WIFIルーターのTUF AX6000がどうも不調で、インターネットとか劇遅になったりして再起動したら回復するものの、すぐに遅くなる状態が続いたので、引退してもらい、前に使っていたTUF AX5400に復帰いただきました。
リセットとかしたら直るのかと思いますが、使用感全く変わらないので、もういいです。
WIFIルーターのTUF AX6000がどうも不調で、インターネットとか劇遅になったりして再起動したら回復するものの、すぐに遅くなる状態が続いたので、引退してもらい、前に使っていたTUF AX5400に復帰いただきました。
リセットとかしたら直るのかと思いますが、使用感全く変わらないので、もういいです。
昨日クラファン「GREENFUNDING」でのUGREENのNAS「UGREEN NASync DXP6800 Pro」でのBad Gatewayエラー頻発の話をしましたが、UGREENからお詫びメールが届きました。そこには嬉しい知らせが。
2月14日24:00までにご購入いただいたお客様には、後日発送時に3,980円相当のUGREEN Nexode Mini 45W 充電器 をプレゼントさせていただきます。(充電器は別途配送いたします。)
だそうです。ラッキー!
今朝10時からクラファン「GREENFUNDING」でのUGREENのNAS「UGREEN NASync DXP6800 Pro」の支援開始に合わせて時間ぴったりにサイトに入ろうとするも、ものすごく混んでるのか、Bad Gatewayエラー頻発でした。
そりゃそうでしょう、超限定早割で40%オフですしね。何度もブラウザの再読み込みを押し続け、やっとページが表示されたら、「支援する」を押して、また、Bad Gateway、再読み込み押し続け、必要事項入力後、Bad Gateway、クレカ情報入力したらBad Gateway。そうこうしているうちにDXP6800 Proの超限定早割限定数80はどんどん減っていく。。。はたしてクレカ情報入力後のBad Gatewayって裏では処理されて、画面表示だけエラーとなって二重課金なんてことないよね?と思いつつ、マイページで支援履歴を見ると、なーんと、支援完了になっていました。80台に滑り込むセーフです。そのあと支援ページ観察していると、限定早割35%オフとなり、今時点で超早割30%オフになってます。ものすごい人気です。
ということで「UGREEN NASync DXP6800 Pro」ですが、スペックは、
と、すごいスペック。定価169880円(税込)が40%オフで101928円(税込)なんですから、そりゃすぐ売れますね。
4月発送予定ですごく楽しみです。
備中松山城からは先にレンタカーを返却してから岡山城、岡山後楽園に行きます。12:30ごろに返却しましたが今回約333km走破しました。
岡山駅で荷物をコインロッカーに預けたあと、雨が降ってきたので傘を買ってから路面電車に乗って城下停車場で下車しました。片道120円です。
城下停車場から徒歩約10分で岡山城です。岡山城は岡山市にある不等辺五角形をした三層六階建ての天守が有名な城で、日本100名城の70番、国の史跡に指定されています。
停車場のすぐ近くに、西の丸西手櫓があります。空襲による消失を免れた建物で国重要文化財です。
停車場のある交差点を東に進むと右側に西の丸跡、正面は石山公園、奥に旭川、川沿いに出ると前方に天守が見えました。第一印象は細っ!です。旭川対岸は岡山後楽園で、月見橋で結ばれています。
川沿いの歩道はそのまま本丸下の段へ続いています。天守は戦前は国宝に指定されていましたが、岡山大空襲により焼失、天守台の石垣も焼けて赤く変色しています。現在の天守は再建されたものです。
廊下門から本丸中の段へ入りますが、門手前右側には小納戸櫓の石垣、その奥には月見櫓が見えます。
廊下門をくぐり石段を上ると本丸中の段です。この広い敷地には表書院が建っていました。
本丸中の段の北東隅に小納戸櫓跡、北西隅には国重要文化財の月見櫓。
月見櫓に接する石垣には、内側から鉄砲で狙い撃ちするためにすき間がくりぬかれた銃眼石があります。穴倉は非常用の食料保管庫です。
本丸中の段の西側には北から数寄方櫓跡、多門櫓跡、伊部櫓跡と続きます。多門櫓の前には表書院中庭にあった泉水が復元されています。
伊部櫓跡からさらに南方向へ多門櫓跡、本丸中の段南西隅の大納戸櫓跡と続きます。大納戸櫓は本丸の大手を守る城内最大の三重四階建てだったそうです。
本丸中の段には、発掘調査で発見された石垣の実物露出展示が二か所あります。
不明門から本丸本段へ入ります。不明門の右側には鉄門跡。不明門は普段閉ざされてていたため、不明門(あかずのもん)なのだそうです。
本丸本段に入ると広い敷地の奥に天守が見え、その前にはかつて本丸御殿が建っていました。
戦災で焼失前の天守の柱を支えていた礎石が移され、元どおりに並べられています。
六十一雁木上門は下の段へ直接通じる通用口です。
天守はその石垣や1階平面が不等辺五角形なのが特徴で、地盤にあわせたためといわれています。付櫓としての塩蔵が付属した複合式天守です。入場料は後楽園との共通券で720円(天守だけなら400円)。内部は資料館等になっています。
日本100名城スタンプは受付近く、御城印(300円)は天守内売店でゲットしました。
本丸中の段、本段に続いて下の段を散策します。中の段に下り、不明門横の鉄門跡から下の段へ。
鉄門跡を下りたところには、巨大な岩盤が露出していて、その上に自然石を積み上げているのがわかる石垣があります。
右側に復元された供腰掛があります。藩士らの付き人が待機する場所でした。供腰掛の裏手の方には高石垣。整備中なのか、特に案内板などはない中門跡、宍粟櫓跡などがあります。
下の段をもう少し見てみます。トイレの裏側に舂屋櫓跡。
本丸大手の方に行ってみます。右側に大納戸櫓石垣、左方面に本丸大手門である内下馬門枡形跡、その付近の石垣には城主の威厳や権力を誇示するために使われた巨石(鏡石)があります。門を出ると内下馬橋です。
大手から北に進んで中の段南西部の石垣、月見櫓と石垣を見ながら岡山城散策は終了です。
そのまままっすぐ進むと岡山後楽園につながる月見橋に出ます。月見橋からは天守の特徴的な形がよくわかります。様々な石垣が楽しめました。
次は岡山後楽園です。岡山後楽園は、江戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された元禄文化を代表する日本庭園(大名庭園)で、日本三名園のひとつです。国の特別名勝に指定されています。
正直なところ早く帰りたい、でも、岡山来て後楽園に行かないという選択肢はないわけで。。。パパっと散策してきました。
足早に回りましたが、沢の池、唯心山と岡山城天守の定番写真を撮れたのが一番よかったです。
岡山駅前に16時ごろ到着しました。岡山駅できびだんごを買いました。
帰りの新幹線は自由席は心配なので指定席で16:52発のぞみ102号、東京から20:24発とき343号で帰ってきました。
今回の岡山城めぐりの旅、失敗もありました。鬼ノ城で道を間違えて屏風折れに行けなかったこと、今回の旅でドラクエウォークの岡山のおみやげ4か所制覇のはずが備中松山城で取るのを忘れてしまったこと、今日買った傘を帰りの新幹線に置いてきてしまったことなど。まぁ、予定5城をほぼ予定通り回ることができ大満足です。次はどの県にしようか計画を練るのが楽しみです。
雲海に浮かぶ備中松山城を望むべく備中松山城展望台へ、6時前にチェックアウトしてへ向かいました。7時すぎに現地に到着。駐車場には3台で一杯、路駐しました。徒歩1分で展望台です。
残念ながら雲海は発生していませんでしたがお城はよく見えました。備中松山城へ向かいます。
備中松山城は高梁市にある標高約480mの臥牛山に築かれた現存天守のある山城で、日本100名城の68番、国の史跡に指定されています。猫が城主を務めるお城としても有名です。
日によって登城整理バスが運行しており、運行日は城まちステーションからバスを利用する必要がありますが、今日は運行していないので本丸まで徒歩20分のふいご峠駐車場まで行けます。7:35すぎに到着です。
本丸入城時間の9:00までにできるだけ他の遺構を見学します。天守へ続く遊歩道は傾斜も強く結構キツいです。
8分ほどで最初の大きな石垣が見えてきました。中太鼓櫓跡です。ちょうどここがふいご峠駐車場から天守までの中間地点です。
櫓跡からは城下町が一望できます。
傾斜が強いままの遊歩道を進むと、かつて搦手門まで続いていた犬走りの入口である犬走り口があります。
その先に大手門跡。右側には天然の巨石が石垣の一部に取り込まれている様子を見ることができます。
大手門跡を抜けると重要文化財の三の平櫓東土塀があり、左に二の平櫓跡、右に進むと三の丸に出ます。
三の丸の南側には、三の平櫓跡、路地門跡、三の丸には足軽番所跡、上番所跡があります。
三の丸から少し登ると黒門跡があり、左側に四の平櫓跡、右側に厩門跡を通って厩曲輪があります。
厩曲輪の奥にある土塀は手前側が復元、奥側が現存の重要文化財だそうです。
黒門跡から石段を上がると左側に御前棚跡、石段を上り切ると鉄門跡です。
鉄門跡をとおると二の丸跡です。やっと天守が見えました。猫城主さんじゅーろーの石像もお出迎えしてくれますが月曜日でこんな朝早くだと会えないだろうなぁと思っておりました。雪隠跡(トイレ)もありました。
さて、本丸入場時間まであるので、本丸横を抜けて奥の方へ行ってみます。
東御門の下をとおりすぎ、石垣に沿って左に大きく曲がると二の丸帯曲輪に出ます。その先に搦手門曲輪と搦手門跡。
先の石段を上ると水の手門脇曲輪で、番所跡と奥に十の平櫓跡と水の手門跡。
振り返ると二重櫓と天守曲輪につながる腕木御門。
水の手門脇曲輪から石段を上って後曲輪へ。奥に九の平櫓跡。
二重櫓に近づいてみます。二重櫓は天守とともに現存する建物で重要文化財。天然の岩盤の上に石垣を築いた上に立てられています。
脇に行って天守をのぞいてみます。いい絵が撮れました。
そろそろ9時の本丸入場時間に向けて二の丸へ戻りました。
いよいよ本丸へ。五の平櫓下の石段を上ったところに券売所があります。入城料500円。日本100名城スタンプと御城印もこちらでゲット。御城印は通常のものと猫城主さんじゅーろー版の2枚購入しました。各300円です。
南御門から本丸に入ると、猫城主さんじゅーろー様の「よく来たにゃん!」ボードとおふとん台。朝一だし、いないだろうなと思ったら、やっぱりいませんでした。とっても残念。
天守に入る前に本丸をしばし散策です。南御門に向かって右側に六の平櫓(復元)、廊下跡と七の平櫓跡、左側に五の平櫓(復元)。六の平櫓の内部は資料館になっています。
天守に向かって脇右側に東御門。門の左の石段を上ると天守曲輪で天守脇を進むと二重櫓へ。
天守に入ります。天守入口までは八の平櫓跡、それと天守を結ぶ廊下跡をとおります。その途中、本丸方向を見てみると、おー!さんじゅーろー様が抱かれてのお出ましです。あとでご挨拶しましょう!
いよいよ天守内部です。入ったら靴を脱いでスリッパに。入ったところは八の平櫓と天守をつなぐ接続廊下です。
天守は二層二階で接続廊下から天守一階へ。
一段高くなっている装束の間は、籠城時の城主一家の居室で、落城時の死に場所です。囲炉裏は、籠城時の城主の食事、暖房用に使用されたといわれています。
急な階段を上って二階へ。正面には三振の宝剣を御神体として祀っていた御社壇があります。
天守から出た時にはさんじゅーろー様の姿はなく、出てくるかもと少し待ったあと、受付で今日は来ませんかと尋ねると、ここにいますよーと見ると受付の中にいらっしゃいました!お会いできてほんとによかった!
予定より早く回れているので、受付の方に北の奥方向にある天神の丸について伺ったところ、ウォーキングマップパンフレットをいただけました。せっかくなら吊橋あたりまで行った方がいいですよということで行くことに。水の手門跡から山道の階段を下って進むと案外近くに土橋、すぐ先左側に番所跡、ここからは登りで、少し上ったところ右側に車井戸があります。
さらに上っていくとところどころに石垣があり、右側に大きな曲輪が。ここは相畑城戸城跡です。ここまで天守から350m。
さらに上ると天守まで480mの標識があり、このあたりが天神の丸跡。標高約480mの臥牛山最高峰天神の丸の山頂と南北に延びる尾根上に5つの平坦面が連なって築かれ、北側から本丸、出丸となっています。本丸と出丸の間には大堀切。本丸には天神社という神社の跡があります。
本丸と出丸の間の大堀切をさらにしばらく進むと分岐があり、左に行くと大松山城跡(今回はパスしました)、右に進むと天守から680mの大池があります。大池は、総石垣造りの珍しい池で、別名「血の池」、首や戦で使われた刀を洗ったという伝えられます。発掘調査中で池の水は抜かれています。大池の脇には大松山城大池番所跡。
このすぐ先に大松山吊り橋があるのでそこまで見て戻ろうと思ったのですが、道が乾ききってずるずる滑り立っているのも精いっぱい、あまりに危険なので引き返し、まっすぐふいご峠駐車場へ。なぜ今回はトレッキングシューズじゃなくスニーカーで来てしまったのかと少し後悔しました。
駐車場に戻ってきたのが10:45ごろ。やはり現存天守はいいですね。小さくともやっぱり歴史の重みを感じます。
11:00すぎに鬼城山ビジターセンターに到着しました。計画の45分前倒しで順調です。
鬼ノ城は総社市にある標高約400mの鬼城山山頂付近に築かれた古代の山城で、日本100名城の69番、国の史跡に指定されています。
鬼城山ビジターセンターで日本100名城スタンプをゲットしましたが、御城印は聞くと公式では発行していないとのことでした。
大きな鬼ノ城総合案内図(散策マップ)をスマホで撮り、それを見ながら散策へ。城壁が2.8kmにわたって鉢巻状に巡っているので、それに沿った遊歩道を進みます。
歩き出して少し進んだところで右手に折れた先には展望デッキ(学習広場)があり、西門を望めます。
遊歩道に戻り、西門方面へ進むと左側に角楼があります。背面からの攻撃への備えと西門防備を意図した防御施設と考えられています。
角楼のすぐ横に西門。古代城ということで、お城というより砦という感じがします。鬼ノ城で復元された建造物は角楼と西門で、西門は一番のみどころです。
西門をくぐって城外側へ。城壁沿いに東へ下りたところに第0水門がありました。
城内へ戻ります。敷石は城壁の下の面に接して板石を多数敷き詰めて通路状としたもので、城壁が雨水によって壊されることを防ぐためのものと考えられています。
南門の方へ進みますが、案内図の第1水門と第2水門あたりまでは上側と下側の遊歩道がありどちらがよいか迷いましたが下側を行くことにしました。結果正解、第1水門と第2水門に着きました。
水門は、城内の排水のために設けられたものです。さらに進むと南門跡があります。
南門は、規模・構造ともに西門と同じということです。東門の方へ進むと第3水門に着きました。
さらに進むと内側列石、その先は高石垣の上、展望ポイントに出ました。
遠くに東門跡と屏風折れの高石垣も望めます。内側には岩切観音様。
東門跡を目指します。分岐点があり右側の石段を下りた先に第4水門。
第4水門を過ぎると東門跡に出ます。東門は西門や南門より小ぶりです。ほかの門が角柱を多用するのに対し東門はすべて丸柱だそうです。
さて、屏風折れの方へ向かいます。左側に鍛冶工房跡。
分岐点を屏風折れの方へ進むと巨石が並んでおり、その先からは屏風折れが見えました。
さてここからが何を思ったか、巨石群の上方にある展望台の方へ行って眺望を楽しんでから、そこにあった道を間違って行ってしまい。。。気が付くと湿地が出てきて、屏風折れとは全く逆の礎石建物群のある方向に進んでしまっていたのでした。
仕方ないので礎石建物群、北門跡と進んで降りることにしました。鬼ノ城の中心部分には、7棟の礎石建物跡が発見されています。
礎石建物群を見た後は、北門へ向かいました。北門は唯一背面側にある門で、東門同様ややこぶりです。
北門跡からは一気に山頂広場まで。山頂広場を少し下りると角楼に戻ってきました。
ということで、結果第5水門と屏風折れ(高石垣)に行けなかったという悔いの残る結果に。まぁ屏風折れ(高石垣)は遠くから見れたからよしとしましょう(するしかない)。
13:40すぎに鬼城山ビジターセンターをあとにしました。次に向かうは急遽目的地に加えた鷲羽山展望台です。
8:20ホテルを出発予定でしたが、早めに出発すべく7:00すぎに朝食をとり、出発しました。
最初の目的地の蛙が鼻築堤跡には、予定より40分ほど早い8:30すぎに到着しました。駐車場は2-3台しかとめられませんが誰も先客はいませんでした。
備中高松城は羽柴秀吉の水攻めで有名ですが、水攻めに使われた現存する堤防の一部が蛙が鼻築堤跡。周囲が沼や湿田に囲まれている備中高松城が浅い盆地状の地形の中心にあることを逆手にとり、城を遠巻きにして堤防を築き水攻めにしたというなんとも壮大な奇策です。蛙が鼻付近はそのただ一つの水の出口だったそうです。高松城跡 附水攻築堤跡として国の史跡に指定されています。
蛙が鼻築堤跡の前には高松城水攻め史跡公園が整備されていて、発掘された杭列や土俵の痕跡等の基礎地業の複製があります。
さて、8:45ごろ、ここから徒歩で秀吉公本陣跡へ向かいます。
羽柴秀吉が水攻めの築堤を築く際に陣を構えたのが石井山の秀吉公本陣跡です。太閤岩入口から山道を登っていきます。
入口から10分もかからず本陣跡に到着しました。備中高松城がよく見降ろせます。
すぐそばに自刃した備中高松城主の清水宗治公の首塚跡もあります。
さて、駐車場に戻り、備中高松城へ向かいます。
9:15ごろ備中高松城址公園駐車場に到着。備中高松城は岡山市にある続日本100名城の171番、国の史跡に指定されています。日本100名城スタンプと御城印がある備中高松城址資料館の開館は10:00なので、それまでみどころを散策します。
駐車場は三の丸にあり、まずは三の丸にある船橋、高松山妙玄寺にある清水宗治公自刃の地、ごうやぶ遺跡といったみどころを散策しました。ごうやぶ遺跡は宗治公を追って、家臣らが互に刺し違えて殉死した所です。
備中高松城址公園駐車場にもどり、公園内に入りますがここも三の丸です。公園入口入ってすぐ左側に、高松城水攻図案内盤があり、水攻めの範囲や城を囲んだ武将の位置がわかるようになっていました。
備中高松城址資料館の奥側が二の丸で、手前は公園です。
二の丸から本丸へ向かいます。蓮池にかかる橋を渡って本丸へ。
本丸跡には清水宗治公首塚で山から移設されたものだそうです。隣には、清水宗治辞世の句石碑が。「浮世をば 今こそ渡れ武士の 名を高松の 苔に残して」
本丸をまっすぐ進むと駐車場のある広場に出ます。その先は家中屋敷の区域で、そこにある清水宗治公胴塚へ。同塚は住宅の間にひっそりとたたずんでいました。
これでひととおりみどころは押さえたので、本丸経由で備中高松城址資料館まで戻ってきました。ちょうど開館時間の10:00すぎ、資料館内へ入り、日本100名城スタンプと御城印(300円)をゲット!
職員の方がこちらも見ていってくださいと案内してくれたのは、1985年6月にこの地域が洪水になった時の写真と水攻め図の展示でした。洪水時のようすがまるで水攻めされた時の様子とかぶり、感動しました。
さてそれでは次のお城へ。という計画が、資料を見ていてもう一か所行くべき場所を見つけてしまいました。水攻め水取入れ口遺跡です。足守川をせき止めて水を引き入れた場所です。ここからクルマで15分です。
駐車場などはなく、道端に少しだけ停めさせてもらいました。特に遺構などはなく案内のみですが、想像力を膨らませましょう。これで備中高松城の散策が完結です。
次の鬼ノ城へ向かいます。
17:00ごろ、今日の宿、倉敷駅前ユニバーサルホテルに到着。朝食も夕食も無料で1泊4990円の激安、サウナ・大浴場もあるのでこちらに決めました。提携駐車場にクルマをとめ駐車料金は1100円です。チェックイン後すぐ近くのファミマに行きましたがその交差点が倉敷美観地区の入口でロケーションは最高です。
倉敷美観地区はなかなかの賑わいを見せていました。
さて、おまけのホテルの夕食ですが、チェックイン時にカレー定食か、日替わり定食のどちらかを選びます。
日替わり定食はロースかつでした。ちょっと寂しい気もしますが、サラダバーもあるので、腹を満たすことはできました。
夕食後20:15ごろから夜の倉敷美観地区へ散策に出かけました。
こんなに近くで倉敷を堪能できていい宿とったなぁ。
2泊3日の岡山城めぐりの旅1日目。旅のしおりを作って計画、昨日のうちに、岡山までの往復乗車券と行きの東海道新幹線の自由席特急券を購入済みです。
もともと地元駅から行く計画でしたが、熊谷駅までクルマで行けば、さらに早い電車で行けるということで急遽4:55に自宅を出発しました。熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、5:39普通電車で東京へ。東京7:12発のぞみ9号の自由席、混んでるかなと思いましたがガラガラで乗れました。計画では7:39発だったのでかなりの前倒し。
天気がよく富士山もよく見えました。
岡山に10:25着。平成レンタカー岡山駅前店で借りた旅の相棒はスイフト。1城目、津山城へ。
津山城は津山市にある日本100名城の67番、国の史跡に指定されています。本能寺の変で討死した森蘭丸の弟森忠政が、鶴山に築いた平山城で別名を鶴山城といいます。
12:45ごろ、津山城(鶴山公園)駐車場に到着しました。二の丸の立派な石垣が見えて規模も大きそうです。
駐車料金は無料です。
冠木門跡の脇にある入場券売場で入園券(310円)を買って登城です。
備中櫓
冠木門をくぐり左に折れると早速備中櫓が見えます。石段を登ると三の丸。
広い表中門を挟んで左に鉄砲櫓、右に見付櫓の石垣がそびえています。
表中門から石段を登り四足門跡を通ると二の丸。備中櫓を下から眺めることができます。
備中櫓から伸びる長局の石垣沿いに進み、切手門跡から本丸を目指します。
切手門の石段を登った右側に弓櫓跡。
さらに石段を登った先に辰巳櫓跡があります。反対側に包(鼓)櫓石垣と十四番門跡。十四番門は立ち入りできないようです。その左側に表鉄門跡。
表鉄門跡から本丸へ。
本丸に入ると正面に天守台跡、左側に備中櫓が見えます。広大な本丸で本丸御殿があったそうです。
長局
2005年に築城400周年を記念して復元された備中櫓に行ってみます。櫓入口で日本100名城スタンプをゲット。中の売店で御城印(限定版400円)を購入できました。
備中櫓を出て左側、五番門跡をぬけて天守台跡へ向かいます。
天守台跡に登ります。ハート型の石があります。「愛の奇石」として隠れた津山の観光スポットで、石に触れたカップルは恋が成就するとか。
天守台から降りて、本丸のほかの遺構も見てみます。北側の長屋櫓跡から月見櫓跡まで続く区域は立ち入りできませんでした。十四番門も立ち入りできないようになっていたので、瓦櫓跡や十二番門は見ることができません。残念。
十一番門跡(左)と月見櫓跡(右)
本丸の東側も石垣がつづきます。それにしても長いです。
埋門(裏切手門)跡から本丸を下ります。
再び二の丸ですが裏下門跡から三の丸まで下りて石垣を見に行きます。
三の丸の昇櫓跡石垣の下のところから先は立ち入りできませんでした。先に見える長柄櫓跡の石垣が崩れているからでしょうか。
裏下門跡から再び二の丸へ戻ります。
備中櫓の下に戻ってきました。
二の丸へ登るときに表中門から東方向へ登る石段があったので行ってみると、右に見付櫓跡、正面には美作忠魂碑が立っていました。左側に辰巳櫓の石垣、その下に十六番門跡があります。
散策もいよいよ大詰め、三の丸の東の方(つるまる広場)へ行ってから終わりとします。つるまる広場は当時火薬庫として使用されていたそうです。
ひととおりの散策を終えて駐車場に戻ってきたのが14:55ごろ、2時間10分くらいの散策でした。登城を計画した段階で、数多くの櫓や門跡があるので果たしてうまく回れるかなぁと思い3時間くらい必要?と思っていたので意外に早く回れました。それにしてもスケールの大きい城郭でこの規模の城郭はなかなかない、さすが100名城と思います。
今日は1城のみなので、倉敷の宿へ向かいました。