3泊4日の大阪・兵庫城めぐりの旅2日目は、叔父の三回忌法要のため城めぐりは小休止。
7:30すぎにホテルを出て法要のある叔父宅近くの駐車場に10:30前到着し、法要は11時から。
叔父宅で法要、続いてお寺で法要後、料亭で会食、夕方叔父宅で休憩後、今日の宿、ニューコマンダーホテル 大阪 <寝屋川>についたのは18:30ごろでした。
夕飯はホテルのレストランで済ませて、明日に備えました。
続いて篠山城です。篠山城は丹波篠山市にある日本100名城の57番、国指定史跡です。篠山盆地の中央部、笹山とよばれる小丘陵に築かれた平山城で、篠山藩の藩庁だったそうです。
15:20ごろ三の丸西駐車場に到着しました。当初計画では16:00着としていたのでかなり時間に余裕ができました。逆に言えば黒井城を福知山城へ変更していなければ、まったく時間がなかったはず。予報どおり雨模様になっています。
三の丸西駐車場は三の丸西側にあり、西内堀沿いに東へ進むと北廊下門跡、左は北内堀、進むと二の丸に入り表門跡、中門跡、鉄門跡と続き、左側に塀重門跡と大書院、正面に史料館があります。
大書院は廃城令によって大半が壊された城建物の中でただ1つ残されましたが、火災により焼失、現在の建物は2000年に復元されたものです。大書院へは史料館から入り、入館料は400円、スタンプ・御城印をゲットしました。
大書院には襖絵などに囲まれた8つの部屋(虎之間、手鞠之間、源氏之間、葡萄之間、次之間、上段之間、孔雀之間、闇りの間)があり、上段の間は最も格式の高い部屋です。闇りの間は入ることができませんでした。
大書院から出て左側に井戸、進むと二の丸の御殿跡。南側には二の丸井戸、搦手口埋門跡があります。本丸を見てから南側を散策したのですが、埋門は閉まっていました。着いた直後は開いていたのかも。
二の丸の東側、青山神社が立っている区域が本丸です。本丸は築城当初は現在の二の丸が本丸で、現在の本丸は南東隅に天守台が作られたことから殿守丸と呼ばれていたそうです。天守台は今も残っていて、東側と南側の石垣は最も高い石垣です。青山神社は藩主家だった青山氏が祀られています。
二の丸、本丸と見た後は三の丸と馬出を見に行きます。三の丸西駐車場の方へ戻り、西内堀沿いを南に進みます。二の丸南西隅石垣の脇からは埋門へつながる石段があります。三の丸の南西側の南門跡から出て外堀の先に南馬出があります。
駐車場前に戻り再度東方向へ進み、北廊下門跡を超えてすぐに、櫓台跡があり、さらに道なりに三の丸北側を進み東門跡から出て外堀の先に東馬出があります。
東馬出から北外掘沿いを西に進んでいくと大手馬出跡に出ます。大手馬出跡から南に進むと大手門跡です。
篠山城散策はここまで。時刻は17:30前、今日の宿は丹波ささやまホロンピアホテル。ホテルのまわりには、系列のレストランや居酒屋があり便利です。夕飯はファミリーダイニングパラパラで。
さて明日は叔父の三回忌法事でお城めぐりは明後日再開です。
3泊4日の大阪・兵庫城めぐりの旅1日目。ただし2日目は法事のため、城めぐりとしては3日間です。
計画では、
・1日目:黒井城、篠山城
・2日目:(法事)
・3日目:飯盛城、芥川山城
・4日目:姫路城
でしたが、今日の天気がわるそうなので、黒井城を福知山城に変更することにしました。
熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、5:12普通電車で東京へ。東京駅でEX予約していた新幹線切符受け取り時にパスワードが分からない状況に陥った結果、6:33発が7:09発に変更になってしまいました。新大阪9:36着です。
新大阪からはバジェットレンタカー、相棒はルーミー。12時前に福知山城公園観光駐車場に到着しました。
福知山城は福知山市にある続日本100名城の158番、福知山市の史跡に指定されています。明智光秀が築城しました。
駐車場から福知山城がよく見えます。川に架かる昇龍橋を渡って登城しますが、川沿い右側にお城の形をした佐藤太清記念美術館があり、福知山城とマッチして雰囲気がいいですね。
昇龍橋を渡ると登城道、土塀と石垣が続いています。石垣が切れたところを右に入ると本丸石垣と転用石、釣鐘門につながる石段があります。
登城道に戻り登りきると天守の下に出ます。天守は大天守と続櫓と小天守からなる外観復元天守です。
天守の西側にある銅門番所は、もともとは二ノ丸の登城口にありましたが大正年間に天守台に移築され、天守閣の再建に伴い現在の本丸跡に移転されました。隣には未使用の転用石が多く置かれていました。
天守台から本丸にかけての石垣は野面積みで、多くの五輪塔や宝篋印塔などの石造物が転用石として使われているのが特徴です。
天守入口の方へ向かいます。天守閣の東側にある豊磐の井(とよいわのい)は、深さ50メートルと城郭内の井戸としては日本有数の深さで、今も水をたたえているそうです。
天守の東側には釣鐘門、天守復元鯱瓦、朝暉神社など。
天守は福知山市郷土資料館になっています。入館料は330円。こちらでスタンプと御城印をゲット。
天守は鉄筋コンクリート造ですが、目に見えるところは木になっていていいですね。最上階からは二の丸や伯耆丸をのぞむことができます。とはいっても二の丸は見る影もないですが。
本丸北西側にある門を出て階段を下り、小天守と本丸石垣を見ながら、本丸の散策は終了です。
本丸のあとは二の丸に少し残る石垣などを見に行きました。
これで福知山城の散策はおわりですが、せっかくなので、千原ジュニアさん句碑が駐車場脇にあるので見に行きました。プレバトでジュニアさんが詠んだ俳句の碑です。ちょうど句碑の話をプレバトでやっていたのを見ていたのでちょっとうれしい。
時刻は13:40ごろ。時間に少し余裕があるので、黒井城のスタンプと御城印のみいただくことにしました。14:20頃丹波市の春日住民センターに到着。スタンプは春日住民センター、御城印はすぐ近くの丹波市観光協会事務所にてゲットしました。
大雨予報だったので、福知山城に変更したわけですが、そこまで悪天ではなく、行けたかもとも思いましたが、登城はまた別の機会に。
駐車場から黒井城を写真に収め、次の篠山城へ向かいました。
埼玉県こども動物自然公園の帰りに佐山茶茶房和楽さんに立ち寄り、テレビで見て食べたい!と思った、モンブランをいただいてきました。モンブランは抹茶とほうじ茶の2種類があるのですが、今回いただいたのはほうじ茶です。モンブランもお茶もさすがお茶屋さん、ほんとにおいしかったです。
東松山市にある埼玉県こども動物自然公園へ行ってきました。2度目の来園です。ここは散歩しながら色々と動物や鳥たちを見ることができるのでのんびり過ごすにはとてもいいところ。そして、ここは何といってもコアラやクオッカといったオーストラリアの動物が見られるのがウリです。前回はクオッカを見に来たのですが、話題になって公開時間とか合わず見られませんでしたが、今回はゆっくり見ることができました。
今日は烏山城へ行ってきました。栃木県那須烏山市の町の中心から北西にある八高山に築かれた山城で国指定史跡になっています。別名「臥牛城(がぎゅうじょう)」とも呼ばれています。
まず御城印入手のため、山あげ会館へ寄ったのですが在庫切れとのこと、展示してあるものでよければということで、もちろんゲットしました。
烏山城址駐車場(市役所烏山庁舎北側駐車場)にクルマを停めて10:00すぎより登城開始。スマホに入れておいた地図を見ながら進むも道を間違えてしまい、かなり時間をロスしてしまいました。
三の丸につづく城山・毘沙門山入口に10:20ごろ。しばらく舗装道を登っていくと右側に三の丸石垣が見えてきます。正面には寿亀山神社、こちらも三の丸跡に鎮座しています。
三の丸は大きく二段に分かれています。
三の丸をしばし散策してから七曲りコースの登城ルートへ。七曲口とある場所にはかつて通用門があったそうです。
七曲口をすぎると本当に七回曲がっている七曲りを登っていきます。城跡と毘沙門山との分岐がありますが、ここが多分七回目で七曲りの終了です。
城跡方面へ進むと車橋跡。車輪がついた引橋が架けられていたそうです。ここの堀切を超えると常盤門跡があり常盤曲輪に入ります。石を割るためにつけれらた人工的な穴(矢穴)の痕跡が残る石があります。
常盤曲輪から坂道を登っていくと吹貫門跡に出ます。門跡脇には石垣が残っており、烏山城のシンボル的な石垣です。
吹貫門跡は分岐になっていますが、そのまま直進すると正門跡。付近には石列の跡が残っています。正門から本丸までは右に2回曲がる内枡形となっていて、本丸石垣が残っています。本丸の西側は空堀となっています。
本丸はもともとは二の丸でしたが(古)本丸が火災で使用されなくなり主郭になったと考えられています。
本丸の先に古本丸がありますが空堀で区切られています。東側には横矢が見られます。
古本丸の北側は中城で、かなり深い空堀で区切られています。中城に入ったところは土塁になっています。
中城の北側は北城で、こちらもかなり深い空堀で区切られています。北城には堀へ下りて東へ少し進んだところに虎口。北城北西隅の土塁に上がると空堀を挟んだ先に物見台が見えました。北城西側は土塁が続いています。
戻って中城と北城間の空堀を西へ進みます。右側に堀なのか曲輪なのかよくわからない区域があります。そのまままっすぐ進むと空堀の先に大野曲輪。
戻って中城の手前で右(南方向)へ曲がり、しばらく進んで空堀の堀底道を行くと西城に出ます。
西城の南側に下りたところは若狭曲輪ですが、資料によってこの東上の曲輪を指しているものもあってどちらも若狭曲輪なのかよくわかりませんが、今回はどちらも若狭曲輪ということにします。
若狭曲輪から本丸へとつづきます。
ふたたび本丸を経由して古本丸と中城間の空堀まで行って東方向へ堀を下りていくと、吹貫門跡からつづく道に出ます。正面に厩跡があり、道のすぐ左に搦手門である桜門跡。この道をさらに進んだ先は北城です。
せっかくなので十二曲りの分岐、そして再度北城によって戻ってきてから吹貫門跡の方へ進みます。門跡直前に塩倉跡があります。
予定していたところはほぼ見終わったのでお城を下ります。現地にあった案内図には、車橋と七曲りあたりの西側に鼓楼跡とあったため、そこに行ってみました。車橋を過ぎて、七曲りへの分岐の手前に右にのぼる脇道があり、そこをのぼったところが鼓楼跡とあった、太鼓丸で烽火台ともいわれています。
ここまで見てきて12:40ごろになりました。せっかくなので往きとは違う筑紫山、
毘沙門山を経由する毘沙門天ルートで下山することにしました。毘沙門山には毘沙門天像があります。
毘沙門山から麓への毘沙門山遊歩道はそれはもうひたすら長い階段が続いていたので、こちらから上らなくて大正解でした。駐車場に戻ってきたのは13:20ごろで約3時間の散策でした。