
飲み会で日比谷に行ってきました。何年も来ていなかったのでその激変ぶりにびっくり。ゴジラ像があったので記念に。
飲み会は九州熱中屋さんでした。
今回の旅最後に訪れるのは、昨晩散策した小倉城です。最寄りの勝山公園地下駐車場に12:55ごろ到着しました。



小倉城は北九州市にある梯郭式平城で続日本100名城の181番です。江戸時代には小倉藩の藩庁が置かれました。駐車場から地上に出て西へ進むと石垣が現れますが、石垣の切れ目が走る白い忍者のようにみえてかわいいです。ここから天守の方向へ進み、右側一段高くなっているところは御城米屋跡、正面にしろテラス。ここはお土産屋で、スタンプと御城印はここで入手できます。
しろテラス手前左側が大手門枡形・大手門跡で正面に天守がそびえています。天守に入る前に付近を散策します。
大手門から入り、右に曲がった後左に折れた先にある槻門(けやきもん)跡は藩主、公儀役人の他、家老や主な寺の住職のみが通行を許された本丸への正門です。槻門跡と西側にある鉄門(くろがねもん)跡の間の本丸石垣下部に「卍」の刻印(このあたりの石垣を請け負った家臣の家紋)や井戸跡があります。
南側の郭は松ノ丸跡で南端部に白洲灯台岩松翁記念塔が建っています。鉄門跡は中老以下一般武士が通行した門です。さらに西側にある西ノ口門跡は裏門にあたり、二の丸から本丸と松ノ丸へ入る門です。
戻って槻門跡から本丸へ向かいます。石段を登ると本丸、天守の前にでます。天守には続櫓がついています。
天守に入ります。天守は連結式望楼型4重5階の復興天守で、歴史や文化を学べる体験型展示はエンターテイメント性に富んでいます。1階はエンターテイメントエリア「小倉城シアター&体験コーナー」です。時間があればひとつずつ展示を体験するのも楽しそう。バーチャル技術で江戸時代のさまざまな衣装に着替えられるデジタルなりきりで遊びました。
2階は細川家・小笠原家の歴史と小倉の歩みのフロア、3階は宮本武蔵と佐々木小次郎のフロアで、巌流島の決闘の歴史や、二人の伝説を体感できる展示などがあります。
4階はギャラリースペース。
5階は小倉の街を一望できる展望スペースでカフェもありました。
天守から出て西側には巌流島の戦いをイメージした宮本武蔵と佐々木小次郎のモニュメント、本丸の北西側に着見櫓があります。沖からの通航船を監視した木造三重二層の櫓が再現されています。北西隅から多聞口門跡を抜けて北ノ丸へ。門跡抜けて右側の本丸石垣を見ると毛利氏時代と細川氏時代の石垣の境目がはっきりと確認できます。
北ノ丸には八坂神社が建てられています。八坂神社の東楼門から一旦外へ出て北ノ丸石垣を見て戻り東へ進みます。
北口門跡は八坂神社参道の門の入って右側(このルートでは門の手前左側)が門跡です。八坂神社参道の門の東側は下台所。参道を東に進み鳥居の先に、中津街道の出入り口であった中津口門で使われていた大石があります。
続いて小倉城庭園へ。小倉城庭園は池泉回遊式庭園で、御下屋敷跡を復元した大名庭園と、江戸時代の典型的な武家書院が再現されています。ここから見る天守は絵になりますね。
小倉城庭園の南東には虎ノ門跡。大手門、西の口門と並ぶ正門の一つです。
天守東側を堀沿いに西に進むと左側に大手先門跡があります。時間が少しあるのでもう少し城内を散策してから駐車場へ戻りました。
15:45ごろ駐車場を出発し北九州空港へ向かい、直前でガソリンを補給、レンタカー返却時の総走行距離は424kmでした。空港にはメーテル像がありました。銀河鉄道999は大好きなので、うれしい。ということで18:05の飛行機で帰りました。
夕飯はすき家で鬼おろしポン酢牛丼テイクアウト、22:10ごろ帰宅です。
山口・福岡・大分城めぐりの旅の最終日、今日は中津城と小倉城をめぐります。
あさのホテルさんでの朝食後、7:25ごろ中津城へ向けて出発、9:10ごろ中津城第3駐車場へ到着しました。
中津城は大分県中津市にある梯郭式の平城で、大分県指定史跡、続日本100名城の191番です。黒田官兵衛が築城し、細川忠興が完成させました。
駐車場は二ノ丸にあります。二ノ丸公園として整備されています。
二ノ丸と本丸の間には薬研堀があり、模擬天守が建っています。薬研堀に面した本丸上段北面石垣では黒田時代(右側)と細川時代(左側)の石垣の継ぎ目を確認できます。近くには黒田官兵衛(如水)像と正室光姫像が仲良く並んでいます。
堀に沿って進んでいくと天守の南側に大鞁櫓を見ることができます。
堀が切れるところの石段を上がって鳥居を抜けると本丸の上段で、料金所があります。スタンプはここにで押して入城料は1,000円(ドリンク付き)です。有料区域内に入ると右側に黒田官兵衛資料館があり、大鞁櫓、天守と並んでいます。左側奥には藩主であった奥平家の祖を祀った奥平神社があります。


黒田官兵衛資料館に入ったところでドリンクをいただきました。黒田官兵衛資料館の売店で御城印を入手。
大鞁櫓は望楼型の二重櫓です。天守は本丸上段の北東隅櫓跡に建てられた模擬天守です。
天守に入ると奥平家歴史資料館となっていて、奥平家歴代の当主の甲冑など色々展示されていますが、何よりもものすごい量の造花で館内が彩られているところに驚きます。これに関しては色々と辛口な意見も多いようですが、自分的にはこれはこれで華やかでいいんじゃない?と思います。最上階は外に出られて眺めがいいです。
有料区域から出ると先ほどの料金所の対面には高輪地蔵、南へ進むと本丸下段で、三斎池という池があります。この西側は中津城第1駐車場で広大です。中津大神宮は、伊勢の神宮の大神様の御分霊を奉斎し、『豊前の国のお伊勢様』とも言われますがこちらは本丸の上段にあります。
本丸下段西側の松の御殿跡には中津神社が鎮座しています。本丸下段の南西隅は水門跡で虎口の石垣が残っています。
東の方へ戻ると右側に大鳥居があり三ノ丸へ道が続いていますが、本丸南側石垣のこの部分は道を作るために分断されました。東側の石垣は戦後撤去された上半分を復元したとのことで、上下で若干色が違っています。西側の堀に面した石垣は昔のままです。
独立自尊碑は福澤諭吉の偉業を称えて建立された記念碑ですが福澤諭吉の生誕地だったんですね、知りませんでした。本丸南東隅の鳥居がある入口は椎木門跡です。門跡北側の天守方向へ続く石垣の切れ目はかつて扇型だった石垣にあった入口のひとつ。椎木門跡の外は二ノ丸です。
椎木門跡から東へ進み角を右へ曲がったところは黒門跡、その南側は三ノ丸です。南へ進むと小学校があり大手門跡石垣。道挟んで反対側の公民館は御用屋敷跡です。
西側へずっと進み三ノ丸西端まで行くと搦手門だった西門跡で、その先城下町、西へ進むと城戸口のひとつだった小倉口があります。
すぐ北側は中津川なので川沿いに北側の石垣を眺めながら駐車場へ戻りました。最後に天守をバックにハートの木をパチリ。
約2時間の散策を終え、中津城で計画した最後の遺構のお囲い山・広津口へ。お囲い山は城下町外周の外堀の内側に築かれた総構えの土塁のことですが、城戸口のひとつだった広津口で確認できます。
今日の宿は小倉駅に近い、あさのホテルさんで17:20ごろ到着しました。
夕飯は事前に調べておいた小倉駅改札口正面のVIERRAにある竹乃屋VIERRA小倉店さんです。せっかく九州に来たのだからと博多もつ鍋や豚タンネギ塩を堪能、3,256円なり。
夕飯後、そのまま夜の小倉城へ。小倉城のあたりではなにやら音楽と歌声が聞こえ、すごいイルミネーションが見えてきました。今日から開催される小倉イルミネーションのようです。イルミネーションを前にライトアップされた小倉城がなかなか絵になっていました。イルミネーションを通り過ぎて小倉城へ。
虎ノ門跡から入ると、ライトアップ天守の東側に出ました。大手門枡形、大手門跡を通って、本丸へ。天守、着見櫓とみて最後は松ノ丸跡の白洲灯台岩松翁記念塔を。
帰りは川沿いに少し歩いたのですが、偶然、常盤橋を見つけました。九州各地につながる五つの街道(小倉の五街道)の全ての起点となっていたのが常盤橋です。
次に訪れたのは秋芳洞です。山口県美祢市の秋吉台国定公園の地下100-200mに広がる鍾乳洞で国の特別天然記念物に指定されています。洞内総延長10km超の大鍾乳洞で、観光コースは約1km、温度は四季を通じて17℃だそうです。
13:50ごろ秋芳洞第1駐車場に到着、ここから徒歩で秋芳洞商店街を抜けると秋芳洞案内所で、入洞料は1,600円です。洞正面入口では川が洞内から流れ屋根付きの橋が岩の裂け目に続いていて雰囲気がとてもいいです。
洞内に入ると身代観音があります。続いて小さな滝壺の竜ヶ淵、その先には高さ約30m、幅約50mの巨大な空洞空間の青天井。入口から差し込む外光が洞内の川に反射し、天井が青く見えることからその名が名付けられています。青天井の先は天井が低く川幅が広い長淵。
続いて秋芳洞の代表的景観である百枚皿。段丘を流れる水に含まれる石灰分が数万年かけて沈殿し、皿状の堤防が500枚以上連なり棚田のようになった石灰華段丘です。
広庭(洞内富士)は天井の高いドーム状の大空間で、中央に約8mの巨大な石筍「洞内富士」がそびえたちます。
南瓜岩がありましたがそう見えなくもないか。すぼ柿、大松茸、縮緬(ちりめん)岩、蓬莱山といろいろと名付けられた石を見ながら、千町田へ。
千町田は百枚皿と同じく石灰華段丘で、こちらも代表的景観です。天井からはツララのような鍾乳石が何本もたれている傘づくし。
ライオン岩、大黒柱、空滝、幽霊滝と続きます。空滝はかつて地下水が流れていた跡が、凍りついた滝のように見える壮大なフローストーン(流れ石)の鍾乳石です。幽霊滝は雨が降っているときには水は流れず晴れているときには流れたりすることからそう呼ばれているそうです。
その先は幅80m、長さ175m、高低差35mの巨大な洞内空間の千畳敷です。千畳敷では、黒谷支洞方面と秋吉台へ登れるエレベーター方面に分かれています。
黒谷支洞の方へ進むとちょっとした空間があり、そこに秋芳洞のシンボル、巨大な石灰華柱で高さ15m幅4mの黄金柱と蘇鉄岩、紺屋の藍壺があります。
大仏岩、猿すべりとつづきますが、暗くてよく分かりませんね。
この先、黒谷支洞に入ると巌窟王があります。巌窟王は高さ約8mの巨大な複合石筍で甲冑をまとった武士や、手を合わせる人の横顔に見えます。石灰華の滝、くらげの滝のぼり、龍の抜穴、無数の鍾乳石が天井から下がっている大空間の五月雨御殿、最後はマリア観音で先は黒谷口。ここでUターンです。
千畳敷までもどり、秋吉台へ昇れるエレベーターへ。秋吉台は日本最大級のカルスト台地で国定公園および国の特別天然記念物に指定されています。エレベーターを降りてカルスト展望台までは徒歩約10分ですがこれが地味に長い坂道で結構疲れます。カルスト展望台からは秋吉台を一望できます。少しだけカルスト台地も散策しました。エレベーターに戻り、再び秋芳洞を通って駐車場に戻りました。小倉の宿を目指し、16時すぎ駐車場を出発しました。
萩城の次、大内氏館・高嶺城は計画では高嶺城、山口市歴史民俗資料館でスタンプ・御城印入手、大内氏館の順としていましたが、位置関係分かっていませんでした。途中で大内氏館の案内板を見つけたので逆順にしました。
大内氏館は山口市にあった周防国・長門国を本拠とした大内氏の居館です。大内氏ゆかりの館跡・築山跡・高嶺城跡・凌雲寺跡の4遺跡は、史跡「大内氏遺跡附凌雲寺跡」として国の史跡に指定されています。城ではなく館として建てられたため、詰の城として背後に高嶺城があり、大内氏館・高嶺城として続日本100名城の174番となっています。
10:20すぎ、史跡大内氏遺跡見学者用駐車場に到着。駐車場からは東西にのびる土塁が目を引きます。
土塁に沿って西へ進むと、北西隅付近に枯山水庭園(3号庭園)が復元されています。出土した石組を使って築城当時とほぼ同じ状態に復元されているそうです。南に進むと西門があり屋敷の中の区画を仕切る「内門」と考えられています。そのすぐ先には16世紀前半のものを修復した石組水路があります。
館跡には現在龍福寺が建っています。南側にある山門から大内氏館跡に入ります。龍福寺本堂へ伸びる参道左側に大内義隆公450回大遠忌に際建立された大内義隆供養塔。本堂左の龍福寺資料館の前に大内義興公「馬上展望」像があります。本堂は国の重量文化財になっています。
本堂に向かって右側には当時の形状をそのまま残す形で発掘・復元された池泉庭園(2号庭園)があり、池の南側に石組井戸、池の南東側に庭の観賞用と考えられる建物跡、北側には石組かまど・せん列建物跡があります。1号庭園や4号庭園も発掘されましたが埋め戻されています。館跡東側に出ると水路や堀の跡が整備されています。
続いて館跡北側にある築山跡にも行ってみました。跡は八坂神社、築山神社、築山跡史跡公園となっています。八坂神社の本殿は国重量文化財です。大内義隆を祀る築山神社の西側にある築地跡(土塁)は唯一露出している遺構です。築山跡史跡公園には堀跡表示や掘立柱建物跡の表示が整備されていました。



両遺跡合わせて1時間ほどの散策でした。次は高嶺城ですが、途中、山口市歴史民俗資料館に立ち寄ってスタンプと御城印(大内氏館・高嶺城各220円)を入手しました。
高嶺城は大内氏館の詰の城として作られた標高338mの鴻ノ峰にあり、頂上部の主郭を中心に四方に延びる尾根へ郭を配した山城です。
城跡には駐車スペースがありクルマで行けますが、そこまでの山道がとにかく狭くこれまでの中でも一番と言えるくらいでした。駐車スペースについたのは11:50ごろです。史跡の範囲は主郭までの西側と東側の段郭の区域です。最初に東側の一番上の郭(その下の郭はのちほど)で案内板を確認しました。高嶺城にはたくさんの郭がありますが、名称などがないので案内板にあった地形図に便宜上番号を振ってこのあと進めます。
駐車スペースに戻り、西方向主郭方面を目指しました。5分くらいで東屋のある郭10に着きます。途中郭11があったようですが藪でよくわからずでした。
郭9、8と進み、「広大な郭」案内板のある郭7へ。主郭まで200mで城跡はここから北へ方向を変えます。
進むと左側に石積みのようなものがありますが遺構なのかどうかよくわかりません。
その先は郭4と5で郭5の北側から右方向下へ降りると虎口と郭6があります。
郭4の北端に主郭まで20m、石垣まで60mの案内があります。先に石垣方向へ。途中井戸跡があるはずなのですが藪に埋もれて全くわかりませんでした。
藪化した道を進むと、郭3に面した奥に長く伸びる主郭北側石垣に出ます。大規模な石垣はみどころです。
先ほどの分岐に戻り主郭方面へ急な坂を登ると郭2があります。2段の段築となっている主郭南側石垣が見られます。主郭虎口から主郭(頂部郭跡)に入ります。
主郭には建物の礎石が点在していますが、建物は2棟あったそうです。主郭からは広く山口盆地を見渡すことができ、大内氏館も確認できました(写真最左)。
最後は東側段郭と石垣を見に行きました。最初に行った郭12から順に郭16まで段郭を下りると、石垣を確認できました。