OSMO 360が届きました。結構思ったより大きいです。レンズは気を使いそうですねぇ。
OSMO 360注文
Wormhole / Yumi AraI予約
Wormhole / Yumi AraI、ユーミンにとって40枚目のオリジナルアルバムが10月29日に発売されると知り、初回限定盤(2CD+Blu-ray)を早速予約しました。
AI技術で生成された新しい声を使って制作されたとかいう、これって実際本人歌ったの?歌ってないの?みたいな疑問もわきつつ、大ファンなら当然買うしかないです。本人の声をラーニングして生成されたなら、違和感なく聞けるでしょうから楽しみです。
抽選ながら予約購入者限定チケット先行受付のシリアルナンバーもついているので、久しぶりに応募して当たったらコンサート行きたいなぁ。
万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #3-3 引田城スタンプと帰路
引田城のスタンプと御城印は、讃岐井筒屋敷にあるので高速使って向かいましたが、その前に徳島みやげを道の駅いたので買いました。
徳島ラーメン茶白贅沢食べくらべと鳴門金時バターパイ。
道中、引田城がある城山が見えましたが、やはり今の体力・体調では、この暑さを乗り切ることはできないことを確信、予定変更大正解でした。
讃岐井筒屋敷に12:00すぎに到着。
讃岐井筒屋敷は江戸時代から醤油と酒造りを行っていた商家をリニューアルした観光施設で、建物は江戸後期から明治期に建築されたものだそうです。門をくぐるとタイムスリップした感覚でした。スタンプと御城印(300円)をいただいて帰路につきました。
淡路島の室津PAで一度休憩し、姫路に泊まるのぞみを検索、14:59発は間に合いそうだけどリスクあるので15:59発、つかれているのでグリーン車を予約。姫路について14:30ごろレンタカー返却、総走行距離は449Km、ガソリン20.18L、ノートの燃費は22.25Km/L、意外によくないですね。天候のせいかもしれませんが、オーラとの違いは感じません。
新幹線まで随分時間があるので、新幹線コンコース内の侍MANEKI珈琲店にて、明太子パスタと生ビール(合わせて1,360円)で時間を潰して帰路につきました。
20:30ごろ地元の日帰り温泉によってから帰宅しました。次のお城めぐりの旅は涼しくなった秋まではやめておいた方がよさそうです。
万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #3-2 勝瑞城
予定変更の結果、今回の旅最後のお城は勝瑞城です。
■ 勝瑞城 ■
勝瑞城は徳島県板野郡藍住町にある続日本100名城の175番、勝瑞城跡と勝瑞城館跡は国指定史跡です。室町時代に阿波守護細川氏により置かれた守護館が勝瑞城館で、のちに三好氏が本拠としました。勝瑞は阿波の政治・経済・文化の中心地だったそうです。
9:48ごろ勝瑞城館跡駐車場に着き、クルマから降りましたが、なんだろう?足全体がつる感じで歩けません。水分不足かな、一旦クルマに戻り水分補給したり。動けそうになったので散策開始です。
駐車場は広大な区画された敷地内にあり、この一帯が勝瑞城館跡ですが、先に近くに見えるローソンの道挟んだ反対側にある勝瑞城跡へ。
■勝瑞城跡
勝瑞城は、三好氏菩提寺の見性寺の境内にあり、周囲は濠に囲まれています。
本丸に入ると勝瑞義家碑、土塁も一部確認できます。
■勝瑞城館跡
戻って勝瑞城館跡です。整備されているのは区画Ⅲで、駐車場の前は池泉庭園があった跡地です。
濠跡には、実際の大きさに復元した展示や濠跡半立体表示もあります。
そのほか礎石建物跡、会所建物立体表示、枯山水庭園跡などが整備されています。枯山水庭園跡の東側に、東側との区画を分ける区画溝があります。
スタンプのある勝瑞城館跡展示室は区画Ⅰにある勝瑞城館跡現場事務所の2階です。
散策はこれにて、所要45分くらいでした。
御城印は近くの武田石油さんにて。勝瑞城の御城印は、藍で染めた阿波和紙に一枚一枚書家の方が書かれたとても綺麗な一枚ものです(600円)。
引田城のスタンプをもらいに向かいます。
万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #3-1 一宮城
万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅の最終日、一宮城、勝瑞城、引田城、徳島城と盛りだくさんの予定としていましたが、熱中症気味の体調でこの炎天下の中、二つも山城行くのは無謀だということで、一宮城、勝瑞城に行って、引田城はスタンプと御城印のみ、徳島城はパスして早く帰ることにしました。5:45ごろ、チェックアウトして一宮城駐車場についたのは6:30前、計画より30分前倒しです。これももう早く帰りたい気持ちが強かったから。
■ 一宮城 ■
一宮城は徳島市にある続日本100名城の176番、県指定史跡です。徳島県内で最大級の山城で南北朝時代の築城とされます。駐車場脇を入ると登城口で、案内板と無人のスタンプ置き場、料金箱にお金を入れて買う御城印(300円)、パンフレットがあります。
倉庫跡→才蔵丸→明神丸→本丸→小倉丸→椎丸→水ノ手丸→陰滝と回る予定で登城開始。
いきなり長い石段がひたすら続いています。やっと終わって少し下る感じになったと思いきや、再びひたすら続く石段が現れます。すごくきつい!
■倉庫跡
登り始めて12~13分、やっとのことで倉庫跡と本丸方面への分岐に着き、左方向にすぐに倉庫跡、食糧・武具を備蓄するための曲輪です。
本丸方向へ進むと竪堀。またまた登っていくと右側に二段になった大きめの曲輪があります。本丸まで200メートルの道標のところには湧水がありました。
■才蔵丸
まだまだ石段は続き、才蔵丸切岸に到達、その先には才蔵丸と明神丸を分断する堀切があります。堀切の左側は才蔵丸虎口で石段を登ると才蔵丸です。三の丸とも呼ばれています。
才蔵丸虎口からすぐ、小倉丸への分岐がありますが案内図には書かれていません。どこに続くのか?
本丸方向へ進むと竪堀があり少し進んだところは明神丸と本丸をつなぐ帯曲輪で門跡があります。
■明神丸
門跡を右に進むと明神丸で二の丸とも呼ばれます。ここからの眺めは絶景です。明神丸には剣山遙拝所の礎石と基段が残っています。
■本丸
帯曲輪に戻り進んでいくと本丸で立派な石垣の本丸虎口が現れます。本丸は周囲に石垣が組まれています。
本丸には、若宮神社がひっそりと祀られていました。本丸の西側一段さがったところには釜床跡(炊事場)があります。
小倉丸へ向かいます。今度はどんどん下っていきます。途中で城内最大規模の堀切がありますが、ここに才蔵丸からの道がつながっているようです。
明るく開けたところに出て対面にあるのが小倉丸です。
■小倉丸
小倉丸の方向へ。
小倉丸は本丸の南側を防御するように作られた細長い曲輪で、曲輪の西南には高さ2メートルの土塁があります。土塁の先端には櫓台。
山城、かつ、あまりの猛暑でタオルもポロシャツも汗で重くびしょびしょなので、この辺で休憩し、誰もくるはずないのでポロシャツ脱いで絞りました。えー、こんなに?っ水道で洗ってる途中に絞ったっていうくらい大量の汗が絞り出されたのにはびっくり。歩きながら汗を拭いていたタオルでさえ同じ状態。さすがにこんなに汗かいたら脱水するよー。これで今日の計画変更は大正解と納得しました。動画撮っておけばよかった。。。
小倉丸から出て椎丸方向へ進むと、小倉丸土塁の外側の空堀が見られます。
■椎丸・水ノ手丸・陰滝
残すは椎丸と水ノ手丸で下るだけと思っていたのが違いました。椎丸までもアップダウン、水ノ手丸へもアップダウンでした。
水ノ手丸へはトラロープの張られた下りを進み、再度登って到着です。
ここからは陰滝を経由して下城です。水ノ手丸から降りていくと貯水池にでました。今は大きな池はなく水が流れています。
貯水池から降りていくと鎖が貼られた急な岩場にでます。パンフレットにも「鎖を伝って登り下りすること」と書かれています。ここを下りて振り返ると、陰滝です。小さいながらいい滝。
あとは下りていくだけ、登城口に戻ってきたのは8:40、2時間10分の散策でした。駐車場ではドア開いた陰でまたポロシャツを絞りました。
万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #2-2 洲本城
予定より1時間前倒しの11:35ごろ赤穂城を出ました。洲本城へ向かう途中、明石城行けないかなとも思いましたがやめました。明石海峡大橋を渡ってすぐある淡路SAで小休止。ここからの眺めは絶景でした。
■ 洲本城 ■
洲本城は兵庫県洲本市(淡路島)の標高約133メートルの三熊山にある続日本100名城の164番、国指定史跡(上の城)です。洲本城の上の城は安宅氏が築き、のちに脇坂安治が城主となり今に残る総石垣の城に大改修されました。天守台には鉄筋コンクリート造の日本最古の模擬天守閣があります。洲本城(下の城)の現在見られる石垣や堀が造られたのは、蜂須賀氏によるものだそうです。
■下の城
洲本城(下の城)内にある淡路文化史料館には14:00ごろ到着しました。周辺の石垣や堀をさっと散策します。
こちらからも上の城が見えました。
スタンプと御城印(200円)をゲットし、上の城へ向かいます。
■馬屋・大手門付近
洲本城跡駐車場には14:20ごろ到着、東側から本丸、西側と回っていくことにします。駐車場から階段を登ると腰曲輪です。近くに二段積みの石垣を見ることができます。
少し登ると大手門跡。左側は駐車場にもなっている馬屋(月見台)で、紀淡海峡を望むことができます。
■東の丸(水の手曲輪)
大手門跡東側の石段を登った先は、大きく南北で分かれた東の丸の南側、水の手曲輪です。日月の池を中心に小曲輪群を構成しています。池の脇には日月の井戸があります。
水の手曲輪北側東西に伸びる道を東へ進んでいくと東二の門。手前左側へ登ると東の丸の二段曲輪がありますが、そこはのちほど。
■武者溜
東二の門をすぎたところは武者溜で、洲本城の東端に位置する最大規模の曲輪です。東側には麓につながる城への虎口、東一の門があります。東端部からの眺望も素晴らしいです。
西側では東の丸高石垣や東登り石垣を見ることができます。洲本城には登り石垣が西と東に2つあります。このあたりでは野生の鹿さんにも会えました。
■東の丸(二段曲輪)
東二の門に戻り、東の丸北側に登ります。
一段登ると曲輪があり、その先には洲本城で最も古い石垣の東の丸二段曲輪石垣があります。石垣を登ると東の丸二段曲輪です。
西に進むと一段下り、正面に本丸石垣、山里曲輪、坂に並ぶ十二支神社が見えます。
■山里曲輪
そのまま西に下りたところには八王子木戸と呼ばれる門跡があり、先の狭い坂道には先ほど見えた十二支神社がならんでいました。
戻って本丸方向へ進むと右側にあるのが山里曲輪で脇坂安治実母の住居跡です。山里曲輪の北西隅の本丸石垣は小天守台です。
■本丸
本丸大石段を登り、本丸虎口から本丸へ入ります。本丸虎口は食違の内枡形虎口で大手口です。
天守台には模擬天守。失礼ですが初めて写真で見た時も「なんだこりゃ」、実物見ても「なんだこりゃ」には変わりません。絵本に出てくる竜宮城みたいでかわいくも見えますが。日本最古の模擬天守ということで参考にするものがなかったんでしょう。
天守台への石段を登ったところが小天守台、左に進むと天守台です。天守台からは城下と大浜海岸を一望できます。模擬天守は以前は展望台として登れたそうですが老朽化が進み、現在は下からのぞくことができるようになっています。
天守台から石垣復旧工事のため立ち入り禁止になっている搦手と搦手虎口を眺めました。
本丸には芝右衛門大明神と掲げられた芝居好きの狸「芝右衛門狸」を祀った祠があります。
■南の丸・搦手
本丸から降りてきて南側にあるのが南の丸です。東西に分かれていて、東側の東南隅には櫓台跡がありますが、その石垣は拡張されたあとが確認でき、稜線が二重になっています。
本丸と南の丸の間の道を西に進んで突当り左に曲がると三熊梅園で南の丸の西側になり、右に曲がると搦手、西の丸方面です。
搦手口から本丸へは石垣復旧工事で入れません。西の丸方面へ進むと、南の丸の西側一段下がった場所に食物を保管する蔵などが建てられていたと思われる籾蔵、その先に西門があり、外枡形の虎口になっています。
■西の丸
西門から西の丸へは少し歩きます。西の丸の直前右側に残念石があります。石垣に使用されるはずだった石で矢穴が残っています。西の丸は奥に長く続く、崖と石垣に囲まれた曲輪です。一番奥にある道を一段下がると西の丸石垣を見ることができます。散策も大詰め、最後に西の登り石垣をめざします。
■西登り石垣
搦手まで戻り北に進むと道は工事で立ち入り禁止になっていますが、左手前に仮階段をおり下り道を10分ほど進むと、西登り石垣を見ることができます。登り石垣は下の城と上の城を結ぶように築かれていたそうです。登り石垣は彦根城で見たことがありますが、あまり見られない珍しいものです。
さて、今来たこの道を戻るのはとてもタフでした。
これで散策はおしまい、駐車場に戻ってきたのは17時ごろで約2時間40分の散策となりました。
■ ドラゴンクエスト記念碑 ■
明日は徳島・香川のお城なので宿泊先は徳島の鳴門ですがその前に!なんと洲本市民広場にはドラゴンクエスト記念碑があるんです。ドラクエ生みの親・堀井雄二氏は洲本市出身で、2017年にシリーズ誕生30周年を記念して建てられたそうです。ドラクエウォークのおみやげにもなっているので、立ち寄りました。洲本市民広場としての駐車場はないですが、そばのエディオンのコインパーキングが初回1時間無料でした。ドラゴンクエスト記念碑はロトのつるぎ・ロトの盾・スライムがならんだ可愛い碑でした。
1時間ほどで今日の宿、NEXEL α鳴門に到着しました。夕飯は鳴門駅前まで徒歩圏内なので居酒屋に行く計画をしていましたが、軽い熱中症にでもなったようで体調すぐれず、近くのローソンで調達しました。アイス食べたら回復したので大浴場とサウナを楽しんだ後に夕飯。体調は絶好調でもないので、ざるそばはカラダに優しかった。。。
万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #2-1 赤穂城
昨日は万博のみ、お城めぐりは今日から明日まで。今日は赤穂城、洲本城を訪ね、鳴門に宿泊予定です。
宿の目の前が日産レンタカーで8時から営業のため、それまでに朝食を済ませて開店時間に受付しました。日産レンタカーは事前オンライン手続きができるため、必要最低限の受付のみで出発できました。明日までの相棒はノートです。
オーラ乗りなので取り扱いはオーラとほぼ同じ。純正カーナビでプロパイロットもついてて、座席位置調整したら違うのはメーターくらいで、まるで愛車と同じ感覚、これからは多少高くても日産レンタカー一択かな。乗り出しは12,540km。オーラよりうるさいはずなんですが、正直それほど違いは分からず静かです。
■ 赤穂城 ■
高速使って8:48、赤穂城跡公園東駐車場に到着しました。
赤穂城は兵庫県赤穂市にある日本100名城の60番、国指定史跡です。常陸国笠間から入封した浅野長直が建てたお城で、当時は海に面していたので海岸平城とされています。
米蔵跡である赤穂市立歴史博物館(9時開館)でスタンプをゲットし、散策開始です。
■三之丸
博物館脇の橋は二之丸外堀と三之丸外堀に架かっており、左の二之丸外堀側には二之丸東北隅櫓台、右の三之丸外堀側奥には三之丸東隅櫓台、橋を渡ったところに清水門跡があり、そこから三之丸です。清水門は大石内蔵助が赤穂城明け渡しの際、城と惜別した舞台として知られるそうです。
少し先左側は武家屋敷公園で浅野時代には坂田式右衛門の屋敷がありました。右側には大石内蔵助の親戚、奥野将監定良屋敷跡があります。
道を突当り右折すると左手に大石良雄宅跡長屋門、右手にある近藤源八宅跡長屋門は、赤穂城の設計を担当した近藤三郎左衛門正純の子、近藤源八正憲の屋敷の長屋門です。
その先は大手門枡形で裏手の武者溜りから大手門へ。番所跡は休憩所になっています。大手門を出ると三之丸外堀に架かる太鼓橋です。大手隅櫓は大手門の北にある二重櫓で、大手門や土塀とともに再建されたものです。
大手門前にある巴屋さんで御城印(400円)ゲット。
来た道を戻って大石神社へ向かいます。
■大石神社
大石神社は大石内蔵助良雄以下赤穂義士を祀った神社です。
神社内の敷地に大石良雄宅跡がありますが、入れるのかどうかよくわかりませんでした(聞いてもいませんが)。境内には大石内蔵助良雄銅像。しっかりお参りして御朱印(500円)をいただきました。
■三之丸
大石神社の参道を突き当たると正面は広大な三之丸の敷地と奥に二之丸石垣。右方面に行くと塩屋門跡がありますが、あとでクルマで行くことにして左方面に進みます。
左側に片岡源五右衛門宅跡。右側に二之丸外堀と北隅櫓台跡、その先に二之丸門跡があります。
■二之丸(北側)
二之丸門跡の先は二之丸です。入ってすぐ左側奥に山鹿素行銅像があります。二之丸枡形虎口付近は山鹿素行が設計変更したそうです。
右側には土塀と大石頼母助屋敷門があります。大石頼母助屋敷門を入ったところは大石頼母助屋敷跡でその一角に山鹿素行謫居地跡があります。
二之丸庭園は大石頼母助屋敷南面から二之丸西仕切までに至る大きな庭園です。庭園南東隅角には二之丸庭園表門、西側に西中門、二之丸を南北に二分する城壁の西仕切には西仕切門があります。
■二之丸(南側)
西仕切門を出ると二之丸南西部の元禄桜苑、復元された池泉や元禄期の桜が植えられています。
南の方へ進んでいくと南沖櫓台があり、上ってみました。ここは昔は海に面していたそうです。
その先左側に米蔵跡があり休憩所になっています。
米蔵跡の向かいには水手門跡があります。水手門は二ノ丸南端に海または干潟に面した門で船付場もありました。
戻り北方向へ進むと、本丸外堀と石垣、南横矢枡形が見えます。本丸外堀に沿って進むと、刎橋門跡で本丸へ開閉式の刎橋が架けられていたそうです。
潮見櫓台を飛ばしていることに気づき、南へ少し戻りました。潮見櫓も南沖櫓同様、海に面していました。
北上していくと二之丸東仕切・仕切門跡があります。天守台東側の堀に接して東仕切の石垣と門があったそうですが、西仕切と違って埋没しています。
さらに進むと左側に東横矢枡形、その奥に厩口門、右側には二之丸東櫓台があり上ってみると船入跡が見えました。
■本丸
厩口門から本丸に入ります。右手に東北隅櫓台があり、本丸にあった唯一の隅櫓です。
左手に天守台。天守台脇から本丸を時計回りに一周しました。
本丸庭園は本丸に造られた池泉を中心とした庭園です。刎橋門跡、西横矢枡形、くつろぎ池泉とつづき、本丸門(櫓門)まで来て本丸御殿跡を通って天守台に向かいます。
天守台には天守は築かれませんでした。天守台からは本丸を一望でき、とても眺めがよいです。
本丸門から抜けて駐車場へもどります。
■三之丸
クルマに乗って三之丸の他の遺構を見に行きました。三之丸北西横矢枡形と外堀跡、搦手となる塩屋門跡、三之丸西隅櫓台とめぐりました。
最後に干潟門跡や三之丸西南隅櫓台も行こうとしましたが道が分からず断念です。
現存建物はないものの、城址としてよく整備されていて見ごたえがあり、さすが100名城だなと思います。次は洲本城へ向かいます。
万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅 #1 大阪・関西万博
2泊3日の万博と兵庫・徳島・香川城めぐりの旅1日目。計画では、
・1日目:大阪・関西万博
・2日目:赤穂城、洲本城
・3日目:一宮城、勝瑞城、引田城、徳島城
をめぐる予定です。
熊谷駅近くの有料駐車場に止めて、5:47普通電車で東京へ。東京7:21発のぞみで新大阪には9:48着。大阪メトロ御堂筋線、中央線と乗り継いで、夢洲駅に10:45ごろ着きました。
夢洲駅を出るとすぐ万博会場の東ゲートです。
11:00の入場予約に合わせて入りました。平日ということもあってか、荷物検査も予想したよりはスムーズ。会場に入ると、「おー、これこれ、万博!って感じ」。日本で開催された万博は全部行ったきたので、大阪・関西万博も来ることにしたのでした。本当に外国人も増え予約だのなんだの面倒くさいし当初は行くつもりはなったんですよね。
さて、どうしよう。予約できた「未来の都市パビリオン」(参加型シアター入場なし)の時間が12:00-なので、2kmある大屋根リングを未来の都市経由して一周して、そのあとほかのすぐ入れるパビリオン見ればいいかなという感じでいくことにしました。
大屋根リング、万博のシンボルとして建設され世界最大の木造建築物としてギネス世界記録に認定されたとのことで、確かにこれはすごい!上に登ると会場を一望できて万博の雰囲気を味わえます。気になる建物など写真とりながら未来の都市に向かいます。
それにしても暑い!しかも未来の都市パビリオンは西ゲートの先でかなり遠かった!余裕で予約時間に間に合うはずがほぼ入場時間に着いたのでした。
未来の都市パビリオンに入りましたが、ほぼ映像、特に別に気になることもなくただ進み、最後の複数企業が展示しているところは、でも結局は企業アピールなんだよねぇ、と我ながら冷めた反応、IHIの展示だけ見た感じでさーっと流して出てきました。
あとは予約はないので行列に待つか、すぐ入れるところだけ入るか。でもあまりの暑さに列に並ぶ気はしません。すぐ入れるパビリオンのみ入りました。入ったのは、アルジェリア、カンボジア、チリ、セネガル、バングラデシュ。カンボジアはなかなか面白かったです。
ここで完全に暑さにやられ、ビール飲みたーい!となったので、さっき結構空いていたので西ゲート先までもどって、好きやねん大阪フードコートWEST SIDEにある、「北新地肉料理名門」さんで生ビール(638円)ととんかつカレー(1210円)を食べてしばしの休息です。
一人旅ではほとんど昼食は取らないのになぁ。この暑さの中、何キロも歩き回るっていうのは過酷すぎたとすっかり意気消沈気味です。でも万博は食事が高すぎると聞いてきたので、この値段はうれしかったです。
さて、大屋根リング方向へ戻る途中、さっきまで予約なしで待てば入れるパソナパビリオンが予約のみになっていて、さっき入っておけばよかったと後悔。このころには雨がパラつきはじめ、さらに気が滅入り、なんだか足も痛くなり、予定より早いけれど早めに出ることにしました。出るまでにCOMMONS-Dがあったので入りましたが、ここはよかったなぁ、アフリカ・アジアの20以上の国が出展しているので、いろんな国の文化を感じられました。
最後に入ったのはアラブ首長国連邦。退場前に日本館を外から見て、15:30前に退散しました。ということで万博ですが、正直来なくてもよかったかもなぁ、まぁ日本開催万博制覇は記録更新中なので目的は果たした!
地下鉄で新大阪まで行き、宿泊地の姫路まで新快速で行き、18:10すぎ、播磨の湯ホテルクラウンヒルズ姫路に到着です。夕飯が無料で5種類のレトルト丼から選べるので中華丼にしました。それにチューハイとハイボールはうれしい飲み放題。大浴場でサウナに入ってリラックス。
大阪・兵庫城めぐりの旅 #4-4 姫路城その4
姫路城の続きの最後です。西の丸北門跡から坂をずっと下り、ろの門、いの門とくぐり、菱の門前を左にずっと進むと、るの門があります。るの門は石垣に替えられた穴を出入口としていて、穴門と呼ばれます。もともとは扉がありました。るの門右のリの二渡櫓の下の石垣は継ぎ目があり、増築された場所です。
これでひととおり有料区域のみどころは見た感じでしたので、出口に向かい、そこにある売店で御城印をゲットしました。
出口から出て東へ進み、官兵衛普請の石垣を見にいきます。
■下山里曲輪
官兵衛普請の石垣は、上山里下段石垣のことで、上山里曲輪の南下にある下山里曲輪で見ることができます。姫路城は池田輝政が拡張しましたが、それ以前の姫路城で生まれ城主となった黒田官兵衛や羽柴秀吉時代の遺構も残っており、上山里下段石垣もその一つです。姫路城の修築工事の際に石垣の中から出てきた五輪塔などの仏石を祀った集積所もあります。
下山里曲輪の東側に下りて北へ進むと内堀が切れたところに出ます。堀の打ち止め部分が内船場蔵南石垣です。
その先、東に進み喜斎門を出て内堀沿いに見ていきます。北側に、との四門が見えました。喜斎門は搦手に位置する門です。
内堀沿いに北へ進み内堀が西へ折れる場所には、鬼門封じとも解釈される石垣があります。
内堀を左手に北側からの天守を見ながら西へ進みます。
北勢隠門跡から勢隠曲輪に入り、内堀沿いに南西に進んで南勢隠門跡、さらに南へ進んで内堀南東隅を経由して大手門から再度三の丸へ入りました。
■三の丸
再度の三の丸です。見ていないところへ行ってみます。三の丸に入り南側の道を進むと一段上へ続く坂道があります。その手前左手は武蔵野御殿跡です。坂を上ると三の丸(千姫ぼたん園)。西側の石垣上にあがると内堀を高い場所から見渡せます。北へ進むと西の丸石垣につきあたります。左側のワの櫓の下あたりは鷺山口門跡です。近くに茶室鷺庵がありました。
ここから姫路城の散策はおしまいです。姫路駅へ向かう途中にある家老高須隼人屋敷跡を見て時刻は14時ごろになっており、5時間超の散策となりました。さすがです。
14:59姫路発で帰路につきました。