お遍路さんの旅-第4回 高知2回目#2

朝7:00から無料朝食なので、6:50に起床。サラダ、トースト、ゆで卵、コーヒー、デザートが食べ放題(ゆで卵だけは一人一個まで)はとても満足。いや、ホテルファースト、いい宿だった。高知駅周辺に泊まるなら次回もここかな。

30番に向け7:25に出発。予定では7:40出発だからかなりの余裕がある感じ。

■30番 百々山 東明院 善楽寺

善楽寺 御朱印善楽寺 御影善楽寺 記念御影善楽寺 本堂善楽寺 大師堂善楽寺 梅見地蔵

善楽寺は真言宗豊山派、本尊は

阿弥陀如来である。7:50に到着。弘法大師が土佐の総鎮守高鴨神社の別当寺として善楽寺を開創され霊場と定めたが、神仏分離で廃寺となり安楽寺が公許を経て三十番札所となったのち善楽寺は復興され、三十番札所が2つとなり2寺間で論争となったという複雑な歴史が。平成6年に善楽寺を三十番札所、安楽寺を善楽寺の奥の院とすることで決着したとのこと。

参拝していると境内を掃除していた女性が「昨日は雨で大変だったでしょ」と話しかけてくれた。確かにホント今回は雨で結構大変。今日は雨は大丈夫なんだろうか。

それほど広い境内ではないのに、予定8:20に対して8:17出発。参拝目安20分としたのは今回は厳しいか。そうそう、思い出した、20分でお参りできるのは広くない境内のお寺で、写真も本堂と大師堂くらいにとどめる場合だったなぁ。このお寺で27分かかってるのはそれ以外にも写真とか撮ってるから。ちょっと計画甘すぎかも。余裕は3分に。

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■31番 五台山 金色院 竹林寺

竹林寺 御朱印竹林寺 御影竹林寺 記念御影竹林寺 本堂竹林寺 大師堂竹林寺 五重塔

竹林寺は真言宗智山派、本尊は文殊菩薩である。

8:52着と予定より7分遅れに。竹林寺駐車場の看板につられて進んで行ってしまうと境内からかなり遠いところに出てしまう。ほんとにここでいいのかと思って戻り、境内が近い駐車場に止めなおし。

日本三文殊の一つに数えられ、四国八十八ヶ所のうち本尊が文殊菩薩なのはここだけ。唐の五台山で文殊菩薩に拝する夢を見た聖武天皇が行基菩薩に五台山に似た山を捜すように命じたところ、この地が霊地であると感得し栴檀の木に文殊菩薩像を刻み、山上に堂宇を建立して安置したと言われる。その後、弘法大師が修行し堂塔を修復したと伝えられている。

本堂は国の重要文化財。宝物館には17の仏像がありすべて国の重要文化財とのことだが宝物館は見学せず。庭園は国の名勝に指定され、仁王門から参道を進むだけで落ち着いた美しい景観を味わえる。また、五重塔は高知県内でただひとつだそうだ。

ただでさえ遅れだしているのに参拝目安25分のところ6分オーバーで9:23出発し32番へ向かう。13分の遅れ。

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■32番 八葉山 求聞持院 禅師峰寺

雪蹊寺 御朱印禅師峰寺 御影禅師峰寺 仁王門禅師峰寺 本堂禅師峰寺 大師堂

禅師峰寺は真言宗豊山派、本尊は十一面観世音菩薩である。9:38到着はきっかり13分遅れのまま。聖武天皇の勅命を受けた行基菩薩が土佐沖を航行する船舶の安全を願って堂宇を建てたのが起源とされる。奇岩霊石が立ち並ぶ境内を訪れた弘法大師はここを霊地と感得し虚空蔵求聞持法の護摩を修法、十一面観世音菩薩を刻んで本尊として祀ったという。確かに境内は変わった形の黒い岩々が多くあって他とは違う雰囲気を醸し出している。また境内からは海が望めて見晴らしがよい。

残念だったのは開創1200執念記念御影が完売とのこと。まぁそういうお寺も今後はもっと出てくるはず。となると次あったらどうする?悩みどころである。

12分遅れの10:12に33番へ向けて出発。

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■33番 高福山 雪蹊寺

shikoku88_rs33雪蹊寺 御影雪蹊寺 記念御影雪蹊寺 石柱門雪蹊寺 本堂雪蹊寺 大師堂

雪蹊寺は臨済宗妙心寺派、本尊は薬師如来である。10:31に到着と11分遅れ。四国八十八ヶ所霊場のうち2つしかない臨済宗妙心寺派の寺院である。弘法大師によって開創されたころは真言宗で高福寺と言い、その後慶運寺と改められた。いったん廃寺になった後、寺を再興した土佐領主・長宗我部元親公の宗派であった臨済宗から月峰和尚を開山として住職に招き、元親の法号から寺名を雪蹊寺と改められたとのことである。

目安20分とした参拝時間が仇となり20分遅れの11:00に34番へ向けて出発。遅れは拡大傾向だが、今日の観光が2ヶ所計2時間半あるので、焦らない焦らない

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■34番 本尾山 朱雀院 種間寺

種間寺 御朱印種間寺 御影種間寺 記念御影種間寺 本堂種間寺 大師堂種間寺 子育観音

種間寺は真言宗豊山派、本尊は薬師如来である。17分遅れの11:12到着。用明天皇在位の頃、四天王寺を建立するため来日した百済の仏師が帰国の際、暴風に襲われてこの地に近い秋山の港に漂着し、航海の安全を祈願して薬師如来を刻み本尾山頂に祀ったのが起源と言われている。その後、弘法大師が堂宇を建立しその薬師如来を本尊として安置して開基し、その際に唐から持ち帰った五穀の種を境内に蒔いたことから種間寺となったそうである。本尊は国の重要文化財に指定されている。

弧を描いた境内が特徴的であった。

20分遅れの11:35に35番へ向け出発。

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■35番 醫王山 鏡池院 清滝寺

清滝寺 御朱印清滝寺 御影清滝寺 記念御影清滝寺 本堂清滝寺 大師堂清滝寺 厄除薬師如来

清滝寺は真言宗豊山派、本尊は厄除薬師如来である。すこし挽回し、13分遅れの11:58に到着。お寺への道はとても狭く、対向車が来ないことを祈らずにいられないほど。今日が月曜日でよかったと思う。クルマは境内の中に駐車するようになっている。

行基菩薩がこの地で霊気を感得して薬師如来像を刻み、本尊として影山密院・繹木寺と名づけて開山したと伝えられ、のちに弘法大師がここを訪ね本堂から300mほど上の岩上に壇を築き、五穀豊穣を祈願して七日間の修法をし、満願の日に金剛杖で壇を突くと、岩上から清水が湧き出て鏡のような池になったことから山号や院号、寺名を現在のように改めたと言う。本尊は国の重要文化財に指定されている。

かなりの山の上なので境内は静かで荘厳な雰囲気が漂う。本堂前の厄除薬師如来像では、その台座の中で88段の戒壇巡りができるようになっていて、頭を下げながら入ったつもりだがそれでもゴツンとやった。巡拝中にこういうことがあると、何か悪いことをしているのか、足りないものがあるのかなど、妙に考えてしまう。どんどん暗くなっていき、そのうち全くの暗闇になる中を足元の感覚だけを頼りに進むような形である。結構楽しいのでおすすめである。

17分遅れの12:27に今日の最後の札所36番へ向かい出発。

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■36番 独鈷山 伊舎那院 青龍寺

計画では青龍寺への参拝後、その奥の院に行くこととしていたが、順番を逆にした。一応参拝後に納経がいいかなと思ったわけである。奥の院は境内からは600m程度ということだが、それは山道の参道を歩く場合であり、クルマであればかなり近くまで行けることは調査済み。青龍寺入口は通り過ぎてずっと進むと奥の院の標識がある。その一帯は路肩がすごく広いのでそこに駐車。ここに到着したのが12:53。

青龍寺 奥の院入口青龍寺 奥の院鳥居青龍寺 奥の院のサンダル青龍寺 奥の院

奥の院の参拝目安は15分。入口から山道を進んでいくと奥の院が現れる。面白いのは鳥居から先は聖域ということで下足厳禁。裸足にならないといけないの?と思うけどサンダルが用意されているのでそれに履き替えるが。はっきりいうとサンダルも相当汚れているけど、そういうことじゃないしね。

奥の院からクルマに戻り、青龍寺に向かい13:07に出発、13:12に到着。

青龍寺 御朱印青龍寺 御影青龍寺 記念御影青龍寺 仁王門青龍寺 本堂青龍寺 大師堂

青龍寺は真言宗豊山派、本尊は波切不動明王である。遣唐使として長安の青龍寺で恵果和尚より真言密教の奥義を学んだ弘法大師が帰国の際、「霊地にとどまりたまえ」と念じて独鈷杵を東に向かって投げて、帰国後弘法大師は、その独鈷杵が現在の奥の院(独鈷山不動堂)の山中の松の木にあるのを見つけ、嵯峨天皇に奏上、唐の青龍寺と同じ名の寺院を建立したという。本尊の波切不動明王は、弘法大師の入唐時に嵐に遭った際に不動明王が現れて救ったといわれ、弘法大師がその姿を刻んだとされている。

本堂・大師堂に続く石段はとても長く、かなりきつかった。

これにて今回の札所はすべて参拝完了。どんなに小さな境内のお寺であっても、次回からは参拝目安時間は30分、急ぎでも25分が最低としないとなぁ。

もともと奥の院の出発予定が13:30だったので、換算で10分程度の遅れで出発。この後は飛行機の時間まで観光である。

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■高知城

高知城 追手門と天守高知城 追手門高知城 天守高知城 詰門
高知城 詰門・廊下門・天守高知城 黒鉄門高知城 本丸御殿と天守高知城 天守最上階

まず今日最初の観光スポットは日本100名城にも選出されている現存12天守のひとつ、高知城。まぁ昨晩散歩に行って下見しちゃったけど、昨日は本丸には入れなかったし、なにより日本100名城のスタンプをゲットしないことにはミッションはコンプリートしない。

ということで予定時刻14:15に対して14:30に高知公園駐車場に到着。高知城の見学所要時間の目安は1時間半取っているので15分のビハインドはそれほど気にする必要はなさそうである。

高知公園駐車場からだと高知城の入口は追手門となる。高知城はその建物で15の国重要文化財があるがこの追手門もそのひとつ。追手門両脇に続く追手門東北矢狭間塀と西南矢狭間塀もそう。これで3つだが、東北矢狭間塀は現在補修工事中で見られず。板垣退助像を右に見ながら上に向かって進んでいくと杉ノ段、天守方向に向かって進むと鉄門跡、その先に見えるのが詰門でこれが重文。そこを右に進むと二ノ丸に出る。二ノ丸はかなり広く、その天守方向に建物があるが、それが先ほど下から見た詰門で、ここから本丸に入ることができる。本丸に入ったところで、日本100名城のスタンプは天守入口だったなと思った瞬間、あっ!100名城のスタンプ、クルマに忘れた!!ったく、何しに来たんだか。いくら見学時間はあるといってもこのロスはいたいし、バカらしい。が戻るしかない、ってことで仕切り直し。

ってことで、せっかく2回目の登城なので本丸へのコースを変え、今度は詰門の前を左に進み、鐘楼堂を経由して黒鉄門から本丸へ。ここまでに見られるのが重文の天守西北矢狭間塀と東南矢狭間塀、そして黒鉄門東南や狭間塀であり、黒鉄門も重文。ということで再び本丸へ。

高知城の特徴的なところは本丸の建物が全て残っているということ。本丸にある、西多聞、老家紋、天守はもちろんのこと、本丸御殿、納戸蔵すべてが重要文化財なのである。昨晩周りからしか見れずともすげーって思うくらいだから今日は本丸の中に入ったら当然もっとすげーっなのである。なんで国宝じゃないんだろう?その違いが分からない

高知城 日本100名城スタンプ

本丸御殿が天守入口となっていて、そこで利用料420円を支払いつつ、目的の日本100名城スタンプを無事ゲット!入口から直接天守へも行けるが、まずは本丸御殿の中も見てから天守へ。天守の中は展示物があり、これはどこの城でもあるのと同じ感じだが、現存天守なので当然床は木である。上層階への階段も急なものだが、例えば松本城など上に上がるほど急になるような印象はない。天守最上階からは高知市街が見渡せて風が気持ちよかった。

この辺で見学は終了とした。時刻的には計画より少しオーバーしているが駐車場を出たのは8分遅れの15:53で、昨晩ある程度散策していたのが功を奏した感じである。

ということで次向かうは桂浜

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■桂浜

坂本龍馬像桂浜海津見神社龍王宮

途中でコンビニで休憩したりしたのもあり、桂浜に到着したのは予定より17分遅れの16:37。だけど、桂浜ホントに見たいのは坂本龍馬像であり、それ以外は時間があれば的な感じなので、全く気持ち的には余裕である。坂本龍馬像に最初に行って記念撮影とかしてあとは海岸沿いを散策。龍王宮も行っておきたいと思ったのでそこまで行って戻ってきたらちょうど時間的にはいい感じ。ということで最後の観光を終え、予定どおりの17:20に桂浜を出発し、日産レンタカー高知龍馬空港店へ向かう。

高知龍馬空港送迎デッキ

ガソリン補給し17:55に日産レンタカーに着き、空港まで送迎してもらい18:00空港着。飛行機は予定通り19:05に出発し予定通りに羽田に到着、帰りの新幹線は21:40発のとき。無事に帰宅しました。

今回の旅は、帰りの飛行機が若干遅めでその分現地での時間はあるけど、やっぱりちょっと疲れた。

ということで次回がまた楽しみだが、リクルートポイントがそこそこ貯まるまで我慢かな

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