「続日本100名城」カテゴリーアーカイブ

鳥取・島根城めぐりの旅 #3-3 米子城

松江城の次は米子城です。先に米子市立山陰歴史館に立ち寄ります。13:15ごろクルマを米子市役所駐車場にとめて徒歩で向かいました。

米子市立山陰歴史館
米子市立山陰歴史館

#169 米子城スタンプ米子城御城印

米子市立山陰歴史館でスタンプと御城印を入手しました。歴史館を利用すると駐車料金は2時間無料になります。

■ 米子城 ■

米子城は、鳥取県米子市にある城で久米城、湊山城とも呼ばれます。戦国時代の飯山(いいのやま:国道9号線南側)に作られた砦と、湊山(みなとやま:国道9号北側)を中心に作られた近世城郭があります。国指定史跡で続日本100名城の169番です。

三の丸番所
三の丸番所

三の丸広場
三の丸広場

天守台
天守台

13:50ごろ米子城跡三の丸駐車場に駐車しました。ガイダンス施設としての三の丸番所があって、スタンプはここにも設置されています。駐車場横は現在整備中の三の丸広場でとても広大。二の丸石垣や天守台も見えます。来年2月まで二の丸桝形からの登城路通行止めによる迂回路の案内表示を見つけ、面倒なことになったと思いながらも行ける遺構は見たいので、予定通り二の丸方面へ。

■二の丸

二の丸石垣
二の丸石垣

二の丸桝形虎口跡
二の丸桝形虎口跡

二の丸表中御門跡
二の丸表中御門跡

二の丸桝形虎口跡
二の丸桝形虎口跡

歩いてすぐ二の丸桝形虎口跡があります。桝形の入口には門はなく開口していたそうです。桝形から二の丸表中御門跡を登ると二の丸です。

P1014076
旧小原家長屋門

二の丸
二の丸

御殿御用井戸跡
御殿御用井戸跡

城下町で唯一残る武家屋敷の建物である旧小原家長屋門が移築されています。二の丸は現在テニスコートになっていますがここに二の丸御殿がありました。脇に御殿御用井戸跡があります。さてここから上に伸びていく道が通行止めと案内があった登城路ですが、通行止めの表示もないし上から人が下りてきます。行けそうなのでそのまま進むことにしました。

■内膳丸

登り石垣
登り石垣

内膳丸内膳丸内膳丸
内膳丸

坂を登り切ったところは分岐になっていて、右方向は湊山公園側登城口や中海側登城口に続き、左方向は本丸へ続いています。正面に内膳丸から天守遠見櫓にかけて尾根を登るように築かれた登り石垣を見ることができます。後ろ側には城下町方向に細長くはりだした内膳丸があります。続いて本丸へ続く石段を登っていきます。

■本丸

番所郭(番所跡)番所郭(番所跡)
番所郭(番所跡)

天守台石垣
天守台石垣

石段を登り切ったところは本丸の番所があった番所郭で、右側には天守台の石垣。

四重櫓台
四重櫓台

鉄御門跡
鉄御門跡

石垣に向かって左へ進むと四重櫓台、その先に鉄御門跡、さらに登ると本丸(天守郭)です。

本丸(天守郭)
本丸(天守郭)

四重櫓跡
四重櫓跡

四重櫓跡からの天守台
四重櫓跡からの天守台

右手前方向には四重櫓跡。四重櫓は初代の天守で副天守とも呼ばれます。

天守台天守台
天守台

大山
大山(四重櫓跡より)

天守台より
天守台より

天守台には礎石がそのままよく残っています。大山、日本海、中海、米子の市街地が一望できる素晴らしい眺望です。

冠木御門跡
冠木御門跡

水手郭
水手郭

遠見郭(遠見櫓跡)
遠見郭(遠見櫓跡)

水手御門跡
水手御門跡

天守郭の西側の冠木御門跡の下は水手郭です。門跡石垣に沿って右方向へ進むと遠見櫓跡のあった遠見郭です。水手郭の西端には水手御門跡があり、中海側登城口へ続いています。ここから下山します。

水手御門下の郭
水手御門下の郭

石仏
石仏

中海展望所
中海展望所

中海側登城口
中海側登城口

しばらく下りていくと近年発掘調査で発見された水手御門下の郭、さらに下りていくと道沿いに石仏が並んでいます。城山大師・八十八ヶ所石仏めぐりの石仏で、米子城山の中腹を一周するコースになっていて、四国八十八ヶ所を巡ったと同じ御利益があるそうです。分岐があり中海展望所方向へ進み下りていくと中海展望所、おり切ったところが中海側登城口です。

■御船手郭・采女丸

御船手郭(深浦郭)
御船手郭(深浦郭)

采女丸への階段
采女丸への階段

采女丸
采女丸

中海側登城口の舗装された道を東方向へ進むと国道9号線に出ますが、すぐ道手前方向へ下りたところが御船手郭(深浦郭)です。深浦水軍が配備され海上防備と共に城下町に入る船などを監視していたそうです。続いて飯山(采女丸)へ。国道9号線から特に何も案内のない舗装された坂道を登り、坂道終点の長い階段を登ったところに采女丸があります。戦国時代の砦跡が出丸として改修されたものだそうです。戦没者慰霊の英霊塔が建っています。これで米子城散策は終了、駐車場へ戻る途中に時刻は15:45ごろ、だいたい2時間の散策となりました。

さて旅程では水木しげるロードへ行くことにしていましたが、時間が押していたため帰路へ。飛行機は17:45発が18:05発に変更になってました。ということで今回の城めぐりの旅は終了です。

次回は12月、山口・福岡・大分城めぐりの旅です。

鳥取・島根城めぐりの旅 #1 浜田城

2泊3日の鳥取・島根城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:浜田城
・2日目:津和野城月山富田城
・3日目:出雲大社松江城米子城水木しげるロード
をめぐる予定です。

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、6:34の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第2ターミナルには8時前に到着。

羽田第2ターミナル47番ゲート
羽田第2ターミナル47番ゲート

羽田9時発米子行きの飛行機に乗り、10:25米子に到着。

目玉おやじ

空港の手荷物受取所では、目玉おやじがスーツケースに入って出迎えてくれました。

米子空港からは日産レンタカー、今回も相棒はノートで、乗り出しは25,266km。浜田城へ向かいました。

■ 浜田城 ■

13:50ごろ、浜田城山公園駐車場に到着しました。実は初島根県です。

浜田城は、江戸時代に古田重治によって標高67mの丘陵上に築かれた城で、別名亀山城といいます。本丸の南側に二の丸、三の丸、西側に出丸が配された梯郭式平山城です。島根県指定史跡、続日本100名城の170番です。

浜田城資料館
浜田城資料館

駅鈴モニュメント
駅鈴モニュメント

駐車場脇の浜田城資料館でスタンプをゲット、資料館と駐車場の間にある駅鈴モニュメントは12代浜田藩主松平康定侯が松阪(三重県)の本居宣長に贈った駅鈴のモニュメントです。駐車場の東側にある散策路を登って浜田城へ向かいます。

濱田護國神社
濱田護國神社

#170 浜田城スタンプ浜田城御城印

浜田城跡にある濱田護國神社社務所で御城印(300円)を入手してから、本殿に向かって右側の道を進み、本丸を目指しました。

浜田藩追懐の碑
浜田藩追懐の碑

旧浜田県庁表門と石垣
旧浜田県庁表門と石垣

三丸石垣
三丸石垣

出丸へ続く石段
出丸へ続く石段

三丸
三丸

本殿の裏手に浜田藩追懐の碑、その先に旧浜田県庁表門と立派な石垣があります。門をくぐり、石段を登ると三丸です。左側石段を登ると出丸へ行けますが、ここはかつてはなかった道で、石垣が続いていたそうです。

二ノ門跡
二ノ門跡

二ノ門桝形跡
二ノ門桝形跡

二丸
二丸

一ノ門跡一ノ門跡
一ノ門跡

三丸から桝形虎口になっている二ノ門跡をとおり、二丸へ。二丸から一ノ門跡をとおると本丸です。

本丸本丸
本丸

報国忠勇之碑台座
報国忠勇之碑台座

外ノ浦
外ノ浦

本丸から北側のぞむ
本丸から北側のぞむ

三重櫓(天守)跡
三重櫓(天守)跡

本丸から西側のぞむ
本丸から西側のぞむ

出丸
出丸

本丸入って正面に報国忠勇之碑の台座があり、東側からは北前船の寄港地だった外ノ浦を眺めることができます。北西隅には三重櫓(天守)跡があります。一ノ門跡右側の石段を下りると右側に出丸があります。

焔硝蔵の曲輪
焔硝蔵の曲輪

井戸跡
井戸跡

護國神社方面に戻り、本殿裏手を左側に続く道を進むと焔硝蔵の曲輪、手前下りたところに井戸跡。

中ノ門跡
中ノ門跡

裏門跡
裏門跡

大手門跡
大手門跡

戻り、護國神社手前左側に下りる道があり、そこをひたすら下りていくと中ノ門跡。
中ノ門跡を過ぎると、城山公園を出ることになります。裏門跡、大手門跡と確認し、駐車場に戻ってきたのは15:30ごろです。

しゃべる!浜田城跡自販機
しゃべる!浜田城跡自販機

浜田城古田重治武将印浜田城古田重治武将印

駐車場には、しゃべる!浜田城跡自販機が設置されていて、歴代藩主印(330円)を購入しました。全6種類で、何がでるかわかりません。ゲットしたのは初代藩主、古田重治の印でした。買うときに「よう参ったの!これが続日本100名城浜田城じゃ!あっぱれじゃ!頂上へ参れ!絶景が見えるぞ。日本遺産北前船寄港地外ノ浦じゃ」としゃべってくれました。

若さぎの宿
若さぎの宿

津和野城ライトアップ
津和野城ライトアップ

宿の夕食
宿の夕食

今日の宿は、明日めぐる予定の津和野城のすぐ近くの若さぎの宿さん。17:30前に到着しました。宿の前からは霧に覆われた津和野城が見えます。夜になると津和野城はライトアップされました。宿での夕食時、名古屋から来たという夫婦から声をかけていただき城めぐりの話など楽しく過ごせました。

殿町通り殿町通り殿町通り鯉
殿町通り

津和野カトリック教会
津和野カトリック教会

食事の後は、「山陰の小京都」と呼ばれるせっかくの津和野です、殿町通りに散歩へ。掘割に泳ぐたくさんの鯉、津和野カトリック教会など、ほとんど人通りがない夜の通りは少し寂しかったかな。

明日は朝から津和野城です。

鳥取・兵庫城めぐりの旅 #2-3 出石城・有子山城

今日最後めぐるのは、出石城有子山城です。昨日の鳥取城の登山でかなり体力を消耗し、それよりも過酷と予想される有子山城に登るか正直迷っていましたが、予定より1時間ほど前倒しの結果、2時間かけて登山してもOKの状況なので、へとへとになったとしても登るぞと決意を固めました。

■ 出石城・有子山城 ■

出石城は、兵庫県豊岡市出石にある豊岡市指定史跡の城、有子山城は、おなじく出石にある標高321mの急峻な有子山に築かれた国指定史跡の山城です。出石城有子山城として続日本100名城の162番になっています。

12:05ごろ大手前駐車場に到着しました。南側の山の上に有子山城の石垣が見えます。あそこまで登るのかとプレッシャーです。同じ区画にあるいずし観光センターでスタンプと両城の御城印をまずゲット。スタンプは全く何かわからないほどインクが薄かったので予備を出してもらいました。あたりは城下町の街並みの雰囲気がとてもいいです。国の重要伝統的建造物群保存地区「豊岡市出石伝統的建造物群保存地区」として選定されているので、観光客もとても多く賑わっています。

大手前駐車場
大手前駐車場

いずし観光センター
いずし観光センター

#162 出石城・有子山城スタンプ出石城御城印有子山城御城印

■出石城

まずは出石城の三の丸から散策です。駐車場自体、三の丸跡にあって、隣が家老屋敷、その少し先に西門跡があります。家老屋敷では何かのイベントの準備でしょうか。マイクのテストなど忙しそうでした。

家老屋敷家老屋敷
家老屋敷

西門跡
西門跡

戻って大手前通りを少し北へ行くと、大手門跡と辰鼓楼、内堀。辰鼓楼は明治時代から時を刻む日本最古年の時計台で今では4代目。大手前通りを南に進み、左側にある三の丸の対面所跡へ行ってみると、内堀側奥には内堀散策路がありました。

大手門跡と辰鼓楼
大手門跡と辰鼓楼

内堀
内堀

対面所跡
対面所跡

辰鼓楼
辰鼓楼

内堀散策路
内堀散策路

登城橋を渡り登城門から城跡へ入ります。

登城橋と登城門
登城橋と登城門

登城門登城門
登城門

門を入って左側に下の曲輪があり、碑がたくさん並んでいます。右側は西の曲輪。

下の曲輪
下の曲輪

西の曲輪
西の曲輪

下の曲輪の一段上が二の丸で、本丸西隅櫓の手前石段から入ります。本丸石垣を見てから桝形虎口跡へ。下の曲輪から二の丸へ上がる虎口です。

二の丸石垣
二の丸石垣

本丸西隅櫓
本丸西隅櫓

二の丸西側門跡
二の丸西側門跡

二の丸
二の丸

本丸西隅櫓
本丸西隅櫓

本丸石垣
本丸石垣

桝形虎口跡
桝形虎口跡

本丸東隅櫓
本丸東隅櫓

二の丸の東側から有子山稲荷神社の鳥居が立ち並ぶお城坂へ出て左側に山里丸。

山里丸石垣
山里丸石垣

お城坂
お城坂

山里丸
山里丸

お城坂に戻って、二の丸の一段上にある本丸へ。入ってすぐ右側に本丸東隅櫓、左側に稲荷曲輪高石垣、奥に本丸西隅櫓と感応殿。2つの櫓は模擬櫓です。感応殿には仙谷秀久が祀られています。本丸西隅櫓の東側は本丸渡り櫓跡です。

本丸本丸
本丸

本丸東隅櫓本丸東隅櫓
本丸東隅櫓

稲荷曲輪高石垣
稲荷曲輪高石垣

本丸西隅櫓本丸西隅櫓
本丸西隅櫓

感応殿
感応殿

本丸渡り櫓跡
本丸渡り櫓跡

続いてさらに一段上の稲荷曲輪へ。稲荷曲輪には出石城の鎮守社である有子山稲荷神社があります。

稲荷曲輪高石垣
稲荷曲輪高石垣

有子山稲荷神社
有子山稲荷神社

稲荷曲輪
稲荷曲輪

稲荷曲輪からの眺望
稲荷曲輪からの眺望

ここまで出石城を散策しました。続いて有子山城へ登ります。

■有子山城

稲荷曲輪の東側に有子山城への登山口があります。登山口には登山における注意書きが。クマ、ハチ、ヘビなどの危険動物や登山についてのもので、プレッシャーを与えます。でも今日は時間をかけても登ると決めたので行きます。竹の杖が置かれていたので初めて借りることにしました。山城ではたまに杖が置かれていることがありますが、これまでは借りたことはないです。

有子山登山口
有子山登山口

事前情報では、登山口から40~60分、最初の500mがほぼまっすぐの急坂で、そこまで行くと楽だそうです。旅程計画時間に対し1時間40分ほど余裕があるため、なんとかせねば。

最初からほんとに急で、ほんとに傾斜が全く変わらずにひたすら続きます。すこし登ったところに「本丸まで980メートル」の表示板、あれ?登山口から980メートルじゃないの?と思いつつ、登っていきます。途中ところどころでお地蔵さんが励ましてくれています。次に850メートルの表示、まだそれしか来ていないの?とうんざりしますが、何なんでしょう、昨日の鳥取城よりなんか楽なのです。杖の効果でしょうか?昨日よりきついはずなのに。昨日は頻繁に休憩したのに、今日はなんか結構行けます。

本丸まで980メートル
本丸まで980メートル

ひたすら続く急坂
ひたすら続く急坂

お地蔵さん
お地蔵さん

本丸まで850メートル
本丸まで850メートル

本番まで720メートルのすこし先に左へ伸びる竪堀がありました。地図見るとやっと急坂の半分超えたくらい?さらに登ると土橋・堀切の表示で左右に竪堀が落ちています。

本丸まで720メートル
本丸まで720メートル

竪堀
竪堀

土橋・堀切
土橋・堀切

竪堀
竪堀

まだまだ急坂が目の前に続いていて、いつ着くのか。

急坂は続く
急坂は続く

それでもあきらめず頑張れば成し遂げられるものです。ついに本丸まで500メートルの北第六曲輪に到着しました。このあたりで下山中の男性とやっと会いました。それにしても出石の城下町にはあれほど人がいたのにここに登る人はこうもいないもんですかね?ベンチがあったので北第六曲輪で少し長めに休憩を取りました。

北第六曲輪北第六曲輪
北第六曲輪

しかしです。本丸まで500メートルの場所から楽になるんじゃなかったのと思わざるを得ない急坂が見えています。あと少し頑張ろう。

まだ続く急坂
まだ続く急坂

登りきると北第五曲輪に出て、なぜかここにも500メートルとありますが「ここより先、なだらなか道です。景色や、有子山城跡の歴史的遺構をお楽しみください。」の神の救いのような表示板がありました。時刻は14:10、なんどかの休憩をはさんでここまで約50分強といったところ。杖の威力は計り知れないと実感しました。帰ったらトレッキングポール買うぞ!

北第五曲輪北第五曲輪北第五曲輪
北第五曲輪

さてここからは今までの急坂が嘘のように歩きやすいなだらかな道。少し進むと井戸曲輪の石垣、井戸曲輪を上から見る形です。下側へ行くのは時間と根性次第。さらに進むと本丸まで240メートルの表示のある分岐点に出ます。左に戻るように登ると主郭(本丸)方面、先で左へ向かう石切場への道、右側には西北部の曲輪群の曲輪が見えます。西北部曲輪群へ行くのも時間と根性次第。石切場へ先に行くか迷いましたが先に主郭へ向かいました。

なだらかな道
なだらかな道

井戸曲輪井戸曲輪
井戸曲輪

本丸まで240メートル
本丸まで240メートル

北西部曲輪群
北西部曲輪群

主郭方面へ
主郭方面へ

ここからは少しまたつづら折りを登ります。するといよいよ第六曲輪の石垣が見え、そのまま進むと第五曲輪の石垣が見えて右に戻る形で第六曲輪へ。

第六曲輪石垣第六曲輪石垣
第六曲輪石垣

第五曲輪石垣
第五曲輪石垣

第六曲輪
第六曲輪

先ほど見えていた第五曲輪石垣を過ぎて右に戻る形で登ったところは、第五石垣です。北側の奥から下を眺めると石取場がよく見えました。ふと頭に思い浮す、石取場行かなくていいよね。。。

第五曲輪第五曲輪第五曲輪
第五曲輪

石取場
石取場

先に進みます。第三曲輪の石垣が見えてきて右手前方向が第四曲輪、左直進方向が主郭方面です。第四曲輪の北側からも石取場がよく見降ろせます。

第三曲輪石垣
第三曲輪石垣

第四曲輪第四曲輪
第四曲輪

第三曲輪石垣
第三曲輪石垣

大堀切
石取場

さて主郭(本丸)の前に千畳敷に向かうことにしました。千畳敷へは第四曲輪の北側から第三曲輪石垣を左手に見ながら進んでいきます。すると主郭と千畳敷を隔てる深さ12mの大堀切に出ます。千畳敷と書かれた表示板脇の小道を登ると、東西135m、南北50mの千畳敷です。三段に分けられています。

第三曲輪石垣
第三曲輪石垣

大堀切P1012734
大堀切

千畳敷へ
千畳敷へ

千畳敷千畳敷千畳敷
千畳敷

一番西側へ行き下を覗くと一段下に曲輪が見えます。

千畳敷一段下の曲輪
千畳敷一段下の曲輪

東端からは大堀切を眼下に主郭を望めます。

主郭
主郭

さて、第四曲輪へ戻り、シダで覆われた第三曲輪、続いて第二曲輪へ。第二曲輪からは主郭南側の石垣に回り込んでみました。

第三曲輪石垣
第三曲輪石垣

第三曲輪第三曲輪
第三曲輪

第二曲輪石垣
第二曲輪石垣

第二曲輪へ
第二曲輪へ

第二曲輪第二曲輪
第二曲輪

主郭南側石垣
主郭南側石垣

主郭虎口へ進み、15:15ごろ主郭(本丸)に到着しました。

主郭虎口
主郭虎口

主郭主郭
主郭

主郭からの眺望
主郭からの眺望

主郭から千畳敷望む
主郭から千畳敷望む

第二曲輪
第二曲輪

主郭からの絶景をしばし楽しんだあと下山します。十分満足して達成感もあったので時間と根性次第としていた西北部曲輪群と井戸曲輪の下部はパスしました。下りは楽かと思いましたが、杖の効果があまり感じられず、下ってみて同じコンディションなら鳥取城より実際はキツかったろうと思います。登山口に下りてきたのは16時すぎ、散策往復で約2時間40分でした。

さて本日の宿、養父市にある旅館 古城さんには17時すぎに到着。素泊まりですが、夕飯とお風呂は歩いてすぐの道の駅やぶ但馬楽座で。夕飯は但馬牛レストランのやぶ牧場で、但馬牛ハンバーグ定食をいただきました。ジューシーでおいしかったです。食後にやぶ温泉、サウナもあって今日の疲れをゆっくり癒しました。

旅館 古城
旅館 古城

道の駅やぶ但馬楽座
道の駅やぶ但馬楽座

但馬牛ハンバーグ定食
但馬牛ハンバーグ定食

さて最終日の明日は、竹田城黒井城をめぐる予定でしたが、、と同じくらい過酷そうな黒井城はパス、代わりに明石城へ行くことにしました。それにしても黒井城、前回天候悪くスタンプ・御城印ゲットのみだったのでなんか縁がないなぁ。また次回リベンジできればと思います。明石城は2014年訪問済みですが、当時御城印なんてなかったし、動画も撮っていないので。


鳥取・兵庫城めぐりの旅 #2-2 若桜鬼ヶ城

鳥取砂丘の次に向かったのは若桜鬼ヶ城です。旅程ではスタンプと御城印がある若桜町観光案内所に先に寄ってからお城に行くことにしていましたが、案内所は9:30からなので、先にお城へ。

■ 若桜鬼ヶ城 ■

若桜鬼ヶ城は、鳥取県若桜町、若桜宿の南側にそびえる標高452メートルの鶴尾山に築かれた山城です。国指定史跡で続日本100名城の168番です。天守台を備えた本丸を中心として、北側に2段、南側と西側に各1段づつ総石垣の曲輪が築かれています。

若桜鬼ヶ城へは林道で馬場の未舗装駐車場まで行けますが、手前の舗装道の終点にある駐車場で案内図の写真撮り。

若桜鬼ヶ城駐車場
若桜鬼ヶ城駐車場

若桜鬼ヶ城案内図
若桜鬼ヶ城案内図

そこから未舗装の道を少し進むと馬場に入ります。馬場は山頂部の南の尾根上にあり、突当りが駐車場になっています。ここから南の尾根上を進み、お城の山頂部までは150mほどです。9:05ごろ駐車場からおりたところに堀切、進んでいくとホウヅキ段の石垣下にでます。右に行くと三の丸(通行止め)、左に行くと二の丸140mとの案内があります。ということはここまでが150mってことですかね。

馬場
馬場

堀切
堀切

山頂部へ
山頂部へ

ホウヅキ段石垣
ホウヅキ段石垣

二の丸方面へ進みます。ホウヅキ段石垣を見ながら進むと搦手の枡形虎口と搦手門跡に出ます。搦手門跡の裏側に武者溜り(勢隠し)。

ホウヅキ段石垣
ホウヅキ段石垣

搦手
搦手

搦手枡形虎口・搦手門跡
搦手枡形虎口・搦手門跡

武者溜り(勢隠し)
武者溜り(勢隠し)

二の丸へ向かう途中に六角石垣へつながる枡形虎口があります。六角石垣までは5分くらいとのことですが、この坂を見ると行くか迷います。先に山頂部を見てからということでそのまま進むと二の丸。二の丸には小屋が立っていてスタンプも設置されていました。

枡形虎口(六角石垣方面)
枡形虎口(六角石垣方面)

二の丸へ
二の丸へ

二の丸二の丸
二の丸

二の丸の北側一段下が三の丸です。大手門跡・枡形虎口があります。大手門跡を出ると左側に二重の石垣。どう二重になっているのかよくわかりませんでした。三の丸からは若狭の街並みを望むことができます。

三の丸三の丸
三の丸

大手門跡・枡形虎口大手門跡・枡形虎口大手門跡・枡形虎口
大手門跡・枡形虎口

二重の石垣
二重の石垣

三の丸から若狭の街並み望む
三の丸から若狭の街並み望む

二の丸へ戻り本丸に向かいます。廊下橋虎口をとおり、登っていくと本丸に出ます。

横矢
横矢

廊下橋虎口廊下橋虎口
廊下橋虎口

本丸虎口本丸虎口
本丸虎口

本丸
本丸

天守台の近くに行き止まり虎口があるようなのですが、これかなぁという感じではっきりとはわかりませんでした。

行き止まり虎口?
行き止まり虎口?

天守台からは向かって右が播磨方面、左が但馬方面と分かれているのがよくわかり面白いです。

天守台天守台
天守台

天守台から右上が播磨方面、左上が但馬方面
天守台から右が播磨方面、左が但馬方面

天守台から見た本丸
天守台から見た本丸

さて最後に六角石垣を見に行きました。下山ルート沿いにありますがそこまではそれほど急な坂が続くわけではなかったのでよかったです。六角石垣はその郭の形状からそう呼ばれ、ほぼ完存した姿で残っているそうです。上の郭の左側に下りる道があったのでそこを下りて石垣周りを一周しました。

六角石垣上の郭
六角石垣上の郭

六角石垣六角石垣
六角石垣

これで若桜鬼ヶ城の散策は終わりです。駐車場に戻ったのは10:20ごろ、1時間15分の散策となりました。

次、若狭駅前にある若桜町観光案内所へ行き、スタンプと御城印をゲットしました。御城印は綺麗なクリアファイルに入れてくれました。駅横の駐車場は無料で止められます

若狭駅
若狭駅

若桜町観光案内所
若桜町観光案内所

#168 若桜鬼ヶ城スタンプ若桜鬼ヶ城御城印クリアファイル

さて次は出石城有子山城を目指します。予定より1時間弱前倒しです。


万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #3-3 引田城スタンプと帰路

引田城のスタンプと御城印は、讃岐井筒屋敷にあるので高速使って向かいましたが、その前に徳島みやげを道の駅いたので買いました。

道の駅いたの
道の駅いたの

徳島ラーメン茶白贅沢食べくらべ鳴門金時バターパイ

徳島ラーメン茶白贅沢食べくらべと鳴門金時バターパイ。

道中、引田城がある城山が見えましたが、やはり今の体力・体調では、この暑さを乗り切ることはできないことを確信、予定変更大正解でした。

讃岐井筒屋敷に12:00すぎに到着。

讃岐井筒屋敷讃岐井筒屋敷讃岐井筒屋敷引田城スタンプ引田城御城印

讃岐井筒屋敷は江戸時代から醤油と酒造りを行っていた商家をリニューアルした観光施設で、建物は江戸後期から明治期に建築されたものだそうです。門をくぐるとタイムスリップした感覚でした。スタンプと御城印(300円)をいただいて帰路につきました。

室津PA
室津PA

淡路島の室津PAで一度休憩し、姫路に泊まるのぞみを検索、14:59発は間に合いそうだけどリスクあるので15:59発、つかれているのでグリーン車を予約。姫路について14:30ごろレンタカー返却、総走行距離は449Km、ガソリン20.18L、ノートの燃費は22.25Km/L、意外によくないですね。天候のせいかもしれませんが、オーラとの違いは感じません。

明太子パスタと生ビール

新幹線まで随分時間があるので、新幹線コンコース内の侍MANEKI珈琲店にて、明太子パスタと生ビール(合わせて1,360円)で時間を潰して帰路につきました。

20:30ごろ地元の日帰り温泉によってから帰宅しました。次のお城めぐりの旅は涼しくなった秋まではやめておいた方がよさそうです。

万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #3-2 勝瑞城

予定変更の結果、今回の旅最後のお城は勝瑞城です。

■ 勝瑞城 ■

勝瑞城は徳島県板野郡藍住町にある続日本100名城の175番、勝瑞城跡と勝瑞城館跡は国指定史跡です。室町時代に阿波守護細川氏により置かれた守護館が勝瑞城館で、のちに三好氏が本拠としました。勝瑞は阿波の政治・経済・文化の中心地だったそうです。

勝瑞城館跡
勝瑞城館跡

9:48ごろ勝瑞城館跡駐車場に着き、クルマから降りましたが、なんだろう?足全体がつる感じで歩けません。水分不足かな、一旦クルマに戻り水分補給したり。動けそうになったので散策開始です。

駐車場は広大な区画された敷地内にあり、この一帯が勝瑞城館跡ですが、先に近くに見えるローソンの道挟んだ反対側にある勝瑞城跡へ。

■勝瑞城跡

勝瑞城は、三好氏菩提寺の見性寺の境内にあり、周囲は濠に囲まれています。

濠(西側)
濠(西側)

濠(南側)
濠(南側)

濠(東側)
濠(東側)

濠(北側)
濠(北側)

本丸に入ると勝瑞義家碑、土塁も一部確認できます。

本丸本丸
本丸

勝瑞義家碑
勝瑞義家碑

土塁
土塁

■勝瑞城館跡

戻って勝瑞城館跡です。整備されているのは区画Ⅲで、駐車場の前は池泉庭園があった跡地です。

池泉庭園跡
池泉庭園跡

勝瑞城館跡

濠跡には、実際の大きさに復元した展示や濠跡半立体表示もあります。

濠跡濠跡濠跡
濠跡

濠跡半立体表示
濠跡半立体表示

そのほか礎石建物跡、会所建物立体表示、枯山水庭園跡などが整備されています。枯山水庭園跡の東側に、東側との区画を分ける区画溝があります。

礎石建物跡
礎石建物跡

勝瑞城館跡

濠跡濠跡
濠跡

会所建物立体表示
会所建物立体表示

枯山水庭園跡
枯山水庭園跡

館内の区画溝
館内の区画溝

スタンプのある勝瑞城館跡展示室は区画Ⅰにある勝瑞城館跡現場事務所の2階です。

勝瑞城館跡展示室勝瑞城館跡展示室勝瑞城館跡展示室
勝瑞城館跡展示室

勝瑞城スタンプ

散策はこれにて、所要45分くらいでした。

御城印は近くの武田石油さんにて。勝瑞城の御城印は、藍で染めた阿波和紙に一枚一枚書家の方が書かれたとても綺麗な一枚ものです(600円)。

勝瑞城御城印

引田城のスタンプをもらいに向かいます。

万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #3-1 一宮城

NEXEL α鳴門
NEXEL α鳴門

万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅の最終日、一宮城勝瑞城引田城徳島城と盛りだくさんの予定としていましたが、熱中症気味の体調でこの炎天下の中、二つも山城行くのは無謀だということで、一宮城勝瑞城に行って、引田城はスタンプと御城印のみ、徳島城はパスして早く帰ることにしました。5:45ごろ、チェックアウトして一宮城駐車場についたのは6:30前、計画より30分前倒しです。これももう早く帰りたい気持ちが強かったから。

一宮城駐車場
一宮城駐車場

■ 一宮城 ■

一宮城は徳島市にある続日本100名城の176番、県指定史跡です。徳島県内で最大級の山城で南北朝時代の築城とされます。駐車場脇を入ると登城口で、案内板と無人のスタンプ置き場、料金箱にお金を入れて買う御城印(300円)、パンフレットがあります。

登城口
登城口

案内板
案内板

スタンプ置き場と御城印無人販売
スタンプ置き場と御城印無人販売

一宮城スタンプ一宮城御城印

倉庫跡→才蔵丸→明神丸→本丸→小倉丸→椎丸→水ノ手丸→陰滝と回る予定で登城開始。

登城道登城道
登城道

いきなり長い石段がひたすら続いています。やっと終わって少し下る感じになったと思いきや、再びひたすら続く石段が現れます。すごくきつい!

■倉庫跡

登り始めて12~13分、やっとのことで倉庫跡と本丸方面への分岐に着き、左方向にすぐに倉庫跡、食糧・武具を備蓄するための曲輪です。

倉庫跡倉庫跡
倉庫跡

本丸方向へ進むと竪堀。またまた登っていくと右側に二段になった大きめの曲輪があります。本丸まで200メートルの道標のところには湧水がありました。

竪堀
竪堀

曲輪曲輪
曲輪

湧水
湧水

■才蔵丸

まだまだ石段は続き、才蔵丸切岸に到達、その先には才蔵丸と明神丸を分断する堀切があります。堀切の左側は才蔵丸虎口で石段を登ると才蔵丸です。三の丸とも呼ばれています。

才蔵丸切岸
才蔵丸切岸

堀切
堀切

才蔵丸虎口
才蔵丸虎口

才蔵丸才蔵丸才蔵丸より
才蔵丸

才蔵丸虎口からすぐ、小倉丸への分岐がありますが案内図には書かれていません。どこに続くのか?

小倉丸への分岐
小倉丸への分岐

本丸方向へ進むと竪堀があり少し進んだところは明神丸と本丸をつなぐ帯曲輪で門跡があります。

竪堀
竪堀

帯曲輪門跡
帯曲輪門跡

■明神丸

門跡を右に進むと明神丸で二の丸とも呼ばれます。ここからの眺めは絶景です。明神丸には剣山遙拝所の礎石と基段が残っています。

明神丸明神丸より明神丸
明神丸

剣山遙拝所
剣山遙拝所

■本丸

帯曲輪に戻り進んでいくと本丸で立派な石垣の本丸虎口が現れます。本丸は周囲に石垣が組まれています。

帯曲輪
帯曲輪

本丸虎口本丸虎口
本丸虎口

本丸石垣本丸石垣
本丸石垣

本丸には、若宮神社がひっそりと祀られていました。本丸の西側一段さがったところには釜床跡(炊事場)があります。

本丸本丸
本丸

若宮神社
若宮神社

釜床跡
釜床跡

本丸石垣
本丸石垣

小倉丸へ向かいます。今度はどんどん下っていきます。途中で城内最大規模の堀切がありますが、ここに才蔵丸からの道がつながっているようです。

堀切堀切
堀切

明るく開けたところに出て対面にあるのが小倉丸です。

■小倉丸

小倉丸小倉丸

小倉丸の方向へ。

小倉丸へ
小倉丸へ

小倉丸は本丸の南側を防御するように作られた細長い曲輪で、曲輪の西南には高さ2メートルの土塁があります。土塁の先端には櫓台。

小倉丸
小倉丸

土塁
土塁

櫓台櫓台
櫓台

山城、かつ、あまりの猛暑でタオルもポロシャツも汗で重くびしょびしょなので、この辺で休憩し、誰もくるはずないのでポロシャツ脱いで絞りました。えー、こんなに?っ水道で洗ってる途中に絞ったっていうくらい大量の汗が絞り出されたのにはびっくり。歩きながら汗を拭いていたタオルでさえ同じ状態。さすがにこんなに汗かいたら脱水するよー。これで今日の計画変更は大正解と納得しました。動画撮っておけばよかった。。。

小倉丸から出て椎丸方向へ進むと、小倉丸土塁の外側の空堀が見られます。

小倉丸空堀
小倉丸空堀

椎丸へ
椎丸へ

■椎丸・水ノ手丸・陰滝

残すは椎丸と水ノ手丸で下るだけと思っていたのが違いました。椎丸までもアップダウン、水ノ手丸へもアップダウンでした。

椎丸椎丸椎丸
椎丸

水ノ手丸へはトラロープの張られた下りを進み、再度登って到着です。

水ノ手丸へ
水ノ手丸へ

水ノ手丸水ノ手丸
水ノ手丸

ここからは陰滝を経由して下城です。水ノ手丸から降りていくと貯水池にでました。今は大きな池はなく水が流れています。

貯水池貯水池
貯水池

貯水池から降りていくと鎖が貼られた急な岩場にでます。パンフレットにも「鎖を伝って登り下りすること」と書かれています。ここを下りて振り返ると、陰滝です。小さいながらいい滝。

岩場
岩場

陰滝陰滝
陰滝

あとは下りていくだけ、登城口に戻ってきたのは8:40、2時間10分の散策でした。駐車場ではドア開いた陰でまたポロシャツを絞りました。

阿波おどり会館
阿波おどり会館

次は勝瑞城ですが、寄り道してドラクエウォークのおみやげになっている阿波おどり会館を経由しました。

万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #2-2 洲本城

淡路SA淡路SA
淡路SA

予定より1時間前倒しの11:35ごろ赤穂城を出ました。洲本城へ向かう途中、明石城行けないかなとも思いましたがやめました。明石海峡大橋を渡ってすぐある淡路SAで小休止。ここからの眺めは絶景でした。

■ 洲本城 ■

洲本城は兵庫県洲本市(淡路島)の標高約133メートルの三熊山にある続日本100名城の164番、国指定史跡(上の城)です。洲本城の上の城は安宅氏が築き、のちに脇坂安治が城主となり今に残る総石垣の城に大改修されました。天守台には鉄筋コンクリート造の日本最古の模擬天守閣があります。洲本城(下の城)の現在見られる石垣や堀が造られたのは、蜂須賀氏によるものだそうです。

■下の城

淡路文化史料館
淡路文化史料館

洲本城(下の城)内にある淡路文化史料館には14:00ごろ到着しました。周辺の石垣や堀をさっと散策します。

石垣と堀石垣と堀石垣と堀
石垣と堀

上の城
上の城

こちらからも上の城が見えました。

洲本城スタンプ洲本城御城印

スタンプと御城印(200円)をゲットし、上の城へ向かいます。

■馬屋・大手門付近

案内図洲本城跡駐車場
洲本城跡駐車場

洲本城跡駐車場には14:20ごろ到着、東側から本丸、西側と回っていくことにします。駐車場から階段を登ると腰曲輪です。近くに二段積みの石垣を見ることができます。

腰曲輪
腰曲輪

二段積みの石垣
二段積みの石垣

少し登ると大手門跡。左側は駐車場にもなっている馬屋(月見台)で、紀淡海峡を望むことができます。

大手門跡大手門跡
大手門跡

馬屋馬屋馬屋より紀淡海峡のぞむ
馬屋

■東の丸(水の手曲輪)

大手門跡東側の石段を登った先は、大きく南北で分かれた東の丸の南側、水の手曲輪です。日月の池を中心に小曲輪群を構成しています。池の脇には日月の井戸があります。

日月の池
日月の池

日月の井戸
日月の井戸

水の手曲輪北側東西に伸びる道を東へ進んでいくと東二の門。手前左側へ登ると東の丸の二段曲輪がありますが、そこはのちほど。

水の手曲輪水の手曲輪
水の手曲輪

東二の門東二の門
東二の門

■武者溜

武者溜武者溜武者溜武者溜
武者溜

東二の門をすぎたところは武者溜で、洲本城の東端に位置する最大規模の曲輪です。東側には麓につながる城への虎口、東一の門があります。東端部からの眺望も素晴らしいです。

武者溜南側石垣
武者溜南側石垣

東一の門東一の門
東一の門

武者溜より
武者溜より

武者溜北側石垣
武者溜北側石垣

西側では東の丸高石垣や東登り石垣を見ることができます。洲本城には登り石垣が西と東に2つあります。このあたりでは野生の鹿さんにも会えました。

東の丸高石垣
東の丸高石垣

東登り石垣
東登り石垣(奥)

武者溜

■東の丸(二段曲輪)

東二の門に戻り、東の丸北側に登ります。

東の丸北側へ
東の丸北側へ

一段登ると曲輪があり、その先には洲本城で最も古い石垣の東の丸二段曲輪石垣があります。石垣を登ると東の丸二段曲輪です。

曲輪
曲輪

東の丸二段曲輪石垣東の丸二段曲輪石垣
東の丸二段曲輪石垣

P1011868
武者溜

東の丸二段曲輪東の丸二段曲輪東の丸二段曲輪
東の丸二段曲輪

西に進むと一段下り、正面に本丸石垣、山里曲輪、坂に並ぶ十二支神社が見えます。

本丸石垣、山里曲輪、十二支神社
本丸石垣、山里曲輪、十二支神社

■山里曲輪

そのまま西に下りたところには八王子木戸と呼ばれる門跡があり、先の狭い坂道には先ほど見えた十二支神社がならんでいました。

八王子木戸八王子木戸
八王子木戸

十二支神社
十二支神社

戻って本丸方向へ進むと右側にあるのが山里曲輪で脇坂安治実母の住居跡です。山里曲輪の北西隅の本丸石垣は小天守台です。

山里曲輪
山里曲輪

小天守台
小天守台

■本丸

本丸大石段
本丸大石段

本丸大石段を登り、本丸虎口から本丸へ入ります。本丸虎口は食違の内枡形虎口で大手口です。

本丸虎口
本丸虎口

武者走台
武者走台

本丸
本丸

天守台には模擬天守。失礼ですが初めて写真で見た時も「なんだこりゃ」、実物見ても「なんだこりゃ」には変わりません。絵本に出てくる竜宮城みたいでかわいくも見えますが。日本最古の模擬天守ということで参考にするものがなかったんでしょう。

天守台・模擬天守天守台・模擬天守
天守台・模擬天守

天守台への石段を登ったところが小天守台、左に進むと天守台です。天守台からは城下と大浜海岸を一望できます。模擬天守は以前は展望台として登れたそうですが老朽化が進み、現在は下からのぞくことができるようになっています。

小天守台
小天守台

東の丸をのぞむ
東の丸をのぞむ

大浜海岸のぞむ
大浜海岸のぞむ

天守台

模擬天守模擬天守
模擬天守

天守台から石垣復旧工事のため立ち入り禁止になっている搦手と搦手虎口を眺めました。

搦手
搦手

搦手虎口搦手虎口
搦手虎口

本丸には芝右衛門大明神と掲げられた芝居好きの狸「芝右衛門狸」を祀った祠があります。

芝右衛門大明神芝右衛門大明神
芝右衛門大明神

■南の丸・搦手

本丸から降りてきて南側にあるのが南の丸です。東西に分かれていて、東側の東南隅には櫓台跡がありますが、その石垣は拡張されたあとが確認でき、稜線が二重になっています。

南の丸(東側)南の丸(東側)南の丸(東側)
南の丸(東側)

南の丸隅櫓跡南の丸隅櫓跡
南の丸隅櫓跡

本丸と南の丸の間の道を西に進んで突当り左に曲がると三熊梅園で南の丸の西側になり、右に曲がると搦手、西の丸方面です。

三熊梅園(南の丸の西側)
三熊梅園(南の丸の西側)

搦手口から本丸へは石垣復旧工事で入れません。西の丸方面へ進むと、南の丸の西側一段下がった場所に食物を保管する蔵などが建てられていたと思われる籾蔵、その先に西門があり、外枡形の虎口になっています。

搦手口
搦手口

籾蔵
籾蔵

西門西門
西門

■西の丸

西門から西の丸へは少し歩きます。西の丸の直前右側に残念石があります。石垣に使用されるはずだった石で矢穴が残っています。西の丸は奥に長く続く、崖と石垣に囲まれた曲輪です。一番奥にある道を一段下がると西の丸石垣を見ることができます。散策も大詰め、最後に西の登り石垣をめざします。

残念石
残念石

西の丸西の丸西の丸
西の丸

西の丸石垣西の丸石垣
西の丸石垣

■西登り石垣

仮階段仮階段

分岐右へ
分岐右へ

搦手まで戻り北に進むと道は工事で立ち入り禁止になっていますが、左手前に仮階段をおり下り道を10分ほど進むと、西登り石垣を見ることができます。登り石垣は下の城と上の城を結ぶように築かれていたそうです。登り石垣は彦根城で見たことがありますが、あまり見られない珍しいものです。

西登り石垣西登り石垣西登り石垣
西登り石垣

さて、今来たこの道を戻るのはとてもタフでした。

これで散策はおしまい、駐車場に戻ってきたのは17時ごろで約2時間40分の散策となりました。

■ ドラゴンクエスト記念碑 ■

ドラゴンクエスト記念碑ドラゴンクエスト記念碑
ドラゴンクエスト記念碑

明日は徳島・香川のお城なので宿泊先は徳島の鳴門ですがその前に!なんと洲本市民広場にはドラゴンクエスト記念碑があるんです。ドラクエ生みの親・堀井雄二氏は洲本市出身で、2017年にシリーズ誕生30周年を記念して建てられたそうです。ドラクエウォークのおみやげにもなっているので、立ち寄りました。洲本市民広場としての駐車場はないですが、そばのエディオンのコインパーキングが初回1時間無料でした。ドラゴンクエスト記念碑はロトのつるぎ・ロトの盾・スライムがならんだ可愛い碑でした。

ざるそば

1時間ほどで今日の宿、NEXEL α鳴門に到着しました。夕飯は鳴門駅前まで徒歩圏内なので居酒屋に行く計画をしていましたが、軽い熱中症にでもなったようで体調すぐれず、近くのローソンで調達しました。アイス食べたら回復したので大浴場とサウナを楽しんだ後に夕飯。体調は絶好調でもないので、ざるそばはカラダに優しかった。。。

明日は一宮城勝瑞城引田城徳島城と盛りだくさんです。

大阪・兵庫城めぐりの旅 #3-2 芥川山城

飯盛城の次は芥川山城です。

■ 芥川山城 ■

芥川山城は高槻市の三好山にある続日本100名城の159番、国指定史跡です。山裾の三方は芥川が流れる摂津峡の深い峡谷の天然の要害です。芥川山城への主な登城ルートは、上の口ルート、塚脇ルート、大手筋ルートがありますが、今回は上の口ルートで計画、11:30ごろ、芥川漁業協同組合上の口駐車場に着きました。芥川漁業協同組合で駐車料金を支払いにいったものの誰もいないため、帰りに払えばいっかと停めさせてもらいました。

芥川漁業協同組合上の口駐車場
芥川漁業協同組合上の口駐車場

芥川漁業協同組合
芥川漁業協同組合

駐車場から100m足らずで芥川山城跡上の口側入口です。ここから道なりに進みます。

芥川山城跡上の口側入口
芥川山城跡上の口側入口

芥川山城跡案内図
芥川山城跡案内図

アクセスマップにある「滑落注意!」と書かれた場所はどんな斜面で危険なのだろうと不安でしたが、行ってみると芥川沿いの絶壁で確かに危険ですが、山城ではこのような場所は当たり前の感じでした。

「滑落注意!」
「滑落注意!」

ここを過ぎればそれほどきつくない普通の山登りです。11:50ごろ塚脇ルートとの合流地点の城入口につきました。

城入口城入口
城入口

■東曲輪群

城跡案内図に番号が振られた曲輪をめぐります。城入口から東曲輪群に入り、最初に右側に曲輪25があります。

東曲輪群東曲輪群
東曲輪群

曲輪25曲輪25曲輪25曲輪25
曲輪25

曲輪25の西側一段高いところに曲輪23。

曲輪23曲輪23
曲輪23

曲輪23とその西側にある曲輪22の間に一段高くなった場所があるましたが、これはどちらに属するのでしょう。

曲輪23と22の間
曲輪23と22の間

曲輪22
曲輪22

曲輪22と23の北側に曲輪24があります。

曲輪24
曲輪24

曲輪22の南側虎口から登城道へ出ると左側に竪土塁が斜面に沿って伸びていました。

竪土塁
竪土塁

登城道を西へ進むと土橋と堀切I 、この先は中央曲輪群になります。

土橋と堀切I土橋と堀切I
土橋と堀切I

堀切I
堀切I

■中央曲輪群

土橋の先は切通しになっていて中央曲輪群に入ります。右側に曲輪20、その向かいあたりに曲輪17・16へ続くと思われる道がありましたが柵があり通行できませんでした。後で柵に扉があることを知りました、残念。

切通し切通し
切通し

曲輪20
曲輪20

さらに西に進むと南から上ってくる大手道と合流します。大手道を下りていくと大手石垣がありますが、これはのちほど見るとして西へ進みます。

大手道
大手道

■西曲輪群

虎口ウを過ぎると西曲輪群に入ります。道なりに左に折れると左側に曲輪10、その先すこし登ると曲輪11です。曲輪11からの眺望は素晴らしく、先ほど訪れた飯盛山や生駒山、大阪平野を見渡せます。

虎口ウ
虎口ウ

曲輪10
曲輪10

曲輪11曲輪11曲輪11
曲輪11

その先は分岐になっていますが、主郭めざし右側の道を登っていきます。

分岐
分岐

登りきると右側に曲輪9、左側に曲輪3、その先道なりに登ると虎口アを通って主郭(曲輪1)に到着です。三好長慶社がありました。主郭の南側一段下がったところは曲輪2です。

曲輪9曲輪9
曲輪9

曲輪3
曲輪3

虎口ア
虎口ア

主郭(曲輪1)主郭(曲輪1)
主郭(曲輪1)

三好長慶社
三好長慶社

曲輪2
曲輪2

主郭の北端へ行ってみました。北東方向下側に曲輪6、北西方向下側に曲輪4が見えました。曲輪4~8は行けるのかもわからず。たぶん行けない感じでした。

曲輪6
曲輪6

曲輪4
曲輪4

曲輪11の分岐に戻って直進し、堀切Cを見て戻りました。本当は田ノ丸と勘違いしてしまい、戻ってしまったのでした。

堀切C
堀切C

大手道分岐で大手道を下りて大手石垣を見て今日はここまでかなということで、もと来た道を戻ります。

大手石垣

曲輪21を見れないかなと曲輪20の手前で、登城道北側一段下の曲輪に下りてみると北側に確認できました。

曲輪21
曲輪21

城入口までもどり、最後曲輪26と27を見ようと塚脇ルートをすこし進んで曲輪26と思っていた曲輪はどうやらそうではなかったようです。あとから案内図と照らし合わせてもそもそもそこへ続く道へ行けない、入れない感じ、どちらも行けないようですね。最初の城入口の写真中央奥に見えるのが曲輪26のような気がします。今回は自分のチョンボもあったりで見ようと思って見られなかったところが多かった気がします。もう少し現地の案内板とかあればいいですね。

下城し上の口駐車場について芥川漁業協同組合で駐車料金支払いに行ってみたところ今度は人がいたのでちゃんと1000円後払いしました。

13:40ごろ、上の口駐車場をでて高槻市立しろあと歴史館に14:10すぎに到着しました。高槻市立しろあと歴史館では、芥川山城のスタンプと御城印、高槻城の御城印をゲット。こちらはおもに高槻城に関する展示になっていて、高槻城のことを係員の方が説明してくれました。高槻城の遺構はほとんどないとのことでしたが、高槻城三の丸北郭に位置する野見神社内の摂社、永井神社の社殿と唐門が遺構だとお聞きしたので見てきました。あいにく社殿は修理中のようでした。

高槻市立しろあと歴史館
高槻市立しろあと歴史館

#159 芥川山城スタンプ芥川城御城印高槻城御城印

永井神社唐門
永井神社唐門

15:50すぎにレンタカーを返却し、新大阪から新幹線で今日の宿、姫路駅前ユニバーサルホテル南口のある姫路へ向かいました。

大阪・兵庫城めぐりの旅 #3-1 飯盛城

部屋からのながめ
部屋からのながめ

ニューコマンダーホテル 大阪 <寝屋川>ニューコマンダーホテル 大阪 <寝屋川>

3泊4日の大阪・兵庫めぐりの旅3日目。城めぐり再開、飯盛城芥川山城を巡る予定です。どちらも山城で疲れそう。
6:40ごろホテルを出発しました。

■ 飯盛城 ■

飯盛城は大東市および四条畷市にまたがる飯盛山にある続日本100名城の160番、国指定史跡です。戦国時代に三好長慶が居城としたことで知られ、長慶は芥川山城からここに拠点を移しました。この城は政権が所在する「首都」といえるような場所で織田信長に先駆ける天下人ともいわれているそうです。

大東市側にある飯盛城跡駐車場に7:20ごろ到着しました。スタンプと御城印があるキャンピィだいとうは10時からなので、先に登城します。

飯盛城跡駐車場
飯盛城跡駐車場

飯盛城跡案内図
飯盛城跡案内図

駐車場のある道が登城道、そのまま上っていくと途中2本連続して竪堀を見ることができます。

竪堀竪堀
竪堀

さらに進むと馬場(X郭)で楠公寺があります。トイレの壁面にパンフレットがあるはずが、空っぽでした。楠公寺は楠木正行はじめ四條畷の戦いの戦死者を弔うために開山されたお寺で、高櫓郭には小楠公銅像があります。

馬場(X郭)
馬場(X郭)

楠公寺に向かって左には登城道が続き、しばらく登ると三方向への分岐に出ますが、右の山道を進み少し行くと石垣1があります。崩壊防止のための布団かごが設置されていました。この山道の下側にも石垣69があるはずなので少し探しました。あれかなぁと思われる石垣を木の枝の間から見つけましたが正しいかどうか。

石垣1石垣1石垣1
石垣1

石垣69
石垣69

山道を戻り、先ほどの分岐を道なりに登っていくと高櫓郭(Ⅰ郭)と千畳敷郭(Ⅷ郭)の間の大きな堀切に出ます。

堀切堀切
堀切

ここを境に大きく北側と南側に分かれていて、先に北側を見ていきます。2本の階段がありますが、どちらも高櫓郭(Ⅰ郭)に行けるようです。堀切と土橋があり、ここを登ると高櫓郭(Ⅰ郭)ですが手前はロープのある急な登り坂でした。

堀切と土橋堀切と土橋
堀切と土橋

急な登り坂
急な登り坂

高櫓郭(Ⅰ郭)に出ました。高櫓郭(Ⅰ郭)は飯盛山の山頂です。高櫓郭(Ⅰ郭)には、小楠公銅像(楠木正行像)があり、その横には戦時中に供出された小楠公銅像を再建した田伐兼松の像、他に国旗掲揚台があります。

小楠公銅像(楠木正行像)
小楠公銅像(楠木正行像)

田伐兼松銅像
田伐兼松銅像

国旗掲揚台
国旗掲揚台

高櫓郭(Ⅰ郭)から北側すこし下がったところが本郭(Ⅱ郭)で、展望台からは大阪平野が一望できます。

展望台
展望台

展望台からの眺望
展望台からの眺望

展望台からの眺望(大阪城)
展望台からの眺望(大阪城)

本郭(Ⅱ郭)から北側すこし下がったところがⅢ郭で、Ⅲ郭手前右方向の山道を行ってみると、石垣3・石垣4を見ることができます。

石垣3石垣3
石垣3

石垣4
石垣4

Ⅲ郭から西側にある曲輪群A・北條神社へ続く山道を少し下りると石垣5・6・7があります。

Ⅲ郭Ⅲ郭
Ⅲ郭

石垣5
石垣5

石垣6(上)・7(下)
石垣6(上)・7(下)

Ⅲ郭から北側への山道はかなり急になっています。下りたところは旧道と新道へ分岐になっていますが、旧道は法面崩壊の恐れがあるため新道へとの案内が出ていました。三本松丸(Ⅳ郭)はここをすこし上がった旧道沿いのため、安全そうなところまで行って戻ってきました。

Ⅲ郭北側山道
Ⅲ郭北側山道

旧道新道分岐
旧道新道分岐

三本松丸(Ⅳ郭)
三本松丸(Ⅳ郭)

新道へ進みます。分岐を下りだしてすぐ右に振り替えると山道の下側に石垣90が確認できました。

石垣90石垣90
石垣90

進むと御体塚郭(Ⅴ郭)の南側に出ますが、その手前右側には石垣14・15・16が確認できます。

石垣14・16
石垣14・16

石垣14
石垣14

石垣16
石垣16

石垣15
石垣15

階段をずっと登ると御体塚郭(Ⅴ郭)です。御体塚郭(Ⅴ郭)は三好長慶の死を公表しなかった2年間の仮埋葬地だといわれています。

御体塚郭(Ⅴ郭)御体塚郭(Ⅴ郭)
御体塚郭(Ⅴ郭)

Ⅵ郭へ向かいます。御体塚郭(Ⅴ郭)北側から山道を下りていくと右側に石垣18がありました。さらに下りて、御体塚郭(Ⅴ郭)とⅥ郭間の大堀切にでました。岩盤が削り抜かれいていて見事です。

大堀切
大堀切

大堀切を左手に山道を進むと北端のⅥ郭です。比叡山、六甲山、淡路島、南河内まで見渡せる視界270度の眺望が広がります。

Ⅵ郭Ⅵ郭Ⅵ郭Ⅵ郭Ⅵ郭
Ⅵ郭

飯盛山史蹟碑
飯盛山史蹟碑

ここまででⅠ郭からⅥ郭までの北側遺構を見たので、Ⅴ郭(御体塚郭)の東側の山道経由で南側へ戻ります。途中で石垣19を確認できました。

石垣19
石垣19

御体塚郭(Ⅴ郭)の南側でもと来た山道に合流し、三本松丸(Ⅳ郭)南側の分岐(行きに通った旧道新道分岐)で左側石垣1方向へつながる山道を進みます。Ⅲ郭東側あたりでⅢ郭へつながる山道に進みすこし上がったところに石垣9、つづいて石垣54を確認しました。

Ⅲ郭へつながる山道(右)
Ⅲ郭へつながる山道(右)

石垣9
石垣9

石垣54
石垣54

Ⅲ郭に戻り、石垣3・4を経由してそのまま進んでいけば石垣71が見られるはずでしたが、よくわかりませんでした。

そのまま進んで、高櫓郭(Ⅰ郭)と千畳敷郭(Ⅷ郭)の間の大きな堀切へ戻ってきました。これから南側を見ていきます。管理用道路を登るとっていくと千畳敷郭(Ⅷ郭)です。千畳敷郭の最高部にはNHK・FM送信所が立っています。

中断を西方向へ行くと土塁が見られます。

千畳敷郭(Ⅷ郭)千畳敷郭(Ⅷ郭)
千畳敷郭(Ⅷ郭)

土塁
土塁

千畳敷郭(Ⅷ郭)の南側は南丸(Ⅸ郭)です。南丸(Ⅸ郭)には石垣で築かれた虎口があります。

南丸(Ⅸ郭)
南丸(Ⅸ郭)
南丸(Ⅸ郭)
南丸(Ⅸ郭)

石垣31(左)石垣30(右)と虎口
石垣31(左)石垣30(右)と虎口

石垣30
石垣30

これで飯盛城散策は終了、行きとは違う道で帰りました。虎口から南へ道なりに進み、途中、「桜池・野外活動センター」の道標で左折し、山道をひたすら下っていくと駐車場近くまで戻れました。

「桜池・野外活動センター」の道標
「桜池・野外活動センター」の道標

時刻はちょうどキャンピィだいとうが開館するちょうど10時すぎ、スタンプと御城印をゲットしました。

#160 飯盛城スタンプ飯盛城御城印

次は芥川山城へ向かいます。