
カギヤブルワリー武蔵小杉店で飲み会でした。SさんとSくんと。Sくんは数年ぶりに再会です。多くの種類のクラフトビールが飲み放題、楽しく過ごせました。
それにしてもみんな年食ったなぁ。

登利平のお弁当を数年ぶりに食べたくなり、買ってきました。竹弁当しかたべたことがなかったので、今回は松弁当を。


13:54ごろ、志布志駅にある志布志市総合観光案内所に到着、こちらで御城印をゲットしました。案内所ではスタンプのある志布志市埋蔵文化センターや志布志城の駐車場(志布志市麓地区駐輪駐車場)への行き方など丁寧に教えていただきました。




14:07ごろ、志布志市埋蔵文化センターに到着、こちらでスタンプとポケットガイドを貰いました。展示されている志布志城(内城)の復元模型はとても精巧でどんなところにどう城があったのかがよく分かるのと同時に、これから登るの大変だろうなと覚悟せざるをえません。





14:24ごろ、志布志市麓地区駐輪駐車場に到着、ここから北へ100mほどいったところに志布志城(内城)跡入口がありますが左方向には松尾城跡も見えています。
志布志城は、鹿児島県志布志市にある中世の山城群で、内城、松尾城、高城、新城という4つの山城の総称です。南九州特有のシラス台地を深く切り割った空堀や土塁、虎口がほぼ手つかずの状態で残っています。国指定史跡、続日本100名城の197番です。今日は内城、時間に余裕があり疲れていなかったら松尾城を散策予定。



志布志城(内城)跡入口の案内に従い進んでいくと登城口(大手口a)です。杖代わりの太い枝が置かれていました。散策コースマップがところどころに設置されており、それに従って登城道を登ります。今日は基本はポケットガイドのオススメ散策コースを行きますが、これに大野久尾を加えて散策する予定です。




最初に矢倉場(曲輪1)に出ました。内城の南端に位置する曲輪で、武衛のための建物施設があったと推測されています。その一角には、初代城主・新納時久の墓(明治時代に建てられた供養塔)が建っています。

矢倉場から東に深く下りると強大な空堀1に続きます。



空堀1は城跡中心部の東側を南北に貫いている堀です。進んで行くと左右分岐に出ました。右側に行くと曲輪10の上段です。曲輪10は搦手の監視・防衛の要でした。藪化がすごいので空堀1へ戻り北へ進みます。



目の前に深い空堀が現れます。その手前には左上方に坂道が続いていて空堀3へ続きます。ここは空堀1と4の交差点です。深い空堀は空堀4で東の下方へ伸びており、搦手へ続いています。






下りていくと、見どころポイントである巨大な切通しを見ることができます。ここが一番見たかったスポットですが、迫力満点、素晴らしいです。この辺りでは曲輪10上段へ続く虎口も見えます。



空堀1と空堀4との交差点は少し北側まで続いていて、やがて西側へ伸びる空堀4と北へ伸びる空堀1に分かれます。空堀1を進むと空堀5との分岐があります。空堀5を西へ進みます。



空堀5は中野久尾の曲輪4と曲輪5の間を東西に貫いています。途中曲輪5下段へ行けそうな道がありましたが、ここはパス。



階段があり上ったところ右側にある坂道を進み、四方を土塁で囲まれた屈折する坂虎口を抜けると中野久尾の曲輪5上段です。中野久尾は、本丸と大野久尾の中間にあり、尾根続きの北側から侵入してくる敵を、本丸に近づけさせずに食い止める防衛の盾の役割を担っています。




空堀5に戻ってさらに西へ進むと空堀2へ至ります。空堀2は城跡中心部の西側を南北に貫いている堀です。城内最大で大空堀とも呼ばれる見どころポイントです。オススメ散策コースではここから南下するのですが、北へ進んで大野久尾を目指します。




途中東へ伸びる空堀6をすぎ、空堀2の終点らしき辺りから東へ登っている空堀8を登ったところが左が大野久尾の曲輪15上段で右が曲輪6上段の境です。どちらの曲輪も藪化していて、入れません。奥の下段もとても見に行く気は起きませんでした。






戻ってオススメ散策コースに従って空堀2から空堀4を東へ進んで行くと空堀1との交差点へ戻ってきました。ここから空堀3へ進んでいくと右へ登る道が本丸へ続いています。





本丸(曲輪3)は上段と下段からなり、上段は内城の最高所になり北側は一段高くなった土塁(櫓台b)があります。小さな祠が建っていて三宝荒神が城主一族の守護神として祀られています。



上段の南側から下段につながっています。下段には展望スポットがありますが、木が邪魔をしてほとんど何も展望できませんでした。散策も大詰めです。空堀3に下り大手口方向へ南下します。



急な坂となる手前に左に上がる坂道があり、ここを登ると曲輪2の上段です。曲輪2は家臣が詰まっていた場所と推測されています。

空堀3の急な坂をずっと下りていくと空堀2に合流、16:04ごろ登城口に戻ってきました。登城開始からちょうど90分でした。オススメ散策コースが90分とありましたが、大野久尾まで行ったので90分はかなり余裕のある設定ですね。
さて、時間に余裕があれば行こうと思っていた松尾城、時間に余裕はあったのですが疲れたので宿へ向かいます。

海沿いに出て鹿児島市が近づいてくると海の向こう側に大きな桜島が見えてきました。テレビでしかみたことない桜島、おーこれが桜島かぁと少し感慨深いものがありました。


今日の宿は鹿児島市にあるホテルニューニシノさん。ホテルのコインパーキング工事中だったので、提携のセンテラスパーキングに駐車して18:40すぎにチェックイン。かなり疲れて酸っぱいものが食べたかったので、夕飯はセブンで冷やし中華と冷たいままたべるチキン南蛮を買ってきました。ホテルには温泉とサウナがあるのでのんびりできました。
2泊3日の熊本・宮崎・鹿児島城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:人吉城
・2日目:八代城、飫肥城、志布志城
・3日目:知覧城、鹿児島城
をめぐる予定です。

熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、7:22の新幹線で羽田空港へ向かい、東京モノレールで羽田空港第1ターミナルには8:40前に到着。9:55羽田発鹿児島行きのJAL便は出発時刻が10:05に変更でした。途中雲海に浮かぶ富士山が見えてラッキーでした。11:40ごろ鹿児島に到着しました。

鹿児島空港からは日産レンタカー、今回の相棒はノートではなく、なんとセレナです。奮発したのではなく、ノートがリコール中で変更の確認は事前に受けていました。ミニバン運転するのってほぼ初めてですが、意外に違和感なくすぐになれましたね。
人吉城へ向かいます。
人吉城は、熊本県人吉市にある梯郭式平山城です。相良氏が鎌倉時代に地頭として人吉荘に赴任して以来35代670年にわたり在城し、江戸時代には人吉藩の藩庁でした。国の史跡、日本100名城の93番です。


13:23ごろ、人吉城歴史館に到着しました。こちらでまずスタンプとパンフレットを入手しました。歴史館は西外曲輪にあり、相良清兵衛屋敷跡に建設されています。西側から東側に向かって散策します。
西外曲輪の西側には古写真をもとに復元された角櫓、長塀、多門櫓が連なっています。


角櫓は球磨川と胸川の合流点、城跡西北隅にあります。角櫓の前には軍役蔵跡と思われる表面表示がありました。



角櫓からは多門櫓北側長塀が伸びています。長塀の途中には、敵の侵入を防ぐための石落としがあります。長塀は多門櫓に続いています。





多門櫓は大手門の北側石塁上にある長櫓です。多門櫓の南側に続く石垣は大手門櫓跡で、大手門は胸川御門とも呼ばれました。


西外曲輪を東西に伸びる後口馬場の南側は上級武士が屋敷があった場所で、長塀の向かいには渋谷家屋敷跡、奥には下台所跡や犬堂市衛門屋敷跡が整備されています。


後口馬場は幅約10メートルの大きな道路・馬場跡です。後口馬場の北側、球磨川に挟まれた区域には相良清兵衛屋敷や息子の相良内蔵助屋敷がありました。相良清兵衛屋敷跡の歴史館の前には井戸跡があります。

球磨川と後口馬場に挟まれた区域の東部は、大台所や御厩になっていました。



大井戸遺構は、人吉城跡で二つ発見された井戸のある地下室の一つで、相良内蔵助屋敷の地下室の遺構です。地下室の構造は、石段の降り口、踊り場、方形の大型の井戸、黒色の小石敷き、その下のスギ板敷きなど。実物展示のため復元修理を行い、 上部に覆屋を設け休憩施設となっていますが、遺構はガラスで囲われている上、ガラスが反射して少し見づらいのが残念。もう一つの大井戸遺構は人吉城歴史館内にあり内部にも入れたようで、入ればよかったと悔やんでいますが、知らなかったし。下調べは十分にしないとですね。


馬責馬場は、東側の城主御館跡のある東外曲輪と西側の武家屋敷跡がある西外曲輪の間を、南北に貫いている道です。球磨川の方へ進み、東外曲輪の北側から本丸を目指します。



球磨川に出ると橋が架かっていますが、この橋は当時はなかったものです。橋からは復元された水ノ手門西側長塀と奥まで続いている石垣が見られます。



長塀の内側にある間米蔵跡は年貢米を収めた蔵の遺構です。御館北辺の石垣には武者返しと呼ばれる突出部がついた石垣があり、これは日本全国でも他には五稜郭と龍岡城にしかないという珍しいものです。


水ノ手門は、球磨川に面した場所にあった門で、年貢米や物資の搬入に使われ、川に面した石垣には船着場が設けられていました。


水ノ手門のすぐ近くにある門は堀合門で、城主御館の北側入口に置かれた門です。復元されたものですが移築された門は現存しています。堀合門の東側には大村米御蔵跡と欠米蔵跡があります。





さらに東へ進むと御下門跡があります。本丸・二の丸・三の丸への唯一の登城口に置かれた櫓門でした。いかにも城への入口といった雰囲気がとてもいいです。奥へと続く石段を登っていきます。




石段を登り切ると三の丸です。三の丸は球磨川沿いの最も低い場所にある広大な曲輪で、長屋や井戸、塩蔵がありました。そのまま道なりに進むと中御門跡です。


中御門跡は三の丸から二の丸へと繋がる巨大な櫓門跡で桝形虎口になっています。ここの石垣も素晴らしいです。




石段を登ると二の丸です。二の丸には御殿が建てられ、城の実質的な中心地でした。北西北端には埋御門跡があり、三の丸へ直接下りることができます。



二の丸南西部には石段があり登ると本丸ですが、適当に地図を見たため護摩堂があるだけの場所だし疲れたし登らなくていいかなと思ったことが今思うと危なかった。思いなおして登ったらそこが本丸でした。本丸は、城内最高所にある天守台に相当する曲輪ですが、天守閣は築かれず二階建ての護摩堂が建てられていたそうでその礎石も残っています。



本丸から二の丸へ戻り、埋御門跡から三の丸に下りた左方向は虎口のようになっていて三の丸の各曲輪へつながっています。


二の丸の西側には広い曲輪が広がっています。
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少し下側の三の丸北西部の曲輪には於津賀社跡があります。相良氏入国前の城主だった平氏の代官の矢瀬主馬祐をまつる霊社跡です。



三の丸西端部からの石段を下りていくと、東外曲輪の相良護国神社と相良氏の歴代藩主が祀られた相良神社が建っている、城主御館跡に出ます。ここは、かつて相良氏の藩庁や表屋敷(御殿)が置かれていた中心的な場所でした。






御館跡庭園は、池泉廻遊式の日本庭園で300年以上前に作庭されたそうです。無人社務所では、御城印や神社の御朱印を買うことができます。城主御館跡の最西部には水堀に架かる御館御門橋があり、石造りの桁橋として熊本県内最古として県指定重要文化財になっています。

最後に人吉城に入る4ヶ所の門のうち、南側入口にあった岩下門跡に行ってみました。ほぼ何も残っていない感じでよく分からずでした。
駐車場に戻ってきたのは15:45ごろで、大体2時間20分ほどの散策でした。


15:53ごろ、今日の宿・ホテルアルファーワン八代へ向けて出発、ホテル提携のセイワパーク八代本町にとめて、17:35ごろチェックインしました。夕飯はホテル1階にある居食屋がらっぱさんで、熊本名物のちくわサラダ(ちくわの穴にポテトサラダを詰めた天ぷら)やお刺身などいただきました。ホテルには大浴場もあってしっかり体を休めました。
明日は八代城を巡りますが、早起きしてチェックアウト前に散策することにしました。

最近じんましんがよく出るので空気清浄機を新調し、昨日届きました。随分前に同じように蕁麻疹に悩まされていた時も空気清浄機を買って、よくなった気がしましたが、当時買いそろえたものはさすがに古く、どうせならということです。選んだのはシャープのKI-UX100-Hで、シャープ史上最高イオン濃度「プラズマクラスターNEXT」を搭載!
ヨドバシで87,110円、ゴールドポイントカード+でポイント13%還元、さらに家電まとめ買いで対象商品を2点同時に買うと10,000ポイントもらえるということで、実質65,786円となり、価格.comの最安値が77,000円くらいなのでチョーお買い得でした。
設置しましたが相当でかい!それもそうです。空気清浄適用床面積の目安が46畳なんですから。期待大です。
ちなみにまとめ買いのもう1点は、シチズンの上腕式血圧計、CHUN392C、7,670円、実質5,672円でゲットです。CHUN392Cって公式ページにはないので、CHUN390Cの特定量販モデルとかでしょうか。血圧も習慣的に測って健康に気をつけないと。