1泊2日で伊豆の長浜城、狩野城、韮山城をめぐる旅です。今日は長浜城へ。7時過ぎに出発し高速使わずに長浜城の御城印が買えるJAふじ伊豆 OH!MOS(オーモス)さんに着いたのは13:10すぎでした。御城印とみかんを購入しました。
■ 長浜城 ■
長浜城は沼津市の内浦地区にあった城で現在まで戦国時代の海賊城の遺構を多く残しています。国の史跡に指定されています。OH!MOSさんの目の前は長浜城の田久留輪の一部でガイダンス広場になっており、安宅船原寸大模型が展示されています。発掘調査で見つかった石積みのレプリカなども整備されています。
すぐ近くの長浜城跡見学者駐車場へ移動し登城します。駐車場周辺には長浜城に関する説明や案内板が設置されています。
登城路は整備されていて階段をずっと登っていくと直進は弁天社、左は第四曲輪へ続く堀切Ⅳとの分岐にでます。堀切Ⅳを進むと左側に第四曲輪があります。この位置から尾根伝いに登ってこようとする敵をここで撃退する役目を担っていたと考えられています。
堀切Ⅳ右側の階段を進むと第二曲輪と第三曲輪の間の堀切Ⅲに出ます。ここには当初跳ね橋がありその後虎口に改造して門が建てられたそうです。今来た道は昔の道ではないような気がしたので、一旦堀切Ⅳの分岐に戻って弁天社へ続く階段を登っていきました。
登り切ったところに長浜城弁財天社が建っている第三曲輪に来ました。南側から南東側に土塁があります。弁天社が建っている部分は削り取られて低くなっていますが、本来は南側の高くなっている部分の高さだそうです。
弁天社の脇を進むと先ほどの堀切Ⅲに出て、そのまま直進すると第二曲輪へ。第二曲輪は城跡で一番広い曲輪で、南側と西側に土塁が築かれています。
掘立柱の建物が建っていたと考えられ、最大の大きさの第1号建物とそれに直文する第6号建物の柱が復元表示されています。北東隅の第一曲輪との境に、半地下式構造の掘立柱建物跡が確認され、当時の状況を推定し再現した櫓が建っています。海側の見張りと第一曲輪と第二曲輪をつなぐ登り口を兼ねた櫓と推定されています。西側北端にある堀は断面形が逆台形をしている箱堀で、下の竪堀とは分断されています。櫓と組み合わせて第一曲輪を守るためのものだったようです。
櫓に登り第一曲輪へ。第一曲輪は城内の最高地点にあります。西側から北側にかけて、土塁がL字状に設けられています。東側に2つの柱穴、南側から西側にかけてL字状に延びる柱穴列が発見され、門と塀があったと推定されています。北端からは内浦湾と遠く沼津市街と富士山を眺めることができます。
続いて第一曲輪の海に向かって北東へ伸びる尾根上にある曲輪に進みます。櫓の半地下部分から整備された散策路は曲輪Aに続いています。第一曲輪に近い方からAからDの便宜上の名称がついていて、腰曲輪と呼ばれます。
曲輪Cまでは上からもよく見えていますが、曲輪Dは木に覆われてよく見えず曲輪Cから急な道を下りたところになります。曲輪Dの先は岩礁になっていて下りることもできます。
最後に上から安宅船原寸大模型を見下ろせる曲輪K方面へ。曲輪Aの西側からつづく道を進むと曲輪Jがありますが、これを曲輪というのかと思うほどよくわかりません。その先少し進むと曲輪Kに出ます。下方に安宅船原寸大模型、テレビでも見たことのある光景でした。曲輪Kの先はまだ道が続き、行き止まりには第二曲輪にあった堀に位置を合わせて作られた竪堀があります。
最後に櫓から曲輪Aに続く散策路の下側、曲輪Iに行ってみました。案内図によれば曲輪の遺構は他にもありますが行けないのでこれで散策終了です。
15:15ごろ今日の宿へ向けて出発、宿に着いたのは16:10ごろでした。今日の宿は伊藤園ホテル土肥さんです。部屋はオーシャンビューの和室で、海に沈む太陽を見ることができました。