長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #3-3 水城

大宰府市役所
大宰府市役所

さて今回の旅の最後は水城です。水城の前に大宰府市役所に立ち寄って、水城のスタンプをゲットしに行きました。ここは12月に行く予定の大野城のスタンプも入手できます。スタンプを押すと、パンフレットとマップをいただけました。

■■ 水城 ■■

水城は、太宰府市・大野城市・春日市にまたがり築かれた古代の城です。1350年前の百済の役敗戦に際し、日本を守るため初めに築かれた城砦です。水を貯えた濠と土塁とからなり、今も長さ1.2kmもの巨大な土塁を目にすることができます。国の特別史跡、続日本100名城の182番です。時間の関係で今回は東門跡周辺を散策しました。

水城跡第2広場駐車場
水城跡第2広場駐車場
水城跡碑
水城跡碑
水城(大堤)
水城(大堤)

水城跡第2広場駐車場に15:30すぎに到着しました。ここからは東側の土塁(大堤)が遮るものがなくよく見え、九州自動車道に向かって続く巨大な防壁の長さと高さを実感できます。

東門跡方向
東門跡方向

東門跡や水城館(月曜休館)、展望台などがある南東方向へ向かいます。土塁が見えているので迷うことはなくすぐです。

水城大堤之碑
水城大堤之碑

水城大堤之碑は、水城の青年会が大正天皇大典記念として建てた石碑です。博多から碑文の石を、宝満山から台座の石を自力で運んで建立した歴史ある石碑です。裏面には当時の水城跡の測量結果などが刻まれています。

水城東門跡
水城東門跡
水城東門跡
水城東門跡
官道
官道

水城東門跡は水城大堤に、東西2箇所だけ設けられた城門の東側の跡地です。大宰府へと繋がる官道が通り、都からの役人や外国の使節を迎える大宰府の事実上の表玄関でした。東門の柱を支えていた礎石が1つ残っています。

水城館
水城館

水城館は水城の土塁をイメージした特徴的な外観の歴史ガイダンス施設ですが月曜の今日は休館です。

万葉歌碑
万葉歌碑

水城館の前庭には歌を詠みあった大伴旅人と児嶋の万葉歌碑があります 。

水城東門跡展望所
水城東門跡展望所
水城東門跡展望所より
水城東門跡展望所より

水城館の東側から土塁を登ったところには水城東門跡展望所があります。長さ約1.2㎞、高さ約10m、基底部の幅は約80m、博多湾側(右側)には幅約60mの外濠を持っていたとされる水城のようすを見渡すことができます。

水城(北側)
水城(北側)

東門跡から県道を渡り土塁の方へ向かいます。北側を少し歩いた後、南側へ。

木碑の再現
木碑の再現
水城(南側)
水城(南側)

南側の入口には木碑の大きさや設置されていた場所などを再現した四角い構造物があります。

水城瓦窯跡
水城瓦窯跡

水城瓦窯跡は、水城の城門や関連施設に使用する瓦を焼いていた古代の窯の跡です。地下に保存されています。

木樋跡
木樋跡

木樋跡は土塁の底部を貫通するように埋められていた木樋(もくひ)という巨大な木製の水道管が発見された地点です。水城の内側(南側)から外側(北側)の外濠へ水を送り、濠の満水を維持していました。ここはその取水口です。

衣掛石
衣掛石

ここからは菅原道真公の伝説エリア(旧日田街道沿い)に入ります。衣掛石は都から大宰府へ左遷されてきた道真公が長旅の末に水城へ辿り着いた際、汚れを落とすために旅衣を脱ぎ、傍らにあったこの石と松の木に掛けたという伝承が残っています。現在は県道に面した祠の中に祀られています。

衣掛天満宮
衣掛天満宮

衣掛天満宮は道真公が大宰府へ入る前に、着替えた衣を松と石に掛けたという故事に因み、後世の人が建てた社です。

姿見井
姿見井

姿見井は衣掛天満宮のすぐ近くにある井戸跡です。道真公が大宰府へ西下した際、身支度を整えるため、この地にあった池に自らの姿を映したといいます。あまりにもやつれた姿を嘆き、池の水をかき回したところ水はたちまち濁り、その後決して澄むことがなかったと伝えられています。

これで予定していたみどころの散策は終了、帰路につきます。16:50ごろ出発、17:30ごろレンタカー返却、19:00のSFJ便は時刻通りに出発し、帰宅したのは23:05ごろでした。

さて今回はGoogle AIに散策ルートなどを作ってもらったわけですが、その印象は、かなりちゃんと使える!でした。ただし誤情報も入ってくる(平気でうそをつく)ので、ちゃんと指摘して反映させることは必須ですね。今回言うこと聞いていればと思う失敗もありましたし。

これで日本100名城はあと5城、続日本100名城はあと6城となりました。次の城めぐりの旅は12月に予定しています。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #3-2 久留米城

篠山神社
篠山神社

熊本城の次は久留米城です。13:13ごろ篠山神社に到着しました。
久留米城跡は篠山神社境内になっています。

■■ 久留米城 ■■

久留米城は、福岡県久留米市にある連郭式平山城で、江戸時代には久留米藩の藩庁が置かれ、摂津有馬氏の居城でした。県指定史跡、続日本100名城の183番です。現在は本丸に有馬記念館と篠山神社が建てられています。本丸以外は市街地なので本丸のみ散策します。

太鼓櫓跡
太鼓櫓跡
太鼓櫓跡
太鼓櫓跡

まずは南側から。駐車場から南へ少し行くと太鼓櫓跡があります。大手口の西側を固めていた三重櫓の跡です。

冠木御門跡
冠木御門跡
冠木御門跡
冠木御門跡

その東側下に冠木御門跡があります。大手虎口にあった桝形門の跡です。現在は自動車用のスロープになっていますが、周囲は頑強な石垣に囲まれています。

井戸
井戸

神社駐車場の西側、有馬記念館の前には井戸があります。

有馬記念館
有馬記念館

有馬記念館は久留米藩の約250年間を治めた有馬家ゆかりの歴史資料や美術工芸品が展示されている資料館です。

本丸御殿跡
本丸御殿跡

スタンプと御城印をいただくまえにお参りをします。神殿・拝殿のあるあたりは本丸御殿跡です。久留米藩の藩祖・有馬豊氏をはじめとする歴代藩主が祀られています。

社務所
社務所
御朱印うりば
御朱印うりば

お参りしてからに社務所へ。スタンプは社務所脇に置かれていましたが、御城印や神社の御朱印は無人でも購入できます。この時先にお金を入れましたが神社の御朱印が入っていなかったため、結局宮司をお呼びしました。。。

東郷記念館
東郷記念館
千松庵
千松庵

社務所の隣は東郷記念館で、東郷平八郎が東京に建てていた邸宅の書斎を、そのままここに移築・保存したもの、その隣は茶室の千松庵です。

大井戸
大井戸

北に進むと大井戸があります。本丸御殿の北西に位置する、固い岩盤をくり抜いて造られた巨大な井戸です。

乾櫓跡
乾櫓跡
乾櫓跡
乾櫓跡
本丸西側石垣
本丸西側石垣
筑後川をのぞむ
筑後川をのぞむ

その先は乾櫓跡で本丸の北西(戌亥)隅にあった三重櫓の跡です。この周辺は明治の廃城後に石垣が一部失われています。

艮櫓跡
艮櫓跡
艮櫓跡より
艮櫓跡より

東へ進むと本丸の北東(丑寅)隅にあった三重櫓、艮櫓跡があります。の跡です。筑後川を見下ろす最北端の要衝で、堅固な石垣の角(隅頭)が残されています。

本丸御殿跡
本丸御殿跡
月見櫓跡
月見櫓跡
月見櫓跡より
月見櫓跡より

南へ戻っていくと本丸御殿跡の東側に月見櫓跡があります。東御門(月見櫓御門)の上にそびえていた三重櫓の跡です。ここから東側を見下ろす高石垣は、城内でも屈指の高さです。ここから階段で下に下りられますが、下りるのは後にして、先に巽櫓跡へ。

巽櫓跡
巽櫓跡
巽櫓跡
巽櫓跡
青木繁の記念碑
青木繁の記念碑
巽櫓跡より
巽櫓跡より

巽櫓跡は本丸の南東(辰巳)隅にある、城内で最も大きな三重櫓の跡です。久留米出身の天才画家・青木繁の記念碑が建てられています。

月見櫓跡
月見櫓跡
蜜柑丸
蜜柑丸

最後に月見櫓跡脇から階段を下ります。下りたところは蜜柑丸跡で、本丸の東側を守るために一段低く造られた腰郭です。当時は蜜柑の木が植えられていたと伝わっています。

巽櫓跡
巽櫓跡
本丸石垣(南西側)
本丸石垣(南西側)

これでみどころはひととおり散策しました。なお、坤櫓跡と西下櫓跡は有馬記念館の敷地の一部のためパスしたので、本丸の南西側の外から櫓台を確認しました。これで散策終了です。

今回最後の水城に向かいます。14:20ごろ出発しました。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #3-1 熊本城

2泊3日の長崎・熊本・福岡城めぐりの旅最終日の今日は、熊本城、久留米城、水城をめぐります。

ホテルでの朝食後、7:50すぎにチェックアウト、熊本城へ向かいました。熊本城二の丸駐車場へは8:03ごろ到着しました。

■■ 熊本城 ■■

熊本城は、熊本市にある平山城で、国の特別史跡、日本100名城の92番です。加藤清正が中世城郭(千葉城、隈本城)を取り込み改築した城で、加藤氏改易後は幕末まで熊本藩細川家の居城でした。西南戦争の直前に大小天守や御殿など本丸の建築群が焼失しました。宇土櫓を始めとする櫓・城門・塀が現存し、13棟が国の重要文化財に指定されています。ただし、知られるとおり2016年の熊本地震により、石垣の崩落や建築物の倒壊など甚大な被害を受け、さらに今年7月にふたたび震災による被害を受けて現在復旧工事中で2052年度の完全復旧が予定されています。

■二の丸・西出丸・加藤神社・奉行丸

熊本城二の丸駐車場
熊本城二の丸駐車場
二の丸広場
二の丸広場

駐車場の北側は二の丸広場が広がっています。本丸の有料エリアは9時からなので、その前に無料エリアを散策します。

西大手門土橋
西大手門土橋
西出丸西空堀
西出丸西空堀
薬研堀
薬研堀

東へ進むと西大手門土橋があります。その北側は西出丸西空堀ですが、水が張っています。南側は薬研堀です。

元太鼓櫓台・奉行丸長塀石垣・未申櫓
元太鼓櫓台・奉行丸長塀石垣・未申櫓

土橋を渡った右側の石垣は元太鼓櫓台で、そこから奉行丸長塀石垣が奥の未申櫓まで続いています。

西大手櫓門
西大手櫓門
西大手櫓門
西大手櫓門
北口と宇土櫓解体工事素屋根
北口と宇土櫓解体工事素屋根

その先は西大手櫓門ですが、震災の被害で解体され再建が待たれています。西大手櫓門を抜けると西出丸で、有料エリアの北口があります。平日は閉まっています。

西出丸長塀石垣
西出丸長塀石垣
戌亥櫓石垣
戌亥櫓石垣

左側にずっと西出丸長塀の石垣が伸びていて一番北側は戌亥櫓の石垣です。

加藤神社
加藤神社
宇土櫓解体復旧工事
宇土櫓解体復旧工事

道に沿って右に折れた先に、加藤清正公が祀られた加藤神社があります。手前からは宇土櫓解体復旧工事を間近から見れますが、石垣の高さに圧倒されます。

加藤神社と天守・小天守
加藤神社と天守・小天守
加藤神社
加藤神社
天守・小天守
天守・小天守

加藤神社へお参りして御朱印をいただきました。境内からは天守・小天守を北西から見上げることができ、絶景スポットになっています。

北大手門跡
北大手門跡
戌亥櫓
戌亥櫓

加藤神社の北側にある北大手門跡で土橋を渡って西へ進み、戌亥櫓の復旧現場を外側から見ます。

二の丸
二の丸

そのまま西出丸西空堀に沿って二の丸広場の東側を南下して駐車場へ戻ってきました。小休憩後、南口券売所へ向かいます。

法華坂
法華坂
未申櫓
未申櫓

駐車場から法華坂に出て東へずっと下りていくと、薬研堀と未申櫓が見えてきます。未申櫓は奉行丸の南西隅に建てられています。

奉行丸南東石垣
奉行丸南東石垣

行幸坂に行きついたところの左側石垣もおおきく崩れています。奉行丸の南東石垣です。

南口券売所
南口券売所
南口券売所
南口券売所

■特別見学通路(空中回廊)

行幸坂を挟んだ反対側に南口券売所があります。まだ開場前で侍姿のガイド衆が色々と事前案内をしていました。さて開場、入場料は800円です。

入って左側にスタンプが設置されていました。押印後、特別見学通路(空中回廊)を進んで本丸まで進んで行きます。

空中回廊と数寄屋丸二階御広間
数寄屋丸二階御広間
数寄屋丸二階御広間

空中回廊に上がると左側(北側)に数寄屋丸二階御広間が見えてきます。復元された数寄屋丸二階御広間の下部の石垣が、地震によって一部崩落して建物が歪んでいるのが分かります。手前の五階櫓石垣も崩落しています。

南側を見てみると、奥に飯田丸五階櫓の解体復旧工事が見えています。

天守・本丸御殿
天守・本丸御殿
二様の石垣
二様の石垣

空中回廊を先に進むと左側に天守と本丸御殿の壮大な石垣が見えてきます。本丸御殿の石垣の南端は二様の石垣と呼ばれ、古い石垣(右側)に新しい石垣(左側)が築き足されています。

連続枡形と竹の丸五階櫓跡(奥)
連続枡形と竹の丸五階櫓跡(奥)

空中回廊が南へカーブした先では、竹の丸から飯田丸に向かって6回折れ曲がる通路が見せます。連続する枡形になっていて防御性の高さが分かります。

東竹の丸の櫓群
東竹の丸の櫓群

さらに進むと足場の組まれた東竹の丸の櫓群が見えてきます。復旧中の建物が見えます。

空中回廊
空中回廊

本丸御殿の手前までくると階段で本丸の高さまで登ります。

■本丸

本丸御殿
本丸御殿
本丸御殿
本丸御殿
本丸御殿
本丸御殿

本丸の最上段に建てられた本丸御殿は、 儀礼や藩主の政務などが行われた建物です。

闇り通路
闇り通路
闇り通路
闇り通路

石垣と石垣をまたぐ建物で、床下には闇り通路と呼ばれる地下通路がありました。本丸御殿内部は地震で壁の破損や床の傾斜が生じましたが、闇り通路は目立った被害がなく、ここを通って天守へ向かいます。

本丸御殿
本丸御殿
天守・小天守
天守・小天守
天守・小天守
天守・小天守
本丸の大銀杏
本丸の大銀杏

闇り通路を抜けると天守前に出ます。何度も写真などで見たことがありますが、はやりカッコいいですね。本丸御殿前に立つ大きな銀杏の古木は加藤清正が築城を記念してお手植えになったと伝えられています。

本丸御殿(本丸お休み処)
本丸御殿(本丸お休み処)

本丸御殿にある本丸お休み処で御城印と加藤清正公の武将印をゲットしました。現時点令和8年熊本地震を受け、熊本城の復興と一日も早い復旧を願い販売された復興祈願御城印のみの販売です。

小天守地階
小天守地階
井戸
井戸

天守は小天守の地階から入ります。穴蔵の井戸は現存する遺構です。それよりも免震構造がはっきりとわかることにすごさを感じました。

天守軸組模型(一階)
天守軸組模型(一階)
御上段模型(一階)
御上段模型(一階)
御上段模型(一階)
御上段模型(一階)
城下模型(二階)
城下模型(二階)
鯱(三階)
鯱(三階)

一階は加藤時代、二階は細川時代、三階は近代、四階は現代と時代別に展示がされています。

天守六階
天守六階
天守からの小天守(北)
天守からの小天守(北)
天守より(東)
天守より(東)
天守より(南)
天守より(南)
天守からの宇土櫓(西)
天守からの宇土櫓(西)
天守からの数寄屋丸
天守からの数寄屋丸

六階は展望フロアです。

本丸
本丸
天守
天守
天守
天守

天守から出た後は天守の南側を西へすすみます。

平左衛門丸
平左衛門丸
数寄屋丸
数寄屋丸

宇土櫓のある平左衛門丸は立ち入ることはできません。その南側は数寄屋丸で先ほど空中回廊から見た数寄屋丸二階大広間を見ることができます。

■長塀・全景・東側

有料エリアの散策はひととおり終わったので空中回廊を戻り、長塀と市役所展望ロビーからの熊本城全景を見に行きます。

備前堀と飯田丸五階櫓
備前堀と飯田丸五階櫓

行幸坂を南へ下りていくと左側には備前堀、さらに飯田丸五階櫓の解体復旧工事を横から見ることができます。備前堀は南坂(現在の行幸坂)と飯田丸の間にある唯一の現存する水堀です。

櫨方門
櫨方門

備前堀の南側にある櫨方門は江戸時代から「山崎口」と呼ばれる入口です。震災で門が損傷し、周囲の石垣も崩落しました。

加藤清正公像
加藤清正公像
熊本城顕彰碑
熊本城顕彰碑
長塀
長塀

坪井川を渡った先には加藤清正公像があります。左側に進むと対岸にまっすぐ伸びる長塀を見ることができます。

熊本市役所
熊本市役所
展望ロビーからの熊本城
展望ロビーからの熊本城

しばらく進むと市役所に出ます。エレベーターで14階へ。天守、本丸御殿など熊本城の全景を鳥瞰できます。震災被害がなければどれほど美しいことか。

長塀と平御櫓
長塀と平御櫓
平御櫓
平御櫓
平御櫓・須戸口門
平御櫓・須戸口門

全景を見て熊本城散策終了の予定でしたが、長塀の先に櫓が見えていたので、そちらまで足を運んでみました。平御櫓は長塀の東側に建つ櫓で、すぐ隣は須戸口門です。

熊本城稲荷神社
熊本城稲荷神社

せっかくここまで来たので地図を見て、このまま東側を北上して二の丸へ出て戻ることにしました。すぐに熊本城稲荷神社があります。加藤清正公が勧請した神社だそうです。

東十八間櫓
東十八間櫓
平櫓
平櫓
棒庵坂
棒庵坂

その先にある熊本大神宮付近からは復旧中の東十八間櫓や本丸の長局平櫓などが見えます。復旧中の平櫓などを見ながら、棒庵坂を登り、二の丸へ戻りました。

熊本城は来てみて初めて素晴らしさを実感しました。震災からの復旧をこれほどまでの規模で進められているというのは本当に県のシンボルで大事な存在なんですね。城内を歩いてみてその大きさに驚き、震災前の城がいかにすごかったかもよく分かりました。

11:27ごろ駐車場に戻りましたが、暑いので二の丸お休み処で少し休憩、11:42ごろ次の久留米城に向けて出発しました。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #2-2 鞠智城

島原港ターミナルビル
島原港ターミナルビル
フェリー窓口
フェリー窓口

続いて鞠智城へ向かいますが、島原外港から熊本港までフェリーで有明海を渡ります。12:15発の九商フェリーはネット予約済み、窓口に出港30分前必着でしたが、余裕ありすぎました。11:20ごろ島原港ターミナルビルに到着。料金3,400円ですが、安すぎる!出発までターミナル内のお土産みたり、付近をぶらぶらして出発時刻を待ちます。お土産に長崎カステラを購入できてよかった!

レインボーかもめ号
レインボーかもめ号

フェリーはくまモンが描かれたレインボーかもめ号です。

さよなら長崎!
さよなら長崎!

出港してからしばらくゆっくり進んでいて、沖に出たらスピードアップするのかと思いきや、ずっとこのスピード、これで60分で着くのかと思うほどですが、船が大きいからスピード感ないんでしょう。

時刻通りに熊本港について、そのまま鞠智城へ。

■■ 鞠智城 ■■

八角形鼓楼
八角形鼓楼

14:17ごろ、歴史公園鞠智城駐車場に到着しました。駐車場に到着前から八角形鼓楼が見え、教科書でも見たことある景色だと感動します。よく整備されていて観光客も沢山でやっぱり有名なところは違うなぁという印象。

鞠智城温故創生之碑
鞠智城温故創生之碑
温故創生館
温故創生館

駐車の脇に温故創生館があり、その前には鞠智城温故創生之碑が建っています。防人やその家族、百済の貴族などのブロンズ像です。

鞠智城ジオラマ
鞠智城ジオラマ

温故創生館の受付でスタンプを押すと、どこから来られましたか?と聞かれました。お答えするとパンフレットと無料の限定御城印がいただけました。

八角形鼓楼と米倉
八角形鼓楼と米倉
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼

まずは復元建物群から散策開始します。いたるところに礎石建物跡や掘立柱建物跡があります。一番近くに建っている八角形鼓楼はひときわ目立つ日本国内の古代山城では大変珍しい八角形の掘立柱建物で、スタンプや御城印のデザインにもなっているシンボルです。

米倉
米倉
米倉
米倉

米倉は、重い荷物に耐える造り、かつ周りから大量の炭化した米が見つかったことから米倉として復元され、高床の校倉造りになっています。

兵舎
兵舎
兵舎
兵舎

兵舎は、城の守りについた防人たちが共同で暮らすための建物です。柱穴が建物の外壁部分だけに掘られた、側柱の掘立柱建物です。

板倉
板倉
板倉
板倉

板倉は、武器や武具などを保管するための倉庫として、柱穴を建物の内側にまで配置した総柱の掘立柱建物です。

長者山展望広場休憩所
長者山展望広場休憩所
長者山展望広場休憩所
長者山展望広場休憩所

東側の丘(長者山)へ道なりに登っていくと長者山展望広場休憩所があります。古代建築のデザインの休憩所です。

灰塚展望所へ続く道
灰塚展望所へ続く道
灰塚展望所
灰塚展望所
灰塚展望所
灰塚展望所

奥のさらに高い場所まで道がつながっています。少し大変そうですが登るとそこは灰塚展望所です。城内全体や周囲の雄大な景色を一望できる360度大パノラマの展望デッキで、天気がよい日には遠くに雲仙普賢岳を見ることもできます。

と、ここまできて、こちら方面のみどころは見終えたとの大失敗の早とちりが、散策後判明。。。

池の尾門跡へ
池の尾門跡へ
池の尾門跡へ
池の尾門跡へ

灰塚展望所から展望広場休憩所手前へもどり南へ下りていく道で池の尾門跡へ行けると確信し、上手なショートカットだと丘をひたすら下りていくと、平地に出ました。

池の尾門跡
池の尾門跡
池の尾門跡
池の尾門跡
池の尾門跡
池の尾門跡

右に少し進んだ先に池の尾門跡がありました。池の尾門跡は城で最も低い位置にあり、西側、南側土塁線尾根に挟まれた谷部にあります。説明板にある遺構は埋め戻されていてよく分かりませんが、本物の門礎石が残されています。

東へ戻っていき、南側土塁、堀切門、深迫門、馬こかしの石垣とみていきます。

分岐
分岐
南側土塁入口?
南側土塁入口?
南側土塁
南側土塁

道なりに進み、途中分岐を右に進んであずまやの見える方へ進んで行くと、南側土塁入口があるはずなのですが、よく分からず。何の道標もなく、もしかしてこれ?と思ったところを突き進んでみました。絶対ここじゃないと登るうちにわかりましたが、南側土塁は目の前に見えているので強行突破!

南側土塁
南側土塁
南側土塁
南側土塁

無理やり南側土塁の上にたどり着きました。すると近くにベンチの見える空間とその奥は普通に道あり。さっきの苦労はなんだったのか、ちゃんと案内してくれよー。まぁおかげで土塁がいかに強固な防御の役割を果たしているかを実感できました。

堀切門跡
堀切門跡
堀切門跡
堀切門跡
堀切門跡
堀切門跡

あずまやのところに出て、さらに分岐があり上側の道を進んだ先に堀切門跡があります。大変珍しい1石2穴の門礎石が残されています。通常は柱ごとに礎石が分かれていますが、ここでは1つの巨石の両端に、門扉の軸をはめ込むための穴が2つ掘られています。

深迫門跡
深迫門跡
深迫門跡
深迫門跡

いよいよ散策も大詰め、さらに進んで案内板に従って小道へそれると深迫門跡があります。城の南東隅にあり「長者どんの的石」と呼ばれる巨石(門礎石)が残っています。

散策終了
散策終了

駐車場へ至る途中に最後のみどころの馬こかしの石垣あるはずなので、行ったり来たり随分探し回ったのですが結局分からずで散策は終了です。ということで、途中での大失敗により、西側土塁、涼みヶ御所、ワクド石、貯水池跡は見られずでした。。。

ホテルクラウンヒルズ熊本
ホテルクラウンヒルズ熊本

16:45ごろ出て、今日の宿・ホテルクラウンヒルズ熊本には18時ごろチェックインしました。

サンロード新市街
サンロード新市街
えびすや
えびすや

さて夕飯はついてないので、周辺を探し回ってはいったのは、サンロード新市街というアーケードにある、えびすやというローカルチェーンの居酒屋でした。

えびすや
えびすや

馬刺し、とり天、からしレンコン棒など名物堪能、リーズナブルでとても満足でした。夜はホテルの大浴場・サウナを今日も満喫です。

明日最終日は、熊本城、久留米城、水城をめぐります。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #2-1 島原城

2泊3日の長崎・熊本・福岡城めぐりの旅2日目。今日は、島原城、鞠智城をめぐります。

ホテル朝食
ホテル朝食
東洋九十九ベィホテル
東洋九十九ベィホテル

できるだけ時間に余裕が欲しかったので、朝風呂後に7:00から朝食をいただき、7:35ごろチェックアウトしました。

武家屋敷駐車場
武家屋敷駐車場
島原武家屋敷
島原武家屋敷
島原武家屋敷通り山本邸
島原武家屋敷通り山本邸
島原武家屋敷通り
島原武家屋敷通り

7:50に武家屋敷駐車場に到着しました。 島原城にも駐車場がありますが、9:00からなのと有料なので、歩けばいいやと無料のこの駐車場から散策します。島原武家屋敷通りの風情を少し楽しみました。

西虎口門跡
西虎口門跡
時鐘楼
時鐘楼
時鐘楼
時鐘楼

通りから外れて東へ向かい、西虎口門跡、時鐘楼を経て内堀に出ます。時鐘楼は、島原藩主松平忠房公が「民に時刻を知らしめ、これを励行せしむることは政治の要道である」として建てたもの(復元)です。

■■ 島原城 ■■

島原城は、長崎県島原市にある安土・桃山様式の連郭式平城で、国指定史跡、日本100名城の91番です。松倉豊後守重政が築城し、松倉氏による過酷な重税やキリシタン弾圧が引き金となり、島原の乱が勃発、その後高力氏、松平氏、戸田氏の4氏19代にわたり約250年間の藩政の拠点となりました。

内堀(西側)
内堀(西側)
内堀(北側)
内堀(北側)

時鐘楼のすぐ前の内堀はその北西隅にあたります。まずその幅と深さに圧倒されます。そのまま東へ進みます。北側の小学校がある場所は三の丸です。

三の丸
三の丸

■二の丸

二の丸
二の丸
二の丸
二の丸

内堀にかかる土橋を渡ると現在島原文化会館が建っている二の丸です。二の丸にも石垣が残っています。

内堀(菖蒲園入口)
内堀(菖蒲園入口)
内堀から二の丸石垣のぞむ
内堀から二の丸石垣のぞむ

菖蒲園のある内堀を経由して廊下橋跡まで行くつもりでしたが、ススキなのかオギなのか、あまりに密生していて種みたいのも沢山ついたりして、これ以上進むのは無理だとなった内堀の北東隅あたりで断念。ただ、ここからの風景も素晴らしかったです。

二の丸石垣(東側)と内堀
二の丸石垣(東側)と内堀
廊下橋跡と内堀
廊下橋跡と内堀

二の丸に戻って東側から南に行くと廊下橋跡に出ます。

日本弁論連盟発祥之地碑
日本弁論連盟発祥之地碑
廊下橋跡
廊下橋跡
内堀(本丸-二の丸)
内堀(本丸-二の丸)
廊下橋跡
廊下橋跡

近くに城とは関係ないですが日本弁論連盟発祥之地碑が建っています。廊下橋は本丸と二の丸の間の内堀に架けられた橋で、敵の襲撃時には、橋を落として本丸への侵入を防ぐ要所でした。現在は通常の土橋になっていてその先は本丸です。

■本丸(下段)

本丸(下段)
本丸(下段)
本丸(下段・北東隅)
本丸(下段・北東隅)
二の丸のぞむ
二の丸のぞむ
丑寅櫓
丑寅櫓

本丸に入りますが、本丸は大きくは上下二段のようになっていて、古文書によっては、二の丸、本丸となっているようです。実際に行ってみるとその方がしっくりきます。便宜上、上段、下段と分けて書きます。下段には7つの櫓があったそうで、歩いていても複雑な構成になっている印象です。下段北東隅の区画からは内堀を見降ろせ、北側から丑寅櫓を見上げることができます。

キリシタン墓碑
キリシタン墓碑
梅干かめと石の水道管
梅干かめと石の水道管
東京オリンピック聖火台
東京オリンピック聖火台
静座像
静座像
宮崎康平の碑
宮崎康平の碑

本丸(下段)北側には、半円柱形柱状伏碑が三基、五角柱形柱状伏碑が一基の四基のキリシタン墓碑が置いてあります。左へ順に湧き水を城内へ引くために使われた石の水道管(石樋)、籠城用の梅干かめ、東京オリンピック聖火台、北村西望による「静座」像、島原の子守唄の作者である宮崎康平の碑が展示されています。

■本丸(上段)

天守
天守
天守
天守

さて坂を南へ登ると本丸(上段)で、五層五階の層塔型天守が目に飛び込んできます。想像以上に巨大で立派なもので、復元されたものですが見た目もすごく綺麗です。開館時間前なので先に周辺を散策します。西の櫓のある方はちょうど松の木で駐車場が隠れて天守がきれいに撮れるフォトスポットです。

天草四郎像
天草四郎像
若き日の織田信長像
若き日の織田信長像
獅子像・浦島像
獅子像・浦島像

西の櫓は後で回るとして東へ向かっていくと、天草四郎像が。原城でみたものと同じだ!でも色が違う。。。こちらは緑色です。その右側には若き日の織田信長像、左側には獅子像と浦島像 、これらも北村西望によるものです。その先には西望記念館(巽の櫓)があります。

西望自刻胸像
西望自刻胸像
自由の女神(平和の女神)
自由の女神(平和の女神)
聖火
聖火
聖観世音菩薩
聖観世音菩薩
人類の危機
人類の危機
獅子吼
獅子吼
日蓮上人
日蓮上人

入口手前には西望自刻胸像があり、その一角には自由の女神(平和の女神)、聖火、聖観世音菩薩、人類の危機、獅子吼、日蓮上人といった西望の作品が立ち並んでいます。

島原城御馬見所
島原城御馬見所
島原城御馬見所
島原城御馬見所

西望記念館は後で見るとして北側に少し行くと島原城御馬見所が建っています。幕末の時代に藩士の訓練状況を見るために三ノ丸に建てられましたが、ここに移築されました。島原城の数少ない遺構として貴重な建造物で国の登録文化財です。

星空無限像
星空無限像

御馬見所の前にも西望の星空無限像が建っています。

古野梅林
古野梅林
古野梅林
古野梅林

本丸(上段)の北西部は一段高くなっていて古野梅林となっています。

■天守

旧鯱
旧鯱

さていよいよ天守です。入口手前右側には旧・鯱が展示されています。天守閣復元時に据え付けられた雌雄一対で2022年にその役目を終え、新しい鯱に変わりました。

クリア版
クリア版
通常版
通常版

天守入口は地階で、入館料は700円で、御城印は窓口で購入でき通常版とクリア版の両方ゲットしました。スタンプは地階奥に設置されています。

天守一階
天守一階
マリア観音像
マリア観音像
隠し十字入地蔵型灯籠
隠し十字入地蔵型灯籠
原の城攻防図模型
原の城攻防図模型

天守一階は、貿易・宣教時代、禁教時代、島原の乱のコーナーに分けて、キリシタン史料が展示されています。

天守二階
天守二階

二階は、郷土史料として、太刀・鎧・冑や調度品など藩主や島原城にかかわる展示がされています。

天守三階
天守三階

三階は、民俗史料として、焼き物や武器など庶民生活にかかわる展示がされています。

天守四階
天守四階

四階は、観光と物産のコーナーで、観光案内の休憩室や、兜や陣羽織を着用できる武将なりきり体験コーナーがあります。

天守五階
天守五階
雲仙普賢岳・眉山
雲仙普賢岳・眉山
島原の街並みと有明海
島原の街並みと有明海

五階は展望所です。360度のパノラマで、島原の街並みはもちろん、西側は雄大な雲仙普賢岳や手前の眉山、東側は有明海とその向こうに連なる熊本の山々まで見渡せます。

■本丸(上段)

西望記念館(巽の櫓)
西望記念館(巽の櫓)

天守の出口から出て西望記念館(巽の櫓)に入ります。本丸(上段)南東です。西望記念館は島原出身の「平和祈念像」の作者である北村西望の米寿を祝して開館されました。

西望記念館一階
西望記念館一階
平和祈念像
平和祈念像
西望記念館二階
西望記念館二階
西望記念館三階
西望記念館三階

中へ入ると数多くの作品が展示されていますが、やはり目を引いたのは平和祈念像でした。これ見たことある!となったからです。これを作った人なんだぁと理解しました。

民具資料館(丑寅の櫓)
民具資料館(丑寅の櫓)
民具資料館一階
民具資料館一階
民具資料館二階
民具資料館二階

続いては本丸(上段)北東にある三重復元櫓の丑寅の櫓で、現在は民具資料館として無料開放されています。明治、大正、昭和の暮らしが偲ばれる、なつかしい民具が展示されていました。

一階の片隅には、諫早門の門扉(現物)がひっそりと展示されています。かなり貴重だと思いますが、なぜここに展示?わかんないよねぇ。

観光復興記念館
観光復興記念館

続いて観光復興記念館です。1990年代の雲仙普賢岳の噴火災害とそこからの復興をテーマにした展示館ですが、正直ピンときませんでした。いきなりエレベーターで一階に下りてしまったため二階のみるべきところをスルーしてしまった?

西の櫓
西の櫓
西の櫓一階
西の櫓一階
西の櫓二階
西の櫓二階
西の櫓三階
西の櫓三階

本丸最後は本丸(上段)西側の復元三層櫓である西の櫓で、島原城で最初に復元された櫓です。日本タオルに描かれた日本全国のお城の絵や各県の特徴あるさまざまなこけしが展示されています。

■内堀

最後は本丸西側から内堀へ出て南側、東側、北側と反時計回りに内堀沿いを歩いて駐車場へ戻ります。

本丸西側入口
本丸西側入口
本丸石垣と西の櫓
本丸石垣と西の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守・巽の櫓・丑寅の櫓
天守・巽の櫓・丑寅の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓

本丸の南面は大きな堀、複雑な屏風折れの高い石垣と白い土塀、天守や櫓群が重なる息をのむほどの美しい迫力ある景観が楽しめます。本丸駐車場にとめたら見逃しそうですが、ここ見なくてどうするというほど必見、歩いてなんぼです。

ということで、武家屋敷駐車場に戻り、11:10ごろ出発しました。次は鞠智城ですが、この後フェリーで熊本まで向かいます。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #1 原城

2泊3日の長崎・熊本・福岡城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:原城
・2日目:島原城、鞠智城
・3日目:熊本城、久留米城、水城
をめぐる予定です。

富士山
富士山

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:46の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8:10ごろに到着。9:20羽田発福岡行きのSFJ便、予定通り11:15に福岡着。

福岡空港
福岡空港
相棒ノート
相棒ノート

福岡空港からは日産レンタカーですが、福岡空港の出口から出た正面に日産レンタカーがあり、あまりの利便性に驚きました。今回の相棒もノートです。

原城跡大手口駐車場
原城跡大手口駐車場

11:42ごろ原城へ向かって出発です。途中、小城PAで小休憩して、原城跡大手口駐車場には14:37到着しました。

実は今日はちょっとした記念日となりました。全都道府県制覇の日となりました。佐賀県は通っただけと思いきや、小城PAは佐賀県で、ちゃんと地に足つけてました。

■■ 原城 ■■

原城は、長崎県南島原市にある梯郭式平山城です。肥前有馬氏によって戦国時代に築かれ、廃城後に江戸時代最大の内乱、島原・天草一揆「島原の乱」の最終決戦の地として知られます。天草四郎率いる一揆勢が籠城し、幕府軍を相手に約4ヶ月にわたる死闘を繰り広げました。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録、国指定史跡、続日本100名城の188番です。

さて今回の旅では各城の散策案内をGoogle AIに作ってもらったので、その実用性も検証しつつ見ていく予定です。

■三ノ丸

大手口
大手口

原城跡大手口駐車場から散策を開始、すぐに原城の入口だった大手口があります。

三ノ丸
三ノ丸
三ノ丸
三ノ丸

大手口の先は三ノ丸です。三ノ丸は城の北側を占める広大な曲輪で一揆の際に3,500人が守った場所だそうです。

板倉重昌の碑
板倉重昌の碑
板倉重昌の碑
板倉重昌の碑

道にぶつかり、右へ坂を少し進んだところには幕府軍の総大将・板倉重昌の碑があります。

仕寄場跡
仕寄場跡

さらに坂を下りていくと、仕寄場跡。城を攻め落とすために幕府軍が原城の目の前に築いた最前線の攻撃・包囲陣地です。

■二ノ丸・二ノ丸出丸

二ノ丸(東)
二ノ丸(東)
二ノ丸(西)
二ノ丸(西)

戻って坂を上がると二ノ丸と二ノ丸出丸です。二ノ丸は有馬氏時代には家臣等の屋敷がありました。一揆の際は一揆勢5,700人が守備してしていた最も広い曲輪です。

二ノ丸出丸
二ノ丸出丸
二ノ丸出丸
二ノ丸出丸

二ノ丸出丸は、二ノ丸の西側に突き出た曲輪で、幕府方の軍勢が築いた陣に最も近く、一揆勢の最前線でした。二ノ丸出丸は私有地のため入ることはできません。

二の丸総合案内所
二の丸総合案内所
原城スタンプ
原城御城印

二ノ丸には二の丸総合案内所があり、ここでスタンプと御城印をゲットします。ここで現地案内の方がスタンプのデザインになった三体のキリシタン像がある場所を教えてくれました。パンフレットなどにも何の案内もないので、聞かなかったら分からず仕舞いですね。

二ノ丸から本丸のぞむ
二ノ丸から本丸のぞむ

この辺りからは本丸を一望できます。続いて本丸へ。

■本丸

空堀
空堀
本丸
本丸

今は舗装道の土橋を渡ると本丸で、土橋の東側には大きな空堀、西側は蓮池跡につづく低地になっています。

本丸は城の南東側にあり、原城で唯一、近世城郭の特徴を備えた曲輪です。有馬時代には天守閣があったとされ、島原の乱の時には、総大将天草四郎らがここに本陣をおき、2,000人の守備軍と遊軍2.000人がいたそうです。

本丸正門跡
本丸正門跡
骨カミ地蔵
骨カミ地蔵

右側には本丸正門跡がありますが、手前には骨カミ地蔵があります。島原の乱で亡くなった約3万人の敵味方の遺骨を集めた供養塔です。

本丸正門跡
本丸正門跡

本丸正門は本丸へ通じる正面入口で、外枡形虎口になっています。

埋門跡
埋門跡
埋門跡
埋門跡

その先に本丸に向かう2番目の門、埋門跡があります。ここでは城の破壊工程が分かるように三段階で整備されています。

一揆勢の仮設小屋跡
一揆勢の仮設小屋跡

埋門跡の南側に一揆勢の仮設(半地下式)小屋の跡があります。籠城兵たちが地面を掘り込んで作った急ごしらえの住居跡です。

本丸門跡
本丸門跡
本丸門跡
本丸門跡
四郎家推定地
四郎家推定地
破却石垣展示
破却石垣展示
本丸からの二ノ丸と普賢岳
本丸からの二ノ丸と普賢岳

本丸門は本丸へと繋がる最後の門で櫓門が建てられていたと考えられます。本丸門を抜けて左側には四郎家推定地があり、天草四郎が最後を迎えた建物があったと考えられているそうです。その近くには破却された石垣の展示があります。

本丸
本丸
本丸
本丸

本丸は絶賛整備工事中で入れるところは限られていました。

櫓台跡(天守台跡)
櫓台跡(天守台跡)
櫓台跡(天守台跡)
櫓台跡(天守台跡)

櫓台跡(天守台跡)には三層の櫓が建てられ、築城時にはこの場所に天守相当の建物があったと推定されています。

池尻門跡
池尻門跡
原城跡碑(島原の乱説明石碑)
原城跡碑(島原の乱説明石碑)
天草四郎像
天草四郎像
佐分利九之丞の墓碑
佐分利九之丞の墓碑
天草四郎の墓碑
天草四郎の墓碑

本丸西部の池尻門跡周辺には原城跡碑(島原の乱説明石碑)、天草四郎像、佐分利九之丞の墓碑、天草四郎の墓碑があります。

三体のキリシタン像
三体のキリシタン像
三体のキリシタン像
三体のキリシタン像

近くに三体のキリシタン像があると教えてもらっていたのですが、なかなか見つからず。やっと見つけました。小さいのでスルーしてしまう人多いでしょうね。

池尻門跡
池尻門跡
本丸石垣
本丸石垣

池尻門跡から本丸を出て本丸石垣を横に見ながら土橋周辺に戻ってきました。

■鳩山出丸・天草丸

鳩山出丸
鳩山出丸
内馬場
内馬場
田町門跡周辺からの本丸
田町門跡周辺からの本丸

おおよその見どころは見たので、散策終了としてもよいのですが、時間に余裕があったので、天草丸まで行くことにしました。鳩山出丸は、城域の南側にある本丸の西に置かれた曲輪で、本丸の出丸としての機能を持っていたと考えられています。本丸と鳩山出丸の間にある平地は内馬場で、天草丸に接する付近には田町門がありました。

天草丸
天草丸
天草丸
天草丸

天草丸は、城域の南端にあり、鳩山出丸と同様に本丸の出丸としての機能が考えられる曲輪です。一揆の際に、天草の一揆勢2,000人が守備したことから、天草丸と呼ばれていますが、未整備でとても入る気にはなりませんでした。

田尻門跡周辺
田尻門跡周辺

散策はこれで終了です。二ノ丸の西側下にある田尻門跡を経由して駐車場まで戻ってきました。さて、Google AI作成の散策案内では90分で回れるとのことでしたが、大体実質的には120分でした。写真や動画を撮るのでまぁそんなもんでしょう。

牛すき鍋会席
牛すき鍋会席

16:50ごろ出発し、本日の宿、東洋九十九ベィホテルには17:40ごろ到着しました。夕食は牛すき鍋会席で、なかなか豪華、大浴場・サウナも堪能しました。

明日は島原城、鞠智城 めぐります。

eero Pro 7

自宅wifiで一階での速度が出ず、メッシュを組もうと選んだeero Pro 7が届いたので設置しました。確かに簡単に設置できるものの、ちょっと苦労したのが、eeroが192.168.4.x のIPアドレス範囲(サブネットマスク 255.255.252.0)を初期設定で使用することで、これによって、NASが見えなくなったりして解決に少し時間がかかりました。

とはいうものの、一階での速度は倍以上になり、快適、とても満足です。

今年のふるさと納税

今年も早くも9月も終わる時期ということで、ふるさと納税しました。

  • テレビ台 スタンドテレビ台 UTS-900R-LN 75型
  • 冷凍肉も切れる!ムテキバサミ【食洗機対応】〈ざわつく!金曜日〉で話題

の三点です。

テレビスタンドを設置するには、部屋の大掃除が必要ですが、まぁ、これくらいの目的がないと掃除もなかなか手をつけないのでちょうどいいか。

管理人のただの日記