2泊3日の長崎・熊本・福岡城めぐりの旅最終日の今日は、熊本城、久留米城、水城をめぐります。

ホテルでの朝食後、7:50すぎにチェックアウト、熊本城へ向かいました。熊本城二の丸駐車場へは8:03ごろ到着しました。
■■ 熊本城 ■■
熊本城は、熊本市にある平山城で、国の特別史跡、日本100名城の92番です。加藤清正が中世城郭(千葉城、隈本城)を取り込み改築した城で、加藤氏改易後は幕末まで熊本藩細川家の居城でした。西南戦争の直前に大小天守や御殿など本丸の建築群が焼失しました。宇土櫓を始めとする櫓・城門・塀が現存し、13棟が国の重要文化財に指定されています。ただし、知られるとおり2016年の熊本地震により、石垣の崩落や建築物の倒壊など甚大な被害を受け、さらに今年7月にふたたび震災による被害を受けて現在復旧工事中で2052年度の完全復旧が予定されています。
■二の丸・西出丸・加藤神社・奉行丸


駐車場の北側は二の丸広場が広がっています。本丸の有料エリアは9時からなので、その前に無料エリアを散策します。



東へ進むと西大手門土橋があります。その北側は西出丸西空堀ですが、水が張っています。南側は薬研堀です。

土橋を渡った右側の石垣は元太鼓櫓台で、そこから奉行丸長塀石垣が奥の未申櫓まで続いています。



その先は西大手櫓門ですが、震災の被害で解体され再建が待たれています。西大手櫓門を抜けると西出丸で、有料エリアの北口があります。平日は閉まっています。


左側にずっと西出丸長塀の石垣が伸びていて一番北側は戌亥櫓の石垣です。


道に沿って右に折れた先に、加藤清正公が祀られた加藤神社があります。手前からは宇土櫓解体復旧工事を間近から見れますが、石垣の高さに圧倒されます。




加藤神社へお参りして御朱印をいただきました。境内からは天守・小天守を北西から見上げることができ、絶景スポットになっています。


加藤神社の北側にある北大手門跡で土橋を渡って西へ進み、戌亥櫓の復旧現場を外側から見ます。

そのまま西出丸西空堀に沿って二の丸広場の東側を南下して駐車場へ戻ってきました。小休憩後、南口券売所へ向かいます。


駐車場から法華坂に出て東へずっと下りていくと、薬研堀と未申櫓が見えてきます。未申櫓は奉行丸の南西隅に建てられています。

行幸坂に行きついたところの左側石垣もおおきく崩れています。奉行丸の南東石垣です。


■特別見学通路(空中回廊)
行幸坂を挟んだ反対側に南口券売所があります。まだ開場前で侍姿のガイド衆が色々と事前案内をしていました。さて開場、入場料は800円です。

入って左側にスタンプが設置されていました。押印後、特別見学通路(空中回廊)を進んで本丸まで進んで行きます。


空中回廊に上がると左側(北側)に数寄屋丸二階御広間が見えてきます。復元された数寄屋丸二階御広間の下部の石垣が、地震によって一部崩落して建物が歪んでいるのが分かります。手前の五階櫓石垣も崩落しています。

南側を見てみると、奥に飯田丸五階櫓の解体復旧工事が見えています。


空中回廊を先に進むと左側に天守と本丸御殿の壮大な石垣が見えてきます。本丸御殿の石垣の南端は二様の石垣と呼ばれ、古い石垣(右側)に新しい石垣(左側)が築き足されています。

空中回廊が南へカーブした先では、竹の丸から飯田丸に向かって6回折れ曲がる通路が見せます。連続する枡形になっていて防御性の高さが分かります。

さらに進むと足場の組まれた東竹の丸の櫓群が見えてきます。復旧中の建物が見えます。

本丸御殿の手前までくると階段で本丸の高さまで登ります。
■本丸



本丸の最上段に建てられた本丸御殿は、 儀礼や藩主の政務などが行われた建物です。


石垣と石垣をまたぐ建物で、床下には闇り通路と呼ばれる地下通路がありました。本丸御殿内部は地震で壁の破損や床の傾斜が生じましたが、闇り通路は目立った被害がなく、ここを通って天守へ向かいます。



闇り通路を抜けると天守前に出ます。何度も写真などで見たことがありますが、はやりカッコいいですね。



本丸御殿にある本丸お休み処で御城印と加藤清正公の武将印をゲットしました。現時点令和8年熊本地震を受け、熊本城の復興と一日も早い復旧を願い販売された復興祈願御城印のみの販売です。


天守は小天守の地階から入ります。穴蔵の井戸は現存する遺構です。それよりも免震構造がはっきりとわかることにすごさを感じました。


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一階は加藤時代、二階は細川時代、三階は近代、四階は現代と時代別に展示がされています。






六階は展望フロアです。
天守から出た後は西側のエリアを散策します。宇土櫓のある平左衛門丸、その南側は数寄屋丸で先ほど空中回廊から見た数寄屋丸二階大広間を見ることができます。