京都・大阪・和歌山城めぐりの旅 #2 和歌山城

京都・大阪・和歌山城めぐりの旅の二日目、今日は和歌山城をめぐります。7:40ごろ宿を出て、大阪メトロでなんばへ。南海のなんば駅では斬新なかたちの特急ラピートがあったのでパチリ。やっぱりこのデザインはすごいです、なんか銀河鉄道999を思い起こしました。8:15発の特急サザンで和歌山市までいきますが、空いていたので自由席で。この特急、指定席はちゃんとした特急車両、自由席は普通の通勤車両なんですね。なんばではガラガラだったのに、次の駅からどんどん人が乗ってきたので帰りは指定席にしようと決めたのでした。

和歌山市駅に9:14着。ここから南へ歩いて和歌山城へ。

■ 和歌山城 ■

和歌山城は和歌山市にあり本丸の北側に二の丸、その外に三の丸が配置された梯郭式平山城です。国の指定史跡、日本100名城の62番です。紀州を平定した秀吉が、弟の秀長に命じて城を築かせたのが和歌山城の始まりで、秀長の家臣の桑山重晴が和歌山城代となり、浅野家、徳川御三家である紀州徳川家と続きます。

駅から南へずっと進んでいくと和歌山城城跡の北西隅の西外堀に出ました。ここの交差点の歩道橋からは天守や乾櫓がよく見えるのでいい写真スポットですね。

さて、どのようなコースで散策しようかと考えるとき、今配布されているパンフレットの案内図では正直物足りないです。公式HPでPDF配布されている旧パンフレットはみどころがちゃんと記載されていたので、これを頼りに西の丸、二の丸、蔵の丸、松の丸、本丸、天守曲輪、砂の丸、南の丸の順に散策しました。

西外堀の東側は埋め立てられていますが、ここに吹上橋と吹上御門があったようです。その左奥に勘定門跡が見えるので、そこへ寄ってから、わかやま歴史館をすぎたところにある西の丸へ。西の丸は能舞台や茶室などが建てられ、藩主が風雅を楽しむ場所です。西之丸庭園(紅葉渓庭園)は国の名勝にも指定された江戸時代初期に作庭された池泉回遊式の庭園です。

西の丸東側には二の丸へと通じる御橋廊下が西内堀に架かっています。御橋廊下は靴を脱いで渡ります。渡った先は二の丸の大奥跡で、御橋廊下を出てすぐ右側に穴蔵状遺構があり何かを収納する施設だったとのこと。二の丸は東へ大奥、中奥、表と続いていて二の丸広場として整備されていますが、みたところ普通の公園という感じ。

東に進んでいくと右側に裏坂がありますが、天守方面へは表坂から行くことにします。この辺りは天守の写真スポットとのことですが、電線が邪魔ですね。さらに進むと右側に伏虎像、和歌山城がたつ山は伏せた虎の姿に似ていることから伏虎山と呼ばれています。左側には一中門跡があり、門の先の一番奥に大手門が見えます。大手門へ進んでいくと門の手前左側の石垣の上には県指定天然記念物の一の橋の樟樹、推定樹齢450年だそうです。和歌山城の大手門は、豊臣時代には岡口門でしたが、浅野時代途中からここになりました。内堀に架かる橋は一の橋です。大手門の近くには江戸時代から残る井戸屋形があります。

一中門跡に戻り、ここから岡中門までは蔵の丸で、東側の堀沿いに雁木が続いています。岡中門手前右側の表坂から天守方面へ向かいます。表坂を登ったところは松の丸で、ここからは動物園のある南の丸を見下ろせます。松の丸をずっと進み、石段を登った正面に本丸御殿跡、後ろ側は天守曲輪です。正面階段を登ると天守の写真スポットになっています。本丸御殿跡で入れるのはこのスポット付近のみで、中心部は塀で囲まれています。

天守曲輪に入ると、手前から大天守、多聞、天守二の門、二の門櫓が並びます。忍者が写真を撮ってくれました。とてもいいサービスですね。一人旅だととても助かります。

さていよいよ天守へ。天守前券売所で御城印(2月限定版:300円)をゲット、入場料は410円です。天守二の門から入ります。天守は、大天守から時計回りに南多門、天守二の門、二の門櫓、西多門、乾櫓、北多門、御台所、小天守へと続く連立式で、小天守から入り、ぐるり一周して御台所が出口になっています。内部は史料館になっています。最上階は外に出られて、360度見渡せます。西側は淡路島や四国まで見渡せ、東側では先ほど見られなかった本丸御殿跡もよく見えます。

天守を出て西側の新裏坂から天守北側の埋門への小道があるようなので行ってみましたが通行禁止でした。天守曲輪から今度は裏坂で下ります。裏坂の途中には銀名水と呼ばれる井戸があります。その先ではナニコレ珍百景でMV珍に選ばれたという、階段をよじ登っている人型のように見える根っこを発見。確かに見えます。

二の丸に下りて西方向。二の丸南西隅の切手門跡から山吹渓、西之丸庭園入口、鶴の渓と進み、奥階段を登ると砂の丸です。砂の丸は勘定御門から不明門まで続いています。砂の丸を南に進んでいくと途中右側に追廻門があります。西から和歌山城に入る高麗門形式の朱色に塗られた門です。戻って砂の丸をさらに南へ進むと現在は護国神社があり、新裏坂登り口、その先は駐車場となっていて、駐車場入口が不明門跡となっています。不明門跡を出て左側は南堀です。駐車場の北東奥部分から南の丸へ続きます。南の丸は和歌山城動物園になっています。

南の丸の東側に出ると右側に岡口門、左側に岡中門跡。岡口門に進みます。岡口門は築城当時の大手門でした。空襲でも焼けずに残った数少ない遺構で、北側の土塀とともに重要文化財に指定されています。岡口門を出たところには東内堀が広がっています。岡中門跡をとおり、二の丸、御橋廊下、勘定御門を通って13時半前、約三時間半の散策終了です。

さてせっかく和歌山にきてのお昼ということで、事前に調べておいた和歌山ラーメンを食べてきました。伺ったのは、まるイ 十二番丁店さんです。一番ベーシックなラーメン950円をいただきました。山盛りしゃきしゃきのねぎがたくさんのった豚骨醤油ラーメンで、こってりしているのかと思いきや、意外にあっさりしていて最後まで食べ飽きずにおいしくいただけました。

14:30和歌山市発特急サザンで今度は指定席でゆったりと戻ってきました。いったん宿に戻り、夜はいとこと飲みに梅田で待ち合わせて飲んできました。飲んだ後は静かなところでコーヒーということで淀屋橋まで歩いたんですが、知らなかった中之島図書館や中央公会堂、水晶橋など、いとこが案内してくれました。

さて明日は法事なので観光はなしです。

京都・大阪・和歌山城めぐりの旅 #1 二条城

伯母の満中陰法要に合わせて計画した2泊3日京都・大阪・和歌山城めぐりの旅、二条城大阪城和歌山城をめぐる予定です。

6:46熊谷発の上越新幹線、7:48東京発ののぞみ、京都市営地下鉄と乗り継いで二条城前駅についたのは10:30ごろ。改札出たところのコインロッカーに荷物預けて地上に出ると目の前は二条城でした。

■ 二条城 ■

二条城は京都市街にある平城で、天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするために徳川家康が築城し、正式名称は元離宮二条城。15代将軍慶喜が二の丸御殿で「大政奉還」の意思を表明したことでも有名です。国指定史跡、世界文化遺産、二の丸は国宝に指定され、日本100名城の53番となっています。

地上に出ると南東隅櫓と外堀が見えます。南東隅櫓は重要文化財です。かつて外堀の内側の四隅に隅櫓が建てられていましたが今残っているのは東南隅櫓と西南隅櫓です。

外堀に沿って少し北へ行くと重要文化財の東大手門があります。券売所で入城券+二の丸御殿観覧券(1,300円)を買って中へ。

東大手門入ってすぐ右にあるのは番所です。9つあった番所のうちただ1つ残っている建物だそうです。番所の北方向にある大休憩所で通常版と限定版の御城印をまずゲット、番所の南方向にある総合案内所で100名城スタンプをゲットしました。二条城は来たことがありスタンプは入手済みですが、2冊目のスタンプ帳にはないので。その奥には先ほどの南東隅櫓があります。

さてここからは公式HPにあった観覧モデルコースのよくばりコース(2時間30分)に沿って散策です。煌びやかな唐門は重要文化財で、二の丸御殿の正門です。門を入ると正面に国宝の二の丸御殿。二の丸御殿の中は撮影禁止なのが残念です。以前来たときは確か撮影できたと思うのですが。面白かったのが、廊下です。歩くと鳥の鳴き声のような音がきゅいきゅいとなり、鶯張りと呼ぶそうですがこれがなんか心地よい。

御殿内部見学後、特別名勝の二の丸庭園を見ながら東側に出ると内堀、東橋と本丸櫓門があります。本丸櫓門は重要文化財

門を入ると正面に本丸御殿の御常御殿が見えます。本丸庭園を見ながら重要文化財の本丸御殿へ。本丸御殿は、明治時代に桂宮御殿の玄関、御書院、御常御殿、台所、雁の間が移築されたものです。本丸御殿内部も残念ながら撮影禁止です。本丸御殿内部見学は11:50枠を予約済み(1,000円)。最初にビデオを見てからその後は自由見学でした。

本丸庭園の南西隅には天守閣跡があります。二条城に五重の天守閣があったんですね、知りませんでした。落雷で焼失したそうです。天守台からは御殿と庭園が見降ろせます。

本丸御殿の西側から坂を下り、内堀にかかる西橋を渡ると休憩所があるので、そこでしばし休憩。ここはよくばりコースの分岐点となっていて、北へ進むか南へ進むかというところなんですが、まずは南へ。内堀沿いに進んでいくと内堀の南西隅に重要文化財の西南土蔵(米蔵)があります。本丸西橋を挟んで北の西北土蔵と対になっています。土蔵はかつて10つあり、現在は3つ残っています。城に土蔵が残るのは二条城だけだそうです。進むと右側に重要文化財の西南隅櫓。

内堀沿いに東方向には梅林があり、梅が少し咲き始めていました。梅林の先には重要文化財の南中仕切門があり、内堀の北側にある北中仕切門と対になっています。門をくぐって右側は桜の園ですが、春には桜が咲いてきれいなんでしょうね。

内堀南東隅には重要文化財の桃山門があり、北の鳴子門と対になっています。内堀に沿って北上して、再度本丸櫓門から本丸御殿・庭園を経由して西橋の分岐点に戻ってきました。ここからは北上します。内堀の北西隅に重要文化財の西北土蔵(米蔵)があります。土蔵の西側奥には重要文化財の西門があるのですが、そこまでは立ち入りできず、遠くから眺めるのみです。土蔵を過ぎて内堀沿いに東へ進むと重要文化財の北中仕切門。門の先は清流園のエリアです。清流園は昭和に作られた庭園です。西側は書院・香雲亭と茶室・和楽庵が建つ日本庭園、東側は洋風の芝庭という、和洋折衷の造りです。

内堀に沿って少し南下し重要文化財の鳴子門を見てから来た道を戻ります。東へ進んでいくと左側奥に重要文化財の北大手門が見えます。東大手門に対する控えの門です。右側には重要文化財の土蔵があります。土蔵の南側には重要文化財の二の丸御殿台所・御清所があるのですが、このエリアには入れなくて殿台所の北端部をちらり見できる程度でした。

これで見るべきものは全部見たと思っていましたが、よかったです。南門をすっ飛ばしていたことに気づいて。唐門くぐる前に南門を見てから進むコースになっていたんですね。南門は大正時代に天皇の入城口として建てられたそうです。

さて時刻は13:50、旅程上ほぼ予定どおりで次の大阪城へ向かうことにしていたのですが、大阪城の規模からするとここと同じ予定所要時間3時間では到底回り切れないと思われるのと、正直疲れてきたので、急遽大阪城は今回の旅程から外すことにしました。次回たっぷり時間取っていこうと思います。

時間が急にできてしまったので、ゆっくり約2kmの外堀外周一周することにしました。北東隅を曲がると北大手門、北西隅付近には堀や石垣などの文化財に親しんでもらえるようにと設置された散策路がありました。西側では西門。中からの西門はほとんど何も見えないので、外周一周は大正解、結構立派な門でした。南西隅では外側からの西南隅櫓、南側では外側からの南門を見て東南隅櫓まで戻ってきました。時刻は14:30ごろ、ゆっくり歩いて大体40分で一周です。

ということで今日の散策は終了、京都市営地下鉄、阪急電車と乗りついて今日の宿、新大阪クライトンホテルに16時ごろチェックイン。夕飯は事前に目星をつけた居酒屋のつもりが、駅前でぎょうざの満州を発見!行ったことなかったし宿から近いのでそこに決定。ビールと塩ゆで秘伝豆(ハーフ)、小松菜と玉子炒めセット(焼き餃子・ライス・スープ・漬物つき)と日本酒。しめて2,260円なり、安い!大変満足でした。

さて明日は和歌山城です。

山口・福岡・大分城めぐりの旅 #2-3 秋芳洞

次に訪れたのは秋芳洞です。山口県美祢市の秋吉台国定公園の地下100-200mに広がる鍾乳洞で国の特別天然記念物に指定されています。洞内総延長10km超の大鍾乳洞で、観光コースは約1km、温度は四季を通じて17℃だそうです。

秋芳洞商店街
秋芳洞商店街

秋芳洞案内所
秋芳洞案内所

秋芳洞へ
秋芳洞へ

洞正面入口
洞正面入口

13:50ごろ秋芳洞第1駐車場に到着、ここから徒歩で秋芳洞商店街を抜けると秋芳洞案内所で、入洞料は1,600円です。洞正面入口では川が洞内から流れ屋根付きの橋が岩の裂け目に続いていて雰囲気がとてもいいです。

身代観音
身代観音

青天井
青天井

長淵
長淵

洞内に入ると身代観音があります。続いて小さな滝壺の竜ヶ淵、その先には高さ約30m、幅約50mの巨大な空洞空間の青天井。入口から差し込む外光が洞内の川に反射し、天井が青く見えることからその名が名付けられています。青天井の先は天井が低く川幅が広い長淵。

続いて秋芳洞の代表的景観である百枚皿。段丘を流れる水に含まれる石灰分が数万年かけて沈殿し、皿状の堤防が500枚以上連なり棚田のようになった石灰華段丘です。広庭(洞内富士)は天井の高いドーム状の大空間で、中央に約8mの巨大な石筍「洞内富士」がそびえたちます。

南瓜岩がありましたがそう見えなくもないか。すぼ柿、大松茸、縮緬(ちりめん)岩、蓬莱山といろいろと名付けられた石を見ながら、千町田へ。

千町田は百枚皿と同じく石灰華段丘で百枚皿の大型版で、こちらも代表的景観です。天井からツララのような鍾乳石が何本もたれている傘づくし、ライオン岩、大黒柱、空滝はかつて地下水が流れていた跡が、凍りついた滝のように見える壮大なフローストーン(流れ石)の鍾乳石、その先は幅80m、長さ175m、高低差35mの巨大な洞内空間の千畳敷です。千畳敷では、黒谷支洞方面と秋吉だへ登れるエレベーター方面に分かれています。黒谷支洞の方へ進むと巨大な石灰華柱で秋芳洞のシンボル、高さ15m幅4mの黄金柱があります。蘇鉄岩、大仏岩、猿すべりとつづきます。この先は黒谷支洞に入り巌窟王があります。巌窟王は高さ約8mの巨大な複合石筍で甲冑をまとった武士や、手を合わせる人の横顔に見えます。石灰華の滝、くらげの滝のぼり、龍の抜穴、無数の鍾乳石が天井から下がっている大空間の五月雨御殿、最後はマリア観音で先は黒谷口に続きます。ここで千畳敷までもどり、秋吉台へ昇れるエレベーターへ。秋吉台は日本最大級のカルスト台地で国定公園および国の特別天然記念物に指定されています。エレベーターを降りてカルスト展望台までは徒歩約10分ですがこれが地味に長い坂道で結構疲れます。カルスト展望台からは秋吉台を一望できます。少しだけカルスト台地も散策しました。エレベーターに戻り、再び秋芳洞を通って駐車場に戻りました。小倉の宿を目指し、16時すぎ駐車場を出発しました。

山口・福岡・大分城めぐりの旅 #2-2 大内氏館・高嶺城

萩城の次、大内氏館・高嶺城は計画では高嶺城、山口市歴史民俗資料館でスタンプ・御城印入手、大内氏館の順としていましたが、位置関係分かっていませんでした。途中で大内氏館の案内板を見つけたので逆順にしました。

■ 大内氏館 ■

大内氏館は山口市にあった周防国・長門国を本拠とした大内氏の居館です。大内氏ゆかりの館跡・築山跡・高嶺城跡・凌雲寺跡の4遺跡は、史跡「大内氏遺跡附凌雲寺跡」として国の史跡に指定されています。城ではなく館として建てられたため、詰の城として背後に高嶺城があり、大内氏館・高嶺城として続日本100名城の174番となっています。

■館跡

案内図
案内図

土塁土塁土塁
土塁

10:20すぎ、史跡大内氏遺跡見学者用駐車場に到着。駐車場からは東西にのびる土塁が目を引きます。

枯山水庭園(3号庭園)
枯山水庭園(3号庭園)

西門
西門

石組水路
石組水路

土塁に沿って西へ進むと、北西隅付近に枯山水庭園(3号庭園)が復元されています。出土した石組を使って築城当時とほぼ同じ状態に復元されているそうです。南に進むと西門があり屋敷の中の区画を仕切る「内門」と考えられています。そのすぐ先には16世紀前半のものを修復した石組水路があります。

館跡南西隅
館跡南西隅

龍福寺山門
龍福寺山門

大内義隆供養塔
大内義隆供養塔

龍福寺本堂
龍福寺本堂

大内義興公「馬上展望」像
大内義興公「馬上展望」像

館跡には現在龍福寺が建っています。南側にある山門から大内氏館跡に入ります。龍福寺本堂へ伸びる参道左側に大内義隆公450回大遠忌に際建立された大内義隆供養塔。本堂左の龍福寺資料館の前に大内義興公「馬上展望」像があります。本堂は国の重量文化財になっています。

池泉庭園(2号庭園)
池泉庭園(2号庭園)

石組井戸
石組井戸

建物跡
建物跡

石組かまど
石組かまど

せん列建物跡
せん列建物跡

水路
水路

堀跡
堀跡

本堂に向かって右側には当時の形状をそのまま残す形で発掘・復元された池泉庭園(2号庭園)があり、池の南側に石組井戸、池の南東側に庭の観賞用と考えられる建物跡、北側には石組かまど・せん列建物跡があります。1号庭園や4号庭園も発掘されましたが埋め戻されています。館跡東側に出ると水路や堀の跡が整備されています。

■築山跡

八坂神社
八坂神社

築山神社
築山神社

築地跡(土塁)
築地跡(土塁)

築山跡史跡公園
築山跡史跡公園

続いて館跡北側にある築山跡にも行ってみました。跡は八坂神社、築山神社、築山跡史跡公園となっています。八坂神社の本殿は国重量文化財です。大内義隆を祀る築山神社の西側にある築地跡(土塁)は唯一露出している遺構です。築山跡史跡公園には堀跡表示や掘立柱建物跡の表示が整備されていました。

山口市歴史民俗資料館
山口市歴史民俗資料館

#174 大内氏館・高嶺城スタンプ大内氏館御城印高嶺城御城印

両遺跡合わせて1時間ほどの散策でした。次は高嶺城ですが、途中、山口市歴史民俗資料館に立ち寄ってスタンプと御城印(大内氏館・高嶺城各220円)を入手しました。

■ 高嶺城 ■

高嶺城大内氏館の詰の城として作られた標高338mの鴻ノ峰にあり、頂上部の主郭を中心に四方に延びる尾根へ郭を配した山城です。

駐車スペース
駐車スペース

高嶺城跡地形図

城跡には駐車スペースがありクルマで行けますが、そこまでの山道がとにかく狭くこれまでの中でも一番と言えるくらいでした。駐車スペースについたのは11:50ごろです。史跡の範囲は主郭までの西側と東側の段郭の区域です。最初に東側の一番上の郭(その下の郭はのちほど)で案内板を確認しました。高嶺城にはたくさんの郭がありますが、名称などがないので案内板にあった地形図に便宜上番号を振ってこのあと進めます。

登城口
登城口

登城道
登城道

郭10
郭10

駐車スペースに戻り、西方向主郭方面を目指しました。5分くらいで東屋のある郭10に着きます。途中郭11があったようですが藪でよくわからずでした。

広大な郭(郭7)広大な郭(郭7)広大な郭(郭7)
広大な郭(郭7)

郭9、8と進み、「広大な郭」案内板のある郭7へ。主郭まで200mで城跡はここから北へ方向を変えます。

石積み
石積み

進むと左側に石積みのようなものがありますが遺構なのかどうかよくわかりません。

郭5
郭5

郭6へ
郭6へ

虎口
虎口

郭6
郭6

その先は郭4と5で郭5の北側から右方向下へ降りると虎口と郭6があります。

郭4
郭4

主郭まで20m、石垣まで60m
主郭まで20m、石垣まで60m

郭4の北端に主郭まで20m、石垣まで60mの案内があります。先に石垣方向へ。途中井戸跡があるはずなのですが藪に埋もれて全くわかりませんでした。

石垣へ
石垣へ

主郭北側石垣主郭北側石垣主郭北側石垣主郭北側石垣主郭北側石垣
主郭北側石垣

郭3
郭3

藪化した道を進むと、郭3に面した奥に長く伸びる主郭北側石垣に出ます。大規模な石垣はみどころです。

郭2と主郭南側石垣
郭2と主郭南側石垣

主郭南側石垣
主郭南側石垣

主郭虎口
主郭虎口

先ほどの分岐に戻り主郭方面へ急な坂を登ると郭2があります。2段の段築となっている主郭南側石垣が見られます。主郭虎口から主郭(頂部郭跡)に入ります。

主郭主郭
主郭

主郭からの眺望
主郭からの眺望

主郭には建物の礎石が点在していますが、建物は2棟あったそうです。主郭からは広く山口盆地を見渡すことができ、大内氏館も確認できました(写真最左)。

郭12
郭12

郭13郭13
郭13

郭14郭14
郭14

郭15
郭15

郭16
郭16

郭16下の石垣
郭16下の石垣

最後は東側段郭と石垣を見に行きました。最初に行った郭12から順に郭16まで段郭を下りると、石垣を確認できました。

13:10すぎ高嶺城をあとにし、次は秋芳洞です。

山口・福岡・大分城めぐりの旅 #2-1 萩城(その2)

山口・福岡・大分城めぐりの旅の第二日目、今日は予定を変更して萩城、大内氏館・高嶺城秋芳洞小倉城をめぐります。

朝食湯免観光ホテル ゆめの郷
湯免観光ホテル ゆめの郷

8時半すぎに宿を出発、9時前に再び指月第一駐車場に到着しました。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋

駐車場脇の旧厚狭毛利家萩屋敷長屋を外から撮影しました。萩に残る武家屋敷の中では最大のもので国の重要文化財です。

三の丸隅矢倉三の丸隅矢倉
三の丸隅矢倉

続いて萩博物館駐車場へ。ここから徒歩で昨日見忘れた三の丸隅矢倉、外堀跡、北の総門と順に散策しました。三の丸隅矢倉は萩博物館の一角に復元された建物です。

外堀
外堀

北の総門・土塁・船着場・土塀付き土橋
北の総門・土塁・船着場・土塀付き土橋

北の総門・土塀付き土橋
北の総門・土塀付き土橋

北の総門北の総門
北の総門

三の丸から城下町に出入りする総門は北・中・南の3つがありましたが、そのうち北の総門が復元され、門脇の土塁・船着場・土塀付き土橋も整備されています。

9時半ごろ次の大内氏館・高嶺城へ向けて出発しました。

山口・福岡・大分城めぐりの旅 #1 萩城

2泊3日の山口・福岡・大分城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:萩城
・2日目:大内氏館・高嶺城小倉城
・3日目:角牟礼城中津城
をめぐる予定です。

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:34の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8時前に到着。羽田から9:15発北九州行きのスターフライヤー便(出発10分遅れ)に乗り、11:10北九州に到着。北九州空港からは日産レンタカー、今回も相棒はノートで、萩城へ向かいました。

■ 萩城 ■

萩城は、山口県萩市にあり、別名は、指月城(しづきじょう)、城跡は国指定史跡、日本100名城の75番です。さらに「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の1つとして登録されています。

三方が日本海に囲まれ、指月山山頂の詰丸(要害)と、山麓に梯郭式に本丸・二の丸・三の丸を配した平山城です。毛利輝元により築かれました。

指月第一駐車場
指月第一駐車場

13:15ごろ三の丸にある指月第一駐車場に到着、ここから登城します。

■二の丸

中堀跡
中堀跡

毛利輝元公銅像
毛利輝元公銅像

二の丸南門跡
二の丸南門跡

塩矢倉跡
塩矢倉跡

二の丸
二の丸

駐車場から北側に伸びる道を進むとすぐ中堀跡がありますが埋め立てられています。近くに毛利輝元公銅像があり右方向に枡形虎口となっている二の丸南門跡。そこから二の丸で虎口出るところに塩矢倉跡があります。

内堀と極楽橋
内堀と極楽橋

極楽橋・本丸門跡
極楽橋・本丸門跡

道に沿って進むと内堀と極楽橋に出ます。左を見るとテレビ等で見覚えのある天守台が見えます。

■本丸

P1014359
指月公園料金所

#75 萩城スタンプ萩城御城印

極楽橋を渡った先は本丸門跡で、指月公園料金所があります。内堀より城内側は有料(220円)で、スタンプと御城印(500円)はここで入手できます。

本丸本丸
本丸

城壁跡
城壁跡

天守台天守台
天守台

天守付櫓台
天守付櫓台

天守台からの指月山
天守台からの指月山

本丸に入り天守台を目指して進むと左側に城壁跡、その先に天守付櫓台と天守台があります。萩城の天守や櫓などの建物は廃城令により壊されましたが、天守は5層5階で、その礎石が残っています。

五十間長屋跡
五十間長屋跡

花江茶亭
花江茶亭

梨羽家茶室
梨羽家茶室

庭園
庭園

天守台の北側には五十間長屋跡や花江茶亭、梨羽家茶室が移築された庭園があります。本丸散策はひとまず中断し、西へ進んで詰丸を目指します。

■詰丸(要害)

詰丸登城口
詰丸登城口

詰丸への急坂
詰丸への急坂

要害門跡
要害門跡

要害門矢倉跡要害門矢倉跡
要害門矢倉跡

二の丸二の丸
二の丸

瀬戸崎矢倉跡
瀬戸崎矢倉跡

瀬戸崎矢倉跡より
瀬戸崎矢倉跡より

八間矢倉跡
八間矢倉跡

詰丸登城口から指月山山頂(標高145m)にある詰丸(要害)跡までは730mで、急坂を登って約20分で着きました。枡形虎口になった要害門矢倉跡を抜けると二の丸で、監視役の執務場所である番所と宿所で居小屋があったそうです。二の丸には要害門矢倉以外に瀬戸崎矢倉と八間矢倉がありました。

棟門跡
棟門跡

拾間矢倉跡
拾間矢倉跡

本丸
本丸

北国矢倉跡
北国矢倉跡

北国矢倉跡より
北国矢倉跡より

埋門跡
埋門跡

辰巳矢倉跡
辰巳矢倉跡

辰巳矢倉跡より
辰巳矢倉跡より

大将矢倉跡
大将矢倉跡

石切場跡と貯水池跡
石切場跡と貯水池跡

二の丸の東側の一段高くなったところは本丸で藩主のための茶屋があったとされています。二の丸と本丸は石垣と塀で仕切られて棟門で繋がれていました。拾間矢倉、北国矢倉、辰巳矢倉、大将矢倉が本丸にあります。本丸には埋門跡、石切場跡、貯水池跡もあります。

■本丸

万歳橋
万歳橋

志都岐山神社
志都岐山神社

御台所門跡
御台所門跡

井上矢倉台
井上矢倉台

下山し本丸散策再開です。東側に進むと北側に萩藩校明倫館より移築された太鼓橋である万歳橋、その先に初代から12代までの萩藩歴代藩主が祀られている志都岐山神社があります。本丸の東側には御台所門跡、北東隅には井上矢倉台があります。

■二の丸

東園
東園

北矢倉跡北矢倉跡北矢倉跡
北矢倉跡

井上矢倉台の北側の庭園は東園でここは二の丸になります。指月公園の出口から再度二の丸へ。南北に伸びる道をずっと北へ進んでたどり着いたのは北矢倉跡でした。途中にいくつか矢倉跡があるようですが、確認できず。北矢倉跡を抜けると海です。

潮入門跡潮入門跡
潮入門跡

二の丸土塀(銀眼土塀)
二の丸土塀(銀眼土塀)

紙矢倉跡
紙矢倉跡

華矢倉跡
華矢倉跡

東矢倉跡
東矢倉跡

時打矢倉跡
時打矢倉跡

東矢倉・東門・時打矢倉跡
東矢倉・東門・時打矢倉跡

南方向に戻って潮入門跡。門の外は海浜で門の石垣上には復元された二の丸土塀(銀眼土塀)がずっと伸びています。さらに南に進んで紙矢倉跡、華矢倉跡、東矢倉・東門・時打矢倉跡へ。東門の外は三の丸です。

月見矢倉跡
月見矢倉跡

天守台
天守台

八間矢倉跡
八間矢倉跡

岡崎矢倉跡岡崎矢倉跡岡崎矢倉跡
岡崎矢倉跡

内堀の南東隅は月見矢倉跡です。内堀沿いに西へ進み、天守台を眺めながら内堀の西側へ行くと、左側に八間矢倉跡、その先に岡崎矢倉跡。

洞春寺跡
洞春寺跡

妙玖寺跡
妙玖寺跡

妙玖寺兵倉跡
妙玖寺兵倉跡

岡崎矢倉跡脇から西に進む道があり、少し行った右側に洞春寺跡があります。洞春寺は毛利元就の菩提寺でここに移され、のちに山口へ移されたそうです。さらに北西へしばらく進んでいった先に毛利元就の正室、妙玖の菩提寺だった妙玖寺跡があります。その奥は一段下がって妙玖寺兵倉跡があり、眺望がとてもよいです。

西門跡
西門跡

二の丸
二の丸

最後に西門跡から本丸を経由して二の丸を少し散策後、16:40ごろ駐車場に戻りました。

湯免観光ホテル ゆめの郷
湯免観光ホテル ゆめの郷

ふく刺とむつみ豚しゃぶしゃぶ付会席
ふく刺とむつみ豚しゃぶしゃぶ付会席

今日の宿は、長門市にある湯免観光ホテル ゆめの郷さん17:20すぎに到着。夕飯はふく刺とむつみ豚しゃぶしゃぶ付会席。ふくとはふぐで、刺身やてんぷら、釜飯でふぐを楽しめました。

明日は大内氏館・高嶺城小倉城の予定で旅程を確認していて大変なことに気づきました。萩城で予定していた外堀跡・北の総門、三の丸隅矢倉に行くのを忘れてしまってた!行かないという選択肢はないので明朝行くことにしましたが、旅程は大幅に変更です。城めぐりを優先し行きたいけれど計画から外していた秋芳洞に行き、代わりに角牟礼城は次回以降に回すことで小倉城は夜と昼に2回行くようにしました。まぁ、おかげで時間的余裕ができたかな。

ということで明日は再度萩城からです。

鳥取・島根城めぐりの旅 #3-3 米子城

松江城の次は米子城です。先に米子市立山陰歴史館に立ち寄ります。13:15ごろクルマを米子市役所駐車場にとめて徒歩で向かいました。

米子市立山陰歴史館
米子市立山陰歴史館

#169 米子城スタンプ米子城御城印

米子市立山陰歴史館でスタンプと御城印を入手しました。歴史館を利用すると駐車料金は2時間無料になります。

■ 米子城 ■

米子城は、鳥取県米子市にある城で久米城、湊山城とも呼ばれます。戦国時代の飯山(いいのやま:国道9号線南側)に作られた砦と、湊山(みなとやま:国道9号北側)を中心に作られた近世城郭があります。国指定史跡で続日本100名城の169番です。

三の丸番所
三の丸番所

三の丸広場
三の丸広場

天守台
天守台

13:50ごろ米子城跡三の丸駐車場に駐車しました。ガイダンス施設としての三の丸番所があって、スタンプはここにも設置されています。駐車場横は現在整備中の三の丸広場でとても広大。二の丸石垣や天守台も見えます。来年2月まで二の丸桝形からの登城路通行止めによる迂回路の案内表示を見つけ、面倒なことになったと思いながらも行ける遺構は見たいので、予定通り二の丸方面へ。

■二の丸

二の丸石垣
二の丸石垣

二の丸桝形虎口跡
二の丸桝形虎口跡

二の丸表中御門跡
二の丸表中御門跡

二の丸桝形虎口跡
二の丸桝形虎口跡

歩いてすぐ二の丸桝形虎口跡があります。桝形の入口には門はなく開口していたそうです。桝形から二の丸表中御門跡を登ると二の丸です。

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旧小原家長屋門

二の丸
二の丸

御殿御用井戸跡
御殿御用井戸跡

城下町で唯一残る武家屋敷の建物である旧小原家長屋門が移築されています。二の丸は現在テニスコートになっていますがここに二の丸御殿がありました。脇に御殿御用井戸跡があります。さてここから上に伸びていく道が通行止めと案内があった登城路ですが、通行止めの表示もないし上から人が下りてきます。行けそうなのでそのまま進むことにしました。

■内膳丸

登り石垣
登り石垣

内膳丸内膳丸内膳丸
内膳丸

坂を登り切ったところは分岐になっていて、右方向は湊山公園側登城口や中海側登城口に続き、左方向は本丸へ続いています。正面に内膳丸から天守遠見櫓にかけて尾根を登るように築かれた登り石垣を見ることができます。後ろ側には城下町方向に細長くはりだした内膳丸があります。続いて本丸へ続く石段を登っていきます。

■本丸

番所郭(番所跡)番所郭(番所跡)
番所郭(番所跡)

天守台石垣
天守台石垣

石段を登り切ったところは本丸の番所があった番所郭で、右側には天守台の石垣。

四重櫓台
四重櫓台

鉄御門跡
鉄御門跡

石垣に向かって左へ進むと四重櫓台、その先に鉄御門跡、さらに登ると本丸(天守郭)です。

本丸(天守郭)
本丸(天守郭)

四重櫓跡
四重櫓跡

四重櫓跡からの天守台
四重櫓跡からの天守台

右手前方向には四重櫓跡。四重櫓は初代の天守で副天守とも呼ばれます。

天守台天守台
天守台

大山
大山(四重櫓跡より)

天守台より
天守台より

天守台には礎石がそのままよく残っています。大山、日本海、中海、米子の市街地が一望できる素晴らしい眺望です。

冠木御門跡
冠木御門跡

水手郭
水手郭

遠見郭(遠見櫓跡)
遠見郭(遠見櫓跡)

水手御門跡
水手御門跡

天守郭の西側の冠木御門跡の下は水手郭です。門跡石垣に沿って右方向へ進むと遠見櫓跡のあった遠見郭です。水手郭の西端には水手御門跡があり、中海側登城口へ続いています。ここから下山します。

水手御門下の郭
水手御門下の郭

石仏
石仏

中海展望所
中海展望所

中海側登城口
中海側登城口

しばらく下りていくと近年発掘調査で発見された水手御門下の郭、さらに下りていくと道沿いに石仏が並んでいます。城山大師・八十八ヶ所石仏めぐりの石仏で、米子城山の中腹を一周するコースになっていて、四国八十八ヶ所を巡ったと同じ御利益があるそうです。分岐があり中海展望所方向へ進み下りていくと中海展望所、おり切ったところが中海側登城口です。

■御船手郭・采女丸

御船手郭(深浦郭)
御船手郭(深浦郭)

采女丸への階段
采女丸への階段

采女丸
采女丸

中海側登城口の舗装された道を東方向へ進むと国道9号線に出ますが、すぐ道手前方向へ下りたところが御船手郭(深浦郭)です。深浦水軍が配備され海上防備と共に城下町に入る船などを監視していたそうです。続いて飯山(采女丸)へ。国道9号線から特に何も案内のない舗装された坂道を登り、坂道終点の長い階段を登ったところに采女丸があります。戦国時代の砦跡が出丸として改修されたものだそうです。戦没者慰霊の英霊塔が建っています。これで米子城散策は終了、駐車場へ戻る途中に時刻は15:45ごろ、だいたい2時間の散策となりました。

さて旅程では水木しげるロードへ行くことにしていましたが、時間が押していたため帰路へ。飛行機は17:45発が18:05発に変更になってました。ということで今回の城めぐりの旅は終了です。

次回は12月、山口・福岡・大分城めぐりの旅です。

鳥取・島根城めぐりの旅 #3-2 松江城

出雲大社のあとは、松江城です。10:40ごろ、土日祝のおもてなし駐車場となっていて無料の、島根県庁職員駐車場に到着しました。計画より50分遅れです。

■■ 松江城 ■■


松江城は島根県松江市にある江戸時代の日本の城で別名千鳥城(ちどりじょう)といいます。現存天守は国宝、城跡は国指定史跡で、日本100名城の64番です。月山富田城に入城した堀尾忠が城の移転を計画後死去、忠の父、堀尾吉晴が6歳で当主となった孫・忠晴の後見役となり、松江城を築城したそうです。

千鳥橋
千鳥橋

南門
南門

駐車場から堀の橋を渡り、現在島根県庁がある三之丸を内堀沿いに進みり、内堀にかかる千鳥橋から城跡に入ります。千鳥橋はかつては屋根付きの廊下橋でした。橋を渡り右の坂を登ると南門に出て、その先は二之丸です。

■二之丸

南櫓
南櫓

南櫓一階
南櫓一階

南櫓二階
南櫓二階

右側、二之丸南東隅にある二階建ての南櫓は内部公開されています。

中櫓 (御具足蔵)中櫓 (御具足蔵)
中櫓 (御具足蔵)

太鼓櫓太鼓櫓
太鼓櫓

番所跡
番所跡

井戸跡
井戸跡

二之丸
二之丸

続いて中櫓 (御具足蔵)、太鼓櫓、番所跡、井戸跡と順にまわりました。南櫓、中櫓、太鼓櫓は平成に復元されたものです。

三ノ門跡
三ノ門跡

定番所跡
定番所跡

二ノ門跡
二ノ門跡

二ノ丸の北端に三ノ門跡と定番所跡、その南西側に二ノ門跡があります。

■本丸

一ノ門・南多聞櫓
一ノ門・南多聞櫓

天守天守天守
天守

本丸販売窓口
本丸販売窓口

一ノ門
一ノ門

南多聞櫓
南多聞櫓

多聞跡多聞跡
多聞跡

鉄砲櫓跡
鉄砲櫓跡

二ノ門跡から少し石段を上って右側石段を上ると正面に南多聞櫓、左に一ノ門があり、入ると本丸です。国宝の天守は、こんなに大きいのかと少しびっくりしました。もう過ごし小ぶりだと勝手に思っていたので。本丸販売窓口で天守入場料800円を支払います。多聞跡、鉄砲櫓跡など本丸を少し散策後天守へ。

■天守

附櫓・地階
附櫓・地階

附櫓
附櫓

#64 松江城スタンプ

地階
地階

井戸
井戸

旧鯱
旧鯱

石打棚
石打棚

天守は附櫓から入り、天守地階へ。受付カウンターでスタンプをゲットしました。地階は塩蔵で井戸や旧鯱、石打棚が見られます。

一階一階
一階

天守最大柱(西)
天守最大柱(西)

天守最大柱(東)
天守最大柱(東)

階段の引き戸
階段の引き戸

一階の見どころは天守最大柱や階段の引き戸。

二階二階二階
二階

三階三階
三階

花頭窓
花頭窓

四階・五階
四階・五階

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四階

梁の上から立ち上がる柱
梁の上から立ち上がる柱

五階五階
五階

五階まで順に上がって景色を堪能しました。

乾ノ隅櫓跡
乾ノ隅櫓跡

乾ノ隅櫓跡
北ノ門跡

天守を出て本丸北西隅に乾ノ隅櫓跡があり、その脇の北ノ門跡から本丸を出て腰曲輪へ。

■腰曲輪・中曲輪

腰曲輪からの天守
腰曲輪からの天守

水ノ手御門跡水ノ手御門跡
水ノ手御門跡

ギリギリ井戸跡
ギリギリ井戸跡

馬洗池
馬洗池

水ノ手御門跡を通ると中曲輪で、左側にギリギリ井戸跡、右側に馬洗池があります。池に沿って進みつきあたり右へ降りていくと二之丸下段の北側に出ます。

■二之丸下段

二之丸下ノ段
二之丸下ノ段

脇虎口ノ門跡と北惣門橋
脇虎口ノ門跡と北惣門橋

脇虎口ノ門跡
脇虎口ノ門跡

内堀
内堀

米蔵跡
米蔵跡

天守
天守

ぶらっと松江観光案内所
ぶらっと松江観光案内所

松江城御城印松江城しまねっこ御城印

そのまま東へ進んで脇虎口ノ門跡と北惣門橋を経由、二之丸下段に戻って南下すると米蔵跡、その先にぶらっと松江観光案内所があり、ここで御城印を買うことができます。しまねっこ御城印も入手しました。

大手門跡
大手門跡

大手木戸門跡
大手木戸門跡

堀尾吉晴公像
堀尾吉晴公像

さらに南へ進んで大手門跡があり、その先は外曲輪(馬溜)、大手木戸門跡を出ると堀尾吉晴公像があります。

本坂
本坂

火点の石垣
火点の石垣

分銅紋
分銅紋

大手門跡へ戻り、二之丸へつづく本坂を上がります。途中喰い違いになっていてそこに火点の石垣があります。石垣には細尾氏の家紋の分銅紋が刻印されています。

西ノ門跡
西ノ門跡

舟着門跡
舟着門跡

搦手虎口跡
搦手虎口跡

北之丸(松江護國神社)
北之丸(松江護國神社)

さて坂を登り切り、三ノ門跡、二ノ門跡をとおり本丸を右に見ながらそのまま西へ進むと西ノ門跡、そのまま進んでいくと内堀にぶつかり、舟着門跡があります。そこから今度は北上し、椿谷後曲輪、外曲輪を経由して搦手虎口跡まできました。最後、北之丸(松江護國神社)を見てひととおり見た感じです。二之丸を経由して下城、2時間ほどの散策でした。

次は米子城に向かいます。

鳥取・島根城めぐりの旅 #3-1 出雲大社

2泊3日の鳥取・島根城めぐりの旅最終目。今日は出雲大社松江城米子城水木しげるロードをめぐる予定です。

なるべく早く動きたいので無料の朝食はパス、6:25ごろホテルを出て出雲大社参拝者大駐車場には8:05ごろに到着しました。本当はゆっくりお参りと行きたいところですが、なるべく早めに動きました。

勢溜の鳥居
勢溜の鳥居

下り坂の参道
下り坂の参道

松の参道の鳥居
松の参道の鳥居

銅の鳥居
銅の鳥居

ムスビの御神像ムスビの御神像
ムスビの御神像

御慈愛の御神像
御慈愛の御神像

勢溜の鳥居から有名な下り坂の参道を進み、松の参道の鳥居をくぐり、銅の鳥居の前にくると、右側には大国主大神と幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)のムスビの神が一体となった姿を表したムスビの御神像、左側に因幡の白兎の神話に基づく大国主命と白兎の像、御慈愛の御神像があります。

銅の鳥居
銅の鳥居

拝殿
拝殿

拝殿のしめ縄
拝殿のしめ縄

銅の鳥居をくぐると正面に拝殿があり、巨大なしめ縄を見てこれがテレビとかで見たやつかぁと感慨にふけりました。

八足門
八足門

出雲大社御朱印出雲大社御朱印帳

拝殿の奥に八足門と中には国宝の御本殿。出雲大社の作法である二礼四拍手一礼でお参りしてから御朱印帳と御朱印をいただきました。

御本殿御本殿御本殿
御本殿

彰古館
彰古館

素鵞社
素鵞社

御本殿
御本殿

神楽殿
神楽殿

神楽殿のしめ縄
神楽殿のしめ縄

神馬神牛像
神馬神牛像

御本殿の周囲を一周しながら彰古館、素鵞社を見た後、神楽殿の方に行ってみると、なんとテレビでよく見る巨大なしめ縄はこちらでした!拝殿のしめ縄よりはるかに巨大です。予定していなかったのになんとなくこちらに来たのは正解でした。神馬神牛像を見て約一時間ではありましたがちゃんと参拝できました。

次の松江城へ向かいました。

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