に南多聞櫓、左に一ノ門があり、入ると本丸です。国宝の天守は、こんなに大きいのかと少しびっくりしました。もう過ごし小ぶりだと勝手に思っていたので。本丸販売窓口で天守入場料800円を支払います。多聞跡、鉄砲櫓跡など本丸を少し散策後天守へ。

■天守

附櫓・地階
附櫓・地階

附櫓
附櫓

#64 松江城スタンプ

地階
地階

井戸
井戸

旧鯱
旧鯱

石打棚
石打棚

天守は附櫓から入り、天守地階へ。受付カウンターでスタンプをゲットしました。地階は塩蔵で井戸や旧鯱、石打棚が見られます。

一階一階
一階

天守最大柱(西)
天守最大柱(西)

天守最大柱(東)
天守最大柱(東)

階段の引き戸
階段の引き戸

一階の見どころは天守最大柱や階段の引き戸。

二階二階二階
二階

三階三階
三階

花頭窓
花頭窓

四階・五階
四階・五階

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四階

梁の上から立ち上がる柱
梁の上から立ち上がる柱

五階五階
五階

五階まで順に上がって景色を堪能しました。

乾ノ隅櫓跡
乾ノ隅櫓跡

乾ノ隅櫓跡
北ノ門跡

天守を出て本丸北西隅に乾ノ隅櫓跡があり、その脇の北ノ門跡から本丸を出て腰曲輪へ。

■腰曲輪・中曲輪

腰曲輪からの天守
腰曲輪からの天守

水ノ手御門跡水ノ手御門跡
水ノ手御門跡

ギリギリ井戸跡
ギリギリ井戸跡

馬洗池
馬洗池

水ノ手御門跡を通ると中曲輪で、左側にギリギリ井戸跡、右側に馬洗池があります。池に沿って進みつきあたり右へ降りていくと二之丸下段の北側に出ます。

■二之丸下段

二之丸下ノ段
二之丸下ノ段

脇虎口ノ門跡と北惣門橋
脇虎口ノ門跡と北惣門橋

脇虎口ノ門跡
脇虎口ノ門跡

内堀
内堀

米蔵跡
米蔵跡

天守
天守

ぶらっと松江観光案内所
ぶらっと松江観光案内所

松江城御城印松江城しまねっこ御城印

そのまま東へ進んで脇虎口ノ門跡と北惣門橋を経由、二之丸下段に戻って南下すると米蔵跡、その先にぶらっと松江観光案内所があり、ここで御城印を買うことができます。しまねっこ御城印も入手しました。

大手門跡
大手門跡

大手木戸門跡
大手木戸門跡

堀尾吉晴公像
堀尾吉晴公像

さらに南へ進んで大手門跡があり、その先は外曲輪(馬溜)、大手木戸門跡を出ると堀尾吉晴公像があります。

本坂
本坂

火点の石垣
火点の石垣

分銅紋
分銅紋

大手門跡へ戻り、二之丸へつづく本坂を上がります。途中喰い違いになっていてそこに火点の石垣があります。石垣には細尾氏の家紋の分銅紋が刻印されています。

西ノ門跡
西ノ門跡

舟着門跡
舟着門跡

搦手虎口跡
搦手虎口跡

北之丸(松江護國神社)
北之丸(松江護國神社)

さて坂を登り切り、三ノ門跡、二ノ門跡をとおり本丸を右に見ながらそのまま西へ進むと西ノ門跡、そのまま進んでいくと内堀にぶつかり、舟着門跡があります。そこから今度は北上し、椿谷後曲輪、外曲輪を経由して搦手虎口跡まできました。最後、北之丸(松江護國神社)を見てひととおり見た感じです。二之丸を経由して下城、2時間ほどの散策でした。

次は米子城に向かいます。

鳥取・島根城めぐりの旅 #3-1 出雲大社

2泊3日の鳥取・島根城めぐりの旅最終目。今日は出雲大社松江城米子城水木しげるロードをめぐる予定です。

なるべく早く動きたいので無料の朝食はパス、6:25ごろホテルを出て出雲大社参拝者大駐車場には8:05ごろに到着しました。本当はゆっくりお参りと行きたいところですが、なるべく早めに動きました。

勢溜の鳥居
勢溜の鳥居

下り坂の参道
下り坂の参道

松の参道の鳥居
松の参道の鳥居

銅の鳥居
銅の鳥居

ムスビの御神像ムスビの御神像
ムスビの御神像

御慈愛の御神像
御慈愛の御神像

勢溜の鳥居から有名な下り坂の参道を進み、松の参道の鳥居をくぐり、銅の鳥居の前にくると、右側には大国主大神と幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)のムスビの神が一体となった姿を表したムスビの御神像、左側に因幡の白兎の神話に基づく大国主命と白兎の像、御慈愛の御神像があります。

銅の鳥居
銅の鳥居

拝殿
拝殿

拝殿のしめ縄
拝殿のしめ縄

銅の鳥居をくぐると正面に拝殿があり、巨大なしめ縄を見てこれがテレビとかで見たやつかぁと感慨にふけりました。

八足門
八足門

出雲大社御朱印出雲大社御朱印帳

拝殿の奥に八足門と中には国宝の御本殿。出雲大社の作法である二礼四拍手一礼でお参りしてから御朱印帳と御朱印をいただきました。

御本殿御本殿御本殿
御本殿

彰古館
彰古館

素鵞社
素鵞社

御本殿
御本殿

神楽殿
神楽殿

神楽殿のしめ縄
神楽殿のしめ縄

神馬神牛像
神馬神牛像

御本殿の周囲を一周しながら彰古館、素鵞社を見た後、神楽殿の方に行ってみると、なんとテレビでよく見る巨大なしめ縄はこちらでした!拝殿のしめ縄よりはるかに巨大です。予定していなかったのになんとなくこちらに来たのは正解でした。神馬神牛像を見て約一時間ではありましたがちゃんと参拝できました。

次の松江城へ向かいました。

鳥取・島根城めぐりの旅 #2-2 月山富田城

津和野城から3時間半ちょっとかけて、14:15ごろ道の駅広瀬・富田城に到着しました。

■ 月山富田城 ■

月山富田城は島根県安来市の標高190mの月山の山頂の主郭部、尾根上の多くの曲輪からなる複郭式山城で、日本100名城の65番、国指定史跡になっています。

道の駅広瀬・富田城・安来市立歴史資料館
道の駅広瀬・富田城・安来市立歴史資料館

#65 月山富田城スタンプ月山富田城御城印

道の駅並びの安来市立歴史資料館でスタンプ、御城印(300円)を入手してから登城です。

■山麓部

登城道
登城道

尼子興久の墓
尼子興久の墓

馬乗馬場
馬乗馬場

道の駅から千畳平へつづく登城道に入ったところに尼子興久の墓、道なりに進むと馬乗馬場と千畳平の谷間を登っていきます。登り切ったところの後ろ側は馬乗馬場、まっすぐは千畳平へ続いています。

尼子神社
尼子神社

千畳平千畳平
千畳平

千畳平から見た道の駅と歴史資料館
千畳平から見た道の駅と歴史資料館

千畳平から見た馬乗馬場
千畳平から見た馬乗馬場

千畳平入ってすぐ右側に尼子神社。千畳平は城兵集合の場として使われたそうです。

太鼓壇
太鼓壇

山中鹿介幸盛祈月像
山中鹿介幸盛祈月像

千畳平から本丸方面へずっと南に向かって進みます。南へ少し登ると時と戦を知らせる大太鼓が置かれていたと伝わる太鼓壇で、山中鹿介幸盛祈月像があります。

奥書院平
奥書院平

進むと左側に折れる道があり、そこをいくと奥書院があったと伝わる奥書院平です。奥書院平には戦没者慰霊塔が立っています。

花ノ壇
花ノ壇

復元主屋・侍所
復元主屋・侍所

主郭部
主郭部

奥書院平から少し進むと花ノ壇で主屋と侍所が復元されています。ここからは主郭部がよく見えますが、登るの結構きつそう。

通路跡
通路跡

山中御殿平北側の曲輪
山中御殿平北側の曲輪

進んでいくと、花ノ壇と山中御殿平の北側の曲輪の間に堀切、堀切と道を挟んだ反対側に通路跡があります。山中御殿平の北側の曲輪はかなり広いですが、曲輪名がよく分からず。山中御殿平は南北の上下二段に分かれているようなので、ここが北側下段かもしれません。

山中御殿平
山中御殿平

多聞櫓跡
多聞櫓跡

軍用大井戸
軍用大井戸

雑用井戸
雑用井戸

菅谷口虎門跡・櫓台跡
菅谷口虎門跡・櫓台跡

月山軍用道
月山軍用道

山中御殿平はとても広大で、城主の居館があったとされ、周囲は石垣で囲まれています。多聞櫓跡、山中御殿跡、軍用大井戸、雑用井戸、菅谷口虎門跡・櫓台跡などを見て、菅谷口の西側から月山軍用道を進み主郭部方面へ向かいます。

■山頂部

親子観音
親子観音

七曲り
七曲り

山吹井戸
山吹井戸

七曲り
七曲り

少し登ると分岐があり左側に親子観音、右側は塩谷口方面へ降りる道になっています。まっすぐ進むと山中御殿平から山頂までの険しい道の七曲りですが、石畳で舗装されているので登りやすくはあります。七曲りの途中には山吹井戸。このあたりで雨も降ってきました。

三ノ丸石垣
三ノ丸石垣

西袖ヶ平西袖ヶ平西袖ヶ平西袖ヶ平
西袖ヶ平

親子観音から15分足らずで七曲りを登り切り主郭部に着きました。三ノ丸石垣があり、右側には西方を監視する櫓があったとされる西袖ヶ平。

三ノ丸へ
三ノ丸へ

三ノ丸
三ノ丸

三ノ丸から
三ノ丸から

三ノ丸からの西袖ヶ平
三ノ丸からの西袖ヶ平

三ノ丸
三ノ丸

石段を上がると三ノ丸で勝日高守神社の鳥居があります。

井戸跡井戸跡
井戸跡

二ノ丸
二ノ丸

二ノ丸から
二ノ丸から

本丸と堀切
本丸と堀切

南側へ一段上がる手前に井戸跡、上がると二ノ丸で南側奥に休憩所があります。二ノ丸は水や食糧を蓄えていたとされます。二ノ丸から深さ7~8mの大きな堀切を挟んで月山最高所に位置する本丸があります。

本丸
本丸

二ノ丸と堀切
二ノ丸と堀切

山中鹿介幸盛記念碑
山中鹿介幸盛記念碑

勝日高守神社勝日高守神社
勝日高守神社

二ノ丸西側の虎口から下りて堀切経由で本丸に登ります。本丸には山中鹿介幸盛記念碑があり、奥にある勝日高守神社は城の守護神社で築城前からあったそうです。

二ノ丸西側下の石垣
二ノ丸西側下の石垣

三ノ丸西側下の石垣
三ノ丸西側下の石垣

本丸から下りて二ノ丸・三ノ丸の西側下の石垣を見ながらを進むと西袖ヶ平に出ます。

■山麓部

山中御殿平
山中御殿平

狭間土塀跡
狭間土塀跡

塩谷口搦手門跡
塩谷口搦手門跡

大手門跡
大手門跡

親子観音まで下りてきて左側の道を下ると山中御殿平の塩谷口の近くに出ました。狭間土塀跡、塩谷口搦手門跡、北に進んで大手門跡。

大土塁
大土塁

能楽平へ
能楽平へ

能楽平
能楽平

御茶庫台跡・堀尾吉晴公の墓
御茶庫台跡・堀尾吉晴公の墓

御茶庫台跡・山中鹿之介幸盛公供養塔
御茶庫台跡・山中鹿之介幸盛公供養塔

巖倉寺
巖倉寺

御子守神社
御子守神社

山中御殿平の西側にある大土塁から能楽平を経由するルートで降りていきます。大土塁から先は行きのルートとは違って薄暗い山の中を下っていく感じです。能楽平、御茶庫台跡・堀尾吉晴公の墓と山中鹿之介幸盛公供養塔、巖倉寺、御子守神社と順にめぐり、散策は終了、2時間40分ほどでした。

米子ユニバーサルホテル
米子ユニバーサルホテル

無料の日替り定食
無料の日替り定食

今日の宿は米子ユニバーサルホテルで18時ごろ到着。ユニバーサルホテルは例のごとく、夕飯が無料、大浴場つきで格安で泊まれるので、これまでも姫路駅前、倉敷駅前と利用していますが、今回は大浴場が修理中とかでやっていなかったのはがっかりでした。先書いといてよー。

明日は出雲大社松江城米子城水木しげるロードをめぐる予定です。

鳥取・島根城めぐりの旅 #2-1 津和野城

2泊3日の鳥取・島根城めぐりの旅2日目。今日は、津和野城月山富田城をめぐる予定です。

宿の朝食

宿で朝食を取った後は、津和野城跡観光リフトが動き出す9時まで時間があるので、チェックアウト前に、津和野城の山麓遺構を散策する予定です。

そういえばすごく驚いたことが。夕食時に会話した夫婦のクルマが、ナンバー見たらなんと今年の3月に行った広島・山口城めぐりの旅で借りたレンタカーだった!こんな偶然あるんですね。夫婦に話したらびっくりして喜んでました。

■ 津和野城 ■

津和野城は、島根県津和野町のにある標高367メートルの霊亀山に吉見頼行・頼直によって築かれた山城です。比高は約200m。国指定史跡で、日本100名城の66番です。

馬場先櫓馬場先櫓
馬場先櫓

嘉楽園
嘉楽園

物見櫓物見櫓
物見櫓

津和野城の山麓遺構は宿から徒歩5分ほどのところにありました。藩主亀井氏の藩邸跡(嘉楽園)で、馬場先櫓、物見櫓は現存遺構です。

大手登城口
大手登城口

大手道の石垣
大手道の石垣

物見櫓から少し南へ行ったところに大手登山口、そこから伸びる大手道。大手道を少しあがったところでは石垣を見ることができました。

太皷谷稲成神社
太皷谷稲成神社

太皷谷稲成神社から津和野城のぞむ
太皷谷稲成神社から津和野城のぞむ

津和野城御城印太鼓谷稲成神社御朱印

チェックアウトの後は、最初に太皷谷稲成神社へ。かなり大きな立派な神社で、そう言えば昨晩暗くなってからも太鼓の響きが聞こえていました。ここでは御城印(500円)、御朱印をいただきました。

津和野城跡観光リフト乗り場
津和野城跡観光リフト乗り場

#66 津和野城スタンプ

津和野城跡観光リフト
津和野城跡観光リフト

続いていよいよ津和野城です。津和野城跡観光リフト太皷谷稲成神社のすぐ近く。リフト乗り場にスタンプがあります。リフトの料金は往復700円です。比高200mの山城を登るのはかなりきついのでこれは正直とてもうれしいです。

登城路
登城路

堀切跡
堀切跡

リフトを下りると登城路が整備されています。少し登った左側に堀切跡があります。

■出丸

段床
段床

虎口虎口
虎口

出丸
出丸

平櫓跡
平櫓跡

二重櫓跡
二重櫓跡

土塀の控柱跡
土塀の控柱跡

土手と土塀跡
土手と土塀跡

登城路をさらに進んでいくと左側に出丸、まっすぐは本丸へ続きます。出丸の虎口を入って西側(右側)に平櫓跡、二重櫓跡、東側(左側)に土塀の控柱跡、土手と土塀跡を見ることができます。

出丸から津和野の街並みをのぞむ
出丸から津和野の街並みをのぞむ

出丸石垣
出丸石垣

虎口を出て石垣を左側に伝って回ると出丸石垣が見られますが、少し危ないので慎重に。

登城路に戻ります。しばらく進むと前方向に左右に分岐していて、右側が旧登城路とあったのでそちらに進みましたが、新しい方が歩きやすいだけで、旧登城路に特別何かがあるわけではありませんでした。

あずまや
あずまや

新旧登城路の合流後、すぐ先にあずまやのある曲輪にでます。大手道もここで合流します。あずまやの東側の坂道を登ると東門跡へつながるようですが通行止めで、本丸方面へは西側に作られた足場の仮歩道を進みます。

万代の池
万代の池

仮歩道に入る直前右下へ降りると万代の池があります。

足場の仮歩道
足場の仮歩道

三十間台石垣
三十間台石垣

三段櫓跡石垣
三段櫓跡石垣

三の丸石垣(北側)
三の丸石垣(北側)

仮歩道は三の丸の西側部分まで続いていますが、途中、三十間台石垣や三段櫓跡石垣、三の丸石垣などが見られます。

■三の丸

台所跡
台所跡

海老櫓跡
海老櫓跡

馬立跡
馬立跡

三段櫓跡(上段)
三段櫓跡(上段)

三段櫓跡(中・下段)

仮歩道を登り切ったところは三の丸の西側部分で、台所跡、エビ櫓跡、馬立跡、三段櫓跡があります。三段櫓跡は現時点下からは見ることができないので、上段から見降ろす感じです。

天守台
天守台
天守台

西櫓門跡
西櫓門跡

三の丸の南側へ
三の丸の南側へ

馬立跡の東側には天守台があり、向かって左側に下りると三段櫓跡の下側や東門へつづくのですが立ち入り禁止です。向かって右側すぐに西櫓門跡があります。天守台を左に見ながら三の丸の南側部分へ向かいます。

三の丸(南側)
三の丸(南側)

人質櫓台高石垣人質櫓台高石垣
人質櫓台高石垣

P1013622
南櫓門跡

南櫓門跡より南櫓門跡より
南櫓門跡より

三の丸の南側部分に出ると、左側に人質櫓台高石垣がそびえています。三の丸南端には、南櫓門跡があります。

■本丸

天守台へ
天守台へ

天守台天守台
天守台

三の丸(西側)
三の丸(西側)

東門跡
東門跡

三の丸の次は本丸へ。三の丸から坂を登り、天守台にあがると三の丸の西側や東門跡など見降ろせます。天守台は城の最高所である三十間台の西側一段低い場所にあるとても珍しい構成になっています。

三十間台
三十間台
三十間台

人質郭
人質郭

三十間台より
三十間台より

三十間台へは天守台東側から上ります。三十間台は津和野城の最高所、ここからの眺めは最高です。

■二の丸

三十間台からみた太鼓丸
三十間台からみた太鼓丸

太鼓丸
太鼓丸

三十間台石垣
三十間台石垣

二の丸・腰郭
二の丸・腰郭

三十間台北側の虎口から一段下りると太鼓丸(二の丸)です。太鼓丸の南西隅から二の丸、天守台を経由して下城。大体2時間弱の散策でした。

次は月山富田城に向かいました。

鳥取・島根城めぐりの旅 #1 浜田城

2泊3日の鳥取・島根城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:浜田城
・2日目:津和野城月山富田城
・3日目:出雲大社松江城米子城水木しげるロード
をめぐる予定です。

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:34の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第2ターミナルには8時前に到着。

羽田第2ターミナル47番ゲート
羽田第2ターミナル47番ゲート

羽田9時発米子行きの飛行機に乗り、10:25米子に到着。

目玉おやじ

空港の手荷物受取所では、目玉おやじがスーツケースに入って出迎えてくれました。

米子空港からは日産レンタカー、今回も相棒はノートで、乗り出しは25,266km。浜田城へ向かいました。

■ 浜田城 ■

13:50ごろ、浜田城山公園駐車場に到着しました。実は初島根県です。

浜田城は、江戸時代に古田重治によって標高67mの丘陵上に築かれた城で、別名亀山城といいます。本丸の南側に二の丸、三の丸、西側に出丸が配された梯郭式平山城です。島根県指定史跡、続日本100名城の170番です。

浜田城資料館
浜田城資料館

駅鈴モニュメント
駅鈴モニュメント

駐車場脇の浜田城資料館でスタンプをゲット、資料館と駐車場の間にある駅鈴モニュメントは12代浜田藩主松平康定侯が松阪(三重県)の本居宣長に贈った駅鈴のモニュメントです。駐車場の東側にある散策路を登って浜田城へ向かいます。

濱田護國神社
濱田護國神社

#170 浜田城スタンプ浜田城御城印

浜田城跡にある濱田護國神社社務所で御城印(300円)を入手してから、本殿に向かって右側の道を進み、本丸を目指しました。

浜田藩追懐の碑
浜田藩追懐の碑

旧浜田県庁表門と石垣
旧浜田県庁表門と石垣

三丸石垣
三丸石垣

出丸へ続く石段
出丸へ続く石段

三丸
三丸

本殿の裏手に浜田藩追懐の碑、その先に旧浜田県庁表門と立派な石垣があります。門をくぐり、石段を登ると三丸です。左側石段を登ると出丸へ行けますが、ここはかつてはなかった道で、石垣が続いていたそうです。

二ノ門跡
二ノ門跡

二ノ門桝形跡
二ノ門桝形跡

二丸
二丸

一ノ門跡一ノ門跡
一ノ門跡

三丸から桝形虎口になっている二ノ門跡をとおり、二丸へ。二丸から一ノ門跡をとおると本丸です。

本丸本丸
本丸

報国忠勇之碑台座
報国忠勇之碑台座

外ノ浦
外ノ浦

本丸から北側のぞむ
本丸から北側のぞむ

三重櫓(天守)跡
三重櫓(天守)跡

本丸から西側のぞむ
本丸から西側のぞむ

出丸
出丸

本丸入って正面に報国忠勇之碑の台座があり、東側からは北前船の寄港地だった外ノ浦を眺めることができます。北西隅には三重櫓(天守)跡があります。一ノ門跡右側の石段を下りると右側に出丸があります。

焔硝蔵の曲輪
焔硝蔵の曲輪

井戸跡
井戸跡

護國神社方面に戻り、本殿裏手を左側に続く道を進むと焔硝蔵の曲輪、手前下りたところに井戸跡。

中ノ門跡
中ノ門跡

裏門跡
裏門跡

大手門跡
大手門跡

戻り、護國神社手前左側に下りる道があり、そこをひたすら下りていくと中ノ門跡。
中ノ門跡を過ぎると、城山公園を出ることになります。裏門跡、大手門跡と確認し、駐車場に戻ってきたのは15:30ごろです。

しゃべる!浜田城跡自販機
しゃべる!浜田城跡自販機

浜田城古田重治武将印浜田城古田重治武将印

駐車場には、しゃべる!浜田城跡自販機が設置されていて、歴代藩主印(330円)を購入しました。全6種類で、何がでるかわかりません。ゲットしたのは初代藩主、古田重治の印でした。買うときに「よう参ったの!これが続日本100名城浜田城じゃ!あっぱれじゃ!頂上へ参れ!絶景が見えるぞ。日本遺産北前船寄港地外ノ浦じゃ」としゃべってくれました。

若さぎの宿
若さぎの宿

津和野城ライトアップ
津和野城ライトアップ

宿の夕食
宿の夕食

今日の宿は、明日めぐる予定の津和野城のすぐ近くの若さぎの宿さん。17:30前に到着しました。宿の前からは霧に覆われた津和野城が見えます。夜になると津和野城はライトアップされました。宿での夕食時、名古屋から来たという夫婦から声をかけていただき城めぐりの話など楽しく過ごせました。

殿町通り殿町通り殿町通り鯉
殿町通り

津和野カトリック教会
津和野カトリック教会

食事の後は、「山陰の小京都」と呼ばれるせっかくの津和野です、殿町通りに散歩へ。掘割に泳ぐたくさんの鯉、津和野カトリック教会など、ほとんど人通りがない夜の通りは少し寂しかったかな。

明日は朝から津和野城です。

岩殿城

今日は岩殿城へ行ってきました。

岩殿城は、山梨県大月市にある標高634メートルの岩殿山に築かれた山梨県指定史跡の山城です。

岩殿城

見るからにおーっ!となる巨岩の上にありますが、結構急峻な坂道が続くとのことで、あそこ登るのかと思うと結構心配。でも先月有子山城鳥取城も登ったのだ、あれよりキツイことはないはず。有子山城で借りた竹杖の効果を信じて今回はトレッキングポールも調達し準備は万端、行けるはず!

大月駅前観光案内所で御城印を入手後、畑倉登山口へ。現在山頂まで行けるのはここからだけです。登城口にYAMAPの案内があったので使ってみることにしました。

大月駅前観光案内所
大月駅前観光案内所

岩殿城御城印

畑倉登山口
畑倉登山口

10:59スタートです。登山口に置かれた登山者カウンターでは1416人目でしたが、いつから?

登山者カウンター
登山者カウンター

登り始めて5-6分の分岐点で、まずは左側へ進んで鬼の岩屋へ。鬼の岩屋(新宮洞窟)は修験道場・円通寺の新宮として十一面観音を祀った懸け造りの堂宇があったそうです。

分岐点鬼の岩屋(新宮洞窟)
鬼の岩屋(新宮洞窟)

分岐に戻り岩殿山方向へ。すぐに右側に見えてきたのは畑倉神宮畑倉大神。無事登山をお願いしました。

畑倉神宮畑倉大神
畑倉神宮畑倉大神

登城道登城道

本丸のある山頂までは多少ゆるやかな部分があるものの、ひたすら急坂を登っていくことに。2~3か所トレッキングシューズでも容赦なくずるっといく場所がありましたが転倒はせずに済みました。途中2回ほど座っての休憩と数回の息整え立ち休憩をはさんで、
11:51本丸に到着しました。自分的には思ったよりも早く登れたのははやりトレッキングポールのおかげ?

本丸本丸
本丸

本丸より
本丸より

残念ながら富士山は雲に隠れています。通信施設の脇を通っていった東側先に空堀があります。案内板が見えるので以前は入れたようですが、今は通行禁止になっていて上から眺めるのみです。

P1013282P1013279空堀
空堀

本丸から西側へ降りていきます。途中二の丸、三の丸があるようなのですが、全くどれなのかわかりません。そうこうしているうちに蔵屋敷跡に出ます。

蔵屋敷跡蔵屋敷跡
蔵屋敷跡

進むと先が明るく見えてきて、そこは城内で一番広い馬場跡です。

馬場跡馬場跡馬場跡
馬場跡

馬場跡の先に四阿が見えます。その先が南物見台で案内板や乃木大将詩碑があります。南物見台は展望所になっていて眺望は抜群ですが、相変わらず富士山は雲に隠れたまま。

四阿
四阿

南物見台南物見台
南物見台

案内板
案内板

南物見台より南物見台より

南櫓台からさらに西に進んで少し降りていくと、右側には馬屋跡。法面が崩れて立ち入り禁止となっています。

馬屋跡
馬屋跡

さらに進んだ最西端は西物見台。今日は全く行ける気がしない稚児落としをこちらから眺めます。

西物見台
西物見台

西物見台より
西物見台より

稚児落とし
稚児落とし

西物見台の手前には浅利登山口へ続く分岐があり、ここを少し下りたところに番所跡と揚城戸跡があります。個人的には揚城戸跡が一番のみどころ。

浅利登山口への分岐
浅利登山口への分岐

番所跡番所跡
番所跡

揚城戸跡揚城戸跡
揚城戸跡

馬場跡に戻り、案内表示に従い少し下りたところに用水池があり、上側が飲用の亀ヶ池、下側が馬や兵士の水浴用の馬洗池です。

用水池(亀ヶ池、馬洗池)
用水池(亀ヶ池、馬洗池)

ここで今日の散策ポイントは最後です。本丸に戻り13:08下城、登山口には13:35に到着しました。2時間半ちょっとの散策となりましたが、途中相当気をつけていたのに一回ずるっとすべってこけました。粘土質のぬかるみは要注意です。

岩殿城は遺構はあまりないですが、天然の地形を利用した面白い山城でした。

ちなみに今回は初めてCONTEMPORARY 20–200mm F3.5–6.3 DGを持ち出して主な写真を撮影しました。手振れ補正はないのが気になっていましたが全然大丈夫でしたね。

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