愛媛・高知城めぐりの旅の2日目、今日は河後森城、岡豊城をめぐります。


宝泉坊ロッジでの朝食は、綺麗な景色を眺めながらの少しおしゃれな朝食でした。朝からカレーは少し以外でしたけれど。おいしくいただきました。
7:30すぎに出発して河後森城に向かいます。
■■ 河後森城 ■■
河後森城は、愛媛県松野町にある、戦国時代の土づくりの城の遺構が極めて良好な状態で残された山城で、国指定史跡、続日本100名城の179番です。最高所の本郭を中心として、馬蹄形の尾根に多くの曲輪が段状に配置されています。


8:05ごろ河後森城風呂ヶ谷駐車場に到着しました。案内板の脇にはパンフレットも設置されていました。



登城口から登城道を登っていくと5分くらいで西第十曲輪の南側下につきます。



ここでは何本かの竪堀や堀切を見ることができます。ここから西第十曲輪へ行けるはずなのですが、それらしき道がなかなか見つからず、あたりをしばらくうろちょろしてしまいました。最後、草ぼうぼうでもなんとなく道筋っぽいかもと思うところに行ってみて、やっと西第十曲輪に登れました。上の写真見て、その道筋分かります?少し経つと別の観光客が登ってきました。よくあっさり来られたなぁと思いましたが、違いますね、自分が通って跡がつき迷わなかったんでしょう。
■西第十曲輪






西第十曲輪は、馬蹄形尾根の最も低い西端にあり、掘立柱建物の馬屋が復元されていて、続日本100名城のスタンプはそこにあります。地元の小学生が作った手書きの案内板もありかわいいです。




他にも復元された門や、土塁があります。土塁が断ち切られた柵の下方を見ると堀切状遺構が見えます。といっても、草ぼうぼうでよくわかりません。

これから本郭に向けて段状の曲輪を順に登っていきます。
■西第九曲輪~西第二曲輪



西第十曲輪の門をすぎると西第九曲輪で、その先に木の階段がありますが崩壊していて使用不可なので脇の小道を右側に西第八曲輪を見ながら西第七曲輪へ登ります。





西第七曲輪から西第六曲輪までは直接は登れず、西第六曲輪切岸下の道を経由します。




西第六曲輪から西第五曲輪にあがり、西第四曲輪、西第三曲輪切岸下の道を進み、堀切の手前を登ると西第三曲輪です。


堀切は 西第三曲輪と西第二曲輪を分断していますが、遺構を保護するために盛り土をして整備されています。




堀切から切岸を登っていくと西第二曲輪です。
■本郭



北に進んで行くと本郭虎口があり、堀切や土橋、石垣など複雑な構造が見られます。


本郭は城内で最も高い標高171m、ふもとの集落との比高は88mです。発掘調査では、建物跡10棟、門跡1基、土塀跡1基が確認されました。このうち、建物6棟、門と土塀について、柱の位置や間仕切りの様子が整備されています。


本郭からは松野町の田園風景や山並み、松丸駅方面を一望できます。また東端からは東第二曲輪が望めます。
■東第二曲輪~東第四曲輪








本郭の東側の虎口から下りていくと東第二曲輪、東第三曲輪、東第四曲輪と続いています。



東第四曲輪の東端には城内最大級の堀切と復元された城門があり、その先は古城です。
■古城二曲輪~古城




堀切から上がると古城二曲輪です。その東側一段上が古城です。大型番小屋、石打棚、納屋、井楼、番小屋の柱の位置や間仕切りが分かりやすく地面に表示されています。
■新城


さて、最後に向かうのは新城です。堀切から西へ戻ってすぐ、新城へ続く下り道が続いています。途中の案内どおりに下っていき、また登ると小さな曲輪群があり、その先進んだところに新城があります。




新城は土佐方面からの侵攻に備えた出丸の役割を果たしていました。 その一段下がった周囲をぐるりと帯曲輪が囲んでいます。



さてこれでひととおり見たと地図を確認するとまだスポットがありました。風呂ヶ谷の奥の方で西第十曲輪へ登る途中にある井戸です。
井戸を見てから風呂ヶ谷をずっと下って、10:10ごろに駐車場に戻ってきました。国指定史跡だけのことはあり、整備や案内が行き届いていますし、特徴的な縄張りが面白かったです。約2時間と意外に時間をかからずに散策できました。


次は御城印をもらいに松丸駅にある松野町ふれあい交流館観光案内所へ。駅舎内には河後森城模型があるとの情報でしたが、芝不器男記念館に移動したようで、徒歩で行きましたが入館料がかかるのでやめました。ケチな自分。
10:48ごろ次の岡豊城へ向けて出発しました。