長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #1 原城

2泊3日の長崎・熊本・福岡城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:原城
・2日目:島原城、鞠智城
・3日目:熊本城、久留米城、水城
をめぐる予定です。

富士山
富士山

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:46の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8:10ごろに到着。9:20羽田発福岡行きのSFJ便、予定通り11:15に福岡着。

福岡空港
福岡空港
相棒ノート
相棒ノート

福岡空港からは日産レンタカーですが、福岡空港の出口から出た正面に日産レンタカーがあり、あまりの利便性に驚きました。今回の相棒もノートです。

原城跡大手口駐車場
原城跡大手口駐車場

11:42ごろ原城へ向かって出発です。途中、小城PAで小休憩して、原城跡大手口駐車場には14:37到着しました。

■■ 原城 ■■

原城は、長崎県南島原市にある梯郭式平山城です。肥前有馬氏によって戦国時代に築かれ、廃城後に江戸時代最大の内乱、島原・天草一揆「島原の乱」の最終決戦の地として知られます。天草四郎率いる一揆勢が籠城し、幕府軍を相手に約4ヶ月にわたる死闘を繰り広げました。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録、国指定史跡、続日本100名城の188番です。

さて今回の旅では各城の散策案内をGoogle AIに作ってもらったので、その実用性も検証しつつ見ていく予定です。

■三ノ丸

大手口
大手口

原城跡大手口駐車場から散策を開始、すぐに原城の入口だった大手口があります。

三ノ丸
三ノ丸
三ノ丸
三ノ丸

大手口の先は三ノ丸です。三ノ丸は城の北側を占める広大な曲輪で一揆の際に3,500人が守った場所だそうです。

板倉重昌の碑
板倉重昌の碑
板倉重昌の碑
板倉重昌の碑

道にぶつかり、右へ坂を少し進んだところには幕府軍の総大将・板倉重昌の碑があります。

仕寄場跡
仕寄場跡

さらに坂を下りていくと、仕寄場跡。城を攻め落とすために幕府軍が原城の目の前に築いた最前線の攻撃・包囲陣地です。

■二ノ丸・二ノ丸出丸

二ノ丸(東)
二ノ丸(東)
二ノ丸(西)
二ノ丸(西)

戻って坂を上がると二ノ丸と二ノ丸出丸です。二ノ丸は有馬氏時代には家臣等の屋敷がありました。一揆の際は一揆勢5,700人が守備してしていた最も広い曲輪です。

二ノ丸出丸
二ノ丸出丸
二ノ丸出丸
二ノ丸出丸

二ノ丸出丸は、二ノ丸の西側に突き出た曲輪で、幕府方の軍勢が築いた陣に最も近く、一揆勢の最前線でした。二ノ丸出丸は私有地のため入ることはできません。

二の丸総合案内所
二の丸総合案内所
原城スタンプ
原城御城印

二ノ丸には二の丸総合案内所があり、ここでスタンプと御城印をゲットします。ここで現地案内の方がスタンプのデザインになった三体のキリシタン像がある場所を教えてくれました。パンフレットなどにも何の案内もないので、聞かなかったら分からず仕舞いですね。

二ノ丸から本丸のぞむ
二ノ丸から本丸のぞむ

この辺りからは本丸を一望できます。続いて本丸へ。

■本丸

今は舗装道ですが、土橋を渡ると本丸です。東側には大きな空堀、西側は蓮池跡につづく低地になっています。
本丸は城の南東側にあり、原城で唯一、近世城郭の特徴を備えた曲輪です。有馬時代には天守閣があったとされ、島原の乱の時には、総大将天草四郎らがここに本陣をおき、2,000人の守備軍と遊軍2.000人がいたそうです。右側には本丸正門跡がありますが、手前には骨カミ地蔵があります。島原の乱で亡くなった約3万人の敵味方の遺骨を集めた供養塔です。本丸正門は本丸へ通じる正面入口で、外枡形虎口になっています。その先に本丸に向かう2番目の門、埋門跡があります。ここでは城の破壊工程が分かるように三段階で整備されています。

一揆勢の仮設(半地下式)小屋の跡があります。籠城兵たちが地面を掘り込んで作った急ごしらえの住居跡です。

本丸門は本丸へと繋がる最後の門で櫓門が建てられていたと考えられます。本丸門を抜けて左側には四郎家推定地があり、天草四郎が最後を迎えた建物があったと考えられているそうです。本丸は絶賛整備工事中で入れるところは限られていました。櫓台跡(天守台跡)には三層の櫓が建てられ、築城時にはこの場所に天守相当の建物があったと推定されています。本丸西部の池尻門跡周辺には顕彰碑、天草四郎像、佐分利九之丞の墓碑、天草四郎の墓碑があります。近くに三体のキリシタン像があると教えてもらっていたのですが、なかなか見つからず。やっと見つけました。小さいのでスルーしてしまう人多いでしょうね。池尻門跡から本丸を出て本丸石垣を横に見ながら土橋周辺に戻ってきました。

■鳩山出丸・天草丸

おおよその見どころは見たので、散策終了としてもよいのですが、時間に余裕があったので、天草丸まで行ってみました。鳩山出丸は、城域の南側にある本丸の西に置かれた曲輪で、本丸の出丸としての機能を持っていたと考えられています。本丸と鳩山出丸の間にある平地は内馬場で、天草丸に接する付近には田町門がありました。天草丸は、城域の南端にあり、鳩山出丸と同様に本丸の出丸としての機能が考えられる曲輪です。一揆の際に、天草の一揆勢2,000人が守備したことから、天草丸と呼ばれていますが、未整備でとても入る気にはなりませんでした。

散策はこれで終了です。二ノ丸の西側下にある田尻門跡を経由して駐車場まで戻ってきました。さて、Google AI作成の散策案内では90分で回れるとのことでしたが、大体実質的には120分でした。写真や動画を撮るのでまぁそんなもんでしょう。16:50ごろ出発し、本日の宿、東洋九十九ベィホテルへは向かい、17:40ごろ到着しました。夕食は牛すき鍋会席で、なかなか豪華、大浴場・サウナも堪能しました。明日は島原城、鞠智城 めぐります。

eero Pro 7

自宅wifiで一階での速度が出ず、メッシュを組もうと選んだeero Pro 7が届いたので設置しました。確かに簡単に設置できるものの、ちょっと苦労したのが、eeroが192.168.4.x のIPアドレス範囲(サブネットマスク 255.255.252.0)を初期設定で使用することで、これによって、NASが見えなくなったりして解決に少し時間がかかりました。

とはいうものの、一階での速度は倍以上になり、快適、とても満足です。

今年のふるさと納税

今年も早くも9月も終わる時期ということで、ふるさと納税しました。

  • テレビ台 スタンドテレビ台 UTS-900R-LN 75型
  • 冷凍肉も切れる!ムテキバサミ【食洗機対応】〈ざわつく!金曜日〉で話題

の三点です。

テレビスタンドを設置するには、部屋の大掃除が必要ですが、まぁ、これくらいの目的がないと掃除もなかなか手をつけないのでちょうどいいか。

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-2 湯築城

今回の旅の最後は湯築城です。

■■ 湯築城 ■■

道後公園西口駐車場
道後公園西口駐車場

15:33ごろ、道後公園西口駐車場に到着しました。

湯築城は、松山市の現在の道後公園にある平山城で国指定史跡、日本100名城の80番です。伊予の守護職であった河野通盛が築城しました。湯築古城図によると、内堀と外堀、丘陵頂部の本壇と北方の杉の壇、東方の中壇の郭や家臣居住空間等を構えています。

駐車場の横は西側の外堀土塁で、駐車場は外堀を埋め立てられて整備されました。

搦手門跡
搦手門跡
外堀(西側)
外堀(西側)
搦手門跡
搦手門跡

道後公園の西口にはかつて搦手門がありました。

■家臣団居住区

湯築城資料館
湯築城資料館

搦手門跡を抜けるとすぐ右側に家臣団居住区があり、一番手前に湯築城資料館があります。ここで御城印をゲットのはずが月曜休館日で入手できず。スタンプは以前入手済みなのでそれほどショックでもないんですが、調べたら前回訪問時(2015年11月)も休館日だったようで。。。ご縁がないようです。ここから城の南東部にかけて、家臣団居住区、庭園区を含む上級武士居住区が続いています。

武家屋敷1
円形石積遺構
円形石積遺構

家臣団居住区には土塀や武家屋敷などの遺構が復元されています。武家屋敷1の脇には円形石積遺構がありますが、何に使われていたのか分からないそうです。

内堀土塁(南側)
内堀土塁(南側)
武家屋敷2
武家屋敷2
排水溝と内堀土塁
排水溝と内堀土塁
内堀(南側)
内堀(南側)
内堀(南側)
内堀(南側)

南側の内堀土塁に沿って道を進むと武家屋敷2があります。さらに進むと内堀に続く排水溝があり、内堀土塁が排水溝で分断されており、南側の内堀を見ることができます。

■上級武士居住区・庭園区

上級武士居住区・庭園区
上級武士居住区・庭園区
最大土坑跡
最大土坑跡
庭園の池
庭園の池

土塀と生垣に区切られた先は上級武士居住区・庭園区です。庭園区に入って左側には最大土坑跡がありますが、ちょっとくぼんでいる?という感じでよく分からず。最大土坑は、発掘調査で確認された中でも最も大きなごみ穴です。右側には池が復元されています。

上級武士居住区
上級武士居住区
礎石建物跡
礎石建物跡

庭園区の先は上級武士居住区です。 芝生の広場になっていて、発掘調査に基づいた礎石建物跡など遺構の平面表示がされています。

内堀にかかる橋
内堀にかかる橋
内堀(南側)
内堀(南側)
内堀(東側)
内堀(東側)

内堀側にいくと対岸への橋が架かっていますが、渡ることはできません。何のための橋なんだろう? 対岸右側には岩肌が広がっていて庭園のように美しいです。

外堀土塁展示室
外堀土塁展示室

南側の外堀土塁の方へ行くと、外堀土塁展示室があって土塁の断面などが展示されているのですが、休館日だからかこちらも入れませんでした。

排水溝と外堀土塁裾石
排水溝と外堀土塁裾石

外堀土塁に沿って道を進むと城内の南東隅には道路・排水溝・外堀土塁裾石の説明板がありました。道路に面する外堀土塁裾石は、ここが最も高く良好に残っているそうです。

土坑
土坑

広場にはもうひとつ土坑がありました。こちらもごみ穴ですが、はっきりと整備されています。

遮蔽土塁
遮蔽土塁
外堀土塁(東側)
外堀土塁(東側)
遮蔽土塁
遮蔽土塁

上級武士居住区の北東端部分には遮蔽土塁があります。ここは外堀と内堀が最も近く、外側からの見通しをさえぎり、 敵の侵入や撃を防ぐ効果がありました。ここにある排水溝は往時のものです。

■中壇

中壇
中壇
大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡
外堀(東側)
外堀(東側)

北へ進むと東側の平坦な曲輪がありますが、 湯築古城図で言えばここが中壇でしょう。中壇には現在はグラウンドと児童公園があり、遺構等はほとんど見られませんが、大手門跡があります。大手門跡から外に出ると東側の外堀を見ることができます。

中壇
中壇
岩崎神社鳥居
岩崎神社鳥居
岩崎神社
岩崎神社

中壇の南側には鳥居が建っていて、丘陵部を登っていきます。少し登ると岩崎神社があります。

■本壇

本壇
本壇
本壇
本壇
展望台から見た松山市街
展望台から見た松山市街
展望台からみた松山城
展望台からみた松山城
本壇
本壇

さらに上っていくと道後公園展望台が建つ本壇に出ます。本壇は最も高い位置にある郭曲輪 で、瀬戸内海も見ることができます。大部分は地山が露出していて、出土遺物もほとんど見つからなかったそうです。展望台からは松山の街並みや松山城が見られます。

■杉ノ壇・湯釜

杉ノ壇
杉ノ壇
杉ノ壇
杉ノ壇

本壇から北方向へ下りていくと、杉ノ壇があります。発掘調査では、鍛冶炉、瓦敷遺構や礎石列、堀切などが確認されています。

内堀(北側)
内堀(北側)
外堀(北側)
外堀(北側)
子規記念博物館
子規記念博物館

杉ノ壇の東側から階段と坂を下りていくと北側の内堀に出て、道後公園の東口があります。東口では北側の外堀を見ることができます。外堀の反対側の建物は松山市立子規記念博物館です。湯築城資料館で「ようおいでたなもし。今日は、休館日ぞなもし。隣の「子規記念博物館」は開いとるけん寄っていってな。」と書いてあったので、休みの時はここで御城印とか売ってたりしないかなと期待して行ってみましたが、売ってませんでした。

内堀(北側)
内堀(北側)
湯釜薬師前橋と内堀(西側)
湯釜薬師前橋と内堀(西側)

北側の内堀沿いを東へ進んで行くと道後公園北口に至ります。北口から内堀にかかる湯釜薬師前橋を渡った正面に、湯釜があります。

湯釜
湯釜
湯釜
湯釜

石造湯釜は、奈良時代に作られたと伝わる日本最古の温泉湧出口(湯口)です。現在の道後温泉本館ができるまでの間、使われ続けたものです。

内堀(西側)
内堀(西側)

これで見たいものは終了、西側の内堀沿いを散策しながら駐車場へ戻りました。17:13ごろ出発し帰路につきます。

17:54ごろレンタカー返却、今回の走破距離は550kmでした。今回もよく走ったもんです。

帰りのJAL便は20分遅れの19:20発になっちゃいましたが、帰宅時間は予定通りでした。

ということで、今回の旅は新たなスタンプは3つのみでしたが、
松山城、湯築城は前回訪問時より隈なく回れて大満足でした。さて、次の城めぐりの旅ですがもう予約済み!10月に長崎・熊本・福岡城めぐりの旅!楽しみです。

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-1 松山城 その3

前回からのつづきです。

■本丸

本丸北東側
本丸北東側
艮門・艮門東続櫓
艮門・艮門東続櫓
天神櫓・天神櫓南塀
天神櫓・天神櫓南塀

本壇から出て、本丸の北東側にいくと、昭和59年に復元された艮門と艮門東続櫓があります。

伯爵久松定謨頌徳碑
伯爵久松定謨頌徳碑

近くにある伯爵久松定謨頌徳碑は、旧松山藩主子孫の久松定謨伯爵が、松山城を私財で払い下げを受けた上で、維持費を添えて松山市へ寄贈したことを顕彰して建てられたものです。

天神櫓・天神櫓西折曲塀
天神櫓・天神櫓西折曲塀
天守・仕切門内塀・玄関多聞櫓・北隅櫓
天守・仕切門内塀・玄関多聞櫓・北隅櫓

本丸の北側へ進むと本壇を北側から見ることができます。

野原櫓
野原櫓

さらに進むと本丸の搦手に至ります。野原櫓は日本で唯一現存する望楼型二重櫓で国重要文化財です。搦手と本丸の北側を守っています。

乾櫓・ 乾門西塀
乾櫓・ 乾門西塀
乾門・乾門東続櫓
乾門・乾門東続櫓
乾門東続櫓・乾門・乾櫓
乾門東続櫓・乾門・乾櫓

乾櫓は築城当初の二重櫓で国重要文化財で、乾門と乾門東続櫓とともに、搦手を守っています。

北隅櫓・十間廊下・南隅櫓
北隅櫓・十間廊下・南隅櫓

搦手からは、連立式天守の北隅櫓・十間廊下・南隅櫓の連なりを真横から見ることができ、圧巻です。

乾門東続櫓東折曲塀
乾門東続櫓東折曲塀
紫竹門東塀・紫竹門・紫竹門西塀
紫竹門東塀・紫竹門・紫竹門西塀
紫竹門
紫竹門
紫竹門
紫竹門
紫竹門西塀と南隅櫓・小天守
紫竹門西塀と南隅櫓・小天守
乾門東続櫓東折曲塀・乾門東続櫓・乾櫓
乾門東続櫓東折曲塀・乾門東続櫓・乾櫓

搦手から本壇の南側を東へ進むと、搦手と大手を仕切る紫竹門があり、東塀・西塀とともに国重要文化財です。

本丸
本丸
伊予柑ソフト
伊予柑ソフト

本丸をひととおり散策したので、売店で伊予柑ソフトを買って休憩しました。

■黒門口登城道

大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡

続いて二之丸へ向かいます。大手門跡から黒門口登城道を下りていきます。

黒門口登城道
黒門口登城道
黒門口登城道
黒門口登城道
黒門口登城道
黒門口登城道

黒門口登城道は、二之丸から本丸へ通じる道へと続く江戸時代の正規登城道です。七曲りの石段が続きます。

中門跡
中門跡

七曲りの石段の先に中門跡があり、往時の石畳がそのまま残されています。

尾谷門跡
尾谷門跡
持弓櫓台(左)
持弓櫓台(左)
二之丸
二之丸

尾谷門跡を抜けると目の前に二之丸が広がります。持弓櫓台は登城道の食違虎口を形成しています。

■二之丸・三ノ丸

持弓櫓台
持弓櫓台
西大砲台石垣
西大砲台石垣
槻門
槻門
槻門
槻門

持弓櫓台の下を進むと、西大砲台、槻門に出ます。槻門は本丸大手への登城道と二之九搦手への道の分岐点に位置します。

二之丸多聞櫓
二之丸多聞櫓
二之丸多聞櫓
二之丸多聞櫓
二之丸御殿跡模型
二之丸御殿跡模型
二之丸御殿跡
二之丸御殿跡

二之九搦手への道を進むと二之丸多聞櫓があり、その門は二之丸御殿の通用口であり、二之丸史跡庭園の入口です。入って右側に券売所があります。入園料は200円です。

聚楽亭
聚楽亭
奥御殿跡
奥御殿跡

松山城二之丸史跡庭園は、表御殿跡と奥御殿跡に大別されます。多聞櫓の南側から出て、前の門を入ると有料貸室施設の聚楽亭があり、その先に奥御殿跡があります。流水園になっていて水と砂利と芝生で昔の部屋の間取りが表現されています。

南門
南門
南門
南門

奥御殿跡の南側には南門があります。3つの門が集まっていて割と見たことない感じです。

林泉庭
林泉庭
二之丸巽櫓台
二之丸巽櫓台

林泉庭は庭園の東側山裾に作られた池泉回遊式庭園です。その脇から坂を登っていくと二之丸巽櫓台があります。この櫓台から南登り石垣が続いています。

勝山亭
勝山亭
勝山亭より
勝山亭より

さらに上っていくと有料貸室施設の勝山亭があります。

御居間
御居間

勝山亭から下りていくと林泉庭に出てその先は表御殿の御居間です。このあたりから北側に表御殿跡が続いています。

観恒亭
観恒亭
表御殿跡
表御殿跡
表御殿跡
表御殿跡
奥門
奥門

西の方へ進み右側にあるのは有料貸室施設の観恒亭です。表御殿跡は柑橘・草花園で、各地のカンキツ類や草花で昔の部屋の間取りが表現されています。

大井戸遺構
大井戸遺構
大井戸遺構
大井戸遺構

表御殿跡には大井戸遺構があります。発掘調査により発見され、井戸の東半分が床下になり、その上を囲炉裏で火をおこしていた焚木之間が覆っていました。

四脚御門
四脚御門
番所
番所
米蔵
米蔵
井戸屋形
井戸屋形

二之丸の北西部には四脚御門があります。四脚御門は二之丸御殿の正門にあたる門です。その横に番所と書かれたトイレ、その奥に米蔵があります。米蔵から南へ進むと井戸屋形があり、その先二之丸史跡庭園の出口です。

栂門跡
栂門跡
黒門跡
黒門跡

槻門跡から西へ抜けると栂門跡、黒門跡とクランク状の枡形がつづきます。

三之丸跡
三之丸跡
三之丸跡
三之丸跡

黒門跡を抜けると三之丸跡です。三之丸跡は大規模整備中です。

二之丸多聞櫓
二之丸多聞櫓
県庁裏登城道
県庁裏登城道

再度二之丸に戻って、多聞櫓と石垣に沿って進んで行くと県庁裏登城道に至ります。県庁登城道は長者ヶ平まで続きますが、登りながら南登り石垣を見ることができます。

南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣

登り石垣は、山腹から侵入しようとする敵を阻止するため、ふもとの曲輪と山頂の本丸を、山の斜面を登る2本の石垣で連結させたものです。南登り石垣はほぼ完璧な形で残っていますが、北側は一部分しか残っていません。

外堀
外堀

これで散策終了ということでこのまま登って長者ヶ平からロープウェイも考えましたが、もう登る気力がわかず。。。県庁裏登城道を下りて国道11号経由で駐車場に戻ることにしました。途中、期せずして外堀を見ることができました。

駐車場に戻ったのは、15:20ごろ、約4時間15分くらいの散策でした。三度目の登城ですが、やっぱり松山城は素晴らしいのひとこと、また来たくなります。

次は今回の旅最後の城、 湯築城に向かいます。

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-1 松山城 その2

前回からのつづきです。

■本壇

本壇へ
本壇へ
紫竹門東塀
紫竹門東塀
紫竹門東塀の狭間より
紫竹門東塀の狭間より

券売所から続く坂を登った正面には国重要文化財の紫竹門東塀があります。

小天守・天守・筋鉄門東塀・一ノ門南櫓
(左から)小天守・天守・筋鉄門東塀・一ノ門南櫓
天守・筋鉄門東塀
天守・筋鉄門東塀
小天守
小天守
一ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門東塀・二ノ門南櫓
一ノ門東塀・二ノ門南櫓

右側が本壇の入口です。ここからの、左に小天守、正面に天守と手前の筋鉄門東塀、右に一ノ門南櫓の景色は圧巻ですごくかっこいいです。

三ノ門南櫓・一ノ門・一ノ門南櫓
(左から)三ノ門南櫓・一ノ門・一ノ門南櫓
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門東塀
一ノ門東塀
二ノ門と二ノ門東塀(右)
二ノ門と二ノ門東塀(右)

正面右側の一ノ門から入ります。一ノ門はじめ、二ノ門までの間に囲んでいる建物の、三ノ門南櫓、一ノ門南櫓、一ノ門東塀、二ノ門南櫓、二ノ門、二ノ門東塀は全て国重要文化財です。

二ノ門南櫓・二ノ門・三ノ門東塀
(左から)二ノ門南櫓・二ノ門・三ノ門東塀
三ノ門東塀・天神櫓南塀
三ノ門東塀・天神櫓南塀

二ノ門をぬけると右に天神櫓南塀、左に国重要文化財の三ノ門南塀があり広場になっていて、天守の東側の真下に出ます。

天神櫓
天神櫓
天神櫓
天神櫓
天神櫓西折曲塀
天神櫓西折曲塀

奥に天神櫓が立っているので先にそちらを見ます。天神櫓は、本壇の鬼門の方向にあることから、その忌を避けるために久松松平氏の祖先神である天神(菅原道真)を祀ったことに由来する建物です。

天守
天守

天神櫓の前から見た天守はいい感じ。

三ノ門東塀・三ノ門
三ノ門東塀・三ノ門
三ノ門東塀
三ノ門東塀
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓
小天守・筋鉄門東塀・筋鉄門・天守
小天守・筋鉄門東塀・筋鉄門・天守
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓(右)

三ノ門から先へ進みます。三ノ門は国重要文化財で、東側には三ノ門東塀がつながっています。門をくぐった正面には三ノ門南櫓、右折して左側に筋鉄門東塀、これらも国重要文化財です。正面は本壇中庭入口となる筋鉄門です。

内門・天守・筋鉄門
(左から)内門・天守・筋鉄門
十間廊下・北隅櫓・玄関と玄関多聞櫓・内門
(左から)十間廊下・北隅櫓・玄関と玄関多聞櫓・内門
小天守・多聞櫓・南隅櫓・十間廊下
(左から)小天守・多聞櫓・南隅櫓・十間廊下
筋鉄門・小天守・多聞櫓
(左から)筋鉄門・小天守・多聞櫓

筋鉄門を抜けると天守や小天守、北隅櫓、南隅櫓に囲まれた連立式天守の本壇中庭です。天守は三重三階地下一階の層塔型で国重要文化財です。天守以外の建物はすべて昭和43年に復元されたものですが、旧国宝指定後に作成された基本設計と仕様書により、幕末の姿が忠実に再現されていて国登録有形文化財となっています。

天守入口
天守入口
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)

天守石垣の入口から内部に入ると、天守地階の穴蔵です。

内門
内門

階段から順路に従って進むとまもなく内門に入り、反時計回りに一周して天守に戻ってきます。内門は、天守と玄関多聞櫓の間に建つ一重櫓門で、ここは上層の渡廊下部分です。

玄関多聞櫓
玄関多聞櫓
玄関
玄関

内門の先は一重多聞櫓の玄関多聞櫓で、南側に玄関がつながっていますが、本来はここが正式な玄関です。

北隅櫓(一階)
北隅櫓(一階)
北隅櫓(二階)
北隅櫓(二階)
北隅櫓からの仕切門内塀・天神櫓西折曲塀
北隅櫓からの仕切門内塀・天神櫓西折曲塀
北隅櫓からの乾門・乾櫓・野原櫓
北隅櫓からの乾門・乾櫓・野原櫓

その先の松山城北隅櫓は、連立式天守の西北隅に建つ二重二階櫓です。二階からは北東側の仕切門内塀、天神櫓西折曲塀や、西側の乾門、乾櫓、野原櫓がよく見えます。

十間廊下
十間廊下

十間廊下は、 南隅櫓と北隅櫓をつなぐ一重多聞櫓です。

南隅櫓
南隅櫓

松山城南隅櫓は、連立式天守の西南隅に建つ二重二階櫓です。二階は非公開でした。

多聞櫓
多聞櫓

多聞櫓は、小天守と南隅櫓をつなぐ一重多聞櫓です。

小天守(一階)
小天守(一階)
小天守(二階)
小天守(二階)
小天守から見た中庭
小天守から見た中庭
小天守から見た一ノ門方向
小天守から見た一ノ門方向

小天守は、連立式天守の東南隅に建つ二重二階櫓です。二階から東方向を見ると一ノ門まわりの複雑な造りがよく確認できます。

筋鉄門
筋鉄門

筋鉄門は、天守と小天守の間に建つ一重櫓門です。ここは上層の渡廊下部分です。

天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(三階)
天守(三階)
天守より北方向のぞむ
天守より北方向のぞむ
天守より西方向のぞむ
天守より西方向のぞむ
天守より南方向のぞむ
天守より南方向のぞむ
天守より東方向のぞむ
天守より東方向のぞむ

天守は三重三階地下一階の層塔型で国重要文化財です。

内門
内門
仕切門内塀
仕切門内塀
仕切門
仕切門
仕切門
仕切門

中庭から内門を抜けると仕切門と仕切門内塀の桝形です。ともに国重要文化財です。本壇散策はここまで。

つづきはこちら。

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-1 松山城 その1

愛媛・高知城めぐりの旅最終日の今日は、松山城、湯築城をめぐります。

朝食のお弁当
朝食のお弁当

ホテルでの朝食は弁当か約15種類の和洋ビュッフェとのことでしたが、お弁当でした。そりゃそうです。宿泊客明らかに自分だけ、お風呂稼働しないのも当然ですね。しかしこのお弁当、結構豪華で具沢山、満腹になりました。お弁当で大正解。

道の駅みかわ
道の駅みかわ

7:30ごろホテルを出て松山城へ。途中、道の駅みかわで小休憩。松山城駐車場には着いたものの予想どおり満車だったため、10:38ごろ近隣のコインパーキングにとめました。徒歩で松山城ロープウェイのりばに向かいます。

加藤嘉明公騎馬像
加藤嘉明公騎馬像
松山城ロープウェイのりば
松山城ロープウェイのりば

ロープウェイのりばの北側に加藤嘉明公騎馬像がありました。加藤嘉明は、松山城の築城主で伊予松山藩の初代藩主です。ロープウェイ東雲口駅の入口では、松山城のマスコットキャラクター「よしあきくん」がお出迎え。ここから松山城本丸へ向かいます。

松山城ロープウェイ
松山城ロープウェイ
長者ヶ平
長者ヶ平

今回は黒門口登城道で下りたいので片道切符(270円)にします。ロープウェイとリフトのどっちも使えますが、ちょうど出発のタイミングだったロープウェイで約3分で長者ヶ平駅へ。長者ヶ平は、松山城築城より前、長者の屋敷があったという伝承にちなんで名付けられたところで、特に城の遺構ではないようです。

■■ 松山城 ■■

松山城は、松山市にある標高132mの勝山山頂に本丸、山麓に二之丸と三之丸を構えるをおく連郭式平山城です。現存12天守の一つであり、大天守を含む21棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。国指定史跡、日本100名城の81番です。松山城には2015年、2022年に続き三回目の登城です。

登城道
登城道
本丸石垣
本丸石垣

長者ヶ平から緩やかな石畳の坂を進むと本丸石垣が見えてきます。いつ来てもこの高石垣には圧倒されます。 隠門続櫓の石垣は城内で最も高く17mです。

揚木戸門跡
揚木戸門跡
待合番所跡
待合番所跡

石垣に沿って進んでいくと、揚木戸門跡。揚木戸門は築城時に建てられ、西の太手門とともに本丸大手の入口を固める重要な門でした。その先にある平坦地は待合番所跡です。待合番所は、東雲口からの登城道と二之九からの登城道の合流する地点に警備のために設けられ、常時三人が詰めていたそうです。

■大手

大手門
大手門

石垣に沿って進むと左側に大手門跡。大手門は築城時に建てられ、黒門口登城道を経由して山麓の二之九と三之九へと通じる門です。

太鼓櫓・中ノ門跡
太鼓櫓・中ノ門跡
戸無門
戸無門

先に見える櫓は太鼓櫓、その石垣下は中ノ門跡です。この門を直進する攻手は乾門下で行き止まり、そこまでの間横矢掛が続きます。登城道を進むと戸無門があります。戸無門は国重要文化財の高麗門で、当初から扉をありませんでした。

■本丸南曲輪

筒井門付近からの眺望
筒井門付近からの眺望

門を過ぎて左に折れると、大手で最も堅固な筒井門と隠門の防衛線です。ここからの眺望は松山市街や瀬戸内海を一望できます。

戸無門・筒井門(東続櫓・西続櫓)
戸無門・筒井門( 西続櫓・東続櫓)
筒井門東続櫓・隠門・隠門続櫓
筒井門東続櫓・隠門・隠門続櫓

筒井門は本丸下段にある本丸最大の櫓門で、西続櫓と東続櫓とにつながっています。隠門は筒井門の石垣の陰に隠れた埋門形式の櫓門です。隠門上部の渡櫓を挟んで隠門続櫓がつながっています。隠門と隠門続櫓は国重要文化財です。

太鼓櫓・太鼓門西塀
太鼓櫓・太鼓門西塀
太鼓門西塀・太鼓門南続櫓・巽櫓
太鼓門西塀・太鼓門南続櫓・巽櫓
隠門隠櫓・隠門・筒井門東続櫓
隠門隠櫓・隠門・筒井門東続櫓
隠門・筒井門
隠門・筒井門
太鼓門・巽櫓西塀・巽櫓
太鼓門・巽櫓西塀・巽櫓

門を抜けると太鼓櫓、太鼓門西塀、太鼓門南続櫓、太鼓門、太鼓門北続櫓、巽櫓西塀、巽櫓が連なっていて、隠門と筒井門による第1の防衛線に続く第2の防衛線となっています。

■本丸

太鼓門(南続櫓・北続櫓)
太鼓門(南続櫓・北続櫓)
太鼓門
太鼓門
太鼓櫓
太鼓櫓

太鼓門を抜けると広大な本丸広場が広がっています。太鼓櫓は本丸西南隅にある二重櫓です。

巽櫓・巽櫓西塀
巽櫓・巽櫓西塀

巽櫓は本丸南東隅にある二重櫓です。

井戸
井戸
本丸
本丸

本丸広場にある井戸は、南北2つの峰を埋め立てて本丸の敷地を作った際、谷底にあった泉を囲むように石を積み上げて造られたと伝えられています。

馬具櫓
馬具櫓
本丸西側から
本丸西側から

本壇に向かう左(西)側には馬具櫓があり、二之丸や登城道を見下ろす位置にあります。

玉薬土蔵跡
玉薬土蔵跡
本丸東側から
本丸東側から

本壇手前の右(東)側には玉薬土蔵跡があります。

天守と券売所
天守と券売所

続いて本壇へ。天守観覧料は520円、券売所ではスタンプと御城印(300円)もあります。

つづきはこちら。

愛媛・高知城めぐりの旅 #2-2 岡豊城

道の駅布施ヶ坂
道の駅布施ヶ坂
高知県立歴史民俗資料館
高知県立歴史民俗資料館
案内マップ
案内マップ

次は岡豊城です。途中で道の駅布施ヶ坂で休憩をはさんで、高知県立歴史民俗資料館には13:00ごろ到着です。

■■ 岡豊城 ■■

岡豊城は、高知県南国市にある山城で、戦国時代に四国の覇者となった長宗我部氏の居城として知られています。国指定史跡続日本100名城の180番で、「おこうじょう」と読みます。

スタンプと御城印(300円)は高知県立歴史民俗資料館にあります。御城印は資料館からの登城口に立つ長宗我部元親飛翔之像をモチーフにしたものです。カッコいいんですがもはやこれは御城印?とちょっとした疑問も。すみません。。。

スタンプと御城印(300円)は高知県立歴史民俗資料館にあります。御城印は資料館からの登城口に立つ長宗我部元親飛翔之像をモチーフにしたものです。カッコいいんですがもはや御城印と呼べるのか?とちょっとした疑問も。すみません。。。

長宗我部元親飛翔之像
長宗我部元親飛翔之像

長宗我部元親飛翔之像の後ろの階段を登って登城です。パンフレットの散策コースの案内順に回っていきます。

■二ノ段

二ノ段
二ノ段
二ノ段
二ノ段
堀切・井戸
堀切・井戸
堀切
堀切

二ノ段は詰(本丸)の東側に位置し、堀切で隔てられた細長い曲輪です。土塁跡が約30mにわたって残っています。詰と二ノ段の間の深い堀切には、方形に掘られた井戸跡があります。

■詰下段

詰下段(左)
詰下段(左)
詰下段
詰下段

石段を登っていくと左側に詰下段があります。詰への出入口を守る曲輪で、礎石建物跡があります。堀切に面して土塁が築かれ、その基部には土留め石積が施されています。

■三ノ段

三ノ段への階段
三ノ段への階段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段

ここから石段を下りて三ノ段へ進みます。三ノ段は、詰の周りを帯状に取り巻く曲輪です。

■詰

詰への石段
詰への石段
詰
詰
土塁
土塁
詰虎口
詰虎口
礎石建物跡
礎石建物跡
詰
詰
詰より
詰より
祠
祠

三ノ段南部から長い石段を登ると詰です。詰は城の中心となる曲輪で、標高97mの岡豊山頂にあります。石敷遺構や礎石建物跡、土塁が残されています。 片隅に小さな祠がありました。

■三ノ段(西部)

礎石建物跡・石積・土塁
礎石建物跡・石積・土塁

祠の脇から下りると再度三ノ段の西部に出ますが、ここには礎石建物跡、曲輪の縁に土塁や斜面を補強する石積が残っています。

■四ノ段

四ノ段北部
四ノ段北部
虎口
虎口
虎口
虎口
四ノ段南部
四ノ段南部
四ノ段南部
四ノ段南部
岡豊城址標柱
岡豊城址標柱

さらに下りていくと四ノ段の北部から虎口を経由して四ノ段の南部に入ります。四ノ段は三ノ段の西部を囲むように造られた曲輪です。四ノ段南部には岡豊城址標柱が立っています。

横堀
横堀
横堀
横堀

四ノ段南部から西の方へ少し下りると横堀を確認できます。

展望広場
展望広場
伝厩跡曲輪へ
伝厩跡曲輪へ

最後に伝厩跡曲輪へ向かいます。四ノ段南部のすぐ一段下に展望広場がありますが、展望はいまいちでした。

竪堀
竪堀
竪堀
竪堀

展望広場 から道をひたすら下りていくと、最後に舗装道に出ますがこの付近では竪堀が確認できます。

■伝厩跡曲輪

伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
高知市の街並み
高知市の街並み

伝厩跡曲輪の案内に従って、一直線の坂道を登り切ると伝厩跡曲輪です。詰の西南方向にあたり、西方からの攻撃に対して詰を中心とする本城を守る出城としての役割を果たしました。展望台があります。眺望はよく、遠く高知市の街並みが望めます。

岡豊公園征清凱旋碑
岡豊公園征清凱旋碑

岡豊公園征清凱旋碑も立っています。政治小説家の坂崎紫瀾による、長宗我部元親の偉業を偲び、海を渡って日清戦争で活躍した地元兵士たちの活躍を称える内容が刻まれています。ここで散策は最後です。駐車場に戻ってきたのは14:27ごろ、約1時間30分の散策でした。

ホテルSP-haruno-
ホテルSP-haruno-
部屋からのながめ
部屋からのながめ

今日の宿はホテルSP-haruno-さんです。17:30ごろ到着しました。高知県立春野総合運動公園内にあるという珍しいホテルです。部屋からの眺望は運動公園そのものですが、意外といい雰囲気でしたね。

天然温泉はるのの湯
天然温泉はるのの湯

大浴場(サウナ付き)があるのですが、今日は稼働しないと事前に連絡をいただいていました。ということでチェックイン後すぐ近くにある天然温泉はるのの湯(700円)へ。サウナや岩風呂、露天風呂などとても風情のある浴場で大満足でした。

ホテルでの夕飯
ホテルでの夕飯

ホテルでの夕飯は、高知と言えばのカツオタタキや金目鯛煮付け、天ぷらなどついた御膳で、シンプルながらも大満足でした。

明日最終日は、松山城、湯築城をめぐります。

管理人のただの日記