
登利平のお弁当を数年ぶりに食べたくなり、買ってきました。竹弁当しかたべたことがなかったので、今回は松弁当を。

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OSMO POCKET 4Pと別に注文しておいた DJI製品保証プラン Card DJI Care Refresh 2-Year Plan(Osmo Pocket 4P)が今日届きました。
やっぱり、OSMO POCKET 3と比べてデカいです。旅行に持っていくのが楽しみですね。
発売直後でどこにも在庫がないOSMO POCKET 4Pが突然ヨドバシ・ドット・コムで在庫ありになったので売切れないうちにとすぐ注文しました。
先に発売されたInsta360 Luna Ultraと比較してこちらに決めました。オズポケは初代からのユーザーだし、DJI好きなんで。
今回の旅の最後は鹿児島城です。
鹿児島城は、鹿児島市にある城で、別名、鶴丸城といいます。江戸時代に島津家久によって築かれました。山麓の平城(居館)と背後の山城(城山)から構成された平山城で、国指定史跡、日本100名城の97番です。城山は非常時の詰めの城(要塞)として一体的に利用されました。
旅程では、黎明館の駐車場に停めて、城山まで含めてすべて徒歩でまわる予定でしたが、暑さと疲労で城山登るのはきつすぎるということで、最初に城山へ。


11時すぎ城山公園駐車場に到着しました。城山には鹿児島城の遺構はあまり残っていない感じで土塁が見られる程度でしょうか。


城山は城跡というよりも桜島を一望できる公園というイメージですね。ということで城山展望台へ。ほとんどの観光客がここからの眺望目当てに訪れているようです。確かに鹿児島にきたらここからの桜島、錦江湾と鹿児島市街の眺望は外せません。



駐車場の北側一段あがったところは西南戦争薩軍本営跡で今はドン広場と呼ばれる広場があります。土塁を見るならここが来やすいと思います。北側の土塁の上には西南戦争薩軍本営跡の碑がとてもひっそりと立っていました。
さて、土塁を見るのに誤って城山遊歩道の方を進んでしまいだいぶ時間を使ってしまった結果、1時間ほど経っていました。クルマで山麓へ移動します。

道中には西郷隆盛洞窟があります。西南戦争の最終局面で西郷隆盛が幹部とともに最後の5日間を過ごしたとされる洞窟です。
さてこの道をまっすぐずっと進めば西郷隆盛終焉の地があったはずが何故か道を間違えてたどり着けず。あきらめてそのまま黎明館の駐車場へ着いたのですが、黎明館が月曜休館日、それは知っていましたが駐車場まで休みとは。。。12:21ごろ、近くのコインパーキングに駐車しました。ここから徒歩で鹿児島城を散策します。

最初に、まちあるき観光ステーションを目指します。この辺りは二之丸があった場所で市立美術館や県立図書館が建てられています。


途中に西郷隆盛銅像がありました。





まちあるき観光ステーションでスタンプと御城印をゲットしました。なんとこちらには、(無いと勝手に思い込んでいた)知覧城の御城印もありました。3城全部買うと島津氏家紋を自由に押せるということで志布志城も追加で購入。家紋は押してもらいました。



御城印が曲がってしまうのが嫌なので一旦クルマにおいてから散策再開。県立図書館には二之丸跡の案内板がありました。

御楼門方向へ進んで行くと内堀と本丸石垣が見えてきます。



歩道には、金場取残積み、亀甲積み、算木積みといった石垣を説明した展示があります。





御楼門に着きました。御楼門は本丸大手門で、2020年に日本最大の城門として復元されました。高さ約20メートル、幅約20メートルの二階建て櫓門です。




御楼門の土台や周囲の石垣には、西南戦争時の銃撃戦の弾痕がものすごい数で残っていて、戦闘の激しさを肌で感じられます。

本丸に入ると黎明館(鹿児島県歴史・美術センター)が建っています。

御楼門の裏手には、石垣への水の浸透を防いで構造を守るために設けられた排水溝が復元整備されています。

御楼門の横に立つ島津重豪公頌徳碑は、藩校「造士館」を創設した第8代藩主・島津重豪の学術・教育面における多大な功績を称えるものです。

御角櫓跡は、本丸南西隅にあった御角櫓の跡で長方形の二階櫓が建っていました。

庭園跡は、藩主御殿の庭園遺構で往時の池泉回遊式庭園を再現したものです。

庭園跡の隣には、麒麟の間跡と能舞台跡があります。麒麟の間は本丸御殿の一角にあった寛ぎの空間の役割をもっていました。

黎明館の正面玄関には、御楼門復元に用いられた建設技術に関する展示があります。

天璋院篤姫像は、大河ドラマで知られる天璋院篤姫の銅像です。11代藩主・島津斉彬の養女となり、江戸に輿入れする前の約3ヶ月間を鹿児島城で過ごしました。



本丸の北側には北御門跡があります。御楼門が通常閉まっていたため、薩摩藩士たちが日常的に使っていた門です。


北御門跡から出て坂を少し上がったところには薩摩義士碑があります。江戸時代の「宝暦治水」と呼ばれる難工事で犠牲になった薩摩藩士たちを供養・顕彰する史跡です。



まだ時間があるので先ほどたどり着けなかった西郷隆盛終焉の地まで足を伸ばしました。なんと徒歩でも道を間違ってしまった。。。


戻って内堀の北側を進んで行くと、西郷隆盛が創設した私学校跡の石垣にも西南戦争時の無数の銃弾痕が残っていました。
最後に本丸北東面石垣(鬼門除け)を確認します。鬼門と呼ばる北東の石垣の角を意図的に凹ませて鬼門除けとしている珍しい遺構です。これで散策は終了、13:55ごろ御楼門前なので約1時間半くらいの散策でした。
鹿児島城散策はほぼ西郷さん散策という感じでしたが、あまりにも西郷さんが有名なので仕方ないですね。
駐車場に戻って、荷物を整理していたら、スタンプ帳や御城印などを入れるビニールケースが見当たらない!もしやと思い、クルマを走らせてからまちあるき観光ステーションへ行ってみると、ありました!こんなところに忘れるとは情けない。でも見つかって一安心。ということで帰路につきました。


レンタカーを返却後空港に着くと、帰り16:40の飛行機がなんと一時間も遅れることになり、22:50ごろ帰宅しました。
2泊3日の熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅最終日の今日は、知覧城、鹿児島城をめぐります。
6時すぎにホテルを出て、知覧城へ向かいます。知覧城駐車場には7:44ごろ到着しました。
知覧城は、鹿児島県南九州市にあるシラス台地」築かれた中世の山城で、主要部は本丸、蔵之城、今城、弓場城という4つの独立した曲輪からなり、それぞれがシラス崖で守られた独立した砦のような構造になっています。国指定史跡に指定され、続日本100名城の198番です。




知覧城駐車場は主要部の北側にあり、東方面に向かって本丸のまわりに沿って進んで登城します。


段々と平場が狭くなってきて東ノ栫-本丸間の空堀に入ります。左側が東ノ栫、右側が本丸です。

ずっと進んで行くと分岐点があり、正面の切岸は今城のものです。右側には第二次世界大戦時の防空壕跡があります。



分岐点左方向には東ノ栫-今城間の空堀が続いています。右前方に登る道との分岐がありますが、案内標識にしたがって左側を進みます。


しばらく進むと左、今城・弓場城の標識がありますが、先に本丸・蔵之城の方へ進みます。その先の分岐で本丸・蔵之城の方へ進みます。





登っていくと枡形虎口があり登り切ったところは本丸と蔵之城の下の平場です。正面に本丸、左手前側が蔵之城です。





最初に本丸へ。本丸への階段を登っていくと本丸桝形虎口を経て本丸です。



入ってすぐの場所に知覧城址碑が立っていて広い平坦地になっています。


北側には土塁がよく残っています。





平場に下りて次は階段を登って蔵之城へ。蔵之城の虎口は枡形になっています。

掘立柱建物跡があり、この建物は室町時代のものと考えられています。ここでも土塁が見られます。




さて、蔵之城、本丸下平場から下りて先ほどの今城・弓場城への分岐まで戻ります。坂を登っていくと今城と弓場城の分岐があり、右側登ってすぐ弓場城です。弓場城は武士たちが弓術の修練を行う場所として使われていたそうです。竪堀も見られます。


先ほどの分岐に戻り、最後に今城へ。坂道を登っていくと今城の枡形虎口を経て今城に入ります。




今城は木が多いですが、敷地は本丸より広いようです。土塁は高くよく残っています。
これで散策は終了です。駐車場には9:05ごろ戻ってきました。おおよそ、1時間10分くらいの散策でした。少し休憩してからスタンプをゲットしにミュージアム知覧へ。


ミュージアム知覧には、9:22ごろ到着し、受付前でスタンプゲットしました。

隣接する特攻平和会館は、第二次世界大戦末期の沖縄戦で神風特攻隊として出撃した隊員の遺品や資料を保存・展示している施設ですが、悲しくなると思うので入りませんでした。

かわりに会館周りを散歩。外からでも海底から引き揚げられた零戦をガラス越しに見ることができましたが、もの悲しい気持ちになりました。





そのほか、特攻隊員の宿舎の三角兵舎が復元されていたり、特攻平和観音堂、飛行機などもありました。
9:44ごろ、鹿児島城へ向けて出発しました。


13:54ごろ、志布志駅にある志布志市総合観光案内所に到着、こちらで御城印をゲットしました。案内所ではスタンプのある志布志市埋蔵文化センターや志布志城の駐車場(志布志市麓地区駐輪駐車場)への行き方など丁寧に教えていただきました。




14:07ごろ、志布志市埋蔵文化センターに到着、こちらでスタンプとポケットガイドを貰いました。展示されている志布志城(内城)の復元模型はとても精巧でどんなところにどう城があったのかがよく分かるのと同時に、これから登るの大変だろうなと覚悟せざるをえません。





14:24ごろ、志布志市麓地区駐輪駐車場に到着、ここから北へ100mほどいったところに志布志城(内城)跡入口がありますが左方向には松尾城跡も見えています。
志布志城は、鹿児島県志布志市にある中世の山城群で、内城、松尾城、高城、新城という4つの山城の総称です。南九州特有のシラス台地を深く切り割った空堀や土塁、虎口がほぼ手つかずの状態で残っています。国指定史跡、続日本100名城の197番です。今日は内城、時間に余裕があり疲れていなかったら松尾城を散策予定。



志布志城(内城)跡入口の案内に従い進んでいくと登城口(大手口a)です。杖代わりの太い枝が置かれていました。散策コースマップがところどころに設置されており、それに従って登城道を登ります。今日は基本はポケットガイドのオススメ散策コースを行きますが、これに大野久尾を加えて散策する予定です。




最初に矢倉場(曲輪1)に出ました。内城の南端に位置する曲輪で、武衛のための建物施設があったと推測されています。その一角には、初代城主・新納時久の墓(明治時代に建てられた供養塔)が建っています。

矢倉場から東に深く下りると強大な空堀1に続きます。



空堀1は城跡中心部の東側を南北に貫いている堀です。進んで行くと左右分岐に出ました。右側に行くと曲輪10の上段です。曲輪10は搦手の監視・防衛の要でした。藪化がすごいので空堀1へ戻り北へ進みます。



目の前に深い空堀が現れます。その手前には左上方に坂道が続いていて空堀3へ続きます。ここは空堀1と4の交差点です。深い空堀は空堀4で東の下方へ伸びており、搦手へ続いています。






下りていくと、見どころポイントである巨大な切通しを見ることができます。ここが一番見たかったスポットですが、迫力満点、素晴らしいです。この辺りでは曲輪10上段へ続く虎口も見えます。



空堀1と空堀4との交差点は少し北側まで続いていて、やがて西側へ伸びる空堀4と北へ伸びる空堀1に分かれます。空堀1を進むと空堀5との分岐があります。空堀5を西へ進みます。



空堀5は中野久尾の曲輪4と曲輪5の間を東西に貫いています。途中曲輪5下段へ行けそうな道がありましたが、ここはパス。



階段があり上ったところ右側にある坂道を進み、四方を土塁で囲まれた屈折する坂虎口を抜けると中野久尾の曲輪5上段です。中野久尾は、本丸と大野久尾の中間にあり、尾根続きの北側から侵入してくる敵を、本丸に近づけさせずに食い止める防衛の盾の役割を担っています。




空堀5に戻ってさらに西へ進むと空堀2へ至ります。空堀2は城跡中心部の西側を南北に貫いている堀です。城内最大で大空堀とも呼ばれる見どころポイントです。オススメ散策コースではここから南下するのですが、北へ進んで大野久尾を目指します。




途中東へ伸びる空堀6をすぎ、空堀2の終点らしき辺りから東へ登っている空堀8を登ったところが左が大野久尾の曲輪15上段で右が曲輪6上段の境です。どちらの曲輪も藪化していて、入れません。奥の下段もとても見に行く気は起きませんでした。






戻ってオススメ散策コースに従って空堀2から空堀4を東へ進んで行くと空堀1との交差点へ戻ってきました。ここから空堀3へ進んでいくと右へ登る道が本丸へ続いています。





本丸(曲輪3)は上段と下段からなり、上段は内城の最高所になり北側は一段高くなった土塁(櫓台b)があります。小さな祠が建っていて三宝荒神が城主一族の守護神として祀られています。



上段の南側から下段につながっています。下段には展望スポットがありますが、木が邪魔をしてほとんど何も展望できませんでした。散策も大詰めです。空堀3に下り大手口方向へ南下します。



急な坂となる手前に左に上がる坂道があり、ここを登ると曲輪2の上段です。曲輪2は家臣が詰まっていた場所と推測されています。

空堀3の急な坂をずっと下りていくと空堀2に合流、16:04ごろ登城口に戻ってきました。登城開始からちょうど90分でした。オススメ散策コースが90分とありましたが、大野久尾まで行ったので90分はかなり余裕のある設定ですね。
さて、時間に余裕があれば行こうと思っていた松尾城、時間に余裕はあったのですが疲れたので宿へ向かいます。

海沿いに出て鹿児島市が近づいてくると海の向こう側に大きな桜島が見えてきました。テレビでしかみたことない桜島、おーこれが桜島かぁと少し感慨深いものがありました。


今日の宿は鹿児島市にあるホテルニューニシノさん。ホテルのコインパーキング工事中だったので、提携のセンテラスパーキングに駐車して18:40すぎにチェックイン。かなり疲れて酸っぱいものが食べたかったので、夕飯はセブンで冷やし中華と冷たいままたべるチキン南蛮を買ってきました。ホテルには温泉とサウナがあるのでのんびりできました。

八代城の次は飫肥城です。途中道の駅えびのに立ち寄り休憩後、11:22ごろ、飫肥観光駐車場に到着しました。
飫肥城は宮崎県日南市にある群郭式の平山城で、南北朝時代に土持氏が築城したのが始まりと伝えられ、江戸時代は伊東氏飫肥藩の藩庁として繁栄しました。日南市指定史跡、日本100名城の96番です。



飫肥観光駐車場にある城下町案内処で御城印を買いました。飫肥城下町にある優良由緒施設の共通券を薦められましたが、城が目当てなのでとりあえず購入せず。

駐車場から大手門に続く道は城下町らしい雰囲気を感じることができます。




大手門は、木造渡櫓、本瓦葺きの重厚な造りの江戸時代の櫓門が復元されたものです。手前は空堀になっています。



大手門をくぐると枡形になっています。大手門にある碑文は、大手門復元工事中に偶然発見された大手門石垣の礎石に刻まれたものです。




枡形から石段を登ると左側に高い土塁を見ることができます。右側の奥には鐘楼が見えています。かつて城下町に時を告げていた鐘楼を再建したものです。小学校の敷地内にあるため、下からしか見ることができません。

本丸石垣の下から石段を登って飫肥城歴史資料館へ。


大手門登ったところは本丸(中の丸)で、飫肥城歴史資料館はその隅に立っています。ここでスタンプをゲット。入館料は不要でした。

本丸は小学校の敷地になっていて、立っている看板には、
飫肥城址にお越しいただき心より歓迎いたします。
飫肥城址で学ぶ子供達の姿は写真や映像でなく、旅の記憶としてお持ち帰りください。
とのことなので、子供がはっきり写らないように撮りました(これだけ小さければ大丈夫?) 。


飫肥城歴史資料館 脇には本丸西側枡形虎口があり、大手門から左側に進むとここに出ます。旧本丸を目指して北へまっすぐ進むと石段があります。




石段の先には、旧本丸枡形虎口があり、抜けると旧本丸です。




旧本丸には樹齢140年の飫肥杉木立と苔のじゅうたんが広がり、幻想的な雰囲気です。本丸ができる前にはここに藩主の御殿がありました。北側奥には往時の面影を残す旧本丸裏門があります。

旧本丸裏門を出た北側下には現在グラウンドになっている中之城が広がり、その北側は北の丸です。






戻って最後に松尾の丸へ。本丸西側枡形虎口あたりから西側に見える階段を登ったところが松尾の丸で、江戸時代初期の武家屋敷を想定した書院造の御殿が復元されています。御座の間、茶室、御寝所、湯殿、台所、御蔵などがあり、湯殿は、こけら葺で総桧造りの蒸し風呂で、受付の方がお勧めしていました。今回有料由緒施設で入ったのはこちらだけです。御殿の中をひとまわりしました。当たり前ですが 他のお城にある御殿と同じような造りでした。

ひととおりの散策は終了ということで本丸西側枡形虎口から戻ります。ここにはしあわせ杉があります。四隅に4本の飫肥杉がそびえ立つパワースポットで、4本の杉を結ぶ対角線の中心に立つと幸せのパワーを授かると言われています。
少し休憩して13:00すぎ、次の志布志城へ向かいました。

熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅の2日目、まずはチェックアウト前にホテルから歩いてすぐの八代城から巡ります。朝6時ごろホテルを出るとすぐにくまモン像が立っていました。これはくまモンストリートファニチャーといって、「くまモンポート八代」完成を契機に「寄港地やつしろの魅力を向上させ、世界の旅行者にやつしろを周遊してもらいたい」という目的で整備されたものだそうで、いたるところに設置されているとか。ここから西に少し歩くと八代城跡の内堀、南東隅に出ます。
八代城は熊本県八代市にある輪郭式平城で別名松江城ともいいます。大地震で麦島城が崩壊したため、加藤正方が新たに築いたのが八代城です。南北朝時代の古麓城と安土桃山時代の麦島城の三つの城跡を併せて「八代城跡群」として国の史跡に指定され、続日本100名城の190番です。
さて散策ですが、最初に内堀の周りをぐるり反時計回りに一周後、本丸へ入ることにしました。




本丸の南東隅は宝形櫓跡です。宝形櫓跡の石垣は算木積みで、八代城の中で最も進化した石垣です。北へ進むと磨櫓跡と欄干橋が見えてきます。欄干橋は、本丸のに架かる、本来の正門(大手口)の表枡形門跡 へと続く橋です。内堀を一周した後にここから本丸へ入ることにします。


そのまま北へ進むと、今度は小さなくまモン像を発見しました。三階櫓跡の説明板がありました。
三階櫓跡
本丸の鬼門にあたる北東角に設けられていた櫓です。外から見ると三階建ての櫓で、1階約9m×10.8m、2階5.4m四方、3階5.4m四方の櫓でした

この正面が三階櫓石垣かと思いきや、三階櫓石垣はその右奥の端っこでした。普通は正面がそうだと思いますよねぇ。石垣の上には朝の散歩でしょうか、人がいるのが見えました。登れるんですねぇ、あとで行くことにします。




内堀の北東隅にくると三階櫓跡です。三階櫓は大天守に次ぐ大きさでした。三階櫓跡石垣の隅ではアオサギさんが気持ちよさそうでした。

内堀に沿って西にすすみます。三階櫓跡から西へずっと長い石垣が続いています。


さて道路を挟んで北側に見える北の丸石垣は築城当時の古いものです。

内堀沿いの石垣の先端部は北九間櫓跡で、本丸搦手を守っていました。その先に架かる橋は当時は廊下橋でした。


橋を渡ると廊下橋門で搦手の一の門です。少し先走りして本丸に入ってみます。門の正面は大天守跡から続く唐人櫓の石垣です。先走りはここまで、内堀へ戻ります。



道路を挟んだ北側は、現在松井神社の境内となっている北の丸で、城主や一族の邸宅があった曲輪です。神社の裏手には北の丸外堀の跡を見ることができます。



内堀に戻り、本丸北西隅の大天守の石垣を見ながら進みます。大天守石垣は、城内で最も高く一番古い技法で積まれたものです。内堀北西隅を折れて南へ進みます。



大天守石垣の南側に小天守石垣が連結しています。小天守から月見櫓までの本丸西側の石垣では修復された跡が見られます。野面積みと打込み接ぎの境目は特によくわかります。進むとまたかわいいくまモン像がありました。積みなおされた石垣の説明があります。
積みなおされた石垣
築城以来、八代城跡の石垣は何度か積み直しが行われています。正面に見える石垣は江戸時代に3回の積み直しが行われ、昭和50年代に4回目の積み直しが行われました。


内堀の南西隅にくると月見櫓跡です。内堀に沿って東へ進むとまたかわいいくまモン像発見!月見櫓跡の説明があります。
月見櫓跡
本丸南西隅にあった二階建ての櫓で、1階9m×10.8m, 2階5.4m×7.2mと記されています。
実際に月見が行われたこともあったそうです。



進むと神橋がありますが、明治時代に八代宮が創建されたときに参道として架けられたものです。渡って少しだけ本丸御殿跡に建てられた八代宮を確認。

戻って内堀沿いを東へ進むとすぐにまた、くまモン像がありました。説明板には、
国指定史跡 八代城跡本丸
1619年3月の大地震で麦島城が崩壊したため、1622年に現在の八代城が作られました。はじめ加藤清正の支城でしたが、後に細川氏の支城となり、明治維新まで松井氏が城代を務めました。
とあって、簡潔で分かりやすいなと思います。 約50分ゆっくり時間をかけて宝形櫓跡に戻ってきました。



欄干橋から本丸に入ります。橋を渡ると八代城の正面にあたる表枡形門跡で、一の門の高麗門跡、その先右側に二の門の頬当御門跡があります。




道なりに進んで右側、登れそうなところから石垣に登りました。ここは朝見た人がいたところで、本丸の北東隅あたりです。柵はないので気をつけないと危ないです。石垣上を歩いて三階櫓跡へ。




その先北側の長い本丸石垣の上を進んで北九間櫓跡に至ります。廊下橋門跡を上から見ることができました。近くの階段を下りて右側は唐人櫓跡で、先ほど先走りして入ってきたところに出ました。




左へ進むと大天守跡と小天守跡があります。





小天守石垣の脇から石段を登ると小天守跡です。小天守は2層2階でした。






小天守と大天守は渡櫓でつながっており、その跡の石垣上を進んで大天守跡に入ります。大天守は4層5階の大きなもので、飾り屋根(破風)のない、シンプルで実戦的な「層塔型」だったと考えられています。


本丸の西側の石垣上を進んで三階櫓跡へ至ります。


その先は八代宮の入口で石垣は切れ、脇から下に下りると八代宮の正面に出ます。八代宮は後醍醐天皇の皇子で、征西大将軍として九州で南朝方の全盛期を築いた懐良親王を主祭神として祀っているそうです。とても大きく綺麗な神社で、朝早いからかまだ参拝客もなく厳かな雰囲気が漂っていました。




最後に、本丸南側から東側の石垣に登ってみました。宝形櫓跡の内側下には現在は八代市相撲場があります。東側の石垣を進むと磨櫓跡に至ります。


磨櫓跡 の石垣の上から高麗門跡や頬当御門跡を上から見ることができます。これでひととおり回れたので約2時間の散策は終了です。本丸の石垣にすべて上って散策できるのがとてもいいお城でした。





ホテルに戻って小休憩してからチェックアウトし、八代市民俗伝統芸能伝承館お祭りでんでん館へ開館時間に合わせて到着、スタンプと御城印をゲットしました。敷地内には八代市が故郷である八代亜紀さん記念碑があります。
次は飫肥城へ向かいます。