静岡城めぐりの旅 #1-2 二股城

高根城の次は、二股城です。

■■ 二股城 ■■

二股城は、浜松市天竜区二俣町にある山城で、「二俣城跡及び鳥羽山城跡」として国の史跡に指定されています。天竜川と二俣川に挟まれた天然の要害に恵まれた中世城郭で、北側から南側に外曲輪・北曲輪・本丸・二の丸・蔵屋敷・南曲輪を配置した連郭式山城です。二股城は自然地形を生かした軍事的要塞だったのに対して、隣接する鳥羽山城は、迎賓機能を持つ領主の居館だったと考えられ、両城は二つで一つの城の役割を果たしていました。

15:22ごろ二股城駐車場に到着しました。駐車場前の登城口を少し登ると、右下から正面に伸びる本丸と北曲輪を分断する堀切があります。右側が本丸、左側が北曲輪です。北曲輪には本丸手前の馬出しから堀切にかかる橋を渡っていきます。北曲輪には旭ヶ丘神社が鎮座しています。

馬出しの先は喰違い虎口(搦手門跡)で、抜けると本丸です。本丸には立派な石垣の天守台があります。南西隅に一之門跡、南東隅に二之門跡(中仕切門跡)があります。

本丸の南側一段下は二の丸です。東側に大手門跡があります。門跡の南側は土塁になっていて、その下は蔵屋敷との堀切です。土塁上を進み蔵屋敷に行こうとしましたが、ロープが張られているので立ち入りできないと判断しました。

そのまま北西に伸びる下り坂を進むと、左側は西曲輪の段曲輪がずっと続きます。そのまま進んで行くと天竜川の土手上の道になり鳥羽山城に行けるようですが、ここは一旦戻って、クルマで移動することにします。本丸に戻って、本丸下の腰曲輪など確認していると、なんとカモシカさんが散歩していました。

16:22ごろ駐車場を出て、鳥羽山城へ向かいます。

静岡城めぐりの旅 #1-1 高根城

今日から一泊二日で静岡城めぐりの旅、計画では、
・1日目:高根城二股城鳥羽山城
・2日目:横須賀城丸子城
をめぐる予定です。

6:13ごろ自宅を出発、何度か休憩挟みながら最初に立ち寄ったのは、ヤマタケの蔵に移転した天竜区観光協会です。

天竜区観光協会
天竜区観光協会

二股城鳥羽山城の御城印が目的だったのですが、(予想通り)売切れだったのでさっさと高根城に向かいます。

水窪総合体育館
水窪総合体育館
高根城御城印

高根城の御城印は城跡のすぐ手前、水窪総合体育館で購入、パンフレットもいただきました。

■■ 高根城 ■■

高根城は浜松市天竜区水窪町にある山城で、浜松市の指定史跡です。信濃国との国境、遠江国最北端の標高420m、比高150mの通称三角山の山頂部に位置します。

高根城公園駐車場
高根城公園駐車場
「楽道」案内
「楽道」案内

12:39ごろ高根城公園駐車場に到着、少し休憩してここから登城する予定でしたが高根城への「楽道」(林道立山線)案内が貼ってあり、そちらから登城することにしました。

楽道最寄りの駐車場
楽道最寄りの駐車場
楽道からの登城口
楽道からの登城口

楽道最寄りの駐車場には12:54到着しました。トイレもあります。

二重堀切と三の曲輪
二重堀切と三の曲輪

楽道は確かに坂も少なく楽な道を6分ほど歩くと、三の曲輪と二重堀切を挟んだ対面、二の曲輪まで見渡せる城外の高台に出ました。復元された柵列がいかにも山の砦のような雰囲気を醸し出しています。

■二重堀切

二重堀切(南側)薬研堀
二重堀切(南側)薬研堀
土塁
土塁
二重堀切(北側)薬研堀と三の曲輪
二重堀切(北側)薬研堀と三の曲輪
袋地
袋地

高台から階段を下りると二重堀切で城の南端部です。幅約29m中央に高さ約4mの土塁があります。堀は薬研堀です。

■三の曲輪

三の曲輪
三の曲輪
三の曲輪
三の曲輪
三の曲輪からの二重堀切
三の曲輪からの二重堀切
三の曲輪
三の曲輪

その先階段を登ると三の曲輪です。

■堀切(二の曲輪-三の曲輪)

土橋
土橋
堀切(二の曲輪-三の曲輪)
堀切(二の曲輪-三の曲輪)
崖

三の曲輪の先は箱堀の堀切を挟んで二の曲輪。堀切の東端は土橋になっています。堀切に入って先まで行ってみるとすごい崖でした。絶対登れない。。。

二の曲輪
二の曲輪
二の曲輪東側崖
二の曲輪東側崖

二の曲輪の切岸に沿って進みます。反対側もすごい崖で、すごい場所に建てられたことを実感します。

本曲輪下の段虎口
本曲輪下の段虎口

階段を上がると本曲輪下の段に出ます。正面に木橋と城門、左側に二の曲輪へ上がるはしごがあります。

■二の曲輪

二の曲輪
二の曲輪
二の曲輪
二の曲輪
二の曲輪からの三の曲輪
二の曲輪からの三の曲輪

はしごの設置場所は当時のままですが形状は違うそうで、安全確保を優先しているそうな。それでもかなり気をつけて登らないと危ないです。

二の曲輪
二の曲輪
二の曲輪からの本曲輪
二の曲輪からの本曲輪

二の曲輪から見た本曲輪もかっこいいです。

堀切(本曲輪-二の曲輪)
堀切(本曲輪-二の曲輪)
本曲輪下の段の城門
本曲輪下の段の城門
本曲輪
本曲輪

木橋を渡ったところも小曲輪になっています。

■本曲輪

搦手門と土塀
搦手門と土塀
本曲輪からの二の曲輪
本曲輪からの二の曲輪

階段の先は本曲輪の搦手門です。

主殿
主殿
主殿
主殿
井楼櫓
井楼櫓
井楼櫓・主殿・城門
井楼櫓・主殿・城門
倉庫
倉庫
大手門
大手門
土塁
土塁

本曲輪には、主殿、井楼櫓、倉庫、城門や土塀が復元されています。いやぁ、この雰囲気はすごくいいですね、よくぞここまで復元したものです。主殿の西側には土塁がありました。

■腰曲輪

大手門
大手門
大手門
大手門
腰曲輪
腰曲輪
水窪の街並み
水窪の街並み
本曲輪土塀
本曲輪土塀

大手門から本曲輪を出ると腰曲輪があり、ここから水窪の街並みを望むことができます。最初にとめた公園駐車場から登るとここにきます。

14:17駐車場に戻ってきました。とてもコンパクトながらしっかりと山城の雰囲気を堪能できる素晴らしい城跡でした。

二股城へ向かいます。

江戸城外周一周

18:30から東京駅界隈で飲み会があったので、その前に江戸城の外周を一周しました。前回の江戸城めぐりでは、北の丸を見ていないので、今回の目的は北の丸ですが、そのついでに周りも一周してみようということです。

和田倉濠・和田倉橋
和田倉濠・和田倉橋
桔梗濠と巽櫓
桔梗濠と巽櫓

16時ごろ和田倉門からスタートしました。和田倉濠にかかる渡倉橋を渡り、和田倉用水公園を抜けて巽櫓の前から反時計回りに進みました。この堀は桔梗濠です。

大手門
大手門
大手濠
大手濠
平川門
平川門

大手門から先は大手濠です。平川門があります。

竹橋門跡
竹橋門跡

竹橋駅あたりに竹橋門跡がありました。竹橋駅って橋からきてたんですね。知りませんでした。竹橋を渡った先は竹橋門跡ですが、ここは渡らずに堀に沿って進みます。

清水濠と清水門
清水濠と清水門

竹橋から先は清水濠です。北の丸の清水門が見えてきました。こんなに大きな門があったとは。

牛ヶ淵
牛ヶ淵
清水門
清水門
清水門
清水門
清水門
清水門

清水門の先は牛ヶ淵ですが、堀沿いにほとんど道がないので、ここから北の丸に入ります。

北の丸
北の丸
日本武道館
日本武道館

北の丸には日本武道館があります。

田安門
田安門
田安門
田安門
田安門
田安門
田安門
田安門
牛ヶ淵
牛ヶ淵

武道館前を進んで田安門から外周へ戻ります。

千鳥ヶ淵
千鳥ヶ淵
高燈籠(常燈明台)
高燈籠(常燈明台)

田安門から先は千鳥ヶ淵です。すぐにある高燈籠(常燈明台)は巨大な灯籠で明治時代に靖國神社の灯籠として設置されました。

千鳥ヶ淵と千鳥ヶ淵緑道
千鳥ヶ淵と千鳥ヶ淵緑道

千鳥ヶ淵沿いは千鳥ヶ淵緑道という遊歩道で桜の名所だそうです。もう完全に散った後ですね。

千鳥ヶ淵
千鳥ヶ淵
半蔵濠
半蔵濠

首都高速が見えてきて代官町通りを渡ったところから半蔵濠です。

半蔵濠
半蔵濠
半蔵門
半蔵門
半蔵門と桜田濠
半蔵門と桜田濠

ずっと進むと半蔵門が見えてきます。半蔵門も初めて見ました。

桜田濠
桜田濠
桜田濠と桜田門
桜田濠と桜田門
凱旋濠
凱旋濠

その先は桜田濠です。緩やかに堀を見ながら坂を下りていく風景はいい感じ。桜田門から先は凱旋濠です。もともとは日比谷濠の一部でしたが、日露戦争勝利を記念した凱旋道路と祝田橋ができた際に日比谷濠から分かれました。

祝田橋と日比谷濠
祝田橋と日比谷濠
日比谷濠
日比谷濠
日比谷濠
日比谷濠

祝田橋から先は日比谷濠です。堀に沿って直角にまがります。

馬場先門跡
馬場先門跡
馬場先濠
馬場先濠
行幸通り
行幸通り

馬場先門跡に至ります。そこから先は馬場先濠で東京駅正面から皇居へ続く行幸通りまで続きます。

和田倉濠
和田倉濠
和田倉橋
和田倉橋

その先は和田倉濠で和田倉橋で一周終了です。

時刻は18:16です。大急ぎで飲み会へ向かい、なんとか間に合いました。

大分・宮崎城めぐりの旅 #3-4 臼杵石仏

大分・宮崎城めぐりの旅の締めくくりは、国宝の臼杵石仏です。平安時代末期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われてり、磨崖仏として日本初、彫刻として九州初の国宝に指定されました。全4群、61体で構成されています。城めぐりではお城に回るのが最優先で他の観光はあまりしないのですが、臼杵城のすぐ近くで国宝ともなれば行きたいということで、今回時間も取れて来れました。

臼杵石仏案内図
臼杵石仏案内図
臼杵石仏入口
臼杵石仏入口

15:03ごろ到着、観覧料550円です。ホキ石仏第二群、ホキ石仏第一群、山王山石仏、古園石仏の4群からなっていて、順路はこの順番です。ホキとは、「がけ」という意味の地名だそうです。

■ホキ石仏第二群

ホキ石仏第二群
ホキ石仏第二群
ホキ石仏第二群第一龕
ホキ石仏第二群第一龕
ホキ石仏第二群第二龕
ホキ石仏第二群第二龕

ホキ石仏第二群は2つの龕(がん)からなり、第一龕には阿弥陀三尊像、第二龕は「九品の弥陀」呼ばれる9体の阿弥陀如来像、左右に1体ずつの菩薩立像を配する比較的小さな仏像です。

■ホキ石仏第一群

ホキ石仏第一群
ホキ石仏第一群
ホキ石仏第一群第一龕
ホキ石仏第一群第一龕
ホキ石仏第一群第二龕
ホキ石仏第一群第二龕
ホキ石仏第一群第三龕
ホキ石仏第一群第三龕
ホキ石仏第一群第四龕
ホキ石仏第一群第四龕

ホキ石仏第一群は4つの龕からなり、第1龕は如来坐像3体と菩薩立像2体、第2龕は阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、如来坐像の3体、第3龕は大日如来像ほか4体、第4龕は地蔵菩薩半跏像並びに十王像の11体です。

■石造五輪塔

石造五輪塔案内
石造五輪塔案内
石造五輪塔
石造五輪塔
石造五輪塔
石造五輪塔

ホキ石仏第一群を出るとすぐ国重要文化財の石造五輪塔の案内表示があったので、そちらもせっかくなので見学しました。刻銘のある五輪塔としては、日本で2番目と3番目に古いそうです。

■山王山石仏

山王山石仏群
山王山石仏群
山王山石仏群
山王山石仏群

山王山石仏群は、中央に丈六の如来像と左右に脇侍の様に如来を刻む3体の如来像です。

■古園石仏

金剛力士立像
金剛力士立像

古園石仏群の手前右側の岩壁には追加で国宝指定された2体の金剛力士立像があります。

古園石仏
古園石仏
古園石仏
古園石仏
古園石仏(左側)
古園石仏(左側)
古園石仏(中央)
古園石仏(中央)
古園石仏(右側)
古園石仏(右側)

古園石仏群は通称古園十三仏とも言われ、金剛界大日如来坐像を中心に曼荼羅を構成し、左右にそれぞれ如来像2体、菩薩像2体、明王像1体、天部像1体を配する臼杵石仏の中心的存在です。

御朱印販売
御朱印販売

臼杵石仏は臼杵八ケ所霊場の一番札所であり、ここに御朱印の無人販売がありました。石仏周辺にも徒歩で無料で見学できる文化財がまだ沢山あり、これを含めて1時間あれば大丈夫と思っていたのですが石仏だけで1時間でした。16:05空港に向けて出発です。

とり天とビールセット
とり天とビールセット

レンタカー返却時の総走行距離は731km、相当走ったなぁという感じです。空港には早めについたので、Standard Coffeeというカフェで、とり天とビールセットを楽しみました。とり天は注文してから揚げるのでサクッとして最高でした。飛行機は19:10発が19:20発に変更になったものの、予定時刻に帰宅できました。

今回の大分・宮崎城めぐりの旅、6城予定が7城もめぐれました。今後もこの数くらい回りたいものです。

今日一日の歩数は、25,788歩でした。

大分・宮崎城めぐりの旅 #3-3 臼杵城

臼杵市観光交流プラザ
臼杵市観光交流プラザ

大分・宮崎城めぐりの旅、最後に訪れたのは臼杵城です。14:48ごろ臼杵市観光交流プラザに着きました。臼杵城は道を挟んですぐで、畳櫓や大門櫓が見えています。こちらでスタンプと御城印、パンフレットを入手後、登城します。

■■ 臼杵城 ■■

臼杵城
臼杵城

臼杵城(うすきじょう)は、大分県臼杵市にある城で、戦国時代、大友氏により臼杵湾内最大の丹生島に築かれました。島は北、南、東を海に囲まれ、西は干潮時に現れる干潟の陸地でつながるのみという天然の要害でした。江戸時代には臼杵藩の藩庁が置かれました。廃藩後は周囲の海も埋め立てられました。国指定史跡、続日本100名城の193番です。現在は臼杵公園となっています。

■鎧坂・帯曲輪

古橋口
古橋口
古橋口
古橋口
亭櫓跡
亭櫓跡
亭櫓跡
亭櫓跡
亭櫓跡より
亭櫓跡より

古橋口から入ります。堀(以前は海)にかかる古橋を渡った右側は亭櫓跡です。

湾曲した土塀
湾曲した土塀
防護壁
防護壁
時鐘櫓台
時鐘櫓台

その先は岩を掘り切って作られた鎧(あぶみ)坂で大友時代からの登城路です。上を見ると湾曲した土塀がユニークで綺麗です。坂は落石の防護壁を設置していて両脇は金属板で覆われていました。金属板が一旦亡くなったところで上を見ると時鐘櫓台が見えます。

鎧坂
鎧坂
土塀
土塀

再度金属板の間をあがると先ほど見えていた湾曲する土塀に出ます。

中門櫓跡
中門櫓跡
中門櫓跡
中門櫓跡
畳櫓
畳櫓
畳櫓
畳櫓

その先に中門櫓跡と畳櫓があります。畳櫓は天保年間に再築された櫓で重箱造りの現存建物です。

井楼櫓台石垣
井楼櫓台石垣
井楼櫓台石垣
井楼櫓台石垣

畳櫓横の大きな石垣は、井楼櫓台の石垣です。井楼櫓は最も規模の大きかったものです。

大門櫓
大門櫓
大門櫓
大門櫓

道なりすぐ右側に大門櫓があります。これは模擬復原建物でここから二の丸に入ります。

■二の丸

臼杵護国神社鳥居
臼杵護国神社鳥居
臼杵護国神社
臼杵護国神社
臼杵護国神社
臼杵護国神社
大友宗麟公碑
大友宗麟公碑

二の丸に入ると臼杵護国神社の鳥居があり臼杵護国神社に続いています。神社の少し南側には大友宗麟公碑があります。

井楼櫓跡
井楼櫓跡
井楼櫓跡
井楼櫓跡
畳櫓
畳櫓

右横方向には先ほど畳櫓前から見上げた井楼櫓跡があります。

会所櫓跡
会所櫓跡
会所櫓跡
会所櫓跡

左方向には会所櫓跡があります。

城跡の南側斜面
城跡の南側斜面
城跡の南側斜面
城跡の南側斜面

井楼櫓跡前から本丸方向へ向かう道の右側に小さな出入口があり下まで続いています。出入口を出ると城跡の南側斜面を眺めることができます。

井戸跡
井戸跡
義太夫前櫓跡
義太夫前櫓跡
二の丸
二の丸

戻り進むと井戸跡、義太夫前櫓跡、左側はグラウンドになっています。

着見櫓跡
着見櫓跡
着見櫓跡
着見櫓跡

北方向に若干戻る感じで臼杵護国神社の裏手に行くと着見櫓跡がありました。

土橋
土橋
土橋
土橋
空堀(北側)
空堀(北側)
空堀(南側)
空堀(南側)

グラウンドの先、二の丸の東側には土橋があって大きな空堀があります。空堀は南側と北側、作られた時代が違うそうです。土橋を渡ると本丸です。

■本丸・井戸丸

鉄門櫓跡
鉄門櫓跡
鉄門櫓跡
鉄門櫓跡

鉄門は本丸への入口で鉄門櫓跡があり桝形を形成しています。その南側に武具櫓跡。

卯寅稲荷神社
卯寅稲荷神社

東側に卯寅稲荷神社がありその参道坂道の鳥居を下りて行ったところに、もうひとつの現存建物である卯寅口門脇櫓があります。「うとら」ではなく、「うとの」と読むそうです。鉄砲薬櫓とも呼ばれ火薬庫としても使われていたようです。

井戸跡
井戸跡
井戸丸
井戸丸
卯寅口門脇櫓と卯寅口門櫓跡
卯寅口門脇櫓と卯寅口門櫓跡
本丸南側石垣と卯寅口(奥)
本丸南側石垣と卯寅口(奥)

さらに下りて行ったところは井戸丸で井戸跡があります。西側に卯寅口門櫓跡、その先奥に搦手口である卯寅口(写真奥の冠木門のところ)があり、かつては海に面していました。

亀首櫓跡
亀首櫓跡
海雲櫓跡
海雲櫓跡

本丸に続く階段を登ると本丸の東端部に出ます。東端右端部には亀首櫓跡、左端部に海雲櫓跡があります。

本丸
本丸
天守櫓跡
天守櫓跡
天守櫓跡
天守櫓跡

西方向へ戻り桜満開の本丸跡を歩いて天守櫓跡に着きました。

空堀(北側)
空堀(北側)
天守櫓石垣
天守櫓石垣

天守櫓跡は北側の空堀に面しています。

■腰曲輪

松明櫓跡
松明櫓跡
埋門前櫓跡
埋門前櫓跡
埋見門跡
埋見門跡

天守櫓跡の近くから空堀に下りてそのまま腰曲輪を東へ進むと松明櫓跡、埋門前櫓跡と埋見門跡と続きますが、埋見門跡は正直どこなのかよくわかりませんでした。

■帯曲輪

上ノ門跡
上ノ門跡
上ノ門跡
上ノ門跡

その先、上ノ門跡から畳櫓までは帯曲輪です。

中ノ門跡
中ノ門跡
二の丸居館北石垣
二の丸居館北石垣
今橋門櫓跡と今橋門脇櫓跡
今橋門櫓跡と今橋門脇櫓跡
今橋門脇櫓石垣
今橋門脇櫓石垣

帯曲輪を進んで行くと右側に下りる坂と分岐します。このあたりは中ノ門跡です。坂を下りたところが今橋口で、今橋門櫓跡、今橋門脇櫓跡があります。

海鹿櫓跡
海鹿櫓跡
海鹿櫓跡
海鹿櫓跡
時鐘櫓跡
時鐘櫓跡

帯曲輪に戻り進んで行くと弓道場がありますが、ここの北隅が海鹿櫓跡のようですがよくわかりません。弓道場を過ぎると時鐘櫓跡です。この先は大門櫓なのでこれで一周です。

畳櫓
畳櫓
海鹿櫓南側腰曲輪石垣
海鹿櫓南側腰曲輪石垣

城跡から出て、南側から見た畳櫓、古橋の北側の様子など確認して散策終了しました。

次は臼杵石仏に向かいます。14:02ごろ出発しました。

大分・宮崎城めぐりの旅 #3-2 佐伯城

佐伯市城下町観光交流館
佐伯市城下町観光交流館

延岡城に続いては佐伯城です。10:04ごろ佐伯市城下町観光交流館に到着しました。佐伯市歴史資料館が休館日のため、こちらでスタンプと御城印をゲットしました。

佐伯市歴史資料館駐車場
佐伯市歴史資料館駐車場

10:09ごろ、佐伯市歴史資料館の駐車場にとめて登城します。

■■ 佐伯城 ■■

佐伯城(さいきじょう)は、大分県佐伯市にある、標高144メートルの八幡山山頂一体に築かれた山城で、江戸時代には佐伯藩の藩庁が置かれました。国指定史跡、続日本100名城の194番です。初代藩主毛利高政により築城、1606年に完成しました。山麓の三の丸は三代藩主毛利高尚が開きました。

■三の丸

三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸
三の丸
村上勇先生像
村上勇先生像

駐車場の西側高くなったところは三の丸です。三の丸にはかつて御殿がありました。三の丸櫓門は現存する唯一の建築物で、高尚の代に城の正門として建てられました。石畳の坂を登り門を抜けると工事中のただただ広い佐伯文化会館の跡地に銅像が建っているのみです。村上勇先生像で、日本の戦後復興のために尽力した自民党の政治家の銅像だそうです。

■登城路

御下櫓
御下櫓

登城口脇にある櫓は御下櫓と名付けられたトイレですが、ちゃんとお城してます。 登城口にある鳥居は、昭和初期天守台跡に建てられた毛利神社のものですが鳥居のみ残っています。

城山登山道案内図
城山登山道案内図
独歩碑の道
独歩碑の道
独歩碑の道
独歩碑の道

坂を登り切った場所から登城ルートが分かれます。ここからは独歩碑の道、翠明の道、登城の道のいずれかからです。なお、ルートには山の反対側からの若宮の道もあります。今回は一番緩やかで登りやすいという独歩碑の道から登ります。どのコースも20~30分とのこと。独歩碑の道だけが舗装されていて、あと2ルートは昔の細い山道です。独歩碑の道を登っていくと100メートルごとに頂上までの距離表示柱があります。

雛壇状石垣入口
雛壇状石垣入口
雛壇状石垣
雛壇状石垣
雛壇状石垣
雛壇状石垣

頂上まで200メートルを切った先の左に戻る感じで折れる場所に雛壇状石垣の案内板がありますが、ここまで独歩碑の道の開始地点から約14分ほどでした。まっすぐ進むと4段になった雛壇状石垣を下から見ることができます。

捨曲輪
捨曲輪

道に戻り少し先、頂上まで100メートル地点の左側に捨曲輪があります。特に案内等はなく眺望はいいですが上からの眺望の方がもっとよいです。少し上に本丸外曲輪の石垣が見え、あと少しです。

■本丸外曲輪

本丸外曲輪虎口
本丸外曲輪虎口
本丸外曲輪
本丸外曲輪
本丸外曲輪虎口と独歩碑
本丸外曲輪虎口と独歩碑
二重櫓跡
二重櫓跡

坂を登り切ると本丸外曲輪で、正面の立派な階段がついて高くなっているところが本丸です。虎口右側にある独歩碑は、明治時代に佐伯に英語教師として赴任した国木田独歩が、後に佐伯を舞台とした作品を多く残し、城山山頂を舞台としたものもあったことからここに建立されたものです。また釣りバカ日誌19のロケ地の表示があり佐伯市街地を望むことができ、そこには二重櫓跡があります。

雛壇状石垣
雛壇状石垣

独歩碑の左側に少し下がるところがあって先ほど下から見た雛壇状石垣を上から見ることができます。

■本丸

本丸
本丸
本丸からの本丸外曲輪
本丸からの本丸外曲輪
本丸
本丸
本丸 天守台跡
本丸 天守台跡

階段を登って本丸にあがると、地元のおじさんに「撮っちゃだめだよ、写っちゃうよ、昔裏が処刑場だったから」と言われ、ちょっと変なの写ったら怖いなぁと思いつつ、撮らないことはないわけで。まぁ、城跡に関してはどこも同じようなものですよね。一段高くなったところは天守台跡で三重の天守があったと伝わっています。ここには小さな祠が建っていますがのちの毛利神社の跡です。

二の丸
二の丸
北出丸
北出丸

本丸からは二の丸や北出丸を望むことができます。

本丸虎口
本丸虎口
本丸虎口
本丸虎口
廊下橋跡
廊下橋跡
廊下橋跡と本丸南側石垣
廊下橋跡と本丸南側石垣
廊下橋跡
廊下橋跡

本丸の南西隅に本丸虎口があります。本来本丸への入口はここのみで、東側の階段は毛利神社を作った際のもの。本丸虎口を出ると廊下橋跡、渡った先は二の丸ですが、先にこの橋をくぐって北出丸へ向かいます。

■北出丸、雄池・雌池

本丸外曲輪北側虎口
本丸外曲輪北側虎口
北出丸虎口
北出丸虎口
北出丸
北出丸
北出丸二重櫓跡
北出丸二重櫓跡

本丸外曲輪の北側の虎口から出ると北出丸です。入ってすぐに若宮の道への虎口があります。北出丸は南北に細長く伸びていて、北端にはかつて二重櫓が建てられていたそうです。

若宮の道
若宮の道
北出丸石垣
北出丸石垣
雌池
雌池
雄池
雄池
雄池からの雌池
雄池からの雌池

雄池・雌池は北出丸にある若宮の道へ続く虎口から結構下がったところにあります。上下二段構えの人口の池で上に雄池、下に雌池となっています。上から6分ほど雌池までかかりました。実は二の丸に行った際見るのを忘れていたことに気づき、一度戻って見学してから二の丸へ戻ったのでした。

本丸北側石垣
本丸北側石垣

本丸外曲輪に戻って本丸石垣沿いに進むと廊下橋跡の下に出て、二の丸へつながります。

■二の丸、西出丸

二の丸
二の丸
独歩文学碑
独歩文学碑
二の丸
二の丸
二の丸からの本丸
二の丸からの本丸

二の丸に入ると正面、二重櫓跡に独歩文学碑があります。二の丸の中央には屋形と呼ばれる建物がありました。

二の丸櫓門跡
二の丸櫓門跡
二の丸櫓門跡
二の丸櫓門跡

二の丸南端の虎口は櫓門跡でその先は西出丸です。

西出丸
西出丸
西出丸櫓台跡
西出丸櫓台跡
井戸跡?
井戸跡?
西出丸からの眺望
西出丸からの眺望
西出丸からの本丸
西出丸からの本丸

西出丸に入ってすぐ左側は虎口になっていて、翠明の道と登城の道につながっています。南西隅には櫓台跡があり、その近くには井戸跡のようなものがありましたが、これは城の遺構ではないそうです。

二の丸東側石垣
二の丸東側石垣
登城の道
登城の道
登城の道
登城の道

ひととおり散策を終え、昔からの登城ルートである登城の道で下りることにしました。11:56ごろ廊下橋跡から下城、かなり急な道ですが、まぁ山城ってこんなもんでしょうという感じで11分で降りてこれましたが、行きは独歩碑の道、帰りにこっちで正解でした。

さて次は今回の旅最後の城、臼杵城へ向かいます。12:22ごろ出発しました。

大分・宮崎城めぐりの旅 #3-1 延岡城

2泊3日の大分・宮崎城めぐりの旅最終日の今日は、延岡城佐伯城臼杵城をめぐ ります。

延岡城の御城印を販売している延岡城・内藤記念博物館は月曜日休館日ということで、御城印が買えないと分かったので、ホテルの朝食は諦めてさっさと出発することにしました。効率よく回れば、今回行くのを諦めた臼杵石仏も行けるかもしれないとの希望も湧いてきました。

■■ 延岡城 ■■

延岡城は、宮崎県延岡市にある城で、1603年に高橋氏が築き、有馬氏、三浦氏、牧野氏と藩主が変わったのち、1747年に内藤氏が藩主となり、以降、明治維新まで内藤氏が治めました。本丸、二の丸、三の丸からなる平山城で、続日本100名城の195番、別名は亀井城です。

■北大手門周辺

城山公園北駐車場
城山公園北駐車場
北櫓跡石垣
北櫓跡石垣

6;11ごろホテルを出発し、 延岡城のある城山公園北駐車場には6:16ごろ到着しました。駐車場の近くで早速石垣が目に入ります。北櫓跡の石垣で内堀跡に面しています。あとで入手した石垣マップの2です。

内堀跡
内堀跡
旧藩主内藤家墓所
旧藩主内藤家墓所
北大手門東側石垣
北大手門東側石垣
北大手門
北大手門
北大手門
北大手門

案内板の脇の道を登っていくと北大手門に至ります。手前右側には旧藩主内藤家の墓所がありましたが門が閉まっていて入れません。門左側には北大手門東側石垣(石垣マップ1)があります。北大手門は発掘調査後に再建されたものです。

■二ノ丸

千人殺しの石垣
千人殺しの石垣
千人殺しの石垣
千人殺しの石垣
千人殺しの石垣
千人殺しの石垣
千人殺しの石垣
千人殺しの石垣

北大手門を抜けると正面に本丸の高い石垣がそびえたっています。これは千人殺しの石垣(石垣マップ5)とよばれ、敵が攻め入った時に一番下の根石をはずすと石垣全体が崩れ落ち、一度に千人を殺せるといい、高さは19メートル、延岡城最大のみどころです。

二ノ丸
二ノ丸
城山公園管理事務所
城山公園管理事務所
旧藩主内藤家墓所
旧藩主内藤家墓所
パンフレットと石垣マップ
パンフレットと石垣マップ

千人殺しの石垣の西側一面が二ノ丸です。二ノ丸にある城山公園管理事務所でスタンプが押印できますが、ここでショックなことが。御城印の案内が貼られており、延岡城・内藤記念博物館が休館日も購入可能とのこと。御城印入手は諦めてたので嬉しい反面、あと2時間以上ここに滞在しないといけない。。。相当ゆっくり散策するしかありません。なおパンフレットと石垣マップも置かれていました。管理事務所の脇から、内藤家墓所を上から見ることができます。

二階櫓台石垣
二階櫓台石垣

二ノ丸の南西側では二階櫓台の石垣(石垣マップ4)が見れます。先にも小さな曲輪があるのですが、立ち入りできませんでした。

■本丸

本丸西側の曲輪
本丸西側の曲輪
二階櫓跡
二階櫓跡
二ノ丸のぞむ
二ノ丸のぞむ

千人殺しの石垣下の坂道を階段を上がると本丸です。先に西方向右側の曲輪に行った突当りには先ほど石垣を確認した二階櫓跡がありました。

二階門櫓跡
二階門櫓跡
二階門櫓跡
二階門櫓跡
二階門櫓跡
二階門櫓跡

戻って東側には二階門櫓跡があり、本丸への枡形虎口となっています。この石垣は石垣マップ6です。

本丸
本丸
本丸
本丸
内藤政挙公像
内藤政挙公像

本丸には内藤政挙公像が建っています。

■天守曲輪

天守曲輪虎口
天守曲輪虎口
天守曲輪
天守曲輪

本丸南東隅から坂道を上がると天守曲輪です。途中に門跡のような石垣がありましたが、こちらが本来の虎口です。天守曲輪には天守が建っていた可能性もありますが発掘調査では根拠は得られなかったそうです。

鐘撞き堂
鐘撞き堂
延岡の街並み
延岡の街並み
延岡の街並み
延岡の街並み

天守曲輪からは延岡市内が一望できます。鐘撞き堂が建っており、現在も1日に6回、鐘守の手によって市民に時刻を告げているそうで、次は8時、30分ほどあるのでまた来ることにします。

■三階櫓跡・腰曲輪

三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
延岡の街並み
延岡の街並み
三階櫓跡
三階櫓跡

戻って天守曲輪下の道を進んで行くと三階櫓跡があります。城内で一番大きい建物が三階櫓でした。

三階櫓石垣
三階櫓石垣
三階櫓石垣
三階櫓石垣
三階櫓跡
三階櫓跡

三階櫓台石垣は石垣マップ9です。東面は立入禁止になっているので、スティック使って撮影しました。

三階櫓跡南側の腰曲輪
三階櫓跡南側の腰曲輪
腰曲輪櫓台
腰曲輪櫓台

三階櫓跡の南側に腰曲輪があり一番奥には櫓台がありました。

ここでいったん天守曲輪に戻って8時の鐘撞きを見学しました。鐘守の方に聞いたら撮影はネットに上げなければいいですよ、とのことでした。鐘は一回ではなく何度もつくんですね、8回でした。

吹上坂
吹上坂
吹上坂の石垣
吹上坂の石垣
三階櫓石垣と吹上坂の石垣
三階櫓石垣と吹上坂の石垣
吹上坂
吹上坂

さて戻って三階櫓跡から続く坂は吹上坂でつづら折れになっています。吹上坂の石垣は石垣マップ7です。

■三ノ丸

三ノ丸
三ノ丸
三ノ丸
三ノ丸
仲田又次郎翁像
仲田又次郎翁像

吹上坂を下りたところは三ノ丸です。庭園があるなど綺麗に整備されています。一段高くなったところには仲田又次郎翁像が建っています。延岡市の初代、第9代市長だそうです。

石御門跡
石御門跡
石御門跡
石御門跡
三ノ丸東面石垣
三ノ丸東面石垣

東側にある石御門跡は岩盤を削った切通しに作られた搦手門にあたる門です。三ノ丸東面石垣は石垣マップ8です。

■北曲輪

北曲輪石垣
北曲輪石垣
北櫓跡
北櫓跡
北櫓跡
北櫓跡

三ノ丸から東方向に進むと北曲輪(牧水広場)が見えてきます。その石垣の手前に下りる道があるのでそのまま進んで行くと最初に見た北櫓跡に着きました。

北曲輪(牧水広場)
北曲輪(牧水広場)
牧水歌碑
牧水歌碑
北曲輪(牧水広場)
北曲輪(牧水広場)
旧藩主内藤家墓所
旧藩主内藤家墓所

戻って北曲輪です。現在は延岡に縁のある歌人・若山牧水にちなんで牧水広場として整備されています。ここから見る内藤家墓所は縦方向に見えるのがいいですね。

二ノ丸西側石垣
二ノ丸西側石垣
二ノ丸西櫓石垣
二ノ丸西櫓石垣

これで城内のみどころは一通り見たのですが、石垣マップの3、二ノ丸西櫓の石垣が残っています。北大手門抜けてすぐ左方向、内藤家墓所の手前の小径を進んで行くと二ノ丸西側石垣の一番奥で確認できます。

■西ノ丸

延岡城・内藤記念博物館
延岡城・内藤記念博物館
西ノ丸跡
西ノ丸跡

さて9時前になったので、延岡城・内藤記念博物館へ移動します。受付で御城印をゲットしました。領収証を作るのでお待ちくださいと言われた間に館内を見渡していると、西ノ丸跡に延岡城・内藤記念博物館が建てられたと知りました。

時刻は9:10ごろ次の佐伯城へ向かいます。

大分・宮崎城めぐりの旅 #2-3 岡城その2

岡城その1からの続きです。

■三の丸

西中仕切跡と三の丸石垣
西中仕切跡と三の丸石垣
西中仕切跡
西中仕切跡
西中仕切跡
西中仕切跡
鐘櫓跡
鐘櫓跡

西中仕切跡から城の中心部です。ここからの三の丸石垣は素晴らしいです。西中仕切跡は城内で最も狭い場所で、石垣により通路を折り曲げ、敵が直進できないようにしています。ここを抜けると鐘櫓跡。

太鼓櫓跡
太鼓櫓跡
太鼓櫓跡
太鼓櫓跡

続いて正面に太鼓櫓跡があり城の中心部への入口です。

三の丸
三の丸
武器庫跡
武器庫跡
本丸石垣・御三階櫓石垣
本丸石垣・御三階櫓石垣
本丸石垣
本丸石垣

その先一段上がったところは三の丸で、他藩からの使者や家臣が藩主と対面するところです。中央付近には武器庫跡があります。正面には本丸の高い石垣がそびえたっています。くじゅう連山を望める絶景も。

■二の丸

二の丸へ
二の丸へ
井戸跡
井戸跡
二の丸
二の丸
瀧廉太郎像
瀧廉太郎像
月見櫓跡
月見櫓跡

三の丸の先、一段上がると二の丸で、入口付近には井戸跡があります。瀧廉太郎像も建っています。二の丸にあった御殿には、玄関、大広間、書院、北端に数寄屋風の月見櫓、東端に風呂屋がありました。二の丸は来客の歓迎や藩主が楽しむための空間だったようです。

二の丸休憩所(風呂屋跡)
二の丸休憩所(風呂屋跡)
本丸への石段
本丸への石段

風呂屋跡に建つ二の丸休憩所は、階段で本丸に行ける構造になっていて、なんでこんなの作っちゃったの?と思ったのですが、風呂屋が二階から階段で本丸へ通じていたんですね。

■本丸

本丸
本丸
本丸
本丸
御三階櫓跡
御三階櫓跡
御三階櫓跡からの三の丸
御三階櫓跡からの三の丸

石段を登ると本丸です。中央に本丸御殿、それを取り囲むように、天守に相当する御三階櫓、角櫓、 多門櫓、金倉などが建っていました。南西隅に御三階櫓跡があり、ここから三の丸を見渡せます。

岡城天満宮
岡城天満宮
岡城天満神社御朱印
岡城天満神社御朱印
御金倉跡
金倉跡
東中仕切跡
東中仕切跡

東奥の方には岡城天満宮が建っています。こちらをお参りし、御朱印もいただきました。その右側奥には金倉跡、いわゆる金庫の跡です。ここからは東中仕切跡とその先が見えます。

■東の郭

埋門跡
埋門跡
本丸石垣
本丸石垣
東中仕切跡
東中仕切跡
金倉跡石垣
金倉跡石垣

残るは本丸より東側の曲輪です。三の丸にある御三階櫓下の埋門跡から本丸石垣にそって東へ進んで行くと東中仕切跡があります。ここから先は観光客は激減しました。金倉跡の石垣は二重になっています。

米倉跡
米倉跡
清水門跡
清水門跡

東中仕切跡をすぎたあたりに米倉跡があります。先に進んで行くと左側に清水門跡があります。清水門は藩主が稲葉川のほとりに建てた休息場へ向かうため設けられたものです。

三楽亭跡
三楽亭跡
荘嶽社跡
荘嶽社跡
御廟所跡
御廟所跡

さらにその先に三楽亭跡、荘嶽社跡、御廟所跡。荘嶽社は初代藩主中川秀成、その兄中川秀政、その父中川清秀を祀っていた神社、御廟所にはかつて歴代藩主の位牌が祀られていました。

東側の曲輪東端部
東側の曲輪東端部
下原門跡
下原門跡
下原門跡
下原門跡
下原門跡
下原門跡

東側の曲輪の東端に下原門(しもばるもん)跡があり、こちらは搦手門でした。

以上でひととおり遺構は見れたので散策は終了、駐車場には16:20ごろ戻ってきました。それにしても岡城、本当にすばらしい山城で自分的にもトップクラスでした。

ホテル延岡ヒルズ
ホテル延岡ヒルズ
Joyfull
Joyfull
チキン南蛮定食
チキン南蛮定食

今日の城めぐりは終了です。今日の宿、ホテル延岡ヒルズには18:04ごろ到着しました。夕飯は延岡が発祥だというチキン南蛮が食べたくて予め調べておいた居酒屋さんにいったもののなんと閉まってた!飲食店がありそうな方へ歩いていくとJoyfull発見!Joyfullは九州のファミレスだから、多少本場のものとは違えどチキン南蛮あるかもと行ってみるとやった!ありました!ということで夕飯はチキン南蛮定食です。普通においしくいただきました。

そういえばホテルのフロントでアプリはお持ちではないですか?と聞かれ、そういえば最近BBHホテルグループのホテル、やたら泊まってるなと思い、アプリ会員になりました。昨日の鶴崎ホテルさん も、先々週のホテルクラウンヒルズ高岡さんもそうなのでした。会員になるの遅すぎたかも。

明日は延岡城佐伯城臼杵城をめぐる予定です。

今日一日の歩数は、16,963歩でした。

大分・宮崎城めぐりの旅 #2-2 岡城その1

史跡岡城跡駐車場
史跡岡城跡駐車場

佐土原城の次は岡城です。2時間以上のドライブ後、史跡岡城跡駐車場の直前で駐車待ちの渋滞が。。。そっか、みんな桜を見に来てるのか、仕方ありません。10分くらい待って駐車できたのは13:04ごろでした。

■■ 岡城 ■■

岡城は大分県竹田市にある、源義経を迎えるため築城されたと伝わる断崖絶壁に位置する難攻不落の山城で、国指定史跡、日本100名城の95番です。臥牛城(がぎゅうじょう)・豊後竹田城(ぶんごたけたじょう)とも呼ばれます。志賀氏が拠点とし、後に中川秀成が近世城郭へ改修し280年続いたそうです。滝廉太郎作曲の「荒城の月」は、この城の荒れ果てた風景がモデルと言われています。

  跡岡城跡駐車場(総役所跡)
跡岡城跡駐車場(総役所跡)
西の丸の石垣
西の丸の石垣

駐車場は総役所跡で、高く西の丸の石垣が見えて、すごそうだぞ、このお城と気持ちも高鳴ります。しばし桜と石垣などの写真撮りながら休憩後、料金所で入城料300円、スタンプ押印、御城印通常版(白地)と300円、切絵版(黒地)800円を購入しました。13:27ごろ登城開始です。

■大手道・大手門

阿蘇溶結凝灰岩の岸壁
阿蘇溶結凝灰岩の岸壁

登城道を進んでいくと、巨大な岩の壁が見えます。阿蘇溶結凝灰岩の岸壁です。城が阿蘇山の火砕流でできた岩山の上に建っていることが分かります。

岡城址の碑
岡城址の碑
大手坂
大手坂
かまぼこ石
かまぼこ石

しばらく進むと大手坂に着きます。脇にはアーチ形状の石垣、通称「かまぼこ石」が見られます。

大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡
古大手門跡
古大手門跡
古大手門跡
古大手門跡

石段を登っていくと大手門跡です。当時は櫓門が構えられていました。右側にある通路みたいなところは、古大手門跡ですが、外側には堀切と小さな曲輪が先にありました。行けないことはないけれど、やめました。

■西の丸

西の丸大階段
西の丸大階段

さてここからの散策ルートですが、西の丸から下りる七曲りが通行できないため、先に西側から散策して本丸、東側の順に回ることにしました。正面西方向には西の丸の大階段がありますが入ることはできません。大階段の手前南側に西の丸東御門前の表示、大階段を登ったところに東御門があったようです。

西の丸へ
西の丸へ
新屋敷門跡
新屋敷門跡
新屋敷門跡
新屋敷門跡

西の丸へは大階段の左、南側の坂道を進んでいくのがルートですが、左側に下りていく道も見えたのでそちらに行ってみました。一番奥の石段を登れば西の丸?と思いきや、石垣でふさがれていました。戻って坂を登ったところが新屋敷門跡です。先ほど石垣でふさがれていたところは新屋敷門の当初の虎口だったようです。

西の丸
西の丸
物見台跡
物見台跡
角櫓跡
角櫓跡
物見台跡
物見台跡

そこを抜けると西の丸で、正面に桜と菜の花が咲き誇っていて天国のようとはいいすぎでしょうか。西の丸は西の丸御殿跡で、城内で一番広い曲輪だそうです。一番西側に行ってみると一段下の左側に物見台跡、右側に角櫓跡、眼下には駐車場が見渡せます。駐車場から見えていた石垣はここですね。物見台跡に下りました。

井戸跡
井戸跡
角櫓跡へ
角櫓跡へ
角櫓跡
角櫓跡

そこから一段下の曲輪を通って角櫓跡に行こうと思いましたが、さすがにこれは危険すぎると思い、西の丸へ戻ってから行きました。 西の丸から家老屋敷へ続く坂には井戸跡があり、そこを戻るように石垣に沿って進むと角櫓跡です。

■家老屋敷、ほか

井戸跡
井戸跡
中川民部屋敷跡
中川民部屋敷跡
中川民部屋敷跡
中川民部屋敷跡

先ほどの井戸跡に戻ると少し先にも井戸跡がありました。坂を下りたところは家老屋敷の中川民部屋敷跡です。調査により確認された屋敷の間取りを礎石で復元しています。

近戸門跡
近戸門跡
近戸門跡
近戸門跡
近戸門跡
近戸門跡

その北東には近戸門跡があり、ここから七曲りにつながっています。

近戸門跡
近戸門跡
普請方
普請方
普請方からの中川民部屋敷跡
普請方からの中川民部屋敷跡
普請方
普請方

門の上につながる石段を登ると普請方跡があります。普請方とは、建築や修繕、土木工事を管理担当する部所です。

中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡

普請方跡の北東端から家老屋敷の中川覚左衛門屋敷跡へ降りると、屋敷の間取り等がわかる建物の床面が復元がされています。隅櫓の石垣も残っています。

中川覚左衛門屋敷跡からの絶景
中川覚左衛門屋敷跡からの絶景
中川覚左衛門屋敷跡からの絶景
中川覚左衛門屋敷跡からの絶景

中川覚左衛門屋敷跡からの景色は絶景で清水谷を挟んで本丸方面を望むことができます。

中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
埋門
埋門
埋門
埋門

屋敷跡から出て石段を下り、石垣に沿って進んでいくと石垣に四角い穴がありました。これは普請方に至る埋門で立体交差になっています。

賄方跡
賄方跡
賄方跡
賄方跡
古井戸
古井戸

本丸方向へ道なりに進んで行くとトイレがある曲輪に出ます。ここは賄方跡で、来客者などのもてなしによる賄いを行う部所だそうです。北側から下を見ると古井戸がありました。

中川但見屋敷石垣
中川但見屋敷石垣
中川但見屋敷跡
中川但見屋敷跡
中川但見屋敷跡からの中川覚左衛門屋敷跡
中川但見屋敷跡からの中川覚左衛門屋敷跡

賄方跡を抜けて坂道をあがった上がった先は、家老屋敷の中川但見屋敷跡です。

武具方跡
武具方跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡

奥一段下がったところに武具方跡、東側一段上がった場所は、御朱印状等公文書の保管をしていた朱印状倉跡です。

中休所跡
中休所跡
桜馬場跡
中休所跡
中休所跡
城代屋敷跡
城代屋敷跡
籾倉跡
籾倉跡
籾倉跡
籾倉跡

本丸方面へ進んで行くと中休所跡、桜馬場跡、城代屋敷跡(城代とは城主の不在時に代わって城の管理、防衛、政務を行う重臣)、米を保管していた籾倉跡と続きます。

本丸へ
本丸へ
本丸のぞむ
本丸のぞむ

この辺りから本丸方向を見ると石垣が壮大です。その先、西中仕切跡に至りますが切りがいいので、つづきはこちら

大分・宮崎城めぐりの旅 #2-1 佐土原城

朝食
朝食

大分・宮崎城めぐりの旅2日目の今日は佐土原城岡城をめぐります。佐土原城までは2時間程度かかるので朝食は抜きかと思いましたが、ホテル朝食6時からということで助かりました。朝食は、とり天やニラ豚など大分名物もあるバイキングでした。6:45ごろ出発しました。

■■ 佐土原城 ■■

佐土原城(さどわらじょう)は、宮崎市にある日本の城で江戸時代には佐土原藩の藩庁が置かれました。2代藩主島津忠興の代に城は山の上から山の下へ移されました。国指定史跡、続日本100名城の196番です。

■二の丸・鶴松館

鶴松館駐車場
鶴松館駐車場
内堀跡
内堀跡
鶴松館
鶴松館

9:00ごろ、二の丸御殿が木造復元されている宮崎市佐土原歴史資料館(鶴松館)に到着しました。駐車場は三の丸にあたります。鶴松館に向かって階段のある辺りは内堀跡で、その先は二の丸で鶴松館が建っています。

大広間
大広間
大広間
大広間
書院
書院
大広間
大広間

鶴松館は二の丸御殿の一部が復元されたもので、大広間、書院、数寄屋が再現されています。案内所?でスタンプを入手しました。念のため撮影について資料館の方に聞いてみると、展示物や資料は撮影禁止とのことで、内部でも建物の様子などはよいようです。

大広間
大広間
書院
書院
書院
書院
数寄屋
数寄屋

内部見学は無料で掛け軸・屏風・鎧兜など佐土原島津家の調度品などが展示されています。なお、鶴松館は土日祝日のみの開館です。

さて次は山の上へ、今散策できる場所を聞いてから登りました。大手道から登って、本丸、天守台を見て中の道から下りるコースになり、現在も南の城、松尾丸は行けないとのことです。

■大手道

二の丸
二の丸
大手道入口
大手道入口
大手道
大手道

鶴松館の西側の道を南に進むと大手道の入口です。時刻は9:30ごろ、ここから両側にそびえた崖の下を登っていきます。尾根を縦に断ち割って作られているそうです。

迂回路
迂回路
堀切
堀切
曲輪
曲輪

途中で道が立ち入り禁止となって右側へ登る階段(迂回路)がありました。登ったところは曲輪になっていてそのまま進むと大手道に戻りました。そのすぐ先に堀切があります。手前に松尾丸への分岐がありますが今は行けません。先には南の城への分岐がありますが今は行けません。その先で曲輪に出ます。本丸、三層櫓跡方面と番屋坂、あずま屋方面の分岐地点となっています。

■本丸

本丸桝形虎口
本丸桝形虎口
本丸
本丸
本丸
本丸
土塁
土塁

本丸方面を進みます。本丸桝形虎口を抜けると本丸に出ます。本丸はかなりの広さで、土塁なども残っています。

本丸
本丸
天守台
天守台
天守台
天守台
天守台
天守台

本丸の北部分には天守台が残っています。

中の道とあずま屋の曲輪
中の道とあずま屋の曲輪
あずま屋の曲輪
あずま屋の曲輪

天守台の東側から中の道を通って下りてきました。途中左側にあずま屋のある曲輪があります。

■二の丸

出土文化財管理センター
出土文化財管理センター
中の道入口
中の道入口

中の道を下り切ったところは二の丸で、正面に見える建物は出土文化財管理センターです。

御馬繋場跡
御馬繋場跡
反米役所跡
反米役所跡
御代官所跡
御代官所跡
御厩役所跡
御厩役所跡

周辺を見渡すと何やら遺構表示柱が見えます。センターに向かって左、少し上がった右側に御馬繋場跡、センターの向かい側の広い敷地はなんとなくですが区画分けされていて、反米役所跡、御代官所跡、御厩役所跡となっていました。駐車場に10:30ごろ戻ってきたので鶴松館含めて90分の散策でした。

城の駅佐土原いろは館
城の駅佐土原いろは館
佐土原城御城印

御城印は鶴松館の道挟んで東側にある城の駅佐土原いろは館で入手しました。

時刻は10:43ごろ、次は岡城へ向って出発です。

管理人のただの日記