長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #2-1 島原城

2泊3日の長崎・熊本・福岡城めぐりの旅2日目。今日は、島原城、鞠智城をめぐります。

ホテル朝食
ホテル朝食
東洋九十九ベィホテル
東洋九十九ベィホテル

できるだけ時間に余裕が欲しかったので、朝風呂後に7:00から朝食をいただき、7:35ごろチェックアウトしました。

武家屋敷駐車場
武家屋敷駐車場
島原武家屋敷
島原武家屋敷
島原武家屋敷通り山本邸
島原武家屋敷通り山本邸
島原武家屋敷通り
島原武家屋敷通り

7:50に武家屋敷駐車場に到着しました。 島原城にも駐車場がありますが、9:00からなのと有料なので、歩けばいいやと無料のこの駐車場から散策します。島原武家屋敷通りの風情を少し楽しみました。

西虎口門跡
西虎口門跡
時鐘楼
時鐘楼
時鐘楼
時鐘楼

通りから外れて東へ向かい、西虎口門跡、時鐘楼を経て内堀に出ます。時鐘楼は、島原藩主松平忠房公が「民に時刻を知らしめ、これを励行せしむることは政治の要道である」として建てたもの(復元)です。

■■ 島原城 ■■

島原城は、長崎県島原市にある安土・桃山様式の連郭式平城で、国指定史跡、日本100名城の91番です。松倉豊後守重政が築城し、松倉氏による過酷な重税やキリシタン弾圧が引き金となり、島原の乱が勃発、その後高力氏、松平氏、戸田氏の4氏19代にわたり約250年間の藩政の拠点となりました。

内堀(西側)
内堀(西側)
内堀(北側)
内堀(北側)

時鐘楼のすぐ前の内堀はその北西隅にあたります。まずその幅と深さに圧倒されます。そのまま東へ進みます。北側の小学校がある場所は三の丸です。

三の丸
三の丸

■二の丸

二の丸
二の丸
二の丸
二の丸

内堀にかかる土橋を渡ると現在島原文化会館が建っている二の丸です。二の丸にも石垣が残っています。

内堀(菖蒲園入口)
内堀(菖蒲園入口)
内堀から二の丸石垣のぞむ
内堀から二の丸石垣のぞむ

菖蒲園のある内堀を経由して廊下橋跡まで行くつもりでしたが、ススキなのかオギなのか、あまりに密生していて種みたいのも沢山ついたりして、これ以上進むのは無理だとなった内堀の北東隅あたりで断念。ただ、ここからの風景も素晴らしかったです。

二の丸石垣(東側)と内堀
二の丸石垣(東側)と内堀
廊下橋跡と内堀
廊下橋跡と内堀

二の丸に戻って東側から南に行くと廊下橋跡に出ます。

日本弁論連盟発祥之地碑
日本弁論連盟発祥之地碑
廊下橋跡
廊下橋跡
内堀(本丸-二の丸)
内堀(本丸-二の丸)
廊下橋跡
廊下橋跡

近くに城とは関係ないですが日本弁論連盟発祥之地碑が建っています。廊下橋は本丸と二の丸の間の内堀に架けられた橋で、敵の襲撃時には、橋を落として本丸への侵入を防ぐ要所でした。現在は通常の土橋になっていてその先は本丸です。

■本丸(下段)

本丸(下段)
本丸(下段)
本丸(下段・北東隅)
本丸(下段・北東隅)
二の丸のぞむ
二の丸のぞむ
丑寅櫓
丑寅櫓

本丸に入りますが、本丸は大きくは上下二段のようになっていて、古文書によっては、二の丸、本丸となっているようです。実際に行ってみるとその方がしっくりきます。便宜上、上段、下段と分けて書きます。下段には7つの櫓があったそうで、歩いていても複雑な構成になっている印象です。下段北東隅の区画からは内堀を見降ろせ、北側から丑寅櫓を見上げることができます。

キリシタン墓碑
キリシタン墓碑
梅干かめと石の水道管
梅干かめと石の水道管
東京オリンピック聖火台
東京オリンピック聖火台
静座像
静座像
宮崎康平の碑
宮崎康平の碑

本丸(下段)北側には、半円柱形柱状伏碑が三基、五角柱形柱状伏碑が一基の四基のキリシタン墓碑が置いてあります。左へ順に湧き水を城内へ引くために使われた石の水道管(石樋)、籠城用の梅干かめ、東京オリンピック聖火台、北村西望による「静座」像、島原の子守唄の作者である宮崎康平の碑が展示されています。

■本丸(上段)

天守
天守
天守
天守

さて坂を南へ登ると本丸(上段)で、五層五階の層塔型天守が目に飛び込んできます。想像以上に巨大で立派なもので、復元されたものですが見た目もすごく綺麗です。開館時間前なので先に周辺を散策します。西の櫓のある方はちょうど松の木で駐車場が隠れて天守がきれいに撮れるフォトスポットです。

天草四郎像
天草四郎像
若き日の織田信長像
若き日の織田信長像
獅子像・浦島像
獅子像・浦島像

西の櫓は後で回るとして東へ向かっていくと、天草四郎像が。原城でみたものと同じだ!でも色が違う。。。こちらは緑色です。その右側には若き日の織田信長像、左側には獅子像と浦島像 、これらも北村西望によるものです。その先には西望記念館(巽の櫓)があります。

西望自刻胸像
西望自刻胸像
自由の女神(平和の女神)
自由の女神(平和の女神)
聖火
聖火
聖観世音菩薩
聖観世音菩薩
人類の危機
人類の危機
獅子吼
獅子吼
日蓮上人
日蓮上人

入口手前には西望自刻胸像があり、その一角には自由の女神(平和の女神)、聖火、聖観世音菩薩、人類の危機、獅子吼、日蓮上人といった西望の作品が立ち並んでいます。

島原城御馬見所
島原城御馬見所
島原城御馬見所
島原城御馬見所

西望記念館は後で見るとして北側に少し行くと島原城御馬見所が建っています。幕末の時代に藩士の訓練状況を見るために三ノ丸に建てられましたが、ここに移築されました。島原城の数少ない遺構として貴重な建造物で国の登録文化財です。

星空無限像
星空無限像

御馬見所の前にも西望の星空無限像が建っています。

古野梅林
古野梅林
古野梅林
古野梅林

本丸(上段)の北西部は一段高くなっていて古野梅林となっています。

■天守

旧鯱
旧鯱

さていよいよ天守です。入口手前右側には旧・鯱が展示されています。天守閣復元時に据え付けられた雌雄一対で2022年にその役目を終え、新しい鯱に変わりました。

クリア版
クリア版
通常版
通常版

天守入口は地階で、入館料は700円で、御城印は窓口で購入でき通常版とクリア版の両方ゲットしました。スタンプは地階奥に設置されています。

天守一階
天守一階
マリア観音像
マリア観音像
隠し十字入地蔵型灯籠
隠し十字入地蔵型灯籠
原の城攻防図模型
原の城攻防図模型

天守一階は、貿易・宣教時代、禁教時代、島原の乱のコーナーに分けて、キリシタン史料が展示されています。

天守二階
天守二階

二階は、郷土史料として、太刀・鎧・冑や調度品など藩主や島原城にかかわる展示がされています。

天守三階
天守三階

三階は、民俗史料として、焼き物や武器など庶民生活にかかわる展示がされています。

天守四階
天守四階

四階は、観光と物産のコーナーで、観光案内の休憩室や、兜や陣羽織を着用できる武将なりきり体験コーナーがあります。

天守五階
天守五階
雲仙普賢岳・眉山
雲仙普賢岳・眉山
島原の街並みと有明海
島原の街並みと有明海

五階は展望所です。360度のパノラマで、島原の街並みはもちろん、西側は雄大な雲仙普賢岳や手前の眉山、東側は有明海とその向こうに連なる熊本の山々まで見渡せます。

■本丸(上段)

西望記念館(巽の櫓)
西望記念館(巽の櫓)

天守の出口から出て西望記念館(巽の櫓)に入ります。本丸(上段)南東です。西望記念館は島原出身の「平和祈念像」の作者である北村西望の米寿を祝して開館されました。

西望記念館一階
西望記念館一階
平和祈念像
平和祈念像
西望記念館二階
西望記念館二階
西望記念館三階
西望記念館三階

中へ入ると数多くの作品が展示されていますが、やはり目を引いたのは平和祈念像でした。これ見たことある!となったからです。これを作った人なんだぁと理解しました。

民具資料館(丑寅の櫓)
民具資料館(丑寅の櫓)
民具資料館一階
民具資料館一階
民具資料館二階
民具資料館二階

続いては本丸(上段)北東にある三重復元櫓の丑寅の櫓で、現在は民具資料館として無料開放されています。明治、大正、昭和の暮らしが偲ばれる、なつかしい民具が展示されていました。

一階の片隅には、諫早門の門扉(現物)がひっそりと展示されています。かなり貴重だと思いますが、なぜここに展示?わかんないよねぇ。

観光復興記念館
観光復興記念館

続いて観光復興記念館です。1990年代の雲仙普賢岳の噴火災害とそこからの復興をテーマにした展示館ですが、正直ピンときませんでした。いきなりエレベーターで一階に下りてしまったため二階のみるべきところをスルーしてしまった?

西の櫓
西の櫓
西の櫓一階
西の櫓一階
西の櫓二階
西の櫓二階
西の櫓三階
西の櫓三階

本丸最後は本丸(上段)西側の復元三層櫓である西の櫓で、島原城で最初に復元された櫓です。日本タオルに描かれた日本全国のお城の絵や各県の特徴あるさまざまなこけしが展示されています。

■内堀

最後は本丸西側から内堀へ出て南側、東側、北側と反時計回りに内堀沿いを歩いて駐車場へ戻ります。

本丸西側入口
本丸西側入口
本丸石垣と西の櫓
本丸石垣と西の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守・巽の櫓・丑寅の櫓
天守・巽の櫓・丑寅の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓

本丸の南面は大きな堀、複雑な屏風折れの高い石垣と白い土塀、天守や櫓群が重なる息をのむほどの美しい迫力ある景観が楽しめます。本丸駐車場にとめたら見逃しそうですが、ここ見なくてどうするというほど必見、歩いてなんぼです。

ということで、武家屋敷駐車場に戻り、11:10ごろ出発しました。次は鞠智城ですが、この後フェリーで熊本まで向かいます。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #2-2 鞠智城

島原港ターミナルビル
島原港ターミナルビル
フェリー窓口
フェリー窓口

続いて鞠智城へ向かいますが、島原外港から熊本港までフェリーで有明海を渡ります。12:15発の九商フェリーはネット予約済み、窓口に出港30分前必着でしたが、余裕ありすぎました。11:20ごろ島原港ターミナルビルに到着。料金3,400円ですが、安すぎる!出発までターミナル内のお土産みたり、付近をぶらぶらして出発時刻を待ちます。お土産に長崎カステラを購入できてよかった!

レインボーかもめ号
レインボーかもめ号

フェリーはくまモンが描かれたレインボーかもめ号です。

さよなら長崎!
さよなら長崎!

出港してからしばらくゆっくり進んでいて、沖に出たらスピードアップするのかと思いきや、ずっとこのスピード、これで60分で着くのかと思うほどですが、船が大きいからスピード感ないんでしょう。

時刻通りに熊本港について、そのまま鞠智城へ。

■■ 鞠智城 ■■

八角形鼓楼
八角形鼓楼

14:17ごろ、歴史公園鞠智城駐車場に到着しました。駐車場に到着前から八角形鼓楼が見え、教科書でも見たことある景色だと感動します。よく整備されていて観光客も沢山でやっぱり有名なところは違うなぁという印象。

鞠智城温故創生之碑
鞠智城温故創生之碑
温故創生館
温故創生館

駐車の脇に温故創生館があり、その前には鞠智城温故創生之碑が建っています。防人やその家族、百済の貴族などのブロンズ像です。

鞠智城ジオラマ
鞠智城ジオラマ

温故創生館の受付でスタンプを押すと、どこから来られましたか?と聞かれました。お答えするとパンフレットと無料の限定御城印がいただけました。

八角形鼓楼と米倉
八角形鼓楼と米倉
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼

まずは復元建物群から散策開始します。いたるところに礎石建物跡や掘立柱建物跡があります。一番近くに建っている八角形鼓楼はひときわ目立つ日本国内の古代山城では大変珍しい八角形の掘立柱建物で、スタンプや御城印のデザインにもなっているシンボルです。

米倉は、重い荷物に耐える造り、かつ周りから大量の炭化した米が見つかったことから米倉として復元され、高床の校倉造りになっています。

兵舎は、城の守りについた防人たちが共同で暮らすための建物です。柱穴が建物の外壁部分だけに掘られた、側柱の掘立柱建物です。

板倉は、武器や武具などを保管するための倉庫として、柱穴を建物の内側にまで配置した総柱の掘立柱建物です。

東側の丘(長者山)へ道なりに登っていくと長者山展望広場休憩所があります。古代建築のデザインの休憩所です。
奥のさらに高い場所まで道がつながっています。少し大変そうですが登るとそこは灰塚展望所です。城内全体や周囲の雄大な景色を一望できる360度大パノラマの展望デッキで、天気がよい日には遠くに雲仙普賢岳を見ることもできます。
と、ここまできて、こちら方面のみどころは見終えたとの大失敗の早とちりが、散策後判明。。。
ここから展望広場休憩所手前へもどり南へ下りていく道で池の尾門跡へ行けると確信し、上手なショートカットだと丘をひたすら下りていくと、平地に出ました。右に少し進んだ先に池の尾門跡がありました。池の尾門跡は城の南西隅にあり城の北側を守る重要な門で、城内の水を流す水門としての役割も持っていました。本物の門礎石が残されています。
東へ戻っていき、南側土塁、堀切門、深迫門、馬こかしの石垣とみていきます。道なりに進み、途中分岐を右に進んであずまやの見える方へ進んで行くと、南側土塁入口があるはずなのですが、よく分からず。何の道標もなく、もしかしてこれ?と思ったところを突き進んでみました。絶対ここじゃないと登るうちにわかりましたが、南側土塁は目の前に見えているので強行突破し、無理やり南側土塁の上にたどり着きました。すると近くにベンチの見える空間が。。。なんとその奥は普通に道がつながっていました。さっきの苦労はなんだったのか、ちゃんと案内してほしいです。まぁおかげで土塁がいかに強固な防御の役割を果たしているかを実感できました。あずまやのところに出て、さらに分岐があり上側の道を進んだ先に堀切門跡があります。大変珍しい1石2穴の門礎石が残されています。通常は柱ごとに礎石が分かれていますが、ここでは1つの巨石の両端に、門扉の軸をはめ込むための穴が2つ掘られています。いよいよ散策も大詰め、さらに進んで案内板に従って小道へそれると深迫門跡があります。城の南東隅にあり「長者どんの的石」と呼ばれる巨石(門礎石)が残っています。駐車場へ至る途中に最後のみどころの馬こかしの石垣あるはずなので、探し回ったのですが結局分からずでした。
16:45ごろ出て、今日の宿・ホテルクラウンヒルズ熊本には18時ごろチェックインしました。さて夕飯はついてないので、周辺を探し回ってはいったのは、えびすやというローカルチェーンの居酒屋でした。馬刺し、とり天、からしレンコン棒など名物堪能、リーズナブルでとても満足でした。夜はホテルの大浴場・サウナを今日も満喫です。

明日最終日は、熊本城、久留米城、水城をめぐります。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #1 原城

2泊3日の長崎・熊本・福岡城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:原城
・2日目:島原城、鞠智城
・3日目:熊本城、久留米城、水城
をめぐる予定です。

富士山
富士山

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:46の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8:10ごろに到着。9:20羽田発福岡行きのSFJ便、予定通り11:15に福岡着。

福岡空港
福岡空港
相棒ノート
相棒ノート

福岡空港からは日産レンタカーですが、福岡空港の出口から出た正面に日産レンタカーがあり、あまりの利便性に驚きました。今回の相棒もノートです。

原城跡大手口駐車場
原城跡大手口駐車場

11:42ごろ原城へ向かって出発です。途中、小城PAで小休憩して、原城跡大手口駐車場には14:37到着しました。

■■ 原城 ■■

原城は、長崎県南島原市にある梯郭式平山城です。肥前有馬氏によって戦国時代に築かれ、廃城後に江戸時代最大の内乱、島原・天草一揆「島原の乱」の最終決戦の地として知られます。天草四郎率いる一揆勢が籠城し、幕府軍を相手に約4ヶ月にわたる死闘を繰り広げました。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録、国指定史跡、続日本100名城の188番です。

さて今回の旅では各城の散策案内をGoogle AIに作ってもらったので、その実用性も検証しつつ見ていく予定です。

■三ノ丸

大手口
大手口

原城跡大手口駐車場から散策を開始、すぐに原城の入口だった大手口があります。

三ノ丸
三ノ丸
三ノ丸
三ノ丸

大手口の先は三ノ丸です。三ノ丸は城の北側を占める広大な曲輪で一揆の際に3,500人が守った場所だそうです。

板倉重昌の碑
板倉重昌の碑
板倉重昌の碑
板倉重昌の碑

道にぶつかり、右へ坂を少し進んだところには幕府軍の総大将・板倉重昌の碑があります。

仕寄場跡
仕寄場跡

さらに坂を下りていくと、仕寄場跡。城を攻め落とすために幕府軍が原城の目の前に築いた最前線の攻撃・包囲陣地です。

■二ノ丸・二ノ丸出丸

二ノ丸(東)
二ノ丸(東)
二ノ丸(西)
二ノ丸(西)

戻って坂を上がると二ノ丸と二ノ丸出丸です。二ノ丸は有馬氏時代には家臣等の屋敷がありました。一揆の際は一揆勢5,700人が守備してしていた最も広い曲輪です。

二ノ丸出丸
二ノ丸出丸
二ノ丸出丸
二ノ丸出丸

二ノ丸出丸は、二ノ丸の西側に突き出た曲輪で、幕府方の軍勢が築いた陣に最も近く、一揆勢の最前線でした。二ノ丸出丸は私有地のため入ることはできません。

二の丸総合案内所
二の丸総合案内所
原城スタンプ
原城御城印

二ノ丸には二の丸総合案内所があり、ここでスタンプと御城印をゲットします。ここで現地案内の方がスタンプのデザインになった三体のキリシタン像がある場所を教えてくれました。パンフレットなどにも何の案内もないので、聞かなかったら分からず仕舞いですね。

二ノ丸から本丸のぞむ
二ノ丸から本丸のぞむ

この辺りからは本丸を一望できます。続いて本丸へ。

■本丸

空堀
空堀
本丸
本丸

今は舗装道の土橋を渡ると本丸で、土橋の東側には大きな空堀、西側は蓮池跡につづく低地になっています。

本丸は城の南東側にあり、原城で唯一、近世城郭の特徴を備えた曲輪です。有馬時代には天守閣があったとされ、島原の乱の時には、総大将天草四郎らがここに本陣をおき、2,000人の守備軍と遊軍2.000人がいたそうです。

本丸正門跡
本丸正門跡
骨カミ地蔵
骨カミ地蔵

右側には本丸正門跡がありますが、手前には骨カミ地蔵があります。島原の乱で亡くなった約3万人の敵味方の遺骨を集めた供養塔です。

本丸正門跡
本丸正門跡

本丸正門は本丸へ通じる正面入口で、外枡形虎口になっています。

埋門跡
埋門跡
埋門跡
埋門跡

その先に本丸に向かう2番目の門、埋門跡があります。ここでは城の破壊工程が分かるように三段階で整備されています。

一揆勢の仮設小屋跡
一揆勢の仮設小屋跡

埋門跡の南側に一揆勢の仮設(半地下式)小屋の跡があります。籠城兵たちが地面を掘り込んで作った急ごしらえの住居跡です。

本丸門跡
本丸門跡
本丸門跡
本丸門跡
四郎家推定地
四郎家推定地
破却石垣展示
破却石垣展示
本丸からの二ノ丸と普賢岳
本丸からの二ノ丸と普賢岳

本丸門は本丸へと繋がる最後の門で櫓門が建てられていたと考えられます。本丸門を抜けて左側には四郎家推定地があり、天草四郎が最後を迎えた建物があったと考えられているそうです。その近くには破却された石垣の展示があります。

本丸
本丸
本丸
本丸

本丸は絶賛整備工事中で入れるところは限られていました。

櫓台跡(天守台跡)
櫓台跡(天守台跡)
櫓台跡(天守台跡)
櫓台跡(天守台跡)

櫓台跡(天守台跡)には三層の櫓が建てられ、築城時にはこの場所に天守相当の建物があったと推定されています。

池尻門跡
池尻門跡
原城跡碑(島原の乱説明石碑)
原城跡碑(島原の乱説明石碑)
天草四郎像
天草四郎像
佐分利九之丞の墓碑
佐分利九之丞の墓碑
天草四郎の墓碑
天草四郎の墓碑

本丸西部の池尻門跡周辺には原城跡碑(島原の乱説明石碑)、天草四郎像、佐分利九之丞の墓碑、天草四郎の墓碑があります。

三体のキリシタン像
三体のキリシタン像
三体のキリシタン像
三体のキリシタン像

近くに三体のキリシタン像があると教えてもらっていたのですが、なかなか見つからず。やっと見つけました。小さいのでスルーしてしまう人多いでしょうね。

池尻門跡
池尻門跡
本丸石垣
本丸石垣

池尻門跡から本丸を出て本丸石垣を横に見ながら土橋周辺に戻ってきました。

■鳩山出丸・天草丸

鳩山出丸
鳩山出丸
内馬場
内馬場
田町門跡周辺からの本丸
田町門跡周辺からの本丸

おおよその見どころは見たので、散策終了としてもよいのですが、時間に余裕があったので、天草丸まで行くことにしました。鳩山出丸は、城域の南側にある本丸の西に置かれた曲輪で、本丸の出丸としての機能を持っていたと考えられています。本丸と鳩山出丸の間にある平地は内馬場で、天草丸に接する付近には田町門がありました。

天草丸
天草丸
天草丸
天草丸

天草丸は、城域の南端にあり、鳩山出丸と同様に本丸の出丸としての機能が考えられる曲輪です。一揆の際に、天草の一揆勢2,000人が守備したことから、天草丸と呼ばれていますが、未整備でとても入る気にはなりませんでした。

田尻門跡周辺
田尻門跡周辺

散策はこれで終了です。二ノ丸の西側下にある田尻門跡を経由して駐車場まで戻ってきました。さて、Google AI作成の散策案内では90分で回れるとのことでしたが、大体実質的には120分でした。写真や動画を撮るのでまぁそんなもんでしょう。

牛すき鍋会席
牛すき鍋会席

16:50ごろ出発し、本日の宿、東洋九十九ベィホテルには17:40ごろ到着しました。夕食は牛すき鍋会席で、なかなか豪華、大浴場・サウナも堪能しました。

明日は島原城、鞠智城 めぐります。

eero Pro 7

自宅wifiで一階での速度が出ず、メッシュを組もうと選んだeero Pro 7が届いたので設置しました。確かに簡単に設置できるものの、ちょっと苦労したのが、eeroが192.168.4.x のIPアドレス範囲(サブネットマスク 255.255.252.0)を初期設定で使用することで、これによって、NASが見えなくなったりして解決に少し時間がかかりました。

とはいうものの、一階での速度は倍以上になり、快適、とても満足です。

今年のふるさと納税

今年も早くも9月も終わる時期ということで、ふるさと納税しました。

  • テレビ台 スタンドテレビ台 UTS-900R-LN 75型
  • 冷凍肉も切れる!ムテキバサミ【食洗機対応】〈ざわつく!金曜日〉で話題

の三点です。

テレビスタンドを設置するには、部屋の大掃除が必要ですが、まぁ、これくらいの目的がないと掃除もなかなか手をつけないのでちょうどいいか。

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-2 湯築城

今回の旅の最後は湯築城です。

■■ 湯築城 ■■

道後公園西口駐車場
道後公園西口駐車場

15:33ごろ、道後公園西口駐車場に到着しました。

湯築城は、松山市の現在の道後公園にある平山城で国指定史跡、日本100名城の80番です。伊予の守護職であった河野通盛が築城しました。湯築古城図によると、内堀と外堀、丘陵頂部の本壇と北方の杉の壇、東方の中壇の郭や家臣居住空間等を構えています。

駐車場の横は西側の外堀土塁で、駐車場は外堀を埋め立てられて整備されました。

搦手門跡
搦手門跡
外堀(西側)
外堀(西側)
搦手門跡
搦手門跡

道後公園の西口にはかつて搦手門がありました。

■家臣団居住区

湯築城資料館
湯築城資料館

搦手門跡を抜けるとすぐ右側に家臣団居住区があり、一番手前に湯築城資料館があります。ここで御城印をゲットのはずが月曜休館日で入手できず。スタンプは以前入手済みなのでそれほどショックでもないんですが、調べたら前回訪問時(2015年11月)も休館日だったようで。。。ご縁がないようです。ここから城の南東部にかけて、家臣団居住区、庭園区を含む上級武士居住区が続いています。

武家屋敷1
円形石積遺構
円形石積遺構

家臣団居住区には土塀や武家屋敷などの遺構が復元されています。武家屋敷1の脇には円形石積遺構がありますが、何に使われていたのか分からないそうです。

内堀土塁(南側)
内堀土塁(南側)
武家屋敷2
武家屋敷2
排水溝と内堀土塁
排水溝と内堀土塁
内堀(南側)
内堀(南側)
内堀(南側)
内堀(南側)

南側の内堀土塁に沿って道を進むと武家屋敷2があります。さらに進むと内堀に続く排水溝があり、内堀土塁が排水溝で分断されており、南側の内堀を見ることができます。

■上級武士居住区・庭園区

上級武士居住区・庭園区
上級武士居住区・庭園区
最大土坑跡
最大土坑跡
庭園の池
庭園の池

土塀と生垣に区切られた先は上級武士居住区・庭園区です。庭園区に入って左側には最大土坑跡がありますが、ちょっとくぼんでいる?という感じでよく分からず。最大土坑は、発掘調査で確認された中でも最も大きなごみ穴です。右側には池が復元されています。

上級武士居住区
上級武士居住区
礎石建物跡
礎石建物跡

庭園区の先は上級武士居住区です。 芝生の広場になっていて、発掘調査に基づいた礎石建物跡など遺構の平面表示がされています。

内堀にかかる橋
内堀にかかる橋
内堀(南側)
内堀(南側)
内堀(東側)
内堀(東側)

内堀側にいくと対岸への橋が架かっていますが、渡ることはできません。何のための橋なんだろう? 対岸右側には岩肌が広がっていて庭園のように美しいです。

外堀土塁展示室
外堀土塁展示室

南側の外堀土塁の方へ行くと、外堀土塁展示室があって土塁の断面などが展示されているのですが、休館日だからかこちらも入れませんでした。

排水溝と外堀土塁裾石
排水溝と外堀土塁裾石

外堀土塁に沿って道を進むと城内の南東隅には道路・排水溝・外堀土塁裾石の説明板がありました。道路に面する外堀土塁裾石は、ここが最も高く良好に残っているそうです。

土坑
土坑

広場にはもうひとつ土坑がありました。こちらもごみ穴ですが、はっきりと整備されています。

遮蔽土塁
遮蔽土塁
外堀土塁(東側)
外堀土塁(東側)
遮蔽土塁
遮蔽土塁

上級武士居住区の北東端部分には遮蔽土塁があります。ここは外堀と内堀が最も近く、外側からの見通しをさえぎり、 敵の侵入や撃を防ぐ効果がありました。ここにある排水溝は往時のものです。

■中壇

中壇
中壇
大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡
外堀(東側)
外堀(東側)

北へ進むと東側の平坦な曲輪がありますが、 湯築古城図で言えばここが中壇でしょう。中壇には現在はグラウンドと児童公園があり、遺構等はほとんど見られませんが、大手門跡があります。大手門跡から外に出ると東側の外堀を見ることができます。

中壇
中壇
岩崎神社鳥居
岩崎神社鳥居
岩崎神社
岩崎神社

中壇の南側には鳥居が建っていて、丘陵部を登っていきます。少し登ると岩崎神社があります。

■本壇

本壇
本壇
本壇
本壇
展望台から見た松山市街
展望台から見た松山市街
展望台からみた松山城
展望台からみた松山城
本壇
本壇

さらに上っていくと道後公園展望台が建つ本壇に出ます。本壇は最も高い位置にある郭曲輪 で、瀬戸内海も見ることができます。大部分は地山が露出していて、出土遺物もほとんど見つからなかったそうです。展望台からは松山の街並みや松山城が見られます。

■杉ノ壇・湯釜

杉ノ壇
杉ノ壇
杉ノ壇
杉ノ壇

本壇から北方向へ下りていくと、杉ノ壇があります。発掘調査では、鍛冶炉、瓦敷遺構や礎石列、堀切などが確認されています。

内堀(北側)
内堀(北側)
外堀(北側)
外堀(北側)
子規記念博物館
子規記念博物館

杉ノ壇の東側から階段と坂を下りていくと北側の内堀に出て、道後公園の東口があります。東口では北側の外堀を見ることができます。外堀の反対側の建物は松山市立子規記念博物館です。湯築城資料館で「ようおいでたなもし。今日は、休館日ぞなもし。隣の「子規記念博物館」は開いとるけん寄っていってな。」と書いてあったので、休みの時はここで御城印とか売ってたりしないかなと期待して行ってみましたが、売ってませんでした。

内堀(北側)
内堀(北側)
湯釜薬師前橋と内堀(西側)
湯釜薬師前橋と内堀(西側)

北側の内堀沿いを東へ進んで行くと道後公園北口に至ります。北口から内堀にかかる湯釜薬師前橋を渡った正面に、湯釜があります。

湯釜
湯釜
湯釜
湯釜

石造湯釜は、奈良時代に作られたと伝わる日本最古の温泉湧出口(湯口)です。現在の道後温泉本館ができるまでの間、使われ続けたものです。

内堀(西側)
内堀(西側)

これで見たいものは終了、西側の内堀沿いを散策しながら駐車場へ戻りました。17:13ごろ出発し帰路につきます。

17:54ごろレンタカー返却、今回の走破距離は550kmでした。今回もよく走ったもんです。

帰りのJAL便は20分遅れの19:20発になっちゃいましたが、帰宅時間は予定通りでした。

ということで、今回の旅は新たなスタンプは3つのみでしたが、
松山城、湯築城は前回訪問時より隈なく回れて大満足でした。さて、次の城めぐりの旅ですがもう予約済み!10月に長崎・熊本・福岡城めぐりの旅!楽しみです。

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-1 松山城 その3

前回からのつづきです。

■本丸

本丸北東側
本丸北東側
艮門・艮門東続櫓
艮門・艮門東続櫓
天神櫓・天神櫓南塀
天神櫓・天神櫓南塀

本壇から出て、本丸の北東側にいくと、昭和59年に復元された艮門と艮門東続櫓があります。

伯爵久松定謨頌徳碑
伯爵久松定謨頌徳碑

近くにある伯爵久松定謨頌徳碑は、旧松山藩主子孫の久松定謨伯爵が、松山城を私財で払い下げを受けた上で、維持費を添えて松山市へ寄贈したことを顕彰して建てられたものです。

天神櫓・天神櫓西折曲塀
天神櫓・天神櫓西折曲塀
天守・仕切門内塀・玄関多聞櫓・北隅櫓
天守・仕切門内塀・玄関多聞櫓・北隅櫓

本丸の北側へ進むと本壇を北側から見ることができます。

野原櫓
野原櫓

さらに進むと本丸の搦手に至ります。野原櫓は日本で唯一現存する望楼型二重櫓で国重要文化財です。搦手と本丸の北側を守っています。

乾櫓・ 乾門西塀
乾櫓・ 乾門西塀
乾門・乾門東続櫓
乾門・乾門東続櫓
乾門東続櫓・乾門・乾櫓
乾門東続櫓・乾門・乾櫓

乾櫓は築城当初の二重櫓で国重要文化財で、乾門と乾門東続櫓とともに、搦手を守っています。

北隅櫓・十間廊下・南隅櫓
北隅櫓・十間廊下・南隅櫓

搦手からは、連立式天守の北隅櫓・十間廊下・南隅櫓の連なりを真横から見ることができ、圧巻です。

乾門東続櫓東折曲塀
乾門東続櫓東折曲塀
紫竹門東塀・紫竹門・紫竹門西塀
紫竹門東塀・紫竹門・紫竹門西塀
紫竹門
紫竹門
紫竹門
紫竹門
紫竹門西塀と南隅櫓・小天守
紫竹門西塀と南隅櫓・小天守
乾門東続櫓東折曲塀・乾門東続櫓・乾櫓
乾門東続櫓東折曲塀・乾門東続櫓・乾櫓

搦手から本壇の南側を東へ進むと、搦手と大手を仕切る紫竹門があり、東塀・西塀とともに国重要文化財です。

本丸
本丸
伊予柑ソフト
伊予柑ソフト

本丸をひととおり散策したので、売店で伊予柑ソフトを買って休憩しました。

■黒門口登城道

大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡

続いて二之丸へ向かいます。大手門跡から黒門口登城道を下りていきます。

黒門口登城道
黒門口登城道
黒門口登城道
黒門口登城道
黒門口登城道
黒門口登城道

黒門口登城道は、二之丸から本丸へ通じる道へと続く江戸時代の正規登城道です。七曲りの石段が続きます。

中門跡
中門跡

七曲りの石段の先に中門跡があり、往時の石畳がそのまま残されています。

尾谷門跡
尾谷門跡
持弓櫓台(左)
持弓櫓台(左)
二之丸
二之丸

尾谷門跡を抜けると目の前に二之丸が広がります。持弓櫓台は登城道の食違虎口を形成しています。

■二之丸・三ノ丸

持弓櫓台
持弓櫓台
西大砲台石垣
西大砲台石垣
槻門
槻門
槻門
槻門

持弓櫓台の下を進むと、西大砲台、槻門に出ます。槻門は本丸大手への登城道と二之九搦手への道の分岐点に位置します。

二之丸多聞櫓
二之丸多聞櫓
二之丸多聞櫓
二之丸多聞櫓
二之丸御殿跡模型
二之丸御殿跡模型
二之丸御殿跡
二之丸御殿跡

二之九搦手への道を進むと二之丸多聞櫓があり、その門は二之丸御殿の通用口であり、二之丸史跡庭園の入口です。入って右側に券売所があります。入園料は200円です。

聚楽亭
聚楽亭
奥御殿跡
奥御殿跡

松山城二之丸史跡庭園は、表御殿跡と奥御殿跡に大別されます。多聞櫓の南側から出て、前の門を入ると有料貸室施設の聚楽亭があり、その先に奥御殿跡があります。流水園になっていて水と砂利と芝生で昔の部屋の間取りが表現されています。

南門
南門
南門
南門

奥御殿跡の南側には南門があります。3つの門が集まっていて割と見たことない感じです。

林泉庭
林泉庭
二之丸巽櫓台
二之丸巽櫓台

林泉庭は庭園の東側山裾に作られた池泉回遊式庭園です。その脇から坂を登っていくと二之丸巽櫓台があります。この櫓台から南登り石垣が続いています。

勝山亭
勝山亭
勝山亭より
勝山亭より

さらに上っていくと有料貸室施設の勝山亭があります。

御居間
御居間

勝山亭から下りていくと林泉庭に出てその先は表御殿の御居間です。このあたりから北側に表御殿跡が続いています。

観恒亭
観恒亭
表御殿跡
表御殿跡
表御殿跡
表御殿跡
奥門
奥門

西の方へ進み右側にあるのは有料貸室施設の観恒亭です。表御殿跡は柑橘・草花園で、各地のカンキツ類や草花で昔の部屋の間取りが表現されています。

大井戸遺構
大井戸遺構
大井戸遺構
大井戸遺構

表御殿跡には大井戸遺構があります。発掘調査により発見され、井戸の東半分が床下になり、その上を囲炉裏で火をおこしていた焚木之間が覆っていました。

四脚御門
四脚御門
番所
番所
米蔵
米蔵
井戸屋形
井戸屋形

二之丸の北西部には四脚御門があります。四脚御門は二之丸御殿の正門にあたる門です。その横に番所と書かれたトイレ、その奥に米蔵があります。米蔵から南へ進むと井戸屋形があり、その先二之丸史跡庭園の出口です。

栂門跡
栂門跡
黒門跡
黒門跡

槻門跡から西へ抜けると栂門跡、黒門跡とクランク状の枡形がつづきます。

三之丸跡
三之丸跡
三之丸跡
三之丸跡

黒門跡を抜けると三之丸跡です。三之丸跡は大規模整備中です。

二之丸多聞櫓
二之丸多聞櫓
県庁裏登城道
県庁裏登城道

再度二之丸に戻って、多聞櫓と石垣に沿って進んで行くと県庁裏登城道に至ります。県庁登城道は長者ヶ平まで続きますが、登りながら南登り石垣を見ることができます。

南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣
南登り石垣

登り石垣は、山腹から侵入しようとする敵を阻止するため、ふもとの曲輪と山頂の本丸を、山の斜面を登る2本の石垣で連結させたものです。南登り石垣はほぼ完璧な形で残っていますが、北側は一部分しか残っていません。

外堀
外堀

これで散策終了ということでこのまま登って長者ヶ平からロープウェイも考えましたが、もう登る気力がわかず。。。県庁裏登城道を下りて国道11号経由で駐車場に戻ることにしました。途中、期せずして外堀を見ることができました。

駐車場に戻ったのは、15:20ごろ、約4時間15分くらいの散策でした。三度目の登城ですが、やっぱり松山城は素晴らしいのひとこと、また来たくなります。

次は今回の旅最後の城、 湯築城に向かいます。

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-1 松山城 その2

前回からのつづきです。

■本壇

本壇へ
本壇へ
紫竹門東塀
紫竹門東塀
紫竹門東塀の狭間より
紫竹門東塀の狭間より

券売所から続く坂を登った正面には国重要文化財の紫竹門東塀があります。

小天守・天守・筋鉄門東塀・一ノ門南櫓
(左から)小天守・天守・筋鉄門東塀・一ノ門南櫓
天守・筋鉄門東塀
天守・筋鉄門東塀
小天守
小天守
一ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門東塀・二ノ門南櫓
一ノ門東塀・二ノ門南櫓

右側が本壇の入口です。ここからの、左に小天守、正面に天守と手前の筋鉄門東塀、右に一ノ門南櫓の景色は圧巻ですごくかっこいいです。

三ノ門南櫓・一ノ門・一ノ門南櫓
(左から)三ノ門南櫓・一ノ門・一ノ門南櫓
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門東塀
一ノ門東塀
二ノ門と二ノ門東塀(右)
二ノ門と二ノ門東塀(右)

正面右側の一ノ門から入ります。一ノ門はじめ、二ノ門までの間に囲んでいる建物の、三ノ門南櫓、一ノ門南櫓、一ノ門東塀、二ノ門南櫓、二ノ門、二ノ門東塀は全て国重要文化財です。

二ノ門南櫓・二ノ門・三ノ門東塀
(左から)二ノ門南櫓・二ノ門・三ノ門東塀
三ノ門東塀・天神櫓南塀
三ノ門東塀・天神櫓南塀

二ノ門をぬけると右に天神櫓南塀、左に国重要文化財の三ノ門南塀があり広場になっていて、天守の東側の真下に出ます。

天神櫓
天神櫓
天神櫓
天神櫓
天神櫓西折曲塀
天神櫓西折曲塀

奥に天神櫓が立っているので先にそちらを見ます。天神櫓は、本壇の鬼門の方向にあることから、その忌を避けるために久松松平氏の祖先神である天神(菅原道真)を祀ったことに由来する建物です。

天守
天守

天神櫓の前から見た天守はいい感じ。

三ノ門東塀・三ノ門
三ノ門東塀・三ノ門
三ノ門東塀
三ノ門東塀
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓
小天守・筋鉄門東塀・筋鉄門・天守
小天守・筋鉄門東塀・筋鉄門・天守
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓(右)

三ノ門から先へ進みます。三ノ門は国重要文化財で、東側には三ノ門東塀がつながっています。門をくぐった正面には三ノ門南櫓、右折して左側に筋鉄門東塀、これらも国重要文化財です。正面は本壇中庭入口となる筋鉄門です。

内門・天守・筋鉄門
(左から)内門・天守・筋鉄門
十間廊下・北隅櫓・玄関と玄関多聞櫓・内門
(左から)十間廊下・北隅櫓・玄関と玄関多聞櫓・内門
小天守・多聞櫓・南隅櫓・十間廊下
(左から)小天守・多聞櫓・南隅櫓・十間廊下
筋鉄門・小天守・多聞櫓
(左から)筋鉄門・小天守・多聞櫓

筋鉄門を抜けると天守や小天守、北隅櫓、南隅櫓に囲まれた連立式天守の本壇中庭です。天守は三重三階地下一階の層塔型で国重要文化財です。天守以外の建物はすべて昭和43年に復元されたものですが、旧国宝指定後に作成された基本設計と仕様書により、幕末の姿が忠実に再現されていて国登録有形文化財となっています。

天守入口
天守入口
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)

天守石垣の入口から内部に入ると、天守地階の穴蔵です。

内門
内門

階段から順路に従って進むとまもなく内門に入り、反時計回りに一周して天守に戻ってきます。内門は、天守と玄関多聞櫓の間に建つ一重櫓門で、ここは上層の渡廊下部分です。

玄関多聞櫓
玄関多聞櫓
玄関
玄関

内門の先は一重多聞櫓の玄関多聞櫓で、南側に玄関がつながっていますが、本来はここが正式な玄関です。

北隅櫓(一階)
北隅櫓(一階)
北隅櫓(二階)
北隅櫓(二階)
北隅櫓からの仕切門内塀・天神櫓西折曲塀
北隅櫓からの仕切門内塀・天神櫓西折曲塀
北隅櫓からの乾門・乾櫓・野原櫓
北隅櫓からの乾門・乾櫓・野原櫓

その先の松山城北隅櫓は、連立式天守の西北隅に建つ二重二階櫓です。二階からは北東側の仕切門内塀、天神櫓西折曲塀や、西側の乾門、乾櫓、野原櫓がよく見えます。

十間廊下
十間廊下

十間廊下は、 南隅櫓と北隅櫓をつなぐ一重多聞櫓です。

南隅櫓
南隅櫓

松山城南隅櫓は、連立式天守の西南隅に建つ二重二階櫓です。二階は非公開でした。

多聞櫓
多聞櫓

多聞櫓は、小天守と南隅櫓をつなぐ一重多聞櫓です。

小天守(一階)
小天守(一階)
小天守(二階)
小天守(二階)
小天守から見た中庭
小天守から見た中庭
小天守から見た一ノ門方向
小天守から見た一ノ門方向

小天守は、連立式天守の東南隅に建つ二重二階櫓です。二階から東方向を見ると一ノ門まわりの複雑な造りがよく確認できます。

筋鉄門
筋鉄門

筋鉄門は、天守と小天守の間に建つ一重櫓門です。ここは上層の渡廊下部分です。

天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(三階)
天守(三階)
天守より北方向のぞむ
天守より北方向のぞむ
天守より西方向のぞむ
天守より西方向のぞむ
天守より南方向のぞむ
天守より南方向のぞむ
天守より東方向のぞむ
天守より東方向のぞむ

天守は三重三階地下一階の層塔型で国重要文化財です。

内門
内門
仕切門内塀
仕切門内塀
仕切門
仕切門
仕切門
仕切門

中庭から内門を抜けると仕切門と仕切門内塀の桝形です。ともに国重要文化財です。本壇散策はここまで。

つづきはこちら。

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