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観光スポット

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #3-3 水城

大宰府市役所
大宰府市役所

さて今回の旅の最後は水城です。水城の前に大宰府市役所に立ち寄って、水城のスタンプをゲットしに行きました。ここは12月に行く予定の大野城のスタンプも入手できます。スタンプを押すと、パンフレットとマップをいただけました。

■■ 水城 ■■

水城は、太宰府市・大野城市・春日市にまたがり築かれた古代の城です。1350年前の百済の役敗戦に際し、日本を守るため初めに築かれた城砦です。水を貯えた濠と土塁とからなり、今も長さ1.2kmもの巨大な土塁を目にすることができます。国の特別史跡、続日本100名城の182番です。時間の関係で今回は東門跡周辺を散策しました。

水城跡第2広場駐車場
水城跡第2広場駐車場
水城跡碑
水城跡碑
水城(大堤)
水城(大堤)

水城跡第2広場駐車場に15:30すぎに到着しました。ここからは東側の土塁(大堤)が遮るものがなくよく見え、九州自動車道に向かって続く巨大な防壁の長さと高さを実感できます。

東門跡方向
東門跡方向

東門跡や水城館(月曜休館)、展望台などがある南東方向へ向かいます。土塁が見えているので迷うことはなくすぐです。

水城大堤之碑
水城大堤之碑

水城大堤之碑は、水城の青年会が大正天皇大典記念として建てた石碑です。博多から碑文の石を、宝満山から台座の石を自力で運んで建立した歴史ある石碑です。裏面には当時の水城跡の測量結果などが刻まれています。

水城東門跡
水城東門跡
水城東門跡
水城東門跡
官道
官道

水城東門跡は水城大堤に、東西2箇所だけ設けられた城門の東側の跡地です。大宰府へと繋がる官道が通り、都からの役人や外国の使節を迎える大宰府の事実上の表玄関でした。東門の柱を支えていた礎石が1つ残っています。

水城館
水城館

水城館は水城の土塁をイメージした特徴的な外観の歴史ガイダンス施設ですが月曜の今日は休館です。

万葉歌碑
万葉歌碑

水城館の前庭には歌を詠みあった大伴旅人と児嶋の万葉歌碑があります 。

水城東門跡展望所
水城東門跡展望所
水城東門跡展望所より
水城東門跡展望所より

水城館の東側から土塁を登ったところには水城東門跡展望所があります。長さ約1.2㎞、高さ約10m、基底部の幅は約80m、博多湾側(右側)には幅約60mの外濠を持っていたとされる水城のようすを見渡すことができます。

水城(北側)
水城(北側)

東門跡から県道を渡り土塁の方へ向かいます。北側を少し歩いた後、南側へ。

木碑の再現
木碑の再現
水城(南側)
水城(南側)

南側の入口には木碑の大きさや設置されていた場所などを再現した四角い構造物があります。

水城瓦窯跡
水城瓦窯跡

水城瓦窯跡は、水城の城門や関連施設に使用する瓦を焼いていた古代の窯の跡です。地下に保存されています。

木樋跡
木樋跡

木樋跡は土塁の底部を貫通するように埋められていた木樋(もくひ)という巨大な木製の水道管が発見された地点です。水城の内側(南側)から外側(北側)の外濠へ水を送り、濠の満水を維持していました。ここはその取水口です。

衣掛石
衣掛石

ここからは菅原道真公の伝説エリア(旧日田街道沿い)に入ります。衣掛石は都から大宰府へ左遷されてきた道真公が長旅の末に水城へ辿り着いた際、汚れを落とすために旅衣を脱ぎ、傍らにあったこの石と松の木に掛けたという伝承が残っています。現在は県道に面した祠の中に祀られています。

衣掛天満宮
衣掛天満宮

衣掛天満宮は道真公が大宰府へ入る前に、着替えた衣を松と石に掛けたという故事に因み、後世の人が建てた社です。

姿見井
姿見井

姿見井は衣掛天満宮のすぐ近くにある井戸跡です。道真公が大宰府へ西下した際、身支度を整えるため、この地にあった池に自らの姿を映したといいます。あまりにもやつれた姿を嘆き、池の水をかき回したところ水はたちまち濁り、その後決して澄むことがなかったと伝えられています。

これで予定していたみどころの散策は終了、帰路につきます。16:50ごろ出発、17:30ごろレンタカー返却、19:00のSFJ便は時刻通りに出発し、帰宅したのは23:05ごろでした。

さて今回はGoogle AIに散策ルートなどを作ってもらったわけですが、その印象は、かなりちゃんと使える!でした。ただし誤情報も入ってくる(平気でうそをつく)ので、ちゃんと指摘して反映させることは必須ですね。今回言うこと聞いていればと思う失敗もありましたし。

これで日本100名城はあと5城、続日本100名城はあと6城となりました。次の城めぐりの旅は12月に予定しています。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #2-2 鞠智城

島原港ターミナルビル
島原港ターミナルビル
フェリー窓口
フェリー窓口

続いて鞠智城へ向かいますが、島原外港から熊本港までフェリーで有明海を渡ります。12:15発の九商フェリーはネット予約済み、窓口に出港30分前必着でしたが、余裕ありすぎました。11:20ごろ島原港ターミナルビルに到着。料金3,400円ですが、安すぎる!出発までターミナル内のお土産みたり、付近をぶらぶらして出発時刻を待ちます。お土産に長崎カステラを購入できてよかった!

レインボーかもめ号
レインボーかもめ号

フェリーはくまモンが描かれたレインボーかもめ号です。

さよなら長崎!
さよなら長崎!

出港してからしばらくゆっくり進んでいて、沖に出たらスピードアップするのかと思いきや、ずっとこのスピード、これで60分で着くのかと思うほどですが、船が大きいからスピード感ないんでしょう。

時刻通りに熊本港について、そのまま鞠智城へ。

■■ 鞠智城 ■■

八角形鼓楼
八角形鼓楼

14:17ごろ、歴史公園鞠智城駐車場に到着しました。駐車場に到着前から八角形鼓楼が見え、教科書でも見たことある景色だと感動します。よく整備されていて観光客も沢山でやっぱり有名なところは違うなぁという印象。

鞠智城温故創生之碑
鞠智城温故創生之碑
温故創生館
温故創生館

駐車の脇に温故創生館があり、その前には鞠智城温故創生之碑が建っています。防人やその家族、百済の貴族などのブロンズ像です。

鞠智城ジオラマ
鞠智城ジオラマ

温故創生館の受付でスタンプを押すと、どこから来られましたか?と聞かれました。お答えするとパンフレットと無料の限定御城印がいただけました。

八角形鼓楼と米倉
八角形鼓楼と米倉
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼
八角形鼓楼

まずは復元建物群から散策開始します。いたるところに礎石建物跡や掘立柱建物跡があります。一番近くに建っている八角形鼓楼はひときわ目立つ日本国内の古代山城では大変珍しい八角形の掘立柱建物で、スタンプや御城印のデザインにもなっているシンボルです。

米倉
米倉
米倉
米倉

米倉は、重い荷物に耐える造り、かつ周りから大量の炭化した米が見つかったことから米倉として復元され、高床の校倉造りになっています。

兵舎
兵舎
兵舎
兵舎

兵舎は、城の守りについた防人たちが共同で暮らすための建物です。柱穴が建物の外壁部分だけに掘られた、側柱の掘立柱建物です。

板倉
板倉
板倉
板倉

板倉は、武器や武具などを保管するための倉庫として、柱穴を建物の内側にまで配置した総柱の掘立柱建物です。

長者山展望広場休憩所
長者山展望広場休憩所
長者山展望広場休憩所
長者山展望広場休憩所

東側の丘(長者山)へ道なりに登っていくと長者山展望広場休憩所があります。古代建築のデザインの休憩所です。

灰塚展望所へ続く道
灰塚展望所へ続く道
灰塚展望所
灰塚展望所
灰塚展望所
灰塚展望所

奥のさらに高い場所まで道がつながっています。少し大変そうですが登るとそこは灰塚展望所です。城内全体や周囲の雄大な景色を一望できる360度大パノラマの展望デッキで、天気がよい日には遠くに雲仙普賢岳を見ることもできます。

と、ここまできて、こちら方面のみどころは見終えたとの大失敗の早とちりが、散策後判明。。。

池の尾門跡へ
池の尾門跡へ
池の尾門跡へ
池の尾門跡へ

灰塚展望所から展望広場休憩所手前へもどり南へ下りていく道で池の尾門跡へ行けると確信し、上手なショートカットだと丘をひたすら下りていくと、平地に出ました。

池の尾門跡
池の尾門跡
池の尾門跡
池の尾門跡
池の尾門跡
池の尾門跡

右に少し進んだ先に池の尾門跡がありました。池の尾門跡は城で最も低い位置にあり、西側、南側土塁線尾根に挟まれた谷部にあります。説明板にある遺構は埋め戻されていてよく分かりませんが、本物の門礎石が残されています。

東へ戻っていき、南側土塁、堀切門、深迫門、馬こかしの石垣とみていきます。

分岐
分岐
南側土塁入口?
南側土塁入口?
南側土塁
南側土塁

道なりに進み、途中分岐を右に進んであずまやの見える方へ進んで行くと、南側土塁入口があるはずなのですが、よく分からず。何の道標もなく、もしかしてこれ?と思ったところを突き進んでみました。絶対ここじゃないと登るうちにわかりましたが、南側土塁は目の前に見えているので強行突破!

南側土塁
南側土塁
南側土塁
南側土塁

無理やり南側土塁の上にたどり着きました。すると近くにベンチの見える空間とその奥は普通に道あり。さっきの苦労はなんだったのか、ちゃんと案内してくれよー。まぁおかげで土塁がいかに強固な防御の役割を果たしているかを実感できました。

堀切門跡
堀切門跡
堀切門跡
堀切門跡
堀切門跡
堀切門跡

あずまやのところに出て、さらに分岐があり上側の道を進んだ先に堀切門跡があります。大変珍しい1石2穴の門礎石が残されています。通常は柱ごとに礎石が分かれていますが、ここでは1つの巨石の両端に、門扉の軸をはめ込むための穴が2つ掘られています。

深迫門跡
深迫門跡
深迫門跡
深迫門跡

いよいよ散策も大詰め、さらに進んで案内板に従って小道へそれると深迫門跡があります。城の南東隅にあり「長者どんの的石」と呼ばれる巨石(門礎石)が残っています。

散策終了
散策終了

駐車場へ至る途中に最後のみどころの馬こかしの石垣あるはずなので、行ったり来たり随分探し回ったのですが結局分からずで散策は終了です。ということで、途中での大失敗により、西側土塁、涼みヶ御所、ワクド石、貯水池跡は見られずでした。。。

ホテルクラウンヒルズ熊本
ホテルクラウンヒルズ熊本

16:45ごろ出て、今日の宿・ホテルクラウンヒルズ熊本には18時ごろチェックインしました。

サンロード新市街
サンロード新市街
えびすや
えびすや

さて夕飯はついてないので、周辺を探し回ってはいったのは、サンロード新市街というアーケードにある、えびすやというローカルチェーンの居酒屋でした。

えびすや
えびすや

馬刺し、とり天、からしレンコン棒など名物堪能、リーズナブルでとても満足でした。夜はホテルの大浴場・サウナを今日も満喫です。

明日最終日は、熊本城、久留米城、水城をめぐります。

長崎・熊本・福岡城めぐりの旅 #2-1 島原城

2泊3日の長崎・熊本・福岡城めぐりの旅2日目。今日は、島原城、鞠智城をめぐります。

ホテル朝食
ホテル朝食
東洋九十九ベィホテル
東洋九十九ベィホテル

できるだけ時間に余裕が欲しかったので、朝風呂後に7:00から朝食をいただき、7:35ごろチェックアウトしました。

武家屋敷駐車場
武家屋敷駐車場
島原武家屋敷
島原武家屋敷
島原武家屋敷通り山本邸
島原武家屋敷通り山本邸
島原武家屋敷通り
島原武家屋敷通り

7:50に武家屋敷駐車場に到着しました。 島原城にも駐車場がありますが、9:00からなのと有料なので、歩けばいいやと無料のこの駐車場から散策します。島原武家屋敷通りの風情を少し楽しみました。

西虎口門跡
西虎口門跡
時鐘楼
時鐘楼
時鐘楼
時鐘楼

通りから外れて東へ向かい、西虎口門跡、時鐘楼を経て内堀に出ます。時鐘楼は、島原藩主松平忠房公が「民に時刻を知らしめ、これを励行せしむることは政治の要道である」として建てたもの(復元)です。

■■ 島原城 ■■

島原城は、長崎県島原市にある安土・桃山様式の連郭式平城で、国指定史跡、日本100名城の91番です。松倉豊後守重政が築城し、松倉氏による過酷な重税やキリシタン弾圧が引き金となり、島原の乱が勃発、その後高力氏、松平氏、戸田氏の4氏19代にわたり約250年間の藩政の拠点となりました。

内堀(西側)
内堀(西側)
内堀(北側)
内堀(北側)

時鐘楼のすぐ前の内堀はその北西隅にあたります。まずその幅と深さに圧倒されます。そのまま東へ進みます。北側の小学校がある場所は三の丸です。

三の丸
三の丸

■二の丸

二の丸
二の丸
二の丸
二の丸

内堀にかかる土橋を渡ると現在島原文化会館が建っている二の丸です。二の丸にも石垣が残っています。

内堀(菖蒲園入口)
内堀(菖蒲園入口)
内堀から二の丸石垣のぞむ
内堀から二の丸石垣のぞむ

菖蒲園のある内堀を経由して廊下橋跡まで行くつもりでしたが、ススキなのかオギなのか、あまりに密生していて種みたいのも沢山ついたりして、これ以上進むのは無理だとなった内堀の北東隅あたりで断念。ただ、ここからの風景も素晴らしかったです。

二の丸石垣(東側)と内堀
二の丸石垣(東側)と内堀
廊下橋跡と内堀
廊下橋跡と内堀

二の丸に戻って東側から南に行くと廊下橋跡に出ます。

日本弁論連盟発祥之地碑
日本弁論連盟発祥之地碑
廊下橋跡
廊下橋跡
内堀(本丸-二の丸)
内堀(本丸-二の丸)
廊下橋跡
廊下橋跡

近くに城とは関係ないですが日本弁論連盟発祥之地碑が建っています。廊下橋は本丸と二の丸の間の内堀に架けられた橋で、敵の襲撃時には、橋を落として本丸への侵入を防ぐ要所でした。現在は通常の土橋になっていてその先は本丸です。

■本丸(下段)

本丸(下段)
本丸(下段)
本丸(下段・北東隅)
本丸(下段・北東隅)
二の丸のぞむ
二の丸のぞむ
丑寅櫓
丑寅櫓

本丸に入りますが、本丸は大きくは上下二段のようになっていて、古文書によっては、二の丸、本丸となっているようです。実際に行ってみるとその方がしっくりきます。便宜上、上段、下段と分けて書きます。下段には7つの櫓があったそうで、歩いていても複雑な構成になっている印象です。下段北東隅の区画からは内堀を見降ろせ、北側から丑寅櫓を見上げることができます。

キリシタン墓碑
キリシタン墓碑
梅干かめと石の水道管
梅干かめと石の水道管
東京オリンピック聖火台
東京オリンピック聖火台
静座像
静座像
宮崎康平の碑
宮崎康平の碑

本丸(下段)北側には、半円柱形柱状伏碑が三基、五角柱形柱状伏碑が一基の四基のキリシタン墓碑が置いてあります。左へ順に湧き水を城内へ引くために使われた石の水道管(石樋)、籠城用の梅干かめ、東京オリンピック聖火台、北村西望による「静座」像、島原の子守唄の作者である宮崎康平の碑が展示されています。

■本丸(上段)

天守
天守
天守
天守

さて坂を南へ登ると本丸(上段)で、五層五階の層塔型天守が目に飛び込んできます。想像以上に巨大で立派なもので、復元されたものですが見た目もすごく綺麗です。開館時間前なので先に周辺を散策します。西の櫓のある方はちょうど松の木で駐車場が隠れて天守がきれいに撮れるフォトスポットです。

天草四郎像
天草四郎像
若き日の織田信長像
若き日の織田信長像
獅子像・浦島像
獅子像・浦島像

西の櫓は後で回るとして東へ向かっていくと、天草四郎像が。原城でみたものと同じだ!でも色が違う。。。こちらは緑色です。その右側には若き日の織田信長像、左側には獅子像と浦島像 、これらも北村西望によるものです。その先には西望記念館(巽の櫓)があります。

西望自刻胸像
西望自刻胸像
自由の女神(平和の女神)
自由の女神(平和の女神)
聖火
聖火
聖観世音菩薩
聖観世音菩薩
人類の危機
人類の危機
獅子吼
獅子吼
日蓮上人
日蓮上人

入口手前には西望自刻胸像があり、その一角には自由の女神(平和の女神)、聖火、聖観世音菩薩、人類の危機、獅子吼、日蓮上人といった西望の作品が立ち並んでいます。

島原城御馬見所
島原城御馬見所
島原城御馬見所
島原城御馬見所

西望記念館は後で見るとして北側に少し行くと島原城御馬見所が建っています。幕末の時代に藩士の訓練状況を見るために三ノ丸に建てられましたが、ここに移築されました。島原城の数少ない遺構として貴重な建造物で国の登録文化財です。

星空無限像
星空無限像

御馬見所の前にも西望の星空無限像が建っています。

古野梅林
古野梅林
古野梅林
古野梅林

本丸(上段)の北西部は一段高くなっていて古野梅林となっています。

■天守

旧鯱
旧鯱

さていよいよ天守です。入口手前右側には旧・鯱が展示されています。天守閣復元時に据え付けられた雌雄一対で2022年にその役目を終え、新しい鯱に変わりました。

クリア版
クリア版
通常版
通常版

天守入口は地階で、入館料は700円で、御城印は窓口で購入でき通常版とクリア版の両方ゲットしました。スタンプは地階奥に設置されています。

天守一階
天守一階
マリア観音像
マリア観音像
隠し十字入地蔵型灯籠
隠し十字入地蔵型灯籠
原の城攻防図模型
原の城攻防図模型

天守一階は、貿易・宣教時代、禁教時代、島原の乱のコーナーに分けて、キリシタン史料が展示されています。

天守二階
天守二階

二階は、郷土史料として、太刀・鎧・冑や調度品など藩主や島原城にかかわる展示がされています。

天守三階
天守三階

三階は、民俗史料として、焼き物や武器など庶民生活にかかわる展示がされています。

天守四階
天守四階

四階は、観光と物産のコーナーで、観光案内の休憩室や、兜や陣羽織を着用できる武将なりきり体験コーナーがあります。

天守五階
天守五階
雲仙普賢岳・眉山
雲仙普賢岳・眉山
島原の街並みと有明海
島原の街並みと有明海

五階は展望所です。360度のパノラマで、島原の街並みはもちろん、西側は雄大な雲仙普賢岳や手前の眉山、東側は有明海とその向こうに連なる熊本の山々まで見渡せます。

■本丸(上段)

西望記念館(巽の櫓)
西望記念館(巽の櫓)

天守の出口から出て西望記念館(巽の櫓)に入ります。本丸(上段)南東です。西望記念館は島原出身の「平和祈念像」の作者である北村西望の米寿を祝して開館されました。

西望記念館一階
西望記念館一階
平和祈念像
平和祈念像
西望記念館二階
西望記念館二階
西望記念館三階
西望記念館三階

中へ入ると数多くの作品が展示されていますが、やはり目を引いたのは平和祈念像でした。これ見たことある!となったからです。これを作った人なんだぁと理解しました。

民具資料館(丑寅の櫓)
民具資料館(丑寅の櫓)
民具資料館一階
民具資料館一階
民具資料館二階
民具資料館二階

続いては本丸(上段)北東にある三重復元櫓の丑寅の櫓で、現在は民具資料館として無料開放されています。明治、大正、昭和の暮らしが偲ばれる、なつかしい民具が展示されていました。

一階の片隅には、諫早門の門扉(現物)がひっそりと展示されています。かなり貴重だと思いますが、なぜここに展示?わかんないよねぇ。

観光復興記念館
観光復興記念館

続いて観光復興記念館です。1990年代の雲仙普賢岳の噴火災害とそこからの復興をテーマにした展示館ですが、正直ピンときませんでした。いきなりエレベーターで一階に下りてしまったため二階のみるべきところをスルーしてしまった?

西の櫓
西の櫓
西の櫓一階
西の櫓一階
西の櫓二階
西の櫓二階
西の櫓三階
西の櫓三階

本丸最後は本丸(上段)西側の復元三層櫓である西の櫓で、島原城で最初に復元された櫓です。日本タオルに描かれた日本全国のお城の絵や各県の特徴あるさまざまなこけしが展示されています。

■内堀

最後は本丸西側から内堀へ出て南側、東側、北側と反時計回りに内堀沿いを歩いて駐車場へ戻ります。

本丸西側入口
本丸西側入口
本丸石垣と西の櫓
本丸石垣と西の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓
天守・巽の櫓・丑寅の櫓
天守・巽の櫓・丑寅の櫓
天守と巽の櫓
天守と巽の櫓

本丸の南面は大きな堀、複雑な屏風折れの高い石垣と白い土塀、天守や櫓群が重なる息をのむほどの美しい迫力ある景観が楽しめます。本丸駐車場にとめたら見逃しそうですが、ここ見なくてどうするというほど必見、歩いてなんぼです。

ということで、武家屋敷駐車場に戻り、11:10ごろ出発しました。次は鞠智城ですが、この後フェリーで熊本まで向かいます。

あぶくま洞

OSMO POCKET 4Pデビューをかねて、行きたいと思っていたあぶくま洞へ行ってきました。あぶくま洞は福島県田村市にある鍾乳洞です。全長4218.3m、公開部600mの洞内に、多種多様な鍾乳石が数多くある日本有数の鍾乳洞で、小学生か中学生の時に一度学校行事で来たことがありました。

あぶくま洞案内板
あぶくま洞案内板

入場料は1,200円です。公開されているのは一般コース600mと探検コース120m(別途300円要)です。今回は一般コースのみにしました。

入口
入口
若人の窟
若人の窟
妖怪の塔
妖怪の塔
白磁の滝
白磁の滝
滝根御殿・黄金のカーテン
滝根御殿・黄金のカーテン
滝根御殿
滝根御殿
滝根御殿・不滅の滝
滝根御殿・不滅の滝
滝根御殿
滝根御殿
竜宮殿
竜宮殿
樹氷とクリスマスツリー
樹氷とクリスマスツリー
月の世界
月の世界

日本三大鍾乳洞の秋芳洞、龍泉洞、龍河洞にも行ったことがありますが、それぞれ個性があります。ここは鍾乳石がメインの印象ですね。鍾乳洞がどんなものかを初めて教えてくれたところで三大鍾乳洞に全く引けをとらない素晴らしい鍾乳洞だということを再確認できました。

さて、洞内ではOSMO POCKET 4Pを回し続けました。ファーストインプレッションですが、OSMO POCKET 3と比べると大きさや重さはそれほど気になりませんでした。期待していたズームですが、ズームボタンが使いにくいです。広角と中望遠の切り替えは、もう少しなめらかにカメラ切り替えできないものか。正直これは期待外れでした。 ズーム映像として使用する気になりません。これだったら、今までどおりS1RM2で8Kで撮影してPCでの編集でズームさせた方が圧倒的に勝ちです。

洞内でInsta360 Luna Ultraで撮影している人がいたのですが、あちらはズームは使いやすいと評判です。見た目もかっこよかったし。初のInsta360に浮気もあり?

まぁ、今日はデビュー戦なのでもう少し使い倒しましょう。

生姜焼きセット
生姜焼きセット

ということで今日の宿は郡山にあるなりた温泉です。夕飯は併設のビール園で生姜焼きセットにしました。

明日は帰るだけですが、何か名物でも食べて帰りますかね。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #3-2 鹿児島城

今回の旅の最後は鹿児島城です。

■■ 鹿児島城 ■■

鹿児島城は、鹿児島市にある城で、別名、鶴丸城といいます。江戸時代に島津家久によって築かれました。山麓の平城(居館)と背後の山城(城山)から構成された平山城で、国指定史跡、日本100名城の97番です。城山は非常時の詰めの城(要塞)として一体的に利用されました。

旅程では、黎明館の駐車場に停めて、城山まで含めてすべて徒歩でまわる予定でしたが、暑さと疲労で城山登るのはきつすぎるということで、最初に城山へ。

■城山

城山公園駐車場
城山公園駐車場
城山公園案内
城山公園案内

11時すぎ城山公園駐車場に到着しました。城山には鹿児島城の遺構はあまり残っていない感じで土塁が見られる程度でしょうか。

城山展望台
城山展望台
城山展望台から
城山展望台から

城山は城跡というよりも桜島を一望できる公園というイメージですね。ということで城山展望台へ。ほとんどの観光客がここからの眺望目当てに訪れているようです。確かに鹿児島にきたらここからの桜島、錦江湾と鹿児島市街の眺望は外せません。

西南戦争薩軍本営跡
西南戦争薩軍本営跡
土塁
土塁
西南戦争薩軍本営跡の碑
西南戦争薩軍本営跡の碑

駐車場の北側一段あがったところは西南戦争薩軍本営跡で今はドン広場と呼ばれる広場があります。土塁を見るならここが来やすいと思います。北側の土塁の上には西南戦争薩軍本営跡の碑がとてもひっそりと立っていました。

さて、土塁を見るのに誤って城山遊歩道の方を進んでしまいだいぶ時間を使ってしまった結果、1時間ほど経っていました。クルマで山麓へ移動します。

西郷隆盛洞窟
西郷隆盛洞窟

道中には西郷隆盛洞窟があります。西南戦争の最終局面で西郷隆盛が幹部とともに最後の5日間を過ごしたとされる洞窟です。

さてこの道をまっすぐずっと進めば西郷隆盛終焉の地があったはずが何故か道を間違えてたどり着けず。あきらめてそのまま黎明館の駐車場へ着いたのですが、黎明館が月曜休館日、それは知っていましたが駐車場まで休みとは。。。12:21ごろ、近くのコインパーキングに駐車しました。ここから徒歩で鹿児島城を散策します。

■二之丸

二之丸跡(市立美術館)
二之丸跡(市立美術館)

最初に、まちあるき観光ステーションを目指します。この辺りは二之丸があった場所で市立美術館や県立図書館が建てられています。

西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像

途中に西郷隆盛銅像がありました。

まちあるき観光ステーション
まちあるき観光ステーション

まちあるき観光ステーションでスタンプと御城印をゲットしました。なんとこちらには、(無いと勝手に思い込んでいた)知覧城の御城印もありました。3城全部買うと島津氏家紋を自由に押せるということで志布志城も追加で購入。家紋は押してもらいました。

二之丸(県立図書館)
二之丸(県立図書館)
二之丸跡案内板
二之丸跡案内板
二ノ丸石垣
二ノ丸石垣

御城印が曲がってしまうのが嫌なので一旦クルマにおいてから散策再開。県立図書館には二之丸跡の案内板がありました。

本丸石垣
本丸石垣

御楼門方向へ進んで行くと内堀と本丸石垣が見えてきます。

金場取残積み
金場取残積み
亀甲積み
亀甲積み
算木積み
算木積み

歩道には、金場取残積み、亀甲積み、算木積みといった石垣を説明した展示があります。

■御楼門

御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀

御楼門に着きました。御楼門は本丸大手門で、2020年に日本最大の城門として復元されました。高さ約20メートル、幅約20メートルの二階建て櫓門です。

西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
御楼門枡形
御楼門枡形
御楼門
御楼門

御楼門の土台や周囲の石垣には、西南戦争時の銃撃戦の弾痕がものすごい数で残っていて、戦闘の激しさを肌で感じられます。

■本丸

黎明館
黎明館

本丸に入ると黎明館(鹿児島県歴史・美術センター)が建っています。

排水溝(復元)
排水溝(復元)

御楼門の裏手には、石垣への水の浸透を防いで構造を守るために設けられた排水溝が復元整備されています。

島津重豪公頌徳碑と御楼門
島津重豪公頌徳碑と御楼門

御楼門の横に立つ島津重豪公頌徳碑は、藩校「造士館」を創設した第8代藩主・島津重豪の学術・教育面における多大な功績を称えるものです。

御角櫓跡
御角櫓跡

御角櫓跡は、本丸南西隅にあった御角櫓の跡で長方形の二階櫓が建っていました。

庭園跡
庭園跡

庭園跡は、藩主御殿の庭園遺構で往時の池泉回遊式庭園を再現したものです。

麒麟の間跡と能舞台跡
麒麟の間跡と能舞台跡

庭園跡の隣には、麒麟の間跡と能舞台跡があります。麒麟の間は本丸御殿の一角にあった寛ぎの空間の役割をもっていました。

御楼門建設技術展示
御楼門建設技術展示

黎明館の正面玄関には、御楼門復元に用いられた建設技術に関する展示があります。

天璋院篤姫像
天璋院篤姫像

天璋院篤姫像は、大河ドラマで知られる天璋院篤姫の銅像です。11代藩主・島津斉彬の養女となり、江戸に輿入れする前の約3ヶ月間を鹿児島城で過ごしました。

本丸
本丸
北御門跡
北御門跡
本丸石垣と内堀
本丸石垣と内堀

本丸の北側には北御門跡があります。御楼門が通常閉まっていたため、薩摩藩士たちが日常的に使っていた門です。

薩摩義士碑
薩摩義士碑
薩摩義士碑
薩摩義士碑

北御門跡から出て坂を少し上がったところには薩摩義士碑があります。江戸時代の「宝暦治水」と呼ばれる難工事で犠牲になった薩摩藩士たちを供養・顕彰する史跡です。

西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地

まだ時間があるので先ほどたどり着けなかった西郷隆盛終焉の地まで足を伸ばしました。なんと徒歩でも道を間違ってしまった。。。

私学校石垣の西南戦争時の弾痕
私学校石垣の西南戦争時の弾痕
本丸北東面石垣(鬼門除け)
本丸北東面石垣(鬼門除け)

戻って内堀の北側を進んで行くと、西郷隆盛が創設した私学校跡の石垣にも西南戦争時の無数の銃弾痕が残っていました。

最後に本丸北東面石垣(鬼門除け)を確認します。鬼門と呼ばる北東の石垣の角を意図的に凹ませて鬼門除けとしている珍しい遺構です。これで散策は終了、13:55ごろ御楼門前なので約1時間半くらいの散策でした。

鹿児島城散策はほぼ西郷さん散策という感じでしたが、あまりにも西郷さんが有名なので仕方ないですね。

駐車場に戻って、荷物を整理していたら、スタンプ帳や御城印などを入れるビニールケースが見当たらない!もしやと思い、クルマを走らせてからまちあるき観光ステーションへ行ってみると、ありました!こんなところに忘れるとは情けない。でも見つかって一安心。ということで帰路につきました。

飛行機からの夕日
飛行機からの夕日

レンタカーを返却後空港に着くと、帰り16:40の飛行機がなんと一時間も遅れることになり、22:50ごろ帰宅しました。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #3-1 知覧城

2泊3日の熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅最終日の今日は、知覧城、鹿児島城をめぐります。

6時すぎにホテルを出て、知覧城へ向かいます。知覧城駐車場には7:44ごろ到着しました。

■■ 知覧城 ■■

知覧城は、鹿児島県南九州市にあるシラス台地」築かれた中世の山城で、主要部は本丸、蔵之城、今城、弓場城という4つの独立した曲輪からなり、それぞれがシラス崖で守られた独立した砦のような構造になっています。国指定史跡に指定され、続日本100名城の198番です。

知覧城駐車場
知覧城駐車場
知覧城跡案内板
知覧城跡案内板
登城口
登城口
登城道
登城道

知覧城駐車場は主要部の北側にあり、東方面に向かって本丸のまわりに沿って進んで登城します。

空堀(東ノ栫-本丸)
空堀(東ノ栫-本丸)
空堀(東ノ栫-本丸)
空堀(東ノ栫-本丸)

段々と平場が狭くなってきて東ノ栫-本丸間の空堀に入ります。左側が東ノ栫、右側が本丸です。

今城(正面)と防空壕跡
今城(正面)と防空壕跡

ずっと進んで行くと分岐点があり、正面の切岸は今城のものです。右側には第二次世界大戦時の防空壕跡があります。

空堀(東ノ栫-今城)
空堀(東ノ栫-今城)
空堀(今城-本丸)
空堀(今城-本丸)
空堀(今城-本丸)
空堀(今城-本丸)

分岐点左方向には東ノ栫-今城間の空堀が続いています。右前方に登る道との分岐がありますが、案内標識にしたがって左側を進みます。

今城・弓場城への分岐
今城・弓場城への分岐
本丸・蔵之城への分岐
本丸・蔵之城への分岐

しばらく進むと左、今城・弓場城の標識がありますが、先に本丸・蔵之城の方へ進みます。その先の分岐で本丸・蔵之城の方へ進みます。

■本丸下平場

枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)
枡形虎口(本丸下平場)

登っていくと枡形虎口があり登り切ったところは本丸と蔵之城の下の平場です。正面に本丸、左手前側が蔵之城です。

本丸下平場
本丸下平場
本丸への階段
本丸への階段

■本丸

本丸下平場
本丸下平場
本丸枡形虎口
本丸枡形虎口
本丸枡形虎口
本丸枡形虎口

最初に本丸へ。本丸への階段を登っていくと本丸桝形虎口を経て本丸です。

知覧城址碑
知覧城址碑
本丸
本丸
本丸
本丸

入ってすぐの場所に知覧城址碑が立っていて広い平坦地になっています。

本丸土塁
本丸土塁
本丸土塁
本丸土塁

北側には土塁がよく残っています。

■蔵之城

蔵之城への入口
蔵之城への入口
蔵之城枡形虎口
蔵之城枡形虎口
蔵之城
蔵之城
蔵之城跡案内板
蔵之城跡案内板

平場に下りて次は階段を登って蔵之城へ。蔵之城の虎口は枡形になっています。

掘立柱建物跡
掘立柱建物跡

掘立柱建物跡があり、この建物は室町時代のものと考えられています。ここでも土塁が見られます。

■弓場城

今城と弓場城の分岐
今城と弓場城の分岐
弓場城
弓場城
弓場城
弓場城
竪堀
竪堀

さて、蔵之城、本丸下平場から下りて先ほどの今城・弓場城への分岐まで戻ります。坂を登っていくと今城と弓場城の分岐があり、右側登ってすぐ弓場城です。弓場城は武士たちが弓術の修練を行う場所として使われていたそうです。竪堀も見られます。

■今城

今城枡形虎口
今城枡形虎口
今城枡形虎口
今城枡形虎口

先ほどの分岐に戻り、最後に今城へ。坂道を登っていくと今城の枡形虎口を経て今城に入ります。

今城
今城
今城
今城
今城
今城
今城土塁
今城土塁

今城は木が多いですが、敷地は本丸より広いようです。土塁は高くよく残っています。

これで散策は終了です。駐車場には9:05ごろ戻ってきました。おおよそ、1時間10分くらいの散策でした。少し休憩してからスタンプをゲットしにミュージアム知覧へ。

■ ミュージアム知覧・特攻平和会館 ■

ミュージアム知覧
ミュージアム知覧

ミュージアム知覧には、9:22ごろ到着し、受付前でスタンプゲットしました。

特攻平和会館
特攻平和会館

隣接する特攻平和会館は、第二次世界大戦末期の沖縄戦で神風特攻隊として出撃した隊員の遺品や資料を保存・展示している施設ですが、悲しくなると思うので入りませんでした。

海底から引き揚げられた零戦
海底から引き揚げられた零戦

かわりに会館周りを散歩。外からでも海底から引き揚げられた零戦をガラス越しに見ることができましたが、もの悲しい気持ちになりました。

三角兵舎
三角兵舎
三角兵舎
三角兵舎
航空自衛隊 T-3 練習機
航空自衛隊 T-3 練習機
陸軍一式戦闘機「隼」3型甲(レプリカ)
陸軍一式戦闘機「隼」3型甲(レプリカ)

そのほか、特攻隊員の宿舎の三角兵舎が復元されていたり、特攻平和観音堂、飛行機などもありました。

9:44ごろ、鹿児島城へ向けて出発しました。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #2-2 飫肥城

道の駅えびの
道の駅えびの

八代城の次は飫肥城です。途中道の駅えびのに立ち寄り休憩後、11:22ごろ、飫肥観光駐車場に到着しました。

■■ 飫肥城 ■■

飫肥城は宮崎県日南市にある群郭式の平山城で、南北朝時代に土持氏が築城したのが始まりと伝えられ、江戸時代は伊東氏飫肥藩の藩庁として繁栄しました。日南市指定史跡、日本100名城の96番です。

飫肥観光駐車場
飫肥観光駐車場
城下町案内処
城下町案内処
飫肥城御城印

飫肥観光駐車場にある城下町案内処で御城印を買いました。飫肥城下町にある優良由緒施設の共通券を薦められましたが、城が目当てなのでとりあえず購入せず。

大手門に続く道
大手門に続く道

駐車場から大手門に続く道は城下町らしい雰囲気を感じることができます。

■大手門周辺

大手門
大手門
大手門
大手門
空堀
空堀
空堀
空堀

大手門は、木造渡櫓、本瓦葺きの重厚な造りの江戸時代の櫓門が復元されたものです。手前は空堀になっています。

飫肥城跡案内版
飫肥城跡案内版
大手門
大手門
大手門にある碑文
大手門にある碑文

大手門をくぐると枡形になっています。大手門にある碑文は、大手門復元工事中に偶然発見された大手門石垣の礎石に刻まれたものです。

大手門枡形
大手門枡形
土塁
土塁
本丸石垣と鐘楼
本丸石垣と鐘楼
鐘楼
鐘楼

枡形から石段を登ると左側に高い土塁を見ることができます。右側の奥には鐘楼が見えています。かつて城下町に時を告げていた鐘楼を再建したものです。小学校の敷地内にあるため、下からしか見ることができません。

本丸へ
本丸へ

本丸石垣の下から石段を登って飫肥城歴史資料館へ。

■本丸(中の丸)

飫肥城歴史資料館
飫肥城歴史資料館
飫肥城スタンプ

大手門登ったところは本丸(中の丸)で、飫肥城歴史資料館はその隅に立っています。ここでスタンプをゲット。入館料は不要でした。

本丸
本丸

本丸は小学校の敷地になっていて、立っている看板には、

飫肥城址にお越しいただき心より歓迎いたします。
飫肥城址で学ぶ子供達の姿は写真や映像でなく、旅の記憶としてお持ち帰りください。

とのことなので、子供がはっきり写らないように撮りました(これだけ小さければ大丈夫?) 。

本丸西側枡形虎口
本丸西側枡形虎口
本丸へ
本丸へ

飫肥城歴史資料館 脇には本丸西側枡形虎口があり、大手門から左側に進むとここに出ます。旧本丸を目指して北へまっすぐ進むと石段があります。

本丸
本丸

■旧本丸

旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口
旧本丸枡形虎口

石段の先には、旧本丸枡形虎口があり、抜けると旧本丸です。

旧本丸
旧本丸
旧本丸裏門
旧本丸裏門
旧本丸裏門
旧本丸裏門

旧本丸には樹齢140年の飫肥杉木立と苔のじゅうたんが広がり、幻想的な雰囲気です。本丸ができる前にはここに藩主の御殿がありました。北側奥には往時の面影を残す旧本丸裏門があります。

中之城・北の丸(奥)
中之城・北の丸(奥)

旧本丸裏門を出た北側下には現在グラウンドになっている中之城が広がり、その北側は北の丸です。

■松尾の丸

松尾の丸
松尾の丸
松尾の丸御殿
松尾の丸御殿
松尾の丸御殿
松尾の丸御殿
松尾の丸御殿の湯殿
松尾の丸御殿の湯殿
松尾の丸御殿の湯殿
松尾の丸御殿の湯殿
松尾の丸御殿湯殿のかまど
松尾の丸御殿湯殿のかまど

戻って最後に松尾の丸へ。本丸西側枡形虎口あたりから西側に見える階段を登ったところが松尾の丸で、江戸時代初期の武家屋敷を想定した書院造の御殿が復元されています。御座の間、茶室、御寝所、湯殿、台所、御蔵などがあり、湯殿は、こけら葺で総桧造りの蒸し風呂で、受付の方がお勧めしていました。今回有料由緒施設で入ったのはこちらだけです。御殿の中をひとまわりしました。当たり前ですが 他のお城にある御殿と同じような造りでした。

しあわせ杉
しあわせ杉

ひととおりの散策は終了ということで本丸西側枡形虎口から戻ります。ここにはしあわせ杉があります。四隅に4本の飫肥杉がそびえ立つパワースポットで、4本の杉を結ぶ対角線の中心に立つと幸せのパワーを授かると言われています。

少し休憩して13:00すぎ、次の志布志城へ向かいました。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #2-1 八代城

くまモン像
くまモン像

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅の2日目、まずはチェックアウト前にホテルから歩いてすぐの八代城から巡ります。朝6時ごろホテルを出るとすぐにくまモン像が立っていました。これはくまモンストリートファニチャーといって、「くまモンポート八代」完成を契機に「寄港地やつしろの魅力を向上させ、世界の旅行者にやつしろを周遊してもらいたい」という目的で整備されたものだそうで、いたるところに設置されているとか。ここから西に少し歩くと八代城跡の内堀、南東隅に出ます。

■■ 八代城 ■■

八代城は熊本県八代市にある輪郭式平城で別名松江城ともいいます。大地震で麦島城が崩壊したため、加藤正方が新たに築いたのが八代城です。南北朝時代の古麓城と安土桃山時代の麦島城の三つの城跡を併せて「八代城跡群」として国の史跡に指定され、続日本100名城の190番です。

さて散策ですが、最初に内堀の周りをぐるり反時計回りに一周後、本丸へ入ることにしました。

■内堀外周

宝形櫓跡
宝形櫓跡
磨櫓跡
磨櫓跡
欄干橋
欄干橋
表枡形門跡
表枡形門跡

本丸の南東隅は宝形櫓跡です。宝形櫓跡の石垣は算木積みで、八代城の中で最も進化した石垣です。北へ進むと磨櫓跡と欄干橋が見えてきます。欄干橋は、本丸のに架かる、本来の正門(大手口)の表枡形門跡 へと続く橋です。内堀を一周した後にここから本丸へ入ることにします。

本丸石垣(北東隅付近)
本丸石垣(北東隅付近)
くまモン像
くまモン像

そのまま北へ進むと、今度は小さなくまモン像を発見しました。三階櫓跡の説明板がありました。

三階櫓跡
本丸の鬼門にあたる北東角に設けられていた櫓です。外から見ると三階建ての櫓で、1階約9m×10.8m、2階5.4m四方、3階5.4m四方の櫓でした
くまモン像正面の石垣
くまモン像正面の石垣

この正面が三階櫓石垣かと思いきや、三階櫓石垣はその右奥の端っこでした。普通は正面がそうだと思いますよねぇ。石垣の上には朝の散歩でしょうか、人がいるのが見えました。登れるんですねぇ、あとで行くことにします。

三階櫓跡
三階櫓跡
内堀(北東隅付近)
内堀(北東隅付近)
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡にアオサギ
三階櫓跡にアオサギ

内堀の北東隅にくると三階櫓跡です。三階櫓は大天守に次ぐ大きさでした。三階櫓跡石垣の隅ではアオサギさんが気持ちよさそうでした。

本丸石垣(北側)
本丸石垣(北側)

内堀に沿って西にすすみます。三階櫓跡から西へずっと長い石垣が続いています。

北の丸石垣
北の丸石垣
北の丸石垣
北の丸石垣

さて道路を挟んで北側に見える北の丸石垣は築城当時の古いものです。

北九間櫓跡
北九間櫓跡

内堀沿いの石垣の先端部は北九間櫓跡で、本丸搦手を守っていました。その先に架かる橋は当時は廊下橋でした。

■本丸

 廊下橋と 廊下橋門跡
廊下橋と 廊下橋門跡
唐人櫓跡(左)・北九間櫓跡(右)
唐人櫓跡(左)・北九間櫓跡(右)

橋を渡ると廊下橋門で搦手の一の門です。少し先走りして本丸に入ってみます。門の正面は大天守跡から続く唐人櫓の石垣です。先走りはここまで、内堀へ戻ります。

■北の丸

北の丸
北の丸
北の丸外堀跡
北の丸外堀跡
北の丸外堀跡
北の丸外堀跡

道路を挟んだ北側は、現在松井神社の境内となっている北の丸で、城主や一族の邸宅があった曲輪です。神社の裏手には北の丸外堀の跡を見ることができます。

■内堀外周

大天守石垣
大天守石垣
大天守石垣
大天守石垣
大天守石垣
大天守石垣

内堀に戻り、本丸北西隅の大天守の石垣を見ながら進みます。大天守石垣は、城内で最も高く一番古い技法で積まれたものです。内堀北西隅を折れて南へ進みます。

大天守・小天守石垣
大天守・小天守石垣
本丸西側石垣
本丸西側石垣
くまモン像
くまモン像

大天守石垣の南側に小天守石垣が連結しています。小天守から月見櫓までの本丸西側の石垣では修復された跡が見られます。野面積みと打込み接ぎの境目は特によくわかります。進むとまたかわいいくまモン像がありました。積みなおされた石垣の説明があります。

積みなおされた石垣
築城以来、八代城跡の石垣は何度か積み直しが行われています。正面に見える石垣は江戸時代に3回の積み直しが行われ、昭和50年代に4回目の積み直しが行われました。
月見櫓跡
月見櫓跡
くまモン像
くまモン像

内堀の南西隅にくると月見櫓跡です。内堀に沿って東へ進むとまたかわいいくまモン像発見!月見櫓跡の説明があります。

月見櫓跡
本丸南西隅にあった二階建ての櫓で、1階9m×10.8m, 2階5.4m×7.2mと記されています。
実際に月見が行われたこともあったそうです。
神橋
神橋
八代城跡案内板
八代城跡案内板
八代宮
八代宮

進むと神橋がありますが、明治時代に八代宮が創建されたときに参道として架けられたものです。渡って少しだけ本丸御殿跡に建てられた八代宮を確認。

くまモン像
くまモン像

戻って内堀沿いを東へ進むとすぐにまた、くまモン像がありました。説明板には、

国指定史跡 八代城跡本丸
1619年3月の大地震で麦島城が崩壊したため、1622年に現在の八代城が作られました。はじめ加藤清正の支城でしたが、後に細川氏の支城となり、明治維新まで松井氏が城代を務めました。

とあって、簡潔で分かりやすいなと思います。 約50分ゆっくり時間をかけて宝形櫓跡に戻ってきました。

■本丸

高麗門跡・欄干橋
高麗門跡・欄干橋
表枡形
表枡形
頬当御門跡
頬当御門跡

欄干橋から本丸に入ります。橋を渡ると八代城の正面にあたる表枡形門跡で、一の門の高麗門跡、その先右側に二の門の頬当御門跡があります。

高麗門跡・欄干橋
高麗門跡・欄干橋
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡
三階櫓跡

道なりに進んで右側、登れそうなところから石垣に登りました。ここは朝見た人がいたところで、本丸の北東隅あたりです。柵はないので気をつけないと危ないです。石垣上を歩いて三階櫓跡へ。

本丸石垣(北側)
本丸石垣(北側)
北九間櫓跡
北九間櫓跡
廊下橋門跡
廊下橋門跡
唐人櫓跡
唐人櫓跡

その先北側の長い本丸石垣の上を進んで北九間櫓跡に至ります。廊下橋門跡を上から見ることができました。近くの階段を下りて右側は唐人櫓跡で、先ほど先走りして入ってきたところに出ました。

唐人櫓跡・大天守跡
唐人櫓跡・大天守跡
小天守跡
小天守跡
大天守跡
大天守跡
小天守跡
小天守跡

左へ進むと大天守跡と小天守跡があります。

小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡
小天守跡(大天守より)
小天守跡(大天守より)

小天守石垣の脇から石段を登ると小天守跡です。小天守は2層2階でした。

大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡
大天守跡より
大天守跡より
唐人櫓跡(大天守跡より)
唐人櫓跡(大天守跡より)

小天守と大天守は渡櫓でつながっており、その跡の石垣上を進んで大天守跡に入ります。大天守は4層5階の大きなもので、飾り屋根(破風)のない、シンプルで実戦的な「層塔型」だったと考えられています。

月見櫓跡
月見櫓跡

本丸の西側の石垣上を進んで三階櫓跡へ至ります。

八代宮
八代宮
八代宮
八代宮

その先は八代宮の入口で石垣は切れ、脇から下に下りると八代宮の正面に出ます。八代宮は後醍醐天皇の皇子で、征西大将軍として九州で南朝方の全盛期を築いた懐良親王を主祭神として祀っているそうです。とても大きく綺麗な神社で、朝早いからかまだ参拝客もなく厳かな雰囲気が漂っていました。

宝形櫓跡
宝形櫓跡
八代市相撲場
八代市相撲場
本丸石垣(東側)
本丸石垣(東側)
磨櫓跡
磨櫓跡

最後に、本丸南側から東側の石垣に登ってみました。宝形櫓跡の内側下には現在は八代市相撲場があります。東側の石垣を進むと磨櫓跡に至ります。

高麗門跡
高麗門跡
頬当御門跡
頬当御門跡

磨櫓跡 の石垣の上から高麗門跡や頬当御門跡を上から見ることができます。これでひととおり回れたので約2時間の散策は終了です。本丸の石垣にすべて上って散策できるのがとてもいいお城でした。

ホテル・アルファ-ワン八代
ホテル・アルファ-ワン八代
八代市民俗伝統芸能伝承館お祭りでんでん館
八代市民俗伝統芸能伝承館お祭りでんでん館
八代亜紀さん記念碑
八代亜紀さん記念碑

ホテルに戻って小休憩してからチェックアウトし、八代市民俗伝統芸能伝承館お祭りでんでん館へ開館時間に合わせて到着、スタンプと御城印をゲットしました。敷地内には八代市が故郷である八代亜紀さん記念碑があります。

次は飫肥城へ向かいます。

十枚荘温泉

十枚荘温泉朝食
十枚荘温泉朝食

今回の旅は銃埋葬温泉でジビエをいただくのが目的だったので、帰りは国道300号沿いにある南アルプス展望台で景色を少し堪能して帰ってきました。

南アルプス
南アルプス

帰りの道の駅でサンリオコラボの信玄餅を買いました。なんか最近サンリオコラボよく見ますねぇ。

サンリオコラボ信玄餅
サンリオコラボ信玄餅

富士山とジビエ

富士山
富士山

何度か行っていて今回4回目、ジビエ旅館の十枚荘温泉に行ってきました。行きに軽く富士山を見に行って、夜はジビエを堪能しました。

十枚荘温泉のジビエ
十枚荘温泉のジビエ

しし鍋、鹿刺身など堪能しました。鮎の塩焼きも絶品で、これまで食べた中で一番おいしかった!たまに来たくなる旅館です。