京都・大阪・和歌山城めぐりの旅 #2 和歌山城

京都・大阪・和歌山城めぐりの旅の二日目、今日は和歌山城をめぐります。7:40ごろ宿を出て、大阪メトロでなんばへ。南海のなんば駅では斬新なかたちの特急ラピートがあったのでパチリ。やっぱりこのデザインはすごいです、なんか銀河鉄道999を思い起こしました。8:15発の特急サザンで和歌山市までいきますが、空いていたので自由席で。この特急、指定席はちゃんとした特急車両、自由席は普通の通勤車両なんですね。なんばではガラガラだったのに、次の駅からどんどん人が乗ってきたので帰りは指定席にしようと決めたのでした。

和歌山市駅に9:14着。ここから南へ歩いて和歌山城へ。

■ 和歌山城 ■

和歌山城は和歌山市にあり本丸の北側に二の丸、その外に三の丸が配置された梯郭式平山城です。国の指定史跡、日本100名城の62番です。紀州を平定した秀吉が、弟の秀長に命じて城を築かせたのが和歌山城の始まりで、秀長の家臣の桑山重晴が和歌山城代となり、浅野家、徳川御三家である紀州徳川家と続きます。

駅から南へずっと進んでいくと和歌山城城跡の北西隅の西外堀に出ました。ここの交差点の歩道橋からは天守や乾櫓がよく見えるのでいい写真スポットですね。

さて、どのようなコースで散策しようかと考えるとき、今配布されているパンフレットの案内図では正直物足りないです。公式HPでPDF配布されている旧パンフレットはみどころがちゃんと記載されていたので、これを頼りに西の丸、二の丸、蔵の丸、松の丸、本丸、天守曲輪、砂の丸、南の丸の順に散策しました。

西外堀の東側は埋め立てられていますが、ここに吹上橋と吹上御門があったようです。その左奥に勘定門跡が見えるので、そこへ寄ってから、わかやま歴史館をすぎたところにある西の丸へ。西の丸は能舞台や茶室などが建てられ、藩主が風雅を楽しむ場所です。西之丸庭園(紅葉渓庭園)は国の名勝にも指定された江戸時代初期に作庭された池泉回遊式の庭園です。

西の丸東側には二の丸へと通じる御橋廊下が西内堀に架かっています。御橋廊下は靴を脱いで渡ります。渡った先は二の丸の大奥跡で、御橋廊下を出てすぐ右側に穴蔵状遺構があり何かを収納する施設だったとのこと。二の丸は東へ大奥、中奥、表と続いていて二の丸広場として整備されていますが、みたところ普通の公園という感じ。

東に進んでいくと右側に裏坂がありますが、天守方面へは表坂から行くことにします。この辺りは天守の写真スポットとのことですが、電線が邪魔ですね。さらに進むと右側に伏虎像、和歌山城がたつ山は伏せた虎の姿に似ていることから伏虎山と呼ばれています。左側には一中門跡があり、門の先の一番奥に大手門が見えます。大手門へ進んでいくと門の手前左側の石垣の上には県指定天然記念物の一の橋の樟樹、推定樹齢450年だそうです。和歌山城の大手門は、豊臣時代には岡口門でしたが、浅野時代途中からここになりました。内堀に架かる橋は一の橋です。大手門の近くには江戸時代から残る井戸屋形があります。

一中門跡に戻り、ここから岡中門までは蔵の丸で、東側の堀沿いに雁木が続いています。岡中門手前右側の表坂から天守方面へ向かいます。表坂を登ったところは松の丸で、ここからは動物園のある南の丸を見下ろせます。松の丸をずっと進み、石段を登った正面に本丸御殿跡、後ろ側は天守曲輪です。正面階段を登ると天守の写真スポットになっています。本丸御殿跡で入れるのはこのスポット付近のみで、中心部は塀で囲まれています。

天守曲輪に入ると、手前から大天守、多聞、天守二の門、二の門櫓が並びます。忍者が写真を撮ってくれました。とてもいいサービスですね。一人旅だととても助かります。

さていよいよ天守へ。天守前券売所で御城印(2月限定版:300円)をゲット、入場料は410円です。天守二の門から入ります。天守は、大天守から時計回りに南多門、天守二の門、二の門櫓、西多門、乾櫓、北多門、御台所、小天守へと続く連立式で、小天守から入り、ぐるり一周して御台所が出口になっています。内部は史料館になっています。最上階は外に出られて、360度見渡せます。西側は淡路島や四国まで見渡せ、東側では先ほど見られなかった本丸御殿跡もよく見えます。

天守を出て西側の新裏坂から天守北側の埋門への小道があるようなので行ってみましたが通行禁止でした。天守曲輪から今度は裏坂で下ります。裏坂の途中には銀名水と呼ばれる井戸があります。その先ではナニコレ珍百景でMV珍に選ばれたという、階段をよじ登っている人型のように見える根っこを発見。確かに見えます。

二の丸に下りて西方向。二の丸南西隅の切手門跡から山吹渓、西之丸庭園入口、鶴の渓と進み、奥階段を登ると砂の丸です。砂の丸は勘定御門から不明門まで続いています。砂の丸を南に進んでいくと途中右側に追廻門があります。西から和歌山城に入る高麗門形式の朱色に塗られた門です。戻って砂の丸をさらに南へ進むと現在は護国神社があり、新裏坂登り口、その先は駐車場となっていて、駐車場入口が不明門跡となっています。不明門跡を出て左側は南堀です。駐車場の北東奥部分から南の丸へ続きます。南の丸は和歌山城動物園になっています。

南の丸の東側に出ると右側に岡口門、左側に岡中門跡。岡口門に進みます。岡口門は築城当時の大手門でした。空襲でも焼けずに残った数少ない遺構で、北側の土塀とともに重要文化財に指定されています。岡口門を出たところには東内堀が広がっています。岡中門跡をとおり、二の丸、御橋廊下、勘定御門を通って13時半前、約三時間半の散策終了です。

さてせっかく和歌山にきてのお昼ということで、事前に調べておいた和歌山ラーメンを食べてきました。伺ったのは、まるイ 十二番丁店さんです。一番ベーシックなラーメン950円をいただきました。山盛りしゃきしゃきのねぎがたくさんのった豚骨醤油ラーメンで、こってりしているのかと思いきや、意外にあっさりしていて最後まで食べ飽きずにおいしくいただけました。

14:30和歌山市発特急サザンで今度は指定席でゆったりと戻ってきました。いったん宿に戻り、夜はいとこと飲みに梅田で待ち合わせて飲んできました。飲んだ後は静かなところでコーヒーということで淀屋橋まで歩いたんですが、知らなかった中之島図書館や中央公会堂、水晶橋など、いとこが案内してくれました。

さて明日は法事なので観光はなしです。

京都・大阪・和歌山城めぐりの旅 #1 二条城

伯母の満中陰法要に合わせて計画した2泊3日京都・大阪・和歌山城めぐりの旅、二条城大阪城和歌山城をめぐる予定です。

6:46熊谷発の上越新幹線、7:48東京発ののぞみ、京都市営地下鉄と乗り継いで二条城前駅についたのは10:30ごろ。改札出たところのコインロッカーに荷物預けて地上に出ると目の前は二条城でした。

■ 二条城 ■

二条城は京都市街にある平城で、天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするために徳川家康が築城し、正式名称は元離宮二条城。15代将軍慶喜が二の丸御殿で「大政奉還」の意思を表明したことでも有名です。国指定史跡、世界文化遺産、二の丸は国宝に指定され、日本100名城の53番となっています。

地上に出ると南東隅櫓と外堀が見えます。南東隅櫓は重要文化財です。かつて外堀の内側の四隅に隅櫓が建てられていましたが今残っているのは東南隅櫓と西南隅櫓です。

外堀に沿って少し北へ行くと重要文化財の東大手門があります。券売所で入城券+二の丸御殿観覧券(1,300円)を買って中へ。

東大手門入ってすぐ右にあるのは番所です。9つあった番所のうちただ1つ残っている建物だそうです。番所の北方向にある大休憩所で通常版と限定版の御城印をまずゲット、番所の南方向にある総合案内所で100名城スタンプをゲットしました。二条城は来たことがありスタンプは入手済みですが、2冊目のスタンプ帳にはないので。その奥には先ほどの南東隅櫓があります。

さてここからは公式HPにあった観覧モデルコースのよくばりコース(2時間30分)に沿って散策です。煌びやかな唐門は重要文化財で、二の丸御殿の正門です。門を入ると正面に国宝の二の丸御殿。二の丸御殿の中は撮影禁止なのが残念です。以前来たときは確か撮影できたと思うのですが。面白かったのが、廊下です。歩くと鳥の鳴き声のような音がきゅいきゅいとなり、鶯張りと呼ぶそうですがこれがなんか心地よい。

御殿内部見学後、特別名勝の二の丸庭園を見ながら東側に出ると内堀、東橋と本丸櫓門があります。本丸櫓門は重要文化財

門を入ると正面に本丸御殿の御常御殿が見えます。本丸庭園を見ながら重要文化財の本丸御殿へ。本丸御殿は、明治時代に桂宮御殿の玄関、御書院、御常御殿、台所、雁の間が移築されたものです。本丸御殿内部も残念ながら撮影禁止です。本丸御殿内部見学は11:50枠を予約済み(1,000円)。最初にビデオを見てからその後は自由見学でした。

本丸庭園の南西隅には天守閣跡があります。二条城に五重の天守閣があったんですね、知りませんでした。落雷で焼失したそうです。天守台からは御殿と庭園が見降ろせます。

本丸御殿の西側から坂を下り、内堀にかかる西橋を渡ると休憩所があるので、そこでしばし休憩。ここはよくばりコースの分岐点となっていて、北へ進むか南へ進むかというところなんですが、まずは南へ。内堀沿いに進んでいくと内堀の南西隅に重要文化財の西南土蔵(米蔵)があります。本丸西橋を挟んで北の西北土蔵と対になっています。土蔵はかつて10つあり、現在は3つ残っています。城に土蔵が残るのは二条城だけだそうです。進むと右側に重要文化財の西南隅櫓。

内堀沿いに東方向には梅林があり、梅が少し咲き始めていました。梅林の先には重要文化財の南中仕切門があり、内堀の北側にある北中仕切門と対になっています。門をくぐって右側は桜の園ですが、春には桜が咲いてきれいなんでしょうね。

内堀南東隅には重要文化財の桃山門があり、北の鳴子門と対になっています。内堀に沿って北上して、再度本丸櫓門から本丸御殿・庭園を経由して西橋の分岐点に戻ってきました。ここからは北上します。内堀の北西隅に重要文化財の西北土蔵(米蔵)があります。土蔵の西側奥には重要文化財の西門があるのですが、そこまでは立ち入りできず、遠くから眺めるのみです。土蔵を過ぎて内堀沿いに東へ進むと重要文化財の北中仕切門。門の先は清流園のエリアです。清流園は昭和に作られた庭園です。西側は書院・香雲亭と茶室・和楽庵が建つ日本庭園、東側は洋風の芝庭という、和洋折衷の造りです。

内堀に沿って少し南下し重要文化財の鳴子門を見てから来た道を戻ります。東へ進んでいくと左側奥に重要文化財の北大手門が見えます。東大手門に対する控えの門です。右側には重要文化財の土蔵があります。土蔵の南側には重要文化財の二の丸御殿台所・御清所があるのですが、このエリアには入れなくて殿台所の北端部をちらり見できる程度でした。

これで見るべきものは全部見たと思っていましたが、よかったです。南門をすっ飛ばしていたことに気づいて。唐門くぐる前に南門を見てから進むコースになっていたんですね。南門は大正時代に天皇の入城口として建てられたそうです。

さて時刻は13:50、旅程上ほぼ予定どおりで次の大阪城へ向かうことにしていたのですが、大阪城の規模からするとここと同じ予定所要時間3時間では到底回り切れないと思われるのと、正直疲れてきたので、急遽大阪城は今回の旅程から外すことにしました。次回たっぷり時間取っていこうと思います。

時間が急にできてしまったので、ゆっくり約2kmの外堀外周一周することにしました。北東隅を曲がると北大手門、北西隅付近には堀や石垣などの文化財に親しんでもらえるようにと設置された散策路がありました。西側では西門。中からの西門はほとんど何も見えないので、外周一周は大正解、結構立派な門でした。南西隅では外側からの西南隅櫓、南側では外側からの南門を見て東南隅櫓まで戻ってきました。時刻は14:30ごろ、ゆっくり歩いて大体40分で一周です。

ということで今日の散策は終了、京都市営地下鉄、阪急電車と乗りついて今日の宿、新大阪クライトンホテルに16時ごろチェックイン。夕飯は事前に目星をつけた居酒屋のつもりが、駅前でぎょうざの満州を発見!行ったことなかったし宿から近いのでそこに決定。ビールと塩ゆで秘伝豆(ハーフ)、小松菜と玉子炒めセット(焼き餃子・ライス・スープ・漬物つき)と日本酒。しめて2,260円なり、安い!大変満足でした。

さて明日は和歌山城です。

伊豆城めぐりの旅 #2-2 韮山城

狩野城に続いて韮山城に向かいますが、御城印は蔵屋鳴沢反射炉物産館たんなんで入手できます。11:15ごろたんなんに到着しましたが、韮山反射炉の隣なので見学はせずともよく見えました。たんなんの裏手にある反射炉・富士山展望デッキはフォトスポットです。さてここから韮山城まではクルマで5分足らずです。

韮山城は、伊豆の国市韮山にあった室町時代後期から安土桃山時代にかけての城で、城跡は国の史跡に指定されています。丘陵に沿って縦に曲輪が連なる典型的な平山城です。
散策には江川邸の無料駐車場を利用しました。スマホで地図を見ながら西の方へ歩いていくと三ノ丸の東側の堀跡に出ました。南へ進むと城池があり、右側は登城口で道は堀切になっています。登った先は城の北端にある三ノ丸で現在は韮山高校のテニスコートになっています。高土塁が残っています。道を西へ進むと韮山高校のグラウンドの上に出ますが韮山高校は御座敷跡です。道の手前に南へ続く道がありそこを行くと権現曲輪です。権現曲輪には北条早雲)が城の守護神として創建した熊野神社があります。
権現曲輪とその南側の二ノ丸の間は堀切です。切岸に沿って登っていくと二ノ丸で土塁で囲われています。二ノ丸とその南西側の間は堀切です。道に沿って進むと本丸に出ます。本丸から伸びる土塁の上を南に進んでいくと、立ち入り禁止になるのですが、その先に塩蔵が見えました。
戻って権現曲輪と二ノ丸間の堀切を下り城池のほとりに出ました。遊歩道を南に進んで、現在確認ができる堀を見てきました。城池の周りを半時計回りに進んで戻ってきました。

13:30前、帰路に着きました。

伊豆城めぐりの旅 #2-1 狩野城

伊豆城めぐりの旅2日目、今日は狩野城、韮山城をめぐります。

8:15ごろ宿を出発し、8:40ごろ狩野城跡駐車場に到着しました。駐車場には狩野氏の系図と狩野派の系図、狩野氏の歴史年表の看板が設置されています。狩野城は伊豆市の狩野川と柿木川合流点の南側、標高189mの丘陵に築かれた山城で、伊豆市の指定史跡になっています。平安時代に狩野氏の祖狩野維景により造られたと考えられています。狩野永徳を代表とする絵師の狩野派の祖先の地なんだそうです。

城跡までは遊歩道が整備されています。遊歩道を進んで少し行くとまっすぐと右に折れる道の分岐点。まっすぐは城跡に東側から行くコース、右は西側から行くコースです。今回はまっすぐ進みました。遊歩道ではいくつか分岐がありますが、案内があるので迷うことはありません。

20分ほど歩き城跡に入り最初の出丸から東へ進みます。堀切が現れ、右に登ると東郭、左へ登ると本郭方向です。東郭は郭の内部がえぐれていて2段になっています。

本郭方向へ登ります。案内図によればこの道沿いに中郭があってそのまま入れるように読めるのですが、進んでいくと本郭についてしまいました。先ほどの堀切上がってすぐ左に上がる道が中郭へ続く道でした。中郭に着くと題目堂と掲げられた建物がありますが、どのようなものかよくわかりません。中郭は一番広い郭です。中郭の右奥にあるのが南郭で一番高いところにあります。

先ほどの遊歩道に戻って進むと水手方向に下りていく道と本郭へ続く竪堀の道に分かれます。本郭の手前東側には堀切があります。本郭は名前にしては小ぶりの曲輪で中央が臼状にえぐれ周囲の土塁が残っています。ということで主郭は本郭ではなく中郭とも考えられているようです。

本郭東側の堀切を下りてみました。突当りは整備されていない獣道でしたが、西の方へ進んでから戻る感じで進んでいくと水手に出ました。

本郭に戻って遊歩道を西へ進むと二重堀があり、その先に西郭。西郭の西側は大きな堀切となっています。ひととおり案内図にある遺構はめぐったので西側のコース下山しました。

次は狩野城の御城印を買いに行きます。10:20ごろ駐車場を出発しました。御城印は伊豆市観光協会天城支部(天城会館横)で入手しました。次は韮山城へ向かいます。

伊豆城めぐりの旅 #1 長浜城

1泊2日で伊豆の長浜城狩野城韮山城をめぐる旅です。今日は長浜城へ。

OH!MOS
OH!MOS

長浜城御城印

7時過ぎに出発し高速使わずに長浜城の御城印が買えるJAふじ伊豆 OH!MOS(オーモス)さんに着いたのは13:10すぎでした。御城印とみかんを購入しました。

■ 長浜城 ■

長浜城は沼津市の内浦地区にあった城で現在まで戦国時代の海賊城の遺構を多く残しています。国の史跡に指定されています。

安宅船原寸大模型
安宅船原寸大模型

石積みのレプリカ
石積みのレプリカ

OH!MOSさんの目の前は長浜城の田久留輪の一部でガイダンス広場になっており、安宅船原寸大模型が展示されています。発掘調査で見つかった石積みのレプリカなども整備されています。

長浜城跡見学者駐車場
長浜城跡見学者駐車場

長浜城模型
長浜城模型

案内板
案内板

ここからも登城できますが、すぐ近くの長浜城跡見学者駐車場へ移動し登城しました。駐車場周辺には長浜城に関する説明や案内板が設置されています。

登城路登城路
登城路

堀切Ⅳ
堀切Ⅳ

第四曲輪
第四曲輪

登城路は整備されていて階段をずっと登っていくと直進は弁天社、左は第四曲輪へ続く堀切Ⅳとの分岐にでます。堀切Ⅳを進むと左側に第四曲輪があります。この位置から尾根伝いに登ってこようとする敵をここで撃退する役目を担っていたと考えられています。

堀切Ⅲ
堀切Ⅲ

弁天社へ続く階段
弁天社へ続く階段

長浜城弁財天社
長浜城弁財天社

第三曲輪第三曲輪
第三曲輪

第三曲輪からの堀切Ⅲ
第三曲輪からの堀切Ⅲ

堀切Ⅳ右側の階段を進むと第二曲輪と第三曲輪の間の堀切Ⅲに出ます。ここには当初跳ね橋がありその後虎口に改造して門が建てられたそうです。今来た道は昔の道ではないような気がしたので、一旦堀切Ⅳの分岐に戻って弁天社へ続く階段を登っていきました。登り切ったところに長浜城弁財天社が建っている第三曲輪に来ました。南側から南東側に土塁があります。弁天社が建っている部分は削り取られて低くなっていますが、本来は南側の高くなっている部分の高さだそうです。

堀切Ⅲ
堀切Ⅲ

第二曲輪へ
第二曲輪へ

第二曲輪虎口
第二曲輪虎口

第二曲輪
第二曲輪

第二曲輪からの堀切Ⅲ
第二曲輪からの堀切Ⅲ

第二曲輪土塁
第二曲輪土塁

掘立柱建物跡
掘立柱建物跡

弁天社の脇を進むと先ほどの堀切Ⅲに出て、そのまま直進すると第二曲輪へ。第二曲輪は城跡で一番広い曲輪で、南側と西側に土塁が築かれています。
掘立柱の建物が建っていたと考えられ、最大の大きさの第1号建物とそれに直文する第6号建物の柱が復元表示されています。

櫓櫓

堀

北東隅の第一曲輪との境に、半地下式構造の掘立柱建物跡が確認され、当時の状況を推定し再現した櫓が建っています。海側の見張りと第一曲輪と第二曲輪をつなぐ登り口を兼ねた櫓と推定されています。西側北端にある堀は断面形が逆台形をしている箱堀で、下の竪堀とは分断されています。櫓と組み合わせて第一曲輪を守るためのものだったようです。

第一曲輪第一曲輪第一曲輪
第一曲輪

内浦湾と遠く沼津市街と富士山
内浦湾と遠く沼津市街と富士山

櫓に登ると第一曲輪へ。第一曲輪は城内の最高地点にあります。西側から北側にかけて、土塁がL字状に設けられています。東側に2つの柱穴、南側から西側にかけてL字状に延びる柱穴列が発見され、門と塀があったと推定されています。北端からは内浦湾と遠く沼津市街と富士山を眺めることができます。

散策路
散策路

曲輪A
曲輪A

曲輪B
曲輪B

曲輪C
曲輪C

曲輪Cから上方のぞむ
曲輪Cから上方のぞむ

続いて第一曲輪の海に向かって北東へ伸びる尾根上にある曲輪に進みます。櫓の半地下部分から整備された散策路は曲輪Aに続いています。第一曲輪に近い方からAからDの便宜上の名称がついていて、腰曲輪と呼ばれます。

曲輪D
曲輪D

岩礁岩礁
岩礁

岩礁から振り返ったところ
岩礁から振り返ったところ

曲輪Cまでは上からもよく見えていますが、曲輪Dは木に覆われてよく見えず曲輪Cから急な道を下りたところになります。曲輪Dの先は岩礁になっていて下りることもできます。

曲輪I
曲輪I

戻って櫓からの散策路の下側、曲輪Iに行ってみました。

曲輪J?
曲輪J?

曲輪K曲輪K
曲輪K

安宅船原寸大模型
安宅船原寸大模型

竪堀
竪堀

最後に上から安宅船原寸大模型を見下ろせる曲輪K方面へ。曲輪Aの西側からつづく道を進むと曲輪Jがありますが、これを曲輪というのかと思うほどよくわかりません。その先少し進むと曲輪Kに出ます。下方に安宅船原寸大模型、テレビでも見たことのある光景でした。曲輪Kの先はまだ道が続き、行き止まりには第二曲輪にあった堀に位置を合わせて作られた竪堀があります。

案内図によれば曲輪の遺構は他にもありますが行けないのでこれで散策終了です。

オーシャンビューの和室
オーシャンビューの和室

サンセット
サンセット

夕食夕食
夕食

15:15ごろ今日の宿へ向けて出発、宿に着いたのは16:10ごろでした。今日の宿は伊藤園ホテル土肥さんです。部屋はオーシャンビューの和室で、海に沈む太陽を見ることができました。

明日は狩野城韮山城をめぐる予定です。

山口・福岡・大分城めぐりの旅 #3-2 小倉城

今回の旅最後に訪れるのは、昨晩散策した小倉城です。最寄りの勝山公園地下駐車場に12:55ごろ到着しました。

■ 小倉城 ■

走る白い忍者の石垣
走る白い忍者の石垣

天守
天守

御城米屋跡
御城米屋跡

しろテラス
しろテラス

#181 小倉城スタンプ小倉城御城印小倉城とらっちゃ御城印

小倉城は北九州市にある梯郭式平城で続日本100名城の181番です。江戸時代には小倉藩の藩庁が置かれました。駐車場から地上に出て西へ進むと石垣が現れますが、石垣の切れ目が走る白い忍者のようにみえてかわいいです。ここから天守の方向へ進み、右側一段高くなっているところは御城米屋跡、正面にしろテラス。ここはお土産屋で、スタンプと御城印はここで入手できます。

大手門枡形・大手門跡大手門枡形・大手門跡大手門枡形・大手門跡
大手門枡形・大手門跡

しろテラス手前左側が大手門枡形・大手門跡で正面に天守がそびえています。天守に入る前に付近を散策します。

槻門(けやきもん)跡
槻門(けやきもん)跡

「卍」の刻印
「卍」の刻印

井戸跡
井戸跡

鉄門(くろがねもん)跡
鉄門(くろがねもん)跡

大手門から入り、右に曲がった後左に折れた先にある槻門(けやきもん)跡は藩主、公儀役人の他、家老や主な寺の住職のみが通行を許された本丸への正門です。槻門跡と西側にある鉄門(くろがねもん)跡の間の本丸石垣下部に「卍」の刻印(このあたりの石垣を請け負った家臣の家紋)や井戸跡があります。

松ノ丸跡
松ノ丸跡

白洲灯台岩松翁記念塔
白洲灯台岩松翁記念塔

西ノ口門跡西ノ口門跡
西ノ口門跡

本丸西側石垣
本丸西側石垣

南側の郭は松ノ丸跡で南端部に白洲灯台岩松翁記念塔が建っています。鉄門跡は中老以下一般武士が通行した門です。さらに西側にある西ノ口門跡は裏門にあたり、二の丸から本丸と松ノ丸へ入る門です。

天守天守天守続櫓
天守続櫓

戻って槻門跡から本丸へ向かいます。石段を登ると本丸、天守の前にでます。天守には続櫓がついています。

天守入口
天守入口

とらっちゃ天守1階天守1階
天守1階

天守に入ります。天守は連結式望楼型4重5階の復興天守で、歴史や文化を学べる体験型展示はエンターテイメント性に富んでいます。1階はエンターテイメントエリア「小倉城シアター&体験コーナー」です。時間があればひとつずつ展示を体験するのも楽しそう。バーチャル技術で江戸時代のさまざまな衣装に着替えられるデジタルなりきりで遊びました。

天守2階
天守2階

天守3階天守3階
天守3階

2階は細川家・小笠原家の歴史と小倉の歩みのフロア、3階は宮本武蔵と佐々木小次郎のフロアで、巌流島の決闘の歴史や、二人の伝説を体感できる展示などがあります。
4階はギャラリースペース。

天守5階
天守5階

天守5階から小倉城庭園のぞむ
天守5階から小倉城庭園のぞむ

天守5階から北ノ丸のぞむ
天守5階から北ノ丸のぞむ

5階は小倉の街を一望できる展望スペースでカフェもありました。

宮本武蔵と佐々木小次郎のモニュメント
宮本武蔵と佐々木小次郎のモニュメント

着見櫓
着見櫓

本丸
本丸

本丸西側石垣
本丸西側石垣

多聞口門跡
多聞口門跡

石垣の境目
石垣の境目

天守から出て西側には巌流島の戦いをイメージした宮本武蔵と佐々木小次郎のモニュメント、本丸の北西側に着見櫓があります。沖からの通航船を監視した木造三重二層の櫓が再現されています。北西隅から多聞口門跡を抜けて北ノ丸へ。門跡抜けて右側の本丸石垣を見ると毛利氏時代と細川氏時代の石垣の境目がはっきりと確認できます。

北ノ丸
北ノ丸

八坂神社
八坂神社

東楼門
東楼門

北ノ丸石垣北ノ丸石垣
北ノ丸石垣

北ノ丸には八坂神社が建てられています。八坂神社の東楼門から一旦外へ出て北ノ丸石垣を見て戻り東へ進みます。

本丸北側石垣
本丸北側石垣

北口門跡
北口門跡

下台所
下台所

中津口門大石
中津口門大石

北口門跡は八坂神社参道の門の入って右側(このルートでは門の手前左側)が門跡です。八坂神社参道の門の東側は下台所。参道を東に進み鳥居の先に、中津街道の出入り口であった中津口門で使われていた大石があります。

小倉城庭園
小倉城庭園

小倉城庭園展示棟
小倉城庭園展示棟

小倉城庭園小倉城庭園小倉城庭園
小倉城庭園

続いて小倉城庭園へ。小倉城庭園は池泉回遊式庭園で、御下屋敷跡を復元した大名庭園と、江戸時代の典型的な武家書院が再現されています。ここから見る天守は絵になりますね。

虎ノ門跡
虎ノ門跡

天守
天守

大手先門跡
大手先門跡

小倉城庭園の南東には虎ノ門跡。大手門、西の口門と並ぶ正門の一つです。
天守東側を堀沿いに西に進むと左側に大手先門跡があります。時間が少しあるのでもう少し城内を散策してから駐車場へ戻りました。

北九州空港
北九州空港

メーテル像メーテル像

15:45ごろ駐車場を出発し北九州空港へ向かい、直前でガソリンを補給、レンタカー返却時の総走行距離は424kmでした。空港にはメーテル像がありました。銀河鉄道999は大好きなので、うれしい。ということで18:05の飛行機で帰りました。

鬼おろしポン酢牛丼

夕飯はすき家で鬼おろしポン酢牛丼テイクアウト、22:10ごろ帰宅です。

山口・福岡・大分城めぐりの旅 #3-1 中津城

山口・福岡・大分城めぐりの旅の最終日、今日は中津城小倉城をめぐります。

朝食
朝食

中津城第3駐車場
中津城第3駐車場

あさのホテルさんでの朝食後、7:25ごろ中津城へ向けて出発、9:10ごろ中津城第3駐車場へ到着しました。

■ 中津城 ■

中津城は大分県中津市にある梯郭式の平城で、大分県指定史跡、続日本100名城の191番です。黒田官兵衛が築城し、細川忠興が完成させました。

■二ノ丸

二ノ丸二ノ丸二ノ丸
二ノ丸

駐車場は二ノ丸にあります。二ノ丸公園として整備されています。

天守と薬研堀
天守と薬研堀

黒田時代(右側)と細川時代(左側)の石垣
黒田時代(右側)と細川時代(左側)の石垣

黒田官兵衛(如水)像と正室光姫像
黒田官兵衛(如水)像と正室光姫像

二ノ丸と本丸の間には薬研堀があり、模擬天守が建っています。薬研堀に面した本丸上段北面石垣では黒田時代(右側)と細川時代(左側)の石垣の継ぎ目を確認できます。近くには黒田官兵衛(如水)像と正室光姫像が仲良く並んでいます。

天守天守
天守

天守と大鞁櫓
天守と大鞁櫓

堀に沿って進んでいくと天守の南側に大鞁櫓を見ることができます。

■本丸上段

本丸上段へ
本丸上段へ

料金所
料金所

本丸上段
本丸上段

堀が切れるところの石段を上がって鳥居を抜けると本丸の上段で、料金所があります。スタンプはここにで押して入城料は1,000円(ドリンク付き)です。有料区域内に入ると右側に黒田官兵衛資料館があり、大鞁櫓、天守と並んでいます。左側奥には藩主であった奥平家の祖を祀った奥平神社があります。

黒田官兵衛資料館
黒田官兵衛資料館

#191 中津城スタンプ中津城御城印

黒田官兵衛資料館に入ったところでドリンクをいただきました。黒田官兵衛資料館の売店で御城印を入手。

大鞁櫓
大鞁櫓

天守天守
天守

大鞁櫓は望楼型の二重櫓です。天守は本丸上段の北東隅櫓跡に建てられた模擬天守です。

天守天守
天守

天守最上階
天守最上階

天守最上階より天守最上階より
天守最上階より

天守に入ると奥平家歴史資料館となっていて、奥平家歴代の当主の甲冑など色々展示されていますが、何よりもものすごい量の造花で館内が彩られているところに驚きます。これに関しては色々と辛口な意見も多いようですが、自分的にはこれはこれで華やかでいいんじゃない?と思います。最上階は外に出られて眺めがいいです。

■本丸下段

高輪地蔵
高輪地蔵

三斎池
三斎池

本丸下段
本丸下段

中津大神宮
中津大神宮

有料区域から出ると先ほどの料金所の対面には高輪地蔵、南へ進むと本丸下段で、三斎池という池があります。この西側は中津城第1駐車場で広大です。中津大神宮は、伊勢の神宮の大神様の御分霊を奉斎し、『豊前の国のお伊勢様』とも言われますがこちらは本丸の上段にあります。

松の御殿跡
松の御殿跡

水門跡水門跡
水門跡

本丸下段西側の松の御殿跡には中津神社が鎮座しています。本丸下段の南西隅は水門跡で虎口の石垣が残っています。

大鳥居
大鳥居

本丸南側石垣(東側)
本丸南側石垣(東側)

本丸南側石垣(西側)
本丸南側石垣(西側)

東の方へ戻ると右側に大鳥居があり三ノ丸へ道が続いていますが、本丸南側石垣のこの部分は道を作るために分断されました。東側の石垣は戦後撤去された上半分を復元したとのことで、上下で若干色が違っています。西側の堀に面した石垣は昔のままです。

独立自尊碑
独立自尊碑

椎木門跡椎木門跡
椎木門跡

扇型石垣跡
扇型石垣跡

独立自尊碑は福澤諭吉の偉業を称えて建立された記念碑ですが福澤諭吉の生誕地だったんですね、知りませんでした。本丸南東隅の鳥居がある入口は椎木門跡です。門跡北側の天守方向へ続く石垣の切れ目はかつて扇型だった石垣にあった入口のひとつ。椎木門跡の外は二ノ丸です。

■二ノ丸・三ノ丸・他

黒門跡
黒門跡

大手門跡石垣
大手門跡石垣

御用屋敷跡
御用屋敷跡

椎木門跡から東へ進み角を右へ曲がったところは黒門跡、その南側は三ノ丸です。南へ進むと小学校があり大手門跡石垣。道挟んで反対側の公民館は御用屋敷跡です。

三ノ丸から天守のぞむ
三ノ丸から天守のぞむ

西門跡西門跡
西門跡

小倉口
小倉口

西側へずっと進み三ノ丸西端まで行くと搦手門だった西門跡で、その先城下町、西へ進むと城戸口のひとつだった小倉口があります。

北側石垣北側石垣
北側石垣

天守
天守

ハートの木
ハートの木

すぐ北側は中津川なので川沿いに北側の石垣を眺めながら駐車場へ戻りました。最後に天守をバックにハートの木をパチリ。

お囲い山
お囲い山

約2時間の散策を終え、中津城で計画した最後の遺構のお囲い山・広津口へ。お囲い山は城下町外周の外堀の内側に築かれた総構えの土塁のことですが、城戸口のひとつだった広津口で確認できます。

中津城の次、最後訪れるのは小倉城です。

山口・福岡・大分城めぐりの旅 #2-4 夜の小倉城

あさのホテルあさのホテル

今日の宿は小倉駅に近い、あさのホテルさんで17:20ごろ到着しました。

博多もつ鍋
博多もつ鍋

豚タンネギ塩
豚タンネギ塩

夕飯は事前に調べておいた小倉駅改札口正面のVIERRAにある竹乃屋VIERRA小倉店さんです。せっかく九州に来たのだからと博多もつ鍋や豚タンネギ塩を堪能、3,256円なり。

小倉イルミネーション小倉イルミネーション
小倉イルミネーション

夕飯後、そのまま夜の小倉城へ。小倉城のあたりではなにやら音楽と歌声が聞こえ、すごいイルミネーションが見えてきました。今日から開催される小倉イルミネーションのようです。イルミネーションを前にライトアップされた小倉城がなかなか絵になっていました。イルミネーションを通り過ぎて小倉城へ。

■ 小倉城 ■

天守P1014777天守天守天守
天守

着見櫓
着見櫓

白洲灯台岩松翁記念塔
白洲灯台岩松翁記念塔

虎ノ門跡から入ると、ライトアップ天守の東側に出ました。大手門枡形、大手門跡を通って、本丸へ。天守、着見櫓とみて最後は松ノ丸跡の白洲灯台岩松翁記念塔を。

常盤橋
常盤橋

帰りは川沿いに少し歩いたのですが、偶然、常盤橋を見つけました。九州各地につながる五つの街道(小倉の五街道)の全ての起点となっていたのが常盤橋です。

宿に戻ったのは21:20すぎ。明日は中津城小倉城の予定です。

山口・福岡・大分城めぐりの旅 #2-3 秋芳洞

次に訪れたのは秋芳洞です。山口県美祢市の秋吉台国定公園の地下100-200mに広がる鍾乳洞で国の特別天然記念物に指定されています。洞内総延長10km超の大鍾乳洞で、観光コースは約1km、温度は四季を通じて17℃だそうです。

秋芳洞商店街
秋芳洞商店街

秋芳洞案内所
秋芳洞案内所

秋芳洞へ
秋芳洞へ

洞正面入口
洞正面入口

13:50ごろ秋芳洞第1駐車場に到着、ここから徒歩で秋芳洞商店街を抜けると秋芳洞案内所で、入洞料は1,600円です。洞正面入口では川が洞内から流れ屋根付きの橋が岩の裂け目に続いていて雰囲気がとてもいいです。

身代観音
身代観音

青天井
青天井

長淵
長淵

洞内に入ると身代観音があります。続いて小さな滝壺の竜ヶ淵、その先には高さ約30m、幅約50mの巨大な空洞空間の青天井。入口から差し込む外光が洞内の川に反射し、天井が青く見えることからその名が名付けられています。青天井の先は天井が低く川幅が広い長淵。

百枚皿百枚皿
百枚皿

続いて秋芳洞の代表的景観である百枚皿。段丘を流れる水に含まれる石灰分が数万年かけて沈殿し、皿状の堤防が500枚以上連なり棚田のようになった石灰華段丘です。

洞内富士
洞内富士

広庭(洞内富士)は天井の高いドーム状の大空間で、中央に約8mの巨大な石筍「洞内富士」がそびえたちます。

南瓜岩
南瓜岩

すぼ柿
すぼ柿

大松茸
大松茸

縮緬(ちりめん)岩
縮緬(ちりめん)岩

蓬莱山
蓬莱山

南瓜岩がありましたがそう見えなくもないか。すぼ柿、大松茸、縮緬(ちりめん)岩、蓬莱山といろいろと名付けられた石を見ながら、千町田へ。

千町田と傘づくし
千町田と傘づくし

千町田は百枚皿と同じく石灰華段丘で、こちらも代表的景観です。天井からはツララのような鍾乳石が何本もたれている傘づくし。

ライオン岩
ライオン岩

大黒柱
大黒柱

空滝
空滝

幽霊滝
幽霊滝

ライオン岩、大黒柱、空滝、幽霊滝と続きます。空滝はかつて地下水が流れていた跡が、凍りついた滝のように見える壮大なフローストーン(流れ石)の鍾乳石です。幽霊滝は雨が降っているときには水は流れず晴れているときには流れたりすることからそう呼ばれているそうです。

千畳敷千畳敷
千畳敷

その先は幅80m、長さ175m、高低差35mの巨大な洞内空間の千畳敷です。千畳敷では、黒谷支洞方面と秋吉台へ登れるエレベーター方面に分かれています。

黄金柱
黄金柱

蘇鉄岩
蘇鉄岩

紺屋の藍壺
紺屋の藍壺

黒谷支洞の方へ進むとちょっとした空間があり、そこに秋芳洞のシンボル、巨大な石灰華柱で高さ15m幅4mの黄金柱と蘇鉄岩、紺屋の藍壺があります。

大仏岩
大仏岩

猿すべり
猿すべり

大仏岩、猿すべりとつづきますが、暗くてよく分かりませんね。

巌窟王
巌窟王

石灰華の滝石灰華の滝

くらげの滝のぼり
くらげの滝のぼり

龍の抜穴
龍の抜穴

五月雨御殿
五月雨御殿

マリア観音
マリア観音

黒谷口
黒谷口

この先、黒谷支洞に入ると巌窟王があります。巌窟王は高さ約8mの巨大な複合石筍で甲冑をまとった武士や、手を合わせる人の横顔に見えます。石灰華の滝、くらげの滝のぼり、龍の抜穴、無数の鍾乳石が天井から下がっている大空間の五月雨御殿、最後はマリア観音で先は黒谷口。ここでUターンです。

秋吉台のエレベーター
秋吉台のエレベーター

秋吉台秋吉台
秋吉台

千畳敷までもどり、秋吉台へ昇れるエレベーターへ。秋吉台は日本最大級のカルスト台地で国定公園および国の特別天然記念物に指定されています。エレベーターを降りてカルスト展望台までは徒歩約10分ですがこれが地味に長い坂道で結構疲れます。カルスト展望台からは秋吉台を一望できます。少しだけカルスト台地も散策しました。エレベーターに戻り、再び秋芳洞を通って駐車場に戻りました。小倉の宿を目指し、16時すぎ駐車場を出発しました。

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