朝風呂はやめて6時半から朝食。レストランに行くとすでに親子連れが朝食をとっていた。お遍路さんという感じではないのに早い人は早いもんだなぁ。のんびりしたわけではないけど、宿を出発したのは7:40、今日は昨日行けなかった15番からである。15番へ向かうのになぜかナビでの設定を16番と間違えていたのに途中気づき少しロス。
■15番 薬王山 金色院 國分寺
15番國分寺は曹洞宗で本尊は薬師如来、開基は行基菩薩である。四国霊場にはその各県に国分寺があるため阿波国分寺ともいうそうだ。聖武天皇が勅令により全国に国分寺が創建され行基菩薩が薬師如来を彫造したとのこと。創建当初は法相宗、四国霊場開創時に真言宗、その後現在の曹洞宗になっている。
参拝時間の所要目安25分のところ30分かかり、8:50ごろ出発、次の16番へ向かう。16番は近く10分もかからずに到着。
■16番 光耀山 千手院 観音寺
16番観音寺は高野山真言宗で本尊は千手観世音菩薩である。
住宅地の中にひっそりとした感じで立っているので少し分かりにくいかもしれない。実際間違えて15番の前に16番に向かっていた時このすぐそばを通ったのだが、どこにあるのか分からなかった。順番を間違えると分からないものである。順番通りならクルマで回っても必ず案内標識が目立つところにあるのが四国霊場である。
前の道に面した山門は和様重層の鐘楼門になっていて、門の奥に見える本堂までの景色が小さい境内ながらも威厳を感じさせる。
さてこちらの出発は9:20前、当初計画より30分の遅れまで回復。ということは昨日の飛行機の遅れ分まで戻ったことになる。順調かもしれない。
■17番 瑠璃山 真福院 井戸寺
16番から17番までは10分もかからず到着。大きな駐車場もあり駐車場から見えるお堂も美しく立派な感じである。
17番井戸寺は真言宗善通寺派で開基は天武天皇。本尊は薬師瑠璃光如来を主尊とする七仏の薬師如来坐像で聖徳太子作と伝えられ、御影にも七仏が描かれている。境内には本堂、大師堂のほか、光明殿、日限大師堂、護摩堂などが立ち並び囲まれる感じが心地よい。日限大師は日を限って心願をかけると直ちにご利益をこうむるという。
参拝時間はほぼ計画25分の予定どおりで18番へ向けて9:55ごろ出発。18番からは離れた場所にあり50分ほどかかる見込みであったが、10:35に到着し遅れ20分まで回復。極めて順調である。
■18番 母養山 宝樹院 恩山寺
18番恩山寺は高野山真言宗で本尊は薬師如来、開基は行基菩薩である。このお寺の山門は来た道の下の方にある。少し小高い場所で参道ではまだ美しい桜を見ることができる。
この寺はもともと女人禁制で当時弘法大師の母が訪ねてきたが入れないとのことで大師が修業をして解禁したとのこと。色んな話が残っているものである。
18番出発は11:05ごろ、予定より20分遅れで19番に向かう。19番はここからそれほど離れておらず11:15に駐車場に到着し15分遅れにまた回復。因みに駐車場は有料。
■19番 橋池山 摩尼院 立江寺
19番立江寺は高野山真言宗で本尊は延命地蔵菩薩、開基は行基菩薩である。行基菩薩が光明皇后の安産を祈って小さな黄金延命地蔵尊を作って開基し、その後弘法大師が小さな像では後世に紛失の恐れありと大きな像を作って小さい像をその中に納めたそうである。
境内は広く本堂、大師堂のほか、観音堂、毘沙門堂、多宝塔、黒髪堂など多くのお堂が建っていて、本堂からの眺望は素晴らしく、思わず写真を撮りたくなるような構図となる。
今回の参拝で残すところ20番のみ。19番は11:40すぎに出発、ここから50分ほどかかる予定である。近づくにつれどんどん霧がかかっていき、なんとも厳かな雰囲気に変わっていった。予定通りの12:15着となり完全にスケジュールどおり。
■20番 霊鷲山 宝珠院 鶴林寺
20番鶴林寺は高野山真言宗で本尊は弘法大師作と伝えられる地蔵菩薩である。大師がこの山で修行中、雌雄二羽の白鶴がかわるがわる翼をひろげて老杉のこずえに舞い降り、小さな黄金のお地蔵さんを守っているのを見て、大師が近くにあった霊木で地蔵菩薩像を作りその中に黄金の地蔵さんを納めて本尊としたとのことである。
駐車場から参道を進むと仁王門、六角堂と続き、その先には苔生した美しい庭園があり、その先に大師堂や本堂のある一角にでる。薄明るい霧の中に佇むお堂はいかにも霊場という感じで修行というものも感じさせてくれた。クルマ遍路なので修行というのはすこし憚れるけど。しかも団体の参拝客の先導者(おそらく先達の人だろうか)がほら貝を吹いたりしてたので雰囲気バッチリだった。
御朱印をいただくとクルマかどうか尋ねられ、クルマの場合は300円必要だが、交通安全守護シールをいただける。こういうのはうれしい。
さて完全にスケジュールを回復していたので少しゆっくり見たつもりであったが、結局参拝目安時間も見積りがよく5分程度しか余計にかからなかった。次の徳島城はそれほど時間は必要ないと思っているので時間どおりだと正直余裕がありすぎるのである。予定13:00に対し13:05に出発となった。
■徳島城
さて今回の旅、最後に向かうのは日本100名城のひとつ徳島城である。所要予定時間は70分で14:10到着予定に対し14:30に公園内の東側駐車場に到着。途中時間をつぶすためコンビニ寄ったりしたのもあり、このくらいの遅れの方が都合がいい。駐車料金は310円で夜21時まで可。
徳島城は徳島市の中心部に位置する城山に築かれた山城と城山の周囲の平城からなる、連郭式の平山城である。城跡全体は徳島中央公園として整備されていて、石垣と堀、庭園のみが残り、鷲の門は幕府に鷲を飼うからと言って建造したことからその名がついたとされる復元された門である。
城山の貝塚は徳島市の史跡に指定されていて、縄文時代後期〜晩期の岩陰・洞窟遺跡である。子供平和記念塔は、世界の平和がいつまでも続くようにと願って、昭和23年に県子供民生委員の首唱でつくられたものだそうだが、そんなことより子供像は小便小僧でその下に二羽のハト像があり、おいおい、ハトに小便かけちゃだめだろと突っ込みたくなる。公園から石段を登っていくと東二の丸跡、その中に天守跡、さらに上ると広大な本丸跡に出る。本丸跡は61.7メールの標高で昨日登った眉山もよく見えた。本丸の東側に弓櫓跡、そこを少し降りると西二の丸跡、帳櫓跡とつづき、突き当たると西三ノ丸跡だが、そこは配水池として整備されてしまっている。本丸跡や下の公園にもまだまだ桜は咲き誇っており、訪れるタイミングとしてはちょうどよかったようだ。
さて日本100名城のスタンプは徳島城博物館受付にあるとのことだが、行ってみるとなんと今日は休館日。でスタンプはというと、なんと先ほど停めた東側駐車場の受付にあると。まぁどこにあっても押せるならよし。鷲の門から堀川と石垣を眺めながら駐車場へ向かう。徳島城の石垣は「阿波の青石」として有名な緑色片岩を用いた「緑色の石垣」として知られていてこの時期桜との景観がすばらしい。ということで無事にスタンプもゲットして時刻は15:50すぎと、まったくもってスケジュールどおりに見物を終え帰路につく。
今回の旅の友マーチくんを返却する前にガソリンを満タンにしなくてはならないってことで日産レンタカーには10分ほど遅れて到着したけど、もう飛行機の乗り方バッチリだから時間的余裕はありすぎるほど。マーチくんとともに走ったのは220キロ、ガソリンは10L弱だったから単純計算で22km/Lも走ってる計算。ふだんのエコドライブテクも活きてるって感じで素晴らしすぎるエコっぷり。そういえばトヨタ車乗りの自分が日産レンタカーにした理由は、トヨタのヴィッツと比較しても数百円こっちが安かったのと、空港送迎サービスがトヨタにはなかったこと。来たときは歩いてきたし空港すぐ近くなので帰りも歩いて行こうと思ってたら、マーチくんで送迎してくれた。確かに楽だし次来たときは空港内のカウンターで受け付けすれば迎えに来てくれてそのまま出発できる感じか。次もマーチくんにしよう。
ということで空港につくと帰りのJAL462便は羽田から飛んでくるのに10分遅れで出発は5分遅れの17:35となった以外は至って順調で東京駅19:52発の新幹線で帰ってこれた。やはり飛行機使った旅の効果はてきめんでほんと思い切ってよかったと思う。タッチアンドゴーなんていうめったにできない経験も出来たしね。
費用的には飛行機・レンタカー・宿泊のパックで32800円以外では札所1箇所につき、約1000円かかる。納経料が納経帳で300円、納経軸で500円、お賽銭がまぁその時次第だけど本堂・大師堂で200円。今回10箇所なので約10000円もかかるのである。でも次回の徳島は21番から23番までとなりそうなので今回よりは安くいけるかも。はやく行きたい。よしやっぱり5月に行こう。