「続日本100名城」カテゴリーアーカイブ

愛媛・高知城めぐりの旅 #2-2 岡豊城

道の駅布施ヶ坂
道の駅布施ヶ坂
高知県立歴史民俗資料館
高知県立歴史民俗資料館
案内マップ
案内マップ

次は岡豊城です。途中で道の駅布施ヶ坂で休憩をはさんで、高知県立歴史民俗資料館には13:00ごろ到着です。

■■ 岡豊城 ■■

岡豊城は、高知県南国市にある山城で、戦国時代に四国の覇者となった長宗我部氏の居城として知られています。国指定史跡続日本100名城の180番で、「おこうじょう」と読みます。

スタンプと御城印(300円)は高知県立歴史民俗資料館にあります。御城印は資料館からの登城口に立つ長宗我部元親飛翔之像をモチーフにしたものです。カッコいいんですがもはやこれは御城印?とちょっとした疑問も。すみません。。。

スタンプと御城印(300円)は高知県立歴史民俗資料館にあります。御城印は資料館からの登城口に立つ長宗我部元親飛翔之像をモチーフにしたものです。カッコいいんですがもはや御城印と呼べるのか?とちょっとした疑問も。すみません。。。

長宗我部元親飛翔之像
長宗我部元親飛翔之像

長宗我部元親飛翔之像の後ろの階段を登って登城です。パンフレットの散策コースの案内順に回っていきます。

■二ノ段

二ノ段
二ノ段
二ノ段
二ノ段
堀切・井戸
堀切・井戸
堀切
堀切

二ノ段は詰(本丸)の東側に位置し、堀切で隔てられた細長い曲輪です。土塁跡が約30mにわたって残っています。詰と二ノ段の間の深い堀切には、方形に掘られた井戸跡があります。

■詰下段

詰下段(左)
詰下段(左)
詰下段
詰下段

石段を登っていくと左側に詰下段があります。詰への出入口を守る曲輪で、礎石建物跡があります。堀切に面して土塁が築かれ、その基部には土留め石積が施されています。

■三ノ段

三ノ段への階段
三ノ段への階段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段

ここから石段を下りて三ノ段へ進みます。三ノ段は、詰の周りを帯状に取り巻く曲輪です。

■詰

詰への石段
詰への石段
詰
土塁
土塁
詰虎口
詰虎口
礎石建物跡
礎石建物跡
詰
詰より
詰より
祠

三ノ段南部から長い石段を登ると詰です。詰は城の中心となる曲輪で、標高97mの岡豊山頂にあります。石敷遺構や礎石建物跡、土塁が残されています。 片隅に小さな祠がありました。

■三ノ段(西部)

礎石建物跡・石積・土塁
礎石建物跡・石積・土塁

祠の脇から下りると再度三ノ段の西部に出ますが、ここには礎石建物跡、曲輪の縁に土塁や斜面を補強する石積が残っています。

■四ノ段

四ノ段北部
四ノ段北部
虎口
虎口
虎口
虎口
四ノ段南部
四ノ段南部
四ノ段南部
四ノ段南部
岡豊城址標柱
岡豊城址標柱

さらに下りていくと四ノ段の北部から虎口を経由して四ノ段の南部に入ります。四ノ段は三ノ段の西部を囲むように造られた曲輪です。四ノ段南部には岡豊城址標柱が立っています。

横堀
横堀
横堀
横堀

四ノ段南部から西の方へ少し下りると横堀を確認できます。

展望広場
展望広場
伝厩跡曲輪へ
伝厩跡曲輪へ

最後に伝厩跡曲輪へ向かいます。四ノ段南部のすぐ一段下に展望広場がありますが、展望はいまいちでした。

竪堀
竪堀
竪堀
竪堀

展望広場 から道をひたすら下りていくと、最後に舗装道に出ますがこの付近では竪堀が確認できます。

■伝厩跡曲輪

伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
高知市の街並み
高知市の街並み

伝厩跡曲輪の案内に従って、一直線の坂道を登り切ると伝厩跡曲輪です。詰の西南方向にあたり、西方からの攻撃に対して詰を中心とする本城を守る出城としての役割を果たしました。展望台があります。眺望はよく、遠く高知市の街並みが望めます。

岡豊公園征清凱旋碑
岡豊公園征清凱旋碑

岡豊公園征清凱旋碑も立っています。政治小説家の坂崎紫瀾による、長宗我部元親の偉業を偲び、海を渡って日清戦争で活躍した地元兵士たちの活躍を称える内容が刻まれています。ここで散策は最後です。駐車場に戻ってきたのは14:27ごろ、約1時間30分の散策でした。

ホテルSP-haruno-
ホテルSP-haruno-
部屋からのながめ
部屋からのながめ

今日の宿はホテルSP-haruno-さんです。17:30ごろ到着しました。高知県立春野総合運動公園内にあるという珍しいホテルです。部屋からの眺望は運動公園そのものですが、意外といい雰囲気でしたね。

天然温泉はるのの湯
天然温泉はるのの湯

大浴場(サウナ付き)があるのですが、今日は稼働しないと事前に連絡をいただいていました。ということでチェックイン後すぐ近くにある天然温泉はるのの湯(700円)へ。サウナや岩風呂、露天風呂などとても風情のある浴場で大満足でした。

ホテルでの夕飯
ホテルでの夕飯

ホテルでの夕飯は、高知と言えばのカツオタタキや金目鯛煮付け、天ぷらなどついた御膳で、シンプルながらも大満足でした。

明日最終日は、松山城湯築城をめぐります。

愛媛・高知城めぐりの旅 #2-1 河後森城

愛媛・高知城めぐりの旅の2日目、今日は河後森城岡豊城をめぐります。

宝泉坊ロッジ
宝泉坊ロッジ
宝泉坊ロッジ朝食
宝泉坊ロッジ朝食

宝泉坊ロッジでの朝食は、綺麗な景色を眺めながらの少しおしゃれな朝食でした。朝からカレーは少し以外でしたけれど。おいしくいただきました。

7:30すぎに出発して河後森城に向かいます。

■■ 河後森城 ■■

河後森城は、愛媛県松野町にある、戦国時代の土づくりの城の遺構が極めて良好な状態で残された山城で、国指定史跡、続日本100名城の179番です。最高所の本郭を中心として、馬蹄形の尾根に多くの曲輪が段状に配置されています。

風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場

8:05ごろ河後森城風呂ヶ谷駐車場に到着しました。案内板の脇にはパンフレットも設置されていました。

案内マップ
案内マップ
登城口
登城口
登城道
登城道

登城口から登城道を登っていくと5分くらいで西第十曲輪の南側下につきます。

竪堀
竪堀
竪堀
竪堀
堀切(西第十曲輪南側下)
堀切(西第十曲輪南側下)

ここでは何本かの竪堀や堀切を見ることができます。ここから西第十曲輪へ行けるはずなのですが、それらしき道がなかなか見つからず、あたりをしばらくうろちょろしてしまいました。最後、草ぼうぼうでもなんとなく道筋っぽいかもと思うところに行ってみて、やっと西第十曲輪に登れました。上の写真見て、その道筋分かります?少し経つと別の観光客が登ってきました。よくあっさり来られたなぁと思いましたが、違いますね、自分が通って跡がつき迷わなかったんでしょう。

■西第十曲輪

西第十曲輪
西第十曲輪
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
手書きの案内板
手書きの案内板

西第十曲輪は、馬蹄形尾根の最も低い西端にあり、掘立柱建物の馬屋が復元されていて、続日本100名城のスタンプはそこにあります。地元の小学生が作った手書きの案内板もありかわいいです。

門
門
土塁
土塁
堀切状遺構
堀切状遺構

他にも復元された門や、土塁があります。土塁が断ち切られた柵の下方を見ると堀切状遺構が見えます。といっても、草ぼうぼうでよくわかりません。

西第十曲輪
西第十曲輪

これから本郭に向けて段状の曲輪を順に登っていきます。

■西第九曲輪~西第二曲輪

西第九曲輪からの西第七・八曲輪
西第九曲輪からの西第七・八曲輪
奥から西第十~八曲輪
奥から西第十~八曲輪
西第八曲輪
西第八曲輪

西第十曲輪の門をすぎると西第九曲輪で、その先に木の階段がありますが崩壊していて使用不可なので脇の小道を右側に西第八曲輪を見ながら西第七曲輪へ登ります。

西第七曲輪
西第七曲輪
西第七曲輪
西第七曲輪
西第六曲輪切岸
西第六曲輪切岸
西第六曲輪
西第六曲輪
西第六曲輪
西第六曲輪

西第七曲輪から西第六曲輪までは直接は登れず、西第六曲輪切岸下の道を経由します。

西第五曲輪
西第五曲輪
西第四曲輪
西第四曲輪
西第三曲輪切岸
西第三曲輪切岸
西第三曲輪
西第三曲輪

西第六曲輪から西第五曲輪にあがり、西第四曲輪、西第三曲輪切岸下の道を進み、堀切の手前を登ると西第三曲輪です。

堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)

堀切は 西第三曲輪と西第二曲輪を分断していますが、遺構を保護するために盛り土をして整備されています。

西第二曲輪切岸
西第二曲輪切岸
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪

堀切から切岸を登っていくと西第二曲輪です。

■本郭

本郭虎口
本郭虎口
本郭虎口石垣
本郭虎口石垣
本郭虎口
本郭虎口

北に進んで行くと本郭虎口があり、堀切や土橋、石垣など複雑な構造が見られます。

本廓
本廓
本郭
本郭

本郭は城内で最も高い標高171m、ふもとの集落との比高は88mです。発掘調査では、建物跡10棟、門跡1基、土塀跡1基が確認されました。このうち、建物6棟、門と土塀について、柱の位置や間仕切りの様子が整備されています。

本郭からの眺望
本郭からの眺望
東第二曲輪
東第二曲輪

本郭からは松野町の田園風景や山並み、松丸駅方面を一望できます。また東端からは東第二曲輪が望めます。

■東第二曲輪~東第四曲輪

東第二曲輪
東第二曲輪
東第二曲輪
東第二曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪

本郭の東側の虎口から下りていくと東第二曲輪、東第三曲輪、東第四曲輪と続いています。

堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門

東第四曲輪の東端には城内最大級の堀切と復元された城門があり、その先は古城です。

■古城二曲輪~古城

古城二曲輪
古城二曲輪
古城二曲輪
古城二曲輪
古城
古城
古城
古城

堀切から上がると古城二曲輪です。その東側一段上が古城です。大型番小屋、石打棚、納屋、井楼、番小屋の柱の位置や間仕切りが分かりやすく地面に表示されています。

■新城

曲輪群
曲輪群
新城虎口
新城虎口

さて、最後に向かうのは新城です。堀切から西へ戻ってすぐ、新城へ続く下り道が続いています。途中の案内どおりに下っていき、また登ると小さな曲輪群があり、その先進んだところに新城があります。

新城
新城
新城
新城
新城
新城
帯曲輪
帯曲輪

新城は土佐方面からの侵攻に備えた出丸の役割を果たしていました。 その一段下がった周囲をぐるりと帯曲輪が囲んでいます。

風呂ヶ谷
風呂ヶ谷
井戸
井戸
ウシガエル
ウシガエル

さてこれでひととおり見たと地図を確認するとまだスポットがありました。風呂ヶ谷の奥の方で西第十曲輪へ登る途中にある井戸です。

井戸を見てから風呂ヶ谷をずっと下って、10:10ごろに駐車場に戻ってきました。国指定史跡だけのことはあり、整備や案内が行き届いていますし、特徴的な縄張りが面白かったです。約2時間と意外に時間をかからずに散策できました。

松丸駅
松丸駅

次は御城印をもらいに松丸駅にある松野町ふれあい交流館観光案内所へ。駅舎内には河後森城模型があるとの情報でしたが、芝不器男記念館に移動したようで、徒歩で行きましたが入館料がかかるのでやめました。ケチな自分。

10:48ごろ次の岡豊城へ向けて出発しました。

愛媛・高知城めぐりの旅 #1 能島城

2泊3日の愛媛・高知城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:能島城
・2日目:河後森城岡豊城
・3日目:松山城湯築城
をめぐる予定です。天気予報では四国など台風と前線の影響で雨が予想されていたのが、今日になって雨の心配がかなりなくなったので一安心です。

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:46の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8:10前に到着。9:15羽田発松山行きのJAL便、松山空港からは日産レンタカー、今回の相棒もノートです。能島城へ向かいます。

■■ 能島城 ■■

能島城は愛媛県今治市の大島沖にある無人島「能島」と「鯛崎島」に築かれた海城です。芸予諸島海域で活躍した海賊衆、村上海賊を代表する能島村上氏の拠点海城で、国指定史跡、続日本100名城の178番です。

能島水軍
能島水軍
今治市村上海賊ミュージアム
今治市村上海賊ミュージアム
小早船(武吉丸)
小早船(武吉丸)
村上景親公像
村上景親公像
能島城御城印

能島城に行くには事前に予約が必要です。12:40ごろ、13:45発の能島上陸&潮流クルーズ集合場所の能島水軍に到着です。受付時刻までまだ時間があったので、今治市村上海賊ミュージアムで先にスタンプを押させてもらい、御城印も買いました。

能島城御城印(上陸者限定)
能島城御城印(上陸者限定)

能島水軍で受付を済ませると上陸者限定の御城印ももらえます。

能島上陸&潮流クルーズ船
能島上陸&潮流クルーズ船

能島上陸&潮流クルーズは「最大10 ノット( 時速18km) の潮流かき分けるクルージングと瀨戸内海を支配した能島村上海賊の本拠地、能島城跡に上陸!」ということで、能島城だけではなく、周辺の潮流スポットも回ってくれます。乗船時にはライフジャケット着用ですが船は予想よりもスピードがかなり速く着用に納得。

能島
能島
鯛崎島
鯛崎島

だんだんと能島が近づいてきます。隣には鯛崎島。この2つの島から能島城はなっています。

矢櫃下の激しい潮流
矢櫃下の激しい潮流
矢櫃
矢櫃

矢櫃の下側は潮流スポットで川のように激しく流れています。

岩礁ピット
岩礁ピット
船だまり
船だまり
船だまり
船だまり

上陸前に船上から船だまりや岩礁ピットを案内してくれます。潮流が激しい中で潮の流れが緩やかな 船だまりは、村上海賊時代の対外的な窓口や船の出入口でした。岩礁ピットは、船を繋留するための柱を立てるために岩をくり抜いて作られた穴です。

三之丸
三之丸
南部平坦地
南部平坦地

三之丸の下を通って、南部平坦地が見えるといよいよ上陸です。

■南部平坦地

南部平坦地
南部平坦地
階段状の岩礁
階段状の岩礁

南部平坦地は今から450年ほど前に完成した埋立地で、ここから上陸します。ガイドさんの楽しい案内を聞きながら城を順に回っていけます。船着き場の近くの岩礁は階段状になっていて、その上まで続いていたようですが、今ある階段は後から作られたもの。

■東南出丸・鯛崎出丸

東南出丸
東南出丸
東南出丸
東南出丸
鯛崎出丸
鯛崎出丸
東南出丸
東南出丸

南部平坦地から東南出丸へ階段を登ります。東南出丸からは鯛崎出丸(鯛崎島)がよく見えますが、かつては能島と橋で繋がっていたとされ、現在は頂上に弁財天が祀られています。

東南出丸から
東南出丸から

■二之丸・矢櫃

二之丸南区
二之丸南区
二之丸南区
二之丸南区

次は二之丸です。二之丸は本丸の周りを囲むようにあり、東南出丸から二之丸南区につながっています。

二之丸東区
二之丸東区
二之丸東区
二之丸東区
二之丸東区
二之丸東区

本丸下東側を進むと二之丸東区です。

矢櫃
矢櫃
矢櫃と潮流クルーズ船
矢櫃と潮流クルーズ船

二之丸東区の先には矢櫃がつながっていますが、立ち入ることはできません。矢櫃には弓の稽古場や武器庫があったと言われています。先ほど船で行った潮流スポットでクルーズ船が潮流に流されるようすも確認できました。

■本丸

本丸
本丸
本丸
本丸
本丸からの三之丸
本丸からの三之丸
本丸からの鯛崎出丸方向
本丸からの鯛崎出丸方向

二之丸東区から本丸へ上がります。本丸は島全体を階段状に削った3段の曲輪の最高所に位置しているので、島全体の構造がよく見て取れます。

■二之丸西区・三之丸

二之丸西区と本丸
二之丸西区と本丸
三之丸
三之丸
三之丸
三之丸
三之丸
三之丸
船だまり
船だまり

本丸から二之丸西区、三之丸と下りてきました。三之丸からは先ほど船から見た船だまりがよく見えます。ガイドさんによると三之丸にある東屋は撤去される予定だそうです。

南部平坦地
南部平坦地
能島城跡碑
能島城跡碑
船着き場
船着き場

三之丸から南部平坦地へ戻ってきました。上陸時間は約45分でした。

くじら地蔵
くじら地蔵

上陸時間は約45分、クルーズ船で大島へ戻ります。帰りにもスポットの案内。鯛崎島の南端にあるくじら地蔵は、母くじらが海で居眠りをしていると潮が引いて動けなくなり、子くじらの泣き声を聞いたお地蔵様が、海の生き物に呼びかけみんなで母くじらを助けたという昔話に因んだものです。このお地蔵様は2代目だそうです。続いて潮流スポットに案内されたあと、クルーズ終了です。

能島城はこれまで訪れた城とは全く趣の違うものでした。上陸には多少手間がかかるけど、上陸は絶対ですね。

15時ごろ出発し、宿についたのは17:30すぎ。宿に着く前に買い出ししたかったのに、店が一軒もなく一旦宿とおりすぎて、道の駅日吉夢産地に行ってお酒と塩けんぴをつまみに買ってきました。

宝泉坊ロッジ
宝泉坊ロッジ
食酔坊宝
食酔坊宝
地鶏ステーキのセット
地鶏ステーキのセット

今日の宿は宝泉坊ロッジです。隣接の食酔坊宝の食事券2000円分がついたプランで宝泉坊温泉にも入れます。夕飯は地鶏ステーキのセットにしました。歯ごたえがしっかりしてうまかった!

明日は河後森城岡豊城をめぐります。

次の旅予約

昨日、熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅から帰ってきたところなのに、もう次の旅の予約を完了してしまいました。

次は、愛媛・高知城めぐりの旅です。続日本100名城で未登城の能島城河後森城岡豊城に加えて、登城済の松山城湯築城を再訪します。

特に楽しみなのは、能島城です。芸予諸島海域で活躍した海賊衆、村上海賊を代表する能島村上氏の拠点海城で、船で渡らないと行けません。ということで、能島上陸&潮流クルーズも予約しました。

松山まで飛行機、現地はレンタカー移動、愛媛県西予市と高知市に宿をとりました。

今から楽しみです。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #3-1 知覧城

2泊3日の熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅最終日の今日は、知覧城鹿児島城をめぐります。

6時すぎにホテルを出て、知覧城へ向かいます。知覧城駐車場には7:44ごろ到着しました。

■■ 知覧城 ■■

知覧城は、鹿児島県南九州市にあるシラス台地」築かれた中世の山城で、主要部は本丸、蔵之城、今城、弓場城という4つの独立した曲輪からなり、それぞれがシラス崖で守られた独立した砦のような構造になっています。国指定史跡に指定され、続日本100名城の198番です。

知覧城駐車場
知覧城駐車場
知覧城跡案内板
知覧城跡案内板
登城口
登城口
登城道
登城道

知覧城駐車場は主要部の北側にあり、東方面に向かって本丸のまわりに沿って進んで登城します。

空堀(東ノ栫-本丸)
空堀(東ノ栫-本丸)
空堀(東ノ栫-本丸)
空堀(東ノ栫-本丸)

段々と平場が狭くなってきて東ノ栫-本丸間の空堀に入ります。左側が東ノ栫、右側が本丸です。

今城(正面)と防空壕跡
今城(正面)と防空壕跡

ずっと進んで行くと分岐点があり、正面の切岸は今城のものです。右側には第二次世界大戦時の防空壕跡があります。

空堀(東ノ栫-今城)
空堀(東ノ栫-今城)
空堀(今城-本丸)
空堀(今城-本丸)
空堀(今城-本丸)
空堀(今城-本丸)

分岐点左方向には東ノ栫-今城間の空堀が続いています。右前方に登る道との分岐がありますが、案内標識にしたがって左側を進みます。

今城・弓場城への分岐
今城・弓場城への分岐
本丸・蔵之城への分岐
本丸・蔵之城への分岐

しばらく進むと左、今城・弓場城の標識がありますが、先に本丸・蔵之城の方へ進みます。その先の分岐で本丸・蔵之城の方へ進みます。

■本丸下平場

枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)

登っていくと枡形虎口があり登り切ったところは本丸と蔵之城の下の平場です。正面に本丸、左手前側が蔵之城です。

本丸下平場
本丸下平場
本丸への階段
本丸への階段

■本丸

本丸下平場
本丸下平場
本丸枡形虎口
本丸枡形虎口
本丸枡形虎口
本丸枡形虎口

最初に本丸へ。本丸への階段を登っていくと本丸桝形虎口を経て本丸です。

知覧城址碑
知覧城址碑
本丸
本丸
本丸
本丸

入ってすぐの場所に知覧城址碑が立っていて広い平坦地になっています。

本丸土塁
本丸土塁
本丸土塁
本丸土塁

北側には土塁がよく残っています。

■蔵之城

蔵之城への入口
蔵之城への入口
蔵之城枡形虎口
蔵之城枡形虎口
蔵之城
蔵之城
蔵之城跡案内板
蔵之城跡案内板

平場に下りて次は階段を登って蔵之城へ。蔵之城の虎口は枡形になっています。

掘立柱建物跡
掘立柱建物跡

掘立柱建物跡があり、この建物は室町時代のものと考えられています。ここでも土塁が見られます。

■弓場城

今城と弓場城の分岐
今城と弓場城の分岐
弓場城
弓場城
弓場城
弓場城
竪堀
竪堀

さて、蔵之城、本丸下平場から下りて先ほどの今城・弓場城への分岐まで戻ります。坂を登っていくと今城と弓場城の分岐があり、右側登ってすぐ弓場城です。弓場城は武士たちが弓術の修練を行う場所として使われていたそうです。竪堀も見られます。

■今城

今城枡形虎口
今城枡形虎口
今城枡形虎口
今城枡形虎口

先ほどの分岐に戻り、最後に今城へ。坂道を登っていくと今城の枡形虎口を経て今城に入ります。

今城
今城
今城
今城
今城
今城
今城土塁
今城土塁

今城は木が多いですが、敷地は本丸より広いようです。土塁は高くよく残っています。

これで散策は終了です。駐車場には9:05ごろ戻ってきました。おおよそ、1時間10分くらいの散策でした。少し休憩してからスタンプをゲットしにミュージアム知覧へ。

■ ミュージアム知覧・特攻平和会館 ■

ミュージアム知覧
ミュージアム知覧

ミュージアム知覧には、9:22ごろ到着し、受付前でスタンプゲットしました。

特攻平和会館
特攻平和会館

隣接する特攻平和会館は、第二次世界大戦末期の沖縄戦で神風特攻隊として出撃した隊員の遺品や資料を保存・展示している施設ですが、悲しくなると思うので入りませんでした。

海底から引き揚げられた零戦
海底から引き揚げられた零戦

かわりに会館周りを散歩。外からでも海底から引き揚げられた零戦をガラス越しに見ることができましたが、もの悲しい気持ちになりました。

三角兵舎
三角兵舎
三角兵舎
三角兵舎
航空自衛隊 T-3 練習機
航空自衛隊 T-3 練習機
陸軍一式戦闘機「隼」3型甲(レプリカ)
陸軍一式戦闘機「隼」3型甲(レプリカ)

そのほか、特攻隊員の宿舎の三角兵舎が復元されていたり、特攻平和観音堂、飛行機などもありました。

9:44ごろ、鹿児島城へ向けて出発しました。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #2-3 志布志城

飫肥城の次は志布志城です。

志布志市総合観光案内所
志布志市総合観光案内所

13:54ごろ、志布志駅にある志布志市総合観光案内所に到着、こちらで御城印をゲットしました。案内所ではスタンプのある志布志市埋蔵文化センターや志布志城の駐車場(志布志市麓地区駐輪駐車場)への行き方など丁寧に教えていただきました。

志布志市埋蔵文化センター
志布志市埋蔵文化センター
志布志城(内城)の復元模型
志布志城(内城)の復元模型
志布志城(内城)の復元模型
志布志城(内城)の復元模型

14:07ごろ、志布志市埋蔵文化センターに到着、こちらでスタンプとポケットガイドを貰いました。展示されている志布志城(内城)の復元模型はとても精巧でどんなところにどう城があったのかがよく分かるのと同時に、これから登るの大変だろうなと覚悟せざるをえません。

志布志市麓地区駐輪駐車場
志布志市麓地区駐輪駐車場
志布志麓総合案内板
志布志麓総合案内板
松尾城跡
松尾城跡
志布志城(内城)跡入口
志布志城(内城)跡入口
志布志城(内城)跡入口
志布志城(内城)跡入口

14:24ごろ、志布志市麓地区駐輪駐車場に到着、ここから北へ100mほどいったところに志布志城(内城)跡入口がありますが左方向には松尾城跡も見えています。

■■ 志布志城 ■■

志布志城は、鹿児島県志布志市にある中世の山城群で、内城、松尾城、高城、新城という4つの山城の総称です。南九州特有のシラス台地を深く切り割った空堀や土塁、虎口がほぼ手つかずの状態で残っています。国指定史跡、続日本100名城の197番です。今日は内城、時間に余裕があり疲れていなかったら松尾城を散策予定。

登城口(大手口a)
登城口(大手口a)
志布志城内上跡案内板
志布志城内上跡案内板
登城道
登城道

志布志城(内城)跡入口の案内に従い進んでいくと登城口(大手口a)です。杖代わりの太い枝が置かれていました。散策コースマップがところどころに設置されており、それに従って登城道を登ります。今日は基本はポケットガイドのオススメ散策コースを行きますが、これに大野久尾を加えて散策する予定です。

■矢倉場

矢倉場
矢倉場
矢倉場
矢倉場
矢倉場
矢倉場
新納時久の墓
新納時久の墓

最初に矢倉場(曲輪1)に出ました。内城の南端に位置する曲輪で、武衛のための建物施設があったと推測されています。その一角には、初代城主・新納時久の墓(明治時代に建てられた供養塔)が建っています。

空堀1へ
空堀1へ

矢倉場から東に深く下りると強大な空堀1に続きます。

■東側の遺構

空堀1
空堀1
空堀1と曲輪10上段への分岐
空堀1と曲輪10上段への分岐
曲輪10上段
曲輪10上段

空堀1は城跡中心部の東側を南北に貫いている堀です。進んで行くと左右分岐に出ました。右側に行くと曲輪10の上段です。曲輪10は搦手の監視・防衛の要でした。藪化がすごいので空堀1へ戻り北へ進みます。

空堀1
空堀1
空堀4と空堀3への坂道
空堀4と空堀3への坂道
空堀1と4の交差点
空堀1と4の交差点

目の前に深い空堀が現れます。その手前には左上方に坂道が続いていて空堀3へ続きます。ここは空堀1と4の交差点です。深い空堀は空堀4で東の下方へ伸びており、搦手へ続いています。

空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
曲輪10上段虎口
曲輪10上段虎口
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4

下りていくと、見どころポイントである巨大な切通しを見ることができます。ここが一番見たかったスポットですが、迫力満点、素晴らしいです。この辺りでは曲輪10上段へ続く虎口も見えます。

空堀1と4の分岐
空堀1と4の分岐
空堀1
空堀1
空堀1と5の分岐
空堀1と5の分岐

空堀1と空堀4との交差点は少し北側まで続いていて、やがて西側へ伸びる空堀4と北へ伸びる空堀1に分かれます。空堀1を進むと空堀5との分岐があります。空堀5を西へ進みます。

■中野久尾

空堀5
空堀5
空堀5
空堀5
空堀5
空堀5

空堀5は中野久尾の曲輪4と曲輪5の間を東西に貫いています。途中曲輪5下段へ行けそうな道がありましたが、ここはパス。

曲輪5上段へ
曲輪5上段へ
中野久尾・曲輪5上段坂虎口
中野久尾・曲輪5上段坂虎口
中野久尾・曲輪5上段
中野久尾・曲輪5上段

階段があり上ったところ右側にある坂道を進み、四方を土塁で囲まれた屈折する坂虎口を抜けると中野久尾の曲輪5上段です。中野久尾は、本丸と大野久尾の中間にあり、尾根続きの北側から侵入してくる敵を、本丸に近づけさせずに食い止める防衛の盾の役割を担っています。

■大空堀・大野久尾

空堀5
空堀5
空堀2
空堀2
空堀2
空堀2
空堀2
空堀2

空堀5に戻ってさらに西へ進むと空堀2へ至ります。空堀2は城跡中心部の西側を南北に貫いている堀です。城内最大で大空堀とも呼ばれる見どころポイントです。オススメ散策コースではここから南下するのですが、北へ進んで大野久尾を目指します。

空堀6
空堀6
空堀8
空堀8
大野久尾・曲輪15上段
大野久尾・曲輪15上段
大野久尾・曲輪6上段
大野久尾・曲輪6上段

途中東へ伸びる空堀6をすぎ、空堀2の終点らしき辺りから東へ登っている空堀8を登ったところが左が大野久尾の曲輪15上段で右が曲輪6上段の境です。どちらの曲輪も藪化していて、入れません。奥の下段もとても見に行く気は起きませんでした。

空堀2
空堀2
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀4
空堀1と4の交差点
空堀1と4の交差点
空堀3
空堀3

戻ってオススメ散策コースに従って空堀2から空堀4を東へ進んで行くと空堀1との交差点へ戻ってきました。ここから空堀3へ進んでいくと右へ登る道が本丸へ続いています。

■本丸

本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
本丸・曲輪3上段
三宝荒神(櫓台b)
三宝荒神(櫓台b)
三宝荒神(櫓台b)
三宝荒神(櫓台b)

本丸(曲輪3)は上段と下段からなり、上段は内城の最高所になり北側は一段高くなった土塁(櫓台b)があります。小さな祠が建っていて三宝荒神が城主一族の守護神として祀られています。

本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段
本丸・曲輪3下段

上段の南側から下段につながっています。下段には展望スポットがありますが、木が邪魔をしてほとんど何も展望できませんでした。散策も大詰めです。空堀3に下り大手口方向へ南下します。

■曲輪2

本丸・曲輪3下段虎口
本丸・曲輪3下段虎口
空堀3
空堀3
曲輪2上段
曲輪2上段

急な坂となる手前に左に上がる坂道があり、ここを登ると曲輪2の上段です。曲輪2は家臣が詰まっていた場所と推測されています。

空堀3の急坂
空堀3の急坂

空堀3の急な坂をずっと下りていくと空堀2に合流、16:04ごろ登城口に戻ってきました。登城開始からちょうど90分でした。オススメ散策コースが90分とありましたが、大野久尾まで行ったので90分はかなり余裕のある設定ですね。

さて、時間に余裕があれば行こうと思っていた松尾城、時間に余裕はあったのですが疲れたので宿へ向かいます。

桜島
桜島

海沿いに出て鹿児島市が近づいてくると海の向こう側に大きな桜島が見えてきました。テレビでしかみたことない桜島、おーこれが桜島かぁと少し感慨深いものがありました。

ホテルニューニシノ
ホテルニューニシノ
夕飯
夕飯

今日の宿は鹿児島市にあるホテルニューニシノさん。ホテルのコインパーキング工事中だったので、提携のセンテラスパーキングに駐車して18:40すぎにチェックイン。かなり疲れて酸っぱいものが食べたかったので、夕飯はセブンで冷やし中華と冷たいままたべるチキン南蛮を買ってきました。ホテルには温泉とサウナがあるのでのんびりできました。

明日は最終日、知覧城鹿児島城をめぐる予定です。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #2-1 八代城

くまモン像
くまモン像

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅の2日目、まずはチェックアウト前にホテルから歩いてすぐの八代城から巡ります。朝6時ごろホテルを出るとすぐにくまモン像が立っていました。これはくまモンストリートファニチャーといって、「くまモンポート八代」完成を契機に「寄港地やつしろの魅力を向上させ、世界の旅行者にやつしろを周遊してもらいたい」という目的で整備されたものだそうで、いたるところに設置されているとか。ここから西に少し歩くと八代城跡の内堀、南東隅に出ます。

■■ 八代城 ■■

八代城は熊本県八代市にある輪郭式平城で別名松江城ともいいます。大地震で麦島城が崩壊したため、加藤正方が新たに築いたのが八代城です。南北朝時代の古麓城と安土桃山時代の麦島城の三つの城跡を併せて「八代城跡群」として国の史跡に指定され、続日本100名城の190番です。

さて散策ですが、最初に内堀の周りをぐるり反時計回りに一周後、本丸へ入ることにしました。

■内堀外周

宝形櫓跡
宝形櫓跡
磨櫓跡
磨櫓跡
欄干橋
欄干橋
表枡形門跡
表枡形門跡

本丸の南東隅は宝形櫓跡です。宝形櫓跡の石垣は算木積みで、八代城の中で最も進化した石垣です。北へ進むと磨櫓跡と欄干橋が見えてきます。欄干橋は、本丸のに架かる、本来の正門(大手口)の表枡形門跡 へと続く橋です。内堀を一周した後にここから本丸へ入ることにします。

本丸石垣(北東隅付近)
本丸石垣(北東隅付近)
くまモン像
くまモン像

そのまま北へ進むと、今度は小さなくまモン像を発見しました。三階櫓跡の説明板がありました。

三階櫓跡
本丸の鬼門にあたる北東角に設けられていた櫓です。外から見ると三階建ての櫓で、1階約9m×10.8m、2階5.4m四方、3階5.4m四方の櫓でした
くまモン像正面の石垣
くまモン像正面の石垣

この正面が三階櫓石垣かと思いきや、三階櫓石垣はその右奥の端っこでした。普通は正面がそうだと思いますよねぇ。石垣の上には朝の散歩でしょうか、人がいるのが見えました。登れるんですねぇ、あとで行くことにします。

三階櫓跡
三階櫓跡
内堀(北東隅付近)
内堀(北東隅付近)
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡にアオサギ
三階櫓跡にアオサギ

内堀の北東隅にくると三階櫓跡です。三階櫓は大天守に次ぐ大きさでした。三階櫓跡石垣の隅ではアオサギさんが気持ちよさそうでした。

本丸石垣(北側)
本丸石垣(北側)

内堀に沿って西にすすみます。三階櫓跡から西へずっと長い石垣が続いています。

北の丸石垣
北の丸石垣
北の丸石垣
北の丸石垣

さて道路を挟んで北側に見える北の丸石垣は築城当時の古いものです。

北九間櫓跡
北九間櫓跡

内堀沿いの石垣の先端部は北九間櫓跡で、本丸搦手を守っていました。その先に架かる橋は当時は廊下橋でした。

■本丸

 廊下橋と 廊下橋門跡
廊下橋と 廊下橋門跡
唐人櫓跡(左)・北九間櫓跡(右)
唐人櫓跡(左)・北九間櫓跡(右)

橋を渡ると廊下橋門で搦手の一の門です。少し先走りして本丸に入ってみます。門の正面は大天守跡から続く唐人櫓の石垣です。先走りはここまで、内堀へ戻ります。

■北の丸

北の丸
北の丸
北の丸外堀跡
北の丸外堀跡
北の丸外堀跡
北の丸外堀跡

道路を挟んだ北側は、現在松井神社の境内となっている北の丸で、城主や一族の邸宅があった曲輪です。神社の裏手には北の丸外堀の跡を見ることができます。

■内堀外周

大天守石垣
大天守石垣
大天守石垣
大天守石垣
大天守石垣
大天守石垣

内堀に戻り、本丸北西隅の大天守の石垣を見ながら進みます。大天守石垣は、城内で最も高く一番古い技法で積まれたものです。内堀北西隅を折れて南へ進みます。

大天守・小天守石垣
大天守・小天守石垣
本丸西側石垣
本丸西側石垣
くまモン像
くまモン像

大天守石垣の南側に小天守石垣が連結しています。小天守から月見櫓までの本丸西側の石垣では修復された跡が見られます。野面積みと打込み接ぎの境目は特によくわかります。進むとまたかわいいくまモン像がありました。積みなおされた石垣の説明があります。

積みなおされた石垣
築城以来、八代城跡の石垣は何度か積み直しが行われています。正面に見える石垣は江戸時代に3回の積み直しが行われ、昭和50年代に4回目の積み直しが行われました。
月見櫓跡
月見櫓跡
くまモン像
くまモン像

内堀の南西隅にくると月見櫓跡です。内堀に沿って東へ進むとまたかわいいくまモン像発見!月見櫓跡の説明があります。

月見櫓跡
本丸南西隅にあった二階建ての櫓で、1階9m×10.8m, 2階5.4m×7.2mと記されています。
実際に月見が行われたこともあったそうです。
神橋
神橋
八代城跡案内板
八代城跡案内板
八代宮
八代宮

進むと神橋がありますが、明治時代に八代宮が創建されたときに参道として架けられたものです。渡って少しだけ本丸御殿跡に建てられた八代宮を確認。

くまモン像
くまモン像

戻って内堀沿いを東へ進むとすぐにまた、くまモン像がありました。説明板には、

国指定史跡 八代城跡本丸
1619年3月の大地震で麦島城が崩壊したため、1622年に現在の八代城が作られました。はじめ加藤清正の支城でしたが、後に細川氏の支城となり、明治維新まで松井氏が城代を務めました。

とあって、簡潔で分かりやすいなと思います。 約50分ゆっくり時間をかけて宝形櫓跡に戻ってきました。

■本丸

高麗門跡・欄干橋
高麗門跡・欄干橋
表枡形
表枡形
頬当御門跡
頬当御門跡

欄干橋から本丸に入ります。橋を渡ると八代城の正面にあたる表枡形門跡で、一の門の高麗門跡、その先右側に二の門の頬当御門跡があります。

高麗門跡・欄干橋
高麗門跡・欄干橋
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡

道なりに進んで右側、登れそうなところから石垣に登りました。ここは朝見た人がいたところで、本丸の北東隅あたりです。柵はないので気をつけないと危ないです。石垣上を歩いて三階櫓跡へ。

本丸石垣(北側)
本丸石垣(北側)
北九間櫓跡
北九間櫓跡
廊下橋門跡
廊下橋門跡
唐人櫓跡
唐人櫓跡

その先北側の長い本丸石垣の上を進んで北九間櫓跡に至ります。廊下橋門跡を上から見ることができました。近くの階段を下りて右側は唐人櫓跡で、先ほど先走りして入ってきたところに出ました。

唐人櫓跡・大天守跡
唐人櫓跡・大天守跡
小天守跡
小天守跡
大天守跡
大天守跡
小天守跡
小天守跡

左へ進むと大天守跡と小天守跡があります。

小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡(大天守より)
小天守跡(大天守より)

小天守石垣の脇から石段を登ると小天守跡です。小天守は2層2階でした。

大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡より
大天守跡より
唐人櫓跡(大天守跡より)
唐人櫓跡(大天守跡より)

小天守と大天守は渡櫓でつながっており、その跡の石垣上を進んで大天守跡に入ります。大天守は4層5階の大きなもので、飾り屋根(破風)のない、シンプルで実戦的な「層塔型」だったと考えられています。

月見櫓跡
月見櫓跡

本丸の西側の石垣上を進んで三階櫓跡へ至ります。

八代宮
八代宮
八代宮
八代宮

その先は八代宮の入口で石垣は切れ、脇から下に下りると八代宮の正面に出ます。八代宮は後醍醐天皇の皇子で、征西大将軍として九州で南朝方の全盛期を築いた懐良親王を主祭神として祀っているそうです。とても大きく綺麗な神社で、朝早いからかまだ参拝客もなく厳かな雰囲気が漂っていました。

宝形櫓跡
宝形櫓跡
八代市相撲場
八代市相撲場
本丸石垣(東側)
本丸石垣(東側)
磨櫓跡
磨櫓跡

最後に、本丸南側から東側の石垣に登ってみました。宝形櫓跡の内側下には現在は八代市相撲場があります。東側の石垣を進むと磨櫓跡に至ります。

高麗門跡
高麗門跡
頬当御門跡
頬当御門跡

磨櫓跡 の石垣の上から高麗門跡や頬当御門跡を上から見ることができます。これでひととおり回れたので約2時間の散策は終了です。本丸の石垣にすべて上って散策できるのがとてもいいお城でした。

ホテル・アルファ-ワン八代
ホテル・アルファ-ワン八代
八代市民俗伝統芸能伝承館お祭りでんでん館
八代市民俗伝統芸能伝承館お祭りでんでん館
八代亜紀さん記念碑
八代亜紀さん記念碑

ホテルに戻って小休憩してからチェックアウトし、八代市民俗伝統芸能伝承館お祭りでんでん館へ開館時間に合わせて到着、スタンプと御城印をゲットしました。敷地内には八代市が故郷である八代亜紀さん記念碑があります。

次は飫肥城へ向かいます。

大分・宮崎城めぐりの旅 #3-4 臼杵石仏

大分・宮崎城めぐりの旅の締めくくりは、国宝の臼杵石仏です。平安時代末期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われてり、磨崖仏として日本初、彫刻として九州初の国宝に指定されました。全4群、61体で構成されています。城めぐりではお城に回るのが最優先で他の観光はあまりしないのですが、臼杵城のすぐ近くで国宝ともなれば行きたいということで、今回時間も取れて来れました。

臼杵石仏案内図
臼杵石仏案内図
臼杵石仏入口
臼杵石仏入口

15:03ごろ到着、観覧料550円です。ホキ石仏第二群、ホキ石仏第一群、山王山石仏、古園石仏の4群からなっていて、順路はこの順番です。ホキとは、「がけ」という意味の地名だそうです。

■ホキ石仏第二群

ホキ石仏第二群
ホキ石仏第二群
ホキ石仏第二群第一龕
ホキ石仏第二群第一龕
ホキ石仏第二群第二龕
ホキ石仏第二群第二龕

ホキ石仏第二群は2つの龕(がん)からなり、第一龕には阿弥陀三尊像、第二龕は「九品の弥陀」呼ばれる9体の阿弥陀如来像、左右に1体ずつの菩薩立像を配する比較的小さな仏像です。

■ホキ石仏第一群

ホキ石仏第一群
ホキ石仏第一群
ホキ石仏第一群第一龕
ホキ石仏第一群第一龕
ホキ石仏第一群第二龕
ホキ石仏第一群第二龕
ホキ石仏第一群第三龕
ホキ石仏第一群第三龕
ホキ石仏第一群第四龕
ホキ石仏第一群第四龕

ホキ石仏第一群は4つの龕からなり、第1龕は如来坐像3体と菩薩立像2体、第2龕は阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、如来坐像の3体、第3龕は大日如来像ほか4体、第4龕は地蔵菩薩半跏像並びに十王像の11体です。

■石造五輪塔

石造五輪塔案内
石造五輪塔案内
石造五輪塔
石造五輪塔
石造五輪塔
石造五輪塔

ホキ石仏第一群を出るとすぐ国重要文化財の石造五輪塔の案内表示があったので、そちらもせっかくなので見学しました。刻銘のある五輪塔としては、日本で2番目と3番目に古いそうです。

■山王山石仏

山王山石仏群
山王山石仏群
山王山石仏群
山王山石仏群

山王山石仏群は、中央に丈六の如来像と左右に脇侍の様に如来を刻む3体の如来像です。

■古園石仏

金剛力士立像
金剛力士立像

古園石仏群の手前右側の岩壁には追加で国宝指定された2体の金剛力士立像があります。

古園石仏
古園石仏
古園石仏
古園石仏
古園石仏(左側)
古園石仏(左側)
古園石仏(中央)
古園石仏(中央)
古園石仏(右側)
古園石仏(右側)

古園石仏群は通称古園十三仏とも言われ、金剛界大日如来坐像を中心に曼荼羅を構成し、左右にそれぞれ如来像2体、菩薩像2体、明王像1体、天部像1体を配する臼杵石仏の中心的存在です。

御朱印販売
御朱印販売

臼杵石仏は臼杵八ケ所霊場の一番札所であり、ここに御朱印の無人販売がありました。石仏周辺にも徒歩で無料で見学できる文化財がまだ沢山あり、これを含めて1時間あれば大丈夫と思っていたのですが石仏だけで1時間でした。16:05空港に向けて出発です。

とり天とビールセット
とり天とビールセット

レンタカー返却時の総走行距離は731km、相当走ったなぁという感じです。空港には早めについたので、Standard Coffeeというカフェで、とり天とビールセットを楽しみました。とり天は注文してから揚げるのでサクッとして最高でした。飛行機は19:10発が19:20発に変更になったものの、予定時刻に帰宅できました。

今回の大分・宮崎城めぐりの旅、6城予定が7城もめぐれました。今後もこの数くらい回りたいものです。

今日一日の歩数は、25,788歩でした。

大分・宮崎城めぐりの旅 #3-3 臼杵城

臼杵市観光交流プラザ
臼杵市観光交流プラザ

大分・宮崎城めぐりの旅、最後に訪れたのは臼杵城です。14:48ごろ臼杵市観光交流プラザに着きました。臼杵城は道を挟んですぐで、畳櫓や大門櫓が見えています。こちらでスタンプと御城印、パンフレットを入手後、登城します。

■■ 臼杵城 ■■

臼杵城
臼杵城

臼杵城(うすきじょう)は、大分県臼杵市にある城で、戦国時代、大友氏により臼杵湾内最大の丹生島に築かれました。島は北、南、東を海に囲まれ、西は干潮時に現れる干潟の陸地でつながるのみという天然の要害でした。江戸時代には臼杵藩の藩庁が置かれました。廃藩後は周囲の海も埋め立てられました。国指定史跡、続日本100名城の193番です。現在は臼杵公園となっています。

■鎧坂・帯曲輪

古橋口
古橋口
古橋口
古橋口
亭櫓跡
亭櫓跡
亭櫓跡
亭櫓跡
亭櫓跡より
亭櫓跡より

古橋口から入ります。堀(以前は海)にかかる古橋を渡った右側は亭櫓跡です。

湾曲した土塀
湾曲した土塀
防護壁
防護壁
時鐘櫓台
時鐘櫓台

その先は岩を掘り切って作られた鎧(あぶみ)坂で大友時代からの登城路です。上を見ると湾曲した土塀がユニークで綺麗です。坂は落石の防護壁を設置していて両脇は金属板で覆われていました。金属板が一旦亡くなったところで上を見ると時鐘櫓台が見えます。

鎧坂
鎧坂
土塀
土塀

再度金属板の間をあがると先ほど見えていた湾曲する土塀に出ます。

中門櫓跡
中門櫓跡
中門櫓跡
中門櫓跡
畳櫓
畳櫓
畳櫓
畳櫓

その先に中門櫓跡と畳櫓があります。畳櫓は天保年間に再築された櫓で重箱造りの現存建物です。

井楼櫓台石垣
井楼櫓台石垣
井楼櫓台石垣
井楼櫓台石垣

畳櫓横の大きな石垣は、井楼櫓台の石垣です。井楼櫓は最も規模の大きかったものです。

大門櫓
大門櫓
大門櫓
大門櫓

道なりすぐ右側に大門櫓があります。これは模擬復原建物でここから二の丸に入ります。

■二の丸

臼杵護国神社鳥居
臼杵護国神社鳥居
臼杵護国神社
臼杵護国神社
臼杵護国神社
臼杵護国神社
大友宗麟公碑
大友宗麟公碑

二の丸に入ると臼杵護国神社の鳥居があり臼杵護国神社に続いています。神社の少し南側には大友宗麟公碑があります。

井楼櫓跡
井楼櫓跡
井楼櫓跡
井楼櫓跡
畳櫓
畳櫓

右横方向には先ほど畳櫓前から見上げた井楼櫓跡があります。

会所櫓跡
会所櫓跡
会所櫓跡
会所櫓跡

左方向には会所櫓跡があります。

城跡の南側斜面
城跡の南側斜面
城跡の南側斜面
城跡の南側斜面

井楼櫓跡前から本丸方向へ向かう道の右側に小さな出入口があり下まで続いています。出入口を出ると城跡の南側斜面を眺めることができます。

井戸跡
井戸跡
義太夫前櫓跡
義太夫前櫓跡
二の丸
二の丸

戻り進むと井戸跡、義太夫前櫓跡、左側はグラウンドになっています。

着見櫓跡
着見櫓跡
着見櫓跡
着見櫓跡

北方向に若干戻る感じで臼杵護国神社の裏手に行くと着見櫓跡がありました。

土橋
土橋
土橋
土橋
空堀(北側)
空堀(北側)
空堀(南側)
空堀(南側)

グラウンドの先、二の丸の東側には土橋があって大きな空堀があります。空堀は南側と北側、作られた時代が違うそうです。土橋を渡ると本丸です。

■本丸・井戸丸

鉄門櫓跡
鉄門櫓跡
鉄門櫓跡
鉄門櫓跡

鉄門は本丸への入口で鉄門櫓跡があり桝形を形成しています。その南側に武具櫓跡。

卯寅稲荷神社
卯寅稲荷神社

東側に卯寅稲荷神社がありその参道坂道の鳥居を下りて行ったところに、もうひとつの現存建物である卯寅口門脇櫓があります。「うとら」ではなく、「うとの」と読むそうです。鉄砲薬櫓とも呼ばれ火薬庫としても使われていたようです。

井戸跡
井戸跡
井戸丸
井戸丸
卯寅口門脇櫓と卯寅口門櫓跡
卯寅口門脇櫓と卯寅口門櫓跡
本丸南側石垣と卯寅口(奥)
本丸南側石垣と卯寅口(奥)

さらに下りて行ったところは井戸丸で井戸跡があります。西側に卯寅口門櫓跡、その先奥に搦手口である卯寅口(写真奥の冠木門のところ)があり、かつては海に面していました。

亀首櫓跡
亀首櫓跡
海雲櫓跡
海雲櫓跡

本丸に続く階段を登ると本丸の東端部に出ます。東端右端部には亀首櫓跡、左端部に海雲櫓跡があります。

本丸
本丸
天守櫓跡
天守櫓跡
天守櫓跡
天守櫓跡

西方向へ戻り桜満開の本丸跡を歩いて天守櫓跡に着きました。

空堀(北側)
空堀(北側)
天守櫓石垣
天守櫓石垣

天守櫓跡は北側の空堀に面しています。

■腰曲輪

松明櫓跡
松明櫓跡
埋門前櫓跡
埋門前櫓跡
埋見門跡
埋見門跡

天守櫓跡の近くから空堀に下りてそのまま腰曲輪を東へ進むと松明櫓跡、埋門前櫓跡と埋見門跡と続きますが、埋見門跡は正直どこなのかよくわかりませんでした。

■帯曲輪

上ノ門跡
上ノ門跡
上ノ門跡
上ノ門跡

その先、上ノ門跡から畳櫓までは帯曲輪です。

中ノ門跡
中ノ門跡
二の丸居館北石垣
二の丸居館北石垣
今橋門櫓跡と今橋門脇櫓跡
今橋門櫓跡と今橋門脇櫓跡
今橋門脇櫓石垣
今橋門脇櫓石垣

帯曲輪を進んで行くと右側に下りる坂と分岐します。このあたりは中ノ門跡です。坂を下りたところが今橋口で、今橋門櫓跡、今橋門脇櫓跡があります。

海鹿櫓跡
海鹿櫓跡
海鹿櫓跡
海鹿櫓跡
時鐘櫓跡
時鐘櫓跡

帯曲輪に戻り進んで行くと弓道場がありますが、ここの北隅が海鹿櫓跡のようですがよくわかりません。弓道場を過ぎると時鐘櫓跡です。この先は大門櫓なのでこれで一周です。

畳櫓
畳櫓
海鹿櫓南側腰曲輪石垣
海鹿櫓南側腰曲輪石垣

城跡から出て、南側から見た畳櫓、古橋の北側の様子など確認して散策終了しました。

次は臼杵石仏に向かいます。14:02ごろ出発しました。

大分・宮崎城めぐりの旅 #3-2 佐伯城

佐伯市城下町観光交流館
佐伯市城下町観光交流館

延岡城に続いては佐伯城です。10:04ごろ佐伯市城下町観光交流館に到着しました。佐伯市歴史資料館が休館日のため、こちらでスタンプと御城印をゲットしました。

佐伯市歴史資料館駐車場
佐伯市歴史資料館駐車場

10:09ごろ、佐伯市歴史資料館の駐車場にとめて登城します。

■■ 佐伯城 ■■

佐伯城(さいきじょう)は、大分県佐伯市にある、標高144メートルの八幡山山頂一体に築かれた山城で、江戸時代には佐伯藩の藩庁が置かれました。国指定史跡、続日本100名城の194番です。初代藩主毛利高政により築城、1606年に完成しました。山麓の三の丸は三代藩主毛利高尚が開きました。

■三の丸

三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸櫓門
三の丸
三の丸
村上勇先生像
村上勇先生像

駐車場の西側高くなったところは三の丸です。三の丸にはかつて御殿がありました。三の丸櫓門は現存する唯一の建築物で、高尚の代に城の正門として建てられました。石畳の坂を登り門を抜けると工事中のただただ広い佐伯文化会館の跡地に銅像が建っているのみです。村上勇先生像で、日本の戦後復興のために尽力した自民党の政治家の銅像だそうです。

■登城路

御下櫓
御下櫓

登城口脇にある櫓は御下櫓と名付けられたトイレですが、ちゃんとお城してます。 登城口にある鳥居は、昭和初期天守台跡に建てられた毛利神社のものですが鳥居のみ残っています。

城山登山道案内図
城山登山道案内図
独歩碑の道
独歩碑の道
独歩碑の道
独歩碑の道

坂を登り切った場所から登城ルートが分かれます。ここからは独歩碑の道、翠明の道、登城の道のいずれかからです。なお、ルートには山の反対側からの若宮の道もあります。今回は一番緩やかで登りやすいという独歩碑の道から登ります。どのコースも20~30分とのこと。独歩碑の道だけが舗装されていて、あと2ルートは昔の細い山道です。独歩碑の道を登っていくと100メートルごとに頂上までの距離表示柱があります。

雛壇状石垣入口
雛壇状石垣入口
雛壇状石垣
雛壇状石垣
雛壇状石垣
雛壇状石垣

頂上まで200メートルを切った先の左に戻る感じで折れる場所に雛壇状石垣の案内板がありますが、ここまで独歩碑の道の開始地点から約14分ほどでした。まっすぐ進むと4段になった雛壇状石垣を下から見ることができます。

捨曲輪
捨曲輪

道に戻り少し先、頂上まで100メートル地点の左側に捨曲輪があります。特に案内等はなく眺望はいいですが上からの眺望の方がもっとよいです。少し上に本丸外曲輪の石垣が見え、あと少しです。

■本丸外曲輪

本丸外曲輪虎口
本丸外曲輪虎口
本丸外曲輪
本丸外曲輪
本丸外曲輪虎口と独歩碑
本丸外曲輪虎口と独歩碑
二重櫓跡
二重櫓跡

坂を登り切ると本丸外曲輪で、正面の立派な階段がついて高くなっているところが本丸です。虎口右側にある独歩碑は、明治時代に佐伯に英語教師として赴任した国木田独歩が、後に佐伯を舞台とした作品を多く残し、城山山頂を舞台としたものもあったことからここに建立されたものです。また釣りバカ日誌19のロケ地の表示があり佐伯市街地を望むことができ、そこには二重櫓跡があります。

雛壇状石垣
雛壇状石垣

独歩碑の左側に少し下がるところがあって先ほど下から見た雛壇状石垣を上から見ることができます。

■本丸

本丸
本丸
本丸からの本丸外曲輪
本丸からの本丸外曲輪
本丸
本丸
本丸 天守台跡
本丸 天守台跡

階段を登って本丸にあがると、地元のおじさんに「撮っちゃだめだよ、写っちゃうよ、昔裏が処刑場だったから」と言われ、ちょっと変なの写ったら怖いなぁと思いつつ、撮らないことはないわけで。まぁ、城跡に関してはどこも同じようなものですよね。一段高くなったところは天守台跡で三重の天守があったと伝わっています。ここには小さな祠が建っていますがのちの毛利神社の跡です。

二の丸
二の丸
北出丸
北出丸

本丸からは二の丸や北出丸を望むことができます。

本丸虎口
本丸虎口
本丸虎口
本丸虎口
廊下橋跡
廊下橋跡
廊下橋跡と本丸南側石垣
廊下橋跡と本丸南側石垣
廊下橋跡
廊下橋跡

本丸の南西隅に本丸虎口があります。本来本丸への入口はここのみで、東側の階段は毛利神社を作った際のもの。本丸虎口を出ると廊下橋跡、渡った先は二の丸ですが、先にこの橋をくぐって北出丸へ向かいます。

■北出丸、雄池・雌池

本丸外曲輪北側虎口
本丸外曲輪北側虎口
北出丸虎口
北出丸虎口
北出丸
北出丸
北出丸二重櫓跡
北出丸二重櫓跡

本丸外曲輪の北側の虎口から出ると北出丸です。入ってすぐに若宮の道への虎口があります。北出丸は南北に細長く伸びていて、北端にはかつて二重櫓が建てられていたそうです。

若宮の道
若宮の道
北出丸石垣
北出丸石垣
雌池
雌池
雄池
雄池
雄池からの雌池
雄池からの雌池

雄池・雌池は北出丸にある若宮の道へ続く虎口から結構下がったところにあります。上下二段構えの人口の池で上に雄池、下に雌池となっています。上から6分ほど雌池までかかりました。実は二の丸に行った際見るのを忘れていたことに気づき、一度戻って見学してから二の丸へ戻ったのでした。

本丸北側石垣
本丸北側石垣

本丸外曲輪に戻って本丸石垣沿いに進むと廊下橋跡の下に出て、二の丸へつながります。

■二の丸、西出丸

二の丸
二の丸
独歩文学碑
独歩文学碑
二の丸
二の丸
二の丸からの本丸
二の丸からの本丸

二の丸に入ると正面、二重櫓跡に独歩文学碑があります。二の丸の中央には屋形と呼ばれる建物がありました。

二の丸櫓門跡
二の丸櫓門跡
二の丸櫓門跡
二の丸櫓門跡

二の丸南端の虎口は櫓門跡でその先は西出丸です。

西出丸
西出丸
西出丸櫓台跡
西出丸櫓台跡
井戸跡?
井戸跡?
西出丸からの眺望
西出丸からの眺望
西出丸からの本丸
西出丸からの本丸

西出丸に入ってすぐ左側は虎口になっていて、翠明の道と登城の道につながっています。南西隅には櫓台跡があり、その近くには井戸跡のようなものがありましたが、これは城の遺構ではないそうです。

二の丸東側石垣
二の丸東側石垣
登城の道
登城の道
登城の道
登城の道

ひととおり散策を終え、昔からの登城ルートである登城の道で下りることにしました。11:56ごろ廊下橋跡から下城、かなり急な道ですが、まぁ山城ってこんなもんでしょうという感じで11分で降りてこれましたが、行きは独歩碑の道、帰りにこっちで正解でした。

さて次は今回の旅最後の城、臼杵城へ向かいます。12:22ごろ出発しました。