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愛媛・高知城めぐりの旅 #3-1 松山城 その1

愛媛・高知城めぐりの旅最終日の今日は、松山城、湯築城をめぐります。

朝食のお弁当
朝食のお弁当

ホテルでの朝食は弁当か約15種類の和洋ビュッフェとのことでしたが、お弁当でした。そりゃそうです。宿泊客明らかに自分だけ、お風呂稼働しないのも当然ですね。しかしこのお弁当、結構豪華で具沢山、満腹になりました。お弁当で大正解。

道の駅みかわ
道の駅みかわ

7:30ごろホテルを出て松山城へ。途中、道の駅みかわで小休憩。松山城駐車場には着いたものの予想どおり満車だったため、10:38ごろ近隣のコインパーキングにとめました。徒歩で松山城ロープウェイのりばに向かいます。

加藤嘉明公騎馬像
加藤嘉明公騎馬像
松山城ロープウェイのりば
松山城ロープウェイのりば

ロープウェイのりばの北側に加藤嘉明公騎馬像がありました。加藤嘉明は、松山城の築城主で伊予松山藩の初代藩主です。ロープウェイ東雲口駅の入口では、松山城のマスコットキャラクター「よしあきくん」がお出迎え。ここから松山城本丸へ向かいます。

松山城ロープウェイ
松山城ロープウェイ
長者ヶ平
長者ヶ平

今回は黒門口登城道で下りたいので片道切符(270円)にします。ロープウェイとリフトのどっちも使えますが、ちょうど出発のタイミングだったロープウェイで約3分で長者ヶ平駅へ。長者ヶ平は、松山城築城より前、長者の屋敷があったという伝承にちなんで名付けられたところで、特に城の遺構ではないようです。

■■ 松山城 ■■

松山城は、松山市にある標高132mの勝山山頂に本丸、山麓に二之丸と三之丸を構えるをおく連郭式平山城です。現存12天守の一つであり、大天守を含む21棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。国指定史跡、日本100名城の81番です。松山城には2015年、2022年に続き三回目の登城です。

登城道
登城道
本丸石垣
本丸石垣

長者ヶ平から緩やかな石畳の坂を進むと本丸石垣が見えてきます。いつ来てもこの高石垣には圧倒されます。 隠門続櫓の石垣は城内で最も高く17mです。

揚木戸門跡
揚木戸門跡
待合番所跡
待合番所跡

石垣に沿って進んでいくと、揚木戸門跡。揚木戸門は築城時に建てられ、西の太手門とともに本丸大手の入口を固める重要な門でした。その先にある平坦地は待合番所跡です。待合番所は、東雲口からの登城道と二之九からの登城道の合流する地点に警備のために設けられ、常時三人が詰めていたそうです。

■大手

大手門
大手門

石垣に沿って進むと左側に大手門跡。大手門は築城時に建てられ、黒門口登城道を経由して山麓の二之九と三之九へと通じる門です。

太鼓櫓・中ノ門跡
太鼓櫓・中ノ門跡
戸無門
戸無門

先に見える櫓は太鼓櫓、その石垣下は中ノ門跡です。この門を直進する攻手は乾門下で行き止まり、そこまでの間横矢掛が続きます。登城道を進むと戸無門があります。戸無門は国重要文化財の高麗門で、当初から扉をありませんでした。

■本丸南曲輪

筒井門付近からの眺望
筒井門付近からの眺望

門を過ぎて左に折れると、大手で最も堅固な筒井門と隠門の防衛線です。ここからの眺望は松山市街や瀬戸内海を一望できます。

戸無門・筒井門(東続櫓・西続櫓)
戸無門・筒井門( 西続櫓・東続櫓)
筒井門東続櫓・隠門・隠門続櫓
筒井門東続櫓・隠門・隠門続櫓

筒井門は本丸下段にある本丸最大の櫓門で、西続櫓と東続櫓とにつながっています。隠門は筒井門の石垣の陰に隠れた埋門形式の櫓門です。隠門上部の渡櫓を挟んで隠門続櫓がつながっています。隠門と隠門続櫓は国重要文化財です。

太鼓櫓・太鼓門西塀
太鼓櫓・太鼓門西塀
太鼓門西塀・太鼓門南続櫓・巽櫓
太鼓門西塀・太鼓門南続櫓・巽櫓
隠門隠櫓・隠門・筒井門東続櫓
隠門隠櫓・隠門・筒井門東続櫓
隠門・筒井門
隠門・筒井門
太鼓門・巽櫓西塀・巽櫓
太鼓門・巽櫓西塀・巽櫓

門を抜けると太鼓櫓、太鼓門西塀、太鼓門南続櫓、太鼓門、太鼓門北続櫓、巽櫓西塀、巽櫓が連なっていて、隠門と筒井門による第1の防衛線に続く第2の防衛線となっています。

■本丸

太鼓門(南続櫓・北続櫓)
太鼓門(南続櫓・北続櫓)
太鼓門
太鼓門
太鼓櫓
太鼓櫓

太鼓門を抜けると広大な本丸広場が広がっています。太鼓櫓は本丸西南隅にある二重櫓です。

巽櫓・巽櫓西塀
巽櫓・巽櫓西塀

巽櫓は本丸南東隅にある二重櫓です。

井戸
井戸
本丸
本丸

本丸広場にある井戸は、南北2つの峰を埋め立てて本丸の敷地を作った際、谷底にあった泉を囲むように石を積み上げて造られたと伝えられています。

馬具櫓
馬具櫓
本丸西側から
本丸西側から

本壇に向かう左(西)側には馬具櫓があり、二之丸や登城道を見下ろす位置にあります。

玉薬土蔵跡
玉薬土蔵跡
本丸東側から
本丸東側から

本壇手前の右(東)側には玉薬土蔵跡があります。

天守と券売所
天守と券売所

続いて本壇へ。天守観覧料は520円、券売所ではスタンプと御城印(300円)もあります。

つづきはこちら。

愛媛・高知城めぐりの旅 #2-2 岡豊城

道の駅布施ヶ坂
道の駅布施ヶ坂
高知県立歴史民俗資料館
高知県立歴史民俗資料館
案内マップ
案内マップ

次は岡豊城です。途中で道の駅布施ヶ坂で休憩をはさんで、高知県立歴史民俗資料館には13:00ごろ到着です。

■■ 岡豊城 ■■

岡豊城は、高知県南国市にある山城で、戦国時代に四国の覇者となった長宗我部氏の居城として知られています。国指定史跡続日本100名城の180番で、「おこうじょう」と読みます。

スタンプと御城印(300円)は高知県立歴史民俗資料館にあります。御城印は資料館からの登城口に立つ長宗我部元親飛翔之像をモチーフにしたものです。カッコいいんですがもはやこれは御城印?とちょっとした疑問も。すみません。。。

スタンプと御城印(300円)は高知県立歴史民俗資料館にあります。御城印は資料館からの登城口に立つ長宗我部元親飛翔之像をモチーフにしたものです。カッコいいんですがもはや御城印と呼べるのか?とちょっとした疑問も。すみません。。。

長宗我部元親飛翔之像
長宗我部元親飛翔之像

長宗我部元親飛翔之像の後ろの階段を登って登城です。パンフレットの散策コースの案内順に回っていきます。

■二ノ段

二ノ段
二ノ段
二ノ段
二ノ段
堀切・井戸
堀切・井戸
堀切
堀切

二ノ段は詰(本丸)の東側に位置し、堀切で隔てられた細長い曲輪です。土塁跡が約30mにわたって残っています。詰と二ノ段の間の深い堀切には、方形に掘られた井戸跡があります。

■詰下段

詰下段(左)
詰下段(左)
詰下段
詰下段

石段を登っていくと左側に詰下段があります。詰への出入口を守る曲輪で、礎石建物跡があります。堀切に面して土塁が築かれ、その基部には土留め石積が施されています。

■三ノ段

三ノ段への階段
三ノ段への階段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段

ここから石段を下りて三ノ段へ進みます。三ノ段は、詰の周りを帯状に取り巻く曲輪です。

■詰

詰への石段
詰への石段
詰
詰
土塁
土塁
詰虎口
詰虎口
礎石建物跡
礎石建物跡
詰
詰
詰より
詰より
祠
祠

三ノ段南部から長い石段を登ると詰です。詰は城の中心となる曲輪で、標高97mの岡豊山頂にあります。石敷遺構や礎石建物跡、土塁が残されています。 片隅に小さな祠がありました。

■三ノ段(西部)

礎石建物跡・石積・土塁
礎石建物跡・石積・土塁

祠の脇から下りると再度三ノ段の西部に出ますが、ここには礎石建物跡、曲輪の縁に土塁や斜面を補強する石積が残っています。

■四ノ段

四ノ段北部
四ノ段北部
虎口
虎口
虎口
虎口
四ノ段南部
四ノ段南部
四ノ段南部
四ノ段南部
岡豊城址標柱
岡豊城址標柱

さらに下りていくと四ノ段の北部から虎口を経由して四ノ段の南部に入ります。四ノ段は三ノ段の西部を囲むように造られた曲輪です。四ノ段南部には岡豊城址標柱が立っています。

横堀
横堀
横堀
横堀

四ノ段南部から西の方へ少し下りると横堀を確認できます。

展望広場
展望広場
伝厩跡曲輪へ
伝厩跡曲輪へ

最後に伝厩跡曲輪へ向かいます。四ノ段南部のすぐ一段下に展望広場がありますが、展望はいまいちでした。

竪堀
竪堀
竪堀
竪堀

展望広場 から道をひたすら下りていくと、最後に舗装道に出ますがこの付近では竪堀が確認できます。

■伝厩跡曲輪

伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
高知市の街並み
高知市の街並み

伝厩跡曲輪の案内に従って、一直線の坂道を登り切ると伝厩跡曲輪です。詰の西南方向にあたり、西方からの攻撃に対して詰を中心とする本城を守る出城としての役割を果たしました。展望台があります。眺望はよく、遠く高知市の街並みが望めます。

岡豊公園征清凱旋碑
岡豊公園征清凱旋碑

岡豊公園征清凱旋碑も立っています。政治小説家の坂崎紫瀾による、長宗我部元親の偉業を偲び、海を渡って日清戦争で活躍した地元兵士たちの活躍を称える内容が刻まれています。ここで散策は最後です。駐車場に戻ってきたのは14:27ごろ、約1時間30分の散策でした。

ホテルSP-haruno-
ホテルSP-haruno-
部屋からのながめ
部屋からのながめ

今日の宿はホテルSP-haruno-さんです。17:30ごろ到着しました。高知県立春野総合運動公園内にあるという珍しいホテルです。部屋からの眺望は運動公園そのものですが、意外といい雰囲気でしたね。

天然温泉はるのの湯
天然温泉はるのの湯

大浴場(サウナ付き)があるのですが、今日は稼働しないと事前に連絡をいただいていました。ということでチェックイン後すぐ近くにある天然温泉はるのの湯(700円)へ。サウナや岩風呂、露天風呂などとても風情のある浴場で大満足でした。

ホテルでの夕飯
ホテルでの夕飯

ホテルでの夕飯は、高知と言えばのカツオタタキや金目鯛煮付け、天ぷらなどついた御膳で、シンプルながらも大満足でした。

明日最終日は、松山城、湯築城をめぐります。

愛媛・高知城めぐりの旅 #2-1 河後森城

愛媛・高知城めぐりの旅の2日目、今日は河後森城、岡豊城をめぐります。

宝泉坊ロッジ
宝泉坊ロッジ
宝泉坊ロッジ朝食
宝泉坊ロッジ朝食

宝泉坊ロッジでの朝食は、綺麗な景色を眺めながらの少しおしゃれな朝食でした。朝からカレーは少し以外でしたけれど。おいしくいただきました。

7:30すぎに出発して河後森城に向かいます。

■■ 河後森城 ■■

河後森城は、愛媛県松野町にある、戦国時代の土づくりの城の遺構が極めて良好な状態で残された山城で、国指定史跡、続日本100名城の179番です。最高所の本郭を中心として、馬蹄形の尾根に多くの曲輪が段状に配置されています。

風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場

8:05ごろ河後森城風呂ヶ谷駐車場に到着しました。案内板の脇にはパンフレットも設置されていました。

案内マップ
案内マップ
登城口
登城口
登城道
登城道

登城口から登城道を登っていくと5分くらいで西第十曲輪の南側下につきます。

竪堀
竪堀
竪堀
竪堀
堀切(西第十曲輪南側下)
堀切(西第十曲輪南側下)

ここでは何本かの竪堀や堀切を見ることができます。ここから西第十曲輪へ行けるはずなのですが、それらしき道がなかなか見つからず、あたりをしばらくうろちょろしてしまいました。最後、草ぼうぼうでもなんとなく道筋っぽいかもと思うところに行ってみて、やっと西第十曲輪に登れました。上の写真見て、その道筋分かります?少し経つと別の観光客が登ってきました。よくあっさり来られたなぁと思いましたが、違いますね、自分が通って跡がつき迷わなかったんでしょう。

■西第十曲輪

西第十曲輪
西第十曲輪
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
手書きの案内板
手書きの案内板

西第十曲輪は、馬蹄形尾根の最も低い西端にあり、掘立柱建物の馬屋が復元されていて、続日本100名城のスタンプはそこにあります。地元の小学生が作った手書きの案内板もありかわいいです。

門
門
門
門
土塁
土塁
堀切状遺構
堀切状遺構

他にも復元された門や、土塁があります。土塁が断ち切られた柵の下方を見ると堀切状遺構が見えます。といっても、草ぼうぼうでよくわかりません。

西第十曲輪
西第十曲輪

これから本郭に向けて段状の曲輪を順に登っていきます。

■西第九曲輪~西第二曲輪

西第九曲輪からの西第七・八曲輪
西第九曲輪からの西第七・八曲輪
奥から西第十~八曲輪
奥から西第十~八曲輪
西第八曲輪
西第八曲輪

西第十曲輪の門をすぎると西第九曲輪で、その先に木の階段がありますが崩壊していて使用不可なので脇の小道を右側に西第八曲輪を見ながら西第七曲輪へ登ります。

西第七曲輪
西第七曲輪
西第七曲輪
西第七曲輪
西第六曲輪切岸
西第六曲輪切岸
西第六曲輪
西第六曲輪
西第六曲輪
西第六曲輪

西第七曲輪から西第六曲輪までは直接は登れず、西第六曲輪切岸下の道を経由します。

西第五曲輪
西第五曲輪
西第四曲輪
西第四曲輪
西第三曲輪切岸
西第三曲輪切岸
西第三曲輪
西第三曲輪

西第六曲輪から西第五曲輪にあがり、西第四曲輪、西第三曲輪切岸下の道を進み、堀切の手前を登ると西第三曲輪です。

堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)

堀切は 西第三曲輪と西第二曲輪を分断していますが、遺構を保護するために盛り土をして整備されています。

西第二曲輪切岸
西第二曲輪切岸
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪

堀切から切岸を登っていくと西第二曲輪です。

■本郭

本郭虎口
本郭虎口
本郭虎口石垣
本郭虎口石垣
本郭虎口
本郭虎口

北に進んで行くと本郭虎口があり、堀切や土橋、石垣など複雑な構造が見られます。

本廓
本廓
本郭
本郭

本郭は城内で最も高い標高171m、ふもとの集落との比高は88mです。発掘調査では、建物跡10棟、門跡1基、土塀跡1基が確認されました。このうち、建物6棟、門と土塀について、柱の位置や間仕切りの様子が整備されています。

本郭からの眺望
本郭からの眺望
東第二曲輪
東第二曲輪

本郭からは松野町の田園風景や山並み、松丸駅方面を一望できます。また東端からは東第二曲輪が望めます。

■東第二曲輪~東第四曲輪

東第二曲輪
東第二曲輪
東第二曲輪
東第二曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪

本郭の東側の虎口から下りていくと東第二曲輪、東第三曲輪、東第四曲輪と続いています。

堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門

東第四曲輪の東端には城内最大級の堀切と復元された城門があり、その先は古城です。

■古城二曲輪~古城

古城二曲輪
古城二曲輪
古城二曲輪
古城二曲輪
古城
古城
古城
古城

堀切から上がると古城二曲輪です。その東側一段上が古城です。大型番小屋、石打棚、納屋、井楼、番小屋の柱の位置や間仕切りが分かりやすく地面に表示されています。

■新城

曲輪群
曲輪群
新城虎口
新城虎口

さて、最後に向かうのは新城です。堀切から西へ戻ってすぐ、新城へ続く下り道が続いています。途中の案内どおりに下っていき、また登ると小さな曲輪群があり、その先進んだところに新城があります。

新城
新城
新城
新城
新城
新城
帯曲輪
帯曲輪

新城は土佐方面からの侵攻に備えた出丸の役割を果たしていました。 その一段下がった周囲をぐるりと帯曲輪が囲んでいます。

風呂ヶ谷
風呂ヶ谷
井戸
井戸
ウシガエル
ウシガエル

さてこれでひととおり見たと地図を確認するとまだスポットがありました。風呂ヶ谷の奥の方で西第十曲輪へ登る途中にある井戸です。

井戸を見てから風呂ヶ谷をずっと下って、10:10ごろに駐車場に戻ってきました。国指定史跡だけのことはあり、整備や案内が行き届いていますし、特徴的な縄張りが面白かったです。約2時間と意外に時間をかからずに散策できました。

松丸駅
松丸駅

次は御城印をもらいに松丸駅にある松野町ふれあい交流館観光案内所へ。駅舎内には河後森城模型があるとの情報でしたが、芝不器男記念館に移動したようで、徒歩で行きましたが入館料がかかるのでやめました。ケチな自分。

10:48ごろ次の岡豊城へ向けて出発しました。

喜多方で塩ラーメン

なりた温泉
なりた温泉

さて今日は帰るだけですが、喜多方ラーメンを食べに行きました。喜多方ラーメンにも塩ラーメンがあると知り、塩ラーメン好きの自分としては食べてみたい逸品です。

塩川屋
塩川屋
塩ラーメン
塩ラーメン

ということでなりた温泉から喜多方へ。伺ったのは塩川屋さんです。しょうゆや味噌もありましたが、当然塩ラーメンを注文しました。ほんとに上品な味わいで絶品、大好きな味で大満足でした。喜多方ラーメン食べに来たらまた、これを食べたくなりそうです。

あぶくま洞

OSMO POCKET 4Pデビューをかねて、行きたいと思っていたあぶくま洞へ行ってきました。あぶくま洞は福島県田村市にある鍾乳洞です。全長4218.3m、公開部600mの洞内に、多種多様な鍾乳石が数多くある日本有数の鍾乳洞で、小学生か中学生の時に一度学校行事で来たことがありました。

あぶくま洞案内板
あぶくま洞案内板

入場料は1,200円です。公開されているのは一般コース600mと探検コース120m(別途300円要)です。今回は一般コースのみにしました。

入口
入口
若人の窟
若人の窟
妖怪の塔
妖怪の塔
白磁の滝
白磁の滝
滝根御殿・黄金のカーテン
滝根御殿・黄金のカーテン
滝根御殿
滝根御殿
滝根御殿・不滅の滝
滝根御殿・不滅の滝
滝根御殿
滝根御殿
竜宮殿
竜宮殿
樹氷とクリスマスツリー
樹氷とクリスマスツリー
月の世界
月の世界

日本三大鍾乳洞の秋芳洞、龍泉洞、龍河洞にも行ったことがありますが、それぞれ個性があります。ここは鍾乳石がメインの印象ですね。鍾乳洞がどんなものかを初めて教えてくれたところで三大鍾乳洞に全く引けをとらない素晴らしい鍾乳洞だということを再確認できました。

さて、洞内ではOSMO POCKET 4Pを回し続けました。ファーストインプレッションですが、OSMO POCKET 3と比べると大きさや重さはそれほど気になりませんでした。期待していたズームですが、ズームボタンが使いにくいです。広角と中望遠の切り替えは、もう少しなめらかにカメラ切り替えできないものか。正直これは期待外れでした。 ズーム映像として使用する気になりません。これだったら、今までどおりS1RM2で8Kで撮影してPCでの編集でズームさせた方が圧倒的に勝ちです。

洞内でInsta360 Luna Ultraで撮影している人がいたのですが、あちらはズームは使いやすいと評判です。見た目もかっこよかったし。初のInsta360に浮気もあり?

まぁ、今日はデビュー戦なのでもう少し使い倒しましょう。

生姜焼きセット
生姜焼きセット

ということで今日の宿は郡山にあるなりた温泉です。夕飯は併設のビール園で生姜焼きセットにしました。

明日は帰るだけですが、何か名物でも食べて帰りますかね。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #2-3 志布志城

飫肥城の次は志布志城です。

志布志市総合観光案内所
志布志市総合観光案内所

13:54ごろ、志布志駅にある志布志市総合観光案内所に到着、こちらで御城印をゲットしました。案内所ではスタンプのある志布志市埋蔵文化センターや志布志城の駐車場(志布志市麓地区駐輪駐車場)への行き方など丁寧に教えていただきました。

志布志市埋蔵文化センター
志布志市埋蔵文化センター
志布志城(内城)の復元模型
志布志城(内城)の復元模型
志布志城(内城)の復元模型
志布志城(内城)の復元模型

14:07ごろ、志布志市埋蔵文化センターに到着、こちらでスタンプとポケットガイドを貰いました。展示されている志布志城(内城)の復元模型はとても精巧でどんなところにどう城があったのかがよく分かるのと同時に、これから登るの大変だろうなと覚悟せざるをえません。

志布志市麓地区駐輪駐車場
志布志市麓地区駐輪駐車場
志布志麓総合案内板
志布志麓総合案内板
松尾城跡
松尾城跡
志布志城(内城)跡入口
志布志城(内城)跡入口
志布志城(内城)跡入口
志布志城(内城)跡入口

14:24ごろ、志布志市麓地区駐輪駐車場に到着、ここから北へ100mほどいったところに志布志城(内城)跡入口がありますが左方向には松尾城跡も見えています。

■■ 志布志城 ■■

志布志城は、鹿児島県志布志市にある中世の山城群で、内城、松尾城、高城、新城という4つの山城の総称です。南九州特有のシラス台地を深く切り割った空堀や土塁、虎口がほぼ手つかずの状態で残っています。国指定史跡、続日本100名城の197番です。今日は内城、時間に余裕があり疲れていなかったら松尾城を散策予定。

登城口(大手口a)
登城口(大手口a)
志布志城内上跡案内板
志布志城内上跡案内板
登城道
登城道

志布志城(内城)跡入口の案内に従い進んでいくと登城口(大手口a)です。杖代わりの太い枝が置かれていました。散策コースマップがところどころに設置されており、それに従って登城道を登ります。今日は基本はポケットガイドのオススメ散策コースを行きますが、これに大野久尾を加えて散策する予定です。

■矢倉場

矢倉場
矢倉場
矢倉場
矢倉場
矢倉場
矢倉場
新納時久の墓
新納時久の墓

最初に矢倉場(曲輪1)に出ました。内城の南端に位置する曲輪で、武衛のための建物施設があったと推測されています。その一角には、初代城主・新納時久の墓(明治時代に建てられた供養塔)が建っています。

空堀1へ
空堀1へ

矢倉場から東に深く下りると強大な空堀1に続きます。

■東側の遺構

空堀1
空堀1
空堀1と曲輪10上段への分岐
空堀1と曲輪10上段への分岐
曲輪10上段
曲輪10上段

空堀1は城跡中心部の東側を南北に貫いている堀です。進んで行くと左右分岐に出ました。右側に行くと曲輪10の上段です。曲輪10は搦手の監視・防衛の要でした。藪化がすごいので空堀1へ戻り北へ進みます。

空堀1
空堀1
空堀4と空堀3への坂道
空堀4と空堀3への坂道
空堀1と4の交差点
空堀1と4の交差点

目の前に深い空堀が現れます。その手前には左上方に坂道が続いていて空堀3へ続きます。ここは空堀1と4の交差点です。深い空堀は空堀4で東の下方へ伸びており、搦手へ続いています。

空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
曲輪10上段虎口
曲輪10上段虎口
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4

下りていくと、見どころポイントである巨大な切通しを見ることができます。ここが一番見たかったスポットですが、迫力満点、素晴らしいです。この辺りでは曲輪10上段へ続く虎口も見えます。

空堀1と4の分岐
空堀1と4の分岐
空堀1
空堀1
空堀1と5の分岐
空堀1と5の分岐

空堀1と空堀4との交差点は少し北側まで続いていて、やがて西側へ伸びる空堀4と北へ伸びる空堀1に分かれます。空堀1を進むと空堀5との分岐があります。空堀5を西へ進みます。

■中野久尾

空堀5
空堀5
空堀5
空堀5
空堀5
空堀5

空堀5は中野久尾の曲輪4と曲輪5の間を東西に貫いています。途中曲輪5下段へ行けそうな道がありましたが、ここはパス。

曲輪5上段へ
曲輪5上段へ
中野久尾・曲輪5上段坂虎口
中野久尾・曲輪5上段坂虎口
中野久尾・曲輪5上段
中野久尾・曲輪5上段

階段があり上ったところ右側にある坂道を進み、四方を土塁で囲まれた屈折する坂虎口を抜けると中野久尾の曲輪5上段です。中野久尾は、本丸と大野久尾の中間にあり、尾根続きの北側から侵入してくる敵を、本丸に近づけさせずに食い止める防衛の盾の役割を担っています。

■大空堀・大野久尾

空堀5
空堀5
空堀2
空堀2
空堀2
空堀2
空堀2
空堀2

空堀5に戻ってさらに西へ進むと空堀2へ至ります。空堀2は城跡中心部の西側を南北に貫いている堀です。城内最大で大空堀とも呼ばれる見どころポイントです。オススメ散策コースではここから南下するのですが、北へ進んで大野久尾を目指します。

空堀6
空堀6
空堀8
空堀8
大野久尾・曲輪15上段
大野久尾・曲輪15上段
大野久尾・曲輪6上段
大野久尾・曲輪6上段

途中東へ伸びる空堀6をすぎ、空堀2の終点らしき辺りから東へ登っている空堀8を登ったところが左が大野久尾の曲輪15上段で右が曲輪6上段の境です。どちらの曲輪も藪化していて、入れません。奥の下段もとても見に行く気は起きませんでした。

空堀2
空堀2
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀1と4の交差点
空堀1と4の交差点
空堀3
空堀3

戻ってオススメ散策コースに従って空堀2から空堀4を東へ進んで行くと空堀1との交差点へ戻ってきました。ここから空堀3へ進んでいくと右へ登る道が本丸へ続いています。

■本丸

本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
三宝荒神(櫓台b)
三宝荒神(櫓台b)
三宝荒神(櫓台b)
三宝荒神(櫓台b)

本丸(曲輪3)は上段と下段からなり、上段は内城の最高所になり北側は一段高くなった土塁(櫓台b)があります。小さな祠が建っていて三宝荒神が城主一族の守護神として祀られています。

本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段

上段の南側から下段につながっています。下段には展望スポットがありますが、木が邪魔をしてほとんど何も展望できませんでした。散策も大詰めです。空堀3に下り大手口方向へ南下します。

■曲輪2

本丸・曲輪3下段虎口
本丸・曲輪3下段虎口
空堀3
空堀3
曲輪2上段
曲輪2上段

急な坂となる手前に左に上がる坂道があり、ここを登ると曲輪2の上段です。曲輪2は家臣が詰まっていた場所と推測されています。

空堀3の急坂
空堀3の急坂

空堀3の急な坂をずっと下りていくと空堀2に合流、16:04ごろ登城口に戻ってきました。登城開始からちょうど90分でした。オススメ散策コースが90分とありましたが、大野久尾まで行ったので90分はかなり余裕のある設定ですね。

さて、時間に余裕があれば行こうと思っていた松尾城、時間に余裕はあったのですが疲れたので宿へ向かいます。

桜島
桜島

海沿いに出て鹿児島市が近づいてくると海の向こう側に大きな桜島が見えてきました。テレビでしかみたことない桜島、おーこれが桜島かぁと少し感慨深いものがありました。

ホテルニューニシノ
ホテルニューニシノ
夕飯
夕飯

今日の宿は鹿児島市にあるホテルニューニシノさん。ホテルのコインパーキング工事中だったので、提携のセンテラスパーキングに駐車して18:40すぎにチェックイン。かなり疲れて酸っぱいものが食べたかったので、夕飯はセブンで冷やし中華と冷たいままたべるチキン南蛮を買ってきました。ホテルには温泉とサウナがあるのでのんびりできました。

明日は最終日、知覧城、鹿児島城をめぐる予定です。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #1 人吉城

2泊3日の熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:人吉城
・2日目:八代城、飫肥城、志布志城
・3日目:知覧城、鹿児島城
をめぐる予定です。

雲海に浮かぶ富士山
雲海に浮かぶ富士山

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、7:22の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8:40前に到着。9:55羽田発鹿児島行きのJAL便は出発時刻が10:05に変更でした。途中雲海に浮かぶ富士山が見えてラッキーでした。11:40ごろ鹿児島に到着しました。

セレナe-power
セレナe-power

鹿児島空港からは日産レンタカー、今回の相棒はノートではなく、なんとセレナです。奮発したのではなく、ノートがリコール中で変更の確認は事前に受けていました。ミニバン運転するのってほぼ初めてですが、意外に違和感なくすぐになれましたね。
人吉城へ向かいます。

■■ 人吉城 ■■

人吉城は、熊本県人吉市にある梯郭式平山城です。相良氏が鎌倉時代に地頭として人吉荘に赴任して以来35代670年にわたり在城し、江戸時代には人吉藩の藩庁でした。国の史跡、日本100名城の93番です。

■西外曲輪

人吉城歴史館
人吉城歴史館

13:23ごろ、人吉城歴史館に到着しました。こちらでまずスタンプとパンフレットを入手しました。歴史館は西外曲輪にあり、相良清兵衛屋敷跡に建設されています。西側から東側に向かって散策します。

西外曲輪の西側には古写真をもとに復元された角櫓、長塀、多門櫓が連なっています。

角櫓
角櫓
軍役蔵跡
軍役蔵跡

角櫓は球磨川と胸川の合流点、城跡西北隅にあります。角櫓の前には軍役蔵跡と思われる表面表示がありました。

多門櫓北側長塀
多門櫓北側長塀
石落とし
石落とし
多門櫓
多門櫓

角櫓からは多門櫓北側長塀が伸びています。長塀の途中には、敵の侵入を防ぐための石落としがあります。長塀は多門櫓に続いています。

多門櫓
多門櫓
多門櫓
多門櫓
多門櫓
多門櫓
大手門櫓跡
大手門櫓跡
大手門櫓跡
大手門櫓跡

多門櫓は大手門の北側石塁上にある長櫓です。多門櫓の南側に続く石垣は大手門櫓跡で、大手門は胸川御門とも呼ばれました。

渋谷家屋敷跡
渋谷家屋敷跡
下台所跡・犬堂市衛門屋敷跡と方形井戸
下台所跡・犬堂市衛門屋敷跡と方形井戸

西外曲輪を東西に伸びる後口馬場の南側は上級武士が屋敷があった場所で、長塀の向かいには渋谷家屋敷跡、奥には下台所跡や犬堂市衛門屋敷跡が整備されています。

後口馬場
後口馬場
後口馬場の井戸跡
後口馬場の井戸跡

後口馬場は幅約10メートルの大きな道路・馬場跡です。後口馬場の北側、球磨川に挟まれた区域には相良清兵衛屋敷や息子の相良内蔵助屋敷がありました。相良清兵衛屋敷跡の歴史館の前には井戸跡があります。

大台所跡・御厩跡
大台所跡・御厩跡

球磨川と後口馬場に挟まれた区域の東部は、大台所や御厩になっていました。

相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)
相良内蔵助屋敷地下室(大井戸遺構)

大井戸遺構は、人吉城跡で二つ発見された井戸のある地下室の一つで、相良内蔵助屋敷の地下室の遺構です。地下室の構造は、石段の降り口、踊り場、方形の大型の井戸、黒色の小石敷き、その下のスギ板敷きなど。実物展示のため復元修理を行い、 上部に覆屋を設け休憩施設となっていますが、遺構はガラスで囲われている上、ガラスが反射して少し見づらいのが残念。もう一つの大井戸遺構は人吉城歴史館内にあり内部にも入れたようで、入ればよかったと悔やんでいますが、知らなかったし。下調べは十分にしないとですね。

馬責馬場
馬責馬場
馬責馬場
馬責馬場

馬責馬場は、東側の城主御館跡のある東外曲輪と西側の武家屋敷跡がある西外曲輪の間を、南北に貫いている道です。球磨川の方へ進み、東外曲輪の北側から本丸を目指します。

■東外曲輪

水ノ手門西側長塀と石垣
水ノ手門西側長塀と石垣
水ノ手門西側長塀
水ノ手門西側長塀
水ノ手門西側長塀
水ノ手門西側長塀

球磨川に出ると橋が架かっていますが、この橋は当時はなかったものです。橋からは復元された水ノ手門西側長塀と奥まで続いている石垣が見られます。

間米蔵跡
間米蔵跡
武者返し石垣
武者返し石垣
武者返し石垣
武者返し石垣

長塀の内側にある間米蔵跡は年貢米を収めた蔵の遺構です。御館北辺の石垣には武者返しと呼ばれる突出部がついた石垣があり、これは日本全国でも他には五稜郭と龍岡城にしかないという珍しいものです。

水ノ手門跡
水ノ手門跡
水ノ手門跡
水ノ手門跡

水ノ手門は、球磨川に面した場所にあった門で、年貢米や物資の搬入に使われ、川に面した石垣には船着場が設けられていました。

堀合門
堀合門
大村米御蔵跡・欠米蔵跡
大村米御蔵跡・欠米蔵跡

水ノ手門のすぐ近くにある門は堀合門で、城主御館の北側入口に置かれた門です。復元されたものですが移築された門は現存しています。堀合門の東側には大村米御蔵跡と欠米蔵跡があります。

御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡
御下門跡

さらに東へ進むと御下門跡があります。本丸・二の丸・三の丸への唯一の登城口に置かれた櫓門でした。いかにも城への入口といった雰囲気がとてもいいです。奥へと続く石段を登っていきます。

■三の丸

三の丸へ
三の丸へ
三の丸
三の丸
三の丸
三の丸
三の丸
三の丸

石段を登り切ると三の丸です。三の丸は球磨川沿いの最も低い場所にある広大な曲輪で、長屋や井戸、塩蔵がありました。そのまま道なりに進むと中御門跡です。

■二の丸

中御門跡
中御門跡
中御門跡
中御門跡

中御門跡は三の丸から二の丸へと繋がる巨大な櫓門跡で桝形虎口になっています。ここの石垣も素晴らしいです。

二の丸
二の丸
二の丸
二の丸
二の丸
二の丸
埋御門跡
埋御門跡

石段を登ると二の丸です。二の丸には御殿が建てられ、城の実質的な中心地でした。北西北端には埋御門跡があり、三の丸へ直接下りることができます。

■本丸

本丸へ
本丸へ
本丸
本丸
本丸
本丸

二の丸南西部には石段があり登ると本丸ですが、適当に地図を見たため護摩堂があるだけの場所だし疲れたし登らなくていいかなと思ったことが今思うと危なかった。思いなおして登ったらそこが本丸でした。本丸は、城内最高所にある天守台に相当する曲輪ですが、天守閣は築かれず二階建ての護摩堂が建てられていたそうでその礎石も残っています。

■三の丸

埋御門跡
埋御門跡
三の丸
三の丸
三の丸
三の丸

本丸から二の丸へ戻り、埋御門跡から三の丸に下りた左方向は虎口のようになっていて三の丸の各曲輪へつながっています。

三の丸(二の丸西側)
三の丸(二の丸西側)
三の丸(二の丸西側)
三の丸(二の丸西側)

二の丸の西側には広い曲輪が広がっています。

三の丸(北西部の曲輪)
三の丸(北西部の曲輪)
於津賀社跡
於津賀社跡

少し下側の三の丸北西部の曲輪には於津賀社跡があります。相良氏入国前の城主だった平氏の代官の矢瀬主馬祐をまつる霊社跡です。

■城主御館跡

外曲輪への石段
外曲輪への石段
城主御館跡
城主御館跡
相良護国神社
相良護国神社

三の丸西端部からの石段を下りていくと、東外曲輪の相良護国神社と相良氏の歴代藩主が祀られた相良神社が建っている、城主御館跡に出ます。ここは、かつて相良氏の藩庁や表屋敷(御殿)が置かれていた中心的な場所でした。

御館跡庭園
御館跡庭園
社務所
社務所
御館御門橋
御館御門橋
御館御門橋
御館御門橋
水堀
水堀

御館跡庭園は、池泉廻遊式の日本庭園で300年以上前に作庭されたそうです。無人社務所では、御城印や神社の御朱印を買うことができます。城主御館跡の最西部には水堀に架かる御館御門橋があり、石造りの桁橋として熊本県内最古として県指定重要文化財になっています。

岩下門跡
岩下門跡

最後に人吉城に入る4ヶ所の門のうち、南側入口にあった岩下門跡に行ってみました。ほぼ何も残っていない感じでよく分からずでした。

駐車場に戻ってきたのは15:45ごろで、大体2時間20分ほどの散策でした。

居食屋がらっぱ
居食屋がらっぱ
居食屋がらっぱ
居食屋がらっぱ

15:53ごろ、今日の宿・ホテルアルファーワン八代へ向けて出発、ホテル提携のセイワパーク八代本町にとめて、17:35ごろチェックインしました。夕飯はホテル1階にある居食屋がらっぱさんで、熊本名物のちくわサラダ(ちくわの穴にポテトサラダを詰めた天ぷら)やお刺身などいただきました。ホテルには大浴場もあってしっかり体を休めました。

明日は八代城を巡りますが、早起きしてチェックアウト前に散策することにしました。