
一泊二日で千葉県の南房総エリアへ。ホテルで食って飲んでが目的なので、今日は直接宿の南国ホテルに来ました。
部屋からは太平洋を望むオーシャンビューでリゾート気分を満喫しました。
サウナはないと思ってたんですが、ありました!温泉・サウナ・飲み食いで温泉来たなぁという感じです。
2泊3日の山口・福岡・大分城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:萩城
・2日目:大内氏館・高嶺城、小倉城
・3日目:角牟礼城、中津城
をめぐる予定です。
熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:34の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8時前に到着。羽田から9:15発北九州行きのスターフライヤー便(出発10分遅れ)に乗り、11:10北九州に到着。北九州空港からは日産レンタカー、今回も相棒はノートで、萩城へ向かいました。
萩城は、山口県萩市にあり、別名は、指月城(しづきじょう)、城跡は国指定史跡、日本100名城の75番です。さらに「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の1つとして登録されています。
三方が日本海に囲まれ、指月山山頂の詰丸(要害)と、山麓に梯郭式に本丸・二の丸・三の丸を配した平山城です。毛利輝元により築かれました。
13:15ごろ三の丸にある指月第一駐車場に到着、ここから登城します。
駐車場から北側に伸びる道を進むとすぐ中堀跡がありますが埋め立てられています。近くに毛利輝元公銅像があり右方向に枡形虎口となっている二の丸南門跡。そこから二の丸で虎口出るところに塩矢倉跡があります。
道に沿って進むと内堀と極楽橋に出ます。左を見るとテレビ等で見覚えのある天守台が見えます。
極楽橋を渡った先は本丸門跡で、指月公園料金所があります。内堀より城内側は有料(220円)で、スタンプと御城印(500円)はここで入手できます。
本丸に入り天守台を目指して進むと左側に城壁跡、その先に天守付櫓台と天守台があります。萩城の天守や櫓などの建物は廃城令により壊されましたが、天守は5層5階で、その礎石が残っています。
天守台の北側には五十間長屋跡や花江茶亭、梨羽家茶室が移築された庭園があります。本丸散策はひとまず中断し、西へ進んで詰丸を目指します。
詰丸登城口から指月山山頂(標高145m)にある詰丸(要害)跡までは730mで、急坂を登って約20分で着きました。枡形虎口になった要害門矢倉跡を抜けると二の丸で、監視役の執務場所である番所と宿所で居小屋があったそうです。二の丸には要害門矢倉以外に瀬戸崎矢倉と八間矢倉がありました。
二の丸の東側の一段高くなったところは本丸で藩主のための茶屋があったとされています。二の丸と本丸は石垣と塀で仕切られて棟門で繋がれていました。拾間矢倉、北国矢倉、辰巳矢倉、大将矢倉が本丸にあります。本丸には埋門跡、石切場跡、貯水池跡もあります。
下山し本丸散策再開です。東側に進むと北側に萩藩校明倫館より移築された太鼓橋である万歳橋、その先に初代から12代までの萩藩歴代藩主が祀られている志都岐山神社があります。本丸の東側には御台所門跡、北東隅には井上矢倉台があります。
井上矢倉台の北側の庭園は東園でここは二の丸になります。指月公園の出口から再度二の丸へ。南北に伸びる道をずっと北へ進んでたどり着いたのは北矢倉跡でした。途中にいくつか矢倉跡があるようですが、確認できず。北矢倉跡を抜けると海です。
南方向に戻って潮入門跡。門の外は海浜で門の石垣上には復元された二の丸土塀(銀眼土塀)がずっと伸びています。さらに南に進んで紙矢倉跡、華矢倉跡、東矢倉・東門・時打矢倉跡へ。東門の外は三の丸です。
内堀の南東隅は月見矢倉跡です。内堀沿いに西へ進み、天守台を眺めながら内堀の西側へ行くと、左側に八間矢倉跡、その先に岡崎矢倉跡。
岡崎矢倉跡脇から西に進む道があり、少し行った右側に洞春寺跡があります。洞春寺は毛利元就の菩提寺でここに移され、のちに山口へ移されたそうです。さらに北西へしばらく進んでいった先に毛利元就の正室、妙玖の菩提寺だった妙玖寺跡があります。その奥は一段下がって妙玖寺兵倉跡があり、眺望がとてもよいです。
最後に西門跡から本丸を経由して二の丸を少し散策後、16:40ごろ駐車場に戻りました。
今日の宿は、長門市にある湯免観光ホテル ゆめの郷さん17:20すぎに到着。夕飯はふく刺とむつみ豚しゃぶしゃぶ付会席。ふくとはふぐで、刺身やてんぷら、釜飯でふぐを楽しめました。
明日は大内氏館・高嶺城、小倉城の予定で旅程を確認していて大変なことに気づきました。萩城で予定していた外堀跡・北の総門、三の丸隅矢倉に行くのを忘れてしまってた!行かないという選択肢はないので明朝行くことにしましたが、旅程は大幅に変更です。城めぐりを優先し行きたいけれど計画から外していた秋芳洞に行き、代わりに角牟礼城は次回以降に回すことで小倉城は夜と昼に2回行くようにしました。まぁ、おかげで時間的余裕ができたかな。
ということで明日は再度萩城からです。
今日最後めぐるのは、出石城・有子山城です。昨日の鳥取城の登山でかなり体力を消耗し、それよりも過酷と予想される有子山城に登るか正直迷っていましたが、予定より1時間ほど前倒しの結果、2時間かけて登山してもOKの状況なので、へとへとになったとしても登るぞと決意を固めました。
出石城は、兵庫県豊岡市出石にある豊岡市指定史跡の城、有子山城は、おなじく出石にある標高321mの急峻な有子山に築かれた国指定史跡の山城です。出石城・有子山城として続日本100名城の162番になっています。
12:05ごろ大手前駐車場に到着しました。南側の山の上に有子山城の石垣が見えます。あそこまで登るのかとプレッシャーです。同じ区画にあるいずし観光センターでスタンプと両城の御城印をまずゲット。スタンプは全く何かわからないほどインクが薄かったので予備を出してもらいました。あたりは城下町の街並みの雰囲気がとてもいいです。国の重要伝統的建造物群保存地区「豊岡市出石伝統的建造物群保存地区」として選定されているので、観光客もとても多く賑わっています。
まずは出石城の三の丸から散策です。駐車場自体、三の丸跡にあって、隣が家老屋敷、その少し先に西門跡があります。家老屋敷では何かのイベントの準備でしょうか。マイクのテストなど忙しそうでした。
戻って大手前通りを少し北へ行くと、大手門跡と辰鼓楼、内堀。辰鼓楼は明治時代から時を刻む日本最古年の時計台で今では4代目。大手前通りを南に進み、左側にある三の丸の対面所跡へ行ってみると、内堀側奥には内堀散策路がありました。
登城橋を渡り登城門から城跡へ入ります。
門を入って左側に下の曲輪があり、碑がたくさん並んでいます。右側は西の曲輪。
下の曲輪の一段上が二の丸で、本丸西隅櫓の手前石段から入ります。本丸石垣を見てから桝形虎口跡へ。下の曲輪から二の丸へ上がる虎口です。
二の丸の東側から有子山稲荷神社の鳥居が立ち並ぶお城坂へ出て左側に山里丸。
お城坂に戻って、二の丸の一段上にある本丸へ。入ってすぐ右側に本丸東隅櫓、左側に稲荷曲輪高石垣、奥に本丸西隅櫓と感応殿。2つの櫓は模擬櫓です。感応殿には仙谷秀久が祀られています。本丸西隅櫓の東側は本丸渡り櫓跡です。
続いてさらに一段上の稲荷曲輪へ。稲荷曲輪には出石城の鎮守社である有子山稲荷神社があります。
稲荷曲輪の東側に有子山城への登山口があります。登山口には登山における注意書きが。クマ、ハチ、ヘビなどの危険動物や登山についてのもので、プレッシャーを与えます。でも今日は時間をかけても登ると決めたので行きます。竹の杖が置かれていたので初めて借りることにしました。山城ではたまに杖が置かれていることがありますが、これまでは借りたことはないです。
事前情報では、登山口から40~60分、最初の500mがほぼまっすぐの急坂で、そこまで行くと楽だそうです。旅程計画時間に対し1時間40分ほど余裕があるため、なんとかせねば。
最初からほんとに急で、ほんとに傾斜が全く変わらずにひたすら続きます。すこし登ったところに「本丸まで980メートル」の表示板、あれ?登山口から980メートルじゃないの?と思いつつ、登っていきます。途中ところどころでお地蔵さんが励ましてくれています。次に850メートルの表示、まだそれしか来ていないの?とうんざりしますが、何なんでしょう、昨日の鳥取城よりなんか楽なのです。杖の効果でしょうか?昨日よりきついはずなのに。昨日は頻繁に休憩したのに、今日はなんか結構行けます。
本番まで720メートルのすこし先に左へ伸びる竪堀がありました。地図見るとやっと急坂の半分超えたくらい?さらに登ると土橋・堀切の表示で左右に竪堀が落ちています。
まだまだ急坂が目の前に続いていて、いつ着くのか。
それでもあきらめず頑張れば成し遂げられるものです。ついに本丸まで500メートルの北第六曲輪に到着しました。このあたりで下山中の男性とやっと会いました。それにしても出石の城下町にはあれほど人がいたのにここに登る人はこうもいないもんですかね?ベンチがあったので北第六曲輪で少し長めに休憩を取りました。
しかしです。本丸まで500メートルの場所から楽になるんじゃなかったのと思わざるを得ない急坂が見えています。あと少し頑張ろう。
登りきると北第五曲輪に出て、なぜかここにも500メートルとありますが「ここより先、なだらなか道です。景色や、有子山城跡の歴史的遺構をお楽しみください。」の神の救いのような表示板がありました。時刻は14:10、なんどかの休憩をはさんでここまで約50分強といったところ。杖の威力は計り知れないと実感しました。帰ったらトレッキングポール買うぞ!
さてここからは今までの急坂が嘘のように歩きやすいなだらかな道。少し進むと井戸曲輪の石垣、井戸曲輪を上から見る形です。下側へ行くのは時間と根性次第。さらに進むと本丸まで240メートルの表示のある分岐点に出ます。左に戻るように登ると主郭(本丸)方面、先で左へ向かう石切場への道、右側には西北部の曲輪群の曲輪が見えます。西北部曲輪群へ行くのも時間と根性次第。石切場へ先に行くか迷いましたが先に主郭へ向かいました。
ここからは少しまたつづら折りを登ります。するといよいよ第六曲輪の石垣が見え、そのまま進むと第五曲輪の石垣が見えて右に戻る形で第六曲輪へ。
先ほど見えていた第五曲輪石垣を過ぎて右に戻る形で登ったところは、第五石垣です。北側の奥から下を眺めると石取場がよく見えました。ふと頭に思い浮す、石取場行かなくていいよね。。。
先に進みます。第三曲輪の石垣が見えてきて右手前方向が第四曲輪、左直進方向が主郭方面です。第四曲輪の北側からも石取場がよく見降ろせます。
さて主郭(本丸)の前に千畳敷に向かうことにしました。千畳敷へは第四曲輪の北側から第三曲輪石垣を左手に見ながら進んでいきます。すると主郭と千畳敷を隔てる深さ12mの大堀切に出ます。千畳敷と書かれた表示板脇の小道を登ると、東西135m、南北50mの千畳敷です。三段に分けられています。
一番西側へ行き下を覗くと一段下に曲輪が見えます。
東端からは大堀切を眼下に主郭を望めます。
さて、第四曲輪へ戻り、シダで覆われた第三曲輪、続いて第二曲輪へ。第二曲輪からは主郭南側の石垣に回り込んでみました。
主郭虎口へ進み、15:15ごろ主郭(本丸)に到着しました。
主郭からの絶景をしばし楽しんだあと下山します。十分満足して達成感もあったので時間と根性次第としていた西北部曲輪群と井戸曲輪の下部はパスしました。下りは楽かと思いましたが、杖の効果があまり感じられず、下ってみて同じコンディションなら鳥取城より実際はキツかったろうと思います。登山口に下りてきたのは16時すぎ、散策往復で約2時間40分でした。
さて本日の宿、養父市にある旅館 古城さんには17時すぎに到着。素泊まりですが、夕飯とお風呂は歩いてすぐの道の駅やぶ但馬楽座で。夕飯は但馬牛レストランのやぶ牧場で、但馬牛ハンバーグ定食をいただきました。ジューシーでおいしかったです。食後にやぶ温泉、サウナもあって今日の疲れをゆっくり癒しました。
さて最終日の明日は、竹田城、黒井城をめぐる予定でしたが、、と同じくらい過酷そうな黒井城はパス、代わりに明石城へ行くことにしました。それにしても黒井城、前回天候悪くスタンプ・御城印ゲットのみだったのでなんか縁がないなぁ。また次回リベンジできればと思います。明石城は2014年訪問済みですが、当時御城印なんてなかったし、動画も撮っていないので。
広島城・原爆ドームの次は岩国城です。岩国城は日本三名橋の1つに数えられる錦帯橋とセットで行くべきところ。
12:40ごろ錦帯橋下河原駐車場に着きました。駐車料金は300円。ここから徒歩で錦帯橋を渡り岩国城へ。
錦帯橋入口でセット券(970円:錦帯橋入橋券、ロープウェー(往復)、岩国城)を買って錦帯橋を渡ります。
錦帯橋を渡ると数軒お店が並んでいてさらにまっすぐ進むと右側に岩国藩家老香川家長屋門があります。その先の吉香公園には国重要文化財の旧目加田家住宅があり無料で庭から中を見たりできました。
すぐ先に岩国城ロープウェーの山麓駅。ここから山頂駅までは約3分です。
山頂駅から岩国城へは舗装された広い道か裏手の山道のどちらでも行けますが、石垣など楽しめるのが山道だそうなので山道から。途中舗装道と行き来できる道との分岐があり、さらに進むと石垣が見られます。出丸石垣を左に折れると二の丸石垣を正面にT字路になり、右が北の丸方面、左が二の丸・本丸方面です。
予定しているルートはおおまかに、出丸石垣→本丸石垣→北の丸石垣→北の丸→空堀跡→旧天守台→天守→二の丸跡→大釣井跡なので右の北の丸方面へ。二の丸石垣がしばらく続き、途中から本丸石垣、石垣が切れるあたりが御本門跡(平虎口)。北の丸石垣をめざし、さらに直進したのですが、道を間違えていることに気づき、御本門跡まで戻ってきて。。。
マップによれば御本門跡あたりから北の丸周辺散歩道が出ているはずなのですが、そのような道がありません。しばらく探していると、地面に置かれ小さすぎて全く目立たない「北の丸周辺散歩道→」の標識を発見しました。えっ、ここ行くの?というような下にのびている獣道を進みました。
北の丸下の隅櫓台石垣、北の丸下石垣、北の丸石垣と石垣がずっと連なっています。
北の丸石垣あたりで問題発生、散策しながら撮影してきた歩き動画が、錦帯橋の途中からスロー録画に!かと言ってまるまる撮り直しはないので、この後のルートは考えながら進むことに。
尾崎は北の丸の下側にある曲輪です。内桝形虎口を抜けて北の丸、すぐ脇に堀切跡。
ということでここから予定ルートを変更し、旧天守台には向かわず、御本門跡方面へ向かい。途中右へ折れ本丸下方面へ。空堀跡にかかる橋の正面は東矢倉(三重櫓)跡。
本丸下の土塀越しに錦帯橋など岩国の街並みを一望できます。
本丸下から本丸内桝形虎口をとおって、左に天守、正面に旧天守台。歩き動画の必要最低限の撮り直しのため、天守は後にして旧天守台、大釣井(井戸跡)と進みました。
大釣井からは山頂駅へ向かい舗装道で山道へつながる分岐まで行き、そこから歩き動画を撮り直しながら、北の丸方面と二の丸・本丸方面分岐点へ戻ってきました。二の丸へ。
天守へ向かいます。
天守を見終わったあとは、東矢倉(三重櫓)跡と本丸隅櫓跡を見て北の丸下経由して散策終了としました。
ロープウェーで山麓まで下りてきて、駅周辺を少し散策し駐車場へ戻りました。
今日の宿は2時間以上かけて、北広島町にある広島北ホテルです。お風呂は天然療養ラドン温泉です。夕飯はちょっと贅沢してホテルにあるレストラン名水の里でステーキセットにしました。
明日最終日は、郡山城と新高山城をめぐる予定です。
福山城の次は三原城です。福山13:58糸崎行きの普通電車に乗って、糸崎にて乗り換え1駅で三原に14:31着です。
三原城は三原市にある続日本100名城の172番、国指定史跡です。毛利元就の三男・小早川隆景によって築城が始められた海城で、満潮時に城が浮かぶように見えたことから別名「浮城」とも呼ばれます。
主な遺構は、天主台、船入櫓、本丸中門など。
まずは天主台から。JR三原駅が本丸を通る形になっているため天主台はJRのコンコースから直接行くようになっています。
階段を上がると天主台です。とても広く広島城の天守が6つも入る広さですが実際に天守は立てられなかったそうです。
本丸の石垣を新幹線がまたいでいるのも見られます。
天主台の次は、天主台の周りを散策しました。
駅の西口を出ると天主台の石垣と大きな堀に圧倒されます。
隆景広場の一角に小早川隆景像。
天主台の周りを時計回りに進んでいくと、西国街道、西国街道石列跡、長屋門跡、後藤門石垣跡。
天主台の堀を挟んで東側の鍛冶曲輪跡では石垣がところどころに残っています。
天主台の南東側からJRのガード下をくぐっていくところにある通称「かくれ城跡」の本丸石垣を見ながら、三原駅の南口へ。
三原駅観光案内所「うきしろロビー」があり、三原城のスタンプと御城印をゲット、それと明後日登城予定の新高山城の御城印も忘れずゲットしました。
続いて、三原駅南口エリアの遺構を回りました。
本丸中門跡の南北に石垣がのびています。ここの堀は内堀でかつては天主台周りの内堀につながっていたそうです。石垣の南先端に臨海一番櫓跡。臨海の名のとおり、かつては海に面していました。
臨海一番櫓跡から東にずっと進むと船入櫓石垣に着きました。ここに三原城址之碑が立っています。船入櫓は船入を監視していたそうで、今は堀になっていますが石垣の下は海でした。
船入櫓のすぐ近くに郵便局があり、そこにも石垣遺構があります。
予定より時間に余裕があったので、三原駅の北東エリアの遺構に向かいました。途中「三原城跡船入(内堀)」と書かれた案内があったので向かうと、城内に直接入港できる船の停泊地が残っていました。
三原駅の北東エリアの東大手門跡と和久原川水刎の石垣は、交差点挟んで対角線上に隣接しています。和久原川水刎の石垣は、川岸から川中へ向けて三角形に作られ、川の流れを弱め方向を変えるために作られたそうです。
最後に駅前に戻り、本丸五番櫓跡から船入櫓跡へ。
今日の城めぐりはここまで。タイムズカー三原駅前店で今回借りたのは、マツダ2。今日の宿は東広島市にあるホテルカモ。天然温泉ホットカモという日帰り温泉施設が併設されているのでここを予約しました。
明日は広島城と岩国城をめぐります。
17:00ごろ、今日の宿、倉敷駅前ユニバーサルホテルに到着。朝食も夕食も無料で1泊4990円の激安、サウナ・大浴場もあるのでこちらに決めました。提携駐車場にクルマをとめ駐車料金は1100円です。チェックイン後すぐ近くのファミマに行きましたがその交差点が倉敷美観地区の入口でロケーションは最高です。
倉敷美観地区はなかなかの賑わいを見せていました。
さて、おまけのホテルの夕食ですが、チェックイン時にカレー定食か、日替わり定食のどちらかを選びます。
日替わり定食はロースかつでした。ちょっと寂しい気もしますが、サラダバーもあるので、腹を満たすことはできました。
夕食後20:15ごろから夜の倉敷美観地区へ散策に出かけました。
こんなに近くで倉敷を堪能できていい宿とったなぁ。
2泊3日の岡山城めぐりの旅1日目。旅のしおりを作って計画、昨日のうちに、岡山までの往復乗車券と行きの東海道新幹線の自由席特急券を購入済みです。
もともと地元駅から行く計画でしたが、熊谷駅までクルマで行けば、さらに早い電車で行けるということで急遽4:55に自宅を出発しました。熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、5:39普通電車で東京へ。東京7:12発のぞみ9号の自由席、混んでるかなと思いましたがガラガラで乗れました。計画では7:39発だったのでかなりの前倒し。
天気がよく富士山もよく見えました。
岡山に10:25着。平成レンタカー岡山駅前店で借りた旅の相棒はスイフト。1城目、津山城へ。
津山城は津山市にある日本100名城の67番、国の史跡に指定されています。本能寺の変で討死した森蘭丸の弟森忠政が、鶴山に築いた平山城で別名を鶴山城といいます。
12:45ごろ、津山城(鶴山公園)駐車場に到着しました。二の丸の立派な石垣が見えて規模も大きそうです。
駐車料金は無料です。
冠木門跡の脇にある入場券売場で入園券(310円)を買って登城です。
備中櫓
冠木門をくぐり左に折れると早速備中櫓が見えます。石段を登ると三の丸。
広い表中門を挟んで左に鉄砲櫓、右に見付櫓の石垣がそびえています。
表中門から石段を登り四足門跡を通ると二の丸。備中櫓を下から眺めることができます。
備中櫓から伸びる長局の石垣沿いに進み、切手門跡から本丸を目指します。
切手門の石段を登った右側に弓櫓跡。
さらに石段を登った先に辰巳櫓跡があります。反対側に包(鼓)櫓石垣と十四番門跡。十四番門は立ち入りできないようです。その左側に表鉄門跡。
表鉄門跡から本丸へ。
本丸に入ると正面に天守台跡、左側に備中櫓が見えます。広大な本丸で本丸御殿があったそうです。
長局
2005年に築城400周年を記念して復元された備中櫓に行ってみます。櫓入口で日本100名城スタンプをゲット。中の売店で御城印(限定版400円)を購入できました。
備中櫓を出て左側、五番門跡をぬけて天守台跡へ向かいます。
天守台跡に登ります。ハート型の石があります。「愛の奇石」として隠れた津山の観光スポットで、石に触れたカップルは恋が成就するとか。
天守台から降りて、本丸のほかの遺構も見てみます。北側の長屋櫓跡から月見櫓跡まで続く区域は立ち入りできませんでした。十四番門も立ち入りできないようになっていたので、瓦櫓跡や十二番門は見ることができません。残念。
十一番門跡(左)と月見櫓跡(右)
本丸の東側も石垣がつづきます。それにしても長いです。
埋門(裏切手門)跡から本丸を下ります。
再び二の丸ですが裏下門跡から三の丸まで下りて石垣を見に行きます。
三の丸の昇櫓跡石垣の下のところから先は立ち入りできませんでした。先に見える長柄櫓跡の石垣が崩れているからでしょうか。
裏下門跡から再び二の丸へ戻ります。
備中櫓の下に戻ってきました。
二の丸へ登るときに表中門から東方向へ登る石段があったので行ってみると、右に見付櫓跡、正面には美作忠魂碑が立っていました。左側に辰巳櫓の石垣、その下に十六番門跡があります。
散策もいよいよ大詰め、三の丸の東の方(つるまる広場)へ行ってから終わりとします。つるまる広場は当時火薬庫として使用されていたそうです。
ひととおりの散策を終えて駐車場に戻ってきたのが14:55ごろ、2時間10分くらいの散策でした。登城を計画した段階で、数多くの櫓や門跡があるので果たしてうまく回れるかなぁと思い3時間くらい必要?と思っていたので意外に早く回れました。それにしてもスケールの大きい城郭でこの規模の城郭はなかなかない、さすが100名城と思います。
今日は1城のみなので、倉敷の宿へ向かいました。