坂東三十三観音 #5、小田原城

今日は小田原まで出かけ、坂東三十三観音の第5番、勝福寺(飯泉観音)と、小田原城へ行ってきた。
先日ゲットしたHDR-AS100Vをクルマに積んで、途中のルートを録画しながら現地にむかう。ところが途中で知らない間に電源が落ちていることに気づいた。買ってから今まで何度か車に乗せて録画をしてみたけれど、こういう事は初めて。原因はよくわからないのでとりあえずもう一回録画を始めて様子をみた。その後は1度もそんな事は一切なし。何だったんだろう、間違えてボタンを押したかな。3連休の初日なので大混雑を覚悟したが、方向が違うからか、それほど大した渋滞等には巻き込まれずに現地に着いた。

■第5番 飯泉山 勝福寺(飯泉観音)

宗派:真言宗
本尊:十一面観世音菩薩
詠歌:かなはねば たすけたまえと 祈る身の 船に宝を つむはいいづみ

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勝福寺観音堂青銅水蜂勝福寺観音堂

勝福寺は小田原厚木道路の小田原東インターチェンジから近く、比較的大きめの駐車場も境内前にあるのでアクセスは良い。境内にある手水鉢が形が船の形で船頭が竜の頭、船尾に十一面観音様が座っているという変わった形のもので青銅製。勝福寺について、境内に設置された案内板から引用する。

『飯泉山勝福寺は、真言宗東寺派に属し、十一面観音を本尊とする。創立は、奈良時代の頃で、弓削道鏡が流されて下野に赴くとき、千代の里に寺を建立し、孝謙天皇より賜った唐国伝来の観音像を安置したのに始まると伝えられる(千葉山弓削寺)。後に寺が焼けて当地に移され、飯泉山勝福寺と称した。伝承として、曽我兄弟が仇討祈願のために日参し、五郎が百人力、十郎が十人力を授かり、富士の裾野で仇討ちに成功したことや、講談で有名な雷電為右衛門が、田舎相撲の大岩大五郎を倒したことがある。また、二宮尊徳が少年時代の頃、旅僧から観音経を聞き、一念発起した地であるといわれている。』

小田原城天守から

小田原城天守閣小田原城スタンプ

参拝後、ご朱印を頂き小田原城へ向かう。記憶によれば小田原城には、2回くらい訪れていると思う。ただ、日本100名城のスタンプはまだ入手していなかった。あまり時間も無いので、足早に散策。天守閣内は、様々な展示がされているが、ほとんど見ずに最上階まで行き、天守閣からの360度の景色を堪能。危うく日本100名城のスタンプを忘れるところだった。日本100名城のスタンプは、天守閣の1階にあるため、勇気のある人ならスタンプだけくださいといえるかもしれないが。

小田原城を後にして今日は都内で1泊して明日別の観音様に参ろうかと思っている。途中小田原東インターチェンジの近くにあるPCデポにより、アクションカム用にもうひとつSDXCカードを購入。都内までのルートは、より景色の良いところを通りたいなと思ったので、西湘バイパス、鎌倉と抜けて、朝比奈インターチェンジから上野まで高速利用。おかげで横浜ベイブリッジやレインボーブリッジなど、なかなかいい車載カメラの動画が撮影できた。

上野の民間駐車場へ車を停めて飲みに行きそのまま泊まり。

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