熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅 #3-2 鹿児島城

今回の旅の最後は鹿児島城です。

■■ 鹿児島城 ■■

鹿児島城は、鹿児島市にある城で、別名、鶴丸城といいます。江戸時代に島津家久によって築かれました。山麓の平城(居館)と背後の山城(城山)から構成された平山城で、国指定史跡、日本100名城の97番です。城山は非常時の詰めの城(要塞)として一体的に利用されました。

旅程では、黎明館の駐車場に停めて、城山まで含めてすべて徒歩でまわる予定でしたが、暑さと疲労で城山登るのはきつすぎるということで、最初に城山へ。

■城山

城山公園駐車場
城山公園駐車場
城山公園案内
城山公園案内

11時すぎ城山公園駐車場に到着しました。城山には鹿児島城の遺構はあまり残っていない感じで土塁が見られる程度でしょうか。

城山展望台
城山展望台
城山展望台から
城山展望台から

城山は城跡というよりも桜島を一望できる公園というイメージですね。ということで城山展望台へ。ほとんどの観光客がここからの眺望目当てに訪れているようです。確かに鹿児島にきたらここからの桜島、錦江湾と鹿児島市街の眺望は外せません。

西南戦争薩軍本営跡
西南戦争薩軍本営跡
土塁
土塁
西南戦争薩軍本営跡の碑
西南戦争薩軍本営跡の碑

駐車場の北側一段あがったところは西南戦争薩軍本営跡で今はドン広場と呼ばれる広場があります。土塁を見るならここが来やすいと思います。北側の土塁の上には西南戦争薩軍本営跡の碑がとてもひっそりと立っていました。

さて、土塁を見るのに誤って城山遊歩道の方を進んでしまいだいぶ時間を使ってしまった結果、1時間ほど経っていました。クルマで山麓へ移動します。

西郷隆盛洞窟
西郷隆盛洞窟

道中には西郷隆盛洞窟があります。西南戦争の最終局面で西郷隆盛が幹部とともに最後の5日間を過ごしたとされる洞窟です。

さてこの道をまっすぐずっと進めば西郷隆盛終焉の地があったはずが何故か道を間違えてたどり着けず。あきらめてそのまま黎明館の駐車場へ着いたのですが、黎明館が月曜休館日、それは知っていましたが駐車場まで休みとは。。。12:21ごろ、近くのコインパーキングに駐車しました。ここから徒歩で鹿児島城を散策します。

■二之丸

二之丸跡(市立美術館)
二之丸跡(市立美術館)

最初に、まちあるき観光ステーションを目指します。この辺りは二之丸があった場所で市立美術館や県立図書館が建てられています。

西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像
西郷隆盛銅像

途中に西郷隆盛銅像がありました。

まちあるき観光ステーション
まちあるき観光ステーション

まちあるき観光ステーションでスタンプと御城印をゲットしました。なんとこちらには、(無いと勝手に思い込んでいた)知覧城の御城印もありました。3城全部買うと島津氏家紋を自由に押せるということで志布志城も追加で購入。家紋は押してもらいました。

二之丸(県立図書館)
二之丸(県立図書館)
二之丸跡案内板
二之丸跡案内板
二ノ丸石垣
二ノ丸石垣

御城印が曲がってしまうのが嫌なので一旦クルマにおいてから散策再開。県立図書館には二之丸跡の案内板がありました。

本丸石垣
本丸石垣

御楼門方向へ進んで行くと内堀と本丸石垣が見えてきます。

金場取残積み
金場取残積み
亀甲積み
亀甲積み
算木積み
算木積み

歩道には、金場取残積み、亀甲積み、算木積みといった石垣を説明した展示があります。

■御楼門

御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
御楼門
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀
本丸石垣・内堀

御楼門に着きました。御楼門は本丸大手門で、2020年に日本最大の城門として復元されました。高さ約20メートル、幅約20メートルの二階建て櫓門です。

西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
西南戦争時の弾痕
御楼門枡形
御楼門枡形
御楼門
御楼門

御楼門の土台や周囲の石垣には、西南戦争時の銃撃戦の弾痕がものすごい数で残っていて、戦闘の激しさを肌で感じられます。

■本丸

黎明館
黎明館

本丸に入ると黎明館(鹿児島県歴史・美術センター)が建っています。

排水溝(復元)
排水溝(復元)

御楼門の裏手には、石垣への水の浸透を防いで構造を守るために設けられた排水溝が復元整備されています。

島津重豪公頌徳碑と御楼門
島津重豪公頌徳碑と御楼門

御楼門の横に立つ島津重豪公頌徳碑は、藩校「造士館」を創設した第8代藩主・島津重豪の学術・教育面における多大な功績を称えるものです。

御角櫓跡
御角櫓跡

御角櫓跡は、本丸南西隅にあった御角櫓の跡で長方形の二階櫓が建っていました。

庭園跡
庭園跡

庭園跡は、藩主御殿の庭園遺構で往時の池泉回遊式庭園を再現したものです。

麒麟の間跡と能舞台跡
麒麟の間跡と能舞台跡

庭園跡の隣には、麒麟の間跡と能舞台跡があります。麒麟の間は本丸御殿の一角にあった寛ぎの空間の役割をもっていました。

御楼門建設技術展示
御楼門建設技術展示

黎明館の正面玄関には、御楼門復元に用いられた建設技術に関する展示があります。

天璋院篤姫像
天璋院篤姫像

天璋院篤姫像は、大河ドラマで知られる天璋院篤姫の銅像です。11代藩主・島津斉彬の養女となり、江戸に輿入れする前の約3ヶ月間を鹿児島城で過ごしました。

本丸
本丸
北御門跡
北御門跡
本丸石垣と内堀
本丸石垣と内堀

本丸の北側には北御門跡があります。御楼門が通常閉まっていたため、薩摩藩士たちが日常的に使っていた門です。

薩摩義士碑
薩摩義士碑
薩摩義士碑
薩摩義士碑

北御門跡から出て坂を少し上がったところには薩摩義士碑があります。江戸時代の「宝暦治水」と呼ばれる難工事で犠牲になった薩摩藩士たちを供養・顕彰する史跡です。

西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地

まだ時間があるので先ほどたどり着けなかった西郷隆盛終焉の地まで足を伸ばしました。なんと徒歩でも道を間違ってしまった。。。

私学校石垣の西南戦争時の弾痕
私学校石垣の西南戦争時の弾痕
本丸北東面石垣(鬼門除け)
本丸北東面石垣(鬼門除け)

戻って内堀の北側を進んで行くと、西郷隆盛が創設した私学校跡の石垣にも西南戦争時の無数の銃弾痕が残っていました。

最後に本丸北東面石垣(鬼門除け)を確認します。鬼門と呼ばる北東の石垣の角を意図的に凹ませて鬼門除けとしている珍しい遺構です。これで散策は終了、13:55ごろ御楼門前なので約1時間半くらいの散策でした。

鹿児島城散策はほぼ西郷さん散策という感じでしたが、あまりにも西郷さんが有名なので仕方ないですね。

駐車場に戻って、荷物を整理していたら、スタンプ帳や御城印などを入れるビニールケースが見当たらない!もしやと思い、クルマを走らせてからまちあるき観光ステーションへ行ってみると、ありました!こんなところに忘れるとは情けない。でも見つかって一安心。ということで帰路につきました。

飛行機からの夕日
飛行機からの夕日

レンタカーを返却後空港に着くと、帰り16:40の飛行機がなんと一時間も遅れることになり、22:50ごろ帰宅しました。

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