大分・宮崎城めぐりの旅 #3-1 延岡城

2泊3日の大分・宮崎城めぐりの旅最終日の今日は、延岡城佐伯城臼杵城をめぐ ります。

延岡城の御城印を販売している延岡城・内藤記念博物館は月曜日休館日ということで、御城印が買えないと分かったので、ホテルの朝食は諦めてさっさと出発することにしました。効率よく回れば、今回行くのを諦めた臼杵石仏も行けるかもしれないとの希望も湧いてきました。6;11ごろホテルを出発し、 延岡城のある城山公園北駐車場には6:16ごろ到着しました。

■■ 延岡城 ■■

延岡城は、宮崎県延岡市にある城で、1603年に高橋氏が築き、有馬氏、三浦氏、牧野氏と藩主が変わったのち、1747年に内藤氏が藩主となり、以降、明治維新まで内藤氏が治めました。本丸、二の丸、三の丸からなる平山城で、続日本100名城の195番、別名は亀井城です。

■北大手門周辺

駐車場の近くで早速石垣が目に入ります。北櫓跡の石垣で内堀跡に面しています。あとで入手した石垣マップの2です。案内板の脇の道を登っていくと北大手門に至ります。手前右側には旧藩主内藤家の墓所がありましたが門が閉まっていて入れません。門左側には北大手門東側石垣(石垣マップ1)があります。北大手門は発掘調査後に再建されたものです。

■二ノ丸

北大手門を抜けると正面に本丸の高い石垣がそびえたっています。これは千人殺しの石垣(石垣マップ5)とよばれ、敵が攻め入った時に一番下の根石をはずすと石垣全体が崩れ落ち、一度に千人を殺せるといい、高さは19メートル、延岡城最大のみどころです。千人殺しの石垣の西側一面が二ノ丸です。二ノ丸にある城山公園管理事務所でスタンプが押印できますが、ここでショックなことが。御城印の案内が貼られており、延岡城・内藤記念博物館が休館日も購入可能とのこと。御城印入手は諦めてたので嬉しい反面、あと2時間以上ここに滞在しないといけない。。。相当ゆっくり散策するしかありません。なおパンフレットと石垣マップも置かれていました。管理事務所の脇から、内藤家墓所を上から見ることができます。二ノ丸の南西側では二階櫓台の石垣(石垣マップ4)が見れます。

■本丸

千人殺しの石垣下の坂道を階段を上がると本丸です。先に西方向右側の曲輪に行った突当りには先ほど石垣を確認した二階櫓跡がありました。戻って東側には二階門櫓跡があり、本丸への枡形虎口となっています。この石垣は石垣マップ6です。本丸には内藤政挙公像が建っています。

■天守曲輪

本丸南東隅から坂道を上がると延岡市内が一望できる天守曲輪です。途中に門跡のような石垣がありましたが、こちらが本来の虎口です。天守曲輪には天守が建っていた可能性もありますが発掘調査では根拠は得られなかったそうです。ここには鐘撞き堂が建っており、現在も1日に6回、鐘守の手によって市民に時刻を告げているそうで、次は8時、30分ほどあるのでまた来ることにします。

■三階櫓跡・腰曲輪

戻って天守曲輪下の道を進んで行くと三階櫓跡があります。城内で一番大きい建物が三階櫓でした。三階櫓台石垣は石垣マップ9です。東面は立入禁止になっているので、スティック使って撮影しました。三階櫓跡の南側に腰曲輪があり一番奥には櫓台がありました。ここでいったん天守曲輪に戻って、8時の鐘撞きを見学しました。鐘守の方に聞いたら撮影はネットに上げなければいいですよ、とのことでした。鐘は一回ではなく何度もつくんですね、8回でした。さて戻って三階櫓跡から続く坂は吹上坂でつづら折れになっています。吹上坂の石垣は石垣マップ7です。

■三ノ丸

吹上坂を下りたところは三ノ丸です。庭園があるなど綺麗に整備されています。一段高くなったところには仲田又次郎翁像が建っています。延岡市の初代、第9代市長だそうです。東側にある石御門跡は岩盤を削った切通しに作られた搦手門にあたる門です。三ノ丸東面石垣は石垣マップ8です。

■北曲輪

三ノ丸から東方向に進むと北曲輪(牧水広場)が見えてきます。その石垣の手前に下りる道があるのでそのまま進んで行くと最初に見た北櫓跡に着きました。戻って北曲輪です。現在は延岡に縁のある歌人・若山牧水にちなんで牧水広場として整備されています。ここから見る内藤家墓所は縦方向に見えるのがいいですね。

これで城内のみどころは一通り見たのですが、石垣マップの3、二ノ丸西櫓の石垣が残っています。北大手門抜けてすぐ左方向、内藤家墓所の手前の小径を進んで行くと確認できます。

■西ノ丸

さて9時前になったので、延岡城・内藤記念博物館へ移動します。受付で御城印をゲットしました。領収証を作るのでお待ちくださいと言われた間に館内を見渡していると、西ノ丸跡に延岡城・内藤記念博物館が建てられたと知りました。

時刻は9:10ごろ次の佐伯城へ向かいます。