「日本100名城」カテゴリーアーカイブ

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-1 松山城 その2

前回からのつづきです。

■本壇

本壇へ
本壇へ
紫竹門東塀
紫竹門東塀
紫竹門東塀の狭間より
紫竹門東塀の狭間より

券売所から続く坂を登った正面には国重要文化財の紫竹門東塀があります。

小天守・天守・筋鉄門東塀・一ノ門南櫓
(左から)小天守・天守・筋鉄門東塀・一ノ門南櫓
天守・筋鉄門東塀
天守・筋鉄門東塀
小天守
小天守
一ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門東塀・二ノ門南櫓
一ノ門東塀・二ノ門南櫓

右側が本壇の入口です。ここからの、左に小天守、正面に天守と手前の筋鉄門東塀、右に一ノ門南櫓の景色は圧巻ですごくかっこいいです。

三ノ門南櫓・一ノ門・一ノ門南櫓
(左から)三ノ門南櫓・一ノ門・一ノ門南櫓
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門南櫓
一ノ門東塀
一ノ門東塀
二ノ門と二ノ門東塀(右)
二ノ門と二ノ門東塀(右)

正面右側の一ノ門から入ります。一ノ門はじめ、二ノ門までの間に囲んでいる建物の、三ノ門南櫓、一ノ門南櫓、一ノ門東塀、二ノ門南櫓、二ノ門、二ノ門東塀は全て国重要文化財です。

二ノ門南櫓・二ノ門・三ノ門東塀
(左から)二ノ門南櫓・二ノ門・三ノ門東塀
三ノ門東塀・天神櫓南塀
三ノ門東塀・天神櫓南塀

二ノ門をぬけると右に天神櫓南塀、左に国重要文化財の三ノ門南塀があり広場になっていて、天守の東側の真下に出ます。

天神櫓
天神櫓
天神櫓
天神櫓
天神櫓西折曲塀
天神櫓西折曲塀

奥に天神櫓が立っているので先にそちらを見ます。天神櫓は、本壇の鬼門の方向にあることから、その忌を避けるために久松松平氏の祖先神である天神(菅原道真)を祀ったことに由来する建物です。

天守
天守

天神櫓の前から見た天守はいい感じ。

三ノ門東塀・三ノ門
三ノ門東塀・三ノ門
三ノ門東塀
三ノ門東塀
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓
小天守・筋鉄門東塀・筋鉄門・天守
小天守・筋鉄門東塀・筋鉄門・天守
三ノ門南櫓
三ノ門南櫓(右)

三ノ門から先へ進みます。三ノ門は国重要文化財で、東側には三ノ門東塀がつながっています。門をくぐった正面には三ノ門南櫓、右折して左側に筋鉄門東塀、これらも国重要文化財です。正面は本壇中庭入口となる筋鉄門です。

内門・天守・筋鉄門
(左から)内門・天守・筋鉄門
十間廊下・北隅櫓・玄関と玄関多聞櫓・内門
(左から)十間廊下・北隅櫓・玄関と玄関多聞櫓・内門
小天守・多聞櫓・南隅櫓・十間廊下
(左から)小天守・多聞櫓・南隅櫓・十間廊下
筋鉄門・小天守・多聞櫓
(左から)筋鉄門・小天守・多聞櫓

筋鉄門を抜けると天守や小天守、北隅櫓、南隅櫓に囲まれた連立式天守の本壇中庭です。天守は三重三階地下一階の層塔型で国重要文化財です。天守以外の建物はすべて昭和43年に復元されたものですが、旧国宝指定後に作成された基本設計と仕様書により、幕末の姿が忠実に再現されていて国登録有形文化財となっています。

天守入口
天守入口
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)
地階(穴蔵)

天守石垣の入口から内部に入ると、天守地階の穴蔵です。

内門
内門

階段から順路に従って進むとまもなく内門に入り、反時計回りに一周して天守に戻ってきます。内門は、天守と玄関多聞櫓の間に建つ一重櫓門で、ここは上層の渡廊下部分です。

玄関多聞櫓
玄関多聞櫓
玄関
玄関

内門の先は一重多聞櫓の玄関多聞櫓で、南側に玄関がつながっていますが、本来はここが正式な玄関です。

北隅櫓(一階)
北隅櫓(一階)
北隅櫓(二階)
北隅櫓(二階)
北隅櫓からの仕切門内塀・天神櫓西折曲塀
北隅櫓からの仕切門内塀・天神櫓西折曲塀
北隅櫓からの乾門・乾櫓・野原櫓
北隅櫓からの乾門・乾櫓・野原櫓

その先の松山城北隅櫓は、連立式天守の西北隅に建つ二重二階櫓です。二階からは北東側の仕切門内塀、天神櫓西折曲塀や、西側の乾門、乾櫓、野原櫓がよく見えます。

十間廊下
十間廊下

十間廊下は、 南隅櫓と北隅櫓をつなぐ一重多聞櫓です。

南隅櫓
南隅櫓

松山城南隅櫓は、連立式天守の西南隅に建つ二重二階櫓です。二階は非公開でした。

多聞櫓
多聞櫓

多聞櫓は、小天守と南隅櫓をつなぐ一重多聞櫓です。

小天守(一階)
小天守(一階)
小天守(二階)
小天守(二階)
小天守から見た中庭
小天守から見た中庭
小天守から見た一ノ門方向
小天守から見た一ノ門方向

小天守は、連立式天守の東南隅に建つ二重二階櫓です。二階から東方向を見ると一ノ門まわりの複雑な造りがよく確認できます。

筋鉄門
筋鉄門

筋鉄門は、天守と小天守の間に建つ一重櫓門です。ここは上層の渡廊下部分です。

天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(一階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(二階)
天守(三階)
天守(三階)
天守より北方向のぞむ
天守より北方向のぞむ
天守より西方向のぞむ
天守より西方向のぞむ
天守より南方向のぞむ
天守より南方向のぞむ
天守より東方向のぞむ
天守より東方向のぞむ

天守は三重三階地下一階の層塔型で国重要文化財です。

内門
内門
仕切門内塀
仕切門内塀
仕切門
仕切門
仕切門
仕切門

中庭から内門を抜けると仕切門と仕切門内塀の桝形です。ともに国重要文化財です。本壇散策はここまで。

つづきはこちら。

愛媛・高知城めぐりの旅 #3-1 松山城 その1

愛媛・高知城めぐりの旅最終日の今日は、松山城湯築城をめぐります。

朝食のお弁当
朝食のお弁当

ホテルでの朝食は弁当か約15種類の和洋ビュッフェとのことでしたが、お弁当でした。そりゃそうです。宿泊客明らかに自分だけ、お風呂稼働しないのも当然ですね。しかしこのお弁当、結構豪華で具沢山、満腹になりました。お弁当で大正解。

道の駅みかわ
道の駅みかわ

7:30ごろホテルを出て松山城へ。途中、道の駅みかわで小休憩。松山城駐車場には着いたものの予想どおり満車だったため、10:38ごろ近隣のコインパーキングにとめました。徒歩で松山城ロープウェイのりばに向かいます。

加藤嘉明公騎馬像
加藤嘉明公騎馬像
松山城ロープウェイのりば
松山城ロープウェイのりば

ロープウェイのりばの北側に加藤嘉明公騎馬像がありました。加藤嘉明は、松山城の築城主で伊予松山藩の初代藩主です。ロープウェイ東雲口駅の入口では、松山城のマスコットキャラクター「よしあきくん」がお出迎え。ここから松山城本丸へ向かいます。

松山城ロープウェイ
松山城ロープウェイ
長者ヶ平
長者ヶ平

今回は黒門口登城道で下りたいので片道切符(270円)にします。ロープウェイとリフトのどっちも使えますが、ちょうど出発のタイミングだったロープウェイで約3分で長者ヶ平駅へ。長者ヶ平は、松山城築城より前、長者の屋敷があったという伝承にちなんで名付けられたところで、特に城の遺構ではないようです。

■■ 松山城 ■■

松山城は、松山市にある標高132mの勝山山頂に本丸、山麓に二之丸と三之丸を構えるをおく連郭式平山城です。現存12天守の一つであり、大天守を含む21棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。国指定史跡、日本100名城の81番です。松山城には2015年、2022年に続き三回目の登城です。

登城道
登城道
本丸石垣
本丸石垣

長者ヶ平から緩やかな石畳の坂を進むと本丸石垣が見えてきます。いつ来てもこの高石垣には圧倒されます。

揚木戸門跡
揚木戸門跡
待合番所跡
待合番所跡

石垣に沿って進んでいくと、揚木戸門跡。揚木戸門は築城時に建てられ、西の太手門とともに本丸大手の入口を固める重要な門でした。その先にある平坦地は待合番所跡です。待合番所は、東雲口からの登城道と二之九からの登城道の合流する地点に警備のために設けられ、常時三人が詰めていたそうです。

■大手

大手門
大手門

石垣に沿って進むと左側に大手門跡。大手門は築城時に建てられ、黒門口登城道を経由して山麓の二之九と三之九へと通じる門です。

太鼓櫓・中ノ門跡
太鼓櫓・中ノ門跡
戸無門
戸無門

先に見える櫓は太鼓櫓、その石垣下は中ノ門跡です。この門を直進する攻手は乾門下で行き止まり、そこまでの間横矢掛が続きます。登城道を進むと戸無門があります。戸無門は国重要文化財の高麗門で、当初から扉をありませんでした。

■本丸南曲輪

筒井門付近からの眺望
筒井門付近からの眺望

門を過ぎて左に折れると、大手で最も堅固な筒井門と隠門の防衛線です。ここからの眺望は松山市街や瀬戸内海を一望できます。

戸無門・筒井門(東続櫓・西続櫓)
戸無門・筒井門( 西続櫓・続櫓)
筒井門東続櫓・隠門・隠門続櫓
筒井門東続櫓・隠門・隠門続櫓

筒井門は本丸下段にある本丸最大の櫓門で、西続櫓と東続櫓とにつながっています。隠門は筒井門の石垣の陰に隠れた埋門形式の櫓門です。隠門上部の渡櫓を挟んで隠門続櫓がつながっています。隠門と隠門続櫓は国重要文化財です。

太鼓櫓・太鼓門西塀
太鼓櫓・太鼓門西塀
太鼓門西塀・太鼓門南続櫓・巽櫓
太鼓門西塀・太鼓門南続櫓・巽櫓
隠門隠櫓・隠門・筒井門東続櫓
隠門隠櫓・隠門・筒井門東続櫓
隠門・筒井門
隠門・筒井門
太鼓門・巽櫓西塀・巽櫓
太鼓門・巽櫓西塀・巽櫓

門を抜けると太鼓櫓、太鼓門西塀、太鼓門南続櫓、太鼓門、太鼓門北続櫓、巽櫓西塀、巽櫓が連なっていて、隠門と筒井門による第1の防衛線に続く第2の防衛線となっています。

■本丸

太鼓門(南続櫓・北続櫓)
太鼓門(南続櫓・北続櫓)
太鼓門
太鼓門
太鼓櫓
太鼓櫓

太鼓門を抜けると広大な本丸広場が広がっています。太鼓櫓は本丸西南隅にある二重櫓です。

巽櫓・巽櫓西塀
巽櫓・巽櫓西塀

巽櫓は本丸南東隅にある二重櫓です。

井戸
井戸
本丸
本丸

本丸広場にある井戸は、南北2つの峰を埋め立てて本丸の敷地を作った際、谷底にあった泉を囲むように石を積み上げて造られたと伝えられています。

馬具櫓
馬具櫓
本丸西側から
本丸西側から

本壇に向かう左(西)側には馬具櫓があり、二之丸や登城道を見下ろす位置にあります。

玉薬土蔵跡
玉薬土蔵跡
本丸東側から
本丸東側から

本壇手前の右(東)側には玉薬土蔵跡があります。

天守と券売所
天守と券売所

続いて本壇へ。天守観覧料は520円、券売所ではスタンプと御城印(300円)もあります。

つづきはこちら

次の旅予約

昨日、熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅から帰ってきたところなのに、もう次の旅の予約を完了してしまいました。

次は、愛媛・高知城めぐりの旅です。続日本100名城で未登城の能島城河後森城岡豊城に加えて、登城済の松山城湯築城を再訪します。

特に楽しみなのは、能島城です。芸予諸島海域で活躍した海賊衆、村上海賊を代表する能島村上氏の拠点海城で、船で渡らないと行けません。ということで、能島上陸&潮流クルーズも予約しました。

松山まで飛行機、現地はレンタカー移動、愛媛県西予市と高知市に宿をとりました。

今から楽しみです。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #3-2 鹿児島城

今回の旅の最後は鹿児島城です。

■■ 鹿児島城 ■■

鹿児島城は、鹿児島市にある城で、別名、鶴丸城といいます。江戸時代に島津家久によって築かれました。山麓の平城(居館)と背後の山城(城山)から構成された平山城で、国指定史跡、日本100名城の97番です。城山は非常時の詰めの城(要塞)として一体的に利用されました。

旅程では、黎明館の駐車場に停めて、城山まで含めてすべて徒歩でまわる予定でしたが、暑さと疲労で城山登るのはきつすぎるということで、最初に城山へ。

■城山

城山公園駐車場
城山公園駐車場
城山公園案内
城山公園案内

11時すぎ城山公園駐車場に到着しました。城山には鹿児島城の遺構はあまり残っていない感じで土塁が見られる程度でしょうか。

城山展望台
城山展望台
城山展望台から
城山展望台から

城山は城跡というよりも桜島を一望できる公園というイメージですね。ということで城山展望台へ。ほとんどの観光客がここからの眺望目当てに訪れているようです。確かに鹿児島にきたらここからの桜島、錦江湾と鹿児島市街の眺望は外せません。

西南戦争薩軍本営跡
西南戦争薩軍本営跡
土塁
土塁
西南戦争薩軍本営跡の碑
西南戦争薩軍本営跡の碑

駐車場の北側一段あがったところは西南戦争薩軍本営跡で今はドン広場と呼ばれる広場があります。土塁を見るならここが来やすいと思います。北側の土塁の上には西南戦争薩軍本営跡の碑がとてもひっそりと立っていました。

さて、土塁を見るのに誤って城山遊歩道の方を進んでしまいだいぶ時間を使ってしまった結果、1時間ほど経っていました。クルマで山麓へ移動します。

西郷隆盛洞窟
西郷隆盛洞窟

道中には西郷隆盛洞窟があります。西南戦争の最終局面で西郷隆盛が幹部とともに最後の5日間を過ごしたとされる洞窟です。

さてこの道をまっすぐずっと進めば西郷隆盛終焉の地があったはずが何故か道を間違えてたどり着けず。あきらめてそのまま黎明館の駐車場へ着いたのですが、黎明館が月曜休館日、それは知っていましたが駐車場まで休みとは。。。12:21ごろ、近くのコインパーキングに駐車しました。ここから徒歩で鹿児島城を散策します。

■二之丸

二之丸跡(市立美術館)
二之丸跡(市立美術館)

最初に、まちあるき観光ステーションを目指します。この辺りは二之丸があった場所で市立美術館や県立図書館が建てられています。

西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像

途中に西郷隆盛銅像がありました。

まちあるき観光ステーション
まちあるき観光ステーション

まちあるき観光ステーションでスタンプと御城印をゲットしました。なんとこちらには、(無いと勝手に思い込んでいた)知覧城の御城印もありました。3城全部買うと島津氏家紋を自由に押せるということで志布志城も追加で購入。家紋は押してもらいました。

二之丸(県立図書館)
二之丸(県立図書館)
二之丸跡案内板
二之丸跡案内板
二ノ丸石垣
二ノ丸石垣

御城印が曲がってしまうのが嫌なので一旦クルマにおいてから散策再開。県立図書館には二之丸跡の案内板がありました。

本丸石垣
本丸石垣

御楼門方向へ進んで行くと内堀と本丸石垣が見えてきます。

金場取残積み
金場取残積み
亀甲積み
亀甲積み
算木積み
算木積み

歩道には、金場取残積み、亀甲積み、算木積みといった石垣を説明した展示があります。

■御楼門

御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀

御楼門に着きました。御楼門は本丸大手門で、2020年に日本最大の城門として復元されました。高さ約20メートル、幅約20メートルの二階建て櫓門です。

西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
御楼門枡形
御楼門枡形
御楼門
御楼門

御楼門の土台や周囲の石垣には、西南戦争時の銃撃戦の弾痕がものすごい数で残っていて、戦闘の激しさを肌で感じられます。

■本丸

黎明館
黎明館

本丸に入ると黎明館(鹿児島県歴史・美術センター)が建っています。

排水溝(復元)
排水溝(復元)

御楼門の裏手には、石垣への水の浸透を防いで構造を守るために設けられた排水溝が復元整備されています。

島津重豪公頌徳碑と御楼門
島津重豪公頌徳碑と御楼門

御楼門の横に立つ島津重豪公頌徳碑は、藩校「造士館」を創設した第8代藩主・島津重豪の学術・教育面における多大な功績を称えるものです。

御角櫓跡
御角櫓跡

御角櫓跡は、本丸南西隅にあった御角櫓の跡で長方形の二階櫓が建っていました。

庭園跡
庭園跡

庭園跡は、藩主御殿の庭園遺構で往時の池泉回遊式庭園を再現したものです。

麒麟の間跡と能舞台跡
麒麟の間跡と能舞台跡

庭園跡の隣には、麒麟の間跡と能舞台跡があります。麒麟の間は本丸御殿の一角にあった寛ぎの空間の役割をもっていました。

御楼門建設技術展示
御楼門建設技術展示

黎明館の正面玄関には、御楼門復元に用いられた建設技術に関する展示があります。

天璋院篤姫像
天璋院篤姫像

天璋院篤姫像は、大河ドラマで知られる天璋院篤姫の銅像です。11代藩主・島津斉彬の養女となり、江戸に輿入れする前の約3ヶ月間を鹿児島城で過ごしました。

本丸
本丸
北御門跡
北御門跡
本丸石垣と内堀
本丸石垣と内堀

本丸の北側には北御門跡があります。御楼門が通常閉まっていたため、薩摩藩士たちが日常的に使っていた門です。

薩摩義士碑
薩摩義士碑
薩摩義士碑
薩摩義士碑

北御門跡から出て坂を少し上がったところには薩摩義士碑があります。江戸時代の「宝暦治水」と呼ばれる難工事で犠牲になった薩摩藩士たちを供養・顕彰する史跡です。

西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地

まだ時間があるので先ほどたどり着けなかった西郷隆盛終焉の地まで足を伸ばしました。なんと徒歩でも道を間違ってしまった。。。

私学校石垣の西南戦争時の弾痕
私学校石垣の西南戦争時の弾痕
本丸北東面石垣(鬼門除け)
本丸北東面石垣(鬼門除け)

戻って内堀の北側を進んで行くと、西郷隆盛が創設した私学校跡の石垣にも西南戦争時の無数の銃弾痕が残っていました。

最後に本丸北東面石垣(鬼門除け)を確認します。鬼門と呼ばる北東の石垣の角を意図的に凹ませて鬼門除けとしている珍しい遺構です。これで散策は終了、13:55ごろ御楼門前なので約1時間半くらいの散策でした。

鹿児島城散策はほぼ西郷さん散策という感じでしたが、あまりにも西郷さんが有名なので仕方ないですね。

駐車場に戻って、荷物を整理していたら、スタンプ帳や御城印などを入れるビニールケースが見当たらない!もしやと思い、クルマを走らせてからまちあるき観光ステーションへ行ってみると、ありました!こんなところに忘れるとは情けない。でも見つかって一安心。ということで帰路につきました。

飛行機からの夕日
飛行機からの夕日

レンタカーを返却後空港に着くと、帰り16:40の飛行機がなんと一時間も遅れることになり、22:50ごろ帰宅しました。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #2-2 飫肥城

道の駅えびの
道の駅えびの

八代城の次は飫肥城です。途中道の駅えびのに立ち寄り休憩後、11:22ごろ、飫肥観光駐車場に到着しました。

■■ 飫肥城 ■■

飫肥城は宮崎県日南市にある群郭式の平山城で、南北朝時代に土持氏が築城したのが始まりと伝えられ、江戸時代は伊東氏飫肥藩の藩庁として繁栄しました。日南市指定史跡、日本100名城の96番です。

飫肥観光駐車場
飫肥観光駐車場
城下町案内処
城下町案内処
飫肥城御城印

飫肥観光駐車場にある城下町案内処で御城印を買いました。飫肥城下町にある優良由緒施設の共通券を薦められましたが、城が目当てなのでとりあえず購入せず。

大手門に続く道
大手門に続く道

駐車場から大手門に続く道は城下町らしい雰囲気を感じることができます。

■大手門周辺

大手門
大手門
大手門
大手門
空堀
空堀
空堀
空堀

大手門は、木造渡櫓、本瓦葺きの重厚な造りの江戸時代の櫓門が復元されたものです。手前は空堀になっています。

飫肥城跡案内版
飫肥城跡案内版
大手門
大手門
大手門にある碑文
大手門にある碑文

大手門をくぐると枡形になっています。大手門にある碑文は、大手門復元工事中に偶然発見された大手門石垣の礎石に刻まれたものです。

大手門枡形
大手門枡形
土塁
土塁
本丸石垣と鐘楼
本丸石垣と鐘楼
鐘楼
鐘楼

枡形から石段を登ると左側に高い土塁を見ることができます。右側の奥には鐘楼が見えています。かつて城下町に時を告げていた鐘楼を再建したものです。小学校の敷地内にあるため、下からしか見ることができません。

本丸へ
本丸へ

本丸石垣の下から石段を登って飫肥城歴史資料館へ。

■本丸(中の丸)

飫肥城歴史資料館
飫肥城歴史資料館
飫肥城スタンプ

大手門登ったところは本丸(中の丸)で、飫肥城歴史資料館はその隅に立っています。ここでスタンプをゲット。入館料は不要でした。

本丸
本丸

本丸は小学校の敷地になっていて、立っている看板には、

飫肥城址にお越しいただき心より歓迎いたします。
飫肥城址で学ぶ子供達の姿は写真や映像でなく、旅の記憶としてお持ち帰りください。

とのことなので、子供がはっきり写らないように撮りました(これだけ小さければ大丈夫?) 。

本丸西側枡形虎口
本丸西側枡形虎口
本丸へ
本丸へ

飫肥城歴史資料館 脇には本丸西側枡形虎口があり、大手門から左側に進むとここに出ます。旧本丸を目指して北へまっすぐ進むと石段があります。

本丸
本丸

■旧本丸

旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口

石段の先には、旧本丸枡形虎口があり、抜けると旧本丸です。

旧本丸
旧本丸
旧本丸裏門
旧本丸裏門
旧本丸裏門
旧本丸裏門

旧本丸には樹齢140年の飫肥杉木立と苔のじゅうたんが広がり、幻想的な雰囲気です。本丸ができる前にはここに藩主の御殿がありました。北側奥には往時の面影を残す旧本丸裏門があります。

中之城・北の丸(奥)
中之城・北の丸(奥)

旧本丸裏門を出た北側下には現在グラウンドになっている中之城が広がり、その北側は北の丸です。

■松尾の丸

松尾の丸
松尾の丸
松尾の丸御殿
松尾の丸御殿
松尾の丸御殿
松尾の丸御殿
松尾の丸御殿の湯殿
松尾の丸御殿の湯殿
松尾の丸御殿の湯殿
松尾の丸御殿の湯殿
松尾の丸御殿湯殿のかまど
松尾の丸御殿湯殿のかまど

戻って最後に松尾の丸へ。本丸西側枡形虎口あたりから西側に見える階段を登ったところが松尾の丸で、江戸時代初期の武家屋敷を想定した書院造の御殿が復元されています。御座の間、茶室、御寝所、湯殿、台所、御蔵などがあり、湯殿は、こけら葺で総桧造りの蒸し風呂で、受付の方がお勧めしていました。今回有料由緒施設で入ったのはこちらだけです。御殿の中をひとまわりしました。当たり前ですが 他のお城にある御殿と同じような造りでした。

しあわせ杉
しあわせ杉

ひととおりの散策は終了ということで本丸西側枡形虎口から戻ります。ここにはしあわせ杉があります。四隅に4本の飫肥杉がそびえ立つパワースポットで、4本の杉を結ぶ対角線の中心に立つと幸せのパワーを授かると言われています。

少し休憩して13:00すぎ、次の志布志城へ向かいました。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #1 人吉城

2泊3日の熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:人吉城
・2日目:八代城飫肥城志布志城
・3日目:知覧城鹿児島城
をめぐる予定です。

雲海に浮かぶ富士山
雲海に浮かぶ富士山

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、7:22の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8:40前に到着。9:55羽田発鹿児島行きのJAL便は出発時刻が10:05に変更でした。途中雲海に浮かぶ富士山が見えてラッキーでした。11:40ごろ鹿児島に到着しました。

セレナe-power
セレナe-power

鹿児島空港からは日産レンタカー、今回の相棒はノートではなく、なんとセレナです。奮発したのではなく、ノートがリコール中で変更の確認は事前に受けていました。ミニバン運転するのってほぼ初めてですが、意外に違和感なくすぐになれましたね。
人吉城へ向かいます。

■■ 人吉城 ■■

人吉城は、熊本県人吉市にある梯郭式平山城です。相良氏が鎌倉時代に地頭として人吉荘に赴任して以来35代670年にわたり在城し、江戸時代には人吉藩の藩庁でした。国の史跡、日本100名城の93番です。

■西外曲輪

人吉城歴史館
人吉城歴史館

13:23ごろ、人吉城歴史館に到着しました。こちらでまずスタンプとパンフレットを入手しました。歴史館は西外曲輪にあり、相良清兵衛屋敷跡に建設されています。西側から東側に向かって散策します。

西外曲輪の西側には古写真をもとに復元された角櫓、長塀、多門櫓が連なっています。

角櫓
角櫓
軍役蔵跡
軍役蔵跡

角櫓は球磨川と胸川の合流点、城跡西北隅にあります。角櫓の前には軍役蔵跡と思われる表面表示がありました。

多門櫓北側長塀
多門櫓北側長塀
石落とし
石落とし
多門櫓
多門櫓

角櫓からは多門櫓北側長塀が伸びています。長塀の途中には、敵の侵入を防ぐための石落としがあります。長塀は多門櫓に続いています。

多門櫓
多門櫓
多門櫓
多門櫓
多門櫓
多門櫓
大手門櫓跡
大手門櫓跡
大手門櫓跡
大手門櫓跡

多門櫓は大手門の北側石塁上にある長櫓です。多門櫓の南側に続く石垣は大手門櫓跡で、大手門は胸川御門とも呼ばれました。

渋谷家屋敷跡
渋谷家屋敷跡
下台所跡・犬堂市衛門屋敷跡と方形井戸
下台所跡・犬堂市衛門屋敷跡と方形井戸

西外曲輪を東西に伸びる後口馬場の南側は上級武士が屋敷があった場所で、長塀の向かいには渋谷家屋敷跡、奥には下台所跡や犬堂市衛門屋敷跡が整備されています。

後口馬場
後口馬場
後口馬場の井戸跡
後口馬場の井戸跡

後口馬場は幅約10メートルの大きな道路・馬場跡です。後口馬場の北側、球磨川に挟まれた区域には相良清兵衛屋敷や息子の相良内蔵助屋敷がありました。相良清兵衛屋敷跡の歴史館の前には井戸跡があります。

大台所跡・御厩跡
大台所跡・御厩跡

球磨川と後口馬場に挟まれた区域の東部は、大台所や御厩になっていました。

相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)

大井戸遺構は、人吉城跡で二つ発見された井戸のある地下室の一つで、相良内蔵助屋敷の地下室の遺構です。地下室の構造は、石段の降り口、踊り場、方形の大型の井戸、黒色の小石敷き、その下のスギ板敷きなど。実物展示のため復元修理を行い、 上部に覆屋を設け休憩施設となっていますが、遺構はガラスで囲われている上、ガラスが反射して少し見づらいのが残念。もう一つの大井戸遺構は人吉城歴史館内にあり内部にも入れたようで、入ればよかったと悔やんでいますが、知らなかったし。下調べは十分にしないとですね。

馬責馬場
馬責馬場
馬責馬場
馬責馬場

馬責馬場は、東側の城主御館跡のある東外曲輪と西側の武家屋敷跡がある西外曲輪の間を、南北に貫いている道です。球磨川の方へ進み、東外曲輪の北側から本丸を目指します。

■東外曲輪

水ノ手門西側長塀と石垣
水ノ手門西側長塀と石垣
水ノ手門西側長塀
水ノ手門西側長塀
水ノ手門西側長塀
水ノ手門西側長塀

球磨川に出ると橋が架かっていますが、この橋は当時はなかったものです。橋からは復元された水ノ手門西側長塀と奥まで続いている石垣が見られます。

間米蔵跡
間米蔵跡
武者返し石垣
武者返し石垣
武者返し石垣
武者返し石垣

長塀の内側にある間米蔵跡は年貢米を収めた蔵の遺構です。御館北辺の石垣には武者返しと呼ばれる突出部がついた石垣があり、これは日本全国でも他には五稜郭と龍岡城にしかないという珍しいものです。

水ノ手門跡
水ノ手門跡
水ノ手門跡
水ノ手門跡

水ノ手門は、球磨川に面した場所にあった門で、年貢米や物資の搬入に使われ、川に面した石垣には船着場が設けられていました。

堀合門
堀合門
大村米御蔵跡・欠米蔵跡
大村米御蔵跡・欠米蔵跡

水ノ手門のすぐ近くにある門は堀合門で、城主御館の北側入口に置かれた門です。復元されたものですが移築された門は現存しています。堀合門の東側には大村米御蔵跡と欠米蔵跡があります。

御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡

さらに東へ進むと御下門跡があります。本丸・二の丸・三の丸への唯一の登城口に置かれた櫓門でした。いかにも城への入口といった雰囲気がとてもいいです。奥へと続く石段を登っていきます。

■三の丸

三の丸へ
三の丸へ
三の丸
三の丸
三の丸
三の丸
三の丸
三の丸

石段を登り切ると三の丸です。三の丸は球磨川沿いの最も低い場所にある広大な曲輪で、長屋や井戸、塩蔵がありました。そのまま道なりに進むと中御門跡です。

■二の丸

中御門跡
中御門跡
中御門跡
中御門跡

中御門跡は三の丸から二の丸へと繋がる巨大な櫓門跡で桝形虎口になっています。ここの石垣も素晴らしいです。

二の丸
二の丸
二の丸
二の丸
二の丸
二の丸
埋御門跡
埋御門跡

石段を登ると二の丸です。二の丸には御殿が建てられ、城の実質的な中心地でした。北西北端には埋御門跡があり、三の丸へ直接下りることができます。

■本丸

本丸へ
本丸へ
本丸
本丸
本丸
本丸

二の丸南西部には石段があり登ると本丸ですが、適当に地図を見たため護摩堂があるだけの場所だし疲れたし登らなくていいかなと思ったことが今思うと危なかった。思いなおして登ったらそこが本丸でした。本丸は、城内最高所にある天守台に相当する曲輪ですが、天守閣は築かれず二階建ての護摩堂が建てられていたそうでその礎石も残っています。

■三の丸

埋御門跡
埋御門跡
三の丸
三の丸
三の丸
三の丸

本丸から二の丸へ戻り、埋御門跡から三の丸に下りた左方向は虎口のようになっていて三の丸の各曲輪へつながっています。

三の丸(二の丸西側)
三の丸(二の丸西側)
三の丸(二の丸西側)
三の丸(二の丸西側)

二の丸の西側には広い曲輪が広がっています。

三の丸(北西部の曲輪)
三の丸(北西部の曲輪)
於津賀社跡
於津賀社跡

少し下側の三の丸北西部の曲輪には於津賀社跡があります。相良氏入国前の城主だった平氏の代官の矢瀬主馬祐をまつる霊社跡です。

■城主御館跡

外曲輪への石段
外曲輪への石段
城主御館跡
城主御館跡
相良護国神社
相良護国神社

三の丸西端部からの石段を下りていくと、東外曲輪の相良護国神社と相良氏の歴代藩主が祀られた相良神社が建っている、城主御館跡に出ます。ここは、かつて相良氏の藩庁や表屋敷(御殿)が置かれていた中心的な場所でした。

御館跡庭園
御館跡庭園
社務所
社務所
御館御門橋
御館御門橋
御館御門橋
御館御門橋
水堀
水堀

御館跡庭園は、池泉廻遊式の日本庭園で300年以上前に作庭されたそうです。無人社務所では、御城印や神社の御朱印を買うことができます。城主御館跡の最西部には水堀に架かる御館御門橋があり、石造りの桁橋として熊本県内最古として県指定重要文化財になっています。

岩下門跡
岩下門跡

最後に人吉城に入る4ヶ所の門のうち、南側入口にあった岩下門跡に行ってみました。ほぼ何も残っていない感じでよく分からずでした。

駐車場に戻ってきたのは15:45ごろで、大体2時間20分ほどの散策でした。

居食屋がらっぱ
居食屋がらっぱ
居食屋がらっぱ
居食屋がらっぱ

15:53ごろ、今日の宿・ホテルアルファーワン八代へ向けて出発、ホテル提携のセイワパーク八代本町にとめて、17:35ごろチェックインしました。夕飯はホテル1階にある居食屋がらっぱさんで、熊本名物のちくわサラダ(ちくわの穴にポテトサラダを詰めた天ぷら)やお刺身などいただきました。ホテルには大浴場もあってしっかり体を休めました。

明日は八代城を巡りますが、早起きしてチェックアウト前に散策することにしました。

江戸城外周一周

18:30から東京駅界隈で飲み会があったので、その前に江戸城の外周を一周しました。前回の江戸城めぐりでは、北の丸を見ていないので、今回の目的は北の丸ですが、そのついでに周りも一周してみようということです。

和田倉濠・和田倉橋
和田倉濠・和田倉橋
桔梗濠と巽櫓
桔梗濠と巽櫓

16時ごろ和田倉門からスタートしました。和田倉濠にかかる渡倉橋を渡り、和田倉用水公園を抜けて巽櫓の前から反時計回りに進みました。この堀は桔梗濠です。

大手門
大手門
大手濠
大手濠
平川門
平川門

大手門から先は大手濠です。平川門があります。

竹橋門跡
竹橋門跡

竹橋駅あたりに竹橋門跡がありました。竹橋駅って橋からきてたんですね。知りませんでした。竹橋を渡った先は竹橋門跡ですが、ここは渡らずに堀に沿って進みます。

清水濠と清水門
清水濠と清水門

竹橋から先は清水濠です。北の丸の清水門が見えてきました。こんなに大きな門があったとは。

牛ヶ淵
牛ヶ淵
清水門
清水門
清水門
清水門
清水門
清水門

清水門の先は牛ヶ淵ですが、堀沿いにほとんど道がないので、ここから北の丸に入ります。

北の丸
北の丸
日本武道館
日本武道館

北の丸には日本武道館があります。

田安門
田安門
田安門
田安門
田安門
田安門
田安門
田安門
牛ヶ淵
牛ヶ淵

武道館前を進んで田安門から外周へ戻ります。

千鳥ヶ淵
千鳥ヶ淵
高燈籠(常燈明台)
高燈籠(常燈明台)

田安門から先は千鳥ヶ淵です。すぐにある高燈籠(常燈明台)は巨大な灯籠で明治時代に靖國神社の灯籠として設置されました。

千鳥ヶ淵と千鳥ヶ淵緑道
千鳥ヶ淵と千鳥ヶ淵緑道

千鳥ヶ淵沿いは千鳥ヶ淵緑道という遊歩道で桜の名所だそうです。もう完全に散った後ですね。

千鳥ヶ淵
千鳥ヶ淵
半蔵濠
半蔵濠

首都高速が見えてきて代官町通りを渡ったところから半蔵濠です。

半蔵濠
半蔵濠
半蔵門
半蔵門
半蔵門と桜田濠
半蔵門と桜田濠

ずっと進むと半蔵門が見えてきます。半蔵門も初めて見ました。

桜田濠
桜田濠
桜田濠と桜田門
桜田濠と桜田門
凱旋濠
凱旋濠

その先は桜田濠です。緩やかに堀を見ながら坂を下りていく風景はいい感じ。桜田門から先は凱旋濠です。もともとは日比谷濠の一部でしたが、日露戦争勝利を記念した凱旋道路と祝田橋ができた際に日比谷濠から分かれました。

祝田橋と日比谷濠
祝田橋と日比谷濠
日比谷濠
日比谷濠
日比谷濠
日比谷濠

祝田橋から先は日比谷濠です。堀に沿って直角にまがります。

馬場先門跡
馬場先門跡
馬場先濠
馬場先濠
行幸通り
行幸通り

馬場先門跡に至ります。そこから先は馬場先濠で東京駅正面から皇居へ続く行幸通りまで続きます。

和田倉濠
和田倉濠
和田倉橋
和田倉橋

その先は和田倉濠で和田倉橋で一周終了です。

時刻は18:16です。大急ぎで飲み会へ向かい、なんとか間に合いました。

大分・宮崎城めぐりの旅 #2-3 岡城その2

岡城その1からの続きです。

■三の丸

西中仕切跡と三の丸石垣
西中仕切跡と三の丸石垣
西中仕切跡
西中仕切跡
西中仕切跡
西中仕切跡
鐘櫓跡
鐘櫓跡

西中仕切跡から城の中心部です。ここからの三の丸石垣は素晴らしいです。西中仕切跡は城内で最も狭い場所で、石垣により通路を折り曲げ、敵が直進できないようにしています。ここを抜けると鐘櫓跡。

太鼓櫓跡
太鼓櫓跡
太鼓櫓跡
太鼓櫓跡

続いて正面に太鼓櫓跡があり城の中心部への入口です。

三の丸
三の丸
武器庫跡
武器庫跡
本丸石垣・御三階櫓石垣
本丸石垣・御三階櫓石垣
本丸石垣
本丸石垣

その先一段上がったところは三の丸で、他藩からの使者や家臣が藩主と対面するところです。中央付近には武器庫跡があります。正面には本丸の高い石垣がそびえたっています。くじゅう連山を望める絶景も。

■二の丸

二の丸へ
二の丸へ
井戸跡
井戸跡
二の丸
二の丸
瀧廉太郎像
瀧廉太郎像
月見櫓跡
月見櫓跡

三の丸の先、一段上がると二の丸で、入口付近には井戸跡があります。瀧廉太郎像も建っています。二の丸にあった御殿には、玄関、大広間、書院、北端に数寄屋風の月見櫓、東端に風呂屋がありました。二の丸は来客の歓迎や藩主が楽しむための空間だったようです。

二の丸休憩所(風呂屋跡)
二の丸休憩所(風呂屋跡)
本丸への石段
本丸への石段

風呂屋跡に建つ二の丸休憩所は、階段で本丸に行ける構造になっていて、なんでこんなの作っちゃったの?と思ったのですが、風呂屋が二階から階段で本丸へ通じていたんですね。

■本丸

本丸
本丸
本丸
本丸
御三階櫓跡
御三階櫓跡
御三階櫓跡からの三の丸
御三階櫓跡からの三の丸

石段を登ると本丸です。中央に本丸御殿、それを取り囲むように、天守に相当する御三階櫓、角櫓、 多門櫓、金倉などが建っていました。南西隅に御三階櫓跡があり、ここから三の丸を見渡せます。

岡城天満宮
岡城天満宮
岡城天満神社御朱印
岡城天満神社御朱印
御金倉跡
金倉跡
東中仕切跡
東中仕切跡

東奥の方には岡城天満宮が建っています。こちらをお参りし、御朱印もいただきました。その右側奥には金倉跡、いわゆる金庫の跡です。ここからは東中仕切跡とその先が見えます。

■東の郭

埋門跡
埋門跡
本丸石垣
本丸石垣
東中仕切跡
東中仕切跡
金倉跡石垣
金倉跡石垣

残るは本丸より東側の曲輪です。三の丸にある御三階櫓下の埋門跡から本丸石垣にそって東へ進んで行くと東中仕切跡があります。ここから先は観光客は激減しました。金倉跡の石垣は二重になっています。

米倉跡
米倉跡
清水門跡
清水門跡

東中仕切跡をすぎたあたりに米倉跡があります。先に進んで行くと左側に清水門跡があります。清水門は藩主が稲葉川のほとりに建てた休息場へ向かうため設けられたものです。

三楽亭跡
三楽亭跡
荘嶽社跡
荘嶽社跡
御廟所跡
御廟所跡

さらにその先に三楽亭跡、荘嶽社跡、御廟所跡。荘嶽社は初代藩主中川秀成、その兄中川秀政、その父中川清秀を祀っていた神社、御廟所にはかつて歴代藩主の位牌が祀られていました。

東側の曲輪東端部
東側の曲輪東端部
下原門跡
下原門跡
下原門跡
下原門跡
下原門跡
下原門跡

東側の曲輪の東端に下原門(しもばるもん)跡があり、こちらは搦手門でした。

以上でひととおり遺構は見れたので散策は終了、駐車場には16:20ごろ戻ってきました。それにしても岡城、本当にすばらしい山城で自分的にもトップクラスでした。

ホテル延岡ヒルズ
ホテル延岡ヒルズ
Joyfull
Joyfull
チキン南蛮定食
チキン南蛮定食

今日の城めぐりは終了です。今日の宿、ホテル延岡ヒルズには18:04ごろ到着しました。夕飯は延岡が発祥だというチキン南蛮が食べたくて予め調べておいた居酒屋さんにいったもののなんと閉まってた!飲食店がありそうな方へ歩いていくとJoyfull発見!Joyfullは九州のファミレスだから、多少本場のものとは違えどチキン南蛮あるかもと行ってみるとやった!ありました!ということで夕飯はチキン南蛮定食です。普通においしくいただきました。

そういえばホテルのフロントでアプリはお持ちではないですか?と聞かれ、そういえば最近BBHホテルグループのホテル、やたら泊まってるなと思い、アプリ会員になりました。昨日の鶴崎ホテルさん も、先々週のホテルクラウンヒルズ高岡さんもそうなのでした。会員になるの遅すぎたかも。

明日は延岡城佐伯城臼杵城をめぐる予定です。

今日一日の歩数は、16,963歩でした。

大分・宮崎城めぐりの旅 #2-2 岡城その1

史跡岡城跡駐車場
史跡岡城跡駐車場

佐土原城の次は岡城です。2時間以上のドライブ後、史跡岡城跡駐車場の直前で駐車待ちの渋滞が。。。そっか、みんな桜を見に来てるのか、仕方ありません。10分くらい待って駐車できたのは13:04ごろでした。

■■ 岡城 ■■

岡城は大分県竹田市にある、源義経を迎えるため築城されたと伝わる断崖絶壁に位置する難攻不落の山城で、国指定史跡、日本100名城の95番です。臥牛城(がぎゅうじょう)・豊後竹田城(ぶんごたけたじょう)とも呼ばれます。志賀氏が拠点とし、後に中川秀成が近世城郭へ改修し280年続いたそうです。滝廉太郎作曲の「荒城の月」は、この城の荒れ果てた風景がモデルと言われています。

  跡岡城跡駐車場(総役所跡)
跡岡城跡駐車場(総役所跡)
西の丸の石垣
西の丸の石垣

駐車場は総役所跡で、高く西の丸の石垣が見えて、すごそうだぞ、このお城と気持ちも高鳴ります。しばし桜と石垣などの写真撮りながら休憩後、料金所で入城料300円、スタンプ押印、御城印通常版(白地)と300円、切絵版(黒地)800円を購入しました。13:27ごろ登城開始です。

■大手道・大手門

阿蘇溶結凝灰岩の岸壁
阿蘇溶結凝灰岩の岸壁

登城道を進んでいくと、巨大な岩の壁が見えます。阿蘇溶結凝灰岩の岸壁です。城が阿蘇山の火砕流でできた岩山の上に建っていることが分かります。

岡城址の碑
岡城址の碑
大手坂
大手坂
かまぼこ石
かまぼこ石

しばらく進むと大手坂に着きます。脇にはアーチ形状の石垣、通称「かまぼこ石」が見られます。

大手門跡
大手門跡
大手門跡
大手門跡
古大手門跡
古大手門跡
古大手門跡
古大手門跡

石段を登っていくと大手門跡です。当時は櫓門が構えられていました。右側にある通路みたいなところは、古大手門跡ですが、外側には堀切と小さな曲輪が先にありました。行けないことはないけれど、やめました。

■西の丸

西の丸大階段
西の丸大階段

さてここからの散策ルートですが、西の丸から下りる七曲りが通行できないため、先に西側から散策して本丸、東側の順に回ることにしました。正面西方向には西の丸の大階段がありますが入ることはできません。大階段の手前南側に西の丸東御門前の表示、大階段を登ったところに東御門があったようです。

西の丸へ
西の丸へ
新屋敷門跡
新屋敷門跡
新屋敷門跡
新屋敷門跡

西の丸へは大階段の左、南側の坂道を進んでいくのがルートですが、左側に下りていく道も見えたのでそちらに行ってみました。一番奥の石段を登れば西の丸?と思いきや、石垣でふさがれていました。戻って坂を登ったところが新屋敷門跡です。先ほど石垣でふさがれていたところは新屋敷門の当初の虎口だったようです。

西の丸
西の丸
物見台跡
物見台跡
角櫓跡
角櫓跡
物見台跡
物見台跡

そこを抜けると西の丸で、正面に桜と菜の花が咲き誇っていて天国のようとはいいすぎでしょうか。西の丸は西の丸御殿跡で、城内で一番広い曲輪だそうです。一番西側に行ってみると一段下の左側に物見台跡、右側に角櫓跡、眼下には駐車場が見渡せます。駐車場から見えていた石垣はここですね。物見台跡に下りました。

井戸跡
井戸跡
角櫓跡へ
角櫓跡へ
角櫓跡
角櫓跡

そこから一段下の曲輪を通って角櫓跡に行こうと思いましたが、さすがにこれは危険すぎると思い、西の丸へ戻ってから行きました。 西の丸から家老屋敷へ続く坂には井戸跡があり、そこを戻るように石垣に沿って進むと角櫓跡です。

■家老屋敷、ほか

井戸跡
井戸跡
中川民部屋敷跡
中川民部屋敷跡
中川民部屋敷跡
中川民部屋敷跡

先ほどの井戸跡に戻ると少し先にも井戸跡がありました。坂を下りたところは家老屋敷の中川民部屋敷跡です。調査により確認された屋敷の間取りを礎石で復元しています。

近戸門跡
近戸門跡
近戸門跡
近戸門跡
近戸門跡
近戸門跡

その北東には近戸門跡があり、ここから七曲りにつながっています。

近戸門跡
近戸門跡
普請方
普請方
普請方からの中川民部屋敷跡
普請方からの中川民部屋敷跡
普請方
普請方

門の上につながる石段を登ると普請方跡があります。普請方とは、建築や修繕、土木工事を管理担当する部所です。

中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡隅櫓
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡

普請方跡の北東端から家老屋敷の中川覚左衛門屋敷跡へ降りると、屋敷の間取り等がわかる建物の床面が復元がされています。隅櫓の石垣も残っています。

中川覚左衛門屋敷跡からの絶景
中川覚左衛門屋敷跡からの絶景
中川覚左衛門屋敷跡からの絶景
中川覚左衛門屋敷跡からの絶景

中川覚左衛門屋敷跡からの景色は絶景で清水谷を挟んで本丸方面を望むことができます。

中川覚左衛門屋敷跡
中川覚左衛門屋敷跡
埋門
埋門
埋門
埋門

屋敷跡から出て石段を下り、石垣に沿って進んでいくと石垣に四角い穴がありました。これは普請方に至る埋門で立体交差になっています。

賄方跡
賄方跡
賄方跡
賄方跡
古井戸
古井戸

本丸方向へ道なりに進んで行くとトイレがある曲輪に出ます。ここは賄方跡で、来客者などのもてなしによる賄いを行う部所だそうです。北側から下を見ると古井戸がありました。

中川但見屋敷石垣
中川但見屋敷石垣
中川但見屋敷跡
中川但見屋敷跡
中川但見屋敷跡からの中川覚左衛門屋敷跡
中川但見屋敷跡からの中川覚左衛門屋敷跡

賄方跡を抜けて坂道をあがった上がった先は、家老屋敷の中川但見屋敷跡です。

武具方跡
武具方跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡
朱印状倉跡

奥一段下がったところに武具方跡、東側一段上がった場所は、御朱印状等公文書の保管をしていた朱印状倉跡です。

中休所跡
中休所跡
桜馬場跡
中休所跡
中休所跡
城代屋敷跡
城代屋敷跡
籾倉跡
籾倉跡
籾倉跡
籾倉跡

本丸方面へ進んで行くと中休所跡、桜馬場跡、城代屋敷跡(城代とは城主の不在時に代わって城の管理、防衛、政務を行う重臣)、米を保管していた籾倉跡と続きます。

本丸へ
本丸へ
本丸のぞむ
本丸のぞむ

この辺りから本丸方向を見ると石垣が壮大です。その先、西中仕切跡に至りますが切りがいいので、つづきはこちら

大分・宮崎城めぐりの旅 #1-2 大分府内城

角牟礼城の次は大分府内城です。土日は城跡内の臨時駐車場が使用できないとの情報から、市営荷揚立体駐車場に駐車しました。15:56に到着です。ここから大分府内城までは歩いてすぐです。

■■ 大分府内城 ■■

大分府内城は大分市にある梯郭式平城で、大分城、荷揚城(にあげじょう)、白雉城(はくちじょう)とも呼ばれます。城跡は大分城址公園となっていて、人質櫓(二階櫓)と宗門櫓(平櫓)が現存しています。それ以外3棟の二階櫓と大手門が外観復元、土塀、廊下橋が木造復元されています。日本100名城の94番です。

内堀と西之丸西北隅櫓跡
内堀と西之丸西北隅櫓跡
廊下橋
廊下橋
遊焉館跡
遊焉館跡

駐車場から出て東へまっすぐ進むと内堀と西之丸西北隅櫓跡、廊下橋が見えてきます。さてどう回ろうかと考える前に、御城印が購入できるセブン・イレブン大分荷揚町店が近いことに気づき、先に御城印を入手しました。セブン・イレブンの西隣にあるゆうえんかん広場は、遊焉館という府内藩校があった場所です。内堀の外周は回った方がいいとのおすすめ情報があったので、まず北之丸から時計回りに内堀外周を回ることにしました。

■北之丸(山里丸)

廊下橋
廊下橋
廊下橋
廊下橋
廊下橋
廊下橋

北之丸(山里丸)からは廊下橋で西之丸へ渡れるようになっていますが、この橋は跡で渡ることにします。

北之丸(山里丸)
北之丸(山里丸)
慶長の石垣
慶長の石垣
本丸北櫓跡
本丸北櫓跡
天守台
天守台

北之丸には松榮神社が建っています。廊下橋に向かって右側には慶長の石垣があります。ここからは本丸北櫓跡、天守台が見えます。

■帯曲輪

人質櫓
人質櫓
扇櫓跡(右)と菱櫓跡(左)
扇櫓跡(右)と菱櫓跡(左)
北東角の水手口
北東角の水手口
東之丸東北隅櫓
東之丸東北隅櫓
東之丸東北隅櫓
東之丸東北隅櫓
帯曲輪
帯曲輪

内堀に沿って帯曲輪を進んで、人質櫓、扇櫓跡、菱櫓跡、北東角の水手口、東之丸東北隅櫓と順にみていきます。今日は桜が満開、この辺りから花見客でいっぱいで皆さん楽しそうです。

東之丸三階櫓跡と平櫓
東之丸三階櫓跡と平櫓
着到櫓(東之丸南西隅櫓)
着到櫓(東之丸南西隅櫓)
大手門
大手門

内堀沿いに東之丸三階櫓跡、平櫓、着到櫓(東之丸南西隅櫓)を見ながら進むと、スタンプが設置されている大手門に着きます。

大手門
大手門
大手門
大手門

大手門から少し中に入ってみました。なんだ?クルマ一杯停まってる。。。どうやら今日は駐車場利用できたようでした。有料駐車場に停めたのに。。。

宗門櫓
宗門櫓
西之丸西南隅櫓
西之丸西南隅櫓
土橋
城址公園入口
城址公園入口
城址公園
城址公園

再度内堀外周へ戻り、宗門櫓、西之丸西南隅櫓と見てから城跡に入る道(土橋)を渡って中へ。城にはもともと内々堀があって、本丸と西之丸、東之丸は分かれていましたが、内々堀は埋め立てられ全部区切りなく広大な広場です。さきほど渡った土橋もなかったものです。

■西之丸

西之丸平櫓台
西之丸平櫓台
西之丸西南隅櫓
西之丸西南隅櫓
宗門櫓
宗門櫓

土橋から入ったところは西之丸跡。今度は城跡内側を半時計回りに回ることにします。敷地の外周以外は何もないので散策は楽です。西之丸平櫓台、西之丸西南隅櫓、宗門櫓。宗門櫓は外からは平櫓に見えますが、内から見ると二重櫓です。

■東之丸

東之丸西平櫓台
東之丸西平櫓台
着到櫓(東之丸南西隅櫓)
着到櫓(東之丸南西隅櫓)
平櫓
平櫓
東之丸三階櫓跡
東之丸三階櫓跡
井戸跡
井戸跡

大手門をすぎた先から東之丸跡で、東之丸西平櫓台、着到櫓(東之丸南西隅櫓)、平櫓、東之丸三階櫓跡と続きます。東之丸三階櫓は天守の次に大きなものでした。近くに井戸跡があります。

東之丸北東角櫓
東之丸北東角櫓

東之丸北東角櫓とみたところで、天守台へ。

■本丸

天守台
天守台
天守台
天守台
天守台
天守台
東之丸北東角櫓
東之丸北東角櫓
人質櫓と庭園
人質櫓と庭園
廊下橋と内堀
廊下橋と内堀

天守台からは東之丸北東角櫓、庭園、人質櫓、廊下橋、内堀がいい感じで見降ろせます。南側はただただ広い殺風景な駐車場、内々堀跡が分かるくらいには整備されるといいですね。

本丸北櫓跡
本丸北櫓跡
本丸北櫓跡
本丸北櫓跡

次に本丸北櫓跡を見て、天守台の東側へ。

天守台
天守台
扇櫓跡
扇櫓跡
内堀
内堀
人質櫓
人質櫓

天守台の東と北側は庭園になっていて、一番奥に人質櫓です。人質櫓から続く塀の切れ目あたり、扇櫓跡の脇は行けそうだったので行ってみると内堀の上です。

■西之丸

西之丸西北隅櫓跡
西之丸西北隅櫓跡
冠木門跡
冠木門跡
冠木門跡
冠木門跡
廊下橋
廊下橋

戻って西之丸跡に入り、西之丸西北隅櫓跡を見てから冠木門跡、最後に廊下橋を渡って時刻は17:40ごろ、約1時間40分の散策でした。

鶴崎ホテル
鶴崎ホテル
天刺膳
天刺膳

18:23ごろ、今日の宿、鶴崎ホテルさんに到着しました。夕飯はホテルにある、居酒屋おとづでの天刺膳を堪能しました。

さて明日は岡城延岡城の計画でしたが変更します。少し遠いですが、佐土原城まで足を延ばし、延岡城は明後日の早朝にずらして、最後の観光に予定している臼杵石仏を諦めれば行けそうです。ということで、明日は佐土原城岡城を巡ります。

今日一日の歩数は、13,778歩でした。