愛媛・高知城めぐりの旅 #2-2 岡豊城

道の駅布施ヶ坂
道の駅布施ヶ坂
高知県立歴史民俗資料館
高知県立歴史民俗資料館
案内マップ
案内マップ

次は岡豊城です。途中で道の駅布施ヶ坂で休憩をはさんで、高知県立歴史民俗資料館には13:00ごろ到着です。

■■ 岡豊城 ■■

岡豊城は、高知県南国市にある山城で、戦国時代に四国の覇者となった長宗我部氏の居城として知られています。国指定史跡続日本100名城の180番で、「おこうじょう」と読みます。

スタンプと御城印(300円)は高知県立歴史民俗資料館にあります。御城印は資料館からの登城口に立つ長宗我部元親飛翔之像をモチーフにしたものです。カッコいいんですがもはやこれは御城印?とちょっとした疑問も。すみません。。。

スタンプと御城印(300円)は高知県立歴史民俗資料館にあります。御城印は資料館からの登城口に立つ長宗我部元親飛翔之像をモチーフにしたものです。カッコいいんですがもはや御城印と呼べるのか?とちょっとした疑問も。すみません。。。

長宗我部元親飛翔之像
長宗我部元親飛翔之像

長宗我部元親飛翔之像の後ろの階段を登って登城です。パンフレットの散策コースの案内順に回っていきます。

■二ノ段

二ノ段
二ノ段
二ノ段
二ノ段
堀切・井戸
堀切・井戸
堀切
堀切

二ノ段は詰(本丸)の東側に位置し、堀切で隔てられた細長い曲輪です。土塁跡が約30mにわたって残っています。詰と二ノ段の間の深い堀切には、方形に掘られた井戸跡があります。

■詰下段

詰下段(左)
詰下段(左)
詰下段
詰下段

石段を登っていくと左側に詰下段があります。詰への出入口を守る曲輪で、礎石建物跡があります。堀切に面して土塁が築かれ、その基部には土留め石積が施されています。

■三ノ段

三ノ段への階段
三ノ段への階段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段
三ノ段

ここから石段を下りて三ノ段へ進みます。三ノ段は、詰の周りを帯状に取り巻く曲輪です。

■詰

詰への石段
詰への石段
詰
土塁
土塁
詰虎口
詰虎口
礎石建物跡
礎石建物跡
詰
詰より
詰より
祠

三ノ段南部から長い石段を登ると詰です。詰は城の中心となる曲輪で、標高97mの岡豊山頂にあります。石敷遺構や礎石建物跡、土塁が残されています。 片隅に小さな祠がありました。

■三ノ段(西部)

礎石建物跡・石積・土塁
礎石建物跡・石積・土塁

祠の脇から下りると再度三ノ段の西部に出ますが、ここには礎石建物跡、曲輪の縁に土塁や斜面を補強する石積が残っています。

■四ノ段

四ノ段北部
四ノ段北部
虎口
虎口
虎口
虎口
四ノ段南部
四ノ段南部
四ノ段南部
四ノ段南部
岡豊城址標柱
岡豊城址標柱

さらに下りていくと四ノ段の北部から虎口を経由して四ノ段の南部に入ります。四ノ段は三ノ段の西部を囲むように造られた曲輪です。四ノ段南部には岡豊城址標柱が立っています。

横堀
横堀
横堀
横堀

四ノ段南部から西の方へ少し下りると横堀を確認できます。

展望広場
展望広場
伝厩跡曲輪へ
伝厩跡曲輪へ

最後に伝厩跡曲輪へ向かいます。四ノ段南部のすぐ一段下に展望広場がありますが、展望はいまいちでした。

竪堀
竪堀
竪堀
竪堀

展望広場 から道をひたすら下りていくと、最後に舗装道に出ますがこの付近では竪堀が確認できます。

■伝厩跡曲輪

伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
伝厩跡曲輪
高知市の街並み
高知市の街並み

伝厩跡曲輪の案内に従って、一直線の坂道を登り切ると伝厩跡曲輪です。詰の西南方向にあたり、西方からの攻撃に対して詰を中心とする本城を守る出城としての役割を果たしました。展望台があります。眺望はよく、遠く高知市の街並みが望めます。

岡豊公園征清凱旋碑
岡豊公園征清凱旋碑

岡豊公園征清凱旋碑も立っています。政治小説家の坂崎紫瀾による、長宗我部元親の偉業を偲び、海を渡って日清戦争で活躍した地元兵士たちの活躍を称える内容が刻まれています。ここで散策は最後です。駐車場に戻ってきたのは14:27ごろ、約1時間30分の散策でした。

ホテルSP-haruno-
ホテルSP-haruno-
部屋からのながめ
部屋からのながめ

今日の宿はホテルSP-haruno-さんです。17:30ごろ到着しました。高知県立春野総合運動公園内にあるという珍しいホテルです。部屋からの眺望は運動公園そのものですが、意外といい雰囲気でしたね。

天然温泉はるのの湯
天然温泉はるのの湯

大浴場(サウナ付き)があるのですが、今日は稼働しないと事前に連絡をいただいていました。ということでチェックイン後すぐ近くにある天然温泉はるのの湯(700円)へ。サウナや岩風呂、露天風呂などとても風情のある浴場で大満足でした。

ホテルでの夕飯
ホテルでの夕飯

ホテルでの夕飯は、高知と言えばのカツオタタキや金目鯛煮付け、天ぷらなどついた御膳で、シンプルながらも大満足でした。

明日最終日は、松山城湯築城をめぐります。

愛媛・高知城めぐりの旅 #2-1 河後森城

愛媛・高知城めぐりの旅の2日目、今日は河後森城岡豊城をめぐります。

宝泉坊ロッジ
宝泉坊ロッジ
宝泉坊ロッジ朝食
宝泉坊ロッジ朝食

宝泉坊ロッジでの朝食は、綺麗な景色を眺めながらの少しおしゃれな朝食でした。朝からカレーは少し以外でしたけれど。おいしくいただきました。

7:30すぎに出発して河後森城に向かいます。

■■ 河後森城 ■■

河後森城は、愛媛県松野町にある、戦国時代の土づくりの城の遺構が極めて良好な状態で残された山城で、国指定史跡、続日本100名城の179番です。最高所の本郭を中心として、馬蹄形の尾根に多くの曲輪が段状に配置されています。

風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場
風呂ヶ谷駐車場

8:05ごろ河後森城風呂ヶ谷駐車場に到着しました。案内板の脇にはパンフレットも設置されていました。

案内マップ
案内マップ
登城口
登城口
登城道
登城道

登城口から登城道を登っていくと5分くらいで西第十曲輪の南側下につきます。

竪堀
竪堀
竪堀
竪堀
堀切(西第十曲輪南側下)
堀切(西第十曲輪南側下)

ここでは何本かの竪堀や堀切を見ることができます。ここから西第十曲輪へ行けるはずなのですが、それらしき道がなかなか見つからず、あたりをしばらくうろちょろしてしまいました。最後、草ぼうぼうでもなんとなく道筋っぽいかもと思うところに行ってみて、やっと西第十曲輪に登れました。上の写真見て、その道筋分かります?少し経つと別の観光客が登ってきました。よくあっさり来られたなぁと思いましたが、違いますね、自分が通って跡がつき迷わなかったんでしょう。

■西第十曲輪

西第十曲輪
西第十曲輪
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
馬屋
手書きの案内板
手書きの案内板

西第十曲輪は、馬蹄形尾根の最も低い西端にあり、掘立柱建物の馬屋が復元されていて、続日本100名城のスタンプはそこにあります。地元の小学生が作った手書きの案内板もありかわいいです。

門
門
土塁
土塁
堀切状遺構
堀切状遺構

他にも復元された門や、土塁があります。土塁が断ち切られた柵の下方を見ると堀切状遺構が見えます。といっても、草ぼうぼうでよくわかりません。

西第十曲輪
西第十曲輪

これから本郭に向けて段状の曲輪を順に登っていきます。

■西第九曲輪~西第二曲輪

西第九曲輪からの西第七・八曲輪
西第九曲輪からの西第七・八曲輪
奥から西第十~八曲輪
奥から西第十~八曲輪
西第八曲輪
西第八曲輪

西第十曲輪の門をすぎると西第九曲輪で、その先に木の階段がありますが崩壊していて使用不可なので脇の小道を右側に西第八曲輪を見ながら西第七曲輪へ登ります。

西第七曲輪
西第七曲輪
西第七曲輪
西第七曲輪
西第六曲輪切岸
西第六曲輪切岸
西第六曲輪
西第六曲輪
西第六曲輪
西第六曲輪

西第七曲輪から西第六曲輪までは直接は登れず、西第六曲輪切岸下の道を経由します。

西第五曲輪
西第五曲輪
西第四曲輪
西第四曲輪
西第三曲輪切岸
西第三曲輪切岸
西第三曲輪
西第三曲輪

西第六曲輪から西第五曲輪にあがり、西第四曲輪、西第三曲輪切岸下の道を進み、堀切の手前を登ると西第三曲輪です。

堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)
堀切(西第三曲輪・西第二曲輪間)

堀切は 西第三曲輪と西第二曲輪を分断していますが、遺構を保護するために盛り土をして整備されています。

西第二曲輪切岸
西第二曲輪切岸
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪
西第二曲輪

堀切から切岸を登っていくと西第二曲輪です。

■本郭

本郭虎口
本郭虎口
本郭虎口石垣
本郭虎口石垣
本郭虎口
本郭虎口

北に進んで行くと本郭虎口があり、堀切や土橋、石垣など複雑な構造が見られます。

本廓
本廓
本郭
本郭

本郭は城内で最も高い標高171m、ふもとの集落との比高は88mです。発掘調査では、建物跡10棟、門跡1基、土塀跡1基が確認されました。このうち、建物6棟、門と土塀について、柱の位置や間仕切りの様子が整備されています。

本郭からの眺望
本郭からの眺望
東第二曲輪
東第二曲輪

本郭からは松野町の田園風景や山並み、松丸駅方面を一望できます。また東端からは東第二曲輪が望めます。

■東第二曲輪~東第四曲輪

東第二曲輪
東第二曲輪
東第二曲輪
東第二曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第三曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪
東第四曲輪

本郭の東側の虎口から下りていくと東第二曲輪、東第三曲輪、東第四曲輪と続いています。

堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門
堀切と城門

東第四曲輪の東端には城内最大級の堀切と復元された城門があり、その先は古城です。

■古城二曲輪~古城

古城二曲輪
古城二曲輪
古城二曲輪
古城二曲輪
古城
古城
古城
古城

堀切から上がると古城二曲輪です。その東側一段上が古城です。大型番小屋、石打棚、納屋、井楼、番小屋の柱の位置や間仕切りが分かりやすく地面に表示されています。

■新城

曲輪群
曲輪群
新城虎口
新城虎口

さて、最後に向かうのは新城です。堀切から西へ戻ってすぐ、新城へ続く下り道が続いています。途中の案内どおりに下っていき、また登ると小さな曲輪群があり、その先進んだところに新城があります。

新城
新城
新城
新城
新城
新城
帯曲輪
帯曲輪

新城は土佐方面からの侵攻に備えた出丸の役割を果たしていました。 その一段下がった周囲をぐるりと帯曲輪が囲んでいます。

風呂ヶ谷
風呂ヶ谷
井戸
井戸
ウシガエル
ウシガエル

さてこれでひととおり見たと地図を確認するとまだスポットがありました。風呂ヶ谷の奥の方で西第十曲輪へ登る途中にある井戸です。

井戸を見てから風呂ヶ谷をずっと下って、10:10ごろに駐車場に戻ってきました。国指定史跡だけのことはあり、整備や案内が行き届いていますし、特徴的な縄張りが面白かったです。約2時間と意外に時間をかからずに散策できました。

松丸駅
松丸駅

次は御城印をもらいに松丸駅にある松野町ふれあい交流館観光案内所へ。駅舎内には河後森城模型があるとの情報でしたが、芝不器男記念館に移動したようで、徒歩で行きましたが入館料がかかるのでやめました。ケチな自分。

10:48ごろ次の岡豊城へ向けて出発しました。