「日本100名城」カテゴリーアーカイブ

大阪・兵庫城めぐりの旅 #4-4 姫路城その4

姫路城の続きの最後です。西の丸北門跡から坂をずっと下り、ろの門、いの門とくぐり、菱の門前を左にずっと進むと、るの門があります。るの門は石垣に替えられた穴を出入口としていて、穴門と呼ばれます。もともとは扉がありました。るの門右のリの二渡櫓の下の石垣は継ぎ目があり、増築された場所です。

るの門P1026498
るの門

継ぎ目のある石垣継ぎ目のある石垣

これでひととおり有料区域のみどころは見た感じでしたので、出口に向かい、そこにある売店で御城印をゲットしました。

出口
出口

姫路城御城印

出口から出て東へ進み、官兵衛普請の石垣を見にいきます。

三の丸
三の丸

■下山里曲輪

官兵衛普請の石垣は、上山里下段石垣のことで、上山里曲輪の南下にある下山里曲輪で見ることができます。姫路城は池田輝政が拡張しましたが、それ以前の姫路城で生まれ城主となった黒田官兵衛や羽柴秀吉時代の遺構も残っており、上山里下段石垣もその一つです。姫路城の修築工事の際に石垣の中から出てきた五輪塔などの仏石を祀った集積所もあります。

上山里下段石垣上山里下段石垣
上山里下段石垣

出土五輪塔集積場所
出土五輪塔集積場所

下山里曲輪の東側に下りて北へ進むと内堀が切れたところに出ます。堀の打ち止め部分が内船場蔵南石垣です。

内船場蔵南石垣内船場蔵南石垣内船場蔵南石垣
内船場蔵南石垣

その先、東に進み喜斎門を出て内堀沿いに見ていきます。北側に、との四門が見えました。喜斎門は搦手に位置する門です。

との四門
との四門

喜斎門跡喜斎門跡
喜斎門跡

東側からの天守
東側からの天守

内堀沿いに北へ進み内堀が西へ折れる場所には、鬼門封じとも解釈される石垣があります。

鬼門封じの石垣
鬼門封じの石垣

内堀を左手に北側からの天守を見ながら西へ進みます。

天守天守天守
天守

北勢隠門跡から勢隠曲輪に入り、内堀沿いに南西に進んで南勢隠門跡、さらに南へ進んで内堀南東隅を経由して大手門から再度三の丸へ入りました。

北勢隠門跡北勢隠門跡
北勢隠門跡

勢隠曲輪勢隠曲輪
勢隠曲輪

南勢隠門跡南勢隠門跡
南勢隠門跡

鷺山口門跡
鷺山口門跡

内堀内堀
内堀

■三の丸

再度の三の丸です。見ていないところへ行ってみます。三の丸に入り南側の道を進むと一段上へ続く坂道があります。その手前左手は武蔵野御殿跡です。坂を上ると三の丸(千姫ぼたん園)。西側の石垣上にあがると内堀を高い場所から見渡せます。北へ進むと西の丸石垣につきあたります。左側のワの櫓の下あたりは鷺山口門跡です。近くに茶室鷺庵がありました。

武蔵野御殿跡武蔵野御殿跡
武蔵野御殿跡

三の丸(千姫ぼたん園)
三の丸(千姫ぼたん園)

三の丸石垣からの内堀
三の丸石垣からの内堀

ワの櫓とカの櫓
ワの櫓とカの櫓

ワの櫓と鷺山口門跡
ワの櫓と鷺山口門跡

茶室鷺庵
茶室鷺庵

カの櫓下からの天守
カの櫓下からの天守

ここから姫路城の散策はおしまいです。姫路駅へ向かう途中にある家老高須隼人屋敷跡を見て時刻は14時ごろになっており、5時間超の散策となりました。さすがです。

家老高須隼人屋敷跡
家老高須隼人屋敷跡

14:59姫路発で帰路につきました。

大阪・兵庫城めぐりの旅 #4-3 姫路城その3

姫路城の続きです。

■備前丸

ハの渡櫓から出て天守入口に戻ると左、南側に備前丸で天守を間近にの正面から見ることができます。

備前丸天守天守備前丸・天守
備前丸・天守

北東側に折廻櫓、備前門があります。

折廻櫓・備前門
折廻櫓・備前門

■東曲輪

備前門をくぐると東曲輪に入ります。左手に井郭櫓があります。大きな井戸があるため井戸櫓とも呼ばれていました。その先に旧番所、その左に、ちの門がありますが中には入れませんでした。先には東小天守、への門、トの櫓。

井郭櫓井郭櫓
井郭櫓

旧番所とちの門(左)
旧番所とちの門(左)

東小天守・への門
東小天守・への門

トの櫓
トの櫓

備前門の入口脇には石垣に転用された、古墳に埋葬されていた石棺の身があります。備前門出て右手に進むと、帯の櫓があり腹切丸へ下りる階段がありますが入れません。太鼓櫓北方土塀の狭間を覗くと、腹切丸、帯郭櫓(腹切丸)が見えました。

石棺
石棺

東曲輪帯の櫓
帯の櫓

腹切丸・帯郭櫓(腹切丸)
腹切丸・帯郭櫓(腹切丸)

道の一番奥はへの櫓(太鼓櫓)で右側に、りの門があります。

への櫓(太鼓櫓)
への櫓(太鼓櫓)

りの門
りの門

■上山里曲輪(二の丸)

りの門をくぐると上山里曲輪(二の丸)です。播州皿屋敷の階段で知られる「お菊井戸」があります。西側は南からチの櫓、リの一渡櫓、リの二渡櫓、ぬの門と続いています。リの二渡櫓には、大天守の鯱が展示されています。明治の鯱は5代目、昭和の鯱は6代目、平成の鯱は7代目です。

上山里曲輪上山里曲輪
上山里曲輪

お菊井戸お菊井戸
お菊井戸

チの櫓
チの櫓

リの一渡櫓・リの二渡櫓
リの一渡櫓・リの二渡櫓

ぬの門
ぬの門

大天守の鯱
大天守の鯱

ぬの門をくぐってまっすぐは三国堀に至る、るの門がありますが、石垣に沿って右方向へ進むと焼失した、をの門跡があり、その先、いの門に至ります。いの門からぬの門を経て大天守に向かう道を下道といいます。

ぬの門
ぬの門

をの門跡をの門跡
をの門跡

菱の門
菱の門

いの門を抜けて菱の門まで戻り、門手前を右に進んでいくと西の丸に続きます。

■西の丸

すぐに左に折れたところに西の丸南門跡があり礎石が残っています。門の東側に武者溜りとつづき、西の丸に入ります。

西の丸南門跡西の丸南門跡
西の丸南門跡

武者溜り
武者溜り

西の丸西の丸西の丸
西の丸

坂を登り切って右に折れた先の案内板のある場所は写真スポット。庭園の木々と相まって美しい天守を撮ることができます。坂を登り切った正面奥にカの櫓があります。

西の丸からの天守
西の丸からの天守

カの櫓
カの櫓

西の丸を囲むように築かれた長屋は百間廊下です。ワの櫓から入ることができます。

ワの櫓ワの櫓ワの櫓
ワの櫓

ワの櫓からレの渡櫓へ続きます。

レの渡櫓レの渡櫓レの渡櫓レの渡櫓レの渡櫓
レの渡櫓

レの渡櫓の先は仮廊下で、以前この辺りにあった壊れた渡櫓は復旧が困難で解体してしまったそうです。

仮廊下仮廊下
仮廊下

仮廊下からヲの櫓へ続きます。

ヲの櫓ヲの櫓
ヲの櫓

ヲの櫓とタの渡櫓の間にある大戸は頑丈なつくりで、この戸の内側に女性が暮らしていたためのようです。

廊下の大戸
廊下の大戸

タの渡櫓タの渡櫓タの渡櫓
タの渡櫓

タの渡櫓からルの櫓、ヨの渡櫓へ続きます。

ルの櫓
ルの櫓

ヨの渡櫓からカの渡櫓は長局です。奥御殿の一角に設けられた長局は8畳ほどの部屋が幾つも連続し、奥女中が住んでいたそうです。

ヨの渡櫓ヨの渡櫓ヨの渡櫓
ヨの渡櫓

ヌの櫓
ヌの櫓

カの渡櫓カの渡櫓
カの渡櫓

カの渡櫓より
カの渡櫓より

百間廊下の最後は化粧櫓です。化粧櫓は、千姫が本多忠刻に嫁いだ際、10万石の化粧料の一部を使用して建設されたといわれます。

化粧櫓へ
化粧櫓へ

化粧櫓化粧櫓
化粧櫓

化粧櫓より
化粧櫓より

百間廊下より出て西の丸を少し散策します。

百間廊下出口
百間廊下出口

カの渡櫓
カの渡櫓

ヌの櫓
ヌの櫓

ヨの渡櫓
ヨの渡櫓

西の丸
西の丸

西の丸への北側の入口である西の丸北門跡には礎石が残っています。ここからの坂道も天守の撮影スポットです。

化粧櫓と西の丸北門跡
化粧櫓と西の丸北門跡

西の丸北門跡
西の丸北門跡

西の丸北門跡下
西の丸北門跡下

西の丸北門跡下より
西の丸北門跡下より

西の丸から出てまだ見ていないスポットを回りましたが、きりがいいので一旦ここで切ります。


大阪・兵庫城めぐりの旅 #4-2 姫路城その2

姫路城の続きです。水の五門をくぐるとすぐ左に折れて水の六門、その先で靴を脱ぎ、大天守の地階に入ります。最上階の6階まで順にみていきます。

■大天守地階

大天守では西大柱と東大柱の下部や流しを見ることができます。

大天守地階案内図
大天守地階案内図

大天守地階大天守地階
大天守地階

西大柱西大柱

東大柱東大柱

流し
流し

■大天守一階

一階は内陣を武者走り(回廊)が囲んでいます。

大天守一階案内図
大天守一階案内図

大天守一階武者走り(回廊)
大天守一階
大天守一階

ハの渡櫓(本丸)・乾小天守
ハの渡櫓(本丸)・乾小天守

■大天守二階

二階も一階同様、内陣を武者走り(回廊)が囲んでいます。破風の間は天守入口に架かる入母屋破風の屋根裏の空間で、開き窓があり屋根伝いに西天守へ行けるようになっています。

大天守二階案内図
大天守二階案内図

武具掛け
武具掛け

破風の間
破風の間

大天守二階
大天守二階

■大天守三階

三階中央には地階から5階まで通る西大柱と東大柱があります。西大柱は三階で二本継ぎになっています。北側と南側に石打棚が設けられ、北側は棚下の武者走りを内陣と板で仕切って内室としています。四隅には「武者隠し」と呼ばれる隠し部屋がありますが帰りに見ることができました。

大天守三階案内図
大天守三階案内図

大天守三階大天守三階
大天守三階

西大柱西大柱

東大柱東大柱

石打棚と内室
石打棚と内室

内室
内室

武者隠し
武者隠し

■大天守四階

四階は窓が高いため石打棚が設けられています。

大天守四階案内図
大天守四階案内図

大天守四階大天守四階
大天守四階

石打棚
石打棚

■大天守五階

五階は東大柱と西大柱の上端が見られます。

大天守五階案内図
大天守五階案内図

大天守五階
大天守五階

■大天守六階

最上階の六階は姫路城守護神の長壁神社(刑部)が祀られています。

大天守六階案内図
大天守六階案内図

大天守六階
大天守六階

長壁(刑部)神社
長壁(刑部)神社

西側眺望
西側眺望

南側眺望
南側眺望

東側眺望
東側眺望

北側眺望
北側眺望

■小天守と渡櫓

順路に従い下りてきて大天守一階からイの渡櫓の一階に入ります。イの渡櫓は大天守と東小天守を結ぶ二重渡櫓です。東小天守は北東隅にある三重隅櫓です。ロの渡櫓は東小天守と乾小天守を結ぶ二重渡櫓です。乾小天守は北西(乾の方角)にある三重隅櫓で一番大きい小天守です。ハの渡櫓は乾小天守と西小天守を結ぶ二重渡櫓です。

イの渡櫓(本丸)
イの渡櫓(本丸)

イの渡櫓(本丸)からの大天守・台所・乾小天守・ロの渡櫓(本丸)
イの渡櫓(本丸)からの大天守・台所・乾小天守・ロの渡櫓(本丸)

東小天守東小天守東小天守
東小天守

東小天守から見たニの渡櫓・ホの櫓
東小天守から見たニの渡櫓・ホの櫓

ロの渡櫓(本丸)ロの渡櫓(本丸)
ロの渡櫓(本丸)

ロの渡櫓(本丸)から見たイの渡櫓・ロの渡櫓
ロの渡櫓(本丸)から見たイの渡櫓・ロの渡櫓

乾小天守乾小天守
乾小天守

乾小天守から見たニの櫓・西の丸
乾小天守から見たニの櫓・西の丸

乾小天守から見た西の丸
乾小天守から見た西の丸

乾小天守から見た水の三門
乾小天守から見た水の三門

ハの渡櫓(本丸)
ハの渡櫓(本丸)

ハの渡櫓から見たニの櫓
ハの渡櫓から見たニの櫓

ハの渡櫓で天守見学はおしまいです。ニの渡櫓と西小天守は公開されていませんでした。きりがいいので一旦ここで切ります。

大阪・兵庫城めぐりの旅 #4-1 姫路城その1

今回の城めぐりの旅最終日、ホテルでの朝食後、最後に訪れるのは姫路城です。

朝食

■ 姫路城 ■

姫路城は兵庫県姫路市にある日本100名城の59番、国の特別史跡であり、江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、大天守・小天守・渡櫓等8棟が国宝に、74棟の建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に指定されています。日本で初の世界文化遺産にも指定されています。2009~2015年に行われた姫路城大天守保存修理工事「平成の大修理」直後の大天守の白さは記憶に新しいですが、あれから9年もたっているんですね。小学生くらいですかね、当時も城好きで一度連れてきてもらったことがあり、それ以来の登城です。

姫路駅北口に出ると大手前通りの正面先に姫路城が見え、お城を中心に街ができていると感じます。

姫路城
姫路城

途中にも、大手前石垣や中濠跡などのみどころがあります。

大手前石垣
大手前石垣

中濠跡
中濠跡

お城に突き当たると内堀があり、桜門橋を渡って大手門(桜門)から城内に入ります。入ったところは三の丸、すぐ天守が視界に飛び込んできます。

桜門橋・大手門(桜門)・天守桜門橋・大手門(桜門)・天守
桜門橋・大手門(桜門)・天守

大手門(桜門)・桜門橋案内
大手門(桜門)・桜門橋案内

桜門橋
桜門橋

内堀
内堀

大手門(桜門)
大手門(桜門)

■三の丸

三の丸
三の丸

姫路城は現存建築物が桁違いに多く所要時間が読めないので、時間の許す限りいろいろ見ていく予定です。

ほとんどの人がまっすぐ登城口に進んでいきますが、登城口に向かって手前右手に大天守大柱展示場があるのはGoogle Mapで調査済み。大天守大柱展示場には、旧西大柱が展示されています。かつて大天守の地階床から六階床までを東大柱とともに貫き、重層構造の主体となって350年大天守を守り続けてきたものです。

登城口へ
登城口へ

天守
天守

大天守大柱展示場大天守大柱展示場
大天守大柱展示場

登城口の東側には天守の庭と千姫・忠刻結婚400年記念の顔はめパネル。こちらにもほとんど人が来ないです。築城以来天守を支えてきた地盤は徐々に沈下、傾斜していたため、昭和の解体修理時に天守基礎をコンクリート地盤にし、元の礎石は取り除いたそうです。その大天守の礎石が平面展示されているのが天守の庭。顔はめパネル前に撮影台があったので、殿と姫、それぞれセルフタイマーで撮影し、あとで合成しました。顔の位置がいまいち。

天守の庭
天守の庭

顔はめパネル
顔はめパネル

登城口チケット売り場の左手に管理事務所があり、そちらでスタンプをゲット後、入城します。料金は1,000円です。

登城口チケット売り場
登城口チケット売り場

管理事務所
管理事務所

#59 姫路城スタンプ

■二の丸

登城門から入ると菱の門。菱の門は姫山・鷺山(城山)への入口を固める櫓門で枡形になっています。菱の門から入ると二の丸です。右手に三国堀がありここは三国堀曲輪。左手は西の丸へ続いています。

三国堀と天守
三国堀と天守

天守
天守

正面の、いの門から、ろの門、はの門と進んでいきます。いの門をくぐると右手に井戸があります。ろの門をくぐって坂をあがって右手が、はの門へつづく将軍坂で、「暴れん坊将軍」に出てくる有名なスポットです。はの門の礎石には石灯籠の基礎が転用されています。

いの門
いの門

井戸
井戸

天守
天守

ろの門
ろの門

将軍坂
将軍坂

はの門
はの門

石灯籠の基礎
石灯籠の基礎

■乾曲輪

はの門をくぐると天守から見て乾(北西)の方角にある乾曲輪です。ロの櫓や、キリシタンの名残りとか魔除けと言われる十字紋が彫られた鬼瓦を、にの門櫓の唐破風屋根に見ることができます。

はの門
はの門

乾曲輪とロの櫓
乾曲輪とロの櫓

十字紋の鬼瓦(にの門)
十字紋の鬼瓦(にの門)

天守の方へ続く道を進みますが、突当りU字に曲がります。天守が見えてもなかなかたどり着けないようになっていますね。先には、にの門があります。

天守方向へ
天守方向へ

にの門
にの門

■西北腰曲輪

にの門は天井が低くなっていて上から槍でぐさりとされる感じでしょうか。にの門をくぐりながら再度U字に曲がると西北腰曲輪で、乾小天守がよく見えてきます。正面は、ほの門です。

にの門にの門
にの門

西北腰曲輪・乾小天守
西北腰曲輪・乾小天守

ほの門
ほの門

■北腰曲輪

ほの門は埋門になっていて、階段上がって左手は北腰曲輪で、イの渡櫓、ロの渡櫓、ハの渡櫓などが連なっています。ロの渡櫓の内部には井戸がありました。ハの渡櫓から先へは入れません。

イの渡櫓
イの渡櫓

ロの渡櫓・ハの渡櫓
ロの渡櫓・ハの渡櫓

ロの渡櫓の井戸
ロの渡櫓の井戸

ほの門から水の一門へは、油壁を配置することで大きく屈曲しています。油壁は、型枠を組み枠の内側で粘土と砂を交互に撞きつめていく版築という工法で作られた壁ですが、現在は壁土が露出しています。

左から水の一門、油壁、ほの門
左から水の一門、油壁、ほの門

水の一門手前左の石垣には、欠けた石臼が間詰め石として積まれていて、姥ヶ石とよばれています。

姥ヶ石
姥ヶ石

■水曲輪

水の一門から水の五門までの細長い区域は水曲輪とも呼ばれます。ロの渡櫓の井戸水を天守に運ぶことから、水と名前がついているそうです。水の一門をくぐると左折してすぐに水の二門、水の二門をくぐると左手に天守の石垣を見ながら水の三門をくぐると左に折れて天守入口とあり、水の四門です。

水の一門
水の一門

水の二門
水の二門

水曲輪
水曲輪

西小天守石垣
西小天守石垣

水の三門
水の三門

天守入口(水の四門)天守入口(水の四門)
天守入口(水の四門)

水の四門をくぐって2回左に折れるとニの渡櫓(本丸)と水の五門。

ニの渡櫓(本丸)・水の五門
ニの渡櫓(本丸)・水の五門

さて、ここから天守に入りますが、きりがいいので一旦ここで切ります。

大阪・兵庫城めぐりの旅 #3-3 夜の姫路城

17時すぎに姫路駅前ユニバーサルホテル南口にチェックインしました。
ユニバーサルホテルチェーンは、1月の岡山城めぐりの旅にて利用しましたが、朝食も夕飯も無料、サウナ付きの大浴場もあって宿泊費も激安(今回4,130円!)というお財布にすごく優しいホテルです。中が吹き抜けになっていて、部屋もまるでマンションのよう。姫路駅前で新幹線もよく見えて最高ですが、姫路城はビルに隠れて見えません。

姫路駅前ユニバーサルホテル南口姫路駅前ユニバーサルホテル南口

夜の姫路城のライトアップを見るために、その時間に合わせて19:50ごろに無料夕食をいただきました。チェックイン時に日替定食かカレー定食を選べるのですが、日替定食にして、今日は唐揚定食でした。サラダバーももちろん無料で大満足!

日替定食
日替定食

■ 姫路城 ■

さて姫路城のライトアップは毎日日没から24時までですが、20時と21時からの15分間は、カラーLEDによる彩雲(さいうん)ライトアップが実施されています。夕飯の時間を合わせてというのは21時から見られるようにということでした。

さてホテルを出ると少し雨がポツポツ、傘を取りに戻るのも面倒だし、何とかなるかとそのまま姫路城へ向かってしまい、着くまでに普通に雨になっていました。

到着時は通常の白色ライトアップで、21時になるとライトが一瞬消えてカラーでライトアップされました。色は赤、緑、青などゆっくりと変化していくのでずっと見ていられます。15分あっという間に経過して白色に戻りました。

姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ姫路城ライトアップ
姫路城ライトアップ

雨に打たれながらのホテルまでの道のりはそれは遠く感じたものです。最終日の明日は朝からゆっくりと姫路城を堪能する予定です。

大阪・兵庫城めぐりの旅 #1-2 篠山城

■ 篠山城 ■

続いて篠山城です。篠山城は丹波篠山市にある日本100名城の57番、国指定史跡です。篠山盆地の中央部、笹山とよばれる小丘陵に築かれた平山城で、篠山藩の藩庁だったそうです。

三の丸西駐車場
三の丸西駐車場

15:20ごろ三の丸西駐車場に到着しました。当初計画では16:00着としていたのでかなり時間に余裕ができました。逆に言えば黒井城を福知山城へ変更していなければ、まったく時間がなかったはず。予報どおり雨模様になっています。

■二の丸

三の丸西駐車場は三の丸西側にあり、西内堀沿いに東へ進むと北廊下門跡、左は北内堀、進むと二の丸に入り表門跡、中門跡、鉄門跡と続き、左側に塀重門跡と大書院、正面に史料館があります。

西内堀
西内堀

二の丸阿北枡形石垣
二の丸北枡形石垣

篠山城案内板
篠山城案内板

北廊下門跡
北廊下門跡

北内堀
北内堀

表門跡表門跡
表門跡

中門跡
中門跡

鉄門跡
鉄門跡

塀重門跡
塀重門跡

大書院と史料館
大書院と史料館

■大書院

大書院は廃城令によって大半が壊された城建物の中でただ1つ残されましたが、火災により焼失、現在の建物は2000年に復元されたものです。大書院へは史料館から入り、入館料は400円、スタンプ・御城印をゲットしました。

大書院入口(史料館)
大書院入口(史料館)

史料館史料館
史料館

#57 篠山城スタンプ篠山城御城印

大書院には襖絵などに囲まれた8つの部屋(虎之間、手鞠之間、源氏之間、葡萄之間、次之間、上段之間、孔雀之間、闇りの間)があり、上段の間は最も格式の高い部屋です。闇りの間は入ることができませんでした。

虎之間虎之間
虎之間

手鞠之間
手鞠之間

広縁と落縁
広縁と落縁

P1000532史料館

塀重門跡
塀重門跡

大書院北側庭
大書院北側庭

勅使門跡
勅使門跡

史料館
源氏之間

葡萄之間
葡萄之間

梵鐘
梵鐘

次之間
次之間

上段之間
上段之間

孔雀之間
孔雀之間

■二の丸

大書院から出て左側に井戸、進むと二の丸の御殿跡。南側には二の丸井戸、搦手口埋門跡があります。本丸を見てから南側を散策したのですが、埋門は閉まっていました。着いた直後は開いていたのかも。

井戸
井戸

二の丸御殿跡二の丸御殿跡二の丸御殿跡
二の丸御殿跡

大書院大書院大書院
大書院

小書院跡
小書院跡

二の丸井戸
二の丸井戸

搦手口埋門跡
搦手口埋門跡

大書院

■本丸

二の丸の東側、青山神社が立っている区域が本丸です。本丸は築城当初は現在の二の丸が本丸で、現在の本丸は南東隅に天守台が作られたことから殿守丸と呼ばれていたそうです。天守台は今も残っていて、東側と南側の石垣は最も高い石垣です。青山神社は藩主家だった青山氏が祀られています。

本丸本丸
本丸

青山神社
青山神社

一の井戸
一の井戸

天守台天守台天守台
天守台

天守台より天守台より
天守台より

■三の丸・南馬出

二の丸、本丸と見た後は三の丸と馬出を見に行きます。三の丸西駐車場の方へ戻り、西内堀沿いを南に進みます。二の丸南西隅石垣の脇からは埋門へつながる石段があります。三の丸の南西側の南門跡から出て外堀の先に南馬出があります。

三の丸西側と西内堀
三の丸西側と西内堀

二の丸南西隅石垣
二の丸南西隅石垣

搦手口埋門
搦手口埋門

三の丸南西側
三の丸南西側

三の丸南側三の丸南側
三の丸南側

南門跡
南門跡

西外堀
西外堀

南外堀
南外堀

南馬出
南馬出

■東馬出

駐車場前に戻り再度東方向へ進み、北廊下門跡を超えてすぐに、櫓台跡があり、さらに道なりに三の丸北側を進み東門跡から出て外堀の先に東馬出があります。

櫓台跡
櫓台跡

東門跡
東門跡

東外堀
東外堀

東馬出東馬出
東馬出

■大手馬出

東馬出から北外掘沿いを西に進んでいくと大手馬出跡に出ます。大手馬出跡から南に進むと大手門跡です。

北外堀
北外堀

北外堀と大書院
北外堀と大書院

大手馬出跡大手馬出跡
大手馬出跡

西外堀
西外堀

大手門跡
大手門跡

篠山城散策はここまで。時刻は17:30前、今日の宿は丹波ささやまホロンピアホテル。ホテルのまわりには、系列のレストランや居酒屋があり便利です。夕飯はファミリーダイニングパラパラで。

パラパラで夕飯

さて明日は叔父の三回忌法事でお城めぐりは明後日再開です。

広島・山口城めぐりの旅 #3-1 郡山城

2泊3日の広島・山口めぐりの旅3日目。郡山城、新高山城を巡る予定です。

広島北ホテル
広島北ホテル

■ 郡山城 ■

早起きして7:00ごろ安芸高田市歴史民俗博物館へ到着、開館前なので場所だけ確認し、毛利元就公墓所参道駐車場へ。

郡山城跡案内図

郡山城は安芸高田市にある日本100名城の72番、国の史跡に指定されています。

毛利元就公墓所参道駐車場は大通院谷遺跡にあります。ここから毛利元就公墓所参道を経由して本丸へ行くルートにしました。

毛利元就公墓所参道駐車場
毛利元就公墓所参道駐車場

郡山城西端にある大通院谷遺跡では石塁を伴う屋敷跡、約100mの薬研堀が見つかりました。

薬研堀跡
薬研堀跡

大通院谷遺跡
大通院谷遺跡

■毛利元就公墓所

毛利元就公墓所参道
毛利元就公墓所参道

参道に入りしばらく登っていくと毛利元就・一族墓所(洞春寺跡)があります。百万一心碑は元就の「百万一心」の伝説を記念したものです。

毛利元就墓所(洞春寺跡)
毛利元就墓所(洞春寺跡)

毛利一族墓所(洞春寺跡)
毛利一族墓所(洞春寺跡)

毛利元就墓所(洞春寺跡)
毛利元就墓所(洞春寺跡)

百万一心碑
百万一心碑

■登城道

毛利元就公墓所の階段おりて右から登城道に入ります。

登城道登城道
登城道

少し上ったところに嘯岳禅師の墓があります。嘯岳禅師は元就火葬時の導師だそうです。天災被害なのか崩れしまっていましたが、直さないのかなぁ。

嘯岳禅師の墓
嘯岳禅師の墓

登城道(鹿発見!)
登城道(鹿発見!)

郡山第1号古墳
郡山第1号古墳

登城道(本丸へ350米)
登城道(本丸へ350米)

登城道(井戸の壇・御蔵屋敷下)
登城道(井戸の壇・御蔵屋敷下)

御蔵屋敷についたのは7:50ごろ。

■御蔵屋敷(下段)

郡山城は山頂にある本丸を中心として放射状の各尾根上に曲輪群が形成されています。御蔵屋敷跡は二の丸西側下の上下2段の曲輪です。

御蔵屋敷(下段)
御蔵屋敷(下段)

御蔵屋敷(上段)と二の丸(奥)
御蔵屋敷(上段)と二の丸(奥)

御蔵屋敷跡から本丸の周りを時計回りに散策していきます。

■釣井の壇

釣井の壇は本丸の西側にある曲輪で、城内に残る唯一の石組の井戸があります。

釣井の壇釣井の壇釣井の壇
釣井の壇

姫の丸壇へ
姫の丸壇へ

■姫の丸壇

姫の丸壇は本丸の北側にある曲輪で、百万一心石が発見されたと伝わります。

姫の丸壇姫の丸壇姫の丸壇姫の丸壇
姫の丸壇

釜屋の壇へ釜屋の壇へ
釜屋の壇へ

■釜屋の壇

釜屋の壇は本丸の北東側にある曲輪で、一番先は堀切をはさんで羽子の丸に続きます。

釜屋の壇釜屋の壇釜屋の壇釜屋の壇
釜屋の壇

羽子の丸
羽子の丸

釜屋の壇
釜屋の壇

厩の壇へ
厩の壇へ(分岐)

■厩の壇

厩の壇は本丸の南東にある曲輪です。尾根に沿った中心部の曲輪群と北側に分かれた曲輪群があります。釜屋の壇からの道で左右へ分かれる分岐があって、左に進むと北側の曲輪群、右を上に進むと中心部の曲輪群です。

厩の壇(北側)厩の壇(北側)厩の壇(北側)
厩の壇(北側)

厩の壇厩の壇厩の壇厩の壇
厩の壇

三の丸へ
三の丸へ

■三の丸

厩の壇から三の丸へ入ります。三の丸は石塁等によって東段、南段、西段に分割されています。

三の丸(南段)・石塁跡
三の丸(南段)・石塁跡

三の丸(東段)三の丸(東段)
三の丸(東段)

三の丸(西段)三の丸(西段)三の丸(西段)
三の丸(西段)

三の丸(西段)の北西隅から御蔵屋敷の方へ向かいます。左下側に三の丸石垣跡、進むと右側に二の丸虎口、正面は御蔵屋敷の上段です。

三の丸石垣跡三の丸石垣跡
三の丸石垣跡

二の丸虎口
二の丸虎口

■御蔵屋敷(上段)

御蔵屋敷(上段)
御蔵屋敷(上段)

御蔵屋敷(上段)土塁跡
御蔵屋敷(上段)土塁跡

■二の丸・本丸

二の丸虎口へ進み、二の丸へ。二の丸は本丸の南側にあります。

二の丸二の丸
二の丸

本丸
本丸

本丸の奥には櫓台があります。

本丸櫓台本丸櫓台本丸櫓台
本丸櫓台

本丸櫓台から本丸・二の丸のぞむ
本丸櫓台から本丸・二の丸のぞむ

御蔵屋敷(下段)まで下りて、勢溜の壇へ向かいます。

■勢溜の壇

勢溜の壇は、本丸の南西へ伸びる尾根を堀切で御蔵屋敷下段と区切って独立させた大きな曲輪です。

勢溜の壇勢溜の壇勢溜の壇勢溜の壇勢溜の壇

展望スポットです。9時前なのですが、朝靄で全く見えませんでした。

勢溜の壇勢溜の壇勢溜の壇
勢溜の壇

満願寺跡に向かいます。勢溜の壇を右手に進み大きく左下へ折れた先に満願寺方面への分岐があります。

満願寺方面への分岐
満願寺方面への分岐

■満願寺跡

満願寺跡満願寺跡満願寺跡

妙寿寺跡の案内標識があったので、予定していませんでしたが行ってみることに。途中道を間違えたものの、なんとかたどり着きました。

■妙寿寺跡

妙寿寺跡妙寿寺跡
妙寿寺跡

先ほどの分岐に戻り麓方向へ下りていくと、尾崎丸。

■尾崎丸

尾崎丸は毛利隆元が本城から移り住んだと伝わる曲輪で、北側は堀切と土塁で画されています。

尾崎丸尾崎丸堀切尾崎丸堀切尾崎丸尾崎丸尾崎丸尾崎丸
尾崎丸

戻って下へ進むとすぐ右に展望スポットとなっている曲輪があります。靄も晴れて街並みを見渡すことができました。

展望スポット展望スポット
展望スポット

さらに下りていくと本城への分岐です。本城へ向かいます。本城までの道はかなりの旧斜面になっていて道があるよなないような。帰りはこれ登るの?と先に覚悟がいるくらい。

本城への分岐本城へ本城へ本城へ本城へ

■本城

本城は、毛利元就が郡山全山を城郭とするまでの毛利氏の本城で、郡山の南東山麓に位置しています。

本城本丸南側の曲輪
本城本丸南側の曲輪

本城本丸
本城本丸
本城本丸

本城本丸から二の丸・三の丸のぞむ
本城本丸から二の丸・三の丸のぞむ

本城二の丸
本城二の丸

本城三の丸
本城三の丸

これでひととおり散策したので麓へ下りていきます。途中に展望台がありました。

展望台展望台

■山麓部(里)

山麓のエリアでは、興禅寺跡(郡山公園)、清神社、三矢の訓跡碑、毛利元就像、元就火葬場伝承地と順にみて、最後は毛利隆元墓所としました。

登城道入口
登城道入口

興禅寺跡(郡山公園)
興禅寺跡(郡山公園)

清神社
清神社

三矢の訓跡碑
三矢の訓跡碑

毛利元就像
毛利元就像

元就火葬場伝承地
元就火葬場伝承地

毛利隆元墓所
毛利隆元墓所

10:30頃、毛利元就公墓所参道駐車場に戻ってきて、安芸高田市歴史民俗博物館へ行き、スタンプと御城印をゲットしました。

安芸高田市歴史民俗博物館
安芸高田市歴史民俗博物館

#72 郡山城スタンプ郡山城御城印

3時間半程度の散策でしたが、くまなく見ることができた気がします。

次の新高山城までは75分くらいです。

広島・山口城めぐりの旅 #2-2 錦帯橋・岩国城

広島城・原爆ドームの次は岩国城です。岩国城は日本三名橋の1つに数えられる錦帯橋とセットで行くべきところ。

12:40ごろ錦帯橋下河原駐車場に着きました。駐車料金は300円。ここから徒歩で錦帯橋を渡り岩国城へ。

■ 錦帯橋 ■

錦帯橋入口でセット券(970円:錦帯橋入橋券、ロープウェー(往復)、岩国城)を買って錦帯橋を渡ります。

錦帯橋下河原駐車場
錦帯橋下河原駐車場

錦帯橋と岩国城錦帯橋と岩国城
錦帯橋と岩国城

錦帯橋入口
錦帯橋入口

錦帯橋
錦帯橋

錦川
錦川

錦帯橋を渡ると数軒お店が並んでいてさらにまっすぐ進むと右側に岩国藩家老香川家長屋門があります。その先の吉香公園には国重要文化財の旧目加田家住宅があり無料で庭から中を見たりできました。

香川家長屋門
香川家長屋門

旧目加田家住宅
旧目加田家住宅

すぐ先に岩国城ロープウェーの山麓駅。ここから山頂駅までは約3分です。

岩国城ロープウェー山麓駅
岩国城ロープウェー山麓駅

岩国城ロープウェー
岩国城ロープウェー

■ 岩国城 ■

P1015776

山頂駅から岩国城へは舗装された広い道か裏手の山道のどちらでも行けますが、石垣など楽しめるのが山道だそうなので山道から。途中舗装道と行き来できる道との分岐があり、さらに進むと石垣が見られます。出丸石垣を左に折れると二の丸石垣を正面にT字路になり、右が北の丸方面、左が二の丸・本丸方面です。

二の丸下の石垣
二の丸下の石垣

二の丸石垣二の丸石垣
二の丸石垣

出丸石垣
出丸石垣

予定しているルートはおおまかに、出丸石垣→本丸石垣→北の丸石垣→北の丸→空堀跡→旧天守台→天守→二の丸跡→大釣井跡なので右の北の丸方面へ。二の丸石垣がしばらく続き、途中から本丸石垣、石垣が切れるあたりが御本門跡(平虎口)。北の丸石垣をめざし、さらに直進したのですが、道を間違えていることに気づき、御本門跡まで戻ってきて。。。

二の丸石垣
二の丸石垣

本丸石垣
本丸石垣

御本門跡(平虎口)御本門跡(平虎口)
御本門跡(平虎口)

マップによれば御本門跡あたりから北の丸周辺散歩道が出ているはずなのですが、そのような道がありません。しばらく探していると、地面に置かれ小さすぎて全く目立たない「北の丸周辺散歩道→」の標識を発見しました。えっ、ここ行くの?というような下にのびている獣道を進みました。

北の丸下の隅櫓台石垣、北の丸下石垣、北の丸石垣と石垣がずっと連なっています。

北の丸周辺散歩道入口
北の丸周辺散歩道入口

隅櫓台石垣(北の丸下)(奥)
隅櫓台石垣(北の丸下)(奥)

北の丸下石垣
北の丸下石垣

北の丸石垣
北の丸石垣

北の丸石垣あたりで問題発生、散策しながら撮影してきた歩き動画が、錦帯橋の途中からスロー録画に!かと言ってまるまる撮り直しはないので、この後のルートは考えながら進むことに。

尾崎は北の丸の下側にある曲輪です。内桝形虎口を抜けて北の丸、すぐ脇に堀切跡。

尾崎
尾崎

北の丸内桝形虎口
北の丸内桝形虎口

北矢倉跡
北矢倉跡

北の丸内桝形虎口
北の丸内桝形虎口

北の丸
北の丸

空堀跡
空堀跡

ということでここから予定ルートを変更し、旧天守台には向かわず、御本門跡方面へ向かい。途中右へ折れ本丸下方面へ。空堀跡にかかる橋の正面は東矢倉(三重櫓)跡。

東矢倉(三重櫓)跡
東矢倉(三重櫓)跡(正面)

空堀跡
空堀跡

本丸下
本丸下

本丸下の土塀越しに錦帯橋など岩国の街並みを一望できます。

本丸下からの錦帯橋
本丸下からの錦帯橋

本丸下から本丸内桝形虎口をとおって、左に天守、正面に旧天守台。歩き動画の必要最低限の撮り直しのため、天守は後にして旧天守台、大釣井(井戸跡)と進みました。

本丸内桝形虎口
本丸内桝形虎口

天守
天守

旧天守台旧天守台
旧天守台

旧天守台と櫓門跡
旧天守台と櫓門跡

大釣井(井戸跡)大釣井(井戸跡)
大釣井(井戸跡)

大釣井からは山頂駅へ向かい舗装道で山道へつながる分岐まで行き、そこから歩き動画を撮り直しながら、北の丸方面と二の丸・本丸方面分岐点へ戻ってきました。二の丸へ。

二の丸方面へ
二の丸方面へ

大手門跡
大手門跡

冠木門
冠木門

二の丸二の丸
二の丸

天守へ向かいます。

天守天守天守天守天守天守天守天守
天守

天守を見終わったあとは、東矢倉(三重櫓)跡と本丸隅櫓跡を見て北の丸下経由して散策終了としました。

東矢倉(三重櫓)跡
東矢倉(三重櫓)跡

本丸隅櫓跡
本丸隅櫓跡

北の丸下
北の丸下

本丸石垣
本丸石垣

岩国城ロープウェー山頂駅岩国城ロープウェー山頂駅から
岩国城ロープウェー山頂駅

ロープウェーで山麓まで下りてきて、駅周辺を少し散策し駐車場へ戻りました。

錦雲閣
錦雲閣

吉香 鵜の里(鵜飼育施設)
吉香 鵜の里(鵜飼育施設)

吉川広家公像
吉川広家公像

錦帯橋
錦帯橋

今日の宿は2時間以上かけて、北広島町にある広島北ホテルです。お風呂は天然療養ラドン温泉です。夕飯はちょっと贅沢してホテルにあるレストラン名水の里でステーキセットにしました。

広島北ホテル
広島北ホテル

IMG_3679

明日最終日は、郡山城と新高山城をめぐる予定です。

広島・山口城めぐりの旅 #2-1 広島城・原爆ドーム

2泊3日の広島・山口めぐりの旅2日目。広島城、原爆ドーム、錦帯橋、岩国城を巡る予定です。

朝食

6:30すぎにホテルで朝食をとり約1時間かけて広島市中央駐車場に着いたのは8時すぎ。駐車場から広島城まではすぐです。

■ 広島城 ■

広島城は広島市にある日本100名城の73番、国の史跡に指定されています。最初に内堀の周りを左回りに一周約1.7kmを散策。

太鼓櫓と二の丸多聞櫓
太鼓櫓と二の丸多聞櫓

本丸石垣
本丸石垣

南東隅二重櫓跡
南東隅二重櫓跡

東面二重櫓跡
東面二重櫓跡

裏御門跡・裏御門外枡形跡
裏御門跡・裏御門外枡形跡

北東隅二重櫓跡
北東隅二重櫓跡

天守天守天守天守
天守

南西隅二重櫓跡
南西隅二重櫓跡

三の丸
三の丸

内堀の周りを一周後、二の丸へ。

■二の丸

内堀にかかる御門橋を渡って二の丸へ。

御門橋
御門橋

二の丸は本丸の南方にある馬出の構造になっている小さい区画で、表御門、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓が復元されています。

表御門表御門
表御門

平櫓平櫓
平櫓

表御門、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓はつながっていて、平櫓から中に入れますが、9時前なので後で見学します。

多聞櫓
多聞櫓

太鼓櫓
太鼓櫓

二の丸には他に番所跡、井戸跡、馬屋跡や被爆して生き残ったのはこれだけという被爆樹木ユーカリノキがあります。

番所跡
番所跡

井戸跡
井戸跡

馬屋跡
馬屋跡

被爆樹木ユーカリノキ
被爆樹木ユーカリノキ

■本丸下段

二の丸からの橋を渡り中御門跡から本丸の下段へ。

中御門跡中御門跡
中御門跡

被爆した中御門の石垣は赤く変色してひび割れています。

変色した中御門の石垣
変色した中御門の石垣

中御門跡から伸びる石垣に登りました。反対側に南東隅二重櫓跡。

南東隅二重櫓跡
南東隅二重櫓跡

石垣を下りて本丸下段へ。

本丸下段本丸下段
本丸下段

東側の石垣に沿って北へ進むと裏御門跡に出ます。

裏御門跡
裏御門跡

裏御門跡・裏御門外枡形跡
裏御門跡・裏御門外枡形跡

内堀
内堀

階段を上り、本丸上段へ。

■本丸上段

上段北西角に天守、上段一帯は広島藩の役所と殿様の住居を兼ねた本丸御殿跡です。

広島城図本丸上段(裏御門跡から)
本丸上段(裏御門跡から)

広島城とは関係ありませんが、広島に水道が引かれたことを記念して作られた桜の池、日清戦争の際天皇が戦争を指揮する機関だった広島大本営跡、 昭憲皇太后が日清戦争の際滞在した昭憲皇太后御座所跡などもあります。

桜の池
桜の池

広島大本営跡
広島大本営跡

昭憲皇太后御座所跡
昭憲皇太后御座所跡

■本丸(北側)

一旦本丸上段から東側に降りて本丸の北側へ。藩主・福島正則が広島城の無断修復を幕府にとがめられた際に取り壊した石垣の跡である「崩された石垣」、石垣の色々な刻印を見ることができます。

北東隅二重櫓跡
北東隅二重櫓跡

崩された石垣
崩された石垣

石垣の刻印
石垣の刻印

石垣は本丸上段北面多聞櫓(東側)跡、本丸上段北面二重櫓跡、本丸上段北面多聞櫓(西側)跡、東小天守跡、天守と続いています。

本丸上段北面多聞櫓(東側)跡
本丸上段北面多聞櫓(東側)跡

本丸上段北面二重櫓跡
本丸上段北面二重櫓跡

本丸上段北面多聞櫓(西側)跡
本丸上段北面多聞櫓(西側)跡

東小天守跡・天守
東小天守跡・天守

■本丸上段

本丸上段へ戻ります。上段北面石垣の上を西へ進むと東小天守跡。

本丸上段北面二重櫓跡
本丸上段北面二重櫓跡

東小天守跡東小天守跡
東小天守跡

東廊下跡と天守
東廊下跡と天守

■天守

いよいよ天守です。石垣を下りて天守に向かう手前に、撤去した旧天守の礎石がそのまま移されています。

旧天守の礎石
旧天守の礎石

天守と南小天守跡(手前)
天守と南小天守跡(手前)

南小天守跡
南小天守跡

天守の入館料は370円です。入口でスタンプ、御城印はミュージアムショップでゲットしました。カープ版の御城印も!

天守入口
天守入口

ミュージアムショップ
ミュージアムショップ

#73 広島城スタンプ広島城御城印広島城御城印カープ版

天守天守天守天守天守
天守

二の丸の櫓内部の見学に向かいます。

■本丸下段

本丸下段には広島護国神社、太平洋戦争の末期に設けられた中国軍管区司令部の防空作戦室跡もあります。

広島護国神社
広島護国神社

中国軍管区司令部防空作戦室跡
中国軍管区司令部防空作戦室跡

本丸下段
本丸下段

■二の丸

二の丸に戻り、復元建物の見学をしました。こちらは無料です。平櫓から入り、表御門、多門櫓、太鼓櫓とすべて見学できます。

復元建物入口
復元建物入口

平櫓
平櫓

表御門
表御門

多門櫓
多門櫓

太鼓櫓
太鼓櫓

これで広島城散策は終了です。せっかく広島へ来たのだから原爆ドームも少し寄ります。

■ 原爆ドーム ■

広島城から徒歩15分くらいで原爆ドームです。

原爆ドーム原爆ドーム原爆ドーム
原爆ドーム

修学旅行で原爆ドームに一度訪れています。メディアでよく見る平和の灯、原爆死没者慰霊碑、原爆の子の像も見ました。

平和の灯
平和の灯

原爆死没者慰霊碑
原爆死没者慰霊碑

原爆の子の像
原爆の子の像

原爆ドーム
原爆ドーム

駐車場へ戻る途中ですが、広島城中堀跡を見つけました。

広島城中堀跡
広島城中堀跡

次は岩国城へ向かいます。

広島・山口城めぐりの旅 #1-1 福山城

2泊3日の広島・山口めぐりの旅1日目。旅のしおりを作って計画、昨日のうちに、三原までの往復乗車券と行きの東海道新幹線の自由席特急券を購入済みです。

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、5:12普通電車で東京へ。東京6:33発のぞみ5号の自由席で福山10:03着です。

■ 福山城 

福山駅ホームからの福山城
新幹線ホームから

新幹線ホームからもお城がよく見えるとのことだったので、上りホームへ移動して写真に収めました。

福山城は福山市にある日本100名城の71番、国の史跡に指定されています。

P1015162
福山駅北口

福山城南口
福山城南口

福山駅北口から西に向かって石垣沿いを道なりに直進し南口から入ります。

■二之丸(南側)

二之丸南面石垣
二之丸南面石垣

伏見櫓
伏見櫓

南口の階段を上ると二之丸(南側)、右に折れると正面に伏見櫓があります。伏見櫓は、京都伏見城・松の丸にあったものを水野勝成の福山城築城に徳川2代将軍秀忠が移築させたもので、国重要文化財です。

伏見櫓下を左へ進んだ先に外八番櫓(神辺一番櫓)跡と西坂口御門跡。

外八番櫓(神辺一番櫓)跡
外八番櫓(神辺一番櫓)跡

西坂口御門跡
西坂口御門跡

■二之丸(西側下段)

西坂口御門跡から北に二之丸(西側下段)を進むと右側は崩れた二之丸西側上段石垣が奥まで続いています。

二之丸(西側下段)
二之丸(西側下段)

■三之丸(西側)

道は右に軽く折れ、右側に二之丸西側上段へ上る段状の道、上らずに進むと左側に旧内藤家長屋門でそこは三之丸(西側)です。もともと外堀近くにあった内藤家の長屋門を移築したものです。

旧内藤家長屋門
旧内藤家長屋門

来た道を戻って左側の段上の道を上がったあたりでしょうか、特に遺構や案内もないので場所ははっきりしませんが水の手御門跡、その先が二之丸(西側上段)です。

水の手御門跡
水の手御門跡

■二之丸(西側上段)

本丸石垣にある砂留は、排水口から雨水と一緒に多量の砂が二之丸に流出したため自然石で囲んだもの。

本丸石垣と砂留
本丸石垣と砂留

本丸石垣沿いに南へ進むと左側は内八番櫓(人質櫓)石垣、右側には外六番櫓(神辺三番櫓)跡、阿部正弘之像、
外七番櫓(神辺二番櫓)跡があります。

人質櫓石垣
人質櫓石垣

外六番櫓(神辺三番櫓)跡
外六番櫓(神辺三番櫓)跡

阿部正弘之像
阿部正弘之像

 外七番櫓(神辺二番櫓)跡
外七番櫓(神辺二番櫓)跡

■本丸

さらに進んで
二之丸(南側)に戻ってきました。伏見櫓下から筋鉄御門(国重要文化財)に入ると本丸です。

筋鉄御門(重要文化財)
筋鉄御門(重要文化財)
筋鉄御門(重要文化財)

本丸の中心の広い部分は本丸御殿跡です。反時計回りに、筋鉄御門、本丸御殿跡、番所跡、御湯殿、月見櫓、鏡櫓、冠木門と見ていきます。

本丸御殿跡
本丸御殿跡

筋鉄御門(重要文化財)
筋鉄御門(重要文化財)

番所跡
番所跡

御湯殿は伏見城から移築された風呂屋ですが空襲で焼失し今ある建物は再建されたものです。

御湯殿
御湯殿

月見櫓も伏見城から移築されたのですが空襲で焼失し今ある建物は再建されたものです。

月見櫓
月見櫓

鏡櫓
鏡櫓

本丸から見た二之丸(東側)
本丸から見た二之丸(東側)

冠木門
冠木門

■天守

さていよいよ天守です。天守は5層6階、2層3階の小天守を接合する層塔型複合天守です。搦手の防御のため北側が鉄板張りとなっているのが特徴です。空襲で焼失したため現在の天守は外観復元されたもので福山城博物館となっています。入館料は500円。スタンプは管理事務所前、御城印は天守ミュージアムショップでゲットしました。

天守天守最上階天守より天守より天守より天守より天守
天守

福山城御城印#71 福山城スタンプ

■本丸

天守から出て天守の周りを反時計回りに内四番櫓(玉櫓)跡、内五番櫓(塩櫓)跡、内六番櫓跡。

内四番櫓(玉櫓)跡
内四番櫓(玉櫓)跡

鉄板張りの天守北側
鉄板張りの天守北側

内五番櫓(塩櫓)跡
内五番櫓(塩櫓)跡

内六番櫓跡
内六番櫓跡

右側一段下がったところの棗木御門跡から南へ順に、内七番櫓(荒布櫓)跡、その前に、黄金水(井戸)、八方よしの松。

棗木御門跡
棗木御門跡

内七番櫓(荒布櫓)跡
内七番櫓(荒布櫓)跡

黄金水(井戸)
黄金水(井戸)

八方よしの松
八方よしの松

右に曲がり右奥に、内八番櫓(人質櫓)跡、左奥に、御台所門跡。

内八番櫓(人質櫓)跡
内八番櫓(人質櫓)跡

御台所門跡
御台所門跡

さらに南に鐘櫓、その奥に内九番櫓(火灯櫓)跡。
最後に伏見櫓(国重要文化財)で本丸一周しました。

鐘櫓
鐘櫓

内九番櫓(火灯櫓)跡
内九番櫓(火灯櫓)跡

伏見櫓(国重要文化財)
伏見櫓(国重要文化財)

■二之丸(南側)

筋鉄御門から本丸を出て二之丸(南側)へ。伏見櫓門下を左へ進むと、石垣の外まではみ出した御湯殿。
進むと月見櫓とその下に巖谷小波の句碑。

御湯殿
御湯殿

月見櫓
月見櫓

巖谷小波の句碑
巖谷小波の句碑

■二之丸(東側)

左に折れると二之丸(東側)に入り、冠木門の下に出ます。

二之丸(東側)から見た天守
二之丸(東側)から見た天守

冠木門
冠木門

二之丸(東側)の東登城路
二之丸(東側)の東登城路

東登城路を通りまで下りていきます。

■三之丸(東側)・二の丸(内堀側)

通りまで出ると三之丸(東側)で、北側には馬場跡。東登城路の南側は二の丸(内堀側)で、東内堀北端の東西石垣ラインが5cm幅の白いタイルで表示されています。

馬場跡
馬場跡

東内堀北端ライン
東内堀北端ライン

■二之丸(東側)

東登城路を戻り、二之丸(東側)を回ります。右側に、東坂三階櫓跡、その手前を右に折れると二の丸東側石垣。登城路に
戻り、冠木門方面へは行かずに右に折れた左手前の石垣は、鹿角菜櫓跡、その先は東揚楯御門跡。

東坂三階櫓跡
東坂三階櫓跡

二の丸東側石垣
二の丸東側石垣

鹿角菜櫓跡
鹿角菜櫓跡

東揚楯御門跡東揚楯御門跡
東揚楯御門跡

石段上って右に折れると、右側は広場になっており南東隅に東坂三階櫓跡、広場中央に水野勝成之像、
北東隅に外三番櫓(鬼門櫓)跡。

二之丸(東側)
二之丸(東側)

東坂三階櫓跡
東坂三階櫓跡

水野勝成之像
水野勝成之像

外三番櫓(鬼門櫓)跡
外三番櫓(鬼門櫓)跡

二之丸(北側)
二之丸(北側)

■二之丸(北側)

北側を見下ろすと、二之丸(北側)の望城亭。
西に進むと天守の北面に張り巡らせた鉄板の壁面を見ることができます。

天守
天守

天守の北側には、蔵口御門跡、旧天守の礎石、その北側の広場は、五千石蔵跡とその隣に福寿会館。福寿会館は、海産物商で財を成した安部和助(あんべわすけ)氏が、昭和初期に建造したもので、建物はすべて国の登録有形文化財だそうです。中庭越しの天守が絵になります。

蔵口御門跡
蔵口御門跡

旧天守の礎石
旧天守の礎石

五千石蔵跡
五千石蔵跡

福寿会館福寿会館
福寿会館

福寿会館中庭越福寿会館中庭越しの天守しの天守

天守北側を西に進むと二之丸(西側上段)に入り、外四番櫓(乾櫓)跡、南に進むと右側に外五番櫓(神辺四番櫓)跡と続き、水の手御門跡に出ます。

■二之丸(西側上段)

外四番櫓(乾櫓)跡
外四番櫓(乾櫓)跡

外五番櫓(神辺四番櫓)跡
外五番櫓(神辺四番櫓)跡

さて、本丸、二之丸とひととおり散策したので、残りの遺構を。水の手御門跡から下りて、東へずっと延びる階段と歩道をふくやま美術館を右手に進み、通りに出たあたりが西外堀跡。

西外堀跡
西外堀跡

通りを左折し南下、突当りT字路左手前に番所跡、突当り高架下に三之丸西御門櫓台跡の石垣。駅方向へ進み、広島県立歴史博物館に入る歩道の左側に、石組水路。さらに駅方向へ進むと西内堀跡で、さらに進むと南口に出ます。

番所跡
番所跡

三之丸西御門櫓台跡
三之丸西御門櫓台跡

石組水路
石組水路

西内堀跡
西内堀跡

このまま駅前へ。駅前は東内堀跡となっています。

外八番櫓(神辺一番櫓)石垣
外八番櫓(神辺一番櫓)石垣

東内堀跡
東内堀跡

できるだけ隈なく回ったので、大体3時間程度の散策でした。

次は三原城へ向かいます。