今日は瀧宮神社へお参りに行ってきました。ここの隣にあった幼稚園へ行っていたこともあり幼少のころはよくお参りしていたものですが、もう何十年ぶり。
御朱印もいただきました。
2泊3日の鳥取・島根城めぐりの旅最終目。今日は出雲大社、松江城、米子城、水木しげるロードをめぐる予定です。
なるべく早く動きたいので無料の朝食はパス、6:25ごろホテルを出て出雲大社参拝者大駐車場には8:05ごろに到着しました。本当はゆっくりお参りと行きたいところですが、なるべく早めに動きました。
勢溜の鳥居から有名な下り坂の参道を進み、松の参道の鳥居をくぐり、銅の鳥居の前にくると、右側には大国主大神と幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)のムスビの神が一体となった姿を表したムスビの御神像、左側に因幡の白兎の神話に基づく大国主命と白兎の像、御慈愛の御神像があります。
銅の鳥居をくぐると正面に拝殿があり、巨大なしめ縄を見てこれがテレビとかで見たやつかぁと感慨にふけりました。


拝殿の奥に八足門と中には国宝の御本殿。出雲大社の作法である二礼四拍手一礼でお参りしてから御朱印帳と御朱印をいただきました。
御本殿の周囲を一周しながら彰古館、素鵞社を見た後、神楽殿の方に行ってみると、なんとテレビでよく見る巨大なしめ縄はこちらでした!拝殿のしめ縄よりはるかに巨大です。予定していなかったのになんとなくこちらに来たのは正解でした。神馬神牛像を見て約一時間ではありましたがちゃんと参拝できました。
次の松江城へ向かいました。
2泊3日の鳥取・島根城めぐりの旅2日目。今日は、津和野城、月山富田城をめぐる予定です。
宿で朝食を取った後は、津和野城跡観光リフトが動き出す9時まで時間があるので、チェックアウト前に、津和野城の山麓遺構を散策する予定です。
そういえばすごく驚いたことが。夕食時に会話した夫婦のクルマが、ナンバー見たらなんと今年の3月に行った広島・山口城めぐりの旅で借りたレンタカーだった!こんな偶然あるんですね。夫婦に話したらびっくりして喜んでました。
津和野城は、島根県津和野町のにある標高367メートルの霊亀山に吉見頼行・頼直によって築かれた山城です。比高は約200m。国指定史跡で、日本100名城の66番です。
津和野城の山麓遺構は宿から徒歩5分ほどのところにありました。藩主亀井氏の藩邸跡(嘉楽園)で、馬場先櫓、物見櫓は現存遺構です。
物見櫓から少し南へ行ったところに大手登山口、そこから伸びる大手道。大手道を少しあがったところでは石垣を見ることができました。


チェックアウトの後は、最初に太皷谷稲成神社へ。かなり大きな立派な神社で、そう言えば昨晩暗くなってからも太鼓の響きが聞こえていました。ここでは御城印(500円)、御朱印をいただきました。

続いていよいよ津和野城です。津和野城跡観光リフトは太皷谷稲成神社のすぐ近く。リフト乗り場にスタンプがあります。リフトの料金は往復700円です。比高200mの山城を登るのはかなりきついのでこれは正直とてもうれしいです。
リフトを下りると登城路が整備されています。少し登った左側に堀切跡があります。
登城路をさらに進んでいくと左側に出丸、まっすぐは本丸へ続きます。出丸の虎口を入って西側(右側)に平櫓跡、二重櫓跡、東側(左側)に土塀の控柱跡、土手と土塀跡を見ることができます。
虎口を出て石垣を左側に伝って回ると出丸石垣が見られますが、少し危ないので慎重に。
登城路に戻ります。しばらく進むと前方向に左右に分岐していて、右側が旧登城路とあったのでそちらに進みましたが、新しい方が歩きやすいだけで、旧登城路に特別何かがあるわけではありませんでした。
新旧登城路の合流後、すぐ先にあずまやのある曲輪にでます。大手道もここで合流します。あずまやの東側の坂道を登ると東門跡へつながるようですが通行止めで、本丸方面へは西側に作られた足場の仮歩道を進みます。
仮歩道に入る直前右下へ降りると万代の池があります。
仮歩道は三の丸の西側部分まで続いていますが、途中、三十間台石垣や三段櫓跡石垣、三の丸石垣などが見られます。
仮歩道を登り切ったところは三の丸の西側部分で、台所跡、エビ櫓跡、馬立跡、三段櫓跡があります。三段櫓跡は現時点下からは見ることができないので、上段から見降ろす感じです。
馬立跡の東側には天守台があり、向かって左側に下りると三段櫓跡の下側や東門へつづくのですが立ち入り禁止です。向かって右側すぐに西櫓門跡があります。天守台を左に見ながら三の丸の南側部分へ向かいます。
三の丸の南側部分に出ると、左側に人質櫓台高石垣がそびえています。三の丸南端には、南櫓門跡があります。
三の丸の次は本丸へ。三の丸から坂を登り、天守台にあがると三の丸の西側や東門跡など見降ろせます。天守台は城の最高所である三十間台の西側一段低い場所にあるとても珍しい構成になっています。
三十間台へは天守台東側から上ります。三十間台は津和野城の最高所、ここからの眺めは最高です。
三十間台北側の虎口から一段下りると太鼓丸(二の丸)です。太鼓丸の南西隅から二の丸、天守台を経由して下城。大体2時間弱の散策でした。
次は月山富田城に向かいました。
今日は日帰りで足柄城と河村城へ散策に行ってきました。5:50ごろ出発、最初の目的地の道の駅ふじおやまに向かいます。
途中この機会に通っておきたいと思っていた大滝トンネルを経由するルートにしました。この機会にという理由ですが、国道140号での落石による通行止めが長期間になるため、建設中の大滝トンネルを暫定的に通れるようにしているから(一般国道140号通行止めによる大滝トンネルの暫定供用について)。まだ貫通したばかりで砂利道のため15km/h以下での通行とされていますが、実際の砂利道は押し固められていて結構スムーズに走れました。
9:40ごろ道の駅ふじおやまに到着しました。ここにある小山町観光案内所で足柄城の御城印を入手しましたが、御城印は15日から発売直後だったためか、案内所職員の方にどうやって知ったのか聞かれました。足柄城の縄張り図をいただけ現地でとても役に立ちました。
足柄城は静岡県駿東郡小山町の、神奈川県南足柄市の境の足柄峠にある山城で、一の郭から五の郭の曲輪が並列する連格式の縄張りになっています。
10:20ごろ足柄城址駐車場に到着。いただいた縄張り図を見ながら散策開始。
駐車場近くの登城口からだと、階段を登ったところは一の郭(本丸)です。東側には足柄明神姫玉手姫から名付けられた玉手ヶ池があります。底知らずの池または雨乞いの池と呼ばれ、底は小田原に通じている、池の水をかきまわし雨乞いをすれば必ず雨が降ったと言われます。本丸井戸とも言われます。一の郭は芝生で整備されていて、石碑の立つ西側隅には櫓があったと考えられています。石碑は生田蝶介の歌碑で「全貌を 裾野まで見せてあますなし 不二は悠然と 天ささげ立つ」。隣の石碑は「足柄公園」碑でした。一の郭北西隅に遊歩道入口。二の郭に続きます。
二の郭は一の郭と堀切で区切られ、一の郭の北西側にある細長い曲輪です。入って左側の視界は開けていて、天気がよければ富士山も見えるのですが、今日は残念でした。二の郭を縦断して三の郭に続きます。
三の郭は二の郭と深い堀切で区切られ、二の郭の北側にあります。一瞬こじんまりしてるなと思いましたが少し下りながら奥へのびていました。三の郭の中間くらいにある遊歩道の案内に従って、四の郭に続きます。
堀底?の遊歩道を進み、一段上がったところは四の郭、三の郭の北側にあります。林部分には井戸跡があり、林の外側は草は刈られていますが時期によっては藪かも。遊歩道を進み、五の郭に続きます。
五の郭は四の郭と幅広の大きな堀切で区切られ、四の郭の北側にあります。遊歩道以外は完全に藪化していました。五の郭の先へも遊歩道は続いていますが、城外側との大きな堀底へ続いているようなので、Uターンします。
二の郭に戻り、北東側にあった道を少し下りると蔵屋敷跡があります。
一の郭に戻りました。東端から阿豆未波夜橋を渡り山の神郭へ。曲輪の一角には山の神祠が祀られています。
曲輪を縦断して階段を下りると足柄の関跡に出ました。足柄の関は東海道足柄坂に出没する強盗団を取締まるために設置されたものです。クマに跨った金太郎像のある足柄山聖天堂を右手に見ながら駐車場まで戻り散策終了です。
11:55ごろ、次は河村城へ向かいます。
昨日は万博のみ、お城めぐりは今日から明日まで。今日は赤穂城、洲本城を訪ね、鳴門に宿泊予定です。
宿の目の前が日産レンタカーで8時から営業のため、それまでに朝食を済ませて開店時間に受付しました。日産レンタカーは事前オンライン手続きができるため、必要最低限の受付のみで出発できました。明日までの相棒はノートです。
オーラ乗りなので取り扱いはオーラとほぼ同じ。純正カーナビでプロパイロットもついてて、座席位置調整したら違うのはメーターくらいで、まるで愛車と同じ感覚、これからは多少高くても日産レンタカー一択かな。乗り出しは12,540km。オーラよりうるさいはずなんですが、正直それほど違いは分からず静かです。
高速使って8:48、赤穂城跡公園東駐車場に到着しました。
赤穂城は兵庫県赤穂市にある日本100名城の60番、国指定史跡です。常陸国笠間から入封した浅野長直が建てたお城で、当時は海に面していたので海岸平城とされています。
米蔵跡である赤穂市立歴史博物館(9時開館)でスタンプをゲットし、散策開始です。
博物館脇の橋は二之丸外堀と三之丸外堀に架かっており、左の二之丸外堀側には二之丸東北隅櫓台、右の三之丸外堀側奥には三之丸東隅櫓台、橋を渡ったところに清水門跡があり、そこから三之丸です。清水門は大石内蔵助が赤穂城明け渡しの際、城と惜別した舞台として知られるそうです。
少し先左側は武家屋敷公園で浅野時代には坂田式右衛門の屋敷がありました。右側には大石内蔵助の親戚、奥野将監定良屋敷跡があります。
道を突当り右折すると左手に大石良雄宅跡長屋門、右手にある近藤源八宅跡長屋門は、赤穂城の設計を担当した近藤三郎左衛門正純の子、近藤源八正憲の屋敷の長屋門です。
その先は大手門枡形で裏手の武者溜りから大手門へ。番所跡は休憩所になっています。大手門を出ると三之丸外堀に架かる太鼓橋です。大手隅櫓は大手門の北にある二重櫓で、大手門や土塀とともに再建されたものです。
大手門前にある巴屋さんで御城印(400円)ゲット。
来た道を戻って大石神社へ向かいます。
大石神社は大石内蔵助良雄以下赤穂義士を祀った神社です。
神社内の敷地に大石良雄宅跡がありますが、入れるのかどうかよくわかりませんでした(聞いてもいませんが)。境内には大石内蔵助良雄銅像。しっかりお参りして御朱印(500円)をいただきました。
大石神社の参道を突き当たると正面は広大な三之丸の敷地と奥に二之丸石垣。右方面に行くと塩屋門跡がありますが、あとでクルマで行くことにして左方面に進みます。
左側に片岡源五右衛門宅跡。右側に二之丸外堀と北隅櫓台跡、その先に二之丸門跡があります。
二之丸門跡の先は二之丸です。入ってすぐ左側奥に山鹿素行銅像があります。二之丸枡形虎口付近は山鹿素行が設計変更したそうです。
右側には土塀と大石頼母助屋敷門があります。大石頼母助屋敷門を入ったところは大石頼母助屋敷跡でその一角に山鹿素行謫居地跡があります。
二之丸庭園は大石頼母助屋敷南面から二之丸西仕切までに至る大きな庭園です。庭園南東隅角には二之丸庭園表門、西側に西中門、二之丸を南北に二分する城壁の西仕切には西仕切門があります。
西仕切門を出ると二之丸南西部の元禄桜苑、復元された池泉や元禄期の桜が植えられています。
南の方へ進んでいくと南沖櫓台があり、上ってみました。ここは昔は海に面していたそうです。
その先左側に米蔵跡があり休憩所になっています。
米蔵跡の向かいには水手門跡があります。水手門は二ノ丸南端に海または干潟に面した門で船付場もありました。
戻り北方向へ進むと、本丸外堀と石垣、南横矢枡形が見えます。本丸外堀に沿って進むと、刎橋門跡で本丸へ開閉式の刎橋が架けられていたそうです。
潮見櫓台を飛ばしていることに気づき、南へ少し戻りました。潮見櫓も南沖櫓同様、海に面していました。
北上していくと二之丸東仕切・仕切門跡があります。天守台東側の堀に接して東仕切の石垣と門があったそうですが、西仕切と違って埋没しています。
さらに進むと左側に東横矢枡形、その奥に厩口門、右側には二之丸東櫓台があり上ってみると船入跡が見えました。
厩口門から本丸に入ります。右手に東北隅櫓台があり、本丸にあった唯一の隅櫓です。
左手に天守台。天守台脇から本丸を時計回りに一周しました。
本丸庭園は本丸に造られた池泉を中心とした庭園です。刎橋門跡、西横矢枡形、くつろぎ池泉とつづき、本丸門(櫓門)まで来て本丸御殿跡を通って天守台に向かいます。
天守台には天守は築かれませんでした。天守台からは本丸を一望でき、とても眺めがよいです。
本丸門から抜けて駐車場へもどります。
クルマに乗って三之丸の他の遺構を見に行きました。三之丸北西横矢枡形と外堀跡、搦手となる塩屋門跡、三之丸西隅櫓台とめぐりました。
最後に干潟門跡や三之丸西南隅櫓台も行こうとしましたが道が分からず断念です。
現存建物はないものの、城址としてよく整備されていて見ごたえがあり、さすが100名城だなと思います。次は洲本城へ向かいます。
芥川山城は高槻市の三好山にある続日本100名城の159番、国指定史跡です。山裾の三方は芥川が流れる摂津峡の深い峡谷の天然の要害です。芥川山城への主な登城ルートは、上の口ルート、塚脇ルート、大手筋ルートがありますが、今回は上の口ルートで計画、11:30ごろ、芥川漁業協同組合上の口駐車場に着きました。芥川漁業協同組合で駐車料金を支払いにいったものの誰もいないため、帰りに払えばいっかと停めさせてもらいました。
駐車場から100m足らずで芥川山城跡上の口側入口です。ここから道なりに進みます。
アクセスマップにある「滑落注意!」と書かれた場所はどんな斜面で危険なのだろうと不安でしたが、行ってみると芥川沿いの絶壁で確かに危険ですが、山城ではこのような場所は当たり前の感じでした。
ここを過ぎればそれほどきつくない普通の山登りです。11:50ごろ塚脇ルートとの合流地点の城入口につきました。
城跡案内図に番号が振られた曲輪をめぐります。城入口から東曲輪群に入り、最初に右側に曲輪25があります。
曲輪25の西側一段高いところに曲輪23。
曲輪23とその西側にある曲輪22の間に一段高くなった場所があるましたが、これはどちらに属するのでしょう。
曲輪22と23の北側に曲輪24があります。
曲輪22の南側虎口から登城道へ出ると左側に竪土塁が斜面に沿って伸びていました。
登城道を西へ進むと土橋と堀切I 、この先は中央曲輪群になります。
土橋の先は切通しになっていて中央曲輪群に入ります。右側に曲輪20、その向かいあたりに曲輪17・16へ続くと思われる道がありましたが柵があり通行できませんでした。後で柵に扉があることを知りました、残念。
さらに西に進むと南から上ってくる大手道と合流します。大手道を下りていくと大手石垣がありますが、これはのちほど見るとして西へ進みます。
虎口ウを過ぎると西曲輪群に入ります。道なりに左に折れると左側に曲輪10、その先すこし登ると曲輪11です。曲輪11からの眺望は素晴らしく、先ほど訪れた飯盛山や生駒山、大阪平野を見渡せます。
その先は分岐になっていますが、主郭めざし右側の道を登っていきます。
登りきると右側に曲輪9、左側に曲輪3、その先道なりに登ると虎口アを通って主郭(曲輪1)に到着です。三好長慶社がありました。主郭の南側一段下がったところは曲輪2です。
主郭の北端へ行ってみました。北東方向下側に曲輪6、北西方向下側に曲輪4が見えました。曲輪4~8は行けるのかもわからず。たぶん行けない感じでした。
曲輪11の分岐に戻って直進し、堀切Cを見て戻りました。本当は田ノ丸と勘違いしてしまい、戻ってしまったのでした。
大手道分岐で大手道を下りて大手石垣を見て今日はここまでかなということで、もと来た道を戻ります。
曲輪21を見れないかなと曲輪20の手前で、登城道北側一段下の曲輪に下りてみると北側に確認できました。
城入口までもどり、最後曲輪26と27を見ようと塚脇ルートをすこし進んで曲輪26と思っていた曲輪はどうやらそうではなかったようです。あとから案内図と照らし合わせてもそもそもそこへ続く道へ行けない、入れない感じ、どちらも行けないようですね。最初の城入口の写真中央奥に見えるのが曲輪26のような気がします。今回は自分のチョンボもあったりで見ようと思って見られなかったところが多かった気がします。もう少し現地の案内板とかあればいいですね。
下城し上の口駐車場について芥川漁業協同組合で駐車料金支払いに行ってみたところ今度は人がいたのでちゃんと1000円後払いしました。
13:40ごろ、上の口駐車場をでて高槻市立しろあと歴史館に14:10すぎに到着しました。高槻市立しろあと歴史館では、芥川山城のスタンプと御城印、高槻城の御城印をゲット。こちらはおもに高槻城に関する展示になっていて、高槻城のことを係員の方が説明してくれました。高槻城の遺構はほとんどないとのことでしたが、高槻城三の丸北郭に位置する野見神社内の摂社、永井神社の社殿と唐門が遺構だとお聞きしたので見てきました。あいにく社殿は修理中のようでした。
15:50すぎにレンタカーを返却し、新大阪から新幹線で今日の宿、姫路駅前ユニバーサルホテル南口のある姫路へ向かいました。
今日は栃木県鹿沼市にある古峯神社へお参りに行ってきました。「天狗の社」とも呼ばれ、たくさんの天狗が祭神の使いとして災厄を祓う(はらう)とされ祀られており、天狗が描かれた御朱印が有名です。
本殿に入ってお参りし、御朱印をいただくことに。御朱印は書置きのものと御朱印帳直書きがありますが、書置きのものは30種類から選べます。一方御朱印帳の場合は図柄お任せで40分程度時間が必要。もちろん御朱印帳へ書いていただきました。
待っている間に本殿の中を見学させていただきました。いたるところに天狗が祀られていました。
そしていただいた御朱印がこちら。
烏天狗の御朱印でした。お任せではありますが、他の人がすでにある図柄とは重ならないように依頼していたので、その程度のお願いはできるようです。
確かに違う図柄求めてまたお参りしたくなりますね。
今日は筑波山神社へお参りに行ってきました。筑波山神社はその名のとおり筑波山を御神体として仰ぐ古社で、境内は中腹の拝殿から山頂へ至ります。筑波山は男体山と女体山の2つの峰を持ち、それぞれにお社があります。筑波山神社では、筑波山神社、筑波山男体山御本殿、筑波山女体山御本殿の御朱印がいただけます。近くの有料駐車場へクルマを停めました。
まずは筑波山ケーブルカーで山頂目指しました。
男体山御本殿と女体山御本殿の御朱印は登ってお参りした場合とそうでない場合で、「登拝」と「遥拝」の印が異なるため、ちゃんとお参りして「登拝」をいただきたかったのですが。。。思いのほか積雪が多く、とてもじゃないけれどスニーカーでは危険すぎということで筑波山頂駅周辺から「遥拝」するしかありませんでした。残念。
ただ、好天にも恵まれ、展望台からの景色は素晴らしくここまで来た甲斐は十分ありました。
ケーブルカーで降りてきて筑波山神社でお参りして、御朱印3ついただきました。
次は男体山御本殿、女体山御本殿もお参りしたいと思います。
今年に入ってから神社お参りがちょっとしたマイブームですが、秩父三社(三峯神社・秩父神社・寶登山神社)のうち、三峯神社だけは雪や道路凍結の不安が高いため今年はまだお参りしていませんでした。
三峯神社の前にある大島屋さんというお店のXで同日の路面状況をポストしてくれているのを発見、今日はスタッドレス不要とのことなのでお参りに行ってきました。
市営三峰山駐車場(520円)から神社の方へ登っていくと、三ツ鳥居が現れます。形が珍しい鳥居です。
進むと左側下ったところに随神門が見えました。下っているので、どっちが正面?と思いましたが、下る方向が正面でした。右方向からの表参道からこの門を通るのが古来の正参道だそう。
正参道を進むと青銅鳥居、その奥に拝殿が見えてきます。
拝殿はとても鮮やかな彩色で、すごくきれい。お参りをしてから目にとまったのは「龍」の立て看板。
その下にあったのは敷石に浮かび上がった龍でした。今年と同じ辰年の平成24年に現れたそうです。なんともいいタイミングでの参拝となりました。
境内を散策後、書置きの御朱印をいただきました。
御朱印をいただいた後は奥宮遥拝殿へ。
奥宮遥拝殿からは妙法ケ岳山頂にある奥宮を遥拝できます。
奥宮遥拝殿からの眺望は素晴らしいです。境内にこんな場所があったのかと少し驚きました。
ということで次に向かうは聖神社です。
実は先週お参りしようと思ってたら雨だったので今日お参りしました。
聖神社は、「銭神様」と呼ばれ、「和同開珎」鋳造の契機となった神社で金運の大パワースポットとしてすごく有名なのです。
拝殿脇には和同開珎のモニュメントが!いかにも金運授かれそうです。
書置きの御朱印をいただきました。それと金運お守りも。このお守り片手に宝くじ買うぞーという計画です。
近くの和銅遺跡にも行ってきました。
和銅遺跡は、銅の採掘露天掘跡を中心とする遺跡で、日本通貨発祥の地と掲げられた聖神社にあったものよりはるかに大きな高さ5メートルのモニュメントがあります。
地殻変動によって断層面に露出した自然銅が発見され採集されたのが和銅採掘露天掘跡です。
ということで、バレンタインジャンボ当てたいなぁ。
Yahooニュースでたまたま見つけた記事、
「埼玉で話題の“前玉神社”口コミで大人気に 大勢訪れる参拝客、お目当ては“猫” きょう2月22日は「猫の日」、注目の限定“御朱印”スタート 人々が混雑しないように、うれしい対応も」
を見てこれは必ずお参りしなくてはと今日お参りしてきたのが、行田にある前玉神社(さきたまじんじゃ)。同神社の猫をあしらった特別限定御朱印の授与いただけるというのです。毎月22日に1匹ずつ月替わりで御朱印に登場するところ、2月22日には全部登場する特別限定御朱印です。
同じ境内にある浅間神社も御朱印があるとのことです。
書置きで、日付も22日に統一されていますが、なんともかわいい御朱印です。